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「ゼロの赤ずきん-24」(2009/04/08 (水) 17:51:27) の最新版変更点
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#navi(ゼロの赤ずきん)
キュルケたちが、フーケを撃退したころ、ルイズたちは、暗闇の中を駆けていた。
バレッタは眉をひそめた。
ワルドの発言によれば、今現在、自分たちは今『桟橋』に向っているはずである。
しかし、ルイズ達が走っている道の先を見ると、その道は山に向かって伸びている。
これから船に乗り込みアルビオンに行く筈であるのに何故山に?
この世界を知らない普通の人間であればそう考えただろう。
だが、バレッタは魔界にいたころ、『常識外れたもの』を数多く見てきた。
それに、ある程度予想の付いていたことだ、今更この程度で驚くはずもない。
つまりは、これから乗る船とは水に浮かぶ船ではなく、『空を飛ぶ船』ということである。
バレッタの表情が僅かに曇る。
心中にとある危惧が、確かに存在しているのだ。
この事実が、バレッタにとって好ましくない事態を作りだす可能性が考えられた。
そういえば……。
バレッタはあることを思い出していた。
確か昨日ワルドが『アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくのが明後日』と言っていた。
バレッタは浮かび上がった疑問を、前を走っているルイズに尋ねた。
「ねぇ、ルイズおねぇちゃん。もしかしてアルビオンって空に浮いてたりとかするわけ?」
ルイズは走りながら、チラリと振り返った。その顔には僅かに驚きの表情があった。
進む先に視線を戻したルイズは走りながらバレッタの疑問に答えた。
「ええ、そうよ、その通りよ。そう言えばアンタこの世界のこと何も知らないんだったわね」
「まーねっ。」
「なら、教えておくわ。これから私たちが向かうのは、浮遊大陸アルビオン。
空中を浮遊して、主に大洋の上を彷徨ってるわ。そこに私たちは船に乗っていくの。わかった?」
「んんっ。だいたいね」
そんなことを話していると、長い階段を上り終わっていた。
丘の上に出たルイズたちの目の前に広がる光景は、まさに圧巻であった。
普通では考えられないような巨大な樹木が、四方八方に枝を伸ばしている。
その樹を見上げるのに、真上に顔を向けなければならないほど、高さがあった。
そして、その樹の枝にはそれぞれ、何か大きな何かがぶら下がっている。
木の実のようにも見えるが、それがルイズたちが乗り込む船なのであった。
船は、飛行船のような形状をしている。
ワルドは、自分たちが乗るべき船の行先を確かめるとルイズに声をかけた。
「急ごう。アルビオンへの船はこっちだ」
ルイズは、ワルドの言葉に頷き、木でできた階段に向って駆けだすワルドに続いた。
階段はゆるゆると長く、上に向って伸びていた。
一段一段、階段に足をかける度に木が軋み、音を立てる。
先頭を進むワルドの表情は険しかった。
それは何故か。
ワルドは『遍在』の魔法を使い、遠くから分身に監視させていた。
ルイズに好意を持たれたいワルドは、
隙あらば、偏在の自分を敵に装わせて、ルイズに自分が敵と奮闘する姿をみせるつもりであった。
しかし、そんな稚気を消し去るとある光景を目の当たりしたワルドは、その考えを一切捨てた。
ルイズの後ろにぴったり張り付くかのように走っているバレッタの手には、
昨夜フーケの肩を撃ち抜いた銃が握られていた。そして、その銃口はルイズの後頭部に向いている。
勿論、ルイズにはそのことを気づかれないように。
バレッタのワルドに対するメッセージ。
下手をうてばルイズを殺すという意思表示であった。
知覚できないように、距離を取っているにもかかわらず、
バレッタは監視しているワルドの『遍在』に、顔を向けて微笑んだ。
それは相手を見下すかのような野卑た笑み。
ワルドの感情が沸々と泡立つ。
今すぐにでも殺してやりたい。そんな思いが土砂のように募る。
だが、自制心を奮い立たせ、堪える。
……まだだ。まだだ。今は良い気になっているが良い……。
そのほうが後々、それはそれは愉快なことになる……。それまでの辛抱だ。
ワルドの表情は、醜く歪んでいた。まるで本物の悪魔のように。
階段を駆け上がった先は、一本の木が伸びていた。
その枝に沿って、一艘の船が停泊している。
ルイズたちが近付くと、甲板で寝込んでいた船員が慌てて起き上がった。
「な、なんでい!おめえら!」
「船長を呼べ、二度は言わない」
ワルドが短く、そして威圧的に言うと、
船員は弾かれたように船長室にすっ飛んで行った。
下手な相手ではないと理解したのだろう。
幾ばくもせずに、その船の船長が現れ、恭しくワルドに尋ねた。
「貴族様とお見受けしますが、なんの御用ですかな?」
「トリステイン王国女王陛下の魔法衛士隊長、ワルド子爵だ。
事は急を要する。今すぐに船を出してもらう。いいな?」
船長の目が丸くなる。その身分の高さは勿論のこと、
持ちかけてきた用件について驚きを隠せないようであった。
「それはいくらなんでも無茶というものです!
アルビオンが、最もこのラ・ロシェールに近づくのは朝です!
その前に出港したんでは、風石が足りませんや!」
『風石』それは、この世界で船を空に飛ばすための動力源、
『風』の魔法力を蓄えた石のことである。
「子爵様、当船が積んだ『風石』はアルビオンへの最短距離分しかありません。
したがって、今は出港できません。途中で地面に落っこちてしまいまさあ」
「風石が足りぬ分は、僕が補う。僕は『風』のスクウェアだ」
船長と船員は顔を合わせる。話の風向きが少々異なっているのを感じ始めていた。
それから、船長がワルドの方を向いて頷く。
「ならば結構で、ですが、積み荷の分、料金を弾んでもらいますよ」
「では、その運賃と同額を出そう。それで文句はないな。
わかったら今すぐ準備を済ませ、出港しろ」
船長は、美味い商談が成立したことを喜んでいた。
顔にはこずるそうな笑いが浮かんでいる。
船長は、声高々と、矢継ぎ早に船倉で寝ている船員たちを叩き起こすかのように命令した。
「出港だ!もやいを放て!帆を打て!」
命令を受けた寝ぼけ眼の船員たちが、一斉に甲板の上をかけ回り、出港の準備を済ませた。
そして発動した『風石』で宙に浮かんだかと思うと、
帆と、舷側に取り付けられた羽が、風を受け推進力を生む。
動き始めた船は、夜空に向って飛び始めた。
「アルビオンにはいつ着くのだ?」
ワルドがそう尋ねる。
「明日の、昼過ぎにはスカボロー港に到着しまさあ」
ワルドの質問に船長はそう答えた。
船は緩やかに、そして確実にその速度を高めていった。
眼下にあるラ・ロシェールの光が、どんどん遠くなっていく。
その光景をルイズとバレッタは並んでしばらくの間眺めていた。
そこに、船長との話を終えたワルドが現れた。
ルイズの隣を陣取ると、ワルドはルイズに話しかけた。
「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ」
ルイズがはっとした顔になった。
「ウェールズ皇太子は?無事なの?」
ワルドは首を横に振った。
「わからない。生きてはいるようだが……」
そこにバレッタが口をはさむ。
「どーすんのっ?どうせ港町はモチロン、国の主要なところは反乱軍が押さえてんでしょ?」
バレッタに顔向けずにぶっきらぼうにワルドは答えた。
「……まあな」
そして、露骨に声の調子を変えルイズに喋りかける。
「ルイズ。どうやら陣中突破しかないようだよ。
隙をみて、包囲戦を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。そこで皇太子に会おう。
大丈夫、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできないだろう。
それに、君は僕が必ず守ってみせる」
ワルドの言葉に、口の中の異物を吐き出すかのように悪態をついたのはバレッタだった。
守る?まあそりゃ反乱軍の一味なんだから、そりゃあ安全でしょうねっ。
「ありがとう、ワルド。……それとさっきから気になってたんだけどバレッタ」
ルイズは、ワルドのアプローチをサラリとかわすと、バレッタの顔を凝視した。
見られているのに気づいたバレッタも、ルイズの顔を見た。
「ねえ……あんたなんか顔色悪くない?」
バレッタは一瞬、驚きの表情を見せた。
だが、すぐに笑顔を取り繕い、元気よくルイズに応えた。
「んーんっ!そんなまさかぁっ、もう、すっごく元気だよっ」
それ以上追及はしなかったが、ルイズの表情は訝しげなままであった。
ルイズが、バレッタの不調を感じとるのも無理がない。
なぜなら、バレッタは学院を出発してから一睡もしていないのだ。
長時間、慣れぬ乗馬に身を費やし、そして大勢相手に二度の戦闘。
加えて、昨夜もワルドの襲撃を警戒し、夜が明けるまで一睡もせずにルイズの傍らで過ごした。
ワルドもバレッタの行動に目を光らせ警戒してはいるが、
両者では立場が違い過ぎる。
ワルドは『遍在』に加え、他の仲間が潜んでいないとは限らないのだ。
そして、相対するバレッタはたった一人である。
たった一人で全てをやらなければならない。
精神的な余裕がどちらにあるのか、それは明白であった。
いくらバレッタが人間離れしていようとも、人間であることには変わりない。
食事を取らなければ生きてはいけないし、同様に睡眠を要する。
絶えず緊張状態が続き、流石のバレッタにも疲れが見え始めていたのだ。
それよりも問題なのは、この先起こるであろう避けられぬワルドとの殺し合いについてだ。
バレッタは自らの失策に苦しめられていた。
何故なら、バレッタがこの世界で全力で戦うには、ある問題が付きまとっているからだ。
それは、手持ちの武器、とりわけ弾薬に限りがあることである。
バレッタの面と向かった戦闘での戦い方は、爆弾の使用、そして銃火器よる攻撃が基本である。
その戦いかたは、一回の戦闘で、相当な量な弾薬を消費することになる。
戦いの都度、補充しなければならないほどに。
だが、バレッタの武器のほとんどは、このハルケギニアの世界では補充不可能。
であるからして、手持ちの分で賄わなければならず、
有無も言わさず、武器の使用を極力避け、消耗を防がなければならない。
事実、これまでバレッタが使い魔として呼び出されてからの戦いでも、
バレッタは極力、銃火器の使用を控えてきた。
爆発用の火薬はある程度手に入ると見越して、爆弾などは使ってはきたが、
銃器に関して言えば、バレッタがこの世界で使用したのは、
フーケの肩を打ち抜いたときと、ワルドの偏在に攻撃を仕掛けたときだけである。
強敵と戦火を交えるとき、全力で戦えるように。
だが、今回は分が悪い。相手が悪すぎるのだ。
敵であるワルドは、体力と弾薬の消耗を極力避けたいバレッタにとっては、
一番嫌な性質をもった敵である。
それは、ワルドの使う魔法『遍在』が大きな要因を占める。
自分の分身を作りだす魔法。
もし、ワルドが本体を安全な場所に置き、分身のみを使い複数回にわたってバレッタに戦いを挑んだ場合、
――それはバレッタの敗北を意味する。
それは何故か。
何故なら、バレッタが全力で戦った場合、その最大交戦回数は、たった“二回”だけだからである。
それ相応の敵と戦う場合、手持ちの弾薬が耐えうる限界が二回なのである。
そして、全てを消費しつくした時、バレッタには対抗手段がなくなる。
浮遊大陸アルビオン。
そこに到着したとしても、地理に明るくないバレッタは後手に回るしかない。
しかも、陣中に潜り込むとなれば、目的を果たしたしても、
脱出経路を確保できるかどうかも危うい。
それは、坂道を転げ落ちるかのように、
先に進めば進むほど事態が悪化しているようであった。
まるで好転しない状況に辟易しながらも、
決してバレッタは『諦め』ついて考えていなかった。
諦めは許さない。なにより自分自身がそれを許さない。
闇夜を裂くように力強く進む船の上に、風が吹き付けていた。
バレッタの真っ赤なずきんが風で靡き、脱げそうになる。
ずきんを手で押さえつける。
心地いいはずのその風が、バレッタには、気分悪く思えた。
まるでその風が、ルイズの隣にいる男から吹いて来ているかのような気がするのだった。
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