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「ゴーストステップ・ゼロ-16」(2009/02/14 (土) 13:07:26) の最新版変更点
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#navi(ゴーストステップ・ゼロ)
ヒューが、レコン・キスタの刺客と思しきメイジの目を掻い潜り、宿へ帰還を果たしたのは真夜中になろうかという時刻だった。
ギーシュと共に取っている部屋に戻り、相方が熟睡しているのを確認すると、戸締りを確認した後、デルフと共にベッドに潜り込む。
極力、声が漏れないように毛布を頭から引っかぶると、データのバックアップを始める。
ゴーストステップ・ゼロ シーン16 “Duel Game”
シーンカード:マヤカシ(幻影/裏切りの露見。魔的な襲撃。毒。不実な人間の罠。不確かな夢。)
<IANUS>に保存していた刺客の各種情報を見ていると、共に潜り込んでいるデルフが話しかけてくる。
【相棒、さっきから何してるんだ?】
「襲ってきたメイジの事を調べてるんだよ。」
【で、何か分かったのかい?】
「身長は大体180サント程度、呪文の詠唱速度はかなり速い方だろう。杖の形状から白兵戦もかなり自信を持っている、体格もそれなり、羽振りも良さそうだったな。」
<ポケットロン>は視覚情報と聴覚情報をデジタル変換して分析した情報から、刺客の3Dデータを作り上げていく。
それを見ながら、ヒューとデルフは会話を続ける。
【へぇ、結構な強敵じゃないか。】
「だな、呪文の選択も問題無い…、あの状況だとエア=ハンマーはかなり厄介だ。」
【そうだな。エア=カッターは避けられるし、ウィンド=ブレイクは対処する時間を取られる。
しかし、あそこでオレサマを使わなかったのは、何か理由があるのか?】
「大した理由はないな、性分っていうのがかなりあるだろう。後は警戒してるのさ。」
【警戒?今でもしてるだろう。……裏切りか?】
「可能性としてな、あまりにもタイミングが良すぎる。」
【連中がこの街で網を張っていたっていう可能性は?】
「あるだろうな…けど、戦力を潰すのなら到着したばかりのお嬢さん達を狙わなかったのは不自然だ。」
【そりゃまたどうして、仮にもメイジがいるんだぜ?】
「今では+3人だ。それにこれから疲労も回復するから、リスクは増える一方だ。
加えてあの時点なら、足手まといのお嬢さんがいる、お嬢さんを守りながらとなるとあの子爵でも厳しいだろう。
というより俺なら狙うね、数少ないスクエアメイジを潰せる機会だからな見逃す手はないだろう、それに網を張っていたというのなら色々仕込めるしな。」
【なるほど、じゃあさっきの襲撃はあくまで、たまたまって事か。】
「だな、俺が宿を出るのは誰も知らなかったし、完全なイレギュラーだろう。
そこで問題だ、デルフ。“ヤツは何故襲ってきた?”」
【そりゃあ、オレ達が密命を…あれ?】
「そういうことだ、大っぴらに宣伝していない以上、普通に見れば俺達は“ただの”とは言えないだろうが、旅行者だ。
だったら、どこかで情報が漏れているんだろう。」
【なら、あの子爵かい?】
「そこら辺が妥当だろうな。第一、情報伝達用の魔法が無い以上、一行の中にスパイがいると考えた方が自然だ。
腹芸ができないルイズやギーシュは論外だ。キュルケやタバサも可能性はあるが、かなり低いだろうな。姫殿下が漏らした可能性はそれなりにあるが、時間的に厳しいだろう。
そうなると、残りはあの子爵しかいない。」
【ただの物取りって線は?】
「脅し文句を言わないっていうのは珍しい種類だな、もちろんそれも頭に入れてる。かなり低いけどな。」
そこまで話すと、次は逆にヒューからデルフに質問が飛んだ。
「ところで、デルフ。路地裏に入る前に何か言いかけなかったか?」
【ん?何の話だ?】
「あれだよ、心を操る云々の話で何か言いかけただろう。」
【?……ああ、あれな。そうそう、確かに話してたよ。
『先住』にそういった類のアイテムがあるって話をしようとしたら、白仮面に話の腰を折られたんだった。】
「そんなものがあるのか。」
【ああ、確か<アンドバリの指輪>とかいったかな、どこぞの精霊が持っていたはずだ。】
「具体的にはどういった能力を持っているんだ?」
興味を持ったヒューが尋ねると、デルフは特に気負った様子もなく淡々と答えていく。
【そうだな、能力は二つある。一つは相棒も知っての通り“心を操る”、もう一つは“偽りの命を与える”だ。】
「ちょっと待て、二つ目の能力は“生き返らせる”とは違う物なのか?」
【違う、この能力はあくまでも“偽り”の命を与えるというものなんだよ。そうだな、厳密には“死者を思うとおりに動かせる”能力って言った方が正しいんじゃないか?】
「なるほど、とりあえずこれで連中が言う『虚無』の種に関する目処は立ったな。
しかし、相も変わらず魔法やらそこら辺の事に関しては考えたく無いな、これまでの常識が当てにならなくなる。」
魔法に関して、思わず愚痴をこぼしたヒューにデルフが軽く返す。
【はっはっは、しょうがねぇさ。オレサマとしちゃあ、あの子爵に同情するがね。】
「同情?なんでまた。してほしいのはこっちだ。」
【相棒を敵に回しちまったからさ。】
「そりゃまた酷いな。」
【酷いもんかね。きっと今頃、裏切っている事がばれてるなんて思いもしないで、寝ちまってるに決まってる。】
「まぁ、いいさ。
子爵には悪いが、こっちは上手い事やって、楽に勝たせてもらおう。で、アルビオン王家からお宝を頂くと。」
ヒューが確定事項の様にこれからの予定を話していると、デルフが口を挟んでくる。
【ところで、相棒はどうするんだい?】
「どうって?何が?」
【アルビオン王家に恩を売るとか考えないのか?】
「とりあえず指輪に関しては教えるつもりだけどな、それ以上はお嬢さん次第だ。」
【お嬢ちゃんの?】
「何を覚えるか分からないから保留っていうのが良いんだろうが。実際、『虚無』に関して俺は口出しする気はない。
自分の力だ、自分で管理してもらわないとな。」
【相棒は冷たいねぇ】
デルフの呆れたような感想に、ヒューは苦笑しながら応える。
「相談位なら乗るさ。
……俺はいつまで生きられるか分からないからな。」
【相棒…】
「何だ?デルフ、辛気臭いな。
気にするなよらしくない。第一、俺はN◎VAで最後の事件を解決した後、どこぞで野垂れ死ぬのが関の山だったんだ。
死ぬ前にこんな寄り道をしたのは正直意外だったが。まぁ、野垂れ死ぬよりは悪くない最後を迎える事ができそうだからな、お嬢さんには感謝していたって伝えてくれ。」
【おい、縁起でもないこと言ってるんじゃねぇぞ。相棒にはガンダールヴとしての勤めがあるんだからな、そう簡単には死ねねぇよ。】
「どっちが縁起でもないんだか。
しかし、流石に…今日は疲れたな…。」
そこまで言うと、ヒューの意識は、まるで電力が途絶えたドローンの様に突然落ちた。
【全く、ままならねぇなぁ…】
デルフの呟きと共に、ラ・ロシエールの夜は深くなっていく。
翌日、ラ・ロシエールは何事も無かったかのように朝を迎える。
旅人達は、明日からの過酷な旅に備えるかの如く、いつもより長い休息をとった。
最も遅く目覚めたヒューが起き出して、1階に下りると酒場兼食堂には全員がいた。
首を鳴らしながら、一同の中に入ってきたヒューを横目に、ルイズが不機嫌そうに口を開く。
「ようやくお目覚め?御主人様を放っておいて、いいご身分じゃない。」
「ん?ああ、おはよう…じゃないな。こういった時はどう言うべきかな、ワルド子爵。」
「そうだね、ごきげんよう。というのがらしいと思うよ?」
「なるほど、んじゃあ。ごきげんようルイズお嬢さん。
生憎とご機嫌は麗しくない様だが、どうしたんだい?」
未だ寝足りないと態度で示しているヒューに対して、ルイズが怒声を上げる。
「何言ってるの、もう昼前よ?こんな時間までベッドの中で惰眠を貪っているなんて…。」
「しょうがないだろう、昨日は疲れていたんだから。」
「夜歩きしていたクセに、よくもまぁ言えたものね。」
「用事があったからな、しょうがない。…ところで誰からその事を?」
「ワルドから聞いたのよ。随分と楽しんできたみたいじゃない、全く、何の用事だったんだか。」
「なるほど、子爵からね…。」
ヒューが何気にワルドに視線を向けると、向けられた方は苦笑しながら弁解をする。
「済まないな、ヒュー君。ルイズが気にしていたんでね、安心させようと思って言っただけなんだ。」
「別にいいよ。しかし、誰にも見られていないと思っていたんだが?」
「たまたまだよ。ルイズとの話の後、ベランダで飲んでたら、宿を抜け出す君を偶然見かけてね。」
ヒューとワルドの空々しい言葉の応酬をルイズが断ち切る。
「で?結局、何の用事だったのよ。」
「それは勘弁してくれ、他人のプライバシーに関係する事だからな。」
「貴方ね、自分の立場ってものを理解してる?」
「してるさ、だからアルビオンくんだりまで付き合っているだろう。」
「だったら!」
立場を理解している、と言ったにも関わらず用事の件に関しては、一言も教えようとしないヒューにルイズは苛立つ。
「その代わりといっちゃあなんだが、情報を仕入れて来たから、そいつで勘弁してくれ。」
これ以上、押しても埒が明かないと思ったルイズは、妥協することにした。
「何かあったの?」
「とりあえず、現在の戦況とレコン・キスタの情報、それと王党派に関する情報位かな。」
ヒューが挙げた情報を一つずつ聞いた後、報告したヒュー以外の顔色は沈痛なものになっていった。
ワルドがいる為、『虚無』に関しては“クロムウェルが使える”という噂がある位で留めておく。
「…」
「絶望的」
「だね、千対5万って戦争にすらならないよ。」
「ギーシュ、もう千は切ってるはずよ、情報の鮮度からしても5百残っていれば御の字でしょうね。」
「確かに、困ったな。5万の敵陣を抜かないとなると、かなり厳しいぞ。」
ワルドの言葉にヒューが言葉を挟む。
「いや、別に抜ける必要はないだろう。」
「?どういう事だね、ヒュー君。
王党派が立て篭もるニューカッスルには、行くフネも乗り付ける港もないんだよ?」
「別にフネだけで行く必要はないだろう、こっちには子爵のグリフォンとタバサのシルフィードがあるんだ。」
「いや、知らないだろうがミス・タバサの風竜はともかく、僕のグリフォンは彼の地まではもたないんだよ。」
「距離的な問題なんだろう?なら簡単だ。」
「何が簡単なんだね。」
訝しげなワルドの前に、ヒューはゴブレットを2つ置いて説明を始める。
「これがニューカッスル。」
「何?」
「そう思えって事だよ。
で、ここがラ・ロシエール。明日、俺達はここをフネで出発する。」
「何を当たり前の事を…」
「まぁまぁ、ここからが本番なんだ。
で、このナイフが俺達が乗るフネだ、こいつが俺達を乗せてアルビオンへ向かう…ここで一つ船員に注文を出す。」
「注文?」
「ニューカッスルに最接近した時に連絡をくれってね。」
「なるほど!そのタイミングでならばグリフォンでも到達可能かもしれないな。
しかも、敵中を突破する事もないだろうから、危険も少なくなるだろう。」
ヒューの提案にワルドが感歎の声を上げる。
「しかし、君の事は噂で聞いていたが…いや全く噂以上だな。」
「それはどうも。」
「いやいや、謙遜はいいよ。話だと腕も立つというじゃないか、どうだいこれから一つ。」
と言うと、ワルドは腰に佩いている杖を叩いてみせる。
「魔法衛視隊の隊長の相手ができると自惚れてはいないよ。」
「いや、これは軽い手合わせ程度だよ。情けない話だが、最近実戦から遠のいていてね、アルビオンに渡る前に勘を取り戻したいのさ。」
「まぁ、軽くというのであれば俺はかまわんがね。」
「決まりだな、それではついて来てくれ。この宿は昔、アルビオンの侵攻に備える為の砦でね。そういった設備があるんだよ。」
いきなり手合わせをするという話になった2人にルイズは仰天した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!いきなり何の話をしてるのよ!」
「何って、軽い手合わせだろう?」
「大丈夫だよルイズ、怪我をするつもりも、させるつもりもないから。出来れば介添え人を頼みたいんだけど。」
制止を全く聞かない2人の男を前にしたルイズの肩を、キュルケが叩く。
「諦めなさいな、男ってこうなると止まらないから。」
「けど!」
「危険を感じたら止めればいい。」
キュルケとタバサの意見を聞いたルイズは、しぶしぶながらも了解するしかなかった。
ワルドを先頭に、一行が着いたのは宿の中庭だった。
元は鍛練場だったのか、広々とした中庭の所々に傷がついている。現在では物置として活用しているのだろうか、厨房側には樽や木箱が積み上げられている。
2人は適当な位置で対峙していたが、見るものがいれば魔法を使えるワルドに有利な間合いだと分かるだろう。
しかし、これに関してワルドは何も関与していない、しているとすればヒューの方だった。
「かのフィリップ三世の治下では、こういった場所でよく貴族達が決闘したという。と、外国人の君には関係ない話か。」
「そうだな」
ワルドは感慨深そうに話しながら周囲を見渡している。
昨夜とは違い、ここは 広場の中心だ、ワルドはここでヒューの実力を計り、そこそこの怪我を負わせる算段だった。
「古き良き時代。王がまだ力を持ち、それに従った時代に名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあったそうだ。
しかし、実際は下らないことで杖を抜きあったらしいな。そう、例えば女を取り合ったりね。」
「まぁ、人間である以上あまり変わらんさ。」
ヒューはギーシュを横目で見ながら苦笑すると、<弥勒>を身に着け<IANUS>にバックアップを命じる。
そう、ヒューの目的はデータの収得にあった。
ワルドがスパイだという事は確信していたが、昨晩の刺客と同じ杖を所持しているのが腑に落ちない。
トリステインに来てからというもの、多くのメイジに会ってきたが、所持している杖はそれぞれに違っている。
そんな中、刺客と同じ杖を持っているというのは、あからさまに怪しかった。杖に関する疑問は後でギーシュなりに聞くとして、今の目的はワルドの音紋データだ、昨晩の刺客の音紋データは既に解析済み。これから取るワルドの音紋データと照合し、一致するようなら、昨晩の刺客はワルドということになる。
ヒューはデルフを抜くと、軽く足を開いて立つ。
そんなヒューにワルドが話しかける。
「ヒュー君、杖はいいのかね?」
「ああ、別にいらないだろう。」
「これは、舐められていると取ってもいいのかな?」
「子爵の様に魔法を使えるならともかく、普通に歩けるのなら特に要らないだろう。」
「もしや、君は平民なのかね?」
「“貴族だ”といった覚えはないな。」
人の悪い笑いを浮かべながら吐いたカミングアウトに、ワルドは一瞬、思考が停止した。
「!しかし、学院長は。」
「ああ、そういやあの爺さんにも話してなかったか。
思うんだけどな、自分が理解できないからといって魔法に当てはめようとするのは止めた方がいいぞ?」
「忠告はありがたく受け取ろう。では、始めようか。」
驚愕から一転、余裕の笑みを浮かべたワルドは、手合わせの開始を告げる。
先手はワルド。杖の先端をヒューに向けると、ウィンド=ブレイクを放つ。
扇状に展開されるウィンド=ブレイクは、その影響範囲から避けるのが困難な魔法の一つだ。これに対してヒューはワルドを中心にして、円弧を描くように走って回避する。
そんなヒューに対して、ワルドは矢継ぎ早に魔法を放つべく呪文を唱える。
「中々、上手く回避するじゃないか!」
「そいつはどうも!」
再び、ワルドが放ったウィンド=ブレイクを、近くにあった木箱を足場にして飛び越える。
ヒューが空中にいる刹那。ワルドはエア・ハンマーを唱えるが、これはぎりぎりで外してしまう。
着地したヒューは反動をそのまま生かして、地面すれすれを跳躍。脇構えにしたデルフの峰をワルドに叩きつけるが、ワルドも半ば無意識にこれを受ける。
「メイジにしては中々やるじゃないか?」
「魔法衛視隊の隊長だからね、これ位は当然さ。」
切り結んだ状態から、互いに示し合わせたかのようなタイミングで同時に飛び退る。
ヒューはデルフを右手に持って、自然体で立つ。
対するワルドは杖の先端と半身をヒューに向ける、所謂、フェンシングの様な構えを取っている。
「王家を守る杖たる我等魔法衛士隊は、その魔法の詠唱すら戦いに特化されている。こうして攻撃を繰り出す杖の一振り、攻撃を避ける体捌き一つすら、次の魔法の詠唱を行う為にあるのだ!」
そう言い放つとワルドは怒涛の様な突きを放ってくる。しかし良く見ると、なるほど突きの一つ一つの軌道は複雑にうねっており、何がしかのパターンを持っている様に見えた。
ヒューは舌打ちをしながらも、身体に当たりそうな攻撃のみデルフを当てて軌道を逸らす。
次の瞬間、ワルドの口から呪文が紡がれる。唱えられたスペルはウィンド=ブレイク、その場で耐えてもダメージを受けるだけなので、後方に向かって跳躍しつつトンボを切って回避する。
2人の間合いは、手合いを始めた当初に戻っていた。ワルドは密かに安堵の吐息を漏らす、ヒューと対峙するに当たって、なるべく接近戦は避けたかったのだ。
ワルドが警戒しているのは、ブロンズゴーレムを切断したという攻撃である。そんなものを食らったら怪我で済まなくなる可能性が高い、なるべく魔法で片付ける事にするべく、低位の魔法で追い込んでエア=ハンマー辺りで終わらせるつもりだった。
ルイズが見ている以上、エア=カッターやライトニング=クラウドの様な殺傷を目的とした魔法は使えない。しかし、この場の目的は自分がヒューよりも有能だとルイズに知らしめる事、怪我を与える事ができれば御の字だと思っていた。
対するヒューは、そろそろどうすれば上手い事負けることが出来るかを考えていた。
この攻撃を回避する事、それ自体はそう難しくない、何しろ杖の向き、そして呪文の最後さえ聞き逃さなければ、攻撃が来る方向もタイミングも判るのだから。
これがN◎VAならそうはいかない。避けたはずの銃弾は跳弾して再び牙を剥き、娼婦の言葉は精神を削る、時には己の装備すら敵の牙になりうるのだ。
そういった意味ではルイズの魔法の方が、ワルドの魔法よりも恐ろしく、厄介だ。
今の所、ワルドはウィンド=ブレイクを主体に攻めてきている、恐らく体勢を崩した後にエア=ハンマー辺りで飛ばすか、杖を突きつけて、勝利を宣言するつもりなのだろう。
周囲を見回して被害を軽く済ませられるような場所を探しだした後、そこを背にワルドに向かって突撃するフリをする。
「少々、頭が回り剣の腕が立とうとも所詮は平民という事か、これで詰みだ!」
ワルドはそのフリを看破出来なかった。魔法が使えない平民が無謀にも攻め込んできた、と解釈したのだ。
だからこそ、ここでエア=ハンマーをヒューに対して使った。
予想していた攻撃が、予想したタイミングでやってくる。
ヒューは後方に思い切り飛びながら、飼い葉の中に背中から突っ込んでいく。ヒューが突っ込んだすぐ後にエア=ハンマーが飼い葉に直撃し、それを巻き上げた。
見物していたルイズ達は騒然となった。
「ヒュー!」
「おいおい、大丈夫かね。かなり派手に飛ばされていたが…」
ルイズとギーシュが慌てて、ヒューの元に駆け寄っていく。
「あらら、流石にヒューとはいえスクエアの相手は辛かったのかしらね。」
「多分違う。」
ただ1人、タバサだけが冷静だった。
「え?どういう事よタバサ。ヒューはほら、あの通り飼い葉まで吹っ飛ばされちゃってるじゃない。」
「ここからは小声で。」
「え?…わかったわ。で、どういう意味なの?」
「ヒューはエア=ハンマーが当たる直前に飛んでた。後、ギーシュの時に使った移動方法を使っていない。」
「それって、ワザと負けたって事?」
キュルケの疑問にタバサは微かに頷く。
「どういう事かしら…」
「多分、ヒューには何か目的があった。恐らく子爵に関する事。」
「実力を知りたかった…は無いわね、衛視隊の隊長ですもの。」
「直に聞くしかない。」
「そうね、多分何か掴んでいるんだわ…。本当に厄介な男ね。」
キュルケの溜め息まじりの言葉に、タバサも深々と頷いた。
#navi(ゴーストステップ・ゼロ)
#navi(ゴーストステップ・ゼロ)
ヒューが、レコン・キスタの刺客と思しきメイジの目を掻い潜り、宿へ帰還を果たしたのは真夜中になろうかという時刻だった。
ギーシュと共に取っている部屋に戻り、相方が熟睡しているのを確認すると、戸締りを確認した後、デルフと共にベッドに潜り込む。
極力、声が漏れないように毛布を頭から引っかぶると、データのバックアップを始める。
ゴーストステップ・ゼロ シーン16 “Duel Game”
シーンカード:マヤカシ(幻影/裏切りの露見。魔的な襲撃。毒。不実な人間の罠。不確かな夢。)
<IANUS>に保存していた刺客の各種情報を見ていると、共に潜り込んでいるデルフが話しかけてくる。
【相棒、さっきから何してるんだ?】
「襲ってきたメイジの事を調べてるんだよ。」
【で、何か分かったのかい?】
「身長は大体180サント程度、呪文の詠唱速度はかなり速い方だろう。杖の形状から白兵戦もかなり自信を持っている、体格もそれなり、羽振りも良さそうだったな。」
<ポケットロン>は視覚情報と聴覚情報をデジタル変換して分析した情報から、刺客の3Dデータを作り上げていく。
それを見ながら、ヒューとデルフは会話を続ける。
【へぇ、結構な強敵じゃないか。】
「だな、呪文の選択も問題無い…、あの状況だとエア=ハンマーはかなり厄介だ。」
【そうだな。エア=カッターは避けられるし、ウィンド=ブレイクは対処する時間を取られる。
しかし、あそこでオレサマを使わなかったのは、何か理由があるのか?】
「大した理由はないな、性分っていうのがかなりあるだろう。後は警戒してるのさ。」
【警戒?今でもしてるだろう。……裏切りか?】
「可能性としてな、あまりにもタイミングが良すぎる。」
【連中がこの街で網を張っていたっていう可能性は?】
「あるだろうな…けど、戦力を潰すのなら到着したばかりのお嬢さん達を狙わなかったのは不自然だ。」
【そりゃまたどうして、仮にもメイジがいるんだぜ?】
「今では+3人だ。それにこれから疲労も回復するから、リスクは増える一方だ。
加えてあの時点なら、足手まといのお嬢さんがいる、お嬢さんを守りながらとなるとあの子爵でも厳しいだろう。
というより俺なら狙うね、数少ないスクエアメイジを潰せる機会だからな見逃す手はないだろう、それに網を張っていたというのなら色々仕込めるしな。」
【なるほど、じゃあさっきの襲撃はあくまで、たまたまって事か。】
「だな、俺が宿を出るのは誰も知らなかったし、完全なイレギュラーだろう。
そこで問題だ、デルフ。“ヤツは何故襲ってきた?”」
【そりゃあ、オレ達が密命を…あれ?】
「そういうことだ、大っぴらに宣伝していない以上、普通に見れば俺達は“ただの”とは言えないだろうが、旅行者だ。
だったら、どこかで情報が漏れているんだろう。」
【なら、あの子爵かい?】
「そこら辺が妥当だろうな。第一、情報伝達用の魔法が無い以上、一行の中にスパイがいると考えた方が自然だ。
腹芸ができないルイズやギーシュは論外だ。キュルケやタバサも可能性はあるが、かなり低いだろうな。姫殿下が漏らした可能性はそれなりにあるが、時間的に厳しいだろう。
そうなると、残りはあの子爵しかいない。」
【ただの物取りって線は?】
「脅し文句を言わないっていうのは珍しい種類だな、もちろんそれも頭に入れてる。かなり低いけどな。」
そこまで話すと、次は逆にヒューからデルフに質問が飛んだ。
「ところで、デルフ。路地裏に入る前に何か言いかけなかったか?」
【ん?何の話だ?】
「あれだよ、心を操る云々の話で何か言いかけただろう。」
【?……ああ、あれな。そうそう、確かに話してたよ。
『先住』にそういった類のアイテムがあるって話をしようとしたら、白仮面に話の腰を折られたんだった。】
「そんなものがあるのか。」
【ああ、確か<アンドバリの指輪>とかいったかな、どこぞの精霊が持っていたはずだ。】
「具体的にはどういった能力を持っているんだ?」
興味を持ったヒューが尋ねると、デルフは特に気負った様子もなく淡々と答えていく。
【そうだな、能力は二つある。一つは相棒も知っての通り“心を操る”、もう一つは“偽りの命を与える”だ。】
「ちょっと待て、二つ目の能力は“生き返らせる”とは違う物なのか?」
【違う、この能力はあくまでも“偽り”の命を与えるというものなんだよ。そうだな、厳密には“死者を思うとおりに動かせる”能力って言った方が正しいんじゃないか?】
「なるほど、とりあえずこれで連中が言う『虚無』の種に関する目処は立ったな。
しかし、相も変わらず魔法やらそこら辺の事に関しては考えたく無いな、これまでの常識が当てにならなくなる。」
魔法に関して、思わず愚痴をこぼしたヒューにデルフが軽く返す。
【はっはっは、しょうがねぇさ。オレサマとしちゃあ、あの子爵に同情するがね。】
「同情?なんでまた。してほしいのはこっちだ。」
【相棒を敵に回しちまったからさ。】
「そりゃまた酷いな。」
【酷いもんかね。きっと今頃、裏切っている事がばれてるなんて思いもしないで、寝ちまってるに決まってる。】
「まぁ、いいさ。
子爵には悪いが、こっちは上手い事やって、楽に勝たせてもらおう。で、アルビオン王家からお宝を頂くと。」
ヒューが確定事項の様にこれからの予定を話していると、デルフが口を挟んでくる。
【ところで、相棒はどうするんだい?】
「どうって?何が?」
【アルビオン王家に恩を売るとか考えないのか?】
「とりあえず指輪に関しては教えるつもりだけどな、それ以上はお嬢さん次第だ。」
【お嬢ちゃんの?】
「何を覚えるか分からないから保留っていうのが良いんだろうが。実際、『虚無』に関して俺は口出しする気はない。
自分の力だ、自分で管理してもらわないとな。」
【相棒は冷たいねぇ】
デルフの呆れたような感想に、ヒューは苦笑しながら応える。
「相談位なら乗るさ。
……だけどな、デルフ。俺はいつまで生きられるか分からないんだ。もしかしたら明日の朝には冷たくなっているかもしれない。」
【相棒…】
「何だ?デルフ、辛気臭いな。
気にするなよらしくない。第一、俺はN◎VAで最後の事件を解決した後、どこぞで野垂れ死ぬのが関の山だったんだ。
死ぬ前にこんな寄り道をしたのは正直意外だったが。まぁ、野垂れ死ぬよりは悪くない最後を迎える事ができそうだからな、お嬢さんには感謝していたって伝えてくれ。」
【おい、縁起でもないこと言ってるんじゃねぇぞ。相棒にはガンダールヴとしての勤めがあるんだからな、そう簡単には死ねねぇよ。】
「どっちが縁起でもないんだか。
しかし、流石に…今日は疲れたな…。」
そこまで言うと、ヒューの意識は、まるで電力が途絶えたドローンの様に突然眠りに落ちた。
【全く、ままならねぇなぁ…】
デルフの呟きと共に、ラ・ロシエールの夜は深くなっていく。
翌日、ラ・ロシエールは何事も無かったかのように朝を迎える。
旅人達は、明日からの過酷な旅に備えるかの如く、いつもより長い休息をとった。
最も遅く目覚めたヒューが起き出して、1階に下りると酒場兼食堂には全員がいた。
首を鳴らしながら、一同の中に入ってきたヒューを横目に、ルイズが不機嫌そうに口を開く。
「ようやくお目覚め?御主人様を放っておいて、いいご身分じゃない。」
「ん?ああ、おはよう…じゃないな。こういった時はどう言うべきかな、ワルド子爵。」
「そうだね、ごきげんよう。というのがらしいと思うよ?」
「なるほど、んじゃあ。ごきげんようルイズお嬢さん。
生憎とご機嫌は麗しくない様だが、どうしたんだい?」
未だ寝足りないと態度で示しているヒューに対して、ルイズが怒声を上げる。
「何言ってるの、もう昼前よ?こんな時間までベッドの中で惰眠を貪っているなんて…。」
「しょうがないだろう、昨日は疲れていたんだから。」
「夜歩きしていたクセに、よくもまぁ言えたものね。」
「用事があったからな、しょうがない。…ところで誰からその事を?」
「ワルドから聞いたのよ。随分と楽しんできたみたいじゃない、全く、何の用事だったんだか。」
「なるほど、子爵からね…。」
ヒューが何気にワルドに視線を向けると、向けられた方は苦笑しながら弁解をする。
「済まないな、ヒュー君。ルイズが気にしていたんでね、安心させようと思って言っただけなんだ。」
「別にいいよ。しかし、誰にも見られていないと思っていたんだが?」
「たまたまだよ。ルイズとの話の後、ベランダで飲んでたら、宿を抜け出す君を偶然見かけてね。」
ヒューとワルドの空々しい言葉の応酬をルイズが断ち切る。
「で?結局、何の用事だったのよ。」
「それは勘弁してくれ、他人のプライバシーに関係する事だからな。」
「貴方ね、自分の立場ってものを理解してる?」
「してるさ、だからアルビオンくんだりまで付き合っているだろう。」
「だったら!」
立場を理解している、と言ったにも関わらず用事の件に関しては、一言も教えようとしないヒューにルイズは苛立つ。
「その代わりといっちゃあなんだが、情報を仕入れて来たから、そいつで勘弁してくれ。」
これ以上、押しても埒が明かないと思ったルイズは、妥協することにした。
「何かあったの?」
「とりあえず、現在の戦況とレコン・キスタの情報、それと王党派に関する情報位かな。」
ヒューが挙げた情報を一つずつ聞いた後、報告したヒュー以外の顔色は沈痛なものになっていった。
ワルドがいる為、『虚無』に関しては“クロムウェルが使える”という噂がある位で留めておく。
「…」
「絶望的」
「だね、千対5万って戦争にすらならないよ。」
「ギーシュ、もう千は切ってるはずよ、情報の鮮度からしても5百残っていれば御の字でしょうね。」
「確かに、困ったな。5万の敵陣を抜かないとなると、かなり厳しいぞ。」
ワルドの言葉にヒューが言葉を挟む。
「いや、別に抜ける必要はないだろう。」
「?どういう事だね、ヒュー君。
王党派が立て篭もるニューカッスルには、行くフネも乗り付ける港もないんだよ?」
「別にフネだけで行く必要はないだろう、こっちには子爵のグリフォンとタバサのシルフィードがあるんだ。」
「いや、知らないだろうがミス・タバサの風竜はともかく、僕のグリフォンは彼の地まではもたないんだよ。」
「距離的な問題なんだろう?なら簡単だ。」
「何が簡単なんだね。」
訝しげなワルドの前に、ヒューはゴブレットを2つ置いて説明を始める。
「これがニューカッスル。」
「何?」
「そう思えって事だよ。
で、ここがラ・ロシエール。明日、俺達はここをフネで出発する。」
「何を当たり前の事を…」
「まぁまぁ、ここからが本番なんだ。
で、このナイフが俺達が乗るフネだ、こいつが俺達を乗せてアルビオンへ向かう…ここで一つ船員に注文を出す。」
「注文?」
「ニューカッスルに最接近した時に連絡をくれってね。」
「なるほど!そのタイミングでならばグリフォンでも到達可能かもしれないな。
しかも、敵中を突破する事もないだろうから、危険も少なくなるだろう。」
ヒューの提案にワルドが感歎の声を上げる。
「しかし、君の事は噂で聞いていたが…いや全く噂以上だな。」
「それはどうも。」
「いやいや、謙遜はいいよ。話だと腕も立つというじゃないか、どうだいこれから一つ。」
と言うと、ワルドは腰に佩いている杖を叩いてみせる。
「魔法衛視隊の隊長の相手ができると自惚れてはいないよ。」
「いや、これは軽い手合わせ程度だよ。情けない話だが、最近実戦から遠のいていてね、アルビオンに渡る前に勘を取り戻したいのさ。」
「まぁ、軽くというのであれば俺はかまわんがね。」
「決まりだな、それではついて来てくれ。この宿は昔、アルビオンの侵攻に備える為の砦でね。そういった設備があるんだよ。」
いきなり手合わせをするという話になった2人にルイズは仰天した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!いきなり何の話をしてるのよ!」
「何って、軽い手合わせだろう?」
「大丈夫だよルイズ、怪我をするつもりも、させるつもりもないから。出来れば介添え人を頼みたいんだけど。」
制止を全く聞かない2人の男を前にしたルイズの肩を、キュルケが叩く。
「諦めなさいな、男ってこうなると止まらないから。」
「けど!」
「危険を感じたら止めればいい。」
キュルケとタバサの意見を聞いたルイズは、しぶしぶながらも了解するしかなかった。
ワルドを先頭に、一行が着いたのは宿の中庭だった。
元は鍛練場だったのか、広々とした中庭の所々に傷がついている。現在では物置として活用しているのだろうか、厨房側には樽や木箱が積み上げられている。
2人は適当な位置で対峙していたが、見るものがいれば魔法を使えるワルドに有利な間合いだと分かるだろう。
しかし、これに関してワルドは何も関与していない、しているとすればヒューの方だった。
「かのフィリップ三世の治下では、こういった場所でよく貴族達が決闘したという。と、外国人の君には関係ない話か。」
「そうだな」
ワルドは感慨深そうに話しながら周囲を見渡している。
昨夜とは違い、ここは 広場の中心だ、ワルドはここでヒューの実力を計り、そこそこの怪我を負わせる算段だった。
「古き良き時代。王がまだ力を持ち、それに従った時代に名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあったそうだ。
しかし、実際は下らないことで杖を抜きあったらしいな。そう、例えば女を取り合ったりね。」
「まぁ、人間である以上あまり変わらんさ。」
ヒューはギーシュを横目で見ながら苦笑すると、<弥勒>を身に着け<IANUS>にバックアップを命じる。
そう、ヒューの目的はデータの収得にあった。
ワルドがスパイだという事は確信していたが、昨晩の刺客と同じ杖を所持しているのが腑に落ちない。
トリステインに来てからというもの、多くのメイジに会ってきたが、所持している杖はそれぞれに違っている。
そんな中、刺客と同じ杖を持っているというのは、あからさまに怪しかった。杖に関する疑問は後でギーシュなりに聞くとして、今の目的はワルドの音紋データだ、昨晩の刺客の音紋データは既に解析済み。これから取るワルドの音紋データと照合し、一致するようなら、昨晩の刺客はワルドということになる。
ヒューはデルフを抜くと、軽く足を開いて立つ。
そんなヒューにワルドが話しかける。
「ヒュー君、杖はいいのかね?」
「ああ、別にいらないだろう。」
「これは、舐められていると取ってもいいのかな?」
「子爵の様に魔法を使えるならともかく、普通に歩けるのなら特に要らないだろう。」
「もしや、君は平民なのかね?」
「“貴族だ”といった覚えはないな。」
人の悪い笑いを浮かべながら吐いた言葉に、ワルドは一瞬、思考が停止した。
「!しかし、学院長は。」
「ああ、そういやあの爺さんにも話してなかったか。
思うんだけどな、自分が理解できないからといって魔法に当てはめようとするのは止めた方がいいぞ?」
「忠告はありがたく受け取ろう。では、始めようか。」
驚愕から一転、余裕の笑みを浮かべたワルドは、手合わせの開始を告げる。
先手はワルド。杖の先端をヒューに向けると、ウィンド=ブレイクを放つ。
扇状に展開されるウィンド=ブレイクは、その影響範囲から避けるのが困難な魔法の一つだ。これに対してヒューはワルドを中心にして、円弧を描くように走って回避する。
そんなヒューに対して、ワルドは矢継ぎ早に魔法を放つべく呪文を唱える。
「中々、上手く回避するじゃないか!」
「そいつはどうも!」
再び、ワルドが放ったウィンド=ブレイクを、近くにあった木箱を足場にして飛び越える。
ヒューが空中にいる刹那。ワルドはエア・ハンマーを唱えるが、これはぎりぎりで外してしまう。
着地したヒューは反動をそのまま生かして、地面すれすれを跳躍。脇構えにしたデルフの峰をワルドに叩きつけるが、ワルドも半ば無意識にこれを受ける。
「メイジにしては中々やるじゃないか?」
「魔法衛視隊の隊長だからね、これ位は当然さ。」
切り結んだ状態から、互いに示し合わせたかのようなタイミングで同時に飛び退る。
ヒューはデルフを右手に持って、自然体で立つ。
対するワルドは杖の先端と半身をヒューに向ける、所謂、フェンシングの様な構えを取っている。
「王家を守る杖たる我等魔法衛士隊は、その魔法の詠唱すら戦いに特化されている。こうして攻撃を繰り出す杖の一振り、攻撃を避ける体捌き一つすら、次の魔法の詠唱を行う為にあるのだ!」
そう言い放つとワルドは怒涛の様な突きを放ってくる。しかし良く見ると、なるほど突きの一つ一つの軌道は複雑にうねっており、何がしかのパターンを持っている様に見えた。
ヒューは舌打ちをしながらも、身体に当たりそうな攻撃のみデルフを当てて軌道を逸らす。
次の瞬間、ワルドの口から呪文が紡がれる。唱えられたスペルはウィンド=ブレイク、その場で耐えてもダメージを受けるだけなので、後方に向かって跳躍しつつトンボを切って回避する。
2人の間合いは、手合いを始めた当初に戻っていた。ワルドは密かに安堵の吐息を漏らす、ヒューと対峙するに当たって、なるべく接近戦は避けたかったのだ。
ワルドが警戒しているのは、ブロンズゴーレムを切断したという攻撃である。そんなものを食らったら怪我で済まなくなる可能性が高い、なるべく魔法で片付ける事にするべく、低位の魔法で追い込んでエア=ハンマー辺りで終わらせるつもりだった。
ルイズが見ている以上、エア=カッターやライトニング=クラウドの様な殺傷を目的とした魔法は使えない。しかし、この場の目的は自分がヒューよりも有能だとルイズに知らしめる事、怪我を与える事もあったが、今ではできれば御の字だと思っていた。
対するヒューは、そろそろどうすれば上手い事負けることが出来るかを考えていた。
この攻撃を回避する事、それ自体はそう難しくない、何しろ杖の向き、そして呪文の最後さえ聞き逃さなければ、攻撃が来る方向もタイミングも判るのだから。
これがN◎VAならそうはいかない。避けたはずの銃弾は跳弾して再び牙を剥き、娼婦の言葉は精神を削る、時には己の装備すら敵の牙になりうるのだ。
そういった意味ではルイズの魔法の方が、ワルドの魔法よりも恐ろしく、厄介だ。
今の所、ワルドはウィンド=ブレイクを主体に攻めてきている、恐らく体勢を崩した後にエア=ハンマー辺りで飛ばすか、杖を突きつけて、勝利を宣言するつもりなのだろう。
周囲を見回して被害を軽く済ませられるような場所を探しだした後、そこを背にワルドに向かって突撃するフリをする。
「少々、頭が回り剣の腕が立とうとも所詮は平民という事か、これで詰みだ!」
ワルドはそのフリを看破出来なかった。魔法が使えない平民が無謀にも攻め込んできた、と解釈したのだ。
だからこそ、ここでエア=ハンマーをヒューに対して使った。
予想していた攻撃が、予想したタイミングでやってくる。
ヒューは後方に思い切り飛びながら、飼い葉の中に背中から突っ込んでいく。ヒューが突っ込んだすぐ後にエア=ハンマーが飼い葉に直撃し、それを巻き上げた。
見物していたルイズ達は騒然となった。
「ヒュー!」
「おいおい、大丈夫かね。かなり派手に飛ばされていたが…」
ルイズとギーシュが慌てて、ヒューの元に駆け寄っていく。
「あらら、流石にヒューとはいえスクエアの相手は辛かったのかしらね。」
「多分違う。」
ただ1人、タバサだけが冷静だった。
「え?どういう事よタバサ。ヒューはほら、あの通り飼い葉まで吹っ飛ばされちゃってるじゃない。」
「ここからは小声で。」
「え?…わかったわ。で、どういう意味なの?」
「ヒューはエア=ハンマーが当たる直前に飛んでた。後、ギーシュの時に使った移動方法を使っていない。」
「それって、ワザと負けたって事?」
キュルケの疑問にタバサは微かに頷く。
「どういう事かしら…」
「多分、ヒューには何か目的があった。恐らく子爵に関する事。」
「実力を知りたかった…は無いわね、衛視隊の隊長ですもの。」
「直に聞くしかない。」
「そうね、多分何か掴んでいるんだわ…。本当に厄介な男ね。」
キュルケの溜め息まじりの言葉に、タバサも深々と頷いた。
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