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「ラスボスだった使い魔-34」(2009/09/22 (火) 06:16:31) の最新版変更点
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#navi(ラスボスだった使い魔)
「ふぁ……」
朝の光を浴びながら、ルイズは目覚めた。
例の夢は見ていない。
まあ、いつもいつも見ているわけではないし、『見たからどうした』とか『見なかったからどうした』というわけでもないから、別に気にすることでもないのだが。
「……ぅにゃ」
今日はシュウに会いにアルビオンに行ったユーゼスが帰ってくる日である。
明日には二人でヴァリエール領に向かう予定だ。
帰ったら、父さまに色々と相談をして、久し振りに家族一緒に食事でも取って、ちい姉さまとたくさんお話をして……と、色々やりたいことは多い。
「でも……」
しかし、物凄く当たり前の話だが。
実家に帰った場合には、朝の決まった時間に召使いが自分の部屋にやって来て、規則正しい起床を促すはずである。
厳格な父や母は、余程のことがない限りは『二度寝』などという暴挙を許しはすまい。
……それはつまり、今日が全力でダラダラ出来る最後の日だと言うことだ。
よって、ルイズはその与えられたチャンスを最大限に生かす決意を固め……。
「…………おやすみなさい」
今ここに、断固たる二度寝を決行した。
「………………ぐぅ………………」
くぅくぅすやすや、と眠りこけるルイズ。
その可愛らしい寝顔だけを見れば、普段の気難しさや短気さや怒りっぽさなどを想像するのは少々困難だろう。
「………………すぅ………………」
ルイズの判断では、今はしばしの間ではあるが惰眠を謳歌する時なのである。
どうせ実家に帰ったら母あたりから色々と小言とか説教とかを言われるのだから、せめて今くらいはいいじゃないか。
「………………むにゃ………………」
だが。
その安眠は、突然の来訪者によってアッサリと崩壊させられてしまう。
ダダダダ……ガチャッ!
「ルイズっ! ユーゼスはどこにいるの!!?」
「ふ、ふぇっ!?」
いきなり現れたエレオノールに騒々しく自室のドアを開け放たれ、怒鳴りつけられるルイズ。
寝ぼけた頭にけたたましい長姉の叫び声は、結構キツいものがある。
しかし幼少の頃からエレオノールに叱られ続けて、彼女に対してはすっかり頭が上がらなくなったルイズは条件反射的にその問いに答えてしまった。
「え、えっと、今はアルビオンにいますけど……」
「アルビオン!? どうしてよ!!?」
「ミスタ・シラカワに会いに……」
そのルイズの言葉を聞いて、エレオノールは『タイミングの悪い……』などと言いながら小さく舌打ちする。
「……それで、いつ帰って来るの?」
「いつって……今日中には帰って来ることになってますけど」
「具体的な時間は?」
「さあ? 午前中かも知れませんし、夕方かも知れませんし、もしかしたら真夜中になるのかも……」
「ああもう、こんな時にっ!!」
露骨に苛立った様子で、靴のカカト部分をカンカンカン、と床に打ち付け始めるエレオノール。
(?)
ルイズとしては正直、ワケが分からない。
時計を見てみれば、現在時刻は午前九時を少し過ぎたあたり。
ハッキリ言って『朝』である。
今までにエレオノールが魔法学院に来ることは何度かあったが、こんな時間に来たことは一度だってなかったはずだ。
しかも、この慌てた……いや、焦った様子は何だろうか?
どうやら自分の使い魔に関係しているらしいが……。
(ケンカでもしたのかしら?)
そんな考えが少し頭をよぎるが、ケンカしたら普通は『顔も見たくない』とか『謝らなくちゃいけない』などという態度を取るはずだ。
少なくとも、こんな『とにかく一刻も早く会って話を聞きたい』などという態度は取らないだろう。
(……?)
何だかよく分からない今のエレオノールだが、一つだけ分かっていることがある。
今のこの姉の様子は、どうやら自分の使い魔に原因があるらしいということだ。
なので、そのあたりを詳しく聞いてみることにする。
「……ユ、ユーゼスがどうしたんですか、姉さま?」
「どうしたもこうしたも……」
イライラした……と言うよりもどこか切羽詰まったような印象を受ける口調でエレオノールは『その理由』を語ろうとする。
だが、何かに気付いたようにハッと口をつぐむと、また慌てたように言葉を選び始めた。
「……その、昨日ユーゼスから送られてきたレポートに、少し納得の行かない部分があったのよ。疑問がある部分をそのままにしておくのも気持ちが悪いから、すぐに説明してもらおうと思って急いで来たの」
「はあ」
取りあえず相槌は打ったが、逆に質問したこっちの方が疑問を抱く回答である。
(エレオノール姉さまって、こんなに完璧主義者だったかしら……?)
長姉の気が短いのは知っているが、いくら『少しばかり』納得が行かないからと言って、ここまで急いで説明を求めるほど常にカリカリしている人間でもなかったはずだ。
自分も決して気が長い方とは言えないが、少なくとも今のエレオノールよりは精神的な余裕を持っている自信がある。
「まあ、今日中には帰って来ると思いますから、ゆっくり待てばいいんじゃないですか?」
差し当たって落ち着くことが大事だと思ったルイズは、エレオノールに余裕を持つように促すが……。
「それじゃ遅いわ!」
「っ……」
ビシリと強い口調で言い返されてしまい、思わず怯んでしまう。
そんなルイズの様子に気付いたのか、エレオノールは少し慌てて取り繕うように言った。
「あ……ごめんなさい、出来れば早目に説明を聞きたかったから、ついあなたに当たっちゃったわね」
「い、いえ……」
これもまた相槌を返すルイズ。
しかし今度の相槌に込められているのは『疑問』ではなく、『驚愕』であった。
(……あの姉さまが、わたしに対して素直に『ごめんなさい』って言うなんて……)
一体エレオノールが抱いている『納得の行かない部分』や『疑問がある部分』というのは、どんなものなのだろう。
どうせ専門的で自分には理解の出来ない分野の話なのだろうが、ここまで姉が普段と違う様子を見せているほどなのだから、おそらく物凄い問題点なのだろうが……。
(どうせ、わたしに理解は出来ないだろうし、そもそも関係ないだろうし)
何なのか知らないが、所詮これは『姉の問題』である。
『自分の問題』ではない。
まあ頑張ってください、と心の中でささやかなエールを送りつつ、ルイズは姉に退室を願おうとして……。
「仕方ないわね……。……それじゃあ、私たちで先にラ・ヴァリエールに戻るわよ、ルイズ」
「ええ!?」
明日に帰省する予定が、いきなり今日これから帰省することになってしまい、仰天するのだった。
その日の夕刻を過ぎた頃。
ユーゼス・ゴッツォは、比較的ではあるが上機嫌で魔法学院に帰ってきた。
……シュウ・シラカワとの『情報の交換』は予想以上に上手く進み、そのおかげで様々な情報や思いがけない『土産』を得ることが出来たのだ。
アインスト、地上とラ・ギアス、エンドレス・フロンティア(これについては概要だけだが)、そして自分以外のユーゼス・ゴッツォについてなど、有益な情報は多い。
代わりにこちらも光の巨人やクロスゲート・パラダイム・システムの詳しい情報などを提供することになったが、それはギブアンドテイクという物である。
そして何より、シュウ・シラカワもまた『使い魔』として召喚されていたという事実。
これは自分がこのハルケギニアに召喚された理由を探る、大きなヒントになり得る。
(まあ、慌てて考える必要もないのだが……)
ユーゼスがシュウから情報を得たのは、別に『積極的にアインストに対処しよう』とか『ハルケギニアに危機が迫っているのならば救おう』などという殊勝な考えからではない。
ただ単に、自分に騒動が振りかかる可能性を事前に把握しておきたかっただけである。
また仮に対処するとしても、『慌てたり焦ったりするとロクなことにはならない』というのは今までの様々な自分の経験から得た教訓でもあった。
ここは『ゆっくりやっていく』という初志を貫徹し、一歩ずつ着実に進めていくべきだ。
(……思えば、私のこれまでの人生は焦り過ぎていたような気もするからな)
とにかく焦って結果ばかりをひたすらに求め続け、そして行き着いた先がこの有様である。
大気浄化に専心していた頃も、仮面を被り続けていた頃も、どちらも色々な意味で若かった……と言ってしまえばそれまでだが、共通しているのは『精神的な余裕がなかった』という点に尽きる。
言い換えれば『余裕をなくすほど物事に打ち込んでいた』とも表現が出来るが、今の自分にはそんな『人生を懸けるほど打ち込むべき物』などは存在していないので、それほど余裕をなくすこともないだろう。
さしたる目的もなく。
それなりに自分が興味のある研究に打ち込んで。
御主人様の世話を適度にこなし。
散発的に起こる事件を解決しながら。
このハルケギニアで生きていく。
(理想的な人生だ……)
やはり人間、平穏無事が一番である。
大冒険とか波乱万丈とか存在の超越とかを求めている人間は、そちらで勝手に冒険でも何でもやってもらいたい。ただし可能な限りこちらを巻き込まずに。
「うむ」
自分のハルケギニアにおけるスタンスを再確認しつつ、ユーゼスはルイズの部屋のドアを開ける。
『自分の立ち位置』や『様々な存在がハルケギニアに与える影響』なども確かに大事だが、自分にとって『御主人様の世話』は一応、この世界に召喚された目的なのである。
これをあまり、おろそかにするわけにはいかないのだ。
「御主人様、戻ったぞ」
そしてユーゼスは期間の挨拶を、その主人たる少女に告げ……。
「む?」
……告げようとして、部屋の中に誰もいないことに気付いた。
「……? 早めの夕食でも取りに行ったのか」
しかし、それにしては部屋が片付きすぎている。
いちいち食事に出向くくらいで整理整頓を行うなど、そんな人間はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールには有り得ない。
自分の主人ならば、移動範囲が学院内に限定されている場合はもっと部屋が雑然としている……と言うか、散らかっているはずなのだ。
そしてその散らかっている部屋を片付けるのは自分の仕事なのだが、この際それは良いとして。
とにかく、ルイズの怠け具合を甘く見てはいけない。
「……………」
三日間も留守にしていたのだから、あるいはかなり混沌とした状況になっているのではないか……などと考えていたユーゼスとしては手間が省けて良かったと思う反面、妙な訝しさも覚えていた。
あの御主人様が、自発的に部屋の片付けを?
有り得ない。
そんな真面目で几帳面で細かい人間であれば、自分の中にもう少し忠誠心や尊敬心らしき物が芽生えていなければおかしいではないか。
「もしや、何者かに連れ去られたのか……?」
主人の力である『虚無』の情報がどこかから漏れたか、単なる身代金目的か、緊迫状態が続いているトリステインとアルビオンの関係に一石を投じるつもりか、あるいは……。
思考を巡らせてみても、答えは出ない。
「とにかく、誰もいない部屋にいても始まらんな……」
まずは落ち着ける環境で考えよう、とすぐ隣にある自分の研究室に移動するユーゼス。
……と、そこには、
『この手紙を読み次第、すぐに全速力でラ・ヴァリエールの領地に向かいなさい。 エレオノール』
『よく分からないけどエレオノール姉さまがやたらと急ぐので、先に帰省してます。 ルイズ』
そんなことを書かれた二枚の紙が貼ってあった。
「?」
ユーゼスとしては、ワケが分からない。
主人が実家に帰省するのは確か明日だったはずなのに、それがどうしていきなり今日になったのだろうか。
何故エレオノールが一緒に帰省するのだろうか。
どうもこれを見る限り、エレオノールがルイズを引っ張って行ったようだが……。
「そこまで急ぐ理由は何だ?」
主人の部屋が片付いていたのはエレオノールが命じたからなのだろう。と言うか、あの御主人様が自分から部屋の片付けを行うなど、『エレオノールに言われたから』以外に考えられない。
だが、彼女が一刻を争って帰省する理由が分からない。
自分の知るエレオノールは、いきなり理由もなく突飛な行動に出たりする女性ではないのである。
「ふむ……」
まあ、彼女には彼女なりの理由があるのだろう。自分にはよく分からないが。
それでは理由の推察はこのくらいにして、自分も早くラ・ヴァリエールの領地とやらに向かうべきである。
しかし……。
「…………そのラ・ヴァリエールの領地というのは、どこにあるのだろうか」
その目的地に向かうに当たって、根本的な部分が抜けていた。
明けて翌日の朝。
プラーナコンバーターが発生させる粒子をトリステインの空に撒き散らしつつ、ユーゼスはジェットビートルを可能な限りの低速で飛行させている。
あの後で図書館に向かい、トリステインの地図を借りてラ・ヴァリエールの領地の大まかな位置は把握することは出来た。
……位置を把握することは出来たのだが、その時点で日は完全に暮れていた。
星明りや月明かり程度の光源で、地図と照らし合わせつつ、それなりのスピードで上空を飛んで移動するなど、そんな技術や経験をユーゼスは持ち合わせていない。
よって、出発を夜明け以降に延期したのだ。
「……………」
だがそれでも問題が無くなったわけではない。
確かにラ・ヴァリエールの領地の大まかな位置は把握した。
確かに太陽が出て、地図と照らし合わせやすくなった。
問題は。
「ハルケギニアの地図は随分とアバウトだな……」
描かれている地図の精度である。
測量技術が発達していないハルケギニアでは、地図にそこまでの正確さを求めることは出来ない。
目印か何かがあればそこを起点にすることも出来るのだが、そうそう都合よく目印があれば苦労はしない。
加えてこの地図を見るに、ラ・ヴァリエールは大き目の人口密集地ほどの広さがあるようなのだ。
おそらく領主の屋敷に向かえば良いのだろうが、こんな広い敷地の中から『アバウトな地図を指針に目測で屋敷を探せ』と言われても、どこにあるのか分かりはしない。
と言うか、このヴァリエールの領地にくっ付いている『フォンティーヌ領』というのは何なのだろうか。
自分の今いる位置がちょうどそのあたりを過ぎた所らしいのだが、やはり地図が分かりにくいので、どうも把握がしにくい。
「むう……」
こうなったら、最後の手段を使うしかないようである。
出来れば使いたくはなかったが、この際やむを得まい。
ユーゼスは意を決し、ビートルを森の中の開けた場所に着陸させ……。
「……誰かに聞きに行くか」
おそらく自分よりはこのラ・ヴァリエールの領地に詳しいであろう、領民に詳しい位置を教えてもらうことにした。
だが、いくら領民でも森のど真ん中に常時いるわけではない。
一度通りに出て、民家か何かを探さねばなるまい。
……クロスゲート・パラダイム・システムを使って、自分とエレオノールやルイズとの因果律を辿るなり何なりすればもっとスムーズに行けるのだが、そんな下らないことのためにわざわざ因果律を辿りたくはない。
それに自分の感覚と足で一歩ずつ進むのも、これはこれで悪くはないのである。
ほぼ手付かずの自然の中を、のんびりと歩く。
ハルケギニアの人間にしてみれば敬遠されがちなことではあるが、ユーゼスにしてみればかなり貴重な経験だ。
「……………」
意外と早く通りに出た。
出来ればもう少し森の中を散策していたかったが、まあこれは仕方があるまい。
さて、民家なり領民なりはどこにあるのか……と辺りを見回したところで、ユーゼスの視界の隅にあるものが飛び込んできた。
「アレは……」
気になったので近付いてみると、その姿が次第に明確になってくる。
「……鳥か」
翼に怪我をした鳥が道の端に横たわっている。
見たところ怪我はあまり大したことはなさそうだが、放っておけば飛べずにこのままここで死ぬだろう。
「……………」
ユーゼスは少しの間だけその場で怪我を負った鳥を眺め、そのまま通り過ぎていく。
酷かも知れないが、これも自然の摂理というものだ。
下手に人間が手を出しても、ためにはなるまい。
と、その時、
「……ちょっと、あなた!」
「む?」
まったく意識していなかった方向から、女性の声が響いてきた。
声のした方に視線を向ければ、そこには妙齢の女性が一人。
年の頃は20代半ば……あるいはもう少し若いくらいだろうか。
羽根のついたつばが大き目の帽子を被り、腰の細いドレスを上品に着込んでいる。
その服装からして、貴族のようだが……。
「……私が、何か?」
声をかけられた理由がよく分からないので、取りあえず用件を聞いてみることにする。
すると、少し強目の調子で返答が返って来た。
「『何か』、じゃありません! その怪我をしている鳥に気付かないのならともかく、気付いていてわざと通り過ぎるなんて酷いじゃないですか! てっきり助けるのかと思ったのに!」
そんなことをユーゼスに言いつつ、女性は倒れた鳥を優しく両手ですくい上げる。
……帽子の下から見えるその表情を見るに、どうも本気であの鳥のことを心配しているらしい。
「……………」
あえてこの鳥を見捨てることを選んだユーゼスは、この女性に質問することにした。
「その鳥をどうなさるおつもりです?」
なお、口調が敬語なのは、この女性が『ある程度以上の社会的地位があり』、『ある程度以上、腹の内が読めず』、『ある程度以上、気を許せない』の三つの条件に合致しているためである。
「怪我を治して、その後でまた放してあげます」
女性はくるりとユーゼスの方を向いて、キッパリと言う。
予想通りの回答に、ユーゼスはごく軽い溜息を吐いた後で反論を開始した。
「……その鳥の怪我を治すことはともかくとして、また放すのは賛成しかねますが」
「あら、どうしてですか?」
ユーゼスとて過去に瀕死の重傷を負った際、ザラブ星人の気まぐれによって救われている。
よって怪我を治すこと自体は構わない。
だが……。
「危険や脅威が溢れている外に放り出すよりも、鳥かごの中にいた方が長く生きられるでしょう」
その怪我を治して外に放した結果、より深い傷を負ってしまうかも知れない。
今度も救われるとは限らないのである。
女性はそのユーゼスの言葉に頷き、しかし毅然とした態度で言葉を返してきた。
「……そうかも知れませんね。でも『生きている』ってことと『生かされている』ってことは、違うことなんじゃないでしょうか?」
ここで、ようやくユーゼスは真正面から女性の顔を見た。
(……御主人様に似ているな)
帽子から覗く髪の色は桃色がかったブロンド、瞳の色は鳶色。
ルイズから気の短さと癇癪と無駄なプライドを取り払って、落ち着きと穏やかさと無垢さ……ついでに年齢と少々の肉付きをプラスすればこのような感じになるのでは、という感じの女性である。
(親戚か何かだろうか)
血がある程度繋がっているのであれば、外見的特徴が似ても何ら不思議ではない。
しかしエレオノールにはあまり似ていないことから考えるに、直接の姉妹などではないと思われる。
(……どうでもいいな)
今はそんな考察よりも会話である。
「その鳥にとって、ここはようやく辿り着いた安息の地かも知れませんよ? あなたはそれを強制的に追い出すと言うのですか?」
少々嫌味な言い方ではあるが、ある意味では真実だ。
……ユーゼスが元いた世界では、銀河連邦警察という組織が『地球圏』という巨大な牢獄を用意して、犯罪者たちをそこに封印しようとしていた。
そして閉じ込められた犯罪者たちのリーダーは、そこを『安息の地』と呼んだのだ。
追い立てられ、追い詰められた末に、ようやく辿り着いた場所をそう呼ぶ気持ちは……ユーゼスにも、分からなくはない。
もっとも、この地が彼にとって安息をもたらすかどうかは不明だが……。
「……それでも……」
女性は、両手の中にある鳥を眺めながら語り始める。
「…………それでも、外の世界を自由に羽ばたける翼があるのなら、羽ばたいていくべきではなくて?」
「羽ばたいた先には、苦難や困難が待ち受けているかも知れない」
「それを乗り越えられない、なんて私たちが決めることでもないでしょう?」
「また傷付き、倒れ……最悪の場合は死ぬかも知れない」
「それは、この子を信じてあげるしかないんじゃないかしら」
「もし、また戻って来てしまったら?」
「その時は……迎えてあげます」
ユーゼスと女性の視線が交錯する。
……どうもこの女性は、『自由』とか『解放』とかいう言葉にこだわりがあるようだが……まあ、ユーゼスとしてもその意見にあれこれと口出しをする気はない。
「見解の相違ですね」
「ええ。分かり合えないみたいです、私たち」
そう言いながらも、女性は薄く微笑みを浮かべている。
どうやら今のやり取りが少し面白かったらしいが、一体何が面白かったと言うのだろうか。
(苦手なタイプだ……)
このような掴みどころのない人間が、一番やりにくい。
だが女性の方はユーゼスと同じようには思っていないようで、親しげに話しかけてきた。
「……そう言えば、あなたはどうしてこんな場所にいるんです? ここは領民の方の家もなければ農地もない、あるのは森だけですよ」
「ああ、少々道に迷ってしまいまして」
そうしてユーゼスは、自分がラ・ヴァリエールの屋敷に向かっていることを話した。
すると女性は『まあ』と驚いたような声を上げ、続いて嬉しそうな表情になり、更にユーゼスの手を引いて自分が乗って来た馬車に連れ込もうとする。
「? いえ、私は道を教えてくれればそれで……」
「うふふ、私もちょうどその屋敷に向かうところなんです。せっかくだから一緒に行った方が良いでしょう?」
「貴族の方と同じ馬車に乗るわけにも……」
「どうせなら一緒の方が楽しいじゃないですか」
「……………」
女性の押しの強さに少々戸惑いながらも、半ば押し切られる形でユーゼスは大き目の馬車に乗り込んだ。
「む……」
その馬車の中に入ると、虎や熊や犬や猫や蛇などの様々な動物が、それぞれのんびりと過ごしている光景が目に飛び込んでくる。
まるでちょっとした動物園だ。
「あら、驚きました?」
「……ええ」
そんな馬車の先客たちに若干気圧されつつも、ユーゼスは空いているスペースに腰掛け、女性もまたユーゼスの向かい側に座る。
女性は再び会話をしようとして……そこで、何かに気付いたようにポン、と手を打った。
「そう言えば私、あなたのお名前をうかがってませんでしたわ」
「私もあなたの名前を聞いた覚えはありませんね」
お互いに自己紹介をしていないことに、ようやく気付く二人。
そして女性は、笑みを浮かべながら自分の名前を語る。
「私はカトレア。カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌです」
主人たちと名字が違うことから、やはり親戚か何かか……と当たりを付けるユーゼス。
ともあれ、このカトレアという女性がエレオノールたちと何親等の親戚だろうと、別に問題はあるまい。
取りあえず、自分もカトレアにならって自分の名前を告げた。
「……ユーゼス・ゴッツォと申します。以後お見知りおきを、ミス・フォンティーヌ」
「はい、よろしくお願いしますね」
見れば、女性はニコニコしながらこちらに視線を向けている。
恐らくではあるが、もっと自分と話をしたいようだ。
別にユーゼスもカトレアと話をしたくないというわけではないのだが、そんなに進んで会話を行う人間ではないことは自分が一番よく分かっている。
しかし、それにしても……。
(……どうにも、やりにくい女だな)
それがユーゼス・ゴッツォの、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌに対する第一印象だった。
その後、ユーゼスはカトレアに自分のことを根掘り葉掘り質問された。
年齢はいくつか、出身はどこか、普段は何をやっているのか、どのような用件でラ・ヴァリエールに来たのか……とにかく根掘り葉掘りである。
ユーゼスも律儀にそれらの質問に一つ一つ答えていったのだが、そうしている内にカトレアの表情が少しずつではあるが不機嫌になってきたことに気付いた。
(……私は何か不味いことを言っただろうか)
しかし聞かれたことに答えただけで不機嫌になられても、などと少し困惑していると……。
「…………何だか私ばっかり質問してて、あなたからの質問がないんですけど」
カトレアは少し拗ねたような表情で、そんなことを言い出した。
「……………」
だがユーゼスがカトレアについて知りたいことなど、少なくとも今の時点では無いのだから仕方がない。
強いて言うならエレオノールやルイズとはどのような関係なのかを知りたかったが、逆に言うとそれくらいしか『知りたいこと』がない。
(どうしたものか……)
人付き合いが苦手なユーゼスとしては、なかなかに困難な問題である。
と、そうしてユーゼスが頭を悩ませていると、不意にカトレアが窓の外の景色を見て声を上げた。
「あら? あの馬車は……」
「馬車?」
その声につられてユーゼスも外を見ると、確かに窓から見える旅籠(旅人の休憩所のような物)の傍には、一台の馬車が停まっていた。
しかもユーゼスにとっては見覚えのあることに、その馬車は魔法学院のものである。
「……………」
ラ・ヴァリエールの領地の中で、魔法学院の関係者……となると、ユーゼスには一人か二人しか心当たりがない。
相変わらずの因果の導きに内心で苦笑するユーゼスだったが、そうしている内にカトレアは従者に命じて自分の馬車を停めさせ、いそいそと旅籠に向かっていく。
「少し待っていてくださいね、ユーゼスさん。あの馬車がどなたのものかは分かりませんけど、せっかくですから少し挨拶をしてきます」
「……ええ。私も特に急いでいるわけではありませんので、ごゆっくり」
そしてそのまま待つことしばし。
再び馬車の扉が開き、カトレアは戻って来た。
…………ユーゼスの予想通りの人間を、二人ばかり引き連れて。
「こちらはユーゼス・ゴッツォさん。お屋敷に向かってる途中で行き会ったんだけど、この方もヴァリエールのお屋敷に用があるらしいからご一緒することにしたの」
「……………」
「……………」
カトレアに引き連れられてきた金髪眼鏡の女性と桃髪の少女は、『何故こいつがここに』と言わんばかりの視線をユーゼスに向ける。
そんな二人の様子に気付いているのかいないのか、カトレアは続いて『ユーゼスと初対面だと思われる』二人を紹介し始めた。
「ご紹介しますね、ユーゼスさん。私の姉のエレオノールと、妹のルイズです」
「……む?」
ユーゼスにとっては今更紹介されるまでもなく見知った顔だったのでその紹介を聞き流そうとしていたが、カトレアの言葉の中には少し聞き捨てならない単語が含まれていた。
「姉と妹?」
「ええ。妹はそろそろ帰省すると聞いていましたので、運が良ければ紹介が出来ると思ってましたが……嬉しい誤算でしたわ」
「……………」
どうにも納得の出来ない事象を目の当たりにしてしまい、思わずカトレアとエレオノールとルイズを見比べる。
ユーゼスはジロジロと三姉妹の顔つき、身体つき、雰囲気などをよく観察し……。
「……極端な姉妹だな」
「「どういう意味よっ!!?」」
それによって導き出された結論を口に出したら、長女と三女に睨まれてしまった。
「で、昨日の夕方に学院に帰って来て、今日の朝に出発した、と……」
「そうだ」
「ビートルはどうしたのよ?」
「フォンティーヌ領の森の中だ。……取りに戻っても良いが、急ぐのであれば後日に回すことをお勧めする」
「って言うか、どうしてアンタがちい姉さまと一緒にいるの?」
「ミス・フォンティーヌとは……成り行きだ」
「……その言い方は、何だか誤解を招くんだけど」
カトレアの質問攻めの次は、エレオノールとルイズの質問攻めに晒されるユーゼス。
しかしこの二人の相手ならば慣れた物なので、カトレアとのやり取りに比べればかなりスムーズに受け答えをしている。
「む?」
そして一通り話し終えたところで、ユーゼスはエレオノールに対して違和感を二つ覚えた。
一つは、妙に表情が強張っている……と言うか『聞きたいことがあるが聞けない』ような顔をしていること。
どうやらルイズやカトレアが周りにいる状況では聞きにくいことでもあるらしく、もどかしそうにしている。……まあ、これは後でも受け答えは出来るだろうから、どうしても気にするほどでもあるまい。
問題は二つ目だ。
「……エレオノール、少し動くな」
「え?」
そう言うや否やユーゼスはエレオノールに接近し、右手で彼女のアゴをくいっと上向かせる。
「え、ええ……!?」
「まあ」
「ちょ、ちょっと、ユーゼス!?」
三者三様に驚くヴァリエール姉妹に構わず、ユーゼスは脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させてエレオノールに絡みつく因果律を調べ始める。
(これは、思念波か催眠誘導波……いや、思考の侵食……とにかく精神操作の類か?)
感じた二つ目の違和感とは、これだった。
エレオノールが何らかの精神的な干渉を受けているのである。
「……ふむ」
「ちょ、ちょっと、ユ、ユユ、ユーゼス、そんな、いきなり、カトレアやルイズの見てる前で……!」
(これは……シュウ・シラカワからサンプルとして貰った『ミルトカイル石』に接触した時と同じ症状か?)
シュウと行った三日間に渡る『情報の交換』から得た知識や、いくつか貰った『土産』の内の二つである『赤い鉱石』と『青い鉱石』を思い出すユーゼス。
ミルトカイル―――アインストと同じ材質で出来ているハルケギニアに存在しないはずの物質は、限りなく鉱物に近い存在でありながら『生きて』いるという、奇妙な性質を持っている。
その硬度はなかなか高く、シュウの分析では『ハルケギニアの技術ではこれを破砕することは不可能』であるらしい。
また特筆すべきは、『これに接触した人間をアインストの思念の影響下に置く』という点である。
もっとも行動を強制するのではなく、それが自然であると認識させる催眠術に近いものらしいが……。
「……………」
ユーゼスはエレオノールの顔を至近距離から見る。
……まさかとは思うが、エレオノールがミルトカイル石に接触でもしたのだろうか。
何でもアレは純度の高い物になると、あのシュウ・シラカワですら少しばかり気が遠くなるほどの効果があるらしい。
今は大して影響はないだろうが、このまま放置すれば厄介なことになりかねない。
取りあえず、エレオノールに確認を取ってみる。
「エレオノール、最近何かと接触したか?」
「せ、接触!?」
何か外面的な変化はないものか、とより注意深くエレオノールの顔を観察しつつ、その詳細な原因を探るユーゼス。
しかしエレオノールは顔を真っ赤にしながら『あうあう』と困惑しているばかりで、どうにも要領を得ない。
(明らかに様子がおかしい……)
やはり精神への影響を受けつつあるようだ。
まだ原因がミルトカイル石によるものだと断定は出来ないが、しかし……。
(……やむを得んか)
クロスゲート・パラダイム・システムを使い、因果律の操作を開始する。
対象はエレオノール。
効果は、以前にルイズが惚れ薬を飲んだ時に使おうかとも考えた物……『外部から精神的な影響を与える事象についての、対象への一切の遮断』。
―――完了。
と、因果律を操作し終わってから重大なことに気付く。
(…………これはハルケギニアへの干渉にならないだろうか?)
つい昨日に『平穏無事が一番』とか考えていたはずなのに、その平穏を破りかねない行動を自分からやってしまってどうするのだ。
と言うか、ルイズが精神操作された時には何もしなかったのに、何故自分はエレオノールに対して突発的にこんなことをしてしまったのだろう?
もしやほぼゼロにまで無力化したはずのガンダールヴのルーンによる精神干渉が、この時になって活性化でも始めたのだろうか。
……いや、それならば対象はエレオノールではなくルイズになるはず。
ならば何が原因だと言うのだろう。
(……分からない……)
人間は自分のことが一番分からないものである、ということは経験として知ってはいるが、まさかそれをまた味わうことになるとは思わなかった。
まあやってしまったことは仕方がないので、これは今後の反省としておこう。
……とにかく、いつまでもエレオノールのアゴを掴んでいるわけにもいかない。
ユーゼスは右手をエレオノールから放すと、自分が元いた席に戻って行った。
「あ……あれ?」
だがエレオノールは何かに納得が行かないようで、しきりに先程までユーゼスに掴まれていたアゴを撫でさすったり、ユーゼスに視線を向けたりしている。
「どうした、エレオノール」
「ど、どうしたって……えーと。い、今の行為は何なのかしら?」
「……少し気になることがあったのだが、気のせいだった。特に深い意味はない」
まさか『お前の精神が何かに侵食されかかっていた』などと言えるはずもなく、適当な言葉でお茶を濁そうとするユーゼス。
しかし。
「ふ、ふぅん……。あなたは特に深い意味もなく、女性の顔を手で掴んだり、その後でジッと意味ありげに見つめたりするんだ……」
「こ、こ、この使い魔は、どうしてたまにこんな突飛な行動をするのかしら……」
エレオノールは物凄い表情でこちらを睨み、それに追随するようにルイズの表情がピクピクと痙攣していた。
どうやら、お茶は濁らなかったようである。
「待て、二人とも。別に何かをしたわけでもないのだから、問題はないのでは―――」
「……一度死んで! 生まれ変わって!! もう一度死んでやり直しなさぁぁぁああああああい!!!」
「こぉの、朴念仁!! 研究オタク!! バカ白衣ぃぃぃいいいいいいいいい!!!」
「ぐごぉっ!!?」
『やはり極端な姉妹だな』などと感想を抱きながら、ヴァリエールの長女と三女に蹴り飛ばされ、馬車の扉を突き破って外に放り出されるユーゼス。
……ちなみに彼は、本人主観でもう二度ほど死んでいる。
10分ほど後。
ユーゼスは自分を放って進み続ける馬車をガンダールヴのルーンまで発動させて追いかけ、かつて快傑ズバットが使っていた鞭を馬車の一部に巻きつかせ、しばらく引きずられながらもどうにかして馬車の中に戻ることに成功した。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……。……お、お前たちは、ゼェ、何故、時たま、ゼェ、理不尽な、ゼェ、懲罰を行うのだ……」
「……自分の胸に聞いてみなさい」
ボロボロかつ体力を消耗し尽くしているユーゼスに向かって、エレオノールは冷ややかに言い放つ。
しかしさすがに見かねたのか、カトレアがそんなエレオノールをたしなめた。
「まあ、エレオノール姉さま。男性をそう邪険に扱うものではありませんわ」
「いいのよ、コイツに対してはこのくらいで」
横を見れば、ルイズもまたエレオノールと同じようにツンとしている……のだが、その目には単純な『ユーゼスの行為に対する怒り』だけではなく、なぜか『エレオノールに対する羨ましさ』のようなものも含まれていた。
「?」
そんな妹の様子に首を傾げるカトレアだが、とにかくボロボロな彼を介抱しなければ、とユーゼスに歩み寄る。
「ほらユーゼスさん、白衣に付いた土だけでもはらわないと……」
「……ありがとうございます」
手早くユーゼスの白衣を脱がせて、こびり付いた土をパッパッとはらうカトレア。
そして軽く白衣の土を落とし終えた時点で、彼女は一つの質問をぶつけてきた。
「あの、聞きたいんですけど」
「……何か?」
「あなたはエレオノール姉さまの恋人なんですか?」
瞬間。
色々な意味で、馬車の中の時間が止まった。
「?」
ユーゼスはそもそも『恋人』というものが何なのかよく分からないので、困惑し。
「な……!」
ルイズはいきなりとんでもないことを言い出した次姉を『信じられない』という目で凝視し。
「…………っ!!」
エレオノールはまた見る見る内に顔を紅潮させていく。
やがて三人は、それぞれ同時に同じ意味の言葉を発した。
「……何のことなのかよく分かりませんが、おそらく違います」
「違うわ! そんなわけないじゃない!」
「ち、違うわよ!! わ、私とユーゼスは、その、恋人……なんて、そんなのじゃ、ないんだからっ!!」
各人ニュアンスに若干の差があるような気もするが、とにかく質問された当人も含めた三人が揃って否定しているので、カトレアもそれで納得する。
「あら、そうなんですか? エレオノール姉さまと対等にお話ししたり、おもむろに近付いたりする男性なんて初めて見たから、間違えちゃったわね」
うふふ、と笑みを浮かべるカトレア。
その直後に彼女は、自分以外には少々聞き取りにくい声で呟いた。
「……そっか。彼は姉さまの恋人じゃないのね」
「何か言った、カトレア?」
「いえ、少し独り言を」
「……?」
エレオノールの質問をはぐらかしつつ、カトレアはポンと手を打って話題を転換する。
「それより私、ルイズや姉さまからお話を聞きたいわ。ユーゼスさんにも色々聞いてみたけど、この方ったら私が聞いたこと以外には何も喋ろうとしないんですもの」
「またアンタは……。ちい姉さま相手にもそんな態度を取ってるの!?」
そしてルイズとカトレアは、ユーゼスへの日頃の不満、日常に起こったこと、つい先ほど拾ったつぐみ、学院の同級生についてなど、様々な話題で盛り上がりながら楽しそうなお喋りを始めた。
「はぁ……。相変わらずね、この二人は」
そんな二人を見て溜息をつくエレオノール。
どうやらこの姉妹にとっては、これは割と日常的に繰り広げられる光景のようだ。
「……………」
兄弟姉妹どころか『家族』という存在そのものの記憶すらほぼ完全に消えてしまっているユーゼスにとっては、実感のしにくいものではあったが……主人とカトレアは楽しそうだし、エレオノールも呆れてはいるが嫌という訳ではないらしい。
ならば、これはこれで良いことなのだろう。
(……ヴァリエールの姉妹か)
自分の主人である気の強い三女、どうにも掴みどころのない次女、そして理由は不明だが自分が時たま意識してしまう長女。
(何度考えても極端な面々だな……)
ともあれ、そんな極端な姉妹と、かつて全てを超越しようとした存在、そして多くの動物たちを乗せた馬車は、ラ・ヴァリエールの屋敷へと向かっていった。
#navi(ラスボスだった使い魔)
#navi(ラスボスだった使い魔)
「ふぁ……」
朝の光を浴びながら、ルイズは目覚めた。
例の夢は見ていない。
まあ、いつもいつも見ているわけではないし、『見たからどうした』とか『見なかったからどうした』というわけでもないから、別に気にすることでもないのだが。
「……ぅにゃ」
今日はシュウに会いにアルビオンに行ったユーゼスが帰ってくる日である。
明日には二人でヴァリエール領に向かう予定だ。
帰ったら、父さまに色々と相談をして、久し振りに家族一緒に食事でも取って、ちい姉さまとたくさんお話をして……と、色々やりたいことは多い。
「でも……」
しかし、物凄く当たり前の話だが。
実家に帰った場合には、朝の決まった時間に召使いが自分の部屋にやって来て、規則正しい起床を促すはずである。
厳格な父や母は、余程のことがない限りは『二度寝』などという暴挙を許しはすまい。
……それはつまり、今日が全力でダラダラ出来る最後の日だと言うことだ。
よって、ルイズはその与えられたチャンスを最大限に生かす決意を固め……。
「…………おやすみなさい」
今ここに、断固たる二度寝を決行した。
「………………ぐぅ………………」
くぅくぅすやすや、と眠りこけるルイズ。
その可愛らしい寝顔だけを見れば、普段の気難しさや短気さや怒りっぽさなどを想像するのは少々困難だろう。
「………………すぅ………………」
ルイズの判断では、今はしばしの間ではあるが惰眠を謳歌する時なのである。
どうせ実家に帰ったら母あたりから色々と小言とか説教とかを言われるのだから、せめて今くらいはいいじゃないか。
「………………むにゃ………………」
だが。
その安眠は、突然の来訪者によってアッサリと崩壊させられてしまう。
ダダダダ……ガチャッ!
「ルイズっ! ユーゼスはどこにいるの!!?」
「ふ、ふぇっ!?」
いきなり現れたエレオノールに騒々しく自室のドアを開け放たれ、怒鳴りつけられるルイズ。
寝ぼけた頭にけたたましい長姉の叫び声は、結構キツいものがある。
しかし幼少の頃からエレオノールに叱られ続けて、彼女に対してはすっかり頭が上がらなくなったルイズは条件反射的にその問いに答えてしまった。
「え、えっと、今はアルビオンにいますけど……」
「アルビオン!? どうしてよ!!?」
「ミスタ・シラカワに会いに……」
そのルイズの言葉を聞いて、エレオノールは『タイミングの悪い……』などと言いながら小さく舌打ちする。
「……それで、いつ帰って来るの?」
「いつって……今日中には帰って来ることになってますけど」
「具体的な時間は?」
「さあ? 午前中かも知れませんし、夕方かも知れませんし、もしかしたら真夜中になるのかも……」
「ああもう、こんな時にっ!!」
露骨に苛立った様子で、靴のカカト部分をカンカンカン、と床に打ち付け始めるエレオノール。
(?)
ルイズとしては正直、ワケが分からない。
時計を見てみれば、現在時刻は午前九時を少し過ぎたあたり。
ハッキリ言って『朝』である。
今までにエレオノールが魔法学院に来ることは何度かあったが、こんな時間に来たことは一度だってなかったはずだ。
しかも、この慌てた……いや、焦った様子は何だろうか?
どうやら自分の使い魔に関係しているらしいが……。
(ケンカでもしたのかしら?)
そんな考えが少し頭をよぎるが、ケンカしたら普通は『顔も見たくない』とか『謝らなくちゃいけない』などという態度を取るはずだ。
少なくとも、こんな『とにかく一刻も早く会って話を聞きたい』などという態度は取らないだろう。
(……?)
何だかよく分からない今のエレオノールだが、一つだけ分かっていることがある。
今のこの姉の様子は、どうやら自分の使い魔に原因があるらしいということだ。
なので、そのあたりを詳しく聞いてみることにする。
「……ユ、ユーゼスがどうしたんですか、姉さま?」
「どうしたもこうしたも……」
イライラした……と言うよりもどこか切羽詰まったような印象を受ける口調でエレオノールは『その理由』を語ろうとする。
だが、何かに気付いたようにハッと口をつぐむと、また慌てたように言葉を選び始めた。
「……その、昨日ユーゼスから送られてきたレポートに、少し納得の行かない部分があったのよ。疑問がある部分をそのままにしておくのも気持ちが悪いから、すぐに説明してもらおうと思って急いで来たの」
「はあ」
取りあえず相槌は打ったが、逆に質問したこっちの方が疑問を抱く回答である。
(エレオノール姉さまって、こんなに完璧主義者だったかしら……?)
長姉の気が短いのは知っているが、いくら『少しばかり』納得が行かないからと言って、ここまで急いで説明を求めるほど常にカリカリしている人間でもなかったはずだ。
自分も決して気が長い方とは言えないが、少なくとも今のエレオノールよりは精神的な余裕を持っている自信がある。
「まあ、今日中には帰って来ると思いますから、ゆっくり待てばいいんじゃないですか?」
差し当たって落ち着くことが大事だと思ったルイズは、エレオノールに余裕を持つように促すが……。
「それじゃ遅いわ!」
「っ……」
ビシリと強い口調で言い返されてしまい、思わず怯んでしまう。
そんなルイズの様子に気付いたのか、エレオノールは少し慌てて取り繕うように言った。
「あ……ごめんなさい、出来れば早目に説明を聞きたかったから、ついあなたに当たっちゃったわね」
「い、いえ……」
これもまた相槌を返すルイズ。
しかし今度の相槌に込められているのは『疑問』ではなく、『驚愕』であった。
(……あの姉さまが、わたしに対して素直に『ごめんなさい』って言うなんて……)
一体エレオノールが抱いている『納得の行かない部分』や『疑問がある部分』というのは、どんなものなのだろう。
どうせ専門的で自分には理解の出来ない分野の話なのだろうが、ここまで姉が普段と違う様子を見せているほどなのだから、おそらく物凄い問題点なのだろうが……。
(どうせ、わたしに理解は出来ないだろうし、そもそも関係ないだろうし)
何なのか知らないが、所詮これは『姉の問題』である。
『自分の問題』ではない。
まあ頑張ってください、と心の中でささやかなエールを送りつつ、ルイズは姉に退室を願おうとして……。
「仕方ないわね……。……それじゃあ、私たちで先にラ・ヴァリエールに戻るわよ、ルイズ」
「ええ!?」
明日に帰省する予定が、いきなり今日これから帰省することになってしまい、仰天するのだった。
その日の夕刻を過ぎた頃。
ユーゼス・ゴッツォは、比較的ではあるが上機嫌で魔法学院に帰ってきた。
……シュウ・シラカワとの『情報の交換』は予想以上に上手く進み、そのおかげで様々な情報や思いがけない『土産』を得ることが出来たのだ。
アインスト、地上とラ・ギアス、エンドレス・フロンティア(これについては概要だけだが)、そして自分以外のユーゼス・ゴッツォについてなど、有益な情報は多い。
代わりにこちらも光の巨人やクロスゲート・パラダイム・システムの詳しい情報などを提供することになったが、それはギブアンドテイクという物である。
そして何より、シュウ・シラカワもまた『使い魔』として召喚されていたという事実。
これは自分がこのハルケギニアに召喚された理由を探る、大きなヒントになり得る。
(まあ、慌てて考える必要もないのだが……)
ユーゼスがシュウから情報を得たのは、別に『積極的にアインストに対処しよう』とか『ハルケギニアに危機が迫っているのならば救おう』などという殊勝な考えからではない。
ただ単に、自分に騒動が振りかかる可能性を事前に把握しておきたかっただけである。
また仮に対処するとしても、『慌てたり焦ったりするとロクなことにはならない』というのは今までの様々な自分の経験から得た教訓でもあった。
ここは『ゆっくりやっていく』という初志を貫徹し、一歩ずつ着実に進めていくべきだ。
(……思えば、私のこれまでの人生は焦り過ぎていたような気もするからな)
とにかく焦って結果ばかりをひたすらに求め続け、そして行き着いた先がこの有様である。
大気浄化に専心していた頃も、仮面を被り続けていた頃も、どちらも色々な意味で若かった……と言ってしまえばそれまでだが、共通しているのは『精神的な余裕がなかった』という点に尽きる。
言い換えれば『余裕をなくすほど物事に打ち込んでいた』とも表現が出来るが、今の自分にはそんな『人生を懸けるほど打ち込むべき物』などは存在していないので、それほど余裕をなくすこともないだろう。
さしたる目的もなく。
それなりに自分が興味のある研究に打ち込んで。
御主人様の世話を適度にこなし。
散発的に起こる事件を解決しながら。
このハルケギニアで生きていく。
(理想的な人生だ……)
やはり人間、平穏無事が一番である。
大冒険とか波乱万丈とか存在の超越とかを求めている人間は、そちらで勝手に冒険でも何でもやってもらいたい。ただし可能な限りこちらを巻き込まずに。
「うむ」
自分のハルケギニアにおけるスタンスを再確認しつつ、ユーゼスはルイズの部屋のドアを開ける。
『自分の立ち位置』や『様々な存在がハルケギニアに与える影響』なども確かに大事だが、自分にとって『御主人様の世話』は一応、この世界に召喚された目的なのである。
これをあまり、おろそかにするわけにはいかないのだ。
「御主人様、戻ったぞ」
そしてユーゼスは期間の挨拶を、その主人たる少女に告げ……。
「む?」
……告げようとして、部屋の中に誰もいないことに気付いた。
「……? 早めの夕食でも取りに行ったのか」
しかし、それにしては部屋が片付きすぎている。
いちいち食事に出向くくらいで整理整頓を行うなど、そんな殊勝な行いはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールには有り得ない。
自分の主人ならば、移動範囲が学院内に限定されている場合はもっと部屋が雑然としている……と言うか、散らかっているはずなのだ。
そしてその散らかっている部屋を片付けるのは自分の仕事なのだが、この際それは良いとして。
とにかく、ルイズの怠け具合を甘く見てはいけない。
「……………」
三日間も留守にしていたのだから、あるいはかなり混沌とした状況になっているのではないか……などと考えていたユーゼスとしては手間が省けて良かったと思う反面、妙な訝しさも覚えていた。
あの御主人様が、自発的に部屋の片付けを?
有り得ない。
そんな真面目で几帳面で細かい人間であれば、自分の中にもう少し忠誠心や尊敬心らしき物が芽生えていなければおかしいではないか。
「もしや、何者かに連れ去られたのか……?」
主人の力である『虚無』の情報がどこかから漏れたか、単なる身代金目的か、緊迫状態が続いているトリステインとアルビオンの関係に一石を投じるつもりか、あるいは……。
思考を巡らせてみても、答えは出ない。
「とにかく、誰もいない部屋にいても始まらんな……」
まずは落ち着ける環境で考えよう、とすぐ隣にある自分の研究室に移動するユーゼス。
……と、そこには、
『この手紙を読み次第、すぐに全速力でラ・ヴァリエールの領地に向かいなさい。 エレオノール』
『よく分からないけどエレオノール姉さまがやたらと急ぐので、先に帰省してます。 ルイズ』
そんなことを書かれた二枚の紙が貼ってあった。
「?」
ユーゼスとしては、ワケが分からない。
主人が実家に帰省するのは確か明日だったはずなのに、それがどうしていきなり今日になったのだろうか。
何故エレオノールが一緒に帰省するのだろうか。
どうもこれを見る限り、エレオノールがルイズを引っ張って行ったようだが……。
「そこまで急ぐ理由は何だ?」
主人の部屋が片付いていたのはエレオノールが命じたからなのだろう。と言うか、あの御主人様が自分から部屋の片付けを行うなど、『エレオノールに言われたから』以外に考えられない。
だが、彼女が一刻を争って帰省する理由が分からない。
自分の知るエレオノールは、いきなり理由もなく突飛な行動に出たりする女性ではないのである。
「ふむ……」
まあ、彼女には彼女なりの理由があるのだろう。自分にはよく分からないが。
それでは理由の推察はこのくらいにして、自分も早くラ・ヴァリエールの領地とやらに向かうべきである。
しかし……。
「…………そのラ・ヴァリエールの領地というのは、どこにあるのだろうか」
その目的地に向かうに当たって、根本的な部分が抜けていた。
明けて翌日の朝。
プラーナコンバーターが発生させる粒子をトリステインの空に撒き散らしつつ、ユーゼスはジェットビートルを可能な限りの低速で飛行させている。
あの後で図書館に向かい、トリステインの地図を借りてラ・ヴァリエールの領地の大まかな位置は把握することは出来た。
……位置を把握することは出来たのだが、その時点で日は完全に暮れていた。
星明りや月明かり程度の光源で、地図と照らし合わせつつ、それなりのスピードで上空を飛んで移動するなど、そんな技術や経験をユーゼスは持ち合わせていない。
よって、出発を夜明け以降に延期したのだ。
「……………」
だがそれでも問題が無くなったわけではない。
確かにラ・ヴァリエールの領地の大まかな位置は把握した。
確かに太陽が出て、地図と照らし合わせやすくなった。
問題は。
「ハルケギニアの地図は随分とアバウトだな……」
描かれている地図の精度である。
測量技術が発達していないハルケギニアでは、地図にそこまでの正確さを求めることは出来ない。
目印か何かがあればそこを起点にすることも出来るのだが、そうそう都合よく目印があれば苦労はしない。
加えてこの地図を見るに、ラ・ヴァリエールは大き目の人口密集地ほどの広さがあるようなのだ。
おそらく領主の屋敷に向かえば良いのだろうが、こんな広い敷地の中から『アバウトな地図を指針に目測で屋敷を探せ』と言われても、どこにあるのか分かりはしない。
と言うか、このヴァリエールの領地にくっ付いている『フォンティーヌ領』というのは何なのだろうか。
自分の今いる位置がちょうどそのあたりを過ぎた所らしいのだが、やはり地図が分かりにくいので、どうも把握がしにくい。
「むう……」
こうなったら、最後の手段を使うしかないようである。
出来れば使いたくはなかったが、この際やむを得まい。
ユーゼスは意を決し、ビートルを森の中の開けた場所に着陸させ……。
「……誰かに聞きに行くか」
おそらく自分よりはこのラ・ヴァリエールの領地に詳しいであろう、領民に詳しい位置を教えてもらうことにした。
だが、いくら領民でも森のど真ん中に常時いるわけではない。
一度通りに出て、民家か何かを探さねばなるまい。
……クロスゲート・パラダイム・システムを使って、自分とエレオノールやルイズとの因果律を辿るなり何なりすればもっとスムーズに行けるのだが、そんな下らないことのためにわざわざ因果律を辿りたくはない。
それに自分の感覚と足で一歩ずつ進むのも、これはこれで悪くはないのである。
ほぼ手付かずの自然の中を、のんびりと歩く。
ハルケギニアの人間にしてみれば敬遠されがちなことではあるが、ユーゼスにしてみればかなり貴重な経験だ。
「……………」
意外と早く通りに出た。
出来ればもう少し森の中を散策していたかったが、まあこれは仕方があるまい。
さて、民家なり領民なりはどこにあるのか……と辺りを見回したところで、ユーゼスの視界の隅にあるものが飛び込んできた。
「アレは……」
気になったので近付いてみると、その姿が次第に明確になってくる。
「……鳥か」
翼に怪我をした鳥が道の端に横たわっている。
見たところ怪我はあまり大したことはなさそうだが、放っておけば飛べずにこのままここで死ぬだろう。
「……………」
ユーゼスは少しの間だけその場で怪我を負った鳥を眺め、そのまま通り過ぎていく。
酷かも知れないが、これも自然の摂理というものだ。
下手に人間が手を出しても、ためにはなるまい。
と、その時、
「……ちょっと、あなた!」
「む?」
まったく意識していなかった方向から、女性の声が響いてきた。
声のした方に視線を向ければ、そこには妙齢の女性が一人。
年の頃は20代半ば……あるいはもう少し若いくらいだろうか。
羽根のついたつばが大き目の帽子を被り、腰の細いドレスを上品に着込んでいる。
その服装からして、貴族のようだが……。
「……私が、何か?」
声をかけられた理由がよく分からないので、取りあえず用件を聞いてみることにする。
すると、少し強目の調子で返答が返って来た。
「『何か』、じゃありません! その怪我をしている鳥に気付かないのならともかく、気付いていてわざと通り過ぎるなんて酷いじゃないですか! てっきり助けるのかと思ったのに!」
そんなことをユーゼスに言いつつ、女性は倒れた鳥を優しく両手ですくい上げる。
……帽子の下から見えるその表情を見るに、どうも本気であの鳥のことを心配しているらしい。
「……………」
あえてこの鳥を見捨てることを選んだユーゼスは、この女性に質問することにした。
「その鳥をどうなさるおつもりです?」
なお、口調が敬語なのは、この女性が『ある程度以上の社会的地位があり』、『ある程度以上、腹の内が読めず』、『ある程度以上、気を許せない』の三つの条件に合致しているためである。
「怪我を治して、その後でまた放してあげます」
女性はくるりとユーゼスの方を向いて、キッパリと言う。
予想通りの回答に、ユーゼスはごく軽い溜息を吐いた後で反論を開始した。
「……その鳥の怪我を治すことはともかくとして、また放すのは賛成しかねますが」
「あら、どうしてですか?」
ユーゼスとて過去に瀕死の重傷を負った際、ザラブ星人の気まぐれによって救われている。
よって怪我を治すこと自体は構わない。
だが……。
「危険や脅威が溢れている外に放り出すよりも、鳥かごの中にいた方が長く生きられるでしょう」
その怪我を治して外に放した結果、より深い傷を負ってしまうかも知れない。
今度も救われるとは限らないのである。
女性はそのユーゼスの言葉に頷き、しかし毅然とした態度で言葉を返してきた。
「……そうかも知れませんね。でも『生きている』ってことと『生かされている』ってことは、違うことなんじゃないでしょうか?」
ここで、ようやくユーゼスは真正面から女性の顔を見た。
(……御主人様に似ているな)
帽子から覗く髪の色は桃色がかったブロンド、瞳の色は鳶色。
ルイズから気の短さと癇癪と無駄なプライドを取り払って、落ち着きと穏やかさと無垢さ……ついでに年齢と少々の肉付きをプラスすればこのような感じになるのでは、という感じの女性である。
(親戚か何かだろうか)
血がある程度繋がっているのであれば、外見的特徴が似ても何ら不思議ではない。
しかしエレオノールにはあまり似ていないことから考えるに、直接の姉妹などではないと思われる。
(……どうでもいいな)
今はそんな考察よりも会話である。
「その鳥にとって、ここはようやく辿り着いた安息の地かも知れませんよ? あなたはそれを強制的に追い出すと言うのですか?」
少々嫌味な言い方ではあるが、ある意味では真実だ。
……ユーゼスが元いた世界では、銀河連邦警察という組織が『地球圏』という巨大な牢獄を用意して、犯罪者たちをそこに封印しようとしていた。
そして閉じ込められた犯罪者たちのリーダーは、そこを『安息の地』と呼んだのだ。
追い立てられ、追い詰められた末に、ようやく辿り着いた場所をそう呼ぶ気持ちは……ユーゼスにも、分からなくはない。
もっとも、この地が彼にとって安息をもたらすかどうかは不明だが……。
「……それでも……」
女性は、両手の中にある鳥を眺めながら語り始める。
「…………それでも、外の世界を自由に羽ばたける翼があるのなら、羽ばたいていくべきではなくて?」
「羽ばたいた先には、苦難や困難が待ち受けているかも知れない」
「それを乗り越えられない、なんて私たちが決めることでもないでしょう?」
「また傷付き、倒れ……最悪の場合は死ぬかも知れない」
「それは、この子を信じてあげるしかないんじゃないかしら」
「もし、また戻って来てしまったら?」
「その時は……迎えてあげます」
ユーゼスと女性の視線が交錯する。
……どうもこの女性は、『自由』とか『解放』とかいう言葉にこだわりがあるようだが……まあ、ユーゼスとしてもその意見にあれこれと口出しをする気はない。
「見解の相違ですね」
「ええ。分かり合えないみたいです、私たち」
そう言いながらも、女性は薄く微笑みを浮かべている。
どうやら今のやり取りが少し面白かったらしいが、一体何が面白かったと言うのだろうか。
(苦手なタイプだ……)
このような掴みどころのない人間が、一番やりにくい。
だが女性の方はユーゼスと同じようには思っていないようで、親しげに話しかけてきた。
「……そう言えば、あなたはどうしてこんな場所にいるんです? ここは領民の方の家もなければ農地もない、あるのは森だけですよ」
「ああ、少々道に迷ってしまいまして」
そうしてユーゼスは、自分がラ・ヴァリエールの屋敷に向かっていることを話した。
すると女性は『まあ』と驚いたような声を上げ、続いて嬉しそうな表情になり、更にユーゼスの手を引いて自分が乗って来た馬車に連れ込もうとする。
「? いえ、私は道を教えてくれればそれで……」
「うふふ、私もちょうどその屋敷に向かうところなんです。せっかくだから一緒に行った方が良いでしょう?」
「貴族の方と同じ馬車に乗るわけにも……」
「どうせなら一緒の方が楽しいじゃないですか」
「……………」
女性の押しの強さに少々戸惑いながらも、半ば押し切られる形でユーゼスは大き目の馬車に乗り込んだ。
「む……」
その馬車の中に入ると、虎や熊や犬や猫や蛇などの様々な動物が、それぞれのんびりと過ごしている光景が目に飛び込んでくる。
まるでちょっとした動物園だ。
「あら、驚きました?」
「……ええ」
そんな馬車の先客たちに若干気圧されつつも、ユーゼスは空いているスペースに腰掛け、女性もまたユーゼスの向かい側に座る。
女性は再び会話をしようとして……そこで、何かに気付いたようにポン、と手を打った。
「そう言えば私、あなたのお名前をうかがってませんでしたわ」
「私もあなたの名前を聞いた覚えはありませんね」
お互いに自己紹介をしていないことに、ようやく気付く二人。
そして女性は、笑みを浮かべながら自分の名前を語る。
「私はカトレア。カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌです」
主人たちと名字が違うことから、やはり親戚か何かか……と当たりを付けるユーゼス。
ともあれ、このカトレアという女性がエレオノールたちと何親等の親戚だろうと、別に問題はあるまい。
取りあえず、自分もカトレアにならって自分の名前を告げた。
「……ユーゼス・ゴッツォと申します。以後お見知りおきを、ミス・フォンティーヌ」
「はい、よろしくお願いしますね」
見れば、女性はニコニコしながらこちらに視線を向けている。
恐らくではあるが、もっと自分と話をしたいようだ。
別にユーゼスもカトレアと話をしたくないというわけではないのだが、そんなに進んで会話を行う人間ではないことは自分が一番よく分かっている。
しかし、それにしても……。
(……どうにも、やりにくい女だな)
それがユーゼス・ゴッツォの、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌに対する第一印象だった。
その後、ユーゼスはカトレアに自分のことを根掘り葉掘り質問された。
年齢はいくつか、出身はどこか、普段は何をやっているのか、どのような用件でラ・ヴァリエールに来たのか……とにかく根掘り葉掘りである。
ユーゼスも律儀にそれらの質問に一つ一つ答えていったのだが、そうしている内にカトレアの表情が少しずつではあるが不機嫌になってきたことに気付いた。
(……私は何か不味いことを言っただろうか)
しかし聞かれたことに答えただけで不機嫌になられても、などと少し困惑していると……。
「…………何だか私ばっかり質問してて、あなたからの質問がないんですけど」
カトレアは少し拗ねたような表情で、そんなことを言い出した。
「……………」
だがユーゼスがカトレアについて知りたいことなど、少なくとも今の時点では無いのだから仕方がない。
強いて言うならエレオノールやルイズとはどのような関係なのかを知りたかったが、逆に言うとそれくらいしか『知りたいこと』がない。
(どうしたものか……)
人付き合いが苦手なユーゼスとしては、なかなかに困難な問題である。
と、そうしてユーゼスが頭を悩ませていると、不意にカトレアが窓の外の景色を見て声を上げた。
「あら? あの馬車は……」
「馬車?」
その声につられてユーゼスも外を見ると、確かに窓から見える旅籠(旅人の休憩所のような物)の傍には、一台の馬車が停まっていた。
しかもユーゼスにとっては見覚えのあることに、その馬車は魔法学院のものである。
「……………」
ラ・ヴァリエールの領地の中で、魔法学院の関係者……となると、ユーゼスには一人か二人しか心当たりがない。
相変わらずの因果の導きに内心で苦笑するユーゼスだったが、そうしている内にカトレアは従者に命じて自分の馬車を停めさせ、いそいそと旅籠に向かっていく。
「少し待っていてくださいね、ユーゼスさん。あの馬車がどなたのものかは分かりませんけど、せっかくですから少し挨拶をしてきます」
「……ええ。私も特に急いでいるわけではありませんので、ごゆっくり」
そしてそのまま待つことしばし。
再び馬車の扉が開き、カトレアは戻って来た。
…………ユーゼスの予想通りの人間を、二人ばかり引き連れて。
「こちらはユーゼス・ゴッツォさん。お屋敷に向かってる途中で行き会ったんだけど、この方もヴァリエールのお屋敷に用があるらしいからご一緒することにしたの」
「……………」
「……………」
カトレアに引き連れられてきた金髪眼鏡の女性と桃髪の少女は、『何故こいつがここに』と言わんばかりの視線をユーゼスに向ける。
そんな二人の様子に気付いているのかいないのか、カトレアは続いて『ユーゼスと初対面だと思われる』二人を紹介し始めた。
「ご紹介しますね、ユーゼスさん。私の姉のエレオノールと、妹のルイズです」
「……む?」
ユーゼスにとっては今更紹介されるまでもなく見知った顔だったのでその紹介を聞き流そうとしていたが、カトレアの言葉の中には少し聞き捨てならない単語が含まれていた。
「姉と妹?」
「ええ。妹はそろそろ帰省すると聞いていましたので、運が良ければ紹介が出来ると思ってましたが……嬉しい誤算でしたわ」
「……………」
どうにも納得の出来ない事象を目の当たりにしてしまい、思わずカトレアとエレオノールとルイズを見比べる。
ユーゼスはジロジロと三姉妹の顔つき、身体つき、雰囲気などをよく観察し……。
「……極端な姉妹だな」
「「どういう意味よっ!!?」」
それによって導き出された結論を口に出したら、長女と三女に睨まれてしまった。
「で、昨日の夕方に学院に帰って来て、今日の朝に出発した、と……」
「そうだ」
「ビートルはどうしたのよ?」
「フォンティーヌ領の森の中だ。……取りに戻っても良いが、急ぐのであれば後日に回すことをお勧めする」
「って言うか、どうしてアンタがちい姉さまと一緒にいるの?」
「ミス・フォンティーヌとは……成り行きだ」
「……その言い方は、何だか誤解を招くんだけど」
カトレアの質問攻めの次は、エレオノールとルイズの質問攻めに晒されるユーゼス。
しかしこの二人の相手ならば慣れた物なので、カトレアとのやり取りに比べればかなりスムーズに受け答えをしている。
「む?」
そして一通り話し終えたところで、ユーゼスはエレオノールに対して違和感を二つ覚えた。
一つは、妙に表情が強張っている……と言うか『聞きたいことがあるが聞けない』ような顔をしていること。
どうやらルイズやカトレアが周りにいる状況では聞きにくいことでもあるらしく、もどかしそうにしている。……まあ、これは後でも受け答えは出来るだろうから、どうしても気にするほどでもあるまい。
問題は二つ目だ。
「……エレオノール、少し動くな」
「え?」
そう言うや否やユーゼスはエレオノールに接近し、右手で彼女のアゴをくいっと上向かせる。
「え、ええ……!?」
「まあ」
「ちょ、ちょっと、ユーゼス!?」
三者三様に驚くヴァリエール姉妹に構わず、ユーゼスは脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させてエレオノールに絡みつく因果律を調べ始める。
(これは、思念波か催眠誘導波……いや、思考の侵食……とにかく精神操作の類か?)
感じた二つ目の違和感とは、これだった。
エレオノールが何らかの精神的な干渉を受けているのである。
「……ふむ」
「ちょ、ちょっと、ユ、ユユ、ユーゼス、そんな、いきなり、カトレアやルイズの見てる前で……!」
(これは……シュウ・シラカワからサンプルとして貰った『ミルトカイル石』に接触した時と同じ症状か?)
シュウと行った三日間に渡る『情報の交換』から得た知識や、いくつか貰った『土産』の内の二つである『赤い鉱石』と『青い鉱石』を思い出すユーゼス。
ミルトカイル―――アインストと同じ材質で出来ているハルケギニアに存在しないはずの物質は、限りなく鉱物に近い存在でありながら『生きて』いるという、奇妙な性質を持っている。
その硬度はなかなか高く、シュウの分析では『ハルケギニアの技術ではこれを破砕することは不可能』であるらしい。
また特筆すべきは、『これに接触した人間をアインストの思念の影響下に置く』という点である。
もっとも行動を強制するのではなく、それが自然であると認識させる催眠術に近いものらしいが……。
「……………」
ユーゼスはエレオノールの顔を至近距離から見る。
……まさかとは思うが、エレオノールがミルトカイル石に接触でもしたのだろうか。
何でもアレは純度の高い物になると、あのシュウ・シラカワですら少しばかり気が遠くなるほどの効果があるらしい。
今は大して影響はないだろうが、このまま放置すれば厄介なことになりかねない。
取りあえず、エレオノールに確認を取ってみる。
「エレオノール、最近何かと接触したか?」
「せ、接触!?」
何か外面的な変化はないものか、とより注意深くエレオノールの顔を観察しつつ、その詳細な原因を探るユーゼス。
しかしエレオノールは顔を真っ赤にしながら『あうあう』と困惑しているばかりで、どうにも要領を得ない。
(明らかに様子がおかしい……)
やはり精神への影響を受けつつあるようだ。
まだ原因がミルトカイル石によるものだと断定は出来ないが、しかし……。
(……やむを得んか)
クロスゲート・パラダイム・システムを使い、因果律の操作を開始する。
対象はエレオノール。
効果は、以前にルイズが惚れ薬を飲んだ時に使おうかとも考えた物……『外部から精神的な影響を与える事象についての、対象への一切の遮断』。
―――完了。
と、因果律を操作し終わってから重大なことに気付く。
(…………これはハルケギニアへの干渉にならないだろうか?)
つい昨日に『平穏無事が一番』とか考えていたはずなのに、その平穏を破りかねない行動を自分からやってしまってどうするのだ。
と言うか、ルイズが精神操作された時には何もしなかったのに、何故自分はエレオノールに対して突発的にこんなことをしてしまったのだろう?
もしやほぼゼロにまで無力化したはずのガンダールヴのルーンによる精神干渉が、この時になって活性化でも始めたのだろうか。
……いや、それならば対象はエレオノールではなくルイズになるはず。
ならば何が原因だと言うのだろう。
(……分からない……)
人間は自分のことが一番分からないものである、ということは経験として知ってはいるが、まさかそれをまた味わうことになるとは思わなかった。
まあやってしまったことは仕方がないので、これは今後の反省としておこう。
……とにかく、いつまでもエレオノールのアゴを掴んでいるわけにもいかない。
ユーゼスは右手をエレオノールから放すと、自分が元いた席に戻って行った。
「あ……あれ?」
だがエレオノールは何かに納得が行かないようで、しきりに先程までユーゼスに掴まれていたアゴを撫でさすったり、ユーゼスに視線を向けたりしている。
「どうした、エレオノール」
「ど、どうしたって……えーと。い、今の行為は何なのかしら?」
「……少し気になることがあったのだが、気のせいだった。特に深い意味はない」
まさか『お前の精神が何かに侵食されかかっていた』などと言えるはずもなく、適当な言葉でお茶を濁そうとするユーゼス。
しかし。
「ふ、ふぅん……。あなたは特に深い意味もなく、女性の顔を手で掴んだり、その後でジッと意味ありげに見つめたりするんだ……」
「こ、こ、この使い魔は、どうしてたまにこんな突飛な行動をするのかしら……」
エレオノールは物凄い表情でこちらを睨み、それに追随するようにルイズの表情がピクピクと痙攣していた。
どうやら、お茶は濁らなかったようである。
「待て、二人とも。別に何かをしたわけでもないのだから、問題はないのでは―――」
「……一度死んで! 生まれ変わって!! もう一度死んでやり直しなさぁぁぁああああああい!!!」
「こぉの、朴念仁!! 研究オタク!! バカ白衣ぃぃぃいいいいいいいいい!!!」
「ぐごぉっ!!?」
『やはり極端な姉妹だな』などと感想を抱きながら、ヴァリエールの長女と三女に蹴り飛ばされ、馬車の扉を突き破って外に放り出されるユーゼス。
……ちなみに彼は、本人主観でもう二度ほど死んでいる。
10分ほど後。
ユーゼスは自分を放って進み続ける馬車をガンダールヴのルーンまで発動させて追いかけ、かつて快傑ズバットが使っていた鞭を馬車の一部に巻きつかせ、しばらく引きずられながらもどうにかして馬車の中に戻ることに成功した。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……。……お、お前たちは、ゼェ、何故、時たま、ゼェ、理不尽な、ゼェ、懲罰を行うのだ……」
「……自分の胸に聞いてみなさい」
ボロボロかつ体力を消耗し尽くしているユーゼスに向かって、エレオノールは冷ややかに言い放つ。
しかしさすがに見かねたのか、カトレアがそんなエレオノールをたしなめた。
「まあ、エレオノール姉さま。男性をそう邪険に扱うものではありませんわ」
「いいのよ、コイツに対してはこのくらいで」
横を見れば、ルイズもまたエレオノールと同じようにツンとしている……のだが、その目には単純な『ユーゼスの行為に対する怒り』だけではなく、なぜか『エレオノールに対する羨ましさ』のようなものも含まれていた。
「?」
そんな妹の様子に首を傾げるカトレアだが、とにかくボロボロな彼を介抱しなければ、とユーゼスに歩み寄る。
「ほらユーゼスさん、白衣に付いた土だけでもはらわないと……」
「……ありがとうございます」
手早くユーゼスの白衣を脱がせて、こびり付いた土をパッパッとはらうカトレア。
そして軽く白衣の土を落とし終えた時点で、彼女は一つの質問をぶつけてきた。
「あの、聞きたいんですけど」
「……何か?」
「あなたはエレオノール姉さまの恋人なんですか?」
瞬間。
色々な意味で、馬車の中の時間が止まった。
「?」
ユーゼスはそもそも『恋人』というものが何なのかよく分からないので、困惑し。
「な……!」
ルイズはいきなりとんでもないことを言い出した次姉を『信じられない』という目で凝視し。
「…………っ!!」
エレオノールはまた見る見る内に顔を紅潮させていく。
やがて三人は、それぞれ同時に同じ意味の言葉を発した。
「……何のことなのかよく分かりませんが、おそらく違います」
「違うわ! そんなわけないじゃない!」
「ち、違うわよ!! わ、私とユーゼスは、その、恋人……なんて、そんなのじゃ、ないんだからっ!!」
各人ニュアンスに若干の差があるような気もするが、とにかく質問された当人も含めた三人が揃って否定しているので、カトレアもそれで納得する。
「あら、そうなんですか? エレオノール姉さまと対等にお話ししたり、おもむろに近付いたりする男性なんて初めて見たから、間違えちゃったわね」
うふふ、と笑みを浮かべるカトレア。
その直後に彼女は、自分以外には少々聞き取りにくい声で呟いた。
「……そっか。彼は姉さまの恋人じゃないのね」
「何か言った、カトレア?」
「いえ、少し独り言を」
「……?」
エレオノールの質問をはぐらかしつつ、カトレアはポンと手を打って話題を転換する。
「それより私、ルイズや姉さまからお話を聞きたいわ。ユーゼスさんにも色々聞いてみたけど、この方ったら私が聞いたこと以外には何も喋ろうとしないんですもの」
「またアンタは……。ちい姉さま相手にもそんな態度を取ってるの!?」
そしてルイズとカトレアは、ユーゼスへの日頃の不満、日常に起こったこと、つい先ほど拾ったつぐみ、学院の同級生についてなど、様々な話題で盛り上がりながら楽しそうなお喋りを始めた。
「はぁ……。相変わらずね、この二人は」
そんな二人を見て溜息をつくエレオノール。
どうやらこの姉妹にとっては、これは割と日常的に繰り広げられる光景のようだ。
「……………」
兄弟姉妹どころか『家族』という存在そのものの記憶すらほぼ完全に消えてしまっているユーゼスにとっては、実感のしにくいものではあったが……主人とカトレアは楽しそうだし、エレオノールも呆れてはいるが嫌という訳ではないらしい。
ならば、これはこれで良いことなのだろう。
(……ヴァリエールの姉妹か)
自分の主人である気の強い三女、どうにも掴みどころのない次女、そして理由は不明だが自分が時たま意識してしまう長女。
(何度考えても極端な面々だな……)
ともあれ、そんな極端な姉妹と、かつて全てを超越しようとした存在、そして多くの動物たちを乗せた馬車は、ラ・ヴァリエールの屋敷へと向かっていった。
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