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「ゴーストステップ・ゼロ-17」(2009/02/22 (日) 09:01:59) の最新版変更点
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#navi(ゴーストステップ・ゼロ)
“女神の杵”亭の中庭で行われたヒューとワルドの手合せは、ワルドの勝利という形で終結した。
「ちょっと、ヒュー!大丈夫なの?」
ヒューが飛ばされた[実際には飛び込んだ]飼い葉の山に、ルイズが慌てて駆け寄る。
するとどうだろう、ルイズがあと数歩の所まで近付いた時、中から飼い葉にまみれたヒューが出てきた。
「やれやれ、えらい目に遭った。」
ゴーストステップ・ゼロ シーン17 “Masquerade”
シーンカード:カブトワリ(挫折/作戦失敗。極めて危険な状況の発生。崩壊。根本からの破壊。)
見た所、怪我らしい怪我もない。内心、安堵したルイズだったが、口からは全く正反対の言葉が出てくる。
「何言ってるの、メイジ相手に手合せして怪我一つしてないんだから、運がいい方よ。これに懲りたら、少しは御主人様の言う事を聞く事ね。」
「善処するよ。」
「アンタね…。」
ヒューが身体やコートに付いた飼い葉を叩いて落としながら、ルイズに言葉を返していると、対戦相手のワルドが笑みを浮か
べて歩み寄って来た。
「助かったよ、ヒュー君。お蔭で大分勘を取り戻せた、ところで怪我はないかな?十分手加減はしたと思っているんだが。」
「ああ、この通り、ピンピンしてる。流石は魔法衛視隊の隊長を務めているだけのことはある。」
「君も中々のものさ、切り込まれた時は肝が冷えたよ。」
「お世辞として受け取っておこうか。ところでルイズお嬢さん。」
「何?」
「さしあたって今日はする事も無いだろうし、俺は部屋にいる、何かあったら呼びに来てくれ。」
「何、勝手に決めてるのよ」
「とはいってもな、フネは明日にならないと出ない。レコン・キスタの目があるかもしれないから外出も控える、どうしても
宿にいる事になるんだ。なら、部屋か食堂にいるしかないだろう?」
「それはそうだけど…。」
「まぁ、飯時には下りてくるよ。じゃあ子爵、ルイズお嬢さんの相手を押し付けるようで悪いがよろしく頼む。」
「言われるまでも無いさ、ルイズの事は僕に任せて君は十分休養を取るといい。」
「子爵がいればちょっとした外出も問題ないだろうしな、今の内に美味い食事でも摂って来たらいいんじゃないか?」
ルイズの襟を整えながらそう言うと、ヒューは宿の中へと戻っていった。
立ち去るヒューの背中を見ながら、ワルドは目的の完遂に確信を抱いた。何しろ一番の懸念事項だった存在が唯の平民だと
判明したからだ。
確かにあの常軌を逸した体術は脅威だが、所詮は魔法を使えない平民、スクエアの自分に敵うはずもない。第一、手合せでは
切り札は勿論、殺傷力が高い呪文すら封印して勝利したのだ。実戦ならば遠慮する必要もない、次の機会で始末できるだろう。
ワルドはトントン拍子に進んでいく現状に内心、笑いが止まらなかった。
「さて、ヒュー君の提案でもあるし、どうだろうルイズ、昼食は外で摂らないか?」
「ええ、私はいいけど…」
言いよどんだルイズの背中を後押ししたのは、ギーシュだった。
「そうだね、子爵も一緒だし、何より昼食なら問題ないんじゃないかな。」
「ギーシュ?」
「聞けば子爵とは婚約者同士というじゃないか。ならばこの機に少しでも互いの事を知っていく事は、今後の為にもなるん
じゃないか?」
確かにギーシュの言葉にも一理ある。何よりヒューやギーシュとは違い、数年越しの間なのだ、相手がどんな人物か見る事も
大事だろう。
「そうね、それじゃあワルド、エスコートしてくださる?」
「喜んで、ミ・レディ。」
「それじゃあ、ギーシュ。私達は食事を摂ったら、もう一度フネの予定を聞いてみるわ。ヒューに聞かれたら、そう言って
ちょうだい。」
「ああ、分かったよルイズ。楽しんでくるといい。」
そうした会話が終わり、納得したルイズはワルドと連れ立って食事へと出かけた。
時間は少々進み、舞台はヒューとギーシュが泊まっている部屋に移る。
ヒューは先程、手に入れたワルドの映像と声紋データを<ポケットロン>に移し終わった所だった、傍らには厨房で用意して
もらった食事のサンドイッチが置いてある。
さて、これから検証を始めようか等と考えながら、サンドイッチを取ろうと手を伸ばした時、不意に扉が開かれた。
「邪魔するわよ、ヒュー…って何これ。」
盗み聞き防止の為に、扉を覆う様に掛けていたシーツを跳ね除けながらキュルケとタバサが部屋に入ってくる。
「ノック位欲しいものだけどな。何か用か?」
「ちょっと聞きたい事があるのよ。」
「聞きたい事?」
「子爵との手合せ。」
「そう、手を抜いたんじゃないかって、この子が言うのよ。」
キュルケとタバサの目的を聞いたヒューは、とりあえず理由を聞く事にする。
「中々面白い話だな、理由は?」
「三つある、一つは貴方の戦い方。ギーシュと戦った時の技を使っていない。」
「唯の手合せだからな、特に必要ないだろう、子爵も手加減してたしな。」
「そう、特に必要なかった…この手合せ自体が。これが二つ目」
「ギーシュにワルキューレを出してもらえばいいだけだものね。」
「なるほどな、そういう手もあったか。で、最後の三つ目は?」
「女の勘「よ」」
「オーケイ、分かったよ。そこまで言われたら白状するしかないな。」
ヒューは両手を上げて苦笑すると、2人に椅子を勧めて自分はベッドに腰掛ける。
「さて、何を聞きたい?」
「何故、手合せを受けたのか、その理由。」
ある意味、核心を突くタバサの質問のヒューは暫く考えた後、答え始めた。
「実は今朝方教えた情報とは別の情報がある。」
「貴方また隠し事してたの?」
「言えない理由がある…。」
呆れた様にキュルケが声を上げる隣で、タバサがその理由を推察する。
ヒューはタバサに頷いて見せると、次いで口に指を当てて扉と窓を指差す。
その仕草を理解したタバサがサイレンスを、キュルケがロックを窓と扉に掛ける。
「これでいいの?ヒュー。」
「ああ、こういう時に魔法は助かるな。」
「いいから話す。」
「さて、先にこいつを見てくれ。」
そう言ってヒューが出したのは、自分の<ポケットロン>だった。ディスプレイには昨晩の白仮面が映っている。
「これは…、何処かの路地裏ね?時間の表示から見ると夜みたいだけど。」
「そう、こいつは昨日の夜、宿に帰る俺を待ち伏せていたメイジだ。」
「!」
「それって!」
「そう、レコン・キスタだろうな。」
「じゃあ、ルイズと子爵が危ないじゃない!」
ヒューから聞いた話にいきり立つキュルケをタバサが抑える。
「何よ、タバサ。あの2人が危ないのよ?」
「だったら先にヒューが止めてる。」
「……何か理由があるの?ヒュー。」
「少し考えて見ると簡単なんだけどな」
「タイミングが早すぎる?」
「タイミング?」
「そう、君らのお蔭で情報の拡散はある程度抑えられたからな。今の所、この件を知っているのは俺達を含めても10人前後
じゃないかと思っている。」
「そうね、私達が把握しているだけで7人だもの。」
「けど、内6人は一緒にいる。」
「さて、ここで問題だ。白仮面は何故、俺を待ち伏せした…いや、できたんだ?」
2人はヒューが言った言葉を理解すると、その意味に唖然となった。
それはそうだろう、アンリエッタ姫が学園でルイズに話す前に誰かに漏らさない限り、このタイミングで待ち受ける事は不可
能といっても間違い無い。そうなると疑惑はただ1人に絞られる。
「まさか、あのワルド子爵が…」
「けど、彼以外漏らす人間がいない。」
【かなり低い確率で物取りの可能性もあるけどな】
「そこで、“これ”だ」
と、言いつつヒューは<ポケットロン>を操作する。音量を操作し最大近いレベルに上げた後、動画を再生。
2人の、というよりヒューの一方的な話の後、白仮面がエア=ハンマーを唱えた瞬間、再生を止める。次いで先程の手合せで
ワルドがエア=ハンマーを唱える場面を再生。悪戯っぽい笑いを浮かべたヒューは、2人に尋ねる。
「さて、何か気が付いたかい?」
「詠唱速度、声色共に」
「似てるわね」
「そう、似ているだけだ。」
「?」
「どういう事、これが証拠じゃないの?」
「似ているだけなら良く似た他人、という可能性もある。そこで、こうする」
さらに<ポケットロン>を操作し、二つの呪文を同時に再生・声紋を表示する。
「何?この変な模様。」
「こいつは声紋のパターンさ。」
「声紋?」
「声紋を説明する前に一つ話をしようか。音とは何か説明できるかい?」
「音?」
「よく分からないわね、音は音じゃないの?」
訝しげな2人にヒューは、身振り手振りを交えて軽い説明を始める。
「残念ながらそれだけじゃないのさ。音というのは波・振動の事でもある。」
「波や振動?」
「そう、遠くに声を届けるには大声を出すだろう?それは大きな波を空気に与えているという事だ。
小さな声だと小さい波しか生まれない、だから遠くへその声は届かない。」
「水面に波紋を出すのと同じ原理?」
「そう、正にその通り。大きな波紋はより強い波を発生させる。
人は声を出す際、呼気で声帯と呼ばれる器官や人体の様々な場所を振動させて、それぞれ固有の声を出す。
何しろ体全体の問題だからな、いくら声色を真似ようとも誤魔化しが効かないモノの一つだ。」
「なるほどね…。ああ、あのシーツはその為?」
「?」
「よく分かったな。そう、盗聴防止用だよ、焼け石に水程度のものだけどね。」
「で、どうなの?ヒュー。その声紋って…」
「ドンピシャ、一致したよ。」
予想通りの結果が出た事にヒューは何の感慨も受けていないようだった。
【で、相棒。これからどうするんだ?】
「暫く泳いでもらうさ。」
「どうしてよ、すぐに捕まえれば楽じゃない。というよりルイズは大丈夫なの?」
「なるべく被害が出ないようにしたいんだよ、一応スクエアだから何が出てくるか分かったものじゃない。
やるとすると、俺達が手紙を取り戻した後だな。少なくともそれまではルイズお嬢さんが必要だし、その方がヤツにとって
も都合がいいはずだ。
ところでお2人さん、それとデルフ。」
「何?」「何かしら。」【何だい、相棒】
「風の魔法で注意しときたい魔法ってあるか?」
【そりゃあ、アレじゃねえか?】
「偏在」
「ああ、確かにね。あれは厄介だわ。」
「それは、どんな魔法なんだ?」
ヒュー以外の2人と1本が口を揃えて言う、“偏在”なる魔法に興味を引かれて聞いてみる。
【風が何処にでもある事を象徴する魔法でな、魔法で自分と同じ存在を作り出すのさ。】
「しかも、その存在は自己判断可能な上、魔法も使う。」
「距離とか関係無しに出てくるしね、おかげでミスタ・ギトーの煩い事といったら…。」
練金に続く魔法の不条理をヒューはまた一つ知った。
頭を抱えているヒューの肩を叩いて励ましたキュルケが、疑問を口にした。
「ところでヒューって、いつ位から子爵が怪しいって思ってたわけ?」
「そうだな、いつ位かというと…襲われた時かな、この映像を見てくれ。今朝の子爵と昨日の夜の白仮面だ…何か気付いた事は?」
「杖?」
「そういえば確かに似ているわね。」
【加えてご丁寧に顔まで隠しているしな、関係者だって白状しているようなものさ。】
「一応、それでも魔法衛視隊の誰かという可能性も考えていたんだが。まさか本人とは…いや、もしかしたらこれこそ偏在な
のかもしれないな。」
「可能性はある。」
「そうね、この時間帯なら私達まだ起きてただろうし、偏在と考えた方がいいでしょうね。」
「全く、面倒な話だ。」
「ところで、この事を他の2人に言わなくてもいいわけ?」
「止めた方がいい。」
【だな】
「あら、どうしてよ。戦力は多い方がいいじゃない?」
【無理だって、あの2人に腹芸…隠し事ができると思うかい?】
「……無理ね。」
「態度でばれる。」
「という事でね、いいタイミングを見計らって何とかする他ないのさ。」
「なるほどね、分かったわ。何かあったら私達も手を貸してあげる。」
そう言うと、2人は窓と扉に掛かっていた魔法を解除した後、自分達の部屋へと戻っていった。
その後、ルイズとワルドが宿に戻り、ヒューを除いた全員が夕食を摂り終えた頃だろうか。
食後の弛んだ空気は宿の軒先から響いてきた怒号によって、いささか強引に終わりを告げた。
「いたぞ!この宿だ!」
着込んでいる鎧や、手に持つ様々な武器から見て傭兵の類だろうか。平時であれば、躊躇なく盗賊に鞍替えしそうな雰囲気の
連中だ。
その一団はルイズ達を見つけると、警告も何もせず飛び道具を射掛けて来る。
襲われた方はテーブルの下に急ぎ避難すると、床に固定されているテーブルの足を練金で崩して、即席のバリケードにする。
「何なのあいつら!」
「恐らく、レコン・キスタに雇われた連中だろう。」
「でしょうね、こちらの戦力が多いから削りに来たのかしら?」
「そう考えるのが妥当。」
「し、しかし、どうするんだね。連中、玄関から射掛けてくるだけで此方に攻め込んで来ないが…。」
ギーシュがそんな疑問を口にした瞬間、ここにいなかった男の声が突如響いてきた。
「トリック・オア・トリート。
どうしたんだい、いきなりエキサイティングなシーンじゃないか。」
「ヒュー!アンタ何してたのよ。」
「メシを食いに下りようかと思ったら、いきなり騒動が始まってたからな。ほら、全員分の荷物だ。
で、どういう状況なんだい?」
「どういうも何も無いわ、連中いきなり襲ってきたのよ。」
「反撃は?」
「魔法の有効射程外」
「恐らく、連中の中に対メイジ戦の経験がある人物がいるんだろうな。」
「可能性はある、もしかしたら雇ったヤツの指示かもしれないが…。」
ワルドの予想をヒューが補足する。そんな2人にルイズが焦れたように話しかける。
「で、どうするの?」
「どうするもな、これじゃあ千日手だよ。此方は攻め込めない、向うも決定力不足。しばらく待ってれば矢が尽きて撤退する
だろう……そうか、連中は足止めが目的だ。」
「どういう事?」
「なるほど、僕にも分かったよヒュー君。ルイズ、レコン・キスタの目的はフネだ、連中はフネを飛ばせない様にするのが
目的なんだよ。」
「何ですって!」
「確かに、時間を稼げばこの任務の意味は失われる。」
「じゃあ、のんびりなんてしてられないわね。」
「大変じゃないか!そうなると何が何でも連中を退けないと。」
レコン・キスタの目的を知ったタバサ以外の学生はいきり立った、そんな彼等にワルドが語り始める。
「良いかな、諸君。このような任務では半数でも目的の場所へ辿り着ければ、成功とされる。そこで囮組とアルビオン組に分
けようと思うのだが。」
「ただでさえ少ない戦力を分ける必要は無いだろう。」
「ほう、ヒュー君にはこの状況を打開する秘策でもあるのかな?」
自分が提案した作戦を真っ向から否定した平民に、ワルドは不快感を押し隠して質問を返す。
返されたヒューは、自分の荷物から緑色の筒のような物を取り出す。ギーシュやワルドは知らなかったが、ルイズ達は、それ
が<破壊の杖>と呼ばれている物と、どこか似通った雰囲気を感じていた。
「策じゃなくて道具だけどな。タバサ、俺がこいつを投げたら、風で玄関の外まで飛ばしてもらえるか?」
「分かった。」
「いいか、こいつを投げたら目と耳をしっかり塞ぐ事。しなかったらえらい目に合うからな。」
ヒューの真剣な表情にルイズ達はただ頷き、早々と目と耳を塞いでいた。
「タバサ、準備は?」
「いつでも」
タバサの返事を聞いたヒューは、筒の上部に付いていたピンを引き抜くと、襲撃者達に向かって放り投げた。次いでタバサが
風で玄関口に放り込む。
ヒューとタバサはバリケードの内側に伏せて目と耳を塞ぐ。
次の瞬間。ルイズ達の耳に甲高い轟音が響き、目蓋の裏側には閃光が瞬いた。
「い、一体何が…」
「う~、まだ耳がキンキンするよ。」
塞ぎ方が甘かったのか、ワルドとギーシュがふらふらとする頭で周りを見回すと。先程までの喧騒が嘘の様に静まり返っていた。
そんな2人にヒューが笑いを含んだ声で話しかけてくる。
「ギーシュ、子爵。大丈夫か?」
「ああ、何とかね。」
「ヒュー、今のは一体。」
「話は後だ、今は桟橋に行こう。多分そっちにはメイジもいるはずだ。」
ヒューに促されて立ち上がったワルドが見たのは。宿の外で、呻きながら倒れ伏す傭兵達だった。
恐らく、さっきの閃光と轟音が彼等に何らかのダメージを与えたのだろう。
宿を出たルイズ達はワルドの先導で桟橋へ向かっていた、殿はヒューが勤めている。
しっかりとした造りの建造物があればシルフィードやグリフォンを呼んだのだが、生憎とそこまで建築技術が発達していな
かったので、全員が足を動かす事になった。
暫くラ・ロシエールの街を進むと、そこには巨大な樹木が聳え立っていた。
流石にニューロエイジに存在する、超高層ビルやアーコロジー、軌道エレベーターには及ばないが、自然にできた物として見
ると、なるほどこれは驚愕に値する光景だ。
見ると、樹木には木の実の様に船舶が吊り下げられている。恐らくあれが空を行くフネというものだろう。
吊り下げている枝毎に、樹を巻く様に階段が取り付けられている。
「ちょっとまて、あれを上るのか?」
「何言ってるの、上らないとフネに乗れないでしょう。」
「もしや、ヒュー君は高い所が苦手なのかな。」
「いや、流石にそんな事は無いんだが。待ち伏せの可能性がある以上、ここは危険だろう。」
「だけど、登らないわけにはいかないよヒュー。」
「いや、別に馬鹿正直に階段を登る必要はないだろう。子爵がグリフォンをタバサがシルフィードを呼んで、直接乗り付け
ればいいじゃないか。」
「た、確かにそうだが。」
「周囲を見た所そういった幻獣はいないようだし、待ち伏せされていてもフネに潜伏していない以上、問題は無いだろう。」
「じゃあ、タバサお願いね。」
ヒューの真っ当な意見にワルドは反論を封じられた上、いち早くキュルケがタバサに頼んでしまった為、ワルドもグリフォン
を呼ばざるを得なくなった。
シルフィードとグリフォンが到着するまでの間、ルイズ達はヒューに先程の道具について質問をしていた。
「ところで、さっきの道具って何だったの?」
「そうそう、まだ耳鳴りがするよ。」
「ギーシュ、忠告はしたはずだぞ。あれは<スパイスガール>っていう俺の故郷の道具だ。効果はさっき経験した通り、強烈
な閃光と轟音で効果範囲の対象に対してダメージを与える非殺傷兵器さ。」
「たかが光と音であんな惨状になるのかい?」
「光や音は馬鹿にしたもんじゃないぞ、俺の故郷では武器だってある。光や音は人を殺せるんだ。」
ヒューの言葉に興味を引かれたのか、ワルドが会話に入ってくる。
「ほう、例えばどういった原理で人を殺すのかな?差し障りがなければ教えて欲しいな。」
「レンズで光を集て火をつけるのと原理は同じさ、詳しい事は専門家じゃないから、聞かれても説明は難しいな。
来たみたいだな。」
「ああ、そのようだ。」
【あぶねぇ!避けろ相棒!】
「がぁっ!」
全員がシルフィードとグリフォンを確認した刹那、デルフの警告に無意識に従ったヒューの左肩を風の刃が切り裂いて行く。
ヒューの肩から血が噴水の様に迸る、反射的に傷口を押さえてエア=カッターが飛んできた方向を見ると、其処には白仮面を
被った偏在ワルドが杖を構えて立っていた。
「やれやれ、こんな所までおでましとは。少しばかり超過労働じゃないのか?ミスタ・クラウン。」
「ヒュー!」
「危ない!下がっているんだルイズ!」
「ワルド!でもヒューが」
「分かっている、どちらにしろあのメイジがいなくなるまで幻獣に乗れない。お嬢さん方、それにギーシュ君。ルイズと幻獣
を守ってくれ。」
「任せておいて」
「承知」
「わ、分かりました!」
学生達に指示を出したワルドは、ヒューの横に出る。
「やれそうかね?」
「何とかね、利き腕じゃなくて助かったよ。利き腕だったらワインを飲むにも一苦労するところだ。」
「減らず口をそれだけ言えれば上等だろう。ではいこうか」
ワルドの言葉と共に、2人は弾ける様に左右に分かれる。直後、白仮面が放ったエア=ハンマーが、先程まで2人がいた空間
に炸裂する。
左に飛んだワルドが、移動しながら生成したエア=ニードルで刺突を繰り出す。
その動き、呪文詠唱。共に“閃光”の2つ名に相応しい鋭さ、速度、苛烈さを持っていた。
ワルドが突き出したエア=ニードルは白仮面の胸を深々と抉り取る、そうして次の呪文を矢継ぎ早に唱える。
その射線上にはヒューがおり、さらにその向うには断崖があったが、その呪文は止まらなかった。
右に飛んだヒューは、デルフリンガーを右手一本で抜き放ち、白仮面に斬り付けていた。
その時、ヒューには笑みを浮かべたワルドが白仮面の胸を抉りながら、次の呪文を詠唱しているのが見え・聞こえた。
昨日の夜から都合2回、直に聞いた間違えるはずが無い呪文、エア=ハンマーの呪文。
後は断崖絶壁。なるほど、用済みの偏在を消すと同時に俺を始末する気か、と確信する。
(けど、まぁ残念ながらこれ位、N◎VAじゃあ日常茶飯事さ!)
ヒューの意識が加速する、意思の力は時として肉体の枷を取り外し、人に奇跡を約束する。
視界はモノクロームに置き換わり、世界は限りなく静止していく。
仮初の静止した世界の中、ヒューだけが自由だった。そう、この瞬間、ヒューは己ができる事なら何でも出来る、ワルドの首
を落とす事さえ…。
しかし、今はまだ無理だ。そう、≪このワルドが本体だという確証が無い限り≫、目の前の道化師[クラウン]を消した所で、
次の道化師が出てくるだけだ。毒蛇は頭を潰すに限る、だからこそ今は泳がせる。
ヒューはワルドの背後に着地して、一つ息を吐く。
ヒューの意識がゆっくりと元の早さに戻り、オンボロの肉体に再び枷が嵌められる。
視界はモノクロームから色鮮やかな世界に、世界は時を取り戻していく。
ワルドの呪文が完成する、エア=ハンマーが己の偏在を目障りな平民ごと断崖の向うに打ち落とす。
これで、自分の計画を阻む要素が一つ減った、ルイズ再び孤独になり自分を頼る事になるだろう。
全くもって笑いが止まらなかった。ああ、ルイズ達に背を向けていて良かった、もしこの笑いを見られていたら面倒だったろう。
「トリック・オア・トリート。
お見事だな、子爵。流石は魔法衛視隊の隊長サマ、全くもって見事な手際だったよ。」
瞬間、ワルドの身体は動きを止め、心は凍りついた。
何故だ、何故、背後からあの男の声が聞こえる!偏在と共に断崖から落としたはず…、こいつも偏在を使えるのか?
いや、あいつは杖を持っていなかった!無事な方の手には剣を持っていたじゃないか!
ワルドはヒューが何なのか、さっぱり分からなかった。妙な知識と道具を持っている、頭が回るだけの唯の平民だと思っていた。
しかし、“それ”は己が必殺を期して放った攻撃を避けきったどころか、気配も感じさせずにすぐ傍にまで近寄っていたのだ。
一体、己の婚約者は何を呼び出したのだ?虚無の使い魔というのは、須らくこの様な化け物だというのか。
ワルドの胸中には、この旅に出る前の高揚など、最早一片たりとも残ってはいなかった。
今、彼の心を占めるのは、得体のしれない使い魔に対する恐怖と、これから先の旅に対する不安だけだった。
襲撃者の追撃を辛くもかわしたルイズ達は、当初の予定を半日ほど繰り上げてラ・ロシエールを発ち、天空の国へと旅立つのだった。
#navi(ゴーストステップ・ゼロ)
#navi(ゴーストステップ・ゼロ)
“女神の杵”亭の中庭で行われたヒューとワルドの手合せは、ワルドの勝利という形で終結した。
「ちょっと、ヒュー!大丈夫なの?」
ヒューが飛ばされた[実際には飛び込んだ]飼い葉の山に、ルイズが慌てて駆け寄る。
するとどうだろう、ルイズがあと数歩の所まで近付いた時、中から飼い葉にまみれたヒューが出てきた。
「やれやれ、えらい目に遭った。」
ゴーストステップ・ゼロ シーン17 “Masquerade”
シーンカード:カブトワリ(挫折/作戦失敗。極めて危険な状況の発生。崩壊。根本からの破壊。)
見た所、怪我らしい怪我もない。内心、安堵したルイズだったが、口からは全く正反対の言葉が出てくる。
「何言ってるの、メイジ相手に手合せして怪我一つしてないんだから、運がいい方よ。これに懲りたら、少しは御主人様の言う事を聞く事ね。」
「善処するよ。」
「アンタね…。」
ヒューが身体やコートに付いた飼い葉を叩いて落としながら、ルイズに言葉を返していると、対戦相手のワルドが笑みを浮か
べて歩み寄って来た。
「助かったよ、ヒュー君。お蔭で大分勘を取り戻せた、ところで怪我はないかな?十分手加減はしたと思っているんだが。」
「ああ、この通り、ピンピンしてる。流石は魔法衛視隊の隊長を務めているだけのことはある。」
「君も中々のものさ、切り込まれた時は肝が冷えたよ。」
「お世辞として受け取っておこうか。ところでルイズお嬢さん。」
「何?」
「さしあたって今日はする事も無いだろうし、俺は部屋にいる、何かあったら呼びに来てくれ。」
「何、勝手に決めてるのよ」
「とはいってもな、フネは明日にならないと出ない。レコン・キスタの目があるかもしれないから外出も控える、どうしても
宿にいる事になるんだ。なら、部屋か食堂にいるしかないだろう?」
「それはそうだけど…。」
「まぁ、飯時には下りてくるよ。じゃあ子爵、ルイズお嬢さんの相手を押し付けるようで悪いがよろしく頼む。」
「言われるまでも無いさ、ルイズの事は僕に任せて君は十分休養を取るといい。」
「子爵がいればちょっとした外出も問題ないだろうしな、今の内に美味い食事でも摂って来たらいいんじゃないか?」
ルイズの襟を整えながらそう言うと、ヒューは宿の中へと戻っていった。
立ち去るヒューの背中を見ながら、ワルドは目的の完遂に確信を抱いた。何しろ一番の懸念事項だった存在が唯の平民だと
判明したからだ。
確かにあの常軌を逸した体術は脅威だが、所詮は魔法を使えない平民、スクエアの自分に敵うはずもない。第一、手合せでは
切り札は勿論、殺傷力が高い呪文すら封印して勝利したのだ。実戦ならば遠慮する必要もない、次の機会で始末できるだろう。
ワルドはトントン拍子に進んでいく現状に内心、笑いが止まらなかった。
「さて、ヒュー君の提案でもあるし、どうだろうルイズ、昼食は外で摂らないか?」
「ええ、私はいいけど…」
言いよどんだルイズの背中を後押ししたのは、ギーシュだった。
「そうだね、子爵も一緒だし、何より昼食なら問題ないんじゃないかな。」
「ギーシュ?」
「聞けば子爵とは婚約者同士というじゃないか。ならばこの機に少しでも互いの事を知っていく事は、今後の為にもなるん
じゃないか?」
確かにギーシュの言葉にも一理ある。何よりヒューやギーシュとは違い、数年越しの間なのだ、相手がどんな人物か見る事も
大事だろう。
「そうね、それじゃあワルド、エスコートしてくださる?」
「喜んで、ミ・レディ。」
「それじゃあ、ギーシュ。私達は食事を摂ったら、もう一度フネの予定を聞いてみるわ。ヒューに聞かれたら、そう言って
ちょうだい。」
「ああ、分かったよルイズ。楽しんでくるといい。」
そうした会話が終わり、納得したルイズはワルドと連れ立って食事へと出かけた。
時間は少々進み、舞台はヒューとギーシュが泊まっている部屋に移る。
ヒューは先程、手に入れたワルドの映像と声紋データを<ポケットロン>に移し終わった所だった、傍らには厨房で用意して
もらった食事のサンドイッチが置いてある。
さて、これから検証を始めようか等と考えながら、サンドイッチを取ろうと手を伸ばした時、不意に扉が開かれた。
「邪魔するわよ、ヒュー…って何これ。」
盗み聞き防止の為に、扉を覆う様に掛けていたシーツを跳ね除けながらキュルケとタバサが部屋に入ってくる。
「ノック位欲しいものだけどな。何か用か?」
「ちょっと聞きたい事があるのよ。」
「聞きたい事?」
「子爵との手合せ。」
「そう、手を抜いたんじゃないかって、この子が言うのよ。」
キュルケとタバサの目的を聞いたヒューは、とりあえず理由を聞く事にする。
「中々面白い話だな、理由は?」
「三つある、一つは貴方の戦い方。ギーシュと戦った時の技を使っていない。」
「唯の手合せだからな、特に必要ないだろう、子爵も手加減してたしな。」
「そう、特に必要なかった…この手合せ自体が。これが二つ目」
「ギーシュにワルキューレを出してもらえばいいだけだものね。」
「なるほどな、そういう手もあったか。で、最後の三つ目は?」
「女の勘「よ」」
「オーケイ、分かったよ。そこまで言われたら白状するしかないな。」
ヒューは両手を上げて苦笑すると、2人に椅子を勧めて自分はベッドに腰掛ける。
「さて、何を聞きたい?」
「何故、手合せを受けたのか、その理由。」
ある意味、核心を突くタバサの質問のヒューは暫く考えた後、答え始めた。
「実は今朝方教えた情報とは別の情報がある。」
「貴方また隠し事してたの?」
「言えない理由がある…。」
呆れた様にキュルケが声を上げる隣で、タバサがその理由を推察する。
ヒューはタバサに頷いて見せると、次いで口に指を当てて扉と窓を指差す。
その仕草を理解したタバサがサイレンスを、キュルケがロックを窓と扉に掛ける。
「これでいいの?ヒュー。」
「ああ、こういう時に魔法は助かるな。」
「いいから話す。」
「さて、先にこいつを見てくれ。」
そう言ってヒューが出したのは、自分の<ポケットロン>だった。ディスプレイには昨晩の白仮面が映っている。
「これは…、何処かの路地裏ね?時間の表示から見ると夜みたいだけど。」
「そう、こいつは昨日の夜、宿に帰る俺を待ち伏せていたメイジだ。」
「!」
「それって!」
「そう、レコン・キスタだろうな。」
「じゃあ、ルイズと子爵が危ないじゃない!」
ヒューから聞いた話にいきり立つキュルケをタバサが抑える。
「何よ、タバサ。あの2人が危ないのよ?」
「だったら先にヒューが止めてる。」
「……何か理由があるの?ヒュー。」
「少し考えて見ると簡単なんだけどな」
「タイミングが早すぎる?」
「タイミング?」
「そう、君らのお蔭で情報の拡散はある程度抑えられたからな。今の所、この件を知っているのは俺達を含めても10人前後
じゃないかと思っている。」
「そうね、私達が把握しているだけで7人だもの。」
「けど、内6人は一緒にいる。」
「さて、ここで問題だ。白仮面は何故、俺を待ち伏せした…いや、できたんだ?」
2人はヒューが言った言葉を理解すると、その意味に唖然となった。
それはそうだろう、アンリエッタ姫が学園でルイズに話す前に誰かに漏らさない限り、このタイミングで待ち受ける事は不可
能といっても間違い無い。そうなると疑惑はただ1人に絞られる。
「まさか、あのワルド子爵が…」
「けど、彼以外漏らす人間がいない。」
【かなり低い確率で物取りの可能性もあるけどな】
「そこで、“これ”だ」
と、言いつつヒューは<ポケットロン>を操作する。音量を操作し最大近いレベルに上げた後、動画を再生。
2人の、というよりヒューの一方的な話の後、白仮面がエア=ハンマーを唱えた瞬間、再生を止める。次いで先程の手合せで
ワルドがエア=ハンマーを唱える場面を再生。悪戯っぽい笑いを浮かべたヒューは、2人に尋ねる。
「さて、何か気が付いたかい?」
「詠唱速度、声色共に」
「似てるわね」
「そう、似ているだけだ。」
「?」
「どういう事、これが証拠じゃないの?」
「似ているだけなら良く似た他人、という可能性もある。そこで、こうする」
さらに<ポケットロン>を操作し、二つの呪文を同時に再生・声紋を表示する。
「何?この変な模様。」
「こいつは声紋のパターンさ。」
「声紋?」
「声紋を説明する前に一つ話をしようか。音とは何か説明できるかい?」
「音?」
「よく分からないわね、音は音じゃないの?」
訝しげな2人にヒューは、身振り手振りを交えて軽い説明を始める。
「残念ながらそれだけじゃないのさ。音というのは波・振動の事でもある。」
「波や振動?」
「そう、遠くに声を届けるには大声を出すだろう?それは大きな波を空気に与えているという事だ。
小さな声だと小さい波しか生まれない、だから遠くへその声は届かない。」
「水面に波紋を出すのと同じ原理?」
「そう、正にその通り。大きな波紋はより強い波を発生させる。
人は声を出す際、呼気で声帯と呼ばれる器官や人体の様々な場所を振動させて、それぞれ固有の声を出す。
何しろ体全体の問題だからな、いくら声色を真似ようとも誤魔化しが効かないモノの一つだ。」
「なるほどね…。ああ、あのシーツはその為?」
「?」
「よく分かったな。そう、盗聴防止用だよ、焼け石に水程度のものだけどね。」
「で、どうなの?ヒュー。その声紋って…」
「ドンピシャ、一致したよ。」
予想通りの結果が出た事にヒューは何の感慨も受けていないようだった。
【で、相棒。これからどうするんだ?】
「暫く泳いでもらうさ。」
「どうしてよ、すぐに捕まえれば楽じゃない。というよりルイズは大丈夫なの?」
「なるべく被害が出ないようにしたいんだよ、一応スクエアだから何が出てくるか分かったものじゃない。
やるとすると、俺達が手紙を取り戻した後だな。少なくともそれまではルイズお嬢さんが必要だし、その方がヤツにとって
も都合がいいはずだ。
ところでお2人さん、それとデルフ。」
「何?」「何かしら。」【何だい、相棒】
「風の魔法で注意しときたい魔法ってあるか?」
【そりゃあ、アレじゃねえか?】
「偏在」
「ああ、確かにね。あれは厄介だわ。」
「それは、どんな魔法なんだ?」
ヒュー以外の2人と1本が口を揃えて言う、“偏在”なる魔法に興味を引かれて聞いてみる。
【風が何処にでもある事を象徴する魔法でな、魔法で自分と同じ存在を作り出すのさ。】
「しかも、その存在は自己判断可能な上、魔法も使う。」
「距離とか関係無しに出てくるしね、おかげでミスタ・ギトーの煩い事といったら…。」
練金に続く魔法の不条理をヒューはまた一つ知った。
頭を抱えているヒューの肩を叩いて励ましたキュルケが、疑問を口にした。
「ところでヒューって、いつ位から子爵が怪しいって思ってたわけ?」
「そうだな、いつ位かというと…襲われた時かな、この映像を見てくれ。今朝の子爵と昨日の夜の白仮面だ…何か気付いた事は?」
「杖?」
「そういえば確かに似ているわね。」
【加えてご丁寧に顔まで隠しているしな、関係者だって白状しているようなものさ。】
「一応、それでも魔法衛視隊の誰かという可能性も考えていたんだが。まさか本人とは…いや、もしかしたらこれこそ偏在な
のかもしれないな。」
「可能性はある。」
「そうね、この時間帯なら私達まだ起きてただろうし、偏在と考えた方がいいでしょうね。」
「全く、面倒な話だ。」
「ところで、この事を他の2人に言わなくてもいいわけ?」
「止めた方がいい。」
【だな】
「あら、どうしてよ。戦力は多い方がいいじゃない?」
【無理だって、あの2人に腹芸…隠し事ができると思うかい?】
「……無理ね。」
「態度でばれる。」
「という事でね、いいタイミングを見計らって何とかする他ないのさ。」
「なるほどね、分かったわ。何かあったら私達も手を貸してあげる。」
そう言うと、2人は窓と扉に掛かっていた魔法を解除した後、自分達の部屋へと戻っていった。
その後、ルイズとワルドが宿に戻り、ヒューを除いた全員が夕食を摂り終えた頃だろうか。
食後の弛んだ空気は宿の軒先から響いてきた怒号によって、いささか強引に終わりを告げた。
「いたぞ!この宿だ!」
着込んでいる鎧や、手に持つ様々な武器から見て傭兵の類だろうか。平時であれば、躊躇なく盗賊に鞍替えしそうな雰囲気の
連中だ。
その一団はルイズ達を見つけると、警告も何もせず飛び道具を射掛けて来る。
襲われた方はテーブルの下に急ぎ避難すると、床に固定されているテーブルの足を練金で崩して、即席のバリケードにする。
「何なのあいつら!」
「恐らく、レコン・キスタに雇われた連中だろう。」
「でしょうね、こちらの戦力が多いから削りに来たのかしら?」
「そう考えるのが妥当。」
「し、しかし、どうするんだね。連中、玄関から射掛けてくるだけで此方に攻め込んで来ないが…。」
ギーシュがそんな疑問を口にした瞬間、ここにいなかった男の声が突如響いてきた。
「トリック・オア・トリート。
どうしたんだい、いきなりエキサイティングなシーンじゃないか。」
「ヒュー!アンタ何してたのよ。」
「メシを食いに下りようかと思ったら、いきなり騒動が始まってたからな。ほら、全員分の荷物だ。
で、どういう状況なんだい?」
「どういうも何も無いわ、連中いきなり襲ってきたのよ。」
「反撃は?」
「魔法の有効射程外」
「恐らく、連中の中に対メイジ戦の経験がある人物がいるんだろうな。」
「可能性はある、もしかしたら雇ったヤツの指示かもしれないが…。」
ワルドの予想をヒューが補足する。そんな2人にルイズが焦れたように話しかける。
「で、どうするの?」
「どうするもな、これじゃあ千日手だよ。此方は攻め込めない、向うも決定力不足。しばらく待ってれば矢が尽きて撤退する
だろう……そうか、連中は足止めが目的だ。」
「どういう事?」
「なるほど、僕にも分かったよヒュー君。ルイズ、レコン・キスタの目的はフネだ、連中はフネを飛ばせない様にするのが
目的なんだよ。」
「何ですって!」
「確かに、時間を稼げばこの任務の意味は失われる。」
「じゃあ、のんびりなんてしてられないわね。」
「大変じゃないか!そうなると何が何でも連中を退けないと。」
レコン・キスタの目的を知ったタバサ以外の学生はいきり立った、そんな彼等にワルドが語り始める。
「良いかな、諸君。このような任務では半数でも目的の場所へ辿り着ければ、成功とされる。そこで囮組とアルビオン組に分
けようと思うのだが。」
「ただでさえ少ない戦力を分ける必要は無いだろう。」
「ほう、ヒュー君にはこの状況を打開する秘策でもあるのかな?」
自分が提案した作戦を真っ向から否定した平民に、ワルドは不快感を押し隠して質問を返す。
返されたヒューは、自分の荷物から緑色の筒のような物を取り出す。ギーシュやワルドは知らなかったが、ルイズ達は、それ
が<破壊の杖>と呼ばれている物と、どこか似通った雰囲気を感じていた。
「策じゃなくて道具だけどな。タバサ、俺がこいつを投げたら、風で玄関の外まで飛ばしてもらえるか?」
「分かった。」
「いいか、こいつを投げたら目と耳をしっかり塞ぐ事。しなかったらえらい目に合うからな。」
ヒューの真剣な表情にルイズ達はただ頷き、早々と目と耳を塞いでいた。
「タバサ、準備は?」
「いつでも」
タバサの返事を聞いたヒューは、筒の上部に付いていたピンを引き抜くと、襲撃者達に向かって放り投げた。次いでタバサが
風で玄関口に放り込む。
ヒューとタバサはバリケードの内側に伏せて目と耳を塞ぐ。
次の瞬間。ルイズ達の耳に甲高い轟音が響き、目蓋の裏側には閃光が瞬いた。
「い、一体何が…」
「う~、まだ耳がキンキンするよ。」
塞ぎ方が甘かったのか、ワルドとギーシュがふらふらとする頭で周りを見回すと。先程までの喧騒が嘘の様に静まり返っていた。
そんな2人にヒューが笑いを含んだ声で話しかけてくる。
「ギーシュ、子爵。大丈夫か?」
「ああ、何とかね。」
「ヒュー、今のは一体。」
「話は後だ、今は桟橋に行こう。多分そっちにはメイジもいるはずだ。」
ヒューに促されて立ち上がったワルドが見たのは。宿の外で、呻きながら倒れ伏す傭兵達だった。
恐らく、さっきの閃光と轟音が彼等に何らかのダメージを与えたのだろう。
宿を出たルイズ達はワルドの先導で桟橋へ向かっていた、殿はヒューが勤めている。
しっかりとした造りの建造物があればシルフィードやグリフォンを呼んだのだが、生憎とそこまで建築技術が発達していな
かったので、全員が足を動かす事になった。
暫くラ・ロシエールの街を進むと、そこには巨大な樹木が聳え立っていた。
流石にニューロエイジに存在する、超高層ビルやアーコロジー、軌道エレベーターには及ばないが、自然にできた物として見
ると、なるほどこれは驚愕に値する光景だ。
見ると、樹木には木の実の様に船舶が吊り下げられている。恐らくあれが空を行くフネというものだろう。
吊り下げている枝毎に、樹を巻く様に階段が取り付けられている。
「ちょっとまて、あれを上るのか?」
「何言ってるの、上らないとフネに乗れないでしょう。」
「もしや、ヒュー君は高い所が苦手なのかな。」
「いや、流石にそんな事は無いんだが。待ち伏せの可能性がある以上、ここは危険だろう。」
「だけど、登らないわけにはいかないよヒュー。」
「いや、別に馬鹿正直に階段を登る必要はないだろう。子爵がグリフォンをタバサがシルフィードを呼んで、直接乗り付け
ればいいじゃないか。」
「た、確かにそうだが。」
「周囲を見た所そういった幻獣はいないようだし、待ち伏せされていてもフネに潜伏していない以上、問題は無いだろう。」
「じゃあ、タバサお願いね。」
ヒューの真っ当な意見にワルドは反論を封じられた上、いち早くキュルケがタバサに頼んでしまった為、ワルドもグリフォン
を呼ばざるを得なくなった。
シルフィードとグリフォンが到着するまでの間、ルイズ達はヒューに先程の道具について質問をしていた。
「ところで、さっきの道具って何だったの?」
「そうそう、まだ耳鳴りがするよ。」
「ギーシュ、忠告はしたはずだぞ。あれは<スパイスガール>っていう俺の故郷の道具だ。効果はさっき経験した通り、強烈
な閃光と轟音で効果範囲の対象に対してダメージを与える非殺傷兵器さ。」
「たかが光と音であんな惨状になるのかい?」
「光や音は馬鹿にしたもんじゃないぞ、俺の故郷では武器だってある。光や音は人を殺せるんだ。」
ヒューの言葉に興味を引かれたのか、ワルドが会話に入ってくる。
「ほう、例えばどういった原理で人を殺すのかな?差し障りがなければ教えて欲しいな。」
「レンズで光を集て火をつけるのと原理は同じさ、詳しい事は専門家じゃないから、聞かれても説明は難しいな。
来たみたいだな。」
「ああ、そのようだ。」
【あぶねぇ!避けろ相棒!】
「がぁっ!」
全員がシルフィードとグリフォンを確認した刹那、デルフの警告に無意識に従ったヒューの左肩を風の刃が切り裂いて行く。
ヒューの肩から血が噴水の様に迸る、反射的に傷口を押さえてエア=カッターが飛んできた方向を見ると、其処には白仮面を
被った偏在ワルドが杖を構えて立っていた。
「やれやれ、こんな所までおでましとは。少しばかり超過労働じゃないのか?ミスタ・クラウン。」
「ヒュー!」
「危ない!下がっているんだルイズ!」
「ワルド!でもヒューが」
「分かっている、どちらにしろあのメイジがいなくなるまで幻獣に乗れない。お嬢さん方、それにギーシュ君。ルイズと幻獣
を守ってくれ。」
「任せておいて」
「承知」
「わ、分かりました!」
学生達に指示を出したワルドは、ヒューの横に出る。
「やれそうかね?」
「何とかね、利き腕じゃなくて助かったよ。利き腕だったらワインを飲むにも一苦労するところだ。」
「減らず口をそれだけ言えれば上等だろう。ではいこうか」
ワルドの言葉と共に、2人は弾ける様に左右に分かれる。直後、白仮面が放ったエア=ハンマーが、先程まで2人がいた空間
に炸裂する。
左に飛んだワルドが、移動しながら生成したエア=ニードルで刺突を繰り出す。
その動き、呪文詠唱。共に“閃光”の2つ名に相応しい鋭さ、速度、苛烈さを持っていた。
ワルドが突き出したエア=ニードルは白仮面の胸を深々と抉り取る、そうして次の呪文を矢継ぎ早に唱える。
その射線上にはヒューがおり、さらにその向うには断崖があったが、その呪文は止まらなかった。
右に飛んだヒューは、デルフリンガーを右手一本で抜き放ち、白仮面に斬り付けていた。
その時、ヒューには笑みを浮かべたワルドが白仮面の胸を抉りながら、次の呪文を詠唱しているのが見え・聞こえた。
昨日の夜から都合2回、直に聞いた間違えるはずが無い呪文、エア=ハンマーの呪文。
後は断崖絶壁。なるほど、用済みの偏在を消すと同時に俺を始末する気か、と確信する。
(けど、まぁ残念ながらこれ位、N◎VAじゃあ日常茶飯事さ!)
ヒューの意識が加速する、意思の力は時として肉体の枷を取り外し、人に奇跡を約束する。
視界はモノクロームに置き換わり、世界は限りなく静止していく。
仮初の静止した世界の中、ヒューだけが自由だった。そう、この瞬間、ヒューは己ができる事なら何でも出来る、ワルドの首
を落とす事さえ…。
しかし、今はまだ無理だ。そう、≪このワルドが本体だという確証が無い限り≫、目の前の道化師[クラウン]を消した所で、
次の道化師が出てくるだけだ。毒蛇は頭を潰すに限る、だからこそ今は泳がせる。
ヒューはワルドの背後に着地して、一つ息を吐く。
ヒューの意識がゆっくりと元の早さに戻り、オンボロの肉体に再び枷が嵌められる。
視界はモノクロームから色鮮やかな世界に、世界は時を取り戻していく。
ワルドの呪文が完成する、エア=ハンマーが己の偏在を目障りな平民ごと断崖の向うに打ち落とす。
これで、自分の計画を阻む要素が一つ減った、ルイズ再び孤独になり自分を頼る事になるだろう。
全くもって笑いが止まらなかった。ああ、ルイズ達に背を向けていて良かった、もしこの笑いを見られていたら面倒だったろう。
「トリック・オア・トリート。
お見事だな、子爵。流石は魔法衛視隊の隊長サマ、全くもって見事な手際だったよ。」
瞬間、ワルドの身体は動きを止め、心は凍りついた。
何故だ、何故、背後からあの男の声が聞こえる!偏在と共に断崖から落としたはず…、こいつも偏在を使えるのか?
いや、あいつは杖を持っていなかった!無事な方の手には剣を持っていたじゃないか!
ワルドはヒューが何なのか、さっぱり分からなかった。妙な知識と道具を持っている、頭が回るだけの唯の平民だと思っていた。
しかし、“それ”は己が必殺を期して放った攻撃を避けきったどころか、気配も感じさせずにすぐ傍にまで近寄っていたのだ。
一体、己の婚約者は何を呼び出したのだ?虚無の使い魔というのは、須らくこの様な化け物だというのか。
ワルドの胸中には、この旅に出る前の高揚など、最早一片たりとも残ってはいなかった。
今、彼の心を占めるのは、得体のしれない使い魔に対する恐怖と、これから先の旅に対する不安だけだった。
襲撃者の追撃を辛くもかわしたルイズ達は、当初の予定を半日ほど繰り上げてラ・ロシエールを発ち、天空の国へと旅立つのだった。
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