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#navi(超力ガーヂアン)
夢を見ている。
奇妙なことだが、これは夢だと確信できた。
自分でも不思議だとは思うが、目覚めた時には、きっとこの事は忘れてしまっているだろう。
空を見上げている。
小さな船に乗り、ユラユラと波間をたゆたう。
まるで、揺り籠に入っているかのようだ。
2つの月が水面に映り、風は静かに凪いでいる。優しいさざ波が船を揺らし、まどろみを誘う。
ふと、小さな足音が聞こえてきた。
小さく顔だけを動かしてそちらを見やる。辺りには薄っすらと霧がかかり、視界は余り利かない。
次の瞬間、唐突に視点が切り替わった。
いつの間にか、空から地上を見下ろしていた。
だが驚くことはない、だってこれは夢なのだから。夢の中なのだから、不思議な事など何一つない。
池のほとりで女の子が泣いている。
何か悲しい事でもあったのか、先ほどまで私が乗っていた小船に潜り込んだ。そして、毛布に包まる。
しばらくすると、女の子を探す声が聞こえてきたが、それはやがて小さくなり、完全に聞こえなくなった。
闇を月と星が照らし、波が船を揺らす音だけが満ちる。
私は、その光景に見覚えがある事に気がついた。そして、女の子が誰なのかを悟った。
あれは、小さな頃の自分だ。最近では思い出す事もなかったが、これはあの夜の出来事だ。
過去の通りに再生されているのならば、もうすぐあの人が現れる筈だ。自分の目標であり、尊敬するあの人が。
霧の中に人影が浮かび上がった。期待を込めた眼差しで影を見つめ、霧から抜け出てくるのを待つ。
だがそれは、私が思い描いていた人物ではなかった。
それは、よく見知った自分の使い魔……
「人間、どうしてないてるの? どっかいたいの?」
その心配そうな声に、幼い私は首を横に振るばかりだ。モー・ショボーは困ったように首を傾げる。
しかし、そうしていたのは暫くの間であった。
モー・ショボーはおもむろに幼い私の手を引くと、屈託なく微笑みかける。
「ねえ人間、いっしょにあそぼ?」
視界に光が満ち、夢から引き揚げられた。
#center(){超力ガーヂアン 3
~デビルサマナー(仮) ルイズ・(中略)・ヴァリエール 対 閃光魔道士~}
「姫殿下ばんざーい! トリステインに栄えあれ!」
学院中が歓声に沸き立つ。
本日、魔法学院では授業が執り行われてはいない。それは何故かというと、我が国の王女が視察に訪れているからだ。
故に、教師と生徒が総出で歓迎し、盛大にもてなす必要がある。
そうでなくとも、先王の忘れ形見であり、トリステインの至宝とまで呼ばれる王女を敬愛しない者は、この国には居ないだろう。
もしいるとしたなら、それは思い上がった外来の成り上がり者くらいだ。
「あれが王女? ふん、あたしの方が美人じゃない」
キュルケがつまらなさそうに呟く。
この女には、いつか物の道理というものを教え込んでやらねばなるまい。
よりもよって、姫殿下を相手にそんな大言を吐くとはいい度胸をしている。
それにしても、私の周りにる奴らは、姫殿下への敬意というものが欠けているようだ。
モー・ショボーは、大勢の人が集まっているのを物珍しそうに眺めている。好奇心の赴くまま、フラフラと何処かへ飛ん行こうとするので、抑えておくのに一苦労だ。
タバサは周りの騒ぎなどには興味がないようで、何時もの如く無関係を貫き、何時もの通り本に目を落としている。はたして、本以外の事に興味があるのだろうか?
モー・ショボーはしょうがないにしても、タバサまでもこの有様だとは思わなかった。礼儀はキチンとしているのだと思っていたが、そうでもないようだ。
キュルケは飽きもせずに姫殿下との比較を続け、モー・ショボーはキョロキョロと落ち着きがなく、タバサは本の世界に没頭している。
注意をしたいところだが、言っても聞くような連中でもないし、何よりも、この場で声を荒げるような真似はしたくはない。
結局、放っておくのが一番だと判断する。下手に注意して、諍いを起こすのは避けたい。
弱腰と言うなかれ、最近、喧嘩の所為で碌な目に合っていないのだ。
ここは大人しくしているに限る。そう、それは植物のような心で平穏に……
「ねえ、人間。アレおいしそう!」
「アレ?」
どうやら、平穏には過ごせないようだ。まあ、少しぐらい騒がしい方がいいか。
モー・ショボーの指差す方向に視線をやる。
そこには、背に人を乗せたグリフォンがいた。グリフォンとは、ワシの頭と翼を持ち、胴体は獅子という幻獣だ。
そして、その幻獣の背に乗っているのは、魔法衛士隊だろう。マントに施されたグリフォンのエンブレムがその証だ。
魔法衛士隊というのは、名門貴族の子弟でのみ構成されたエリート部隊であり、王家を守護する近衛隊だ。
近衛隊は3つの隊からなっているのだが、その内の2つまでもが私と私の家族に関係している。
そして、グリフォン隊は私と関係がある1つだ。正確には、その隊員と関係があるのだが、その前に……
「……どれが美味しそうなの?」
これだけは聞いておかねば。訊くのが少し怖いが、訊いておかねばなるまい。
グリフォンが美味しそうだと言っているのだろうか? まさか、そんな筈は……
「あのおっきいトリ!」
「…………」
多くは訊くまい。
いや、私は何も聞かなかった。やっぱり平穏が一番よね……
問い詰める気にはなれず、頭を振って視線を元に戻した。
視線の先では、姫殿下が歓声に応えて手を振り返している。その光景を見ているだけでも胸が満たされる思いだ。
敬意が足りない奴らは無視して、私も観衆に混じって手を振り、歓声を上げる。
姫殿下は私の存在に気がついていないだろうけど、手はこの場に居る者全てに対して振られているのだから、それで十分だ。
私が、ひいては、この学院の者達が姫殿下を敬愛している事さえ伝わればそれで良いのだ。まあ、例外はいるが……
そうしていると、視界の隅をグリフォンが掠めた。
上空を警戒している近衛隊なのだろう。気に留める必要もないのだが、惹かれるモノを感じてそちらへ視線を移した。
立派なグリフォンだ。他のグリフォンと比べると、頭ひとつ飛び抜けている。
他のグリフォンが平凡というわけではない。
どのグリフォンも体格が良く、離れていても力強さを感じる事が出来るし、毛艶もいい。調教が行き届いているようで、搭乗者の命令をよく聞いている。
ただ、あのグリフォンと比較すると、どうしても見劣りしてしまうのだ。
あのグリフォンは獣だというのに、ひとつの気品を感じさせる。四肢は言うに及ばず、その羽毛一つ一つにも力が漲っているようだ。
おそらく、隊長格の人物が有するグリフォンなのだろう。
「あ……っ!」
グリフォンが旋回し、その背に乗った人物の顔が露となった。
その顔を見てハッとなる。
遠くて良く見えないが、その顔には見覚えがあった。懐かしみがあった。
それは、幼い日に憧れた人。雰囲気は違っているが、その顔には記憶にあるあの人の名残があった。
言葉をなくしてその姿を追う事に没頭する。周囲の音など耳に届かない。
しかしそれも、本塔の向こう側に消えていくまでだった。
会いたい。会って確かめたい。
けれど、不安もある。最後に会ったのは10年以上前の話だ。
向こうは私の事など憶えていないかもしれないし、魔法がいまだに使えない事を知られるのも嫌だ。
それを知られると、きっと嫌われてしまうだろう。それが怖い。
けれど、そんな不安を気にする前に、やるべき事があるようだ。
「イイコでおるすばんしててね!」
何処かへ飛んで行こうとするモー・ショボーの足を咄嗟に掴む。
どうやら、ボーッとしている暇はないようだ。
◆◇◆
時刻は夜。
部屋には私とモー・ショボー、そしてアンリエッタ王女がいる。
なぜ姫殿下がいるのかというと、実を言うと私と姫殿下は幼馴染なのだ。
子供の頃の話になるが、姫殿下の遊び相手を務めていた。
その縁で、今宵、私の部屋に訊ねてきたようだ。あの頃は、イロイロとやんちゃをしたものだ。
まさか、今でも私の事を憶えていて下さるとは、思ってもいなかった。
再会を喜び合い、昔話に花を咲かせる。
ひとしきりの談笑の後、姫殿下は沈んだ表情を覗かせた。
それが気になり問い詰めると、姫殿下は儚げな笑みを見せた。
「結婚することが決まったのよ、わたくし」
「……おめでとうございます」
姫殿下は笑っているが、落ち込んでいる事はその寂しげな声で分かる。
けれども、下手な慰めなど望んではいないだろう。
王女としての責務を放棄させるようなことは、私の口からは言えないし、望まれてもいないだろう。
重苦しい空気が部屋を支配し、お互いに口を噤んでしまった。沈黙が耳に痛い。
沈黙が漂う中、姫殿下は何かに気がついたらしく、不意に顔を上げた。
「あら?」
そんな中、姫殿下はモー・ショボーの存在に気がついたらしく、キョトンとした顔になった。
あれだけ重たかった雰囲気が少し和らいだ。
「ルイズ・フランソワーズ、この子はどなた? 同級生かしら?」
「私の使い魔です」
私も姫殿下の来訪に気を取られて、モー・ショボーの事を忘れていた。
モー・ショボーはベッドの上にうつ伏せで寝転び、眠たそうにうつらうつらとしている。
「使い魔? 人に見えますけど……?」
「ええと、人間と同じように見えますが、亜人です。
シップウ族とかいう種族の亜人で、モー・ショボーと申します。はい。
ほら、飛んで見せなさい」
「はぁ~い……」
モー・ショボーはノロノロと浮かび上がった。
まだまだ眠いようで、欠伸を噛み殺しながら眼を擦っている。
「まあっ! 魔法も使わずに空が飛べるのですね!
でも、翼人とも違うようですし、シップウ族というのも聞いた事がありませんわ。ドコから来たのかしら?」
「そう言えば、私も聞いた事がありませんでした。
モー・ショボー、アンタってドコから来たの? ほらっ、起きなさい」
肩を揺すって目を覚まさせる。
姫殿下の御前なのだ。無様な格好を見せ続けるわけにはいかない。
「んーとね、生まれたのは『モンゴル』で、ここに来る前は『ニホン』の『テイト』にいたよ。
もういい? おやすみ~」
再びベッドへ蹲ってしまった。
起こそうかと思ったが、小さな鼾が聞こえて来たのでそっとしておく。
無理やり起こして暴れられても困る。
「……どれも聞いた事がないわね。本当に何処から来たのかしら?」
「ひょっとして、東方から来たのかもしれませんわよ?」
「もしかしたら、そうかも知れませんね」
少なくとも、ハルケギニアではないようだ。
恐らく、エルフの支配するサハラの向こう側、東方とも呼ばれる地域、ロバ・アル・カリイエから来たのだろう。
和やかな雰囲気が部屋に戻り、姫殿下の表情からも陰りが薄れてきた。
「貴女って昔からどこか変わっていたけど、相変わらずのようね。なんだか、安心したわ」
「はじめは不安でしたが、ああ見えて結構頼りになる子です」
「それは僥倖でなによりです。良い使い魔を持ちましたね、ルイズ・フランソワーズ。
はぁ…… 本当に貴女が羨ましいわ……」
まただ。一体どうしたというのだろう。
晴れやかな表情だったのはホンの一瞬で、姫殿下は再び重く沈んだ表情で俯いた。
どうやら、悩み事があるらしい。それも、気の持ちようでどうにかなるものでもなさそうだ。
「姫様、どうしたのですか? 溜息など吐いて」
「嫌だわ、わたくしったら…… ごめんなさいね。
他人に話せるような事ではないのに、自分が恥ずかしいわ。
懐かしさにかまけて、貴女に不快な思いをさせるなんて…… 都合のいい時だけ甘えるなんてダメよね……」
弱々しい声で頭を振った。
そんな姫殿下を見て、いや、項垂れている親友を見て、黙っていられるわけがない。
落ち込んでいるのならば、その悩みを聞き、解決の力になるのが友達ではないのか?
項垂れる姫殿下の両肩を掴み、吐息が触れ合う程に近づく。
「そんな水臭いことを仰られないで下さい。
親友といったのは姫様ではないですか! でしたら、その親友に相談してくださいまし。
出来る限りの力になりましょう!」
「わたくしを友達といってくれるのね。ありがとう、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」
姫殿下は力なく笑う。
だが、先程までよりは、よっぽどマシな顔だ。
「ならば、親友の貴女にだけ話しましょう。当然、他言無用ですよ?」
「ええ、心得ています」
そんな事は言われるまでもない。どこぞの口の軽い女ではないのだ。
佇まいを正して神妙に耳を傾ける。
「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのですが、実は一つ問題があるのです……」
姫殿下は、訥々と語り始めた。
語られたその内容に、私の忠義心と友情は燃え上がるのであった。
◆◇◆
朝靄が立ち込める正門に私は立っている。こんなに早起きしたのは初めてだ。
吐く息は少し白く、太陽が昇っていないせいか肌寒い。
昨晩、姫殿下から聞いた話の内容を要約するとこうだ。
現アルビオン王家はレコン・キスタという反乱軍により、滅亡は時間の問題であるという事。
そのレコン・キスタに対抗するためには、ゲルマニア帝国と婚姻による軍事同盟を結ぶ必要がある。
レコン・キスタは同盟を阻止すべく、妨げとなる材料を血眼で探しているのだという。
姫殿下が以前にアルビオンの皇太子、ウェールズ殿下にしたためた一通の手紙が最大の障害になるであろう事を姫殿下は話してくれた。
それを聞いて黙っていられるわけがない。今こそ、姫殿下への忠誠と友情を示す時ぞ!
その結果、私たち3人はアルビオンへと赴くこととなった。
そう、3人だ。
私とモー・ショボーの2人、ではなく、3人だ。
「なあルイズ、ぼくの使い魔を連れて行ってもいいかい?」
3人目とは、愛すべき馬鹿ともいえるギーシュであった。
コイツは昨晩、事もあろうに姫殿下の後をつけ、話の内容を盗み聞きしていたのだ。
連れて行きたくもなかったのだが、話を聞いてしまった以上、放置しておくわけにもいかない。
空気読みなさいよ。ここは、私と姫殿下の麗しい友情があらゆる困難を打ち破るシーンでしょうが!
目を細めて睨みつける。
「……アンタの使い魔って、ジャイアントモールじゃなかったっけ?」
「そうさ、どの使い魔よりも可憐で健気なヴェルダンデさ!」
「駄目に決まってんでしょ。モグラが馬についてこれるわけないじゃない」
「ふっ、ヴェルダンデの穴を掘るスピードを舐めてもらっては困る。馬ごときなら、余裕でついて行けるのさ」
「大体、アルビオンまではどうやっていくのよ? 穴を掘っては、ついて来れないでしょ」
「頼むよ~ 少しでも一緒にいたいんだ。最悪、ラ・ロシェーヌまででもいいんだ。
頼む! この通りだ!
ヴェルダンデ、君からも頼むんだ。君の愛らしい仕草を見れば、ルイズも考え直してくれるさ」
ギーシュの呼びかけに応え、地面からジャイアントモールが顔を出した。
このモグラがヴェルダンデなのだろう。鼻をひくつかせながら、擦り寄ってくる。
ギーシュはこれが愛らしく見えるのだろうか?
生憎と私には、土塗れの毛むくじゃらが迫ってくるのは不快にしか感じない。ギーシュの感性は理解不能だ。
そんな事を考えている間にも、モグラは前進を止めず、どんどんと迫ってきていた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! こらっ!」
モグラに押し倒され、その突き出た鼻で体のあちこちを突っつきまわされる。
なんなの、このモグラは!
あっ! そこは駄目! やめてっ!
鼻先で体中を弄られ、着衣が乱れる。跳ね除けようと精一杯にもがくが、ジャイアントモールの巨体はビクともしない。
「ギーシュっ! ボケっと見てないで、止めさせなさいよ!
モー・ショボーも、私がピンチなんだから助けなさい!」
「いやぁ、なんとなく官能的だねぇ」
「人間ずるいっ、アタシもあそぶ~」
「馬鹿なこと言ってないで、早く!」
こいつら使えねぇ。
ギーシュは腕組みして眺めているだけだし、モー・ショボーはモグラとじゃれている。
当然、そんな事でモグラが止まるわけもなく、好き放題に鼻で弄られ続ける。
そして、モグラの鼻先は、とうとう右手の薬指にはめている指輪に辿り着いた。
モグラの動きが止まり、鼻先は指輪に固定される。
「何よ、このモグラ! 姫殿下から頂いた指輪に鼻をつけるなんて、無礼にもほどがあるわ!」
右手の指輪は、手紙の回収を引き受けた際に、姫殿下からお守りとして渡された物だ。
『水のルビー』という物らしい。姫殿下は母君、つまりマリアンヌ王妃から貰ったものだとおっしゃっていた。
自らにとっても大切なモノであろうに、それを惜しげもなく私に譲り渡されたのだ。その信頼に報いなくては女がすたる。
それなのに、この汚らしいアホは、土だらけの鼻でソレを突っつきまわしているのだ。許せるはずがない。
「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」
「宝石なら、アタシもすきだよ」
「ふっふ……
ヴェルダンデは、貴重な鉱石や宝石をその鼻を使って見つけてきてくれるのだよ。
土系統のメイジであるぼくにとって、まさにベストパートナーなのさ!」
「へー、いいな~」
「があぁぁぁっ!
呑気にくっちゃべってないで、早く助けなさいよ!」
いつもは、薔薇がどうとか乙女がどうとか言っているくせに、どうして、そうのほほんとしていられるのよ?
それとも何か? 私が薔薇でも乙女でもないと言いたいのか?
屈辱だ…… ギーシュのくせに生意気よ!
もう他人など当てにはしない。道は自分の力で切り開くのみ!
そう決心して、両腕に力をこめる。
すると、今までビクとも動かなかったのが嘘のように、モグラの巨体が持ち上がった。
しかも、持ち上がるだけにとどまらず、モグラは渦巻く風と共に空中の放り投げられた。
これが竜巻投げというものかしら? ……そんなわけないか。
私がモグラを空中に投げ飛ばしたのではなく、別の力…… そう、魔法の力が働いたのだ。
使われたのは、おそらく『風』のスペル。
ギーシュが激昂している事から、第3者の介入があったのだろう。
「なにをするだぁー、貴様! ゆるさん!」
服に付いた土を払いながら立ち上がり、ギーシュの向いている方に目を向ける。
朝靄をかき分けて現れたのは、羽帽子を被った長身の青年であった。グリフォンのエンブレムが施されたマントを纏い、腰には長い金属製の杖を下げている。
その青年を見て、私はハッとなった。遠い記憶が呼び覚まされる。
この人は……
「貴様ぁ、何者だ!
ぼくのヴェルダンデに、なんていう真似をしてくれるんだ!」
ギーシュが造花の杖を構えた瞬間、烈風によって杖だけが吹き飛ばされた。
けれど、そんな事は問題ではない。青年を穴があくほどに観察する。
口元に髭を生やしているが、間違いない。子供の頃の記憶に残っているあの人の面影が、確かに感じられる。
私は目を丸くして、ポカンと見上げていた。青年の顔から眼を外すことが出来ない。
「僕は敵ではない。姫殿下より、君たちを守るよう命じられてきたのだ。
どうにも、君たちだけでは心もとないらしい。しかし、お忍びの任務ゆえ、一個小隊をつけるわけにもいかない。
そこで、僕が任命されたわけさ」
青年は羽根つき帽子を脱いで胸の前で抱え、優雅に一礼した。
記憶の中にある声、仕草がソレと一致する。
「王室の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵だ。
以後、よろしく頼む」
名乗りを聞き、全ては確信へと変わった。間違いなく彼だ。
記憶に埋もれかけていた思い出に、鮮やかな色が戻る。
ギーシュは、相手が魔法衛士隊の隊長だと聞いて、文句も言えずにうなだれてしまった。
無理もないだろう、相手は確かな実力を持つメイジだ。喧嘩を売るには分が悪すぎる。
青年、いや、ワルドは、ギーシュへ声を掛けた。
「そこの君、すまないね。そのジャイアントモールは君の使い魔なのだろう?
咄嗟のこととはいえ、手荒な真似をしてすまなかったね。
ただ……」
そこで言葉を切って、私に視線を移した。
視線が交差する。
時間が止まる感覚。目を逸らす事を忘れ、ただ、ただ見上げる。
「僕としても、婚約者がモグラ襲われているのを見て、素知らぬ振りは出来なかったというのを覚えておいてくれたまえ」
「えっ、は、はい。
……てっ、えぇっ?! 婚約者ぁ!?」
ギーシュは、私とワルドを交互に見つめて素っ頓狂な声を上げる。
いつもなら煩わしいと感じる声も、今はそよ風と同じだ。気にもならない。
「ワルド様……」
震える声でなんとか名前を呼ぶ。名前を呼ぶのが、こんなにも緊張する事だとは思わなかった。
呼びかけに応え、ワルドがにっこりと笑いかけてくる。
それは、子供の頃に見たあの笑顔と変わっていない。憧れたモノ、そのままだ。
「久しぶりだね、ルイズ!
僕のルイズ! 元気にしていたかい? もしや、僕を忘れていないだろうね?」
「忘れるわけがございませんわ。お久しぶりでございます」
高鳴る胸の鼓動を抑えて、社交辞令的な挨拶を返す。
ワルドの顔をまともに見る事が出来ない。目と目が合ったなら、きっと何も言えなくなるだろう。
と、不意に視界が反転し、空を見上げる形になった。
そして、ワルドと目が合った瞬間、何が起こったのかを理解した。私はワルドに抱きかかえられているのだ。
力強く、それでいて優しいワルドの両腕を背中と足に感じる。
いわゆる、お姫様だっこというヤツだ。ワルドが私の顔を覗きこんでくる。
「ハハハっ、君は相変わらず軽いね!」
「……恥ずかしいですわ」
「恥ずかしがることはないさ、小さなルイズ。
さあ、彼らを紹介してくれるかな?」
そう言うと、私は地面へと降ろされた。
少し名残惜しくも感じるが、あれ以上抱きかかえられていたなら、どうなっていたか分からない。
火照る頬を片手で押さえながら、もう片方の手でギーシュとモー・ショボーを順に指差し、紹介する。
「はい、学友のギーシュ・ド・グラモンと、私の使い魔のモー・ショボーです。
ついでに言うと、さっきのモグラは彼の使い魔です」
「グラモン? もしかして、あのグラモン元帥の息子かい?」
「は、はいっ、そうです。グラモン家が四男、ギーシュ・ド・グラモンであります!
姫殿下より賜ったこの任務、命に代えてもやり遂げる所存であります!」
「うむ、任務が成功したならば、僕からそう報告しておこう」
直立不動で敬礼するギーシュから視線を外すと、ワルドは気さくな口調でモー・ショボーに話しかけた。
「さて、君がルイズの使い魔かい? まさか、亜人だとは思わなかったな。
僕の婚約者がお世話になっているよ」
「ねえねえ、コンヤクシャってな~に?」
せめて、初対面の人には挨拶をして欲しいものだ。
使い魔がこんな態度では、私の品性が疑われてしまう。
最低限の礼儀くらいは教えておけばよかった。今更ながらそう思う。
「将来を誓い合った仲だという事さ」
「ん~? どういうこと?」
ワルドは嫌な顔ひとつせず、簡素に説明する。
だが、モー・ショボーはいまいち理解出来ないらしく、首を捻って考え込む。
それにしても、臆面もなしにそんな事を言われると、照れてしまう。
大体、婚約は親同士の口約束みたいなもので、正式なモノではない。
いや、ワルドの事が嫌いっていうわけじゃない。むしろ、尊敬しているし、憧れもある。
だけど、もう少し順序というものが……
「分からないのならそれでいいさ。
さて、互いの紹介も済んだことだし、そろそろ出発しようか。時間が惜しい」
そう言うと、ワルドはおもむろに口笛を吹いた。甲高い口笛が響き渡り、やがてか細く消えてゆく。
暫くすると、朝靄をかき分けて、空からグリフォンが舞い降りた。背中には、騎乗するための鞍が乗せられている。
「さっ、おいで、ルイズ」
身軽にグリフォンに跨ると、ワルドは手をさし伸ばしてきた。
ドギマギしながらその手を取ると、鞍上に引き上げられ、背中から抱きすくめられる。
やだっ…… 人前でこんな事されるなんて、頭がフットーしちゃうよぉ。
「では、諸君! 出発だ!」
ワルドが勇ましく号令をかけると、グリフォンが力強く羽ばたき浮遊感が生じる。
下を向くと、ギーシュは慌てて馬に跨るのが見えた。見る見るうちに地面が遠ざかり、風が吹きつけてくる。
空は空気が冷たく、そのお陰か、何とか平静さを取り戻すことが出来た。とはいっても、やはり背中のワルドを意識すると、どうしても顔が火照ってしまう。
こういう時は、何か別の事に意識を向ければいいのだ。ギーシュは地上にいるので駄目だが、私の使い魔なら空が飛べる。
モー・ショボーの姿を探すと、ちゃんと後ろについて来ていた。本気ではないとはいえ、グリフォンのスピードについて来れているのは、我ながら鼻が高い。
でも……、グリフォンを見つめるモー・ショボーの目の輝きがちょっと気になる。
◆◇◆
道中、多少のトラブルもあったが、夜中にラ・ロシェールへと無事到着した。一行の中には、何故かキュルケとタバサが増えている。
なんでも、私たちが出発するところをキュルケが見ていたらしく、好奇心丸出しで追いかけてきたらしい。
碌な準備をする時間もなかったのか、タバサはパジャマ姿のままだった。非難がましい目を向けられたが、そんな物はキュルケにしてほしいところだ。
合流した経緯は省略するが、野盗に襲われていたところにしゃしゃり出てきたとだけ言っておこう。
襲ってきた野盗を尋問すると、どうやら物取りであったようだ。
しかし、グリフォンに乗っているメイジを襲うとは考えが浅い奴らである。返り討ちにあうとは、考えなかったのだろうか?
どうも、アルビオンの騒動の所為で、ラ・ロシェール近辺の治安が悪化しているようだ。
傭兵やならず者が、戦火におびき寄せられているのだろう。
そして、私達はラ・ロシェールで一日を過ごし、再び夜となった。
夜空では、赤の月が白の月の後ろに隠れ、1つとなった月が青白い光を放っている。
月に一度あるこの『スヴェルの夜』の翌日、ラ・ロシェールにアルビオンが最接近するのだという。そのため、アルビオンに出航するフネはなく、一日足止めされてしまったのである。
階下では、ギーシュ達が酒盛りをして盛り上がっているが、私はそういう気分にはなれず、部屋に戻っていた。
モー・ショボーは酒盛りに参加していて、傍には居ない。
どうも、あの子はワインがいたく気に入ったようで、浴びるように飲んでいる。飲み過ぎないように言っておいたが、ちょっと不安だ。
開け放たれた窓からは、夜風に乗って階下の騒ぎが聞こえてくる。
「はぁ……」
窓辺に寄り添い、夜空を見上げる。星屑が瞬く夜空の向こうにアルビオンがある。
聞いた話では、ウェールズ殿下率いる王党派は、アルビオンの端、ニューカッスル付近に追い詰められているそうだ。
もう一刻の猶予もない。王党派の命運は、風前の灯火である。
はたして、レコン・キスタに包囲されている所にどうやっていけばよいのか、とんと見当がつかない。
与えられた任務の重さと困難さに気が重くなる。
と、その時、扉を叩く音が静かに響いた。
「ルイズ、僕だ。入ってもいいかい?」
「ワルド……?
……ええ、どうぞ」
誰とも話す気にはなれなかったが、追い返す訳にもいかない。
ワルドを招き入れる。
「どうしたんだい? 1人ぼっちで」
「……今は、1人でいたいの」
「心配なのかい?」
「…………」
不安でないわけがない。内心を見透かされ、言葉に詰まる。
しかし、ワルドはそんな私を見て、自信ありげに笑い飛ばした。
「ふふ、心配することはないさ。僕がついているんだからね。
なにも問題ないさ。そう、なにも、ね」
「そうよね、貴方がいれば、きっと上手くいくわよね。
昔から頼もしかったもの。」
自信満々のワルドに微笑み返し、昔を思い出す。
あの時もそうだった。
魔法の事で母様に叱られ、使用人からも優秀な姉と比較される声に耳をふさぎ、中庭の小池で泣いていた時。
その時も、ワルドは優しい言葉で慰めてくれた。大きく温かい手で頭を撫で、涙を拭ってくれた。
あの時の事は、今も鮮明に憶えている。
ワルドに出会ったからこそ、立派な貴族になろうと思ったのだ。
しかし、いくら志が高かろうとも、現状はどうだ? 完膚無きまでに劣等性ではないか。
魔法を使えば必ず失敗する、いくら座学や品位を身につけようとも、貴族ならば当り前に使える魔法を使えないのでは意味がない。
眼を瞑ろうとも、理想と現実の乖離を嫌という程に思い知らされ、膝を折りそうになることも多々あった。
「何を考えているんだい?」
「い、いいえ…… 何でもないわ」
「ふむ、そうかい?
そうだといいんだが、もしかして君は、自分の事を役立たずだとか思っていないかい?」
その言葉が胸に突き刺さる。
学院の誰にそう言われようとも平気だが、ワルドからそう言われると胸が張り裂けそうだ。
けれど、そう言われても仕方がないと思う。
10年前ならまだしも、未だに魔法が成功したためしがないのだから、愛想を尽かされるのも当然だ。
「ルイズ、それは違う。確かに君は、不器用で失敗ばかりしていたけれど、それは違うんだ。
デキが悪いなんて言われて、お姉さん達と比べられていたけれど、それは間違いだ。誤った評価だ。
僕は君に何か、他の人にはない輝きがあると感じていた。そして、再会してそれが間違いでないと確信したよ。
君は特別なんだ。君には特別な力がある」
「意地悪ね……
そんな慰めなんて、惨めになるだけだわ」
ありもしない事を言われたところで、信じられるはずがない。
10年前なら無邪気に喜べたかもしれないが、自分が何者でもないことは、私がよく知っている。
ワルドが言う様な特別な力なんて、あるわけがない。
「嘘じゃないさ。
僕だって並みのメイジじゃない、だからこそわかる。君には、特別な力がある」
「でも、そんなの信じられないわ。もう、子供じゃないのよ?」
「例えば、君の使い魔……」
「モー・ショボーのこと?」
どうしてここで、あの子の話が出てくるのだろう?
それに、ワルドの様子がおかしい。どこがおかしいのかは分からないけれど、何かが違う。記憶にあるソレとは、微妙な差異がある。
声こそ優しいが、何処か不気味な印象すら覚えてしまう。
「そうだ、アレは尋常な使い魔ではない。
伝説の使い魔、始祖ブリミルが使役していたといわれる『ガンダールヴ』だ。
左手にルーンが浮かびあがっているだろう?」
「え、ええ。
確かに左手にルーンがあるけれど、そんな……
伝説だなんて、信じられるわけがないわ」
確かにあの子の左手にはルーンが刻まれている。
強力な先住魔法を使うという点では普通ではないけれど、それは、ルーン云々は関係が無い筈だ。
倫理観が欠けているところはあるけれど、それは人間社会の価値観を知らないだけで、それ以外は子供と一緒だ。
とてもじゃないが、伝説の使い魔だなんて信じられるわけがない。
「信じる信じないは君の自由だ。けれど、それが真実だとじきにわかるさ」
「…………」
ワルドの顔はいたって真面目だ。冗談を言ってるようにも見えない。
本当か嘘か判別がつかないが、1つ疑問に思う事がある。
なぜ、ワルドはこんな事を言い出したのだろうか?
私に自信をつけさせるため? いや、違う。
いきなり伝説だなんていわれて、ハイそうですかと信じられるほど子供じゃない。
それは、ワルドだって分かっている筈だ。
それならば、なぜ……
「この任務を無事に終えたら、僕と結婚してくれないか、ルイズ?」
「えっ……?」
私の耳が確かならば、プロポーズのように聞こえた。
鳩が豆鉄砲をくらったかのように目をパチクリとさせる私に、ワルドは続ける。
「唐突だとは思うし、今までほったらかしにしておいて言えた義理じゃないのは分かっている。
だけど、僕には君が必要なんだ。君となら、僕は更に上を目指せる」
「…………」
結、婚?
いつかそういう時がくるものだと漠然と思っていたけれど、これは唐突過ぎる。心の準備なんて、欠片ほども出来ていない。
再会しただけで既に持て余しているというのに、これ以上は頭がパンクしそうだ。
「あ、あのねワルド、私はまだ学生なのよ? 結婚なんてまだ早いわ。
それに、魔法だって全然ダメで……」
「僕は本気だよ、ルイズ。冗談でこんな事は言わない。
返事は今すぐとは言わないけれど、考えておいてくれないか?
手紙を回収したらもう一度聞くから、それまでに心を決めておいてほしい」
そう言って、ワルドは踵を返して部屋から出ていった。
部屋に1人取り残され、両肩を掻き抱く。
冷たい月の光が部屋に長い影を落とし、沈黙が場を支配する。
そっと壁に背を預けると、影もそれに倣って動く。その様をボンヤリと見つめながら、先ほどのやり取りを反芻する。
プロポーズをされて嬉しくないわけがないけれど、どこか釈然としない。
はたして、10年という年月は長過ぎたのだろうか? 手放しには喜べない自分に首を捻る。
本来ならば、拒む要素はない筈だ。ならば、何故……
思考の海に沈んでいきそうになったその時、階下からギーシュの叫ぶ声が耳に届き、現実に引き戻された。
「敵襲だーっ!」
-後編へ続く-
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