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#navi(KNIGHT-ZERO)
鏖(みなごろし)の雄叫びを上げ、戦争の犬を切って放てよ
W・シェイクスピア 「ジュリアス・シーザー」より
地下組織レコンキスタの総帥、クロムウェルが編成した平民兵と貴族士官、奇兵隊と呼ばれた一群は
いくつもの村を呑み込み、その数を数万単位にまで増やしながら、スコットランドを西へと進んだ
ベルファストのホテル最上階、駐留トリステイン軍本部は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった
安穏な占領地暮らしをしていた老貴族達は、半分入っていた棺桶から叩き出されたように右往左往する
王宮への報告を過小に書き換えた駐留軍に替わり、ルイズからのコミュニケーター・リンクを使った通信で
状況を聞いていたアンリエッタは、他の貴族より早く、奇兵隊の移動がもたらす意味と危険性を察知した
既に奇兵隊の集結地を臨む岬までひとっ走りしたルイズから、詳細な映像を添付した報告を受けていたが
アンリエッタには、毎朝届けさせている、資源の生産と決済が最も盛んな隣国ガリアの相場綴りの数字
鉄鋼と銅、製鉄用石炭、硝石と風石の価格がじりじりと上昇しているという事実のほうが恐ろしかった
もしも彼らの目的が領土的な野心なら、武器より兵站に必要な食料や燃料の価格が上がっているだろう
彼らの目的は、交渉でもなければ独立運動でもない、蹂躙し破壊し、殺戮を行う戦闘以外の何物でもない
かつてレコンキスタ支配下のアルビオンがタルブを侵攻した折、アンリエッタは独断で騎士隊を率いた
女王マリアンヌの時代より、王宮の中で一派閥を形成している軍門の貴族達は、武力防衛に反対していた
勝目の薄い戦で大怪我するよりも、タルブ割譲という手打ち金でのレコンキスタ懐柔が、彼らの腹積もり
恒久的な国境とは異なる、軍事的な停戦ラインが形成されれば、境界警備その他で軍部の発言力は増す
後の世から見れば愚策と言えるそれをブチ壊したのは、王女アンリエッタの指揮による徹底抗戦だった
アルビオンの軍備を知る者にとって無謀な戦闘は、ルイズとKITTによる撃退という予想外の結果に終った
顔を潰された軍門連中は、結果よりその過程に難癖をつけ、それ以来、王室の強権発動には反発が多い
地球では植民地維持のため、ドゴール大統領の命を幾度も狙った右派組織に似た経緯と理念を持つ集団
短期の直接戦闘より長期冷戦で軍を活性化させ、サハラに植民地を持つことを悲願とする軍部の覇権派は
王室にすら制御困難な派閥を形成し、王命の意図的遅延や各師団単位での独自サボタージュを行っていた
アンリエッタは最近、お忍びで下町に出かけた時に買った玩具、木駒を使う東方のチェスを好んでいた
ショウギ、とかいう名の、主に行商人が賭博に用いる、貴族の間ではあまり上品でないとされる遊戯
相手は専ら、マザリーニ宰相や大后マリアンヌ、軍門ながら王室寄りのグラモン退役元帥が務めていた
アンリエッタは軍閥の独走を抑止するべく、その火種になるであろうアルビオンの駐留軍本部に
飛車駒のルイズとKITTを送り込み、歪曲や握りつぶしの無い直接的な情報ルートを確保していた
王宮と軍部の乖離を危惧する老貴族達は、若く経験値の少ない女王と、東方のチェスを通じて語り合った
"彼ら"は相手のナイトやポールを削いで、じっくりとキングを詰む戦略を得意としていることを教えた
戦争だけではなく王宮内の権力争いもまた、物量と手持ちの駒の数で勝敗が決まるのが定石だと学んだが
王道には必ずそれを覆す一手があることを知ったアンリエッタ、彼女には少数ながら一騎当千の駒がある
手数に劣るアンリエッタは思案し、王将の守りが空くことを覚悟で、手元に温存していた角駒を動かした
飛車角を同時に敵陣へ放り込み、短期決戦で王将駒を奪る、貴族のチェスにはあまり見られない攻略
以前、変装してチクトンネの賭け将棋に参加した時に、財布の中身を残らず取られたえげつない技
真剣師と言われる賭け将棋のプロと対局し、すんでの所で肌着まで奪われそうになった経験を活かした
数日後、アンリエッタの意を受けた宰相マザリーニが、駐留軍激励の名目でアルビオンの地へと旅立った
東方のチェスに使う駒は、敵陣に飛び込むと裏返って赤い駒となり、その可動範囲を大幅に増やすという
懐刀のアニエスや酒席で親交を持ったスカロン、そしてルイズとマザリーニ宰相がそうあることを願った
アンリエッタの望んだ敵将の首は、自らが身を捧げた祖国と、かつて愛した人の国の、安寧と平穏
もしも手持ちの駒が出払って丸裸の自分が敵駒に詰まれたら、王将駒たる自分自身が縦横に動けばいい
アンリエッタは、年若き女王だった
その頃、アルビオン北部高地、レコンキスタ本営にある執務室に、安穏よりも動乱を求める男が居た
当時の貴族の間では、前線で指揮を取ることが、戦争の決定者に課せられた高貴なる義務とされていたが
非効率的な慣習を嫌ったクロムウェルは、農民集団に偽装した奇兵隊がアルビオンを西へと進軍する中
高給で雇った風竜騎兵によって随時送られてくる、報告書で埋もれた粗末な執務室を、一度も出なかった
彼は本来、戦闘の精鋭である竜騎兵を伝書鳩の如く諜報と伝令に使い、偵察衛星の如く使いこなしていた
クロムウェルはいつも通り、報告書を精読すると、奇兵隊へと戻る竜騎兵に、簡潔明瞭な指示を与えた
「では、始めてください」
アルビオン西部の半島、コーンウォール
過去の民族移動で定住した大陸人中心のスコットランド領ながら、文化的には古代アルビオンに近い地域
コーンウォール半島の突端、雲の海峡には、自然によって造形された細い陸続きの橋が掛かっている
中継地であるマン島を経由して、ほんの20リーグほどの先には、トリステイン領アイルランド島
現在、クロムウェルが組織した貴族士官と平民兵からなる奇兵隊は、コーンウォールに集結している
現地住民の一部は兵士や賄い、雑役に寡兵され、残りの大部分は強制的に半島の端に移住させられた
奇兵隊は隊士を養う当座の食料と、それまで各地で密造していた武器と火薬を、この半島に集結させた
もう武装を隠す必要はなかった、群集は全員に行き渡って余りある銃と豊富な弾薬で、兵士と化した
分解され、藁束や酒樽に隠された鉄と木が、それを運んでいた荷車と組み合わされ、野砲の列となる
半島は一隻の軍艦の如き様相を呈していた、幾重にも並んだ砲口は雲海の先、アイルランドに向けられた
彼らの行為が明らかな軍事示威行動で、それが戦争であることを最後まで認めようとしなかったのは
平民が貴族に剥いた牙、喉元に剣を突きつけられていたアイルランド駐留のトリステイン貴族だった
他の統治国が沈黙を守る中、トリステインの老人貴族達が、奇兵隊を只の百姓集団と舐めているうちに
奇兵隊は本隊をスコットランドに残したまま、少数のゲリラを送り込み、港へのテロ行為を繰り返した
クロムウェルは軍事的衝突よりも、まず兵站と退路を破壊することで、国と人間心理を内部から攻撃した
低空で進入し、市街に爆弾を一発投下して速やかに去る奇兵隊の竜騎士は、駐留軍を睡眠不足にさせる
戦時に置いて劣勢にある軍隊ならば、背後の橋を壊すことは、時に兵士達を鼓舞することもあるが
駐留の軍務にありながら戦争に来ている意識の薄い、トリステインの軍人達には逆の効果を及ぼした
宣戦布告の無いまま、見えない敵との不正規戦による不安の増幅は、最も費用対効果の高い攻撃となった
奇兵隊の集結に伴い、トリステイン駐留軍もスコットランド島と繋がるアイルランド島のダブリン岬に
防御陣地の構築を始めていたが、防衛や侵攻の軍事行動時に、現地で寡兵される平民やメイジの傭兵は
アイルランドにまで入りこんだ奇兵隊の強募によって大部分が引き抜かれた後で、定員充足にはほど遠く
ダブリン岬の陣地ではトリステインの兵士達が、酸素希薄な異国の高地で慣れない塹壕掘りを行っていた
既に座学と秘密裏の実技で武器操作に習熟していた奇兵隊の隊士が、現地での最終的な訓練を終えた頃
クロムウェルより適時の行動開始を委任されていた奇兵隊の指揮官、ホーキンス将軍は進軍の杖を振った
コーンウォールの端、アイルランドと繋がった細い陸続きの道、その入口に完全武装した奇兵隊が集結した
その大半は張りぼての偽兵士だったが、恐怖を植えつけられたトリステインの斥候兵は過大な報告をする
翌日、マザリーニ宰相の鶴の一声で、アルビオン駐留トリステイン王国軍の完全撤退が決定された
その頃ルイズは、いまだ特務士官としてトリステイン統治下アイルランドの首都、ベルファストに居た
店じまいとなった魅惑の妖精亭で、どうやって任務をほっぽり出してこの国をおさらばするか考えていた
アンリエッタ女王はKITTの通信装備、コミュニケーター・リンクを通し、ルイズに即時の帰国を要請した
レコンキスタの侵攻がトリステイン本国に及ばない形で、人的被害無くアルビオンの占領を終了させる
それでアンリエッタが想定していたルイズの役目は終わりだった、貴重な駒を奪われるリスクは犯せない
そして、ルイズは友達
未知の力を秘めた機械KITTを擁し、その扱いに秀でた虚無メイジのルイズを道具として扱う冷徹な判断と
幼馴染の親友ルイズを案じての優先的な任務解除、個人的な感情を同じ盆に乗せるアンリエッタの思考は
政治には縁遠いが青臭い論議ばかり好きな若い貴族からしてみれば、甘いとも愚かとも思える物だったが
年若いアンリエッタを認め、王位を譲った大后マリアンヌや、ロマリアの教会とトリステインの議会で
半生を政治に費やしたマザリーニ宰相、そして少なからぬ老獪な貴族達は、その真意を知っていた
それが一国の女王でも、下町の雑貨屋の店主でも、頂点を極めし者、王たる者に求められる力とは
必ずしも優秀であることではない、ということ、優れた人間が自然と周囲に集まる、人の器の大きさ
それが、帝王学とも言えるものだった
古来、友情や義理に薄い人間が良き参謀や宰相になったことはあっても、良き王になった例は無い
ナイーブにも映るアンリエッタ女王の施政は、その能力より人の善さと信義を知らしめる効果を発揮した
損して得を取る、利益だけでなく、人間的な信頼と誠実な対応で継続的な顧客を得る、商人に似た感覚
彼女の元には、その人格に惹かれた人間が少しづつ集まり、アンリエッタの若さゆえの未熟を補っていた
アンリエッタはコミュニケーター・リンクを通して、腹心の、そして大切な友達のルイズに呼びかけた
「ルイズ、今すぐ空から落ちてきて、トリステインのどこだろうとレビテーションで受け止めてあげる」
仲間を決して見捨てない、それはアンリエッタが、ウェールズを失った時、女王たる己に課した掟だった
アンリエッタの願いはルイズの元に届いていた、しかし彼女はKITTのモニターを苦々しい目で眺めている
「それが出来ればね…とっくにそうしてるわよ」
王命による全軍の撤退は決まったものの、自国民の保護や接収品の輸送など、駐留軍には任務が多く
軍上層部との繋がりで順番が決まるという、逐次的な帰国命令はなかなかルイズの所までは回ってこない
ルイズが軍部からすれば煙たい存在であるアンリエッタの子飼いと見られている事にも関係があった
アンリエッタが王宮から発した、ルイズの本国召還命令は「各方面と調整しつつ善処する」事案のまま
危険に目ざとい民間人が爆破テロに怯えながら、次々と自前でチャーターした引き揚げ船で本国に帰る中
老人連中は敵前逃亡の恥とか残置資産による損害などとお題目を唱えては従軍貴族の帰国許可を出し渋り
口だけは勇ましく植民地死守を主張する将軍達の方策で、帰国便の増発や港湾、航路の警備強化は遅れた
アンリエッタの采配で優先的に帰国する事など、今さら不可能であることはルイズにはわかっていた
KITTをトリステインまで船で空輸するには、一般兵12人分の風石と、壁も床も特製の船室が必要になる
少しでも多くのトリステイン人を甲板に乗せるため、高価な馬車を次々と船から叩き落す姿を見ていると
自分とKITTが後回しになるのは仕方ないと思った、多分それが高貴なる者の義務とかいうやつなんだろう
KITTはかつて地球におけるベトナムで祖国が行った同一の行為を、映像とマイケルの実体験で知っていた
マザリーニ宰相はルイズに、KITTをアルビオンに置いたままルイズだけでも帰国しては、と勧めたが
それはルイズにとって問題外だった、KITTと引き裂かれた後の生活なんてルイズにとって死んだも同然
このまま軍務を放棄して、KITTに乗って広いアルビオンのどこかに逃げることも不可能ではなかったが
従軍士官の敵前逃亡は処刑と決まってる、その累は一族の縁者にも及ぶもので、もしもルイズの両親が
貴族にとって不名誉な罰を下される事があったなら、それはヴァリエール家と現王家との戦争になるだろう
駐留軍本部に徴発されたホテルの裏手、将官達の騒動とは無縁な馬車溜まりに停めたKITTの中で
お茶を飲んでいたルイズの元に、赤帽が一通の命令書を届けに来た、伝令の当番兵は脱走したらしい
妙に重い封書を破り、ひっくり返すと薄い延べ板が滑り出てきた、水晶の埋め込まれた黄金の徽章
今、ルイズが付けている金張りの襟章、近衛少尉章よりずっと重い純金の小片を片手でもてあそびながら
ルイズは命令書に目を落した、女王直属の特務士官で、駐留軍の指揮系統から外れた自分には珍しい書面
経費節約とか服装規律の徹底とか、軍の命令書を見るたびに何かと怒っていたルイズが、無言のまま
何の感情も窺い取れない彼女の表情から、ただならぬ状況を察したKITTがルイズを案じ、声をかける
「ルイズ、命令内容の復唱をお願いします」
ルイズはKITTの言葉には答えず、命令書をシートに放り出すと、同封されていた純金をそっと摘み上げた
三姉妹の落ちこぼれには一生縁が無いと思っていた上級士官の徽章を、ルイズはブラウスの襟に着ける
「わぁ、見てよKITT、わたし少佐よ、お父さまと並んじゃったわ、…戦死特進の先払いってわけね…」
ルイズはKITTから出てドアに寄りかかると、着けたばかりの徽章を襟から引きちぎり、石畳に叩きつけた
「KITT…ごめんね…この世界の人間は…あんたが召喚されたハルケギニアは…クソみたいな場所よ!」
もしも今、目の前に異世界のゲート、伝説に聞く世界扉があったら、ルイズは全て捨てて飛び込んでいた
ルイズ・フランソワーズ・ド・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール特務少佐に通達
明1200を以って、貴官をトリステイン王国軍転進作戦の殿軍指揮官に任ず
魅惑の妖精亭
閉店後、照明を落したバーカウンター
スカロンの趣味で飾られた店内は地球におけるマンハッタンのバーのようなロマンティックな舞台だったが
店内に招きいれられたKITTが流す「赤垣源蔵徳利の別れ」のおかげで、店は新宿の居酒屋のような雰囲気
トリスティンから出稼ぎに来ていた店の妖精達は数日前、引き揚げ船で無事アルビオンを脱したらしい
戦争が始まれば真っ先に犠牲になる若い女性を船に乗せるため、スカロンはあらゆるコネと私財を使った
ルイズとKITTだけになった店でバーテンを務めるスカロンは、ワインセラーから取っておきの瓶を出す
「アルビオンの古い奴よ?ルイズちゃんにはちょっと辛口かしら?」
ソムリエナイフで銀の封を切り、コルクが抜かれたワインが、グラスに赤い流れとなって落ちていく
駐留軍発令の辞令、ルイズがアンリエッタや、本国にトンボ帰りしたマザリーニに泣きついたとしても
撤回の王命が間に合わぬ事を見越した上での命令、しかしアンリエッタはルイズに保険をかけていた
「ルイズちゃん、アニエス大尉が言ってたわ、今ならルイズちゃんの、殿軍指揮官の辞令を改竄して
明日の朝イチで出航する輸送船の添乗武官として押しこめるって…もちろん、KITTちゃんと一緒にね」
アンリエッタが平民出身であるアニエスの昇進と権限拡大を計らったのは、ルイズを護るためだった
ルイズは呟きながら、ワインを覗き込んだ、赤い色を見て思い浮かぶのは、KITTのフロントスキャナー
「…不作為の罪…か…ねぇKITT…一緒に逃げちゃおっか?…いいよね?…わたし…もう充分やったよね…?」
地球の聖書と始祖の祈祷書に共通している原罪、教典の意義も神の身勝手も、世界は違えど変わらない
「ルイズちゃん、わたしたちがこの国でできることは終わったわ、人は歴史を変えられる、でもね
歴史の流れを止めてはいけないのよ、そのために血を流すかどうかを決めるのは、この国の人間」
地球からの召喚者であるスカロンもまた、この世界を変えようと動いたのは一度や二度じゃなかった
目前の理不尽と戦うたびに気づかされたのは、人は神にはなれない、世界は犠牲無くして変わらないこと
ルイズはヴィンテージ・ワインを一口呷った、普段愛飲している安物の果汁入りワインより強い酒精にむせる
「今夜はこれくらいにしとくわ、…飲酒運転はよくないしね…スカロン店長…ひとつお願いがあるんだけど」
酒で座ったようなルイズの目、テコでも動かぬ意志に触れたスカロンは息をつくと、肩を竦め了解を示した
「このお店に伝わるっていう、伝説のビスチェを貸してくれないかしら…明日は、晴れの衣装が必要なの」
なんでこの少女は、目の前にある上等なワインを飲み干して、さっさと酔っ払ってウチに帰らないのか
自らの不作為を許せない、ただの無鉄砲な若者なのか、それとも、この場末の酒場に降りた聖女なのか
スカロンはルイズに背を向けると、床の跳ね上げ戸を開いて、年季の入った籐の行李をカウンターに出す
「…店長、これ、キープしといてくれない?ブルドンネ街にあるっていう本店まで、飲みに行くわ」
ルイズはワインの瓶を一瞥すると、財布の中身を全部カウンターに落とし、金銀貨をスカロンに押しやる
「ワインのキープなんて出来ないわよぉ、早く飲みにこないと、わたしたちで飲んじゃうからね」
スカロンはルイズの払った硬貨を一枚残らず集めて布で包み、行李に仕舞うと、そのままルイズに持たせた
「特別にツケにしといてあげる…ルイズちゃん…死んだらおしまいよ、生き残りなさい!この赤が…」
ルイズは、魅惑の妖精亭に伝わる秘宝が納まった行李を、無造作にKITTに放り込み、エンジンをかける
スカロンと話し、アルビオンのワインと語り、そしてKITTの操縦席に座った時に、揺れていた心は決まる
「大丈夫…誓って、これをわたしの弔い酒にはしないわよ…だってわたしには、KITTが居るもの…」
翌朝、ルイズはフリルをあしらった黒いミニスカート「魅惑のビスチェ」に身を包み、KITTに乗りこんだ
「この国で失われる命、流される血が、神さまの意思なら…わたしは…全力で抗うしかないじゃない…」
上物のワインを店に残したルイズは、この国で、目の前の戦で、誰一人弔い酒を開けさせないと決めた
#navi(KNIGHT-ZERO)
鏖(みなごろし)の雄叫びを上げ、戦争の犬を切って放てよ
W・シェイクスピア 「ジュリアス・シーザー」より
地下組織レコンキスタの総帥、クロムウェルが編成した平民兵と貴族士官、奇兵隊と呼ばれた一群は
いくつもの村を呑み込み、その数を数万単位にまで増やしながら、スコットランドを西へと進んだ
ベルファストのホテル最上階、駐留トリステイン軍本部は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった
安穏な占領地暮らしをしていた老貴族達は、半分入っていた棺桶から叩き出されたように右往左往する
王宮への報告を過小に書き換えた駐留軍に替わり、ルイズからのコミュニケーター・リンクを使った通信で
状況を聞いていたアンリエッタは、他の貴族より早く、奇兵隊の移動がもたらす意味と危険性を察知した
既に奇兵隊の集結地を臨む岬までひとっ走りしたルイズから、詳細な映像を添付した報告を受けていたが
アンリエッタには、毎朝届けさせている、資源の生産と決済が最も盛んな隣国ガリアの相場綴りの数字
鉄鋼と銅、製鉄用石炭、硝石と風石の価格がじりじりと上昇しているという事実のほうが恐ろしかった
もしも彼らの目的が領土的な野心なら、武器より兵站に必要な食料や燃料の価格が上がっているだろう
彼らの目的は、交渉でもなければ独立運動でもない、蹂躙し破壊し、殺戮を行う戦闘以外の何物でもない
かつてレコンキスタ支配下のアルビオンがタルブを侵攻した折、アンリエッタは独断で騎士隊を率いた
女王マリアンヌの時代より、王宮の中で一派閥を形成している軍門の貴族達は、武力防衛に反対していた
勝目の薄い戦で大怪我するよりも、タルブ割譲という手打ち金でのレコンキスタ懐柔が、彼らの腹積もり
恒久的な国境とは異なる、軍事的な停戦ラインが形成されれば、境界警備その他で軍部の発言力は増す
後の世から見れば愚策と言えるそれをブチ壊したのは、王女アンリエッタの指揮による徹底抗戦だった
アルビオンの軍備を知る者にとって無謀な戦闘は、ルイズとKITTによる撃退という予想外の結果に終った
顔を潰された軍門連中は、結果よりその過程に難癖をつけ、それ以来、王室の強権発動には反発が多い
地球では植民地維持のため、ドゴール大統領の命を幾度も狙った右派組織に似た経緯と理念を持つ集団
短期の直接戦闘より長期冷戦で軍を活性化させ、サハラに植民地を持つことを悲願とする軍部の覇権派は
王室にすら制御困難な派閥を形成し、王命の意図的遅延や各師団単位での独自サボタージュを行っていた
アンリエッタは最近、お忍びで下町に出かけた時に買った玩具、木駒を使う東方のチェスを好んでいた
ショウギ、とかいう名の、主に行商人が賭博に用いる、貴族の間ではあまり上品でないとされる遊戯
相手は専ら、マザリーニ宰相や大后マリアンヌ、軍門ながら王室寄りのグラモン退役元帥が務めていた
アンリエッタは軍閥の独走を抑止するべく、その火種になるであろうアルビオンの駐留軍本部に
飛車駒のルイズとKITTを送り込み、歪曲や握りつぶしの無い直接的な情報ルートを確保していた
王宮と軍部の乖離を危惧する老貴族達は、若く経験値の少ない女王と、東方のチェスを通じて語り合った
"彼ら"は相手のナイトやポールを削いで、じっくりとキングを詰む戦略を得意としていることを教えた
戦争だけではなく王宮内の権力争いもまた、物量と手持ちの駒の数で勝敗が決まるのが定石だと学んだが
王道には必ずそれを覆す一手があることを知ったアンリエッタ、彼女には少数ながら一騎当千の駒がある
手数に劣るアンリエッタは思案し、王将の守りが空くことを覚悟で、手元に温存していた角駒を動かした
飛車角を同時に敵陣へ放り込み、短期決戦で王将駒を奪る、貴族のチェスにはあまり見られない攻略
以前、変装してチクトンネの賭け将棋に参加した時に、財布の中身を残らず取られたえげつない技
真剣師と言われる賭け将棋のプロと対局し、すんでの所で肌着まで奪われそうになった経験を活かした
数日後、アンリエッタの意を受けた宰相マザリーニが、駐留軍激励の名目でアルビオンの地へと旅立った
東方のチェスに使う駒は、敵陣に飛び込むと裏返って赤い駒となり、その可動範囲を大幅に増やすという
懐刀のアニエスや酒席で親交を持ったスカロン、そしてルイズとマザリーニ宰相がそうあることを願った
アンリエッタの望んだ敵将の首は、自らが身を捧げた祖国と、かつて愛した人の国の、安寧と平穏
もしも手持ちの駒が出払って丸裸の自分が敵駒に詰まれたら、王将駒たる自分自身が縦横に動けばいい
アンリエッタは、年若き女王だった
その頃、アルビオン北部高地、レコンキスタ本営にある執務室に、安穏よりも動乱を求める男が居た
当時の貴族の間では、前線で指揮を取ることが、戦争の決定者に課せられた高貴なる義務とされていたが
非効率的な慣習を嫌ったクロムウェルは、農民集団に偽装した奇兵隊がアルビオンを西へと進軍する中
高給で雇った風竜騎兵によって随時送られてくる、報告書で埋もれた粗末な執務室を、一度も出なかった
彼は本来、戦闘の精鋭である竜騎兵を伝書鳩の如く諜報と伝令に使い、偵察衛星の如く使いこなしていた
クロムウェルはいつも通り、報告書を精読すると、奇兵隊へと戻る竜騎兵に、簡潔明瞭な指示を与えた
「では、始めてください」
アルビオン西部の半島、コーンウォール
過去の民族移動で定住した大陸人中心のスコットランド領ながら、文化的には古代アルビオンに近い地域
コーンウォール半島の突端、雲の海峡には、自然によって造形された細い陸続きの橋が掛かっている
中継地であるマン島を経由して、ほんの20リーグほどの先には、トリステイン領アイルランド島
現在、クロムウェルが組織した貴族士官と平民兵からなる奇兵隊は、コーンウォールに集結している
現地住民の一部は兵士や賄い、雑役に寡兵され、残りの大部分は強制的に半島の端に移住させられた
奇兵隊は隊士を養う当座の食料と、それまで各地で密造していた武器と火薬を、この半島に集結させた
もう武装を隠す必要はなかった、群集は全員に行き渡って余りある銃と豊富な弾薬で、兵士と化した
分解され、藁束や酒樽に隠された鉄と木が、それを運んでいた荷車と組み合わされ、野砲の列となる
半島は一隻の軍艦の如き様相を呈していた、幾重にも並んだ砲口は雲海の先、アイルランドに向けられた
彼らの行為が明らかな軍事示威行動で、それが戦争であることを最後まで認めようとしなかったのは
平民が貴族に剥いた牙、喉元に剣を突きつけられていたアイルランド駐留のトリステイン貴族だった
他の統治国が沈黙を守る中、トリステインの老人貴族達が、奇兵隊を只の百姓集団と舐めているうちに
奇兵隊は本隊をスコットランドに残したまま、少数のゲリラを送り込み、港へのテロ行為を繰り返した
クロムウェルは軍事的衝突よりも、まず兵站と退路を破壊することで、国と人間心理を内部から攻撃した
低空で進入し、市街に爆弾を一発投下して速やかに去る奇兵隊の竜騎士は、駐留軍を睡眠不足にさせる
戦時に置いて劣勢にある軍隊ならば、背後の橋を壊すことは、時に兵士達を鼓舞することもあるが
駐留の軍務にありながら戦争に来ている意識の薄い、トリステインの軍人達には逆の効果を及ぼした
宣戦布告の無いまま、見えない敵との不正規戦による不安の増幅は、最も費用対効果の高い攻撃となった
奇兵隊の集結に伴い、トリステイン駐留軍もスコットランド島と繋がるアイルランド島のダブリン岬に
防御陣地の構築を始めていたが、防衛や侵攻の軍事行動時に、現地で寡兵される平民やメイジの傭兵は
アイルランドにまで入りこんだ奇兵隊の強募によって大部分が引き抜かれた後で、定員充足にはほど遠く
ダブリン岬の陣地ではトリステインの兵士達が、酸素希薄な異国の高地で慣れない塹壕掘りを行っていた
既に座学と秘密裏の実技で武器操作に習熟していた奇兵隊の隊士が、現地での最終的な訓練を終えた頃
クロムウェルより適時の行動開始を委任されていた奇兵隊の指揮官、ホーキンス将軍は進軍の杖を振った
コーンウォールの端、アイルランドと繋がった細い陸続きの道、その入口に完全武装した奇兵隊が集結した
その大半は張りぼての偽兵士だったが、恐怖を植えつけられたトリステインの斥候兵は過大な報告をする
翌日、マザリーニ宰相の鶴の一声で、アルビオン駐留トリステイン王国軍の完全撤退が決定された
その頃ルイズは、いまだ特務士官としてトリステイン統治下アイルランドの首都、ベルファストに居た
店じまいとなった魅惑の妖精亭で、どうやって任務をほっぽり出してこの国をおさらばするか考えていた
アンリエッタ女王はKITTの通信装備、コミュニケーター・リンクを通し、ルイズに即時の帰国を要請した
レコンキスタの侵攻がトリステイン本国に及ばない形で、人的被害無くアルビオンの占領を終了させる
それでアンリエッタが想定していたルイズの役目は終わりだった、貴重な駒を奪われるリスクは犯せない
そして、ルイズは友達
未知の力を秘めた機械KITTを擁し、その扱いに秀でた虚無メイジのルイズを道具として扱う冷徹な判断と
幼馴染の親友ルイズを案じての優先的な任務解除、個人的な感情を同じ盆に乗せるアンリエッタの思考は
政治には縁遠いが青臭い論議ばかり好きな若い貴族からしてみれば、甘いとも愚かとも思える物だったが
年若いアンリエッタを認め、王位を譲った大后マリアンヌや、ロマリアの教会とトリステインの議会で
半生を政治に費やしたマザリーニ宰相、そして少なからぬ老獪な貴族達は、その真意を知っていた
それが一国の女王でも、下町の雑貨屋の店主でも、頂点を極めし者、王たる者に求められる力とは
必ずしも優秀であることではない、ということ、優れた人間が自然と周囲に集まる、人の器の大きさ
それが、帝王学とも言えるものだった
古来、友情や義理に薄い人間が良き参謀や宰相になったことはあっても、良き王になった例は無い
ナイーブにも映るアンリエッタ女王の施政は、その能力より人の善さと信義を知らしめる効果を発揮した
損して得を取る、利益だけでなく、人間的な信頼と誠実な対応で継続的な顧客を得る、商人に似た感覚
彼女の元には、その人格に惹かれた人間が少しづつ集まり、アンリエッタの若さゆえの未熟を補っていた
アンリエッタはコミュニケーター・リンクを通して、腹心の、そして大切な友達のルイズに呼びかけた
「ルイズ、今すぐ空から落ちてきて、トリステインのどこだろうとレビテーションで受け止めてあげる」
仲間を決して見捨てない、それはアンリエッタが、ウェールズを失った時、女王たる己に課した掟だった
アンリエッタの願いはルイズの元に届いていた、しかし彼女はKITTのモニターを苦々しい目で眺めている
「それが出来ればね…とっくにそうしてるわよ」
王命による全軍の撤退は決まったものの、自国民の保護や接収品の輸送など、駐留軍には任務が多く
軍上層部との繋がりで順番が決まるという、逐次的な帰国命令はなかなかルイズの所までは回ってこない
ルイズが軍部からすれば煙たい存在であるアンリエッタの子飼いと見られている事にも関係があった
アンリエッタが王宮から発した、ルイズの本国召還命令は「各方面と調整しつつ善処する」事案のまま
危険に目ざとい民間人が爆破テロに怯えながら、次々と自前でチャーターした引き揚げ船で本国に帰る中
老人連中は敵前逃亡の恥とか残置資産による損害などとお題目を唱えては従軍貴族の帰国許可を出し渋り
口だけは勇ましく植民地死守を主張する将軍達の方策で、帰国便の増発や港湾、航路の警備強化は遅れた
アンリエッタの采配で優先的に帰国する事など、今さら不可能であることはルイズにはわかっていた
KITTをトリステインまで船で空輸するには、一般兵12人分の風石と、壁も床も特製の船室が必要になる
少しでも多くのトリステイン人を甲板に乗せるため、高価な馬車を次々と船から叩き落す姿を見ていると
自分とKITTが後回しになるのは仕方ないと思った、多分それが高貴なる者の義務とかいうやつなんだろう
KITTはかつて地球におけるベトナムで祖国が行った同一の行為を、映像とマイケルの実体験で知っていた
マザリーニ宰相はルイズに、KITTをアルビオンに置いたままルイズだけでも帰国しては、と勧めたが
それはルイズにとって問題外だった、KITTと引き裂かれた後の生活なんてルイズにとって死んだも同然
このまま軍務を放棄して、KITTに乗って広いアルビオンのどこかに逃げることも不可能ではなかったが
従軍士官の敵前逃亡は処刑と決まってる、その累は一族の縁者にも及ぶもので、もしもルイズの両親が
貴族にとって不名誉な罰を下される事があったなら、それはヴァリエール家と現王家との戦争になるだろう
駐留軍本部に徴発されたホテルの裏手、将官達の騒動とは無縁な馬車溜まりに停めたKITTの中で
お茶を飲んでいたルイズの元に、赤帽が一通の命令書を届けに来た、伝令の当番兵は脱走したらしい
妙に重い封書を破り、ひっくり返すと薄い延べ板が滑り出てきた、水晶の埋め込まれた黄金の徽章
今、ルイズが付けている金張りの襟章、近衛少尉章よりずっと重い純金の小片を片手でもてあそびながら
ルイズは命令書に目を落した、女王直属の特務士官で、駐留軍の指揮系統から外れた自分には珍しい書面
経費節約とか服装規律の徹底とか、軍の命令書を見るたびに何かと怒っていたルイズが、無言のまま
何の感情も窺い取れない彼女の表情から、ただならぬ状況を察したKITTがルイズを案じ、声をかける
「ルイズ、命令内容の復唱をお願いします」
ルイズはKITTの言葉には答えず、命令書をシートに放り出すと、同封されていた純金をそっと摘み上げた
三姉妹の落ちこぼれには一生縁が無いと思っていた上級士官の徽章を、ルイズはブラウスの襟に着ける
「わぁ、見てよKITT、わたし少佐よ、お父さまと並んじゃったわ、…戦死特進の先払いってわけね…」
ルイズはKITTから出てドアに寄りかかると、着けたばかりの徽章を襟から引きちぎり、石畳に叩きつけた
「KITT…ごめんね…この世界の人間は…あんたが召喚されたハルケギニアは…クソみたいな場所よ!」
もしも今、目の前に異世界のゲート、伝説に聞く世界扉があったら、ルイズは全て捨てて飛び込んでいた
ルイズ・フランソワーズ・ド・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール特務少佐に通達
明1200を以って、貴官をトリステイン王国軍転進作戦の殿軍指揮官に任ず
魅惑の妖精亭
閉店後、照明を落したバーカウンター
スカロンの趣味で飾られた店内は地球におけるマンハッタンのバーのようなロマンティックな舞台だったが
店内に招きいれられたKITTが流す「赤垣源蔵徳利の別れ」のおかげで、店は新宿の居酒屋のような雰囲気
トリスティンから出稼ぎに来ていた店の妖精達は数日前、引き揚げ船で無事アルビオンを脱したらしい
戦争が始まれば真っ先に犠牲になる若い女性を船に乗せるため、スカロンはあらゆるコネと私財を使った
ルイズとKITTだけになった店でバーテンを務めるスカロンは、ワインセラーから取っておきの瓶を出す
「アルビオンの古い奴よ?ルイズちゃんにはちょっと辛口かしら?」
ソムリエナイフで銀の封を切り、コルクが抜かれたワインが、グラスに赤い流れとなって落ちていく
駐留軍発令の辞令、ルイズがアンリエッタや、本国にトンボ帰りしたマザリーニに泣きついたとしても
撤回の王命が間に合わぬ事を見越した上での命令、しかしアンリエッタはルイズに保険をかけていた
「ルイズちゃん、アニエス大尉が言ってたわ、今ならルイズちゃんの、殿軍指揮官の辞令を改竄して
明日の朝イチで出航する輸送船の添乗武官として押しこめるって…もちろん、KITTちゃんと一緒にね」
アンリエッタが平民出身であるアニエスの昇進と権限拡大を計らったのは、ルイズを護るためだった
ルイズは呟きながら、ワインを覗き込んだ、赤い色を見て思い浮かぶのは、KITTのフロントスキャナー
「…不作為の罪…か…ねぇKITT…一緒に逃げちゃおっか?…いいよね?…わたし…もう充分やったよね…?」
地球の聖書と始祖の祈祷書に共通している原罪、教典の意義も神の身勝手も、世界は違えど変わらない
「ルイズちゃん、わたしたちがこの国でできることは終わったわ、人は歴史を変えられる、でもね
歴史の流れを止めてはいけないのよ、そのために血を流すかどうかを決めるのは、この国の人間」
地球からの召喚者であるスカロンもまた、この世界を変えようと動いたのは一度や二度じゃなかった
目前の理不尽と戦うたびに気づかされたのは、人は神にはなれない、世界は犠牲無くして変わらないこと
ルイズはヴィンテージ・ワインを一口呷った、普段愛飲している安物の果汁入りワインより強い酒精にむせる
「今夜はこれくらいにしとくわ、…飲酒運転はよくないしね…スカロン店長…ひとつお願いがあるんだけど」
酒で座ったようなルイズの目、テコでも動かぬ意志に触れたスカロンは息をつくと、肩を竦め了解を示した
「このお店に伝わるっていう、伝説のビスチェを貸してくれないかしら…明日は、晴れの衣装が必要なの」
なんでこの少女は、目の前にある上等なワインを飲み干して、さっさと酔っ払ってウチに帰らないのか
自らの不作為を許せない、ただの無鉄砲な若者なのか、それとも、この場末の酒場に降りた聖女なのか
スカロンはルイズに背を向けると、床の跳ね上げ戸を開いて、年季の入った籐の行李をカウンターに出す
「…店長、これ、キープしといてくれない?ブルドンネ街にあるっていう本店まで、飲みに行くわ」
ルイズはワインの瓶を一瞥すると、財布の中身を全部カウンターに落とし、金銀貨をスカロンに押しやる
「ワインのキープなんて出来ないわよぉ、早く飲みにこないと、わたしたちで飲んじゃうからね」
スカロンはルイズの払った硬貨を一枚残らず集めて布で包み、行李に仕舞うと、そのままルイズに持たせた
「特別にツケにしといてあげる…ルイズちゃん…死んだらおしまいよ、生き残りなさい!この赤が…」
ルイズは、魅惑の妖精亭に伝わる秘宝が納まった行李を、無造作にKITTに放り込み、エンジンをかける
スカロンと話し、アルビオンのワインと語り、そしてKITTの操縦席に座った時に、揺れていた心は決まる
「大丈夫…誓って、これをわたしの弔い酒にはしないわよ…だってわたしには、KITTが居るもの…」
翌朝、ルイズはフリルをあしらった黒いミニスカート「魅惑のビスチェ」に身を包み、KITTに乗りこんだ
「この国で失われる命、流される血が、神さまの意思なら…わたしは…全力で抗うしかないじゃない…」
上物のワインを店に残したルイズは、この国で、目の前の戦で、誰一人弔い酒を開けさせないと決めた
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