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#navi(ゼロの花嫁)
キュルケの魔法でぶちぬかれた敵前衛に、アルビオン兵達が殺到する。
しかし流石に本陣を守る兵達は一撃で崩れてくれるほど容易くはない。
すぐに戦列を建て直し騎馬に対するが、彼等は、アルビオンの鬼兵達は、
皆が皆馬から飛びあがって反乱兵達に襲い掛かったのだ。
飛び込み倒れる馬に潰された者達はまだ幸運であった。
その重量に耐える体力さえあれば生き残れるであろうから。
しかし中空を舞うアルビオン兵に降りかかられた者は、一人の例外も無く斬り殺された。
馬で一瞬すれ違う今までの者達とは違い、
狂乱にその身を委ねたアルビオン兵達と面と向かわなければならなくなったのだ。
少なからぬ実戦経験とたゆまぬ訓練に鍛え抜かれた兵達をして、彼等の前に立ち続ける事は至難である。
人の皮を被った獣。そうとしか形容しようのない野獣達は、
自らの身を省みる事すら忘れてしまったかのように、圧倒的な多数に踊りかかる。
五体全てが凶器と化した彼等は、その存在全てを用いて反乱軍の優れた兵達を駆逐していく。
何処にあるかわからない傷から噴出す血と、その数倍の返り血を全身に纏う彼等。
凝固しこびり付いた血塊の上に更に重ね塗られていく血痕により、
ぬめりとしめった滴りを全身から垂れ流す彼らを見て、恐れを抱かぬ者が何処に居ようか。
そんな血化粧に相応しい色濃く濁った殺意を放ち、
殺傷範囲に入った瞬間振りかざす剣を、槍を、冷静に受け止められる者が何処にいようか。
彼等による狂乱の宴の、最も前線に居る少女は、
既に擦れきってひゅーひゅーと息を吐くのみとなった声を限りに歌い続ける。
さあ行け主よ。たった今、貴女の道は開かれた。
燦がデルフリンガーを振るって開いた血路の先、
そこに目指す標的を捉えたルイズは、燦の背を踏み台に力の限り飛び上がる。
今のルイズの脚力を受け止められる存在など、この戦場において燦以外にはありえない。
ルイズも又、既に人間には見えなかった。
獲物に向かい、わき目も振らず襲い掛かる様は肉食獣そのものである。
「ああああああああああっ!」
千を越える兵達の頭上を飛び越え、ただの一飛びにてクロムウェルが待つ本陣へと飛びかかる。
そのあまりに長すぎる滞空時間は容易くメイジ達の標的たりうるが、
飛び込むルイズの前で守るように低空飛行するシルフィードがその魔法達を防ぎきる。
いや、本陣に控えるメイジ達は数が違う。
ほんの数秒の集中砲火で力尽き、失速するシルフィード。
その巨体で下に居た敵兵達を押しつぶしながらもんどりうって倒れ臥す。
完全に動きを止めたシルフィードにここぞとばかりに襲い掛かる兵達に向け、氷の槍が降り注ぐ。
落下の際の怪我もあろうに、タバサは地に臥すシルフィードの上に立ち殺到する兵達に有らん限りの魔法を放ち続けた。
ルイズはタバサとシルフィードの助力により、魔法が乱れ飛ぶ上空を突きぬけきる。
残るはクロムウェルの側近達のみ。
後僅かと迫った所で、彼等の魔法がルイズを襲う。
歴戦の勇士でもある彼等は、最も効果的にルイズを撃破できるタイミングを図っていたのだ。
ライン、トライアングルスペルが容赦なくルイズに降り注ぐ。
炎に焼かれ、風に裂かれ、氷が突き刺さる中、遂に、ルイズの飛ぶ勢いが殺される。
地に堕ちた所で、再度彼等による魔法の集中砲火を食らわせば、どんな怪物であろうと仕留めきれよう。
危機を脱した、そう確信した側近達が、クロムウェルが、驚愕に目を見開いたのは直後であった。
ルイズが堕ちる事で、更に後方に居た白馬に乗った人影がようやく見えたのだ。
全身の力を全て込めんとばかりに盛り上がり、血管の浮き出た右腕。
その先に握られた長大な槍には魔法により疾風が渦巻き、今か今かと放たれる時を待っている。
宙を駆ける白馬は、主の意思が乗り移ったかのように青白き目をぎらぎらと輝かせる。
「貫けえええええええええ!」
ウェールズは散っていった同胞の、怒りに震える仲間達の、全てを込め、槍を投げつけた。
ルイズに魔法を放った直後である。
側近達が稲妻の速さで迫り来る槍に対応するなど不可能なはずであった。
それでもなお、彼等は剣を抜き、彼方より飛来する槍を叩き落さんと挑む。
最初の一人の剣は槍を捉える事が出来ず、虚しく宙を凪ぐ。
二人目の剣は槍が纏う風の魔法に大きく弾かれ、槍にすら届かない。
三人目、彼は勇敢にも体を張って槍に立ちはだかろうとするが、
横から飛び込んだ為、台風のごとく渦巻く風の乱流に体ごと跳ね飛ばされる。
そして、ウェールズの槍は、クロムウェルの胸部に深々と突き刺さった。
そこにどれだけの力が込められていたのか、槍を覆う暴風はクロムウェルの体を紙くずのように引き裂き、
胴体は最早細かな肉片としてしか認識出来なくなる。
辛うじて残った下半身は、その場に力なく崩れ落ち、
風に跳ね飛ばされた両手はあらぬ方向に飛んで行ってしまった。
本陣周辺の時が止まる。
さもありなん。これ程屈強な兵を従えていたクロムウェルが討たれるなど、誰が想像し得ようか。
その僅かな間隙をルイズに突かれた。
彼等が呆としている間に全身魔法傷に覆われているルイズが、側近達との距離を詰めていたのだ。
クロムウェルのすぐ隣に居たシェフィールドのみが、その瞬間を目で捉える事が出来た。
彼女が格別に優れていたという意味ではなく、彼女が一番最後に狙われたというだけであるが。
一騎当千の能力を持つメイジ達が、なす術もなく、
それに気づく事すら出来ず、あっと言う間に血煙を上げ倒れ臥す。
最後にシェフィールドが見たのは、眼下でかがむルイズの、射るような鋭い眼差しであった。
顎を真下から蹴り上げられ、首から上を吹き飛ばしたシェフィールドが倒れると、
ルイズは目にも止まらぬ早足を止め、ゆっくりと地に落ちた槍を拾う。
その穂先に、転がっているクロムウェルの首を突き刺し、
馬ごと人の群れの中に着地したウェールズに向かって放り投げる。
本陣周辺から、細波が広がるように静寂が伝播していく。
反乱軍の兵達は事の次第を理解できず、ただ沈黙するのみ。
まだ騒々しさが残っていた前線の一角に、紅蓮の炎が巻き起こる。
ようやく本陣奥地への道を切り開いたキュルケは、
後ろに燦とアルビオン兵達を従えながらゆっくりと歩み寄ってくる。
既に、反乱軍兵士に動く者は一人としていない。
シルフィードの上に立つタバサは、周囲から引き上げる敵兵士に一瞥をくれた後、
キュルケを、ルイズを、そしてウェールズを見やる。
馬上のウェールズは槍を受け取り、高らかに掲げて宣言する。
「敵将クロムウェル! 討ち取ったり!」
同時にアルビオン兵達から歓声が上がる。
いや、声というには余りにいかめしすぎる。
獣の雄叫びにも似た音の響きは、しかし、
魂無き獣には決して出しえぬ腹の底を振るわせるような感動に満ちていた。
キュルケがこれはサービスとばかりに、本陣に数多掲げられていた反乱軍の旗に魔法で火をつける。
それが合図となった。
恐慌に駆られ、我先にと逃げ出す反乱軍兵士達。
この時、アルビオン兵達から放たれた勝鬨の叫びは、
遠く十リーグ離れた先に居た部隊にまで届いたという。
それ程の音量、そして何より、
絶対と信じるに足る圧倒的な戦力を貫きクロムウェルを討ち取ったありえぬ戦果が、
反乱兵達の戦う気力を根こそぎ奪い取ってしまった。
無論全ての兵が逃亡を選んだわけではない。踏み止まり、
この悪鬼達に反撃をと考えた勇敢な者も多数居た事だろう。
しかし半数以上が逃亡を選び、後ろも見ずに逃げ出す中、
指揮すべき者達が根こそぎ倒されてしまった軍の中で、どうしてそのまま踏み止まれよう。
逃亡ではなく後退。そんな言い訳が用意されている中、
正しき選択を選びぬける者が群集の多数を占めるなど、夢想家の空論でしかないのだ。
アルビオン兵の声も枯れ果て、一人、また一人と倒れる頃には、本陣周辺に敵兵の姿は残っていなかった。
燦がヒドイ怪我で座り込むルイズに駆け寄り声をかける。
しかし、どれだけ力を入れても声が出ない。
英雄の詩が届いていたのだから、声も出ているものとばかり思っていたのだが、
どうやら随分前から燦は声を失っていたらしい。
すぐに燦だけでなくタバサやキュルケもルイズのそばに近寄って来る。
「……全員生き残るとか、不思議すぎて不自然さを感じない」
「あ、その感覚わかるわ。全員死ぬか全員生き残るかのどっちかって感じだったし」
憮然とした顔のルイズ。
「……私は最初っから五万全部倒して生き残るつもりだったけど……」
「そんな事考えるのルイズだけ」
「そんな事考えるのはアンタだけよ!」
ルイズはふんと鼻を鳴らす。
「でも、ここまで……かな」
ルイズが見やる先では、隊を二つに分けた艦隊の片方がルイズ達に迫りよって来ていた。
「気分は悪くない」
「ちょっとムカツクけどね。ま、これ以上やったら流石に敵さんに悪いわ」
燦はぎゅっとルイズの手を握り締めた。
機は熟せり。そうワルドは判断し、全艦に攻撃命令を下す。
「全艦突入! 敵本陣上空の反乱軍艦隊を撃破する!」
彼方に突如現れたトリステイン艦隊は、ワルド指揮の下、
紡錘陣形を取り一直線に反乱軍空中戦艦に襲いかかる。
アルビオン軍決死隊の動きは、ワルドの予想を遙かに超え素晴らしい働きを見せてくれた。
まさか本陣まで攻め込む事が出来ようとは、
息を潜め攻撃の機会を伺っていたトリステイン軍の誰もが想像すらしなかった事だ。
砲撃能力、操船技術、いずれも劣るトリステイン軍は、
下で戦う兵達よりも、空に鎮座する艦隊の動きこそが重要であった。
アルビオン決死隊の敵本陣突入に前後して、
激化したハヴィランド宮殿攻撃部隊への援護として、反乱軍艦隊は隊を二つに分けた。
しかも残した艦隊は、眼下のロクに当たりもしないだろうアルビオン決死隊に攻撃を始めたのだ。
艦隊の動きもバラバラになり、砲塔の向きも統一されていない。
今こそ待ちに待った好機と全艦隊を浮上させる。
まだこの距離ではこちらを捕捉出来まい。
それまでに最高速度にまで艦の速度を引っ張り上げ、一息の間に接近するのがワルドの狙いだ。
移動の最中、どうやら敵本陣に動きがあったようで、それに対応する形で敵艦隊が集結を始める。
敵本陣がバラバラに逃げ出す頃、ようやくトリステイン艦隊に気付いた彼らの混乱はヒドイものだった。
眼下の兵達が逃げ散る中、その場に留まり続けるアルビオン兵達に砲を向ける艦、
突如現れたトリステイン艦隊に向かうべく舳先を向ける艦、
陣を並べて迎え撃つべく横腹を見せて艦砲射撃の用意を始める艦、
まともに統率が取れていないのはそれらを見るだけで理解出来る。
様々に動く艦達の中で、数艦は正しき対応を正確に取っていた。
散発的に襲い来る敵艦砲の砲撃を無視し、ワルドは揮下の艦隊に戦闘方法を伝えると、
自らが戦場において最も頼みとするグリフォン隊を振り返る。
トリステイン艦隊旗艦の艦長は、呆れた顔でワルドを見る。
「……実際、この目にしても奇妙な気分ですな。
ワルド様が三人も居るなどと……これ全てワルド様なんですよね?」
旗艦に残って指揮を続ける予定のワルドが、愉快そうに笑う。
「ああ、私が二人も居ればあちらは充分だろうしな。さあ、そろそろ始めようか」
二人のワルドに率いられたグリフォン隊は、
敵旗艦と近接するや否や、艦から飛び出し、敵の土俵外である白兵戦を挑む。
戦艦同士の戦いで敵艦に乗り込む手法は確かに存在したが、
当然それを回避する術も戦艦乗りならば皆心得ている。
それすら意味をなさぬグリフォンやメイジによる空中移動による白兵戦が、
今作戦におけるワルド必殺の策であった。
空中戦もさる事ながら、グリフォン隊は生え抜きのメイジ達で構成された部隊である。
何より風のスクェアメイジであり、
トリステイン有数の剣士であるワルドを白兵戦にて止められる者など、
空飛ぶ戦艦の中になど居るはずもなかったのだ。
ギーシュは押し寄せる敵兵達を迎え撃ちつつ、ようやく城門を閉める事が出来た。
もちろんだからといって気を抜けるわけではない。すぐに攻城槌が振るわれるだろうから、
門を支える準備をしなくてはならない。
休む暇すら無く次の仕事へと取り掛かっていたギーシュは、それ故か気付くのに少し遅れてしまった。
城壁上で防戦に努めていた兵士達が、一斉に階段を駆け下りてきたのだ。
はたと気付いた時には、一人残らず城壁下まで降りきっており、
皆一様に壁に寄り添うようにして頭をかがめてしゃがみこんでいる。
ギーシュの姿に気付いたミスタ・グラモンは怒声を上げる。
「馬鹿っ! こっちに来いギーシュ! そこは攻撃範囲内だぞ!」
ミスタ・グラモンの声に被さるように、天空から砲弾が飛来してきた。
耳を劈く爆音、あちらこちらに舞い落ちる土砂。
そう、撤退した敵兵士達に代わり、空飛ぶ戦艦から艦砲射撃が浴びせかけられたのだ。
大慌てで走るギーシュ。しかし、ここでギーシュは自分が如何に疲労しているかに気付く。
覚束ない足元では、振動に揺れる大地の上を駆ける事は出来ず、バランスを崩しその場に倒れてしまった。
悲痛な兄の声も届かず、土煙の中に消えるギーシュ。
駆け寄ろうとする彼をマチルダとアニエスが引きずり止めると、
周囲に降り注ぐ砲弾のせいで、右も左もわからなくなってしまう。
まるで数日間もの間そうしていたような、長い長い砲撃の時間が過ぎ、炸裂音が周囲から消えてなくなる。
ゆっくりと舞い上がった土煙が静まる中、祈るように先を見るミスタ・グラモンは、
のそのそと起き上がる弟の姿を見て歓喜に飛びあがる。
ギーシュは目を回しながらも、ふらふらと兄の方へと歩み寄って来る。
「は、ははは、僕生きてるよ……夢……じゃないよね、これ」
皆が一斉にギーシュに駆け寄る。
幸運にも倒れ伏せていたおかげで、飛び散る土砂や瓦礫の被害には遭わなかったようだ。
「ギーシュ……良かった、良く無事で……」
涙ながらにギーシュを抱きしめる兄。
「あー、すみません兄上。もう耳が遠くてなーんにも聞こえないんですよー」
暢気としか取りようの無いギーシュの声に、皆は声を上げて笑った。
全員で城壁上に登り、戦況を確認する。
まるで嵐のような砲撃にも、ハヴィランド宮殿が誇る強固な城壁はその姿を保ったままであった。
どうにか第一陣はたたき返したが、砲撃に続いて第二陣が来るだろう。
そう考えていたのだが、まだ次の部隊が迫ってくる様子は無い。
この場で最も責任ある立場のミスタ・グラモンは、次の動きをどうすべきか迷う。
城壁上から見下ろすと、自分達が乗ってきた揚陸艦はまだ健在な事がわかる。
砲撃のせいで損傷は受けているが、今回の砲撃はそもそも城壁を崩す為のもの。
流れ弾が幾つか当たったようだが、航行不能であるようには見えなかった。
ルイズ・フランソワーズの救出は最早絶望的である。
しかも女子供や老人も既に脱出済みとの事で、これ以上ここに踏ん張り理由は無い。
攻城が一段落している今ならば、艦に乗り込み出航準備を整え、逃げ出す事も可能だろう。
もちろん、攻城に乗り出して来ている敵艦隊からこれでもかという程の砲撃を加えられるだろうが。
足の速い艦だ。如何に敵が艦隊戦に定評のあるアルビオンであろうとも、
逃げ出すだけなら何とかなるかもしれない。
というか残っていても死ぬしかないのだから、選択の余地は無いが。
しかし、どうやら戦場に変化があった模様。
遠眼鏡を覗いていた兵の一人がすっとんきょうな声を上げる。
「なんだありゃ! 嘘だろ! トリステインの旗だぜありゃ!」
攻城に向かって来ていた艦隊が後退していくので何かと思ったが、
ずっと奥の方でアルビオン決死隊を攻撃していた反乱軍艦隊に、トリステイン艦隊が襲いかかっていたのだ。
更に、別の場所を見ていた兵が皆に警戒を促す。
「おい、敵軍が動き出したが……何だあれは? 何処に向かう気だあいつら?」
三千を擁する軍が、ハヴィランド宮殿では無い方向に移動を始める。
他にも移動を開始した軍がちらほら見られるが、いずれも城とは別方向に向かっている。
更に更に、敵本陣にも不可解な動きが見られる。
ミスタ・グラモンは、この場における唯一のアルビオン兵、マチルダに問う。
「……何が起こっているのかわかりますか?」
マチルダも又遠眼鏡で敵本陣を観察していたのだが、その体勢のまま、僅かに唇を震わせながら答えた。
「嘘……でしょ。つっこんでった奴等……本当にクロムウェル討ち取っちゃったみたい……」
城壁上の全員が驚きマチルダを見ると、マチルダは皆にも敵本陣を見てみるよう促す。
どうにも自分の目で見ただけでは信じられないようだ。
遠眼鏡の先に、燃える反乱軍の旗と槍を掲げるウェールズの姿を見たミスタ・グラモンも、
全く同感だと深く頷いた。
反乱軍右翼に位置する一軍を率いる侯爵は、不意に憑き物でも落ちたかのように視界が開けたと感じた。
今までにあった事は、当然全て覚えている。
しかし、何故そんな真似をしてしまったのかがまるで理解出来ない。
アルビオン王家に絶対の忠誠を尽くす事を至上の喜びとしていた生粋の武人である侯爵が、
何故にどうして反乱軍に与するなどという不忠極まりない行為を行ってしまったのか。
すぐに人を惑わす魔法の存在に思い至る。
ここまで長期間、かつ強力な支配力を持つ魔法に覚えは無いが、
そうとでも考えがえなければ辻褄が合わない。
痛恨の思いと憤怒が入り混じった表情で、侯爵は魔法を唱える。
放たれた炎の魔法は、反乱軍の旗をあっと言う間に燃やし尽くした。
幕僚達がぎょっとなって侯爵を見返すと、
まるで狂気の魔法にでも取り憑かれたかのように激昂する侯爵の姿がそこにあった。
「おのれっ! おのれっ! おのれええええええええっ!
クロムウェルめが! 奴だけは生かしておけぬわああああああ!」
王家を裏切ると聞いた時も、あまりに信じられぬ所業に言葉を失った幕僚達であったが、
今度の豹変もまた彼等の理解を超えていた。
しかし主が嘗てそうであったように、幕僚達もまた主への忠義を疑わず、全てを主に委ねる事に迷いは無い。
後ろも振り返らず陣を飛び出した主君に、幕僚達は自軍の全てに追従するよう指示を下した。
攻城戦に加わっていた艦の一つ、二つに分けた艦隊の片方を任される程の男であった伯爵は、
至極冷静に状況を見守っていた。
彼もまたクロムウェルの魔法により心を奪われていたのだが、彼の死によりその支配から解き放たれたのだ。
しかし、全ては今更である。
王家に弓引き、徹底的に追い詰めたのは、他ならぬ彼の指揮であったのだから。
今更魔法に操られていましたなどと言い訳した所で、聞き入れてもらえるはずもない。
それに部下達は単に彼に従って来ただけである。
もう片方の艦隊に居る艦隊司令、
いや、彼を補佐するサー・ヘンリ・ボーウッドもまた、同様の判断を下すであろう。
艦隊司令なぞ飾りも良い所だが、彼が居る限り、反乱軍艦隊がそう易々と敗れるはずもない。
トリステインの乱入は予想外だが、艦隊戦ならば何処の国が相手であろうとアルビオンが遅れを取る事はあるまい。
空に艦隊が健在でありさえすれば、地上の戦闘はあっと言う間に引っくり返る。
今伯爵が寝返る、というより元鞘に戻ろうとしても、ついてくる者などこの艦一艦のみであろう。
それだけで残る全ての艦隊を相手にするというのは無茶が過ぎる。
総司令にして反乱軍の大将クロムウェルは倒れたようだが、戦はまだまだこちらが圧倒的に有利なのだ。
「いや……そうとも言い切れぬ……か」
伯爵同様魔法によって心奪われていた者が他にも居よう。
それに何より、あのアルビオン軍の勇姿を見て、心動かされぬ者が何処に居ようか。
そこまで考えて、伯爵は自嘲気味に笑みを溢す。
「ふっ、ふふっ。何の事は無い。私もまた、ウェールズ殿下のあの剛勇に惹かれただけであるな……」
裏切り者の汚名は永久に注がれぬであろう。
それでもなお、せめて最後の瞬間ぐらいは、アルビオンの旗の下で死を迎えたい。
彼も又、生粋のアルビオン貴族なのであった。
「全員良く聞け! これより我が艦は反乱軍に反旗を翻す! 反乱軍の旗は今すぐ焼き捨てろ!
アルビオンの旗を! 王家の旗を高らかに掲げるのだ!」
言い訳にもならぬだろうが魔法に操られていた事実を公表し、せめて一矢なりと反乱軍に報いてくれんと伯爵は気を吐く。
敵旗艦に乗り込んだワルドは、艦隊司令を斬り倒し、最後の最後まで抵抗を続ける男に最後通牒を送る。
「降伏するなら命は助けてやる。殿下次第であろうが、総責任者でもない君にはまだ情状酌量の余地もあろう」
しかし男は構えた剣を降ろそうとはしなかった。
「私は軍人だ。それ以上でもそれ以下でもない私は、最後までその任を全うするのみ」
清々しい男の返答にワルドの悪い虫が動きかける。
「……惜しい男だ。しかし、こちらも時間が無いのでな……」
一足で踏み込み剣を弾き飛ばすと、返す剣を腹部に深々と突き刺す。
血を吐き倒れる彼を部下に命じ医務室に運ばせ、ワルドは艦長室より反乱軍全艦に通達する。
「貴様等の旗艦はたった今我等トリステイン軍の手に落ちた!
大将クロムウェルも倒れたお前達が一体何を頼りに戦い続けるつもりだ!
我等にとは言わぬ! 命が惜しくばアルビオン軍に降伏の意を示せ!
さもなくば我等は兄弟国の為、最後の一兵に至るまで貴様等を殺し尽くすぞ!」
今すぐ動きがあるとは思わないが、戦況が更に動いていけば、必ずや効果があろう。
もう一人のワルドも首尾よく任務を果たしたようだ。
主力の艦を二つ、奇襲で丸々その手にしたワルドは、更に次の段階へと戦闘を移行させる。
本来は更に三つ程ステップを踏み、初めてクロムウェルの本陣を襲うつもりだったのだが、
予定より遙かに楽な展開になってしまった。
「ウェールズか。く、くくくっ……思わぬ男が居たものだ……
そうこなくては、野望の階を上る甲斐が無いというものだ」
後に語られるハヴィランド宮殿攻防戦において、転機と呼ばれる物は幾つかあったが、
その中で最も大きなものとされているのは、やはりクロムウェルの戦死である。
しかしそれと同じぐらい大きな転機とされたのはトリステイン軍の参入と、
反乱軍艦隊の半ばを見る間に撃破したトリステイン艦隊の精強さと、ワルドの巧みな作戦であった。
ウェールズによる大将クロムウェルの撃破と、ワルドのトリステイン空軍による反乱軍艦隊の半壊は、
いずれもがこの戦における最も重要な出来事であったのだ。
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