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「毒の爪の使い魔-40-b」(2009/06/08 (月) 23:31:46) の最新版変更点
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#navi(毒の爪の使い魔)
納戸へと戻ったジャンガは、食堂から失敬したワインを煽りながらベッドの上に寝転がっていた。
「さてと……どうすっかな?」
天井を見上げながらジャンガは一人呟く。
今、行方を晦ませたルイズの捜索で、慌てふためく使用人達が立てる足音が城中に響き渡っている。
あれから軽く一時間は経過していると思われるが、一向に見つからないようだ。
「城が広くても人数が有るだろ? ガキ一人まだ見つけられないのかよ?」
タバサも部屋に戻っている。さて、如何暇を潰そうか?
「…あいつは放っておいて、俺とタバサ嬢ちゃんだけで戻るか?」
そんな事を考えていると、扉をノックする音が響いた。
「開いてるゼ?」
ジャンガがそう言うと、再び扉がノックされる。
タバサならば鍵が開いていれば勝手に入ってくる。使用人達ならばノックすらしない。
では…誰だ?
ジャンガはいぶかしみながらも、ベッドから身体を起こし、扉の方へと歩く。
扉を開けると、そこに立っていたのはルイズ…ではなく、カトレアだった。
「な、なんだ?」
ジャンガは突然目の前に現れたカトレアに僅かながら怯んだ。
カトレアは変わらぬ笑顔でジャンガを見つめている。
「少し、お邪魔してもよろしいですか…?」
「あ、ああ……。って言うか…お前の家なんだから、別に断りなんか必要ないだろうが?」
「確かにわたしの家だけれど、今はあなたのお部屋…、断りを入れるのは当然の事ですわ」
そう言われては返す言葉が無い。ジャンガはカトレアを部屋に招きいれた。
カトレアは奥に敷かれたベッドの上に座った。その隣にジャンガも座った。
ジャンガは隣のカトレアを見つめる。
見れば見るほどシェリーに似ている…、性格が少しおっとり気味なのは似てないが、それ以外はあのガキ以上のレベルだ。
何より…相手を優しい気分にさせるこの雰囲気は、少なくともあのクソガキからは微塵も感じられない。
(やっぱりこいつの方が似てるか…)
性格もそうだが、身体の方は最早どうにもなら無いだろう。
そんな事を考えているとカトレアが徐にジャンガを見た。
突然見つめられ、ジャンガは、ドキリとなる。
「な、んだよ?」
「…ルイズにはわたしとは違った魅力が有るわ」
「は、はい?」
「人には人それぞれの良い所が有るの。それは誰かと比べられる物じゃないし、比べるような物ではないわ」
「そうか? そうだとしてもな…、世の中には差別って物が無くならねェぞ?」
「そうね…、悲しい事だわ」
カトレアは一瞬悲しげな表情を浮かべる。
「でも、だからと言って…個人の良い所を殺すのは良くないと思うの。
人は…それぞれの良い所を必ず持っている物だから」
「…まァ、否定はしネェ…」
その言葉にカトレアは笑みを浮かべた。
「ねぇ、あなたは何者? このハルケギニアの亜人じゃないわね…。
いえ、もっとこう…根っこから違う気がするの。違って?」
「……別に隠す事じゃねェが、何で解った?」
カトレアはコロコロと笑う。
「わたし、昔から妙に勘が鋭いみたいで…、それで大抵の事は解っちゃうの」
「…ふ~ん」
「でも、それはいいの。どうもありがとうございます。それをまず言いたかったの」
「礼を言われるような事をした覚えは無いが?」
「わたしじゃなくて…ルイズの事。あの子が陛下に認められるような手柄はあの子一人じゃ無理なはず…。
きっとあなたが手助けをしてくれたのよね。そうでしょう?」
「……」
「あ、無理に言わなくてもいいの。話せない事もあるわよね」
「で…用はそれだけなのか?」
「ううん、これからが本題」
そう言ってカトレアはジャンガを真摯な目で見つめた。
ジャンガは、ドキッ、となって後退る。
思わずそうしてしまうほど、今のカトレアの顔はシェリーのそれと、瓜二つなまでにそっくりだった。
「あの子がこのままでは婿をとって結婚してしまうのは知っているでしょ?」
「ああ…。けどよ、それがどうした? あいつが婿とって結婚しようが俺には関係無ェ」
カトレアは少しすまなそうな表情になる。
「うん。あなたにはもう心に決めた人がいるのよね…」
「”いた”って言うべきだ…」
「…ごめんなさい」
「謝らなくてもいいゼ。ま、そう言うわけだ…、俺はあいつとはそんな関係にはならねェよ…」
カトレアは首を振った。
「別にそういう事を頼みに来たわけではないの」
「じゃあ…何だ?」
「あの子をね……此処から連れ出して欲しいの」
ジャンガは怪訝な表情になる。
「どう言う事だ? 戦争には不参加が決まって、婿とるんだろ? おまけに外出禁止も言われてんじゃねェか?」
「ええ…そうね。正直に言えば、わたしも戦争に参加するのは感心しない…、行ってはほしくない。
でも、あの子がそう決めて、それを必要としている人が居る。だったら行かせてあげるべきだと思うの。
それは他人が決める事じゃない…、あの子の意思を尊重したい」
「そうか…」
「あの子は中庭にいるわ。中庭には池があって、小さな小船が浮かんでるの。その中にいるわ。
あの子は昔から嫌な事があるとそこに隠れるのよ。ルイズを連れ出したら城の外に出て。
そこにはあのルイズのお友達が自分の風竜と一緒に待っているから」
「用意周到だな…、脱帽ものだゼ」
カトレアはどこまでも優しい笑みを浮かべながらジャンガの顔を両手で優しく挟んだ。
「あなたとルイズに、始祖のご加護がありますように」
そして、ジャンガの額に優しくキスをした。
ジャンガはされるがままだった。
「わたしの可愛い妹をどうかよろしくお願いいたしますわ。騎士殿」
「……騎士ね」
そんなご大層な身分など自分には似合わないし、要りもしない。
そう思ったが……何故だか否定の言葉は口に出来なかった。
もうなんと言えばいいのだろうか…、カトレアのペースに巻き込まれっぱなしで、自分のペースが取り戻せない。
…こんな所も本当にそっくりである。
ジャンガは頭をポリポリと掻いた。
「…なァ、お前は何か問題を抱えてたりしてるだろ?」
「え?」
「悪いな…、お前とあいつの夕べの会話を少し聞かせてもらった。…身体弱いんだってな?」
「ええ…」
この優しいルイズの姉は原因不明の病に掛かっていた。
身体の何処かが悪くなり、そこを薬や魔法で抑えるとまた別の所が悪くなるのだ。
長い事治療は続けられているが、一向に改善の兆しは見られないのだ。
結局はその繰り返しで医者はさじを投げてしまう。
今も様々な薬や魔法で症状を緩和しているとの事だ。
ジャンガはカトレアを真っ直ぐに見つめた。
「元気になりたいか?」
「…それは、勿論。元気になってルイズと一緒にお出かけもしたい。この城以外の場所にも行ってみたい」
「…解った」
ジャンガは言ってカトレアに近づき、その首筋に爪を押し当てる。
血の玉が浮かび上がり、爪の先に乗る。
爪の先に乗った一滴の血をジャンガは舐めた。
暫くその血を口の中で味わっていたが、ふと表情を曇らせた。
(何だこりゃ?)
ジャンガはカトレアが患っている病気は毒か病原菌による物だと踏んでいた。
だが、その血はそれとは違っていた。
例えるならば、普通の毒に侵された者の血液は毒液を流した川の水である。
だが、このカトレアの血はそうではない…。
なんと言えばいいのだろうか…、川の中に”毒の塊”が落ちて、それから毒が滲み出ているといった感じだ。
ジャンガは逡巡し、真剣な顔付きでカトレアを見つめた。
「なァ…、ちょいとばかりキツくなるが…我慢できるか?」
「大変なの?」
「ああ…、キツイだろうな」
「…大丈夫、我慢できるわ。だからお願い」
ジャンガは頷く。
「今は何処が悪い?」
カトレアは服を捲くる。綺麗な素肌が露わになった。
「この辺りかしらね…」
左の脇腹の部分を指し示す。
ジャンガはその辺りに爪を当てる。
血を採り、それを舐める。
「…ここか?」
ジャンガは”毒の大元”の居場所を突き止めた。
カトレアを見つめる。
「いくぞ?」
「…はい」
ジャンガは爪を鳴らし――カトレアの脇腹に爪を突き立てた。
「――痛ッ…」
カトレアの顔が苦痛に歪む。
ジャンガは爪の先端で毒の大元がある部分を徹底的に探る。
――爪の先が硬い物に当たった。骨ではない。
「こいつか!?」
ジャンガは”それ”を爪で掴むと一気に引き抜いた。
爪の先には黒い物が掴まれていた。
「はぁ…、はぁ…」
カトレアは顔に汗を掻き、苦しそうに呼吸を繰り返す。
ジャンガはカトレアを気遣うように声を掛ける。
「大丈夫か?」
「…え、ええ」
「身体の具合は?」
「…まだ、なんとも言えませんわ」
「だろうな――ン?」
爪が震えているのに気が付き、ジャンガは目を向ける。
いや…正確には爪に掴まれた”それ”が震えているのだ。
「くっ!?」
ジャンガは”それ”を床に投げ捨てた。
”それ”の震えはどんどん激しくなっていく。
すると、今度は膨張を始めた。
「な、何だ!?」
”それ”の膨張は人の頭よりも一回り大きな位になるまで続いた。
膨張が収まると、そこには黒い物体があった。いや、黒ではない…”漆黒”だ。
その漆黒の物体には同じ色の角が二本生え、真っ赤な一つ目があった。
それにジャンガは見覚えがあった。
「ササルンか?」
だが、こんなタイプは見た事が無い。
『デスササルン』――悪夢の中で生まれた、呪われた一つ目のササルン。
漆黒のボディはあらゆる攻撃を跳ね返す究極のバリアである。
他のササルンと同じく呪い攻撃も得意とする。
デスササルンはその一つ目をギョロリと動かし、ジャンガとカトレアを見据える。
ジャンガは両の爪を構えて臨戦態勢を整えた。
だが、デスササルンは動こうとしない。
どうしたのか? と、ジャンガが悩むとデスササルンの周囲に黒い煙の様な物が発生した。
その中にデスササルンは姿を消し、デスササルンの姿が見えなくなるや、煙の方も跡形も無く消え去った。
暫く、ジャンガとカトレアはデスササルンの消えた場所を見つめたまま動けなかった。
「…何だったんだ?」
ジャンガが漸く口を開いた。
と、カトレアが苦痛に顔を歪ませた。
「おい、大丈夫か?」
「ええ……平気…」
「…平気じゃねェだろ。待ってろ…、直ぐに救急箱でも――」
そこまでジャンガが話したのと、納戸の扉が開かれてエレオノールが姿を見せたのはほぼ同時だった。
ルイズを探して此処へやって来たエレオノールは、呆然とした表情で目の前の光景を見つめている。
「何を…してるの…?」
どうしてカトレアがこんな所に居るのか…、それも気になったがそれ以上に衝撃的な現実が目の前にあった。
――ジャンガの爪から滴る血…
――脇腹から血を流しているカトレア…
それらから導き出される答えは――
エレオノールは反射的に杖をジャンガ目掛けて突きつける。
「あなた!? カトレアに何をしていたの!!?」
「ね、姉さま……これは違…」
カトレアは必死に訴えようとするが、痛みの所為で上手く喋れない。このままでは誤解を招いてしまう。
するとジャンガは笑った。
「キキキ、余裕が無いのはこういう時に不便だよな…?」
「あなた!?」
「キキキ! あばよ! 釣り目の幼児体型!」
叫ぶや、ジャンガはたった一つだけ備えられた窓を突き破って外に出た。
「待ちなさい!!!」
エレオノールは叫んで部屋を飛び出そうとする。
その背にカトレアは必死になって声を掛ける。
「ま、待って、姉さま…」
「あなたはそこでじっとしていなさい。すぐに使用人を呼ぶから、いいわね?」
それだけ言うと納戸から飛び出して行った。
カトレアは複雑な表情を浮かべて割られた窓を見上げた。
「…ありがとう」
一言だけ、カトレアは呟いた。
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