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#navi(ゼロの黒魔道士)
「ビビ、しっかり目の玉かっぽじって見てなさいよ!」
「う、うん……」
「目ぇかっぽじっちまっちゃぁ、何も見えねぇんじゃね?」
部屋の中は、虫の羽音ですら大音響に聞こえるほど、静かでピリピリとしていた。
ルイズおねえちゃんの杖が、ゆっくりと、だけど、とってもまっすぐに、
そのピリッピリの緊張感の中振り下ろされて……
カチャリ
あっけないほど、静かな音。
でも、それはどんな勝利のファンファーレよりも、飛び上がるぐらい、嬉しい音だったんだ。
「ね、み、見た?見た?ね、見たわよね、ビビ!!」
「……やったね、ルイズおねえちゃん!」
「ケケケ、鍵かける程度で喜んじまって、まぁ~!」
デルフの言い分はもっともだけど、ルイズおねえちゃんの気持ちもすっごく分かる。
ボクも最初に『ファイア』が使えたとき、やっぱり嬉しかったもんね。
ルイズおねえちゃんは、ずっと魔法が爆発してて(それだってすごいと思うんだけど)、
やっと、ようやくやっと魔法が成功したんだもん。
嬉しいのも、無理はないよね?
……だけど……
「もう1回!もう1回だけ見ててよ、ね?」
「……う、うん……」
「――昨日の晩から何回目だっけか、相棒よ?」
「……20回以上、かなぁ……?」
何回もニコニコしながら見せようとするから断れなかったんだ。
嬉しいのは分かるけど、あんまり連発するとMPの無駄遣いになっちゃうと思うんだけどなぁ……
ゼロの黒魔道士
~第四十三幕~ 人を憂うと書いて
さすがに、朝食の時間を超えるまでは鍵かけ魔法は続かなかったんだ。
だから、この時間はコルベール先生のお手伝いをしているんだ。
コルベール先生のお部屋って、油と削り屑と金属と……
なんか、ミミックと鉄巨人が一緒になったような匂いがする。
だから、なんとなく宝箱の中って感じがするのかなぁ?
……中が結構ゴチャゴチャしてるのに、ガラクタばっかりってとこも……
「ハハハ、災難だったね!しかし、気持ちは私も分かるな!
初めて『レビテーション』に成功したとき、それは感動物だったよ!」
「でも、何十回も鍵の開け閉めずっとやらかすかぁ?あの娘っ子はよぉ~」
「……嬉しいのは、分かるんだけど、ね……」
それでも、朝食の時間が決まってて良かったと思うんだ。
あのままだったら、きっとルイズおねえちゃん、昼すぎまでやってたと思うし……
「しかし、見事ですな!このシド・ランデル氏の設計図は!
特にこの動力部との繋ぎ目に対する考察!これはもはや芸術と言っても――」
コルベール先生も、自分の好きなこと、機械とかのことは話がすっごく長くなりやすい。
……貴族の人って、好きなことにのめりこみやすい、のかなぁ……?
こういう人ってなんて言うんだっけ……“マニア”、かなぁ……?
・
・
・
「――つまり、ここで歯車によって速度を調整する、そうだね?」
「う、うん……そうだと思います……」
シド・ランデルさん、シエスタのひいおじいちゃんの手記は、
ボクがずっと預かってた(返しそびれただけでもあるんだ)けど、
コルベール先生の興味をすっごく刺激してしまったみたいで、
こうやってボクが翻訳しているのを聞きながら、
(ハルケギニアとガイアの言葉ってすこしずつ違う部分と、全然違う部分があるみたいなんだ。
意味がひっくり返ってるらしい単語とかまであるし、こっちじゃジャガイモとリンゴが同じ単語らしい。
世界が変わると言葉も変わるんだなぁ……)
しきりに色んな紙をひっくり返してメモしたり書き加えたりしてる。
「いや~!素晴らしい!風石や“霧”とやらという魔法媒体使わずに、空を飛ぶ発想とは!
しかも、これならばあらゆる人が訓練さえすれば操れる!それこそ鳥のように縦横無尽に!
素晴らしい!在野にこのようなお方がいたとはなぁ!一度お話したかったものだ!!」
ボクは、設計図に書いてある文字は読めるけど、全然理解はできなかったけど、
コルベール先生はものすっごく感動しちゃってるみたいだ。
「……あの……コルベール先生?でも、シドさんは実現できなかったんですよね……?」
実現してたら、今頃ハルケギニアの空にはカーゴシップが大量に飛んでそうだけど……
「実現できなかったのは――ふむ、資金面と燃料面での不安要素があったから、らしいね。
だが、私には燃料に関する研究は続けてきたという自負がある!
是非これと組み合わせて飛ばしたいものだなぁ!魔法に依らぬ船を!」
コルベール先生の目がキラッキラに輝いている。
「と、いうわけで、ビビ君!色々手伝ってくれないか!」
「あ、はい……」
……うん、ちょっと熱苦しい気もするけど、こういうのっていいなって思う。
・
・
・
「――つまり、タルブの風車の取り付け角度はこれよりも小さいわけだね?」
「え、う、うん……自信無いですけど……」
「一番肝心なところなのだ!しっかり思い出して――あぁ、いや、やはり自らタルブに赴くか?
しかし、ただでさえ授業回数が少ないとオールド・オスマンにおしかりを受けているが――」
熱心すぎる、って思う。
風車の角度が設計図のプロペラと酷似しているはずだからとかなんとからしいけど、
そんなことまで覚えていられるほどしっかり観察してないよね……?
うーん、やっぱり貴族の人って、どこか変じゃないといけないのかなぁ……?
「――相棒よぉ。相棒の住んでたところじゃ、このシドうんちゃらよか時代進んでるわけだろ?
そんときの船の形とかなら、相棒もちっとぁ知ってんじゃねぇか?」
言われてみれば、確かにそうだ。
シド・ランデルさんが生きていた時代よりも、60年近く後に、ボクはガイアにいたんだ。
「ほう?それは興味深い!どのような船があったのかな!?」
あ、コルベール先生がメモを片手にすっごい目を輝かせてこっちを見てる……
みっちりと聞き出すつもりなんだろうなぁ……
「え、えっとー……一番古いのでカーゴシップっていう貨物船があって……
あとは輸送用と……ほとんどが軍艦、とかかなぁ?」
少なくとも、ボクが乗ったことがある飛空挺のほとんどが軍艦だったはずだ。
レッドローズ号にブルーナルシス、ヒルダデルガ1号から3号、インビジブルに……
あ、ブルーナルシスは海の上を走る船だっけ。
「輸送用と軍用、かい?――輸送用も軍事物資運搬用の転用だろうか――
ふむ、悲しいかな、戦争により技術が発展するのは何処も同じ、か……」
コルベール先生の目の輝きが、なんとなく、薄くなった。
それは、過去を悔むような、そんな仄かな色だったんだ。
「――何故、人は殺しあうために杖を磨くのだろうか、な」
その声が小さすぎて、独り言なのか、ボクに向けられたものなのか分からなかったんだ。
「……え?」
「――あ、いや、すまない……君の出自は知ってはいるのだが、な」
ボクの出自……あぁ、ボクが兵器として作られた、ってことかなぁ?
うーん……それ自体は悲しいことなのは本当だけど、ね……
「大丈夫です……うーん、もう、そんなに、気にしてないですし……」
大事なのは、どうやって生まれてきたかじゃなくて、どう生きるか、だと思うんだ。
ちょっとした、沈黙。
コルベール先生が“愉快なヘビ君”をカチャカチャといじくる音だけが響く。
「――もし、良かったらなんだが――」
「え?」
「――いやね、ビビ君がどうやって君の運命を乗り越えたのかな、と思ってね。
教師としては、このようなことを聞くのは失格かもしれないが――
あぁ、もちろん辛いことならば言わなくていいよ、うん。つまらぬことを聞いたね」
運命を乗り越えた……うーん、それって、本当かなぁ?
「……何があっても、ボクはボクだって言ってくれた人がいて、それでちょっと楽になって……
でも、自分の寿命とか知ったときは信じられないくらい怖くなって……」
ボクって、本当に運命を乗り越えたのかなぁ?
「……でも、やりたいことや、やらなきゃならないことがあったから……
仲間もいたし……うん、ボク1人でどうにかならなかった、かなぁ……?
答えになってなくてゴメンなさい……」
多分、ボク1人ではどうにもならなかったと思う。
ボクは、それほど臆病で、前に進むことすら恐れていたからだ。
「いやいや、構わないよ。こっちも答えにくい聞き方をしてしまった。
――差し支え無ければ、もう1ついいかな?」
困ったような微笑みを浮かべたまま、コルベール先生が言葉を続ける。
機械のことを聞くときと違って、1つの言葉をゆっくりと考えながらしゃべっているから、
きっと、ボクに合わせてものすっごく言い方を選んでるんだろうなぁって思うんだ。
「――何故君は、戦い続けられるんだい?」
「……うーん……なんで、ですか?」
理由。戦い続けることができる、理由。
それは、ちょっとだけ難しい質問だったんだ。
なんで、って改めて聞かれると、答えにくい。
きっと、ものすごく単純な理由だとは思うんだけど……
「そう。なんで君はこの間の戦乱も――あぁ、難しいなら、構わないから。
いやいや、変なことを聞いてしまったね。すまないすまない――」
「……守りたいから、かなぁ?」
答えにくいから、思ったことをそのまま声に出す。
「――ビビ君?」
「えっと……ルイズおねえちゃんも、キュルケおねえちゃんも、タバサおねえちゃんも、
ギーシュも、シエスタも、モンモランシーおねえちゃんも、コルベール先生も、アニエス先生も、
オスマン先生も、マルトーさんも、テファも、マち……えーっと、今のはおいておいて……
あとそれからえっと……うーん……ハルケギニアで出会った人ほとんどみんな。
みんな守りたいなぁって、そう思うんだ……」
思えば、色んな人に出会ったなぁって思うんだ。
みんなみんな、とってもいい人たちばっかりだ。
そのみんなを、守りたいって思うのは、ワガママ、かなぁ?
でも、ワガママでもいいやって思っちゃうんだ。
守りたいんだ。ただ、とにかく。
ボクの手はどこまで届くかは分からないけど、そう思うんだ。
「――それは、どうして?」
さらに理由を聞かれてしまうと、ちょっと困る。
優しくしてくれたから、とか、
困っているとき助けてくれたから、とか。
そんな単純すぎる理由では無い気もする。
「……う~ん……」
うまい言い方が思いつかなかった。
だから、ちょっと悪い気もしたけど、ジタンの言葉を借りたんだ。
でも、これ以外にボクの気持ちを伝える言い方が見つからないんだ。
「……誰かを助けるのに、理由はいらないから、かなぁ……」
借りた言葉だけど、言ってみると、案外しっくりして、丁度いいって感じがする。
なんとなく、ジタンが言いたかったことが分かる気がするなぁ。
誰かを守るのに、理由なんていりやしない。
守りたいって気持ち、それだけでいいんだよね。きっと。
「――ビビ君、君はその――」
ちょっとした静寂の後コトリ、と椅子の上の重心がずれる音がする。
コルベール先生がまぶたの上をギュゥッとおさえた。
眠い、のかなぁ?
「?」
「強い、な。私なんかよりずっと――」
なんでか分からないけど、コルベール先生の目は潤んでいた。
「……コルベール先生?」
ボク、そんなに強く見えるようなこと言ったりしたっけ……?
潤んだ瞳を油で汚れたハンカチでぬぐいながら、コルベール先生が何かに気づいて顔をあげたんだ。
「――む?おやおや来客かな?鍵はかけてないから入ってきていいよ?」
その言葉に、キキィ~ってドアがきしみながら空いたんだ。
「タバサおねえちゃん?それにキュルケおねえちゃんとルイズおねえちゃんも?」
おねえちゃん達が、そろっと入ってきたんだ。
授業、もう終わったのかな?
でも、それならもっと早く入ってきても良かったのになぁ?
「あー、私達はそのー、タバサの付添いってだけで、えぇ、は、話なんて別に――」
ルイズおねえちゃんが弁明する。話、って……
「ビビちゃ~ん!ルイズはともかく、私のことをそんなに思ってくれてるなんて!お姉ちゃん感動しちゃったわ~!!」
「ちょ、ちょっとキュルケ!?」
キュルケおねえちゃんが抱きついてくる。
うん、ちょっとこの展開も慣れてきた。
……苦しいのは、相変わらずだけど……
でも、話って、やっぱりさっきの、聞いてたんだ?
なおのこと、もっと前に入ってきても良かったのになぁ?
「ルイズ~、あんたは嬉しくないわけ?こんなに思われてるのにぃ~!」
グリグリとなでまわされる。
この分だと、いつまたくすぐり攻撃に変わってしまうか分からないから、
とりあえず、質問することにしたんだ。
「……えっとタバサおねえちゃんの付添いって、どうしたの?」
「あぁ、タバサが、帰ってきたお祝いまだだったからって、お祝いの品だって。
忙しかったし、ちょうど出かけてたからそのお土産で悪いけど、らしいわよ?」
「説明感謝」
キュルケおねえちゃんじゃなくて、珍しくルイズおねえちゃんがタバサおねえちゃんの代弁をした。
……これって、結構衝撃的かもしれない。
ルイズおねえちゃん、今まで妙な意地を張って、他の人から距離をおこうとしてたから。
ボクがいない間に、何かあった、のかなぁ?
……まぁ、いいや。仲良くなるのにも、理由っていらないよね?きっと。
それはともかく、お祝いの品って……
「え、ぼ、ボクに?」
「お土産」
渡された小包は、ほんのり淡い緑色のついた甘い匂いのするお菓子が入ってたんだ。
「あ、う、うん、ありがと……これ、クッキー?」
「いらない?」
「う、ううん!そんなことないよ!食べてもいいの?」
甘いものは、大好きだし、もらえるならとってもうれしい。
朝からコルベール先生のお手伝いしてたら、ちょっと疲れちゃったしね。
「どうぞ」
「じゃ、いっただきまーす!」
綺麗な星形になっている1つをつまんで、サクッと1口。
うん、歯ごたえはとってもいい……
歯ごたえは……噛みしめたところから、モルボルのような臭いが広がってくる……
……甘い、辛い、酸っぱい、苦い、えぐい、しびれる、むせかえる、青臭い……
味の表現って、それこそ物の色を表現するのと同じくらい言葉があるよね?
でも、このクッキーは……
そういった表現ができないっていうか……
全部の表現が当てはまってしまうっていうか……
多分、この味を言葉で言うなら、この言葉しか無いと思ったんだ……
「ま、まずぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
クッキーの形よりも綺麗な星がボクの周りにちらついて……
どてっと倒れてしまったんだ……
「――残念」
「タバサ、まさかアレって――」
「ハシバミクッキー」
「ちょ、ちょっと!?ビビに何してくれてんのよっ!?」
「自信作だった」
「手作りクッキーですか。よろしいことだと思いますが、ハシバミ草のクッキーとは――
ミス・タバサ、ご試食は?」
「美味しかった」
「――そうですか」
みんなの声が聞こえる。
うん、きっと、タバサおねえちゃんが悪いんじゃない。
タバサおねえちゃんの舌と、ボクの舌がちょっと違ったせいなんだ。きっと。
クイナがカエルとかモルボルを美味しいって食べたのとおんなじことだ。
味の好みって、個性があって当然だもんね、きっと……
「相棒、死ぬんじゃねぇ、死ぬんじゃねぇぞっ!!おれっちがついてるからなっ!?」
デルフの声が遠くなっていく気がした。
うーん、味の好みはいいけど、やっぱり……
「……誰か……毒消し~……」
さすがに、この味は毒じゃないかなぁって思うんだけど……
ボクが変、なのかなぁ……?
――――
ピコン
ATE ~美女と野獣~
ヴェルサルテイル宮といえば、その豪奢な建造物の造りはもとより、
その広く整えられた庭も、訪れる者を魅了してやまない。
特に今の時期は、やや本来の最盛期からはずれるものの、
香り高い薔薇の群れが、庭の一角を陣取って、
空気そのものを薔薇色に染めてしまいそうな様相だ。
しかしただの紅色の薔薇だけでなく、白や黄色、あるいは世にも珍しい青色の薔薇まである。
ここは、まさに花の王のおわす場所。あらゆる香水が羨む場所。
南薔薇花壇。2キロ平方メイルを覆い尽くす薔薇の迎える園である。
本来ならば、ここを恋人、あるいは愛人などと共に訪れるのが真っ当だろう。
しかし、今宵、ガリア王ジョセフはそれをしなかった。
それは彼独特の幼児性がそうさせた、と言っていいだろう。
プレゼントの蓋を開けるときは、1人でコッソリと楽しみたい。
そういった秘密主義的な幼児性だ。
それをきちんと言えば、「少年の心を忘れないのですね」とでも愛人に微笑まれただろうが、
そういった、愛人が少年の心を馬鹿にするかのような態度だけは、
ジョセフが気に入らない点だった。
少年で何が悪い。
政治も、軍事も、何もかも楽しまなくては損では無いか。そうであろう?
「ふむ、するとトリステインアカデミーは――」
さて、ここ数年、ジョセフの言うところのプレゼントの送り主は、決まって銀髪の武器商人だった。
クジャがジョセフにより召喚されて以来、どの月のどの週も、期待どおりのプレゼントがあったのだ。
「“研究調査”の協力は取り付けたよ。あんまり麗しく無い題目だけどねぇ。調査というのがいけない。
せっかくだから、“火龍山脈の優雅なる小旅行記”とでも名付けようか?」
夜露に濡れた薔薇のむせかえるような匂いをしのぐような優雅な声。
その声で語られるは、ブロンドの美人を招いた小旅行の計画。
確かに、薔薇の夜には研究調査という無粋な響きは似合わない。
優雅なる小旅行、とやらの方が美女を伴う旅路にはロマンチックだろう。
行先が危険極まりない火龍山脈ということはもちろん除いて、だが。
「それはお前に任せるさ、クジャよ。それで?今日は何やらもう1人俺の知らない輩がいるようだが?」
この報告だけならば、別に薔薇園に王を呼ぶわけはない。
ジョセフは、クジャからの面会の連絡を受け取り、胸躍らせながらここまで出向いたのだ。
まさしく、幼児が、誕生日の朝を迎えるかのごとく。
そこにいたのは、クジャと、それよりも大きな、布をかぶった巨大な影。
形だけを言えば人間のようにも見えるが、2.5メイル近くはあろうかという体躯が、それを否定している。
「これは失礼を、王よ。新たな役者のご紹介が遅れてしまいました!
しかしながら、お心の準備が無いと、驚かれることかと――」
「ふん、今更ノミの心臓ではゲームが楽しめないではないか。何が来ても驚かんさ」
何より、ジョセフはサプライズが大好物だ。
驚くのも、驚かせるのも大好きなのだ。
悪戯盛りの少年のごとく、そうしたものには目が無い。
「それでは、謹んで、今宵のゲストをご紹介致しましょう!長らくお待たせいたしました!」
高らかに口上が述べられて、舞台の幕が開き役者の顔が月明かりに映える。
紹介者であるクジャほど薔薇の似合う男も、そうはおりはしまいが、
紹介された者ほど薔薇が不釣り合いな者もそうおりはしないだろう。
身の丈が大ぶりなのは、布の上からでも分かってはいたが、
布の下の姿までは予想がつかなかった。
毬のような筋肉の塊が鈴なりになった身は、ただ鍛えたというだけでなく、
間違いなく使いこまれており、一種の様式美と機能美を備えていた。
しかし特筆すべきはその体の上に乗る頭部である。
岩から長年かけて削りだしたかのような角、
眼の下にあるはずの鼻と口ははるか前方にせせり出し、
荒い鼻息は薔薇の香りを吹き飛ばすように白く虚空を濁らせ、
したたる涎は野獣のそれを思わせた。
野獣の名を辞典に求るならば、牛鬼。あるいは――
「――ミノタウロスか!?」
それは、エルフほどでは無いにせよ、ハルケギニアで恐れられる種族の名であった。
「ただの、じゃないよ?“元貴族”の、さ」
「ほぅ?すると、名でもあるのかな?」
なんと、人が望んで野獣にでもなったというのだろうか。
最初はその醜悪さに顔をしかめたものの、
少年のような好奇心が、ジョセフの中で鎌首をもたげた。
「ラルカス、と言う――王にお目にかかれて光栄だ――」
鼻息も口息も見た目に違わず荒く、ブホゥと吐き出すように牛鬼が唸る。
「口も聞けるか。ふむ、おもしろい――」
なるほど、元貴族、というだけはある。
ミノタウロスにしては流麗な発音、そして丁寧なもの言いだ。
やや皮肉交じりのニュアンスも聞き取れたが、そこまで言葉に注文をつけるジョセフではない。
「――クジャ、どこから見つけたんだ?こんなおもしろい物を」
「あなたの可愛い操り人形がね、任務の帰り途中に人助けをしててね。
――哀れな小鳥を食い荒らす野獣の退治さ!――そこで倒れてたけど使えそうだから連れてきたんだ」
なるほど、タバサか、とジョセフは思った。
彼の娘、イザベラを通し、いくつかの面倒でつまらぬ任務を与えていたな、と思いだす。
しかし、ミノタウロスが人里に出現したという噂など、10年少し前にしか無かったかと思ったが。
そこに思考が至り、クジャの芝居がかった言い回しの意味を即座に弾き出す。
「待て待て。哀れな小鳥だ?おいおい、エズレ村方面のあれか?
子供の誘拐が流行っていると聞いたが?俺も襲われはしないだろうな?」
ミノタウロスが恐れられる理由は、その恐るべき体力もあるが、その食の好みが大きい。
人肉、それも生きた子供のそれを好むと聞くが。
「野獣を紳士に仕立て上げるのは、演出家の腕の見せ所でねぇ」
「――クジャ殿の治療は感謝する。頭もハッキリしているし、な――」
確かに、立ち居振る舞いだけを見れば貴族の中でも上等な部類に入る。
この牛鬼より下品な貴族などは、掃いて捨てるほどいるだろう。
それに、クジャが治療したというのだ。安心していいだろう。
ジョセフは、彼のミョズニトニルンを心底信頼していた。
彼のミョズニトニルンと、その作品達を。
「ふむ――で、クジャよ、どうするつもりだ?」
「――手札は多い方が策が立つ、とはあなたのセリフですが?」
あぁ、そう言ったかもしれない。
どちらかというと、策以前に、彼の別な幼児性である収集癖がそう言わせたのだが。
単純に、強いカードや駒を集めるのが彼は好きなのだ。
そこに何ら理由は存在しない。
強いて理由を挙げるならば、集めに集めた強いカードを寝る前に思い出して、
お守りのブランケット代わりにする、というところだろうか。
頭の中で手札をなでまわすように愛で、安心して床につくのだ。
そして、このミノタウロスは間違いなく強いカードだ。それは間違いない。
「なるほどなるほど――ラルカス、と言ったか?お前の意見は?」
「――拾った命と戻った自我だ。手酷く扱うなら意地でも反抗するが?」
生意気な反応。癖のある性格。
だが、ますます気に入った。
駒でもカードでも、癖があるものほど強く、おもしろいのだ。
「ククク、いい根性だ!良かろう!牛鬼の駒、確かに預かった!」
さて、と頭の中で考える。
新たな駒をどう配置するかだ。
今現在の彼にとって、世界とは半ばコレクション・ルームのようなものだ。
彼の収集物を置くための広い物置にしかすぎない。
どう飾り付けて、どう楽しむか。そこにつきる。
その楽しみは1人で味わうのも良い。
だが、そうだ。
イザベラに、自身の娘にもコレクションの楽しさを教えてやろう。
ジョセフは、自らの素晴らしい思いつきに、ニヤリとほくそ笑んだ。
始祖をやっつけるという目的を忘れるわけではない。
だが、そこに至るまで、人生を楽しまないで何とする?
薔薇の香りの夜、新たな一手はこうして打たれた。
#navi(ゼロの黒魔道士)
#navi(ゼロの黒魔道士)
「ビビ、しっかり目の玉かっぽじって見てなさいよ!」
「う、うん……」
「目ぇかっぽじっちまっちゃぁ、何も見えねぇんじゃね?」
部屋の中は、虫の羽音ですら大音響に聞こえるほど、静かでピリピリとしていた。
ルイズおねえちゃんの杖が、ゆっくりと、だけど、とってもまっすぐに、
そのピリッピリの緊張感の中振り下ろされて……
カチャリ
あっけないほど、静かな音。
でも、それはどんな勝利のファンファーレよりも、飛び上がるぐらい、嬉しい音だったんだ。
「ね、み、見た?見た?ね、見たわよね、ビビ!!」
「……やったね、ルイズおねえちゃん!」
「ケケケ、鍵かける程度で喜んじまって、まぁ~!」
デルフの言い分はもっともだけど、ルイズおねえちゃんの気持ちもすっごく分かる。
ボクも最初に『ファイア』が使えたとき、やっぱり嬉しかったもんね。
ルイズおねえちゃんは、ずっと魔法が爆発してて(それだってすごいと思うんだけど)、
やっと、ようやくやっと魔法が成功したんだもん。
嬉しいのも、無理はないよね?
……だけど……
「もう1回!もう1回だけ見ててよ、ね?」
「……う、うん……」
「――昨日の晩から何回目だっけか、相棒よ?」
「……20回以上、かなぁ……?」
何回もニコニコしながら見せようとするから断れなかったんだ。
嬉しいのは分かるけど、あんまり連発するとMPの無駄遣いになっちゃうと思うんだけどなぁ……
ゼロの黒魔道士
~第四十三幕~ 人を憂うと書いて
さすがに、朝食の時間を超えるまでは鍵かけ魔法は続かなかったんだ。
だから、この時間はコルベール先生のお手伝いをしているんだ。
コルベール先生のお部屋って、油と削り屑と金属と……
なんか、ミミックと鉄巨人が一緒になったような匂いがする。
だから、なんとなく宝箱の中って感じがするのかなぁ?
……中が結構ゴチャゴチャしてるのに、ガラクタばっかりってとこも……
「ハハハ、災難だったね!しかし、気持ちは私も分かるな!
初めて『レビテーション』に成功したとき、それは感動物だったよ!」
「でも、何十回も鍵の開け閉めずっとやらかすかぁ?あの娘っ子はよぉ~」
「……嬉しいのは、分かるんだけど、ね……」
それでも、朝食の時間が決まってて良かったと思うんだ。
あのままだったら、きっとルイズおねえちゃん、昼すぎまでやってたと思うし……
「しかし、見事ですな!このシド・ランデル氏の設計図は!
特にこの動力部との繋ぎ目に対する考察!これはもはや芸術と言っても――」
コルベール先生も、自分の好きなこと、機械とかのことは話がすっごく長くなりやすい。
……貴族の人って、好きなことにのめりこみやすい、のかなぁ……?
こういう人ってなんて言うんだっけ……“マニア”、かなぁ……?
・
・
・
「――つまり、ここで歯車によって速度を調整する、そうだね?」
「う、うん……そうだと思います……」
シド・ランデルさん、シエスタのひいおじいちゃんの手記は、
ボクがずっと預かってた(返しそびれただけでもあるんだ)けど、
コルベール先生の興味をすっごく刺激してしまったみたいで、
こうやってボクが翻訳しているのを聞きながら、
(ハルケギニアとガイアの言葉ってすこしずつ違う部分と、全然違う部分があるみたいなんだ。
意味がひっくり返ってるらしい単語とかまであるし、こっちじゃジャガイモとリンゴが同じ単語らしい。
世界が変わると言葉も変わるんだなぁ……)
しきりに色んな紙をひっくり返してメモしたり書き加えたりしてる。
「いや~!素晴らしい!風石や“霧”とやらという魔法媒体使わずに、空を飛ぶ発想とは!
しかも、これならばあらゆる人が訓練さえすれば操れる!それこそ鳥のように縦横無尽に!
素晴らしい!在野にこのようなお方がいたとはなぁ!一度お話したかったものだ!!」
ボクは、設計図に書いてある文字は読めるけど、全然理解はできなかったけど、
コルベール先生はものすっごく感動しちゃってるみたいだ。
「……あの……コルベール先生?でも、シドさんは実現できなかったんですよね……?」
実現してたら、今頃ハルケギニアの空にはカーゴシップが大量に飛んでそうだけど……
「実現できなかったのは――ふむ、資金面と燃料面での不安要素があったから、らしいね。
だが、私には燃料に関する研究は続けてきたという自負がある!
是非これと組み合わせて飛ばしたいものだなぁ!魔法に依らぬ船を!」
コルベール先生の目がキラッキラに輝いている。
「と、いうわけで、ビビ君!色々手伝ってくれないか!」
「あ、はい……」
……うん、ちょっと熱苦しい気もするけど、こういうのっていいなって思う。
・
・
・
「――つまり、タルブの風車の取り付け角度はこれよりも小さいわけだね?」
「え、う、うん……自信無いですけど……」
「一番肝心なところなのだ!しっかり思い出して――あぁ、いや、やはり自らタルブに赴くか?
しかし、ただでさえ授業回数が少ないとオールド・オスマンにおしかりを受けているが――」
熱心すぎる、って思う。
風車の角度が設計図のプロペラと酷似しているはずだからとかなんとからしいけど、
そんなことまで覚えていられるほどしっかり観察してないよね……?
うーん、やっぱり貴族の人って、どこか変じゃないといけないのかなぁ……?
「――相棒よぉ。相棒の住んでたところじゃ、このシドうんちゃらよか時代進んでるわけだろ?
そんときの船の形とかなら、相棒もちっとぁ知ってんじゃねぇか?」
言われてみれば、確かにそうだ。
シド・ランデルさんが生きていた時代よりも、60年近く後に、ボクはガイアにいたんだ。
「ほう?それは興味深い!どのような船があったのかな!?」
あ、コルベール先生がメモを片手にすっごい目を輝かせてこっちを見てる……
みっちりと聞き出すつもりなんだろうなぁ……
「え、えっとー……一番古いのでカーゴシップっていう貨物船があって……
あとは輸送用と……ほとんどが軍艦、とかかなぁ?」
少なくとも、ボクが乗ったことがある飛空挺のほとんどが軍艦だったはずだ。
レッドローズ号にブルーナルシス、ヒルダデルガ1号から3号、インビジブルに……
あ、ブルーナルシスは海の上を走る船だっけ。
「輸送用と軍用、かい?――輸送用も軍事物資運搬用の転用だろうか――
ふむ、悲しいかな、戦争により技術が発展するのは何処も同じ、か……」
コルベール先生の目の輝きが、なんとなく、薄くなった。
それは、過去を悔むような、そんな仄かな色だったんだ。
「――何故、人は殺しあうために杖を磨くのだろうか、な」
その声が小さすぎて、独り言なのか、ボクに向けられたものなのか分からなかったんだ。
「……え?」
「――あ、いや、すまない……君の出自は知ってはいるのだが、な」
ボクの出自……あぁ、ボクが兵器として作られた、ってことかなぁ?
うーん……それ自体は悲しいことなのは本当だけど、ね……
「大丈夫です……うーん、もう、そんなに、気にしてないですし……」
大事なのは、どうやって生まれてきたかじゃなくて、どう生きるか、だと思うんだ。
ちょっとした、沈黙。
コルベール先生が“愉快なヘビ君”をカチャカチャといじくる音だけが響く。
「――もし、良かったらなんだが――」
「え?」
「――いやね、ビビ君がどうやって君の運命を乗り越えたのかな、と思ってね。
教師としては、このようなことを聞くのは失格かもしれないが――
あぁ、もちろん辛いことならば言わなくていいよ、うん。つまらぬことを聞いたね」
運命を乗り越えた……うーん、それって、本当かなぁ?
「……何があっても、ボクはボクだって言ってくれた人がいて、それでちょっと楽になって……
でも、自分の寿命とか知ったときは信じられないくらい怖くなって……」
ボクって、本当に運命を乗り越えたのかなぁ?
「……でも、やりたいことや、やらなきゃならないことがあったから……
仲間もいたし……うん、ボク1人でどうにかならなかった、かなぁ……?
答えになってなくてゴメンなさい……」
多分、ボク1人ではどうにもならなかったと思う。
ボクは、それほど臆病で、前に進むことすら恐れていたからだ。
「いやいや、構わないよ。こっちも答えにくい聞き方をしてしまった。
――差し支え無ければ、もう1ついいかな?」
困ったような微笑みを浮かべたまま、コルベール先生が言葉を続ける。
機械のことを聞くときと違って、1つの言葉をゆっくりと考えながらしゃべっているから、
きっと、ボクに合わせてものすっごく言い方を選んでるんだろうなぁって思うんだ。
「――何故君は、戦い続けられるんだい?」
「……うーん……なんで、ですか?」
理由。戦い続けることができる、理由。
それは、ちょっとだけ難しい質問だったんだ。
なんで、って改めて聞かれると、答えにくい。
きっと、ものすごく単純な理由だとは思うんだけど……
「そう。なんで君はこの間の戦乱も――あぁ、難しいなら、構わないから。
いやいや、変なことを聞いてしまったね。すまないすまない――」
「……守りたいから、かなぁ?」
答えにくいから、思ったことをそのまま声に出す。
「――ビビ君?」
「えっと……ルイズおねえちゃんも、キュルケおねえちゃんも、タバサおねえちゃんも、
ギーシュも、シエスタも、モンモランシーおねえちゃんも、コルベール先生も、アニエス先生も、
オスマン先生も、マルトーさんも、テファも、マち……えーっと、今のはおいておいて……
あとそれからえっと……うーん……ハルケギニアで出会った人ほとんどみんな。
みんな守りたいなぁって、そう思うんだ……」
思えば、色んな人に出会ったなぁって思うんだ。
みんなみんな、とってもいい人たちばっかりだ。
そのみんなを、守りたいって思うのは、ワガママ、かなぁ?
でも、ワガママでもいいやって思っちゃうんだ。
守りたいんだ。ただ、とにかく。
ボクの手はどこまで届くかは分からないけど、そう思うんだ。
「――それは、どうして?」
さらに理由を聞かれてしまうと、ちょっと困る。
優しくしてくれたから、とか、
困っているとき助けてくれたから、とか。
そんな単純すぎる理由では無い気もする。
「……う~ん……」
うまい言い方が思いつかなかった。
だから、ちょっと悪い気もしたけど、ジタンの言葉を借りたんだ。
でも、これ以外にボクの気持ちを伝える言い方が見つからないんだ。
「……誰かを助けるのに、理由はいらないから、かなぁ……」
借りた言葉だけど、言ってみると、案外しっくりして、丁度いいって感じがする。
なんとなく、ジタンが言いたかったことが分かる気がするなぁ。
誰かを守るのに、理由なんていりやしない。
守りたいって気持ち、それだけでいいんだよね。きっと。
「――ビビ君、君はその――」
ちょっとした静寂の後コトリ、と椅子の上の重心がずれる音がする。
コルベール先生がまぶたの上をギュゥッとおさえた。
眠い、のかなぁ?
「?」
「強い、な。私なんかよりずっと――」
なんでか分からないけど、コルベール先生の目は潤んでいた。
「……コルベール先生?」
ボク、そんなに強く見えるようなこと言ったりしたっけ……?
潤んだ瞳を油で汚れたハンカチでぬぐいながら、コルベール先生が何かに気づいて顔をあげたんだ。
「――む?おやおや来客かな?鍵はかけてないから入ってきていいよ?」
その言葉に、キキィ~ってドアがきしみながら空いたんだ。
「タバサおねえちゃん?それにキュルケおねえちゃんとルイズおねえちゃんも?」
おねえちゃん達が、そろっと入ってきたんだ。
授業、もう終わったのかな?
でも、それならもっと早く入ってきても良かったのになぁ?
「あー、私達はそのー、タバサの付添いってだけで、えぇ、は、話なんて別に――」
ルイズおねえちゃんが弁明する。話、って……
「ビビちゃ~ん!ルイズはともかく、私のことをそんなに思ってくれてるなんて!お姉ちゃん感動しちゃったわ~!!」
「ちょ、ちょっとキュルケ!?」
キュルケおねえちゃんが抱きついてくる。
うん、ちょっとこの展開も慣れてきた。
……苦しいのは、相変わらずだけど……
でも、話って、やっぱりさっきの、聞いてたんだ?
なおのこと、もっと前に入ってきても良かったのになぁ?
「ルイズ~、あんたは嬉しくないわけ?こんなに思われてるのにぃ~!」
グリグリとなでまわされる。
この分だと、いつまたくすぐり攻撃に変わってしまうか分からないから、
とりあえず、質問することにしたんだ。
「……えっとタバサおねえちゃんの付添いって、どうしたの?」
「あぁ、タバサが、帰ってきたお祝いまだだったからって、お祝いの品だって。
忙しかったし、ちょうど出かけてたからそのお土産で悪いけど、らしいわよ?」
「説明感謝」
キュルケおねえちゃんじゃなくて、珍しくルイズおねえちゃんがタバサおねえちゃんの代弁をした。
……これって、結構衝撃的かもしれない。
ルイズおねえちゃん、今まで妙な意地を張って、他の人から距離をおこうとしてたから。
ボクがいない間に、何かあった、のかなぁ?
……まぁ、いいや。仲良くなるのにも、理由っていらないよね?きっと。
それはともかく、お祝いの品って……
「え、ぼ、ボクに?」
「お土産」
渡された小包は、ほんのり淡い緑色のついた甘い匂いのするお菓子が入ってたんだ。
「あ、う、うん、ありがと……これ、クッキー?」
「いらない?」
「う、ううん!そんなことないよ!食べてもいいの?」
甘いものは、大好きだし、もらえるならとってもうれしい。
朝からコルベール先生のお手伝いしてたら、ちょっと疲れちゃったしね。
「どうぞ」
「じゃ、いっただきまーす!」
綺麗な星形になっている1つをつまんで、サクッと1口。
うん、歯ごたえはとってもいい……
歯ごたえは……噛みしめたところから、モルボルのような臭いが広がってくる……
……甘い、辛い、酸っぱい、苦い、えぐい、しびれる、むせかえる、青臭い……
味の表現って、それこそ物の色を表現するのと同じくらい言葉があるよね?
でも、このクッキーは……
そういった表現ができないっていうか……
全部の表現が当てはまってしまうっていうか……
多分、この味を言葉で言うなら、この言葉しか無いと思ったんだ……
「ま、まずぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
クッキーの形よりも綺麗な星がボクの周りにちらついて……
どてっと倒れてしまったんだ……
「――残念」
「タバサ、まさかアレって――」
「ハシバミクッキー」
「ちょ、ちょっと!?ビビに何してくれてんのよっ!?」
「自信作だった」
「手作りクッキーですか。よろしいことだと思いますが、ハシバミ草のクッキーとは――
ミス・タバサ、ご試食は?」
「美味しかった」
「――そうですか」
みんなの声が聞こえる。
うん、きっと、タバサおねえちゃんが悪いんじゃない。
タバサおねえちゃんの舌と、ボクの舌がちょっと違ったせいなんだ。きっと。
クイナがカエルとかモルボルを美味しいって食べたのとおんなじことだ。
味の好みって、個性があって当然だもんね、きっと……
「相棒、死ぬんじゃねぇ、死ぬんじゃねぇぞっ!!おれっちがついてるからなっ!?」
デルフの声が遠くなっていく気がした。
うーん、味の好みはいいけど、やっぱり……
「……誰か……毒消し~……」
さすがに、この味は毒じゃないかなぁって思うんだけど……
ボクが変、なのかなぁ……?
――――
ピコン
ATE ~美女と野獣~
ヴェルサルテイル宮といえば、その豪奢な建造物の造りはもとより、
その広く整えられた庭も、訪れる者を魅了してやまない。
特に今の時期は、やや本来の最盛期からはずれるものの、
香り高い薔薇の群れが、庭の一角を陣取って、
空気そのものを薔薇色に染めてしまいそうな様相だ。
しかしただの紅色の薔薇だけでなく、白や黄色、あるいは世にも珍しい青色の薔薇まである。
ここは、まさに花の王のおわす場所。あらゆる香水が羨む場所。
南薔薇花壇。2キロ平方メイルを覆い尽くす薔薇の迎える園である。
本来ならば、ここを恋人、あるいは愛人などと共に訪れるのが真っ当だろう。
しかし、今宵、ガリア王ジョゼフはそれをしなかった。
それは彼独特の幼児性がそうさせた、と言っていいだろう。
プレゼントの蓋を開けるときは、1人でコッソリと楽しみたい。
そういった秘密主義的な幼児性だ。
それをきちんと言えば、「少年の心を忘れないのですね」とでも愛人に微笑まれただろうが、
そういった、愛人が少年の心を馬鹿にするかのような態度だけは、
ジョゼフが気に入らない点だった。
少年で何が悪い。
政治も、軍事も、何もかも楽しまなくては損では無いか。そうであろう?
「ふむ、するとトリステインアカデミーは――」
さて、ここ数年、ジョゼフの言うところのプレゼントの送り主は、決まって銀髪の武器商人だった。
クジャがジョゼフにより召喚されて以来、どの月のどの週も、期待どおりのプレゼントがあったのだ。
「“研究調査”の協力は取り付けたよ。あんまり麗しく無い題目だけどねぇ。調査というのがいけない。
せっかくだから、“火龍山脈の優雅なる小旅行記”とでも名付けようか?」
夜露に濡れた薔薇のむせかえるような匂いをしのぐような優雅な声。
その声で語られるは、ブロンドの美人を招いた小旅行の計画。
確かに、薔薇の夜には研究調査という無粋な響きは似合わない。
優雅なる小旅行、とやらの方が美女を伴う旅路にはロマンチックだろう。
行先が危険極まりない火龍山脈ということはもちろん除いて、だが。
「それはお前に任せるさ、クジャよ。それで?今日は何やらもう1人俺の知らない輩がいるようだが?」
この報告だけならば、別に薔薇園に王を呼ぶわけはない。
ジョゼフは、クジャからの面会の連絡を受け取り、胸躍らせながらここまで出向いたのだ。
まさしく、幼児が、誕生日の朝を迎えるかのごとく。
そこにいたのは、クジャと、それよりも大きな、布をかぶった巨大な影。
形だけを言えば人間のようにも見えるが、2.5メイル近くはあろうかという体躯が、それを否定している。
「これは失礼を、王よ。新たな役者のご紹介が遅れてしまいました!
しかしながら、お心の準備が無いと、驚かれることかと――」
「ふん、今更ノミの心臓ではゲームが楽しめないではないか。何が来ても驚かんさ」
何より、ジョゼフはサプライズが大好物だ。
驚くのも、驚かせるのも大好きなのだ。
悪戯盛りの少年のごとく、そうしたものには目が無い。
「それでは、謹んで、今宵のゲストをご紹介致しましょう!長らくお待たせいたしました!」
高らかに口上が述べられて、舞台の幕が開き役者の顔が月明かりに映える。
紹介者であるクジャほど薔薇の似合う男も、そうはおりはしまいが、
紹介された者ほど薔薇が不釣り合いな者もそうおりはしないだろう。
身の丈が大ぶりなのは、布の上からでも分かってはいたが、
布の下の姿までは予想がつかなかった。
毬のような筋肉の塊が鈴なりになった身は、ただ鍛えたというだけでなく、
間違いなく使いこまれており、一種の様式美と機能美を備えていた。
しかし特筆すべきはその体の上に乗る頭部である。
岩から長年かけて削りだしたかのような角、
眼の下にあるはずの鼻と口ははるか前方にせせり出し、
荒い鼻息は薔薇の香りを吹き飛ばすように白く虚空を濁らせ、
したたる涎は野獣のそれを思わせた。
野獣の名を辞典に求るならば、牛鬼。あるいは――
「――ミノタウロスか!?」
それは、エルフほどでは無いにせよ、ハルケギニアで恐れられる種族の名であった。
「ただの、じゃないよ?“元貴族”の、さ」
「ほぅ?すると、名でもあるのかな?」
なんと、人が望んで野獣にでもなったというのだろうか。
最初はその醜悪さに顔をしかめたものの、
少年のような好奇心が、ジョゼフの中で鎌首をもたげた。
「ラルカス、と言う――王にお目にかかれて光栄だ――」
鼻息も口息も見た目に違わず荒く、ブホゥと吐き出すように牛鬼が唸る。
「口も聞けるか。ふむ、おもしろい――」
なるほど、元貴族、というだけはある。
ミノタウロスにしては流麗な発音、そして丁寧なもの言いだ。
やや皮肉交じりのニュアンスも聞き取れたが、そこまで言葉に注文をつけるジョゼフではない。
「――クジャ、どこから見つけたんだ?こんなおもしろい物を」
「あなたの可愛い操り人形がね、任務の帰り途中に人助けをしててね。
――哀れな小鳥を食い荒らす野獣の退治さ!――そこで倒れてたけど使えそうだから連れてきたんだ」
なるほど、タバサか、とジョゼフは思った。
彼の娘、イザベラを通し、いくつかの面倒でつまらぬ任務を与えていたな、と思いだす。
しかし、ミノタウロスが人里に出現したという噂など、10年少し前にしか無かったかと思ったが。
そこに思考が至り、クジャの芝居がかった言い回しの意味を即座に弾き出す。
「待て待て。哀れな小鳥だ?おいおい、エズレ村方面のあれか?
子供の誘拐が流行っていると聞いたが?俺も襲われはしないだろうな?」
ミノタウロスが恐れられる理由は、その恐るべき体力もあるが、その食の好みが大きい。
人肉、それも生きた子供のそれを好むと聞くが。
「野獣を紳士に仕立て上げるのは、演出家の腕の見せ所でねぇ」
「――クジャ殿の治療は感謝する。頭もハッキリしているし、な――」
確かに、立ち居振る舞いだけを見れば貴族の中でも上等な部類に入る。
この牛鬼より下品な貴族などは、掃いて捨てるほどいるだろう。
それに、クジャが治療したというのだ。安心していいだろう。
ジョゼフは、彼のミョズニトニルンを心底信頼していた。
彼のミョズニトニルンと、その作品達を。
「ふむ――で、クジャよ、どうするつもりだ?」
「――手札は多い方が策が立つ、とはあなたのセリフですが?」
あぁ、そう言ったかもしれない。
どちらかというと、策以前に、彼の別な幼児性である収集癖がそう言わせたのだが。
単純に、強いカードや駒を集めるのが彼は好きなのだ。
そこに何ら理由は存在しない。
強いて理由を挙げるならば、集めに集めた強いカードを寝る前に思い出して、
お守りのブランケット代わりにする、というところだろうか。
頭の中で手札をなでまわすように愛で、安心して床につくのだ。
そして、このミノタウロスは間違いなく強いカードだ。それは間違いない。
「なるほどなるほど――ラルカス、と言ったか?お前の意見は?」
「――拾った命と戻った自我だ。手酷く扱うなら意地でも反抗するが?」
生意気な反応。癖のある性格。
だが、ますます気に入った。
駒でもカードでも、癖があるものほど強く、おもしろいのだ。
「ククク、いい根性だ!良かろう!牛鬼の駒、確かに預かった!」
さて、と頭の中で考える。
新たな駒をどう配置するかだ。
今現在の彼にとって、世界とは半ばコレクション・ルームのようなものだ。
彼の収集物を置くための広い物置にしかすぎない。
どう飾り付けて、どう楽しむか。そこにつきる。
その楽しみは1人で味わうのも良い。
だが、そうだ。
イザベラに、自身の娘にもコレクションの楽しさを教えてやろう。
ジョゼフは、自らの素晴らしい思いつきに、ニヤリとほくそ笑んだ。
始祖をやっつけるという目的を忘れるわけではない。
だが、そこに至るまで、人生を楽しまないで何とする?
薔薇の香りの夜、新たな一手はこうして打たれた。
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