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#navi(ジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア)
51.アズラ様が笑う
「わりぃが、そりゃ無理な話だ。主人を見捨てるのはできかねん」
説得が通じる相手ではないと女の目を見て理解した。そしてこの女がやろうとしていることは、
多分その方が良い行いなんだろうと、後でうめいているリッシュモンについて男は思った。
自分が仕えている老人の腹は真っ黒だ。そのくせ変に自信過剰でこんな真夜中にも出歩く。
さっさと逃げてしまいたいが、リッシュモンを守る為にもここで引く訳にはいかなかった。
「旦那ぁ、近くにいられると困るんで人気のある所で待っといてもらえますかね?
ああ、魔法唱えといて下さいね。こいつだけとは限らないんで」
リッシュモンは男の声にはっと我に返ったようで、何か二言三言うるさくわめいてから離れていった。
「待て!」
追いかけようとするアニエスを男が牽制する。背後から放ったエア・ハンマーをアニエスは振り返り剣で受け止める。
男は感嘆の声を上げ、それから面倒そうにアニエスを見る。
「あー、やっぱりメイジ殺しの類か。俺らに喧嘩売る平民なんざそういるもんじゃないからな」
アニエスはゆっくりと剣を構え、男を見る。その目は殺気立ってはいるがそれなりに理性は残っていた。
「邪魔をするな」
怒りの形相でゆっくりと男に近づいていく。男はついにため息をついて、
この恐ろしい女をどう倒すか考えている。
「そういってもよぉ……」
高速詠唱で牽制代わりのウインド・ブレイクを放つ。
やはりアニエスは剣で受け流すが、その隙に男は素早く距離をあける。
剣には固定化がかかっているらしい。男は遠距離から強力な魔法を使って剣を壊すことにした。
「拾ってもらった恩があるからな。ダングルテールの件で責任が俺と隊長にまわってきてアカデミーにいれなくなってから……」
アニエスの目が見開いた。そしてそのまま男に向かって突き進む。
男はアニエスがどういう思いでリッシュモンを狙ったのか理解した。
理解したからこそ、即座に詠唱して呪文を放つ。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウインデ」
何十もの氷の矢がアニエスに向かって飛んでいく。
これで終わるのならありがたい。だが、そうはならなかった。
目前に迫っていたウインディ・アイシクルの矢がアニエスに当たることは無かった。
突然現れた炎の壁によって蒸発し、元の水蒸気に戻ってしまったのだ。
炎の壁を飛び越えて、アニエスはただまっすぐ男に向かって走る。
「やっぱりあの村の生き残りか!ああ、くそったれ!!」
あのダングルテールでの任務は、男にとって何があっても忘れられないものだった。
疫病の壊滅だとか異教徒狩りだとかで駆り出されたが、男はあれほど「奇妙」な村を他に見たことが無い。
なにせ、村にいた連中のほとんどが杖を持ち魔法を使ったのだから。
途中まで問題も無く「処分」していったが、結局のところ褐色肌の女が現れたせいで部隊はほぼ全滅。
男は隊長と共にアカデミーに戻るが二人で部隊壊滅の責任を負わされてしまい、アカデミーから脱退処分を受ける。
幸い男はリッシュモンに助けられ、ひどい環境で働かされるハメになった。
男が次の魔法を放つ前に決着は付いた。
飛びかかったアニエスの一太刀が男の杖を真っ二つに切ると共に、その柄で男の腹を力一杯殴る。
男は低くうめいて、そのまま意識を失った。
「さて次は……おい、こいつを縛ってくれ」
アニエスが呼びかけると、どこからともなく協力者が近づいてきた。
黒のフードと黒ずんだ紫色の革鎧を着込んだシエスタである。
「後で話す。それでいいだろう?」
アニエスは自分を驚きの目で見ながら、器用にも男に縄を巻いているシエスタにそう言って、リッシュモンが逃げた方へと駆けだした。
リッシュモンは走っている。60を超える老体にとってそれは苦行以外の何物でもなく、
途中で足を止めて息を切らしながらゆっくりと走り続けている。
不運にもまだ辺りには人気が無い。
「ハァ……ハァ……まったく、何で私がこんな目に合わねばならんのか」
相手は剣を持ったただの平民。一緒に戦った方がすぐに済んだのではないか?
そんな思いが脳裏によぎる。足を止めて一息ついていると後から足音が聞こえてきた。
なんだ、やっぱり片付けたではないか。リッシュモンは少し怒ったように振り返る。
「遅いぞモゲン……」
二つの月に照らされた路地の向こうに、女が立っている。
獣のように笑って、ゆっくりとこっちに向かってきている。
見たところ大した怪我をしているようにも思えない。
モゲンスが負けた。ただの平民に?
リッシュモンはそれ以上何かを考える前に杖を取り出した。
考えれば、おそらく恐怖に飲み込まれていただろう。
「ち、近寄るな平民ふぜいが!私はすでに呪文を唱えている。
あとはお前に向かって開放するだけだ!」
陳腐な脅し文句に、アニエスは笑って答えた。
「ならば、放ってみろ」
恐怖を感じたリッシュモンは、言われるまま杖の先から杖の先から巨大な火の球が膨れ上がり、
アニエスに向かって飛んで行く。アニエスはつまらなそうに剣を構え、呪文を唱える。
「デル・ウインデ」
剣から発生した風の衝撃が炎を切り、かき消す。
「魔法だと!?」
リッシュモンは叫んだ。
「何故平民が!?いや、貴様メイジか?メイジが杖を剣に仕込むとは何たる恥さらしか!!」
「わめくな。うるさい」
ひ、とリッシュモンはアニエスの眼光に腰を抜かして床に座り込む。
アニエスはリッシュモンに近づいて剣を向ける。
「お、お前、私は高等法院のリッシュモンだぞ?私を殺せばお前は……」
ただではすまない。だから何だというのだろうか?
アニエスはそれを無視した。
「ダングルテールの虐殺は、貴様が立案したそうだが」
「待て!お前は生き残りか!違う、私はただ頼まれて……」
「誰に?」
剣が首筋に当たる。リッシュモンは叫び声を上げるがアニエスは全く表情を変えない。
「もう20年も前だ!当時ロマリアにいた宗教庁の連中はとっくの昔に死んでおる!」
「そうだな、後はお前くらいか」
リッシュモンはアニエスの目を見る。深く、そして暗い目には自分の姿が映っていない。
「色々と調べさせてもらった。8万エキューももらったそうだな。大層な額だ」
リッシュモンが何かを言う前に、アニエスはその首をはねた。
これでもう騒がしい声を発することも無い。辺りは再び静寂に包まれた。
「……終わりか」
リッシュモンの杖を懐にしまってから、その死体を見る。
ずいぶんと長い間こうしたかったはずだが、何かが心からわき上がるわけでもない。
だが、なにか心が満たされた気もする。不思議な気持ちだった。
「お前の悪行は月影の国で精算されるだろう。始祖に祈ったところで、今更どうしようもないだろうがな」
錬金で胴体と流れ出た血を分解し、首だけを持ってアニエスは暗闇の中に消えた。
リッシュモンはひどく奇妙な様子で辺りを見ている。
というのも、辺りはひどく美し過ぎる光景が広がっているからだ。
見えるのは花と滝、堂々とした木々、銀の街、しかしすべてが霞んで見える。
水彩のように色が流れている美しい景色によって、半分目が見えなくなっているほどだ。
「ここが、ヴァルハラか?」
あの世とは存在したのか。無神論者で金の亡者だったリッシュモンは、
そんなことをぼやけた頭で考えた。
『お前たちにとっては、その呼び名が相応しいでしょう』
澄んだ女性の声が頭に響く。その心地よい声色にリッシュモンはまぶたを閉じて眠ってしまいそうになった。
しかし、少々怒りをはらんだ声が再び頭に響いた。
『後を見なさい』
言われるままそうすると、そこには褐色の女性がいた。空色の長髪が風になびき、
漆黒のロングスカートに金色の腕輪以外何も身につけず、右手に黒いバラを持っている。
豊かな胸が平らであったとしても、その姿はリッシュモンが今まで見てきた女の中で最も美しかった。
『我が名はアズラ。この「月影の国」を統治し、魂に安息をもたらすのが私の役目……ですが』
豊かな恵みを揺らしながら、右手のバラを振る。すると周りに半透明で青白い人の形をした何かが現れた。
それらは胴体より下は無く、辺りを漂いながらリッシュモンに近づいていく。
「ひぃぃ!」
リッシュモンは腰を抜かして後ずさった。すると後に冷たい何かを感じ、振り返る。
幽霊の一部が自分の体に当たっていた。すっとんきょうな声を上げて飛び上がる。
「お、おたすけぇぇぇ!」
アズラはひどく冷たい目でリッシュモンをみて、それから吐き捨てるように言った。
『その者たちはお前の罪深き行いによって苦しめられました。その報いは正しく受けねばなりません』
アズラが両手を叩くと、リッシュモンの周りの地面に亀裂が走り、穴が生まれる。
杖が無いリッシュモンはその穴に飲まれ、闇の中に消え去った。
『嘆きの夜を過ごした者たちよ、あの者は未来永劫許されることはない。心安らかに眠りなさい』
おぉ、と幽霊達の間で歓声が沸く。そして彼らの姿は段々と薄らいで行き、一組の幽霊を除いてやがて消え去った。
残った幽霊がうやうやしくアズラに近づいていく。アズラは幽霊が発言することを許可した。
「アズラ様。どうかアニエスを、私達の娘を……」
『安心なさい。あの娘には栄光が待っていますよ』
ほっとしたように、最後の幽霊達も消え去った。
アニエスがリッシュモンの首を持ってシエスタの元に戻ってくると、
他に男が一人いた。趣味の悪い灰色の頭巾を被っている。
「お、おお、おかえりなさ……」
少し涙目のシエスタがいた。革鎧を着た灰色頭巾の男は腕を組んでシエスタをにらんでいる。
限りなく怪しいが、シエスタの雰囲気からするとどうやら敵ではないらしい。
アニエスは頭巾の男の様子をうかがうことにした。
「この女に協力したんだな?」
「は、はいぃ」
頭巾の男はため息を吐く。どうにも面倒事が起こったと言いたげにアニエスを見る。
「ウチのがいらん世話をかけたらしいな?」
「……お前が盗賊の頭か」
灰色頭巾改めグレイ・フォックスは頷いた。
「こいつにちょいと仕事を頼んだが、なかなか帰って来なくてね。
怪しいと思って来てみたらこれだ。何てことをしやがったんだ。
ああ、まったく。人殺しはするなとあれだけ言ったはずなんだが」
「そいつは誰も殺していない。私に情報を教えただけだ」
グレイ・フォックスはいいや、と首を横に振る。
「分かっててやったんなら同罪だ。破門だからな?」
シエスタはそれを聞いてションボリと肩を落とす。
何とも言えない顔で地面を眺めて小声で呻き、地面にうなだれている。
そんな無気力な部下にフォックスはそっと近づき、肩に手を置いた。
「とはいえ、だ。お前にはギルドを離れてやってもらいたい仕事が出来た」
シエスタは顔を上げる。フォックスはまだ怒っているようだった。
そんなフォックスからの仕事が何か、全く分からない。
「一体何ですか?その、仕事って」
「うん?ああ、ちょっと来い。そこの姉さんもな」
アニエスは断るつもりだった。何かやる事があるわけでもないが、
かといって盗賊に付き合う道理も無い。そう言おうとしたが、
誰かの声に遮られた。
「来てくれないと困りますわ」
アニエスは声がした方を向く。フォックスの後に、いつの間にか女がいた。
若い町娘に見えるが、どこか違う。その所作はどこか高貴を感じさせ、
たおやかな清楚感がその周りに漂っている。
「……待っていて下さいと申し上げたはずですが?」
フォックスは低く、そして嫌みったらしく言った。
身分を考えてくれと内心思っているのだろう。
そんな事なんてどうでもいい町娘は笑っている。
「待てど暮らせど帰って来ないものでしたから、つい」
確信犯なのは明かだった。町娘の格好をした誰かさんはアニエスに近づき、
首だけになったリッシュモンを見る。
「……あなたが裏切っているだなんて、思ってもみませんでしたわ。本当に。
何を信じて生きれば良いのか、分からないものですね」
どこか寂しげに町娘が呟くのを聞いて、アニエスははっとした。
髪型や服こそ違うが、その顔は以前見た事があった。
紛れもなく、こんな所にいるはずがない人物である。
「も、もしやあなた様はアンリエッタ……」
急にかしこまって姿勢を正す。アニエスにとって王家とは始祖と同様に敬う存在だ。
「いいえ。わたくしはアン。ただの町娘のアンですわ。そういうことにしておいてくださいましね」
シエスタはふと思った。アンリエッタ姫とマスターがいる。
そもそもマスターは何で自分が事を起こす前に止めに入らなかったのか。
あ、とシエスタがその理由と今後の仕事内容を何となく予想出来た。
ぽんとフォックスがシエスタの肩を叩く。
「まぁ、そういうことだ。詳しくは後で話そう」
どうやら、さっきの表情は演技だったらしい。
私、怒られ損じゃないですか?そんな事はない。違反は違反だ。
フォックスは悪びれもせず、三人と気絶している一人を連れてその場を後にするのであった。
リッシュモンは穴から落ちてから、暗がりをおっかなびっくり歩いている。杖が無く視界も悪い。
何かが焼けた臭いが漂い、息苦しい地下の道は狭い。人が一人通るのがやっとの細い亀裂を手探りで進み続けていると、
遠くの方に明かりが見えた。リッシュモンはとりあえず喜んだが、先ほど聞いた言葉を思い出してぬか喜びだと後悔した。
報いを受けねばならない。しかしリッシュモンは、というより悪行を重ねた輩は全てそうだろうが、報いなんて受けたくない。
「退くべきか?」
かといって後に出口があるはずもない。自分は上から落とされたのだ。
歩みを止めてどうすべきか考えていると、先ほど遠くで小さくきらめいていた明かりが、
段々と自分に近づいて来るのが見えた。迎えがやって来たのだ。
リッシュモンは諦めて報いを受けることにしたが、足は全く進まない。
やっぱり受けたくないのである。だが、それでも明かりは近づいてくる。
「あの光に連れて行ってもらうとするか」
明かり近づくにつれて心臓の鼓動が増し嫌な汗が体中から吹き出ていく。
周りの温度が上がっているのをリッシュモンは感じたが、その理由はすぐに明らかになった。
明かりは、人の形をした炎だったのだ。
人の体を包みこむように燃えている炎は真っ白で、音もなく盛んに燃えている。
そういう生き物なのか、それとも本当に人が炎に包まれているのか、どちらにせよその見てくれは恐ろしく、
地獄の迎えとしては適切だろうとリッシュモンは思う。正直一杯一杯であった。
辺りの温度は熱さを増していく中、自身の心の内は恐怖でひどくかき乱されていく。
どうでも良い冗談を考えて気を紛らわせて落ち着かせることしか、
今のリッシュモンには出来ないのだ。
炎に包まれたそれがリッシュモンの側まで来る。2メイル近い大きさのそれはリッシュモンを立たせて、
着いてこいと無言で促す。明るい開けた所に抜けると、リッシュモンは辺りを見回す。
そこは正に地獄と呼んで相応しい所だろう。リッシュモンですら吐き気がした。
武器を持った化け物が丸腰の人間を追い立て串刺しにしている。
ありとあらゆる魔法をかけられている人間も見える。
煮立った赤い池の中に投げ入れられ体が溶けていく者もいる。
罰を受けている者の中にはエルフや肌の青黒いエルフ、それに見たこともない亜人もいた。
「……これが、こんなむごい罰を受けるのが私の報いか?」
炎は首を横に振る。
「では、一体何をしろというのだ?」
炎は何もいわず、リッシュモンの右腕を掴んだ。
「な、何を……ぎゃぁあああああ!!」
掴まれた腕から、炎がリッシュモンに燃え移る。腕から胴へ胴から足と頭へ。
炎がリッシュモンの体全体を包みこんでいき、最後は口から中へも入っていった。
内臓が焼ける。息が出来ないリッシュモンは掴まれた腕を引き離しその周辺に体をのたうち回らせ、
炎を消そうともがくことしかできなかった。
『それが、報いです』
ひどく楽しそうな女の声が辺りに響いた。しかしリッシュモンは炎に包まれて何も見えなかったし、
その声に気づきもしなかった。ただ自分にまとわりつく炎のことしか考えていられなかった。
『地獄の業火に焼かれ続けるのです。そうやって醜くのたうちはい回り続けて、
己の犯した罪の深さを思い知ると良いでしょう。何せ』
アズラは笑った。先ほどの信者達の前では決して見せない邪悪な笑みだった。
『わたくしの信奉者達を殺めさせたのですから。お金が欲しかったのなら相手を選ぶべきでしたね』
まるで喜劇でも見るかのように、リッシュモンが体を地面にこすりつけて炎を消そうとする様を楽しんでいる。
『ああ、何と愚かで哀れな人間なのかしら。しばらくはそのままでいてもらいますよ』
彼女にとってのしばらくとは人間にとってのそれに換算すると気の遠くなるような時間を意味する。
少なくても、自分が一体何者であったかを忘れるまでは、永遠にそのままだろう。
『ただ宿命によってお前は裁かれ続けるのです。このアズラに逆らったという宿命によって、ね?』
笑みを浮かべる女神の姿は恐ろしくも美しい。
しばらく虫けらのように転がるリッシュモンを見てから、
夜空の女王はその場を後にする。
人の形をした白い炎は、何も言わず黙ってアズラを見送った。
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