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#navi(ゴーストステップ・ゼロ)
ルイズ達トリステイン貴族がウェールズから手紙を回収している最中、ヒューはニューカッスル城の一室においてウェールズの指示で来た王室付きの宮廷医師から診察を受けていた、キュルケとタバサも付き添っている。
上半身裸で寝台に横たわるヒューの身体は無惨の一言に尽きた。余分な贅肉どころか筋肉すら殆どこそげ落ちたその身体は正に“骨と皮”という表現がぴったりで、誰の目にも彼の死期を否応無しに感じさせた。
それでも宮廷医師は自らの職務に忠実だった、彼は体内の様子を探る魔法を掛けた後、ヒューに問診をして数本の秘薬を彼に服用させると、眠りの魔法を掛けて部屋を退出していく。
キュルケとタバサはヒューが眠りに落ちている事を確認した後、部屋を出て先程の宮廷医師を呼び止める。
ゴーストステップ・ゼロ シーン21 “Treasure of nothingness / 虚無の秘宝”
シーンカード:エグゼク(運命/状況の運命的な変化、進展。偶然の姿を借りた必然的な出来事。)
背後から近付く二人に気が付いたのか、医師は立ち止まって待っていた。
「君達は先程の患者の知り合いなのかな?」
「ええ、友人のキュルケといいます、この子はタバサですわ、彼は……いえヒューはどういう状態なんです?」
医師はキュルケの質問に答えたものかしばらく思案していたが、二人を近くにある空き部屋に招き入れて話す事にした。
空き部屋に入った医師は二人に椅子を勧めた後、自らも椅子に座ると深々と溜め息をついて話し始める。
「結論から言うと、よくもまぁここまで持ったものだと感心したよ。」
「どういう事です?」
「彼の身体を見ただろう。あそこまで酷い状態は私でも見た事がないな、もう手の施しようが無い。」
「病気、なんでしょうか。」
「病気ではないな、どちらかと言えば老衰というのが一番近い表現だろう。」
二人は医師の言葉を訝しく思い、顔を見合わせる。
そんな二人に医師は診察の所見を述べていく。
「矛盾した事だとは思うが、彼の肉体自体には何ら疾患は無いんだ、正常だと言ってもいいだろう。だからこそ我々には何も出来ないのだよ。」
「ですけれど、実際彼は衰弱しているではありませんか。それが正常な状態なのですか?」
「うむ、これは私の所見なのだが、恐らく彼は普通の人間とは身体の造りが違うのだろう。しかし、その違いが彼の肉体に過剰な負担を与えている為にあのような状態になっているんだ、恐らく内臓のいくつかはもう取り返しがつかない状態だろう。」
「とすると、治す方法は」
「無理な話だよ、もしも魔法に肉体を一から修復出来るようなものがあれば可能だろうがね。今まで仕事を続けてここまで無力感を感じた事は無い、痛みを和らげる秘薬を与えておいたがそれもどれ程効くのか……」
そこまで話すと、医師は部屋を出て行った。
「病気どころの話じゃなかったって訳ね。」
「医者の話だと彼の肉体そのものが原因だから治しようがない。」
「ルイズにも話さなくちゃならないでしょうね……。どう切り出したものかしら」
「多分覚悟はできている」
「タバサ?」
ルイズの事を心配しているキュルケにタバサは静かに自分の予想を伝える。
「ルイズはイーグル号に会う前の会話である程度予想していたと思う。
それに、今まで持っていたのが奇跡みたいなものだとしたら、これからはヒューの好きなように過ごさせるべき。」
「だからって納得できるわけないじゃない……」
力なく返事を返したキュルケを見ながら、タバサはルイズにどう伝えたものか思案していた。
「そう……」
「そう、ってルイズ!貴女それだけなの?」
ポツリと返事を返したルイズにキュルケは声を荒げた、しかし目の前の少女を改めて見た瞬間、続く言葉は消え去っていく。
自分の前にいるルイズという少女はこんなに小さかっただろうか。授業で呪文を失敗し、級友どころか平民達にさえ嘲る様な目で見られて尚、前を見ていた彼女はこんなに頼りなかっただろうか。
気を取り直したキュルケが再びルイズに話しかける。
「で?どうするの」
「え?」
心ここにあらずといった状態のルイズはキュルケの質問にとっさに答える事ができなかった。
そんな状態のルイズを見たキュルケは視線を合わせて、もう一度話しかける。
「いい?ルイズ。ヒューはもう長くないわ、これはもう確定した事なの。それをふまえて貴女はどうしたいのかって聞いているの、あくまで使い魔として扱うの?それとも人として残りの生を好きに過ごさせるの?そう聞いているのよ。」
キュルケの言葉を受けたルイズは彼女から目を逸らすと、「ヒューの所に行ってくる」と言い残してその場から立ち去ってしまうのだった。
ヒューが眠っている部屋にルイズが来たのはそれから暫くしての事である、彼女は控え目なノックをした後、音を立てないようにゆっくりと扉を開く。
部屋の中はカーテンを通して入ってきている夕日の影響か、優しい光に包まれていた。
そんな室内を見渡したルイズの目に半身を起こしているヒューの姿が映る。
ルイズは一瞬、怒鳴りそうになったが辛うじて我慢して何でもない様に話しかけた。
「調子はどう?」
そんなルイズの言葉にヒューは何時もの様に返す。
「いつも通りだな。いや、痛み止めを飲んだから少し楽になったか。」
「悪かったわね」
不意に謝罪の言葉をかけてきたルイズにヒューは苦笑した。
「どうしたんだ?いきなり。」
「だって、私はヒューがこんな状態になるまで全然気付かなかったのよ?
こんなんじゃあ貴方の主だなんて胸張れないじゃない。」
「しょうがないさ、隠してたしな、見破られたらそれこそショックを受けてたよ。
それに余命1週間あるかどうかの半死人をここまで持たせたんだ、十分立派だと思うがね」
「どういうこと?」
ぽかんとした表情のルイズに向けていた視線を不意にそらすと、ヒューは自分の半生を語って聞かせることにした。
ニューロエイジの片隅で生を受け、メガ=コーポのカゲとして企業間の闇を駆け抜けた時間。勤めていたメガ=コーポが破綻した後、ストリートの闇で蠢き死ぬまでの時間を空しく生きていた時間……。
しかし、そんな人生の大半の出来事は最後に語られる2つの事件に比べたらほんの瑣事でしかない。
話の最後に語られた彼と仲間達の物語、時間にすれば半年にも満たない、これまでの人生と比して正に閃光(フラッシュ)ともいうべき時間は、閃光(フラッシュ)の様に眩い物語だった。
その物語の主人公は4人いた。
嫌われ者の騎士。
陽気な女の子。
自分は神になり損ねたというぬいぐるみ。
そして目の前にいる死に掛けの探偵を入れてたったの4人。
最初の物語は麻薬を売りさばく芸人と病気を患った貴族の少年の話だった。
話は雪達磨の様にみるみる膨れ上がっていき、最後には世界有数の大国を巻き込んだ話になる。
主人公達は辛くもその事件を解決するも仲間の騎士はその命を落としてしまう。
ヒューは言う「もう少し賢かったのなら死なないで済んだんだろうけどな」
けれどもルイズには、ヒューがその騎士の事を誇りに思っているだろう事が何とはなしに感じ取れた。
次の、そして最後の物語には死んだ騎士の代わりに狩人の女性が仲間になっていた。
最後の物語は仲間である陽気な女の子の母親が掴んでいた秘密に関係する話だった。
この物語も規模がどんどん膨れ上がっていく。探偵は寿命で、ぬいぐるみは敵の手に落ちてその命は風前の灯火。しかも女の子の周囲は全て敵になる状況の中、起死回生の手段として彼等は秘密を暴いて九死に一生を得る。
敵は破れ、仲間達はそれぞれの道を歩き始めた。
女の子は明日へ……未来を歩き始め。
狩人は何時もの仕事に戻り。
ぬいぐるみは人に戻って何処へともなく去っていった。
そして死に掛けの探偵=ヒューは今、ここにいる。
ヒューは穏やかな微笑みを口元に浮かべながら言葉を紡いでいく。
「N◎VAで最後の事件を解決した時に思ったのさ。ああ、これが俺の人生における最後の頁なんだってね。
御主人サマ……いや、ルイズお嬢さん。人生には何度か物語の主役になる時が誰にでも必ず訪れる、俺の場合はそれが今話した事件だと思っていたんだが。
どうしてどうして、最後の最後にとんでもない番外編が待っていたのさ。」
「物語が何よ、自分の使い魔を死なせたっていう事実には間違い無いじゃない。」
「寿命だからしょうがない、それこそルイズお嬢さんに責任ないだろう。
それに、まだ終わりじゃないさ。
そうそう、そういえばそろそろパーティーの時間だったな。」
そう呟いて寝台から軽やかに降り立ったヒューは、ルイズの手を取ると芝居じみた仕草で誇るべき己が主人に語りかける。
「では、我が主。無作法ではありますがこの使い魔めにエスコートの栄誉を賜れますか?」
体調を感じさせない振る舞いにしばらく呆然としていたルイズだったが、いつもの強気な表情を取り戻すと。
気障な使い魔に合わせて言葉を返す。
「ええ、では立派に勤めるように。主人に恥をかかせるんじゃないわよ。」
ヒューはそんな主人と目だけで笑い合うと、恭しく取った手に口付けをして共に部屋を出るのだった。
パーティーは、城のホールで催される事になった。
ホールの奥まった場所には簡易の玉座が置かれている。そこには年老いたアルビオンの王・ジェームズ一世が腰掛け、集まった最後の臣下たちを目を細めて見守っている。
明日で自分達は滅びるというのに、ずいぶんと華やかなパーティーであった。
王党派の貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上には様々なご馳走が並んでいる。
そんなアルビオン貴族達の中において、年若いルイズ達は一際衆目を集めていた。
キュルケとギーシュは、何か鬱憤を晴らすかのように次々とパートナーを替えては踊りに興じている。タバサは学院にいる時と同様、テーブルの上にある食事を次々平らげていく。
そんな中、ルイズはワインを手にしたままパーティーに興じるアルビオン貴族達を会場の隅から眺めていた。
ルイズの視線はパーティー会場を向いてはいたがその実、何も見ていなかった、いやルイズだけではないキュルケ達も程度の差こそあれ同じ様な心情だった。
パーティー会場で合流した一行(ワルド以外)は、ルイズからヒューのやりたいようにさせる事にしたという言葉を聞いた。
確かにこれまでの行動からしても止めようがないし、止まるような人物ではない。
それに、ルイズ以外には止める理由はあっても権利は無かったからである。
確かに、明日全滅してしまうアルビオン貴族の事を考えると憂鬱にはなる。しかし、あくまでも思うだけだ、ルイズ達にとってみれば遥かに近しい個人の死というものがある以上、どうしてもそちらに意識が行ってしまう。
だからこそ彼等は何も考えない様にした。
そんな中、ヒューに近付く人影があった。
その人影は滅び行くこの国の皇太子・ウェールズだった。侍医の診断結果を聞きてっきり寝込んでいると思っていた人物がパーティーに参加していたのだ、気になって当然といえば当然だろう。
目当ての人物は大使のラ・ヴァリエール嬢をエスコートしてきて以来、バルコニーで酒肴を口にしながら自分を見ていた。
用があるのなら向うから出向くのが筋ではあるが、相手は重病人……此方から出向いても良いかと思い直し、今に至る。
「具合が悪いと聞いていたのだが、大丈夫なのかな?」
パーティー会場からバルコニーにやってきた貴公子にヒューは多少の驚きを感じたが、空賊に扮していた事を思い出してこういった人物なのだろうと思い直し、言葉を返す。
「お蔭様で何とか持ち直しましたよ皇太子殿下」
「そうか、それは何より。」
明日滅ぶ王家の皇太子と死期を間近に迎えた探偵という、ある意味似通った2人の男は、ワインを酌み交わしながら話し始めた。
「そういえば、君の主人であるラ・ヴァリエール嬢は素晴らしい少女だな。
あのまま育ってくれれば領民にとって良い貴族になるだろう。」
「後で伝えておきましょう、ところで話は変わりますが王党派に勝ち目はありますか?」
「先にラ・ヴァリエール嬢にも言ったが、300対5万だ奇跡でも起きない限り無理だろうね。」
「『虚無』の復活とか?」
「うむ、それ程の奇跡でもない限り無理だろう。
しかし、それは諦めざるをえないだろうな。『虚無』はあちらが有している、始祖の恩寵はあちらが握っているのだよ。」
「レコン・キスタの首魁。オリヴァー=クロムウェルですか」
「我々も詳しい事は把握していないが、『虚無』としか思えない奇跡を起こしたらしい。」
「その奇跡というのは?」
「伝え聞いた話によると、強力な癒しの力らしい。何でも死者を蘇らせるとか。」
その力を聞いたヒューの腰元でデルフの鍔がかちゃりと微かに音を立てたが、楽団の音に遮られてウェールズの耳に届く事はなかった。
ヒューはここで一つカードを切る。
「そういえばウェールズ皇太子、<アンドバリの指輪>という秘宝をご存知ですか?」
「<アンドバリの指輪>?いや、生憎と聞いた覚えがないな。その秘宝がどうかしたのかい?」
「いえ、先程の死者を蘇らせる云々で思い出したのですが、どこぞの精霊が持つその秘宝にも似たような力があるらしいのです。」
「なんと!『虚無』の他にもその様な力を持つ秘宝があるとは……、しかし精霊が持っているとなれば恐らくそれは『先住』の類なのだろうな。」
「ええ、ただ…」
しかし、驚愕した皇太子に冷水を浴びせるようにヒューは<アンドバリの指輪>についての情報を伝える。
「ん?その秘宝には他に何かあるのかな?」
「ええ、又聞きで申し訳無いのですが、どうやらその秘宝で与えられるのは“偽りの命”らしいのです。」
「“偽り”というと、蘇った人物はどうなるのかな?」
「秘宝の持ち主の操り人形になるという話です、傍から見ると自意識を持っている様に見えるそうですが。」
「何とも恐ろしいものだなその秘宝は。」
そうして<アンドバリの指輪>に関するカードを開いた後、ヒューは次のカードを手にする。
「ですな、そういえばウェールズ皇太子。秘宝といえば、この城には始祖所縁の宝物とかあるのですか?」
「何故そのような事を?」
「私の好奇心からというのが一つ。
もう一つは、もしあるのならば始祖より賜れた王権を無視するレコン・キスタの手にそういったものが渡るのは如何なものかと考えたからです。」
「ふむ、それは確かに。少々待っていたまえ。」
そう言い残すと、皇太子は父王の元へと足早に去っていった。
すると、入れ替わる様にルイズがヒューの傍にやってくる。
「ヒュー、ウェールズ皇太子と何の話をしていたの?」
「色々と情報のやりとりをね…」
ヒューはそこまで言うと、ルイズの左手に<水のルビー>が光っている事を確認する。
「そうそう、もしかしたら手紙の他にも仕事が増える可能性があるからここにいてくれないかな」
「え?まぁいいけど、どういった仕事なの?」
「それは皇太子次第だ……おっと来たみたいだな。」
ルイズがヒューの視線の先を見ると、ウェールズ皇太子が足早に近付いて来るところだった。
「おや、ラ・ヴァリエール嬢も一緒か。
丁度良かった、一つ仕事を頼まれてはくれないだろうか?」
ウェールズは笑顔を浮かべながらルイズに話しかける。
話しかけられた当のルイズは、少し戸惑いはしたが了承の返事を返した。
3人はパーティー会場から出、人気がない通路を連れ立って宝物庫へと歩いていた。
そんな3人の後ろから1人の人物が駆け寄ってくる。
「ルイズ、どうしたんだいパーティー会場から抜け出すなんて」
駆け寄ってきた人物はワルドだった。
彼はパーティー会場でアルビオン軍の軍人と情報を交わしていたのだが、皇太子がルイズとヒューを伴ってパーティー会場から抜け出すのを見て急ぎ追って来たのだ。
「ワルド、ウェールズ皇太子から頼みたい事があるからって…」
「何だって?」
「ああ、その通りだ。済まないなワルド子爵、大事な婚約者であるラ・ヴァリエール嬢をお借りする事になるが宜しいか?」
「ルイズが了承しているのであれば僕に否はありませんよ、ところで頼みたい事というのは……」
ワルドの問いに悪戯を思い付いた少年の様な顔で笑うと、ウェールズ皇太子は説明を始める。
「いや何、ヒュー君からの提案で連中に渡したくない宝がある事に気が付いたのさ。」
「ほう、その様な価値ある秘宝があるのですか。」
「どうだろうな、少なくとも私にはただのガラクタにしか見えなかった。」
「ガラクタにしか見えない宝……ですか?」
訝しげなワルドの問いにウェールズは笑って頷くと、大きな扉の前で立ち止まった。
扉は華美な装飾もされていない頑丈なだけが自慢の様な代物だったが、それだけにこの奥にある宝物の重要性を感じ取れる。
ウェールズは懐から鍵を取り出すと鍵穴に差し込んだ後に『アンロック』を唱えた、鍵が開く重々しい音がした事を確認した後、ウェールズはゆっくりと扉を開ける。
宝物庫の中は閑散としていた。それもそうだろう、宝物と呼べる物はマリーガラント号への支払いやトリステインに渡す為にイーグル号へと積み込み済みなのだ最早ここには額縁を外された王家の肖像等、宝とは到底言えないものしか置いていなかった。
宝物庫の中を進みながら皇太子がルイズに話しかける。
「我が王家の恥を晒す様で心苦しいのだが、今更だな。覚えておきなさいラ・ヴァリエール嬢、負けるというのはこれ程の事なのだ。始祖から王権を賜ろうとも力が無かった、ただそれだけの事でこの様な無様を曝す破目になる。
アンには君からしかと伝えてくれ。」
「はい。」
ウェールズは一つの櫃の前で立ち止まると、丁寧な仕草でその蓋を開く。
中には一つだけ収められている物があった。それは両手の上に乗せられる程の大きさの木製の古びた小箱だ、装飾は磨耗している為、宝としての価値はほとんどないだろう。
しかし、ウェールズは恭しくその小箱を取り出すと、それをルイズの掌の上に丁寧に乗せる。
「あ、あの。ウェールズ皇太子……これは?」
「我が王家に伝わる<始祖のオルゴール>だよ。とは言っても開いた所で何も聞こえない、修理しようにも物が物だけに分解もできない、ガラクタと言っても差し支えない宝さ。
とはいえ、始祖の恩寵を受けたと嘯いている連中に奪われるのも業腹なのでね、是非ともトリステインで預かって欲しい。
おっと、ついでにこれもお願いしようか。」
そう言うと、ウェールズは己の左手から<風のルビー>を外すと、ルイズが持つ<始祖のオルゴール>の蓋を開いてその中に置く。
否、そうしようとした瞬間。目の前の少女の尋常ではない様子に思わず動きを止めてしまう。
止まったのはウェールズだけではなかった、ワルドもである。彼はルイズの否、人がこの様な表情をする所を見た事は無かった。
ルイズの視線は宙に固定され身体は小刻みに震えていた。
「ラ・ヴァリエール嬢?」
「ルイズ、一体何が……!」
唐突にルイズの手にある<水のルビー>と<始祖のオルゴール>が光り出す。
ルイズの瞳には蓋が開いた<始祖のオルゴール>から“光る風”とでも形容すれば良いのか、ひどく表現しにくい光が溢れてくる。
しかし、ルイズはそんな光の中に旋律を聞いていた。
序文。
これより我が知りし真理をこのオルゴールに託す。この世の全ての物質は、小さな粒より為る。
四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。
ルイズの耳は涼やかな音と共にその言葉を受け取っていく。
神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、更に小さな粒よりなる。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四にあらざれば零(ゼロ)。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。
「何?これ……」
震える唇から辛うじてそれだけを紡ぎだす、一体何が己の身に起きている?周囲に立つ3人の男は何も言葉を出さずただ此方を見ているだけだ。
これを聞きし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱う者は心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我がこのオルゴールの聞き手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、旋律は奏でられぬだろう。選ばれし聞き手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、旋律は奏でられん。
ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ
ルイズの周囲に立つ三人は、光る風の中に身を任せているルイズをただ見ている。
一人は呆然と。
一人は驚愕を持って。
そして最後の一人とその相棒たる剣は当然の事として事態を受け止めていた。
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