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第10話『高貴なる空賊』
空賊に捕らえられ、ルイズたち一行は雑然と荷物が積まれた船倉へと押し込められていた。メイジである彼らは皆同様に杖を取り上げられ、手も足も出ない。扉には鍵が掛けられ、押しても引いてもびくとも動かなかった。マリーガラント号の船員達は自らの船を曳航させる作業を強要されているらしい。貴族と平民を隔離する目的もあるのだろう。ここには平民の姿は見えなかった。
皆が押し黙る中、海賊船にしては随分としっかりと造られた扉が軋みを上げながら開かれる。薄暗い船倉の中に海賊の一人であろう、小太りの男が入ってきた。男はルイズの前まで来ると、細い腕を無造作に掴んだ。
「おい、桃色頭のチビ。頭がてめぇをご指名だ。ついてこい」
「ま、待ってくれ。彼女は僕の婚約者なんだ。手荒なことはしないでくれ、頼む」
自らの婚約者である少女が単独連れて行かれそうになり、流石にワルドが割って入る。しかし、空賊の男はそんなワルドの顔を見ると、小馬鹿にした表情となり端正な顔に唾を吐いた。
「俺に指図できる立場だと思ってんのか、ええ? 他人のことより自分の未来でも心配しやがれ」
そう言い放ち、男はワルドを足蹴にする。ルイズはさっと男の手を振り払うと、無言で立ち上がった。船倉を出ろという命令に逆らうこともなく大人しくついていく。
「……ルイズ、諦めてはいけない。絶対、絶対にだ」
腹を蹴り上げられ、呻いていたワルドが発した言葉にもルイズは何ら反応しなかった。ギーシュらは扉が開いた瞬間に脱出しようかとも考えたが、見張りがいないなどということもなく、あえなく断念することとなった。
扉は再び軋みを上げながら閉じられ、船室は薄暗さを取り戻した。キュルケとタバサがとりあえずワルドの応急処置をする。とはいえ杖も持ち物も全て取り上げられてしまった以上、大したことができる訳もない。どうにか反乱軍の追っ手を振り切ったと思った所でのこの事態。ギーシュは思わず歯噛みする。
後ろから空賊に押しやられ、狭い通路を通り、細い階段を上り、ルイズが連れて行かれた先は空賊に似つかわしくない程に立派な調度が施された部屋であった。甲板上に設けられたその部屋こそが船長室であるらしい。
がちゃりと重々しい音を立てながら扉が開かれると、商人に見せればどれほどの値が付くか分からないような、精緻なエングレーブに飾られたディナーテーブルが置かれていた。最上座には先ほどの頭が尊大な態度で腰掛けている。
頭は足をテーブルの上に投げ出し、大きな水晶が取り付けられた杖を弄っていた。粗野な身なりとは裏腹に、それなりのメイジであるようだ。室内には頭以外にも多くの空賊がおり、入室してきたルイズをにやにやと下品な笑を顔に貼り付けながら眺めている。
後ろから挨拶をするように急かされるが、ルイズは頭を睨みつけるばかりで、口はきっと引き結ばれていた。そんなルイズを見ても、頭はなんら感じ入る所はない、むしろますます面白いとばかりに含み笑いを漏らす。
「くくっ、気の強い女は好きだぜ。たとえガキだとしてもな。さて、てめぇは今日から俺の嫁にすることにした。名前ぐらいは教えてもらわねぇとな」
「……黙りなさいよ。わたしがあんたの嫁ですって? 笑わせるわ」
ライデンを奪われたことで怒り心頭となっていたルイズは、自らの身を顧みることもなく、敵対的な態度を取り続けた。しかし意外なことに、空賊たちは特別ルイズに危害を加えようとはしない。
「大体、どんぱちやってるアルビオンにトリステイン貴族様が何の用だ? 戦争に巻き込まれてぇのか?」
「あんたたちに話すことなんて何もないわ」
頭はそこで、それまで纏っていた粗野な態度を若干改める。獲物を狙う鷲のように鋭い視線を向けた。それは幾度も危険な綱渡りをしてきたであろう、空賊を束ねる男に相応しい瞳だった。
「この時期にメイジがアルビオンへ渡るとすれば、それは戦争に何らかの形で関わるもの以外にない、と俺は考えている。……大方てめぇらもその口なんじゃねぇのか?」
頭の言葉にルイズは無言を貫いた。今の今まで怒りで冷静さを失っていたが、自分がアルビオンへ向かうのは正にそれが目的だったからだ。何も言わないルイズをよそに、頭は話し続ける。
「そしてわざわざ王党派に味方するような馬鹿がいるはずはねぇ。自分から死にに行くようなもんだからな。あんたたちは貴族派の応援にいくつもりなんだろう?」
「……何ですって?」
「ああ、とぼけなくてもいい。実はな、俺達は貴族派の連中相手に商売させてもらってるのさ。ついでに王党派に味方しようとする馬鹿を捕らえるのも請負ってるんだが、あいつらが言うような王党派に味方する馬鹿なんて一人もいねぇ」
「あんたたち反乱軍だったのね……!?」
「あくまで対等な立場ってやつさ。まああんたらには悪いことをしたな。こっちとしても馬鹿を捕まえるっていう建前があるんでな。ちょいとばかり乱暴なやりかたをしちまったが勘弁願おうか」
頭の話を聞いているうちに、ルイズの顔はみるみる真赤になっていく。ただでさえ怒りが許容量を超えていたところにこの話を聞いたことで、ルイズの怒りは大河が氾濫するが如く爆発する。
「ふざけるんじゃないわよっ! わたしたちが貴族派……? 馬鹿にするなっ!」
「へぇ、ってことはあんたらは王党派に味方する馬鹿の記念すべき第一号ってことか。おい、てめぇら聞いたか! こんな馬鹿がまだいたようだぜ!」
頭の言葉に空賊たちは大口を開けて笑い始める。腹を抱えて、これ以上おかしなことはないとでも言いたげな笑い方であった。
その様子を見て、ルイズはますます怒りを加速させる。
「あんたたちみたいな屑がいるからっ。ライデンも姫様もっ……!」
そう、反乱軍さえいなければアンリエッタが苦しむことも、ライデンが雷撃を受けて動かなくなることもなかった。ずっと平和な時間を過ごすことができたのだ。それを思い出し、ルイズの目尻にはかすかな涙が溜まる。
目の前の少女が思わず零してしまったであろう言葉を頭は聞き逃さなかった。席を立つと悠然とルイズの前へとやってくる。
「まあ王党派だってんなら予定通り捕らえなけりゃあな。ただ、お前を貴族派に引き渡して殺しちまうのはもったいない。あの赤毛の女と青髪のガキもだ。慰み者として生かしておいてやる。感謝するんだな」
「……っ! だ、誰が慰み者だっての!? そんな脅しが効くもんですか!」
慰み者という言葉にルイズの体は一瞬恐怖に凍りつく。自分だけでなくキュルケとタバサまでもが男達の玩具にされるという未来を予想し、思わず顔が青ざめてしまう。しかし気丈にも屈することはしなかった。
あくまで抵抗するルイズに、頭はにやにやと笑い続ける。
「くくっ、脅しじゃねぇぜ。貴族派につくってんなら話は別だが、そんなつもりは毛頭ねぇんだろ?」
「当たり前よっ! あんな連中に味方するくらいなら今ここで死んでやるわっ!」
頭は下卑た笑いを収めると、再度ルイズに質問する。
「あくまで王党派だってんだな?」
「何度も言わせるんじゃないわよっ!」
そこで頭は後ろを振り向き、湧き上がってくる笑いを抑えられないとばかりに肩を震わせる。そしてそれまでの品のない笑い方とは一転して、朗らかな、それでいて高貴な雰囲気を漂わせた笑い声を張り上げる。
ルイズが豹変した頭に呆然としていると、頭は優雅な動きで結んでいた布を取ると、爽やかな笑顔で語り掛けた。
「失礼した。どうやら君達は本当に王党派に味方してくれるらしい」
頭の豹変と同時に、それまで優雅さとはかけ離れていた雰囲気を漂わせていた空賊たちは一斉に直立不動の姿勢となる。
頭は縮れた黒い長髪を剥ぐと、下からは美しい金髪が現れる。眼帯を取り外し、作り物らしい髭を剥ぎ取り、顔に塗りたくっていた塗料を拭き取ると、そこにいたのは金髪の凛々しい青年であった。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、そしてアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。といっても今となっては意味のない肩書きだがね」
突然の事態に完全に置いてきぼりとなっているルイズに、ウェールズは申し訳なさそうに謝罪する。
「色々と手荒な真似をして誠に申し訳ない。こちらとしても迂闊に正体を現すわけにはいかなくてね。君の本心を聞くまで、どうしても疑念を捨て切れなかったのだ」
空賊から王国の兵士と姿を変えた部下達にワルド達を連れてくるように命令すると、苦々しげな表情を浮かべ、皇太子は更に話を続けた。
「全くもって情けない話だ。空賊を装うことでかろうじて貴族派の目から逃れられている。王族でありながら空賊稼業に身をやつした人間は私だけだろうね」
そこにワルド、ギーシュを連れた男が戻ってきた。キュルケとタバサがいないのは、少なくとも表向きはこの任務と無関係だからだ。事情を聞いたワルドが部屋の外で待っているように言ったらしかった。自己紹介をしたワルドとギーシュを見て、ウェールズは改めて謝罪する。
「ジャン・ジャック・ワルド子爵、ギーシュ君。今回は誠に申し訳ないことをした。部下のしたことは全て私に責任がある」
「いえ、殿下のなさることに私ごときが異論を唱えられるはずもありませぬ。殿下には何ら非はございません」
「本当にすまない子爵……。して、君達は何故戦乱吹き荒れるアルビオンへ向かっていたのだ?」
未だ呆けたままのルイズを見てワルドは内心溜息を付いたが、気を取り直して優雅な態度でウェールズへ自らが承った任務を話す。
「アンリエッタ姫殿下より、アルビオン王家への大使として密書を言付かって参りました」
「ふむ、姫殿下とな。と、そういえば、未だそちらのお嬢さんの名を聞いていないのだが」
そこでようやく、ルイズは正気を取り戻した。放心・激怒・放心と短期間に余りに感情を激しく起伏させてしまったので、ある種毒気を抜かれることとなった。
「も、申し訳ありません。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでございます」
「なるほど、ラ・ヴァリエール公爵のご息女か。私の親衛隊に君達のようなメイジがもう十人ほどいれば、もう少し違った今があったかもしれないな。して、その密書とやらはどこにあるのだね?」
ルイズは自らの胸ポケットに収められたアンリエッタの手紙を取り出し、ウェールズへと渡す為に恭しく跪こうとしたところでふと尋ねた。
「あの、このようなことをお尋ねするのはあるまじき失礼であると存じ上げますが、……本当に皇太子殿下なのですか?」
「まあ、先ほどまでの顔と態度を見れば、そう思うのも致し方ない。でも僕は正真正銘の皇太子だよ。疑うのなら証拠をお見せしよう」
ウェールズは苦笑しながら自らの左薬指から透き通った宝石は嵌められた指輪を引き抜くと、ルイズの手を取り『水のルビー』に近づけた。二つの宝石は共鳴し合い、船長室に小さな虹の架け橋が現れる。
「この指輪はアルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ。君がその指に嵌めているのはアンリエッタの『水のルビー』だね?」
ルイズが頷いたのを見ると、皇太子は軽く頭をかきながらきまりが悪そうに告げた。
「実はね、先ほど甲板で君がこの『水のルビー』を身に着けているのを見て、我が目を疑ったんだよ。なぜアンリエッタの指輪を君が付けているのだろう、とね。だから先に君だけを呼び出したんだが、全く、婦女子に対してあるまじき行いをしてしまった。怖かっただろう?」
「い、いえ! わ、わたしはその、ええと、……はい、怖かったです」
皇太子に頭を下げられ、ルイズは慌てて取り繕おうとしたが、安堵した心が本音を言うように強制した。
そんな少女を見て、皇太子は涼しげな笑顔を見せる。
「ははは、君は正直な女の子だな。それでいいんだよ」
それから、皇太子はルイズから手紙を受け取ると、愛おしそうにトリステイン王家の花押をなぞり接吻した。破らないよう慎重に封を解き、中に収められた便箋を取り出すと、真剣な表情で読み始める。徐々に表情は暗くなっていき、最後の一文に目を通すと、まるでアンリエッタがそこにいるかのように記された署名を指でなぞった。
「姫は結婚するのか? あの愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は……」
ワルドら三人は無言で頭を下げ、肯定の意を表した。ルイズは皇太子が最後、少し言い留まったことが気になった。皇太子の声には紛れもない悲しみとやるせなさが含まれていたことを、少女は敏感に感じ取っていたのだ。
皇太子は軽く目を瞑り、しばらくの間黙りこくっていると、先ほどの憂いを感じさせない声音で告げる。
「了解した。姫はあの手紙を返して欲しいと、この私に告げている。何より大切な姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。その通りにしよう」
「それでは……」
ワルドが顔を上げるが、皇太子は手で制する。
「しかしながら、今は手元にない。ニューカッスル城の私の私室に置いてある。よもや大切な姫の手紙を空賊船に持ってくるわけにはいかないのでね。多少面倒だが、我が居城までご足労願いたい」
未だ任務が終わることはなかった。
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