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「帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!-05」(2009/06/27 (土) 12:43:13) の最新版変更点
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#navi(帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!)
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
「なんだ、あれ……」
魔法学院と首都トリスタニアを結ぶ街道。
首都へと至る道だけあって、それなりに人も通っているが、今現在はそこを通る人々は全て等しく一つの物を見ていた。
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
別に新手のスタンド使いが現れたわけではない。
一台の馬車が爆走(はし)っているだけであった。
それだけなら物資の往来の激しいこの街道。非常によくある光景で人の注視など集める事はない。
そこから遥か離れ、魔法学院。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが部屋の中にいたのだが、その顔は火が出そうなぐらい真っ赤だった。
――恥ずかしい……!一体どういう趣味してんのよ!
一度枕に顔を埋めてからもう一度アレを思い出す。
ルイズの脳裏に写っているのはただの馬車なのではなく、決して趣味がいいとはいえない玉座が付いた奇怪なモノ。
そしてそこに悠然と座を構えるのは勿論、聖帝サウザーである。
ある程度舗装されているとはいえ、タイヤではなく車輪というだけあって振動はかなりのものだ。
それにも関わらずに相変わらず何時もの姿勢でゆったりしていらしゃるのだから人に与える衝撃は半端ないものがある。
貴様も来るか?と聞かれた時には全力で遠慮した。
あんなのに乗って街まで練り歩いた日にはあっという間に噂になるに決まってる。
なんだかんだで結局城下を視察する事になったのだが、通常の馬車をベースに玉座部分をギーシュに作らせた。
やれば、先日の事は流してやる。だが、断れば、と言ったところで快諾したようで一晩でやってくれた。
車輪部分も車軸と車輪数を強化したおかげで十分重さに耐えられるようになっていたが、青銅だけあって色は原色そのままだ。
それは追々塗装するか、金にでも錬金させようかと思ったが、金を練成するのはスクウェアでも難しいらしく諦めた。
精神力を使い果たしたギーシュが地面に突っ伏していたが、そんなこんなで聖帝馬車の完成というわけだった。
そんなわけで、塗装も兼ねて城下へと繰り出しているわけである。
ついでに御者もギーシュにやらせているのだが、やはりというか少しぐったりしている。
普通の馬車とは違い重量が重量だけに、馬二頭では足りず三頭立てというのもあるが、後ろにサウザーが居るという事が体力・精神的にも一番疲労を加速させていた。
第伍話『否省』
「おい、小僧」
その言葉で、今にもへばりそうだったギーシュの背筋が伸びる。
「その城下まではあとどのぐらいで着く」
「そ、そうだね、二時間といったところかな」
言葉使いこそ何時もとあまり変わらないが、明らかに口調に惧れが感じられる。
貴族の子弟が御者をやるなど、普通では考えられない事だったし、ギーシュ自身もやるわけないと思っていた。
だが、ギーシュの頭の中には未だに『俺に逆らった者に降伏が許されると思っているのか?』というサウザーの言葉がこびり付いている。
気が付けばいつの間にか馬を操ってトリスタニアへと向かっているところである。
人を従わせる方法は大きく分けて二つに分かれる。
一つは圧倒的なカリスマなどで相手を心服させる事。そしてもう一つが歯向かうなどという気も起こさせぬような圧倒的な恐怖による支配。
分かりやすく言えば、前者が救世主と称えられ奇跡の村を創りあげたトキ。後者が拳王と畏れられ帝国を築き上げたラオウである。
恐怖による支配は長くは続かぬと言ったのは他ならぬサウザーだが、聖帝軍正規兵からはともかく、サウザーも帝王として人々に恐れられていた男だ。
サウザーに屈せぬだけの力はギーシュにはなく、また恐怖を跳ね除けるには若すぎた。
だからこそ何かと突っかかってくるルイズやキュルケはサウザーから見ても興味の対象だったのだが。
そんなギーシュの心情など知ったことではなく、吐き捨てるかのように言うとサウザーが脚を組みなおす。
「ふん。やはり遅いな」
スピードがバイクには敵わないのは当然だとしても、片道でこれでは飽きがくる。
まぁ、針で囲まれた棒の上に二、三日は余裕で立ち続けられる人達なのだから、たかが三時間の行軍がどうだと言われればそれまでだが
修行してるのとただ座ってるのとではやはり違うものである。
それでも、久方振りに目にした自然の光景というものは少しではあるがサウザーに昔の事を思い出させてはいたが。
南斗鳳凰拳先代伝承者オウガイ。
鳳凰が司る星は将星。またの名を独裁の星。
だが、少なくとも幼き日のサウザーから見たオウガイは独裁などというものからはかけ離れていた。
初めて極星十字拳で石灯篭を斬った事は今でも鮮明に覚えている。
あの時の感覚は二度と忘れはしない。
一度は弾かれたものの、呼吸法によって気を練り十字に切り裂いた。
その時のオウガイの表情は二度と忘れる事はあるまい。
少しでも早く鳳凰拳を身に付けオウガイを喜ばせたかった。
……十五歳のあの時もそうだった。あの試練を乗り越える事で伝承者となり、その先もあの顔を見れると思っていた。
初めて極星十字拳で人を斬った事は忘れようとしても忘れられるはずがない。
目隠しをしていたとはいえ、最も尊敬し愛した師を手にかけた。
身を引けば当時のサウザーの拳など容易くかわせたにも関わらず、オウガイはあえてそれを受けた。
一子相伝の鳳凰拳。先代伝承者は次の伝承者に倒されなければならぬという、北斗神拳よりも過酷な宿命。
――こんなに悲しいのなら……
失うのが悲しいなら最初から愛など持たねばいい。
――こんなに苦しいのなら……!
失うのが苦しいなら最初から情など捨ててしまえばいい。
――愛など……愛などいらぬ!!
誰よりも愛深き故に、少年がその道を選ぶにはそう時間はかからなかった。
「……っ!またか……」
苛立ちを隠せぬ声でそう呟く。
どうにも退屈すぎて自分でも気付かぬうちに眠っていたようだが、こちらに着てから、この忌まわしき記憶がついて回ってきている。
「あの時以来、そうではなかったのだがな……」
愛と情けを捨てていた時はそういう事はなかったのだが、代償というやつだろうかと思わないでもない。
身体の中に流れる帝王の血が、多少は戻りつつある情けを拒絶しているという事か。
――埒もない。
聖帝十字陵。
世紀末の世に建てられた、聖帝の権威を誇示せんがための巨大な墓と言われているが
その実は、師オウガイの墓にして、サウザーの僅かに残った愛と情けの墓。
その完成を以って完全に捨て去る事ができるはずだった。
だが、ケンシロウの前に敗れ、聖帝十字陵も崩壊した。
それでも、今のサウザーには退くなどという選択は無い。
愛と情けを捨てる事ができなくても、彼は南斗聖拳最強にして将星の星の男。
故に何があろうと退かぬ。故に何人であろうと媚びぬ。故に何が起ころうとも省みぬ。
とは言うものの、現時点では特に動くべき目的も理由も無いので少々手持ち無沙汰な状態ではあるが。
なにせ、世紀末とは違いサウザーの周りの環境は平和そのものだ。
少なくとも、目にしている限りでは僅かな水と食料を得るために人が争う事なく日々を過ごしている。
貴族専用の学院という事があるし、サウザー自身はその恩恵を120%程活用している。
退屈かと聞かれれば、その答えは今のところはNoだ。
拳法とは全く毛色の違う魔法は興味深いものだったし、知らぬ物を知るというのは中々面白い。
ただ、やはりというか、身体の奥底の方では物足りぬと感じている。
乱を望むは将星の性。
というよりは、乱が無ければ将など無用の長物。
乱が無ければどうするか。自ら乱を起こすか、乱が起こるのを待つかの二つに一つ。
自ら起こすには手駒が足りない。
むしろ、足りないというよりはゼロ。
その兼ね合いもあってか見に務めているが、トリステインでは目下のところ、乱が起こりそうな気配は無い。
まぁ、そう急ぐ事もなかろう。
南斗六星の崩壊を引き起こしたような世界規模の大戦がそうそう起こるはずもなく
まして、東の方なぞ地図すら無いような状況では、精々国家間の戦争がいいところだ。
現状維持というところで妥協しておいたが、馬車の動きが止まった。
「……どうした」
「前から王宮の勅使を乗せた馬車が来ているんだ」
ふむ。と呟くとサウザーが視線を前へと向ける。
確かに、トリステインの紋章の付いた旗を立てた馬車が向かってきている。
「トリスタニアには王宮もあるからね。きっと、学院長になにかあるんじゃないかな」
「そうか。では行け」
「……!?」
説明を聞いて、サウザーがそう返すと完全にギーシュの思考がパニックに陥った。
普通だったら王宮からの勅使が乗っている馬車が通るとあれば、道を譲るというのが相場というところだ。
それにも関わらず、後ろの男は行けと言う。
無駄にカスタムしたおかげで聖帝馬車はかなり横に大きい。
この街道であの馬車とすれ違おうとした場合、まず間違いなくぶつかる。
主に、横に大きく飛び出た角のような部分が。
「一応聞くけど……街道から反れてという事かな……?」
「何を寝ぼけている。そのまま進め」
一縷の望みを託してはみたが、答えには希望なんてありゃしなかった。
どこかの吸血鬼に『関係ない、行け』と言われた上院議員の心境である。
進めば王宮からの勅使を相手に揉め事になるし、退いたりすれば後ろの男が圧倒的な力量を以ってなにをするか分からない。
完全に板挟みの状態に陥っていると、前の方から衛士かなにかが警告を発してきた。
「王宮勅使ジュール・ド・モット伯の馬車の前に立ち塞がるとはどういう了見か。早々に道を開けられい!」
「ほう。たかだか使い走り如きが、この俺の行く手を阻むか。いい度胸だ」
サウザーから見れば、勅使など単なる伝言役と同等という認識である。
そもそも、例え相手が王族だろうと明け渡す道など一切持ち合わせていない。
それが世界の道理に反するとでも言うのであれば、己が力を以って制圧し平伏させるのみ。
天上天下唯我独尊。
敵は自ずから跪き、相対する者は全て下郎。
今の今まで帝王と対等になった者は唯一北斗神拳伝承者ただ一人。
したがって、悠然とそう言い放ったもの至極当然の事だ。
そうこうしていると、向こうの馬車から一人趣味の悪い服を着たメイジが出てきた。
なんとなくだが、南斗相演会で見た南斗紅雀拳のザンとかいうやつに似ている気がする。髭とか。
修羅の国の名のある修羅のうちの一人の方が似ていると思うけど、サウザーは知らないので割愛しておこう。
「これはこれは、確かグラモン元帥のご子息ではないですか。そのようなところでどうなされましたかな?」
勅使だけあってモット伯は顔が広い。
有力な軍人であるグラモン家にも度々訪れていたためギーシュとも面識があったぐらいだ。
「この俺に逆らった者の末路というところだ。退かぬようであれば貴様もこうなる」
「そこの者。今なんと言ったのか聞こえなかったのだがね」
「その飾りでも聞こえるように言ってやろう。下がれ下郎」
「トライアングルメイジである『波涛』のモットに下郎とは、いや可笑しい。はっはっはっはっは」
わざとらしい台詞と芝居がかった動きでモット伯が笑うと、急に真顔になった。
「私はそういう冗談は許せない性質でね。身の程知らずの平民に一度貴族の力というものを思い知らせてあげよう」
モット伯が腰の杖を抜くと魔法の詠唱を始めると衛士の一人が馬車の中から壷を持ち出し割った。
割れた壷からは水が流れ出している。その事から水使いかと一瞬で判断した。
「イル・ウォー」
「ふん、遅いわ」
さっきまで玉座に座っていたはずのサウザーが、いつの間にかモット伯の懐近くへと飛び込んでいる。
「な……!」
並の拳法の使い手では捉える事すら出来ぬ神速の踏み込み。
まして身体能力はモヒカン以下のモット伯にとってはサウザーの動きは瞬間移動にも等しい。
――やはりこの程度か。
トライアングルというからには少しは楽しめるかと思っていたが
どうやら、魔法のクラスと実戦での強さというのは比例しないらしい。
大口を開けて魔法を詠唱をするなど、隙だらけにも程がある。
魔法がどれだけ強力であろうと、杖さえ持たさねば、詠唱さえさせなければ何の意味も持たない。
「貴様の動きなどスローすぎて欠伸が出る。貴様に比べたら、あの小娘の方が遥かに速い」
詠唱の速さもそうだが、詠唱を悟らせないようにする技術。
その全てにおいてモット伯は劣っている。
この程度であれば興味もなく、これ以上の戯言に付き合う必要も無い。
微動だにしない、いや微動だに出来ないモット伯に向け、サウザーがその拳を向けた。
南斗鳳凰拳
*『極 星 十 字 衛 破 風』
ここでようやく我を取り戻したのか、踵を返してモット伯が逃げようとしたが、盛大に転んだ。
いくら慌てていたとはいえ、何も無いような場所で転ぶはずは無い。
軽い違和感がモット伯を襲うと、それがだんだんと大きくなる。
その違和感の方へと目を向けた瞬間、街道に絶叫が響いた。
「うぎゃあああ!脚が!脚が……!」
モット伯の脚からは勢いよく鮮血が噴き出し地面を赤く染め上げている。
「貴様の脚の腱を斬った。二度と自力では立ち上がれまい」
斬られた事すら感じさせぬ鋭さと、腱を断ち切る正確さを併せ持った一撃。
そして、なによりサウザーが素手だった事に、その場の全員が、特に一度殺されかけたギーシュの思考が完全にフリーズしかけた。
「ほう、まだ杖を離さぬか。しぶとさだけはドブネズミ並みというところだな」
腕の腱も断ち切るべきだったかと思ったが、これはこれでいい。
窮鼠猫を噛む。こんな奴でも追い詰められれば何か面白い物を見せてくれるかもしれない。
モット伯にしてみれば、杖がなければモヒカン以下なのだからそれを手放す事などできはしない。
だが、モット伯が口にしたのは魔法の詠唱などではなく、サウザーの期待を大いに裏切るものだった。
「なな、何をしている!こ、殺せ!こいつを殺せ!」
力も技も持たず、己のみでは抗う事すらせぬ。
あんなガキですら、シュウへの愛ゆえに牙を突き立てたというのに。
「見るべきところもなく、与えられた権力に酔い痴れるだけのゴミか。ならば、汚物は消毒せねばならんな」
サウザーにとって権力とは己の力で奪い取るもの。
他人や親から与えられた権力など何の意味も持たない。
あえて言おう、カスであると!
相応の実力があるならまだしも、無能が不相応の権力を持つようではこの国も底が知れる。
だから、這いずるようにして逃げるモット伯の頭を踏みしめた。
「ほう宮はらのひょく旨ではる、わらひに……!」
歯の二、三本は折れ、地面に押し付けられているため巧く発音できていないものの、まだ口だけは動くらしい。
ようやく衛士達がサウザーに武器を向けてきたが、そんな事でこの男が止まるはずはない。
「どうした!この男の命が惜しいのか?ならば武器を捨てよ!」
それは単純な脅迫。
モット伯を救いたければ武器を捨てろと言う。
「ほはえ達、いいはらふ器をふへろ!いいは、命へいら!」
だが、衛士達にしても武器を捨てるという事は、身を守る物を失うという事になる。
もっとも、武器があったとしても、サウザー相手にどうなるというわけでもないが。
それに、捨てたところでモット伯が解放されるとは到底思えなかった。
まして武器を捨てても捨てなくとも皆殺しにされる可能性の方が高いのだ。
従って、衛士達の取った行動は一つだった。
「な、何をひへいる!逃へるな!わらひを置いへいくは!」
モット伯を助けようと戦いを挑めば死ぬ。
武器を捨ててもモット伯は助かるかもしれないが、自分達は死ぬ。
ならば、残る選択肢は見捨てて逃げるしかない。
彼ら自身、モット伯に忠誠を誓っているというわけでもない。
むしろ、平民はおろか貴族の間でも『平民の少女を無理矢理手篭めにしている』と評判は悪い。
命を懸ける程立派な人物でもなく、情けをかけられるような相手でもない。
もちろん、見捨てて逃げたという事になるから、彼らがそのまま王宮に戻るという事もできないだろうが、王宮の衛士と言えど平民。
最悪、傭兵にでもなればいい。
丁度、アルビオンでは内乱が起こっており対立している両派が傭兵を集めている。
王宮の元衛士という肩書きがあれば、普通にやるより高く売り込めるかもしれない。
最初から失う物が少なければ、それを捨てる時の決断は早かった。
「くく……思ったより呆気なかったな」
以前も同じような事があった。
聖帝十字陵の視察に向かった時、レジスタンスに襲われた時だ。
銃を持った一人の男を同じように切り伏せ、残る二人に武器を捨てろと言った。
その時は人質への情けゆえか、武器を捨てる事も逃げる事もなかったので、情けの元を断ってやった。
二人だけでも逃げられたものを、情けがあるから命を捨てる事になる。
逆に言えば、モット伯に掛けられる愛や情けが無かったから見捨てられたという事だ。
愛も情けもかけられず、力も持たず権力に酔うだけの無能。
地面の男をこう評すると、サウザーが頭を潰すべく力を強めようとする。
それでも、何かが潰れるような音がする前にサウザーが足を退けた。
「小僧。気でも触れたか?何の真似だ」
サウザーの後ろでは、さっきまで棒立ちにしていたはずのギーシュが杖を向けている。
「き、君が相手にしているのは、王宮からの勅使だ。それを手にかけるという事はトリステインを相手にするという事が分かっているのかい?」
別に杖を向けられたからと言っても、何の問題もない。
「知らぬな。仮に、この国が俺を倒そうとするのであれば迎え撃つまでだ」
サウザーが気に入っているのは、あくまでルイズという個人であって、トリステインという国ではない。
この国がどうなろうと知った事ではなく、興味も無い。
「ぼ、僕は代々名のある軍人を生み出してきたグラモン家の四男。ギーシュ・ド・グラモンだ。小僧じゃない!」
ギーシュがそう叫ぶと地面の土からワルキューレが練成された。
「君の強さは知っているし、僕が敵わないのも分かる!でも……!」
命を惜しむな、名を惜しめ。
これが代々伝わるグラモン家の家訓だ。
サウザーがトリステインを相手にするという事は、ギーシュが敬愛してやまないこの国の王女や
何より今のところ修復できてはいないが、一番愛しているモンモランシーの身が危ないという事になる。
「僕が愛する女性達を守らずに逃げたなんて言われるのだけは我慢できないんだ!」
わざわざ、達とか言うあたりモンモランシーに聞かれたら投げられる香水の量を増やされそうなものだが、居ないので置いておこう。
相変わらず両腕を下げたまま、サウザーがギーシュへと近づく。
当のギーシュはというと、震える両手で辛うじて杖を持っているような有様で、ワルキューレの制御もままならない。
半ば棒立ち状態のワルキューレを素通りすると、サウザーがギーシュの前へやってきた。
格好つけてみたけど、足が竦んで口の中は唾の一粒も出やしない。
死ぬ前に、ちゃんとモンモランシーに謝りたかったなぁ。
そう覚悟し、ギーシュが目を閉じる。
少しするとガシャリと、金属の音がして恐る恐る目を開けると見事に十字に寸断されたワルキューレがあった。
肝心のサウザーはと言うと、もう既に玉座の上へと座を移しており何時もの姿勢でギーシュを見下ろしている。
「ギーシュと言ったか。その木人形が貴様の姿だ。次は無いと思え」
愛のために戦うとは、面白い事を言ってくれる。
腑抜けだと思っていたが、一度へし折ったはずの心を蘇らせ、聖帝の前に立った。
モット伯など相手にするより余程面白い。
「出せ」
まだ先は長いが、いい退屈凌ぎにはなった。
再びトリスタニアへと奇怪な馬車が進んで行く。
治癒の魔法を使い、やっとの思いでモット伯が脚の怪我を治した時には、学院へ伝えるべき事や
この前見て気に入ったメイドを連れて帰ろうとした事は頭にはなく、素手で青銅を紙くずのように切り裂いた男への恐怖心だけが脳裏に刻まれていた。
#navi(帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!)
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「なんだ、あれ……」
魔法学院と首都トリスタニアを結ぶ街道。
首都へと至る道だけあって、それなりに人も通っているが、今現在はそこを通る人々は全て等しく一つの物を見ていた。
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別に新手のスタンド使いが現れたわけではない。
一台の馬車が爆走(はし)っているだけであった。
それだけなら物資の往来の激しいこの街道。非常によくある光景で人の注視など集める事はない。
そこから遥か離れ、魔法学院。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが部屋の中にいたのだが、その顔は火が出そうなぐらい真っ赤だった。
――恥ずかしい……!一体どういう趣味してんのよ!
一度枕に顔を埋めてからもう一度アレを思い出す。
ルイズの脳裏に写っているのはただの馬車なのではなく、決して趣味がいいとはいえない玉座が付いた奇怪なモノ。
そしてそこに悠然と座を構えるのは勿論、聖帝サウザーである。
ある程度舗装されているとはいえ、タイヤではなく車輪というだけあって振動はかなりのものだ。
それにも関わらずに相変わらず何時もの姿勢でゆったりしていらしゃるのだから人に与える衝撃は半端ないものがある。
貴様も来るか?と聞かれた時には全力で遠慮した。
あんなのに乗って街まで練り歩いた日にはあっという間に噂になるに決まってる。
なんだかんだで結局城下を視察する事になったのだが、通常の馬車をベースに玉座部分をギーシュに作らせた。
やれば、先日の事は流してやる。だが、断れば、と言ったところで快諾したようで一晩でやってくれた。
車輪部分も車軸と車輪数を強化したおかげで十分重さに耐えられるようになっていたが、青銅だけあって色は原色そのままだ。
それは追々塗装するか、金にでも錬金させようかと思ったが、金を練成するのはスクウェアでも難しいらしく諦めた。
精神力を使い果たしたギーシュが地面に突っ伏していたが、そんなこんなで聖帝馬車の完成というわけだった。
そんなわけで、塗装も兼ねて城下へと繰り出しているわけである。
ついでに御者もギーシュにやらせているのだが、やはりというか少しぐったりしている。
普通の馬車とは違い重量が重量だけに、馬二頭では足りず三頭立てというのもあるが、後ろにサウザーが居るという事が体力・精神的にも一番疲労を加速させていた。
第伍話『否省』
「おい、小僧」
その言葉で、今にもへばりそうだったギーシュの背筋が伸びる。
「その城下まではあとどのぐらいで着く」
「そ、そうだね、二時間といったところかな」
言葉使いこそ何時もとあまり変わらないが、明らかに口調に惧れが感じられる。
貴族の子弟が御者をやるなど、普通では考えられない事だったし、ギーシュ自身もやるわけないと思っていた。
だが、ギーシュの頭の中には未だに『俺に逆らった者に降伏が許されると思っているのか?』というサウザーの言葉がこびり付いている。
気が付けばいつの間にか馬を操ってトリスタニアへと向かっているところである。
人を従わせる方法は大きく分けて二つに分かれる。
一つは圧倒的なカリスマなどで相手を心服させる事。そしてもう一つが歯向かうなどという気も起こさせぬような圧倒的な恐怖による支配。
分かりやすく言えば、前者が救世主と称えられ奇跡の村を創りあげたトキ。後者が拳王と畏れられ帝国を築き上げたラオウである。
恐怖による支配は長くは続かぬと言ったのは他ならぬサウザーだが、聖帝軍正規兵からはともかく、サウザーも帝王として人々に恐れられていた男だ。
サウザーに屈せぬだけの力はギーシュにはなく、また恐怖を跳ね除けるには若すぎた。
だからこそ何かと突っかかってくるルイズやキュルケはサウザーから見ても興味の対象だったのだが。
そんなギーシュの心情など知ったことではなく、吐き捨てるかのように言うとサウザーが脚を組みなおす。
「ふん。やはり遅いな」
スピードがバイクには敵わないのは当然だとしても、片道でこれでは飽きがくる。
まぁ、針で囲まれた棒の上に二、三日は余裕で立ち続けられる人達なのだから、たかが三時間の行軍がどうだと言われればそれまでだが
修行してるのとただ座ってるのとではやはり違うものである。
それでも、久方振りに目にした自然の光景というものは少しではあるがサウザーに昔の事を思い出させてはいたが。
南斗鳳凰拳先代伝承者オウガイ。
鳳凰が司る星は将星。またの名を独裁の星。
だが、少なくとも幼き日のサウザーから見たオウガイは独裁などというものからはかけ離れていた。
初めて極星十字拳で石灯篭を斬った事は今でも鮮明に覚えている。
あの時の感覚は二度と忘れはしない。
一度は弾かれたものの、呼吸法によって気を練り十字に切り裂いた。
その時のオウガイの表情は二度と忘れる事はあるまい。
少しでも早く鳳凰拳を身に付けオウガイを喜ばせたかった。
……十五歳のあの時もそうだった。あの試練を乗り越える事で伝承者となり、その先もあの顔を見れると思っていた。
初めて極星十字拳で人を斬った事は忘れようとしても忘れられるはずがない。
目隠しをしていたとはいえ、最も尊敬し愛した師を手にかけた。
身を引けば当時のサウザーの拳など容易くかわせたにも関わらず、オウガイはあえてそれを受けた。
一子相伝の鳳凰拳。先代伝承者は次の伝承者に倒されなければならぬという、北斗神拳よりも過酷な宿命。
――こんなに悲しいのなら……
失うのが悲しいなら最初から愛など持たねばいい。
――こんなに苦しいのなら……!
失うのが苦しいなら最初から情など捨ててしまえばいい。
――愛など……愛などいらぬ!!
誰よりも愛深き故に、少年がその道を選ぶにはそう時間はかからなかった。
「……っ!またか……」
苛立ちを隠せぬ声でそう呟く。
どうにも退屈すぎて自分でも気付かぬうちに眠っていたようだが、こちらに着てから、この忌まわしき記憶がついて回ってきている。
「あの時以来、そうではなかったのだがな……」
愛と情けを捨てていた時はそういう事はなかったのだが、代償というやつだろうかと思わないでもない。
身体の中に流れる帝王の血が、多少は戻りつつある情けを拒絶しているという事か。
――埒もない。
聖帝十字陵。
世紀末の世に建てられた、聖帝の権威を誇示せんがための巨大な墓と言われているが
その実は、師オウガイの墓にして、サウザーの僅かに残った愛と情けの墓。
その完成を以って完全に捨て去る事ができるはずだった。
だが、ケンシロウの前に敗れ、聖帝十字陵も崩壊した。
それでも、今のサウザーには退くなどという選択は無い。
愛と情けを捨てる事ができなくても、彼は南斗聖拳最強にして将星の星の男。
故に何があろうと退かぬ。故に何人であろうと媚びぬ。故に何が起ころうとも省みぬ。
とは言うものの、現時点では特に動くべき目的も理由も無いので少々手持ち無沙汰な状態ではあるが。
なにせ、世紀末とは違いサウザーの周りの環境は平和そのものだ。
少なくとも、目にしている限りでは僅かな水と食料を得るために人が争う事なく日々を過ごしている。
貴族専用の学院という事があるし、サウザー自身はその恩恵を120%程活用している。
退屈かと聞かれれば、その答えは今のところはNoだ。
拳法とは全く毛色の違う魔法は興味深いものだったし、知らぬ物を知るというのは中々面白い。
ただ、やはりというか、身体の奥底の方では物足りぬと感じている。
乱を望むは将星の性。
というよりは、乱が無ければ将など無用の長物。
乱が無ければどうするか。自ら乱を起こすか、乱が起こるのを待つかの二つに一つ。
自ら起こすには手駒が足りない。
むしろ、足りないというよりはゼロ。
その兼ね合いもあってか見に務めているが、トリステインでは目下のところ、乱が起こりそうな気配は無い。
まぁ、そう急ぐ事もなかろう。
南斗六星の崩壊を引き起こしたような世界規模の大戦がそうそう起こるはずもなく
まして、東の方なぞ地図すら無いような状況では、精々国家間の戦争がいいところだ。
現状維持というところで妥協しておいたが、馬車の動きが止まった。
「……どうした」
「前から王宮の勅使を乗せた馬車が来ているんだ」
ふむ。と呟くとサウザーが視線を前へと向ける。
確かに、トリステインの紋章の付いた旗を立てた馬車が向かってきている。
「トリスタニアには王宮もあるからね。きっと、学院長になにかあるんじゃないかな」
「そうか。では行け」
「……!?」
説明を聞いて、サウザーがそう返すと完全にギーシュの思考がパニックに陥った。
普通だったら王宮からの勅使が乗っている馬車が通るとあれば、道を譲るというのが相場というところだ。
それにも関わらず、後ろの男は行けと言う。
無駄にカスタムしたおかげで聖帝馬車はかなり横に大きい。
この街道であの馬車とすれ違おうとした場合、まず間違いなくぶつかる。
主に、横に大きく飛び出た角のような部分が。
「一応聞くけど……街道から反れてという事かな……?」
「何を寝ぼけている。そのまま進め」
一縷の望みを託してはみたが、答えには希望なんてありゃしなかった。
どこかの吸血鬼に『関係ない、行け』と言われた上院議員の心境である。
進めば王宮からの勅使を相手に揉め事になるし、退いたりすれば後ろの男が圧倒的な力量を以ってなにをするか分からない。
完全に板挟みの状態に陥っていると、前の方から衛士かなにかが警告を発してきた。
「王宮勅使ジュール・ド・モット伯の馬車の前に立ち塞がるとはどういう了見か。早々に道を開けられい!」
「ほう。たかだか使い走り如きが、この俺の行く手を阻むか。いい度胸だ」
サウザーから見れば、勅使など単なる伝言役と同等という認識である。
そもそも、例え相手が王族だろうと明け渡す道など一切持ち合わせていない。
それが世界の道理に反するとでも言うのであれば、己が力を以って制圧し平伏させるのみ。
天上天下唯我独尊。
敵は自ずから跪き、相対する者は全て下郎。
今の今まで帝王と対等になった者は唯一北斗神拳伝承者ただ一人。
したがって、悠然とそう言い放ったもの至極当然の事だ。
そうこうしていると、向こうの馬車から一人趣味の悪い服を着たメイジが出てきた。
なんとなくだが、南斗相演会で見た南斗紅雀拳のザンとかいうやつに似ている気がする。髭とか。
修羅の国の名のある修羅のうちの一人の方が似ていると思うけど、サウザーは知らないので割愛しておこう。
「これはこれは、確かグラモン元帥のご子息ではないですか。そのようなところでどうなされましたかな?」
勅使だけあってモット伯は顔が広い。
有力な軍人であるグラモン家にも度々訪れていたためギーシュとも面識があったぐらいだ。
「この俺に逆らった者の末路というところだ。退かぬようであれば貴様もこうなる」
「そこの者。今なんと言ったのか聞こえなかったのだがね」
「その飾りでも聞こえるように言ってやろう。下がれ下郎」
「トライアングルメイジである『波涛』のモットに下郎とは、いや可笑しい。はっはっはっはっは」
わざとらしい台詞と芝居がかった動きでモット伯が笑うと、急に真顔になった。
「私はそういう冗談は許せない性質でね。身の程知らずの平民に一度貴族の力というものを思い知らせてあげよう」
モット伯が腰の杖を抜くと魔法の詠唱を始めると衛士の一人が馬車の中から壷を持ち出し割った。
割れた壷からは水が流れ出している。その事から水使いかと一瞬で判断した。
「イル・ウォー」
「ふん、遅いわ」
さっきまで玉座に座っていたはずのサウザーが、いつの間にかモット伯の懐近くへと飛び込んでいる。
「な……!」
並の拳法の使い手では捉える事すら出来ぬ神速の踏み込み。
まして身体能力はモヒカン以下のモット伯にとってはサウザーの動きは瞬間移動にも等しい。
――やはりこの程度か。
トライアングルというからには少しは楽しめるかと思っていたが
どうやら、魔法のクラスと実戦での強さというのは比例しないらしい。
大口を開けて魔法を詠唱をするなど、隙だらけにも程がある。
魔法がどれだけ強力であろうと、杖さえ持たさねば、詠唱さえさせなければ何の意味も持たない。
「貴様の動きなどスローすぎて欠伸が出る。貴様に比べたら、あの小娘の方が遥かに速い」
詠唱の速さもそうだが、詠唱を悟らせないようにする技術。
その全てにおいてモット伯は劣っている。
この程度であれば興味もなく、これ以上の戯言に付き合う必要も無い。
微動だにしない、いや微動だに出来ないモット伯に向け、サウザーがその拳を向けた。
南斗鳳凰拳
*『極 星 十 字 衝 破 風』
ここでようやく我を取り戻したのか、踵を返してモット伯が逃げようとしたが、盛大に転んだ。
いくら慌てていたとはいえ、何も無いような場所で転ぶはずは無い。
軽い違和感がモット伯を襲うと、それがだんだんと大きくなる。
その違和感の方へと目を向けた瞬間、街道に絶叫が響いた。
「うぎゃあああ!脚が!脚が……!」
モット伯の脚からは勢いよく鮮血が噴き出し地面を赤く染め上げている。
「貴様の脚の腱を斬った。二度と自力では立ち上がれまい」
斬られた事すら感じさせぬ鋭さと、腱を断ち切る正確さを併せ持った一撃。
そして、なによりサウザーが素手だった事に、その場の全員が、特に一度殺されかけたギーシュの思考が完全にフリーズしかけた。
「ほう、まだ杖を離さぬか。しぶとさだけはドブネズミ並みというところだな」
腕の腱も断ち切るべきだったかと思ったが、これはこれでいい。
窮鼠猫を噛む。こんな奴でも追い詰められれば何か面白い物を見せてくれるかもしれない。
モット伯にしてみれば、杖がなければモヒカン以下なのだからそれを手放す事などできはしない。
だが、モット伯が口にしたのは魔法の詠唱などではなく、サウザーの期待を大いに裏切るものだった。
「なな、何をしている!こ、殺せ!こいつを殺せ!」
力も技も持たず、己のみでは抗う事すらせぬ。
あんなガキですら、シュウへの愛ゆえに牙を突き立てたというのに。
「見るべきところもなく、与えられた権力に酔い痴れるだけのゴミか。ならば、汚物は消毒せねばならんな」
サウザーにとって権力とは己の力で奪い取るもの。
他人や親から与えられた権力など何の意味も持たない。
あえて言おう、カスであると!
相応の実力があるならまだしも、無能が不相応の権力を持つようではこの国も底が知れる。
だから、這いずるようにして逃げるモット伯の頭を踏みしめた。
「ほう宮はらのひょく旨ではる、わらひに……!」
歯の二、三本は折れ、地面に押し付けられているため巧く発音できていないものの、まだ口だけは動くらしい。
ようやく衛士達がサウザーに武器を向けてきたが、そんな事でこの男が止まるはずはない。
「どうした!この男の命が惜しいのか?ならば武器を捨てよ!」
それは単純な脅迫。
モット伯を救いたければ武器を捨てろと言う。
「ほはえ達、いいはらふ器をふへろ!いいは、命へいら!」
だが、衛士達にしても武器を捨てるという事は、身を守る物を失うという事になる。
もっとも、武器があったとしても、サウザー相手にどうなるというわけでもないが。
それに、捨てたところでモット伯が解放されるとは到底思えなかった。
まして武器を捨てても捨てなくとも皆殺しにされる可能性の方が高いのだ。
従って、衛士達の取った行動は一つだった。
「な、何をひへいる!逃へるな!わらひを置いへいくは!」
モット伯を助けようと戦いを挑めば死ぬ。
武器を捨ててもモット伯は助かるかもしれないが、自分達は死ぬ。
ならば、残る選択肢は見捨てて逃げるしかない。
彼ら自身、モット伯に忠誠を誓っているというわけでもない。
むしろ、平民はおろか貴族の間でも『平民の少女を無理矢理手篭めにしている』と評判は悪い。
命を懸ける程立派な人物でもなく、情けをかけられるような相手でもない。
もちろん、見捨てて逃げたという事になるから、彼らがそのまま王宮に戻るという事もできないだろうが、王宮の衛士と言えど平民。
最悪、傭兵にでもなればいい。
丁度、アルビオンでは内乱が起こっており対立している両派が傭兵を集めている。
王宮の元衛士という肩書きがあれば、普通にやるより高く売り込めるかもしれない。
最初から失う物が少なければ、それを捨てる時の決断は早かった。
「くく……思ったより呆気なかったな」
以前も同じような事があった。
聖帝十字陵の視察に向かった時、レジスタンスに襲われた時だ。
銃を持った一人の男を同じように切り伏せ、残る二人に武器を捨てろと言った。
その時は人質への情けゆえか、武器を捨てる事も逃げる事もなかったので、情けの元を断ってやった。
二人だけでも逃げられたものを、情けがあるから命を捨てる事になる。
逆に言えば、モット伯に掛けられる愛や情けが無かったから見捨てられたという事だ。
愛も情けもかけられず、力も持たず権力に酔うだけの無能。
地面の男をこう評すると、サウザーが頭を潰すべく力を強めようとする。
それでも、何かが潰れるような音がする前にサウザーが足を退けた。
「小僧。気でも触れたか?何の真似だ」
サウザーの後ろでは、さっきまで棒立ちにしていたはずのギーシュが杖を向けている。
「き、君が相手にしているのは、王宮からの勅使だ。それを手にかけるという事はトリステインを相手にするという事が分かっているのかい?」
別に杖を向けられたからと言っても、何の問題もない。
「知らぬな。仮に、この国が俺を倒そうとするのであれば迎え撃つまでだ」
サウザーが気に入っているのは、あくまでルイズという個人であって、トリステインという国ではない。
この国がどうなろうと知った事ではなく、興味も無い。
「ぼ、僕は代々名のある軍人を生み出してきたグラモン家の四男。ギーシュ・ド・グラモンだ。小僧じゃない!」
ギーシュがそう叫ぶと地面の土からワルキューレが練成された。
「君の強さは知っているし、僕が敵わないのも分かる!でも……!」
命を惜しむな、名を惜しめ。
これが代々伝わるグラモン家の家訓だ。
サウザーがトリステインを相手にするという事は、ギーシュが敬愛してやまないこの国の王女や
何より今のところ修復できてはいないが、一番愛しているモンモランシーの身が危ないという事になる。
「僕が愛する女性達を守らずに逃げたなんて言われるのだけは我慢できないんだ!」
わざわざ、達とか言うあたりモンモランシーに聞かれたら投げられる香水の量を増やされそうなものだが、居ないので置いておこう。
相変わらず両腕を下げたまま、サウザーがギーシュへと近づく。
当のギーシュはというと、震える両手で辛うじて杖を持っているような有様で、ワルキューレの制御もままならない。
半ば棒立ち状態のワルキューレを素通りすると、サウザーがギーシュの前へやってきた。
格好つけてみたけど、足が竦んで口の中は唾の一粒も出やしない。
死ぬ前に、ちゃんとモンモランシーに謝りたかったなぁ。
そう覚悟し、ギーシュが目を閉じる。
少しするとガシャリと、金属の音がして恐る恐る目を開けると見事に十字に寸断されたワルキューレがあった。
肝心のサウザーはと言うと、もう既に玉座の上へと座を移しており何時もの姿勢でギーシュを見下ろしている。
「ギーシュと言ったか。その木人形が貴様の姿だ。次は無いと思え」
愛のために戦うとは、面白い事を言ってくれる。
腑抜けだと思っていたが、一度へし折ったはずの心を蘇らせ、聖帝の前に立った。
モット伯など相手にするより余程面白い。
「出せ」
まだ先は長いが、いい退屈凌ぎにはなった。
再びトリスタニアへと奇怪な馬車が進んで行く。
治癒の魔法を使い、やっとの思いでモット伯が脚の怪我を治した時には、学院へ伝えるべき事や
この前見て気に入ったメイドを連れて帰ろうとした事は頭にはなく、素手で青銅を紙くずのように切り裂いた男への恐怖心だけが脳裏に刻まれていた。
#navi(帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!)
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