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「毒の爪の使い魔-30a」(2009/02/13 (金) 00:42:20) の最新版変更点
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#navi(毒の爪の使い魔)
朱に染まった空を、背中にタバサ達を乗せたシルフィードが、アルビオンを目指して飛ぶ。
「それにしても、急ね。いきなり『付いて来て』って言われて、付いて行ったらシルフィードで船を飛び出すなんて」
キュルケは不思議そうにタバサを見つめる。そこで、ハッ、となった。
「ちょっと、そういえばあいつは…ジャンガは?」
その言葉にモンモランシーとギーシュも顔を見合わせる。
タバサは静かに口を開く。
「先に行った」
キュルケ達は一様にキョトンとなる。
「先に行ったって……アルビオンに?」
タバサは頷く。
モンモランシーが驚いた表情になる。
「ちょっ、ちょっと!? あいつは空を飛んだりできないでしょう? なのにどうやって!?」
「ルイズに呼ばれた」
「呼ばれた?」
ジャンガのルーンが消えた事を知らないモンモランシーは首を捻る。
対して、事情を知っているキュルケとギーシュは言葉の意味を理解した。
「なるほど、『サモン・サーヴァント』ね?」
「確かに、それならアルビオンまで瞬時に移動できても不思議じゃないが…」
そこで再び疑問が生まれる。何故”アルビオンでサモン・サーヴァントが唱えられたのか?”
――いや、理由は一つだけある。
「あの男?」
その一言にタバサは再び頷く。
たったそれだけのやり取りだったが、以心伝心な二人の間には完璧に会話が成り立っていた。
キュルケの顔からふざけた感じが消える。
「シルフィードは持つの?」
「大丈夫」
「怪我はまだ治っていないんじゃない?」
「この子も頑張ってくれる」
「きゅい!」
シルフィードが力強い声で鳴いた。
使い魔の返答にタバサは頷き、視線を前に戻す。
夕焼け空に浮かぶ白の国までは、もう少しだった。
放たれた風魔法が床を打ち砕く。
轟音が礼拝堂に響き渡り、砕かれた床の破片が辺りに飛び散る。
床を砕いた風魔法を避けたジャンガは、忌々しそうに相手を睨み付ける。
「あの港町で受けたやつよりも威力がデカイじゃねェか…。テメェ、とことんまで手ェ抜いてやがったな?」
「当然だ。本気を出すほどの相手でもなかったからな。無論、今もだが」
余裕の表情でワルドは憮然と言い放つ。その態度が癪に障る。
「クソッ」
ジャンガは爪を振り翳して突進する。
一気に駆け寄り、爪で薙ぎ払うも、ワルドは軽業師のようにヒラリとかわす。
同時に素早く詠唱し、杖を突き出す。
『エア・ハンマー』、見えない空気の塊がジャンガの身体を吹き飛ばす。
椅子を蹴散らし、ジャンガは床を跳ねながら壁に叩きつけられた。
床に倒れこみ、激しく咳き込む。
顔を上げるとワルドは、余裕だ、とばかりに腕を組んだポーズでこちらを見ている。
その態度がジャンガの頭に血を上らせる。
ワルドは不適に笑う。
「二度も敗北はしない…のではなかったのかね、”元”ガンダールヴ?」
「クソが…」
ヨロヨロとしながらもジャンガは立ち上がり、爪を振り翳して突撃する。
しかし、攻撃は尽くかわされる。掠りすらしない。
何度目かの爪の攻撃をかわし、ワルドは大きく飛び退いた。
ジャンガは舌打ちをする。
「チッ、ハエかカトンボみたいにウザッたく飛び回りやがって…」
「実力差も解らずに、突撃する事しかできないイノシシが言える事ではない」
「言ってろ!」
叫び、再び駆け出す。
爪を振り下ろすが、ワルドは杖で受け止める。
そのまま切り払い、杖を突き出した。
詠唱が既に完成していたのだろう、風の塊がジャンガを吹き飛ばした。
「ぐあっ!?」
「ジャンガ!?」
吹き飛ぶジャンガを見て、ルイズが声を上げる。
床に叩きつけられ、激痛が全身を駆け巡った。
痛みを堪え、何とか身体を起こす。
ワルドは笑いながら杖をゆっくりと構える。
「テメェ…」
「これで終わりだ」
そう言い、呪文を唱える。
詠唱が完成し、杖を突き出そうとした瞬間。
ボンッ!!!
大きな音を辺りに響かせ、爆発が起きた。
「がぁっっっ!!?」
ワルドが初めて苦悶の声を上げた。
ジャンガも驚愕に目を見開く。
突然、爆発が巻き起こったかと思ったら、ワルドの左腕が吹き飛んだのだ。
激痛に集中力が途切れた為か、杖に巻きついていた風が霧散する。
爆発でジャンガは、直ぐに誰の仕業か理解した。
背後を振り返ると想像通り、ルイズが杖を振っていた。
思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「あのバカ……ジッとしてりゃいいのに」
ジャンガは焦った。
目の前の男はあのガキを殺そうとしていたのだ。…腕を吹き飛ばされて黙っているはずが無い。
その時、ワルドの怒りに震える声が聞こえてきた。
「…僕の腕が。よくもやってくれたね…ルイズ!」
「ひっ…」
ワルドの怒りに狂った目を見て、ルイズは身震いした。
…過去、あのような表情は見た事が無い。
最早承知の事実だったが、目の前の男が自分の知っている子爵とは違うのを再び思い知らされた。
と、ワルドが再び杖を構える。
詠唱を完成させ、杖を突き出す。
空気の塊……最早、砲弾と呼んでも差し支えない物がルイズに襲い掛かる。
ルイズは全力でその場を飛び退く。
空気の砲弾が壁を粉みじんに粉砕する。
それを見て、ルイズの背に冷たい物が走った。まともに受けていたら命は無かっただろう。
ガラッ
不意に響いた音。
頭にパラパラと何かが降り注ぐ。
何だろう? と天井を見上げる。
天井に罅が入っているのが見えた。
罅が瞬く間に広がる。
ボコンッ、と大きな音がして、天井が崩れ落ちた。
天井が崩れ落ち、ルイズへと巨大な瓦礫となって降り注ぐ。
その光景を見て、ジャンガの脳裏に過去がフラッシュバックした。
――瓦礫に埋もれた少女が見えた。
――寂しそうな笑顔でこちらを見ている。
――自分を突き飛ばした為、腕は伸ばしたまま。
――口が静かに動く。
――ごめんね――
――それだけ自分に伝える。
――直後、燃え盛る瓦礫が降り注ぎ、少女の姿を覆い隠した。
気が付けば、ジャンガは駆け出していた。
――間に合え、間に合え、間に合え!
それだけを考え、痛みを無視し、ジャンガは駆けた。
瓦礫が少女を押しつぶす直前、ルイズの小さな身体を抱き抱えられた。
轟音の余韻が辺りに残る中、ルイズを腕に抱いたままジャンガは蹲り、荒く呼吸を繰り返す。
――何とか間に合った。
ジャンガは心底安堵した。…また、同じような光景を見るのは沢山だ。
最も…、今更こんなガキを助けたところで、どうなる物でもないが…。
と、腕の中のルイズが自分を見上げているのに気が付いた。
何を言えば言いのか解らない事と、命の危険に晒された恐怖が入り混じった感じの表情をしている。
「あ、ああ…」
口から漏れる、恐怖で震えた声が聞こえた。
ジャンガはため息を吐く。
「ったく…面倒掛けさせんじゃねェゼ」
「…ごめん」
「フン、解ったら大人しく引っ込んで――ッ!?」
唐突にジャンガはルイズを左腕で横に突き飛ばした。
突然の事にルイズは頭が回らない。
床を転がり、先程降り注いだ瓦礫にぶつかる。
「痛ッ!」
痛みがぶつけた背中に走る。
「つつ…、もう! いきなり何するのよ!?」
当然のように怒鳴りつける。
その足元に何かが飛んで来た。
飛んで来たそれに目を向け――一瞬思考が停止した。
「何…これ?」
呆然と呟く。
落ちているそれは……”腕”、肘から先の腕。
それも見慣れた爪が生えた…、今しがた自分を抱いていた腕だ。
ハッ、となり、ルイズは慌てて顔を上げる。
視線の先には左腕を押さえて蹲るジャンガの姿が見えた。
夥しい血が切り落とされた腕から滴っている。
どうして…などと考えるのは馬鹿らしい、自分を庇ったからに決まっている。
「フン、咄嗟の判断にしては中々だ」
聞こえてきた声にルイズは振り向く。
杖を突き出したワルドの姿が見えた。
腕からの出血は止まっている、『治癒』で応急処置でもしたのだろう。
ルイズは今しがた感じていた恐怖も忘れ、ワルドに向かって怒鳴った。
「ワルド! 後ろから不意打ちするのが貴族のやり方!? あなたは貴族としての誇りすら無くしたの!?」
ルイズの声に、ワルドはさも心外だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「戦いの最中に背を向ける方が悪い。これは貴族の行う”決闘”ではない”死合い”だ」
「何よそれ!? そんなのただのこじ付けじゃない! 卑怯よ!」
「…いいや、卑怯じゃねェ」
「え?」
ルイズは声の方に顔を向けた。
ジャンガは切られた腕を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
そして静かな口調で続ける。
「戦いってのはこういうもんだ。勝負ってのは文字通り”勝つ”か”負けるか”のどちらかだ。
ここは戦場で俺がヒゲヅラとやっているのは殺し合い…、あの港町でやった試合とは違う。
戦いの最中に余所見なんかすればそれが隙となって、相手にブッ倒される。
弱みを戦場で見せた方が間抜けなんだよ。
卑怯だ何だと言ったって、所詮それは負け犬の遠吠え。
策略に引っかかった方がアホなのさ…。
だから、テメェを助ける為に背を向けた俺が左腕を切り落とされたのも、当然の結果だ」
「で、でも……」
「でもも何も無ェ…。卑怯ってのは”ルールの決められた勝負”で使え。
ルールも何も無い、戦場での戦いに卑怯なんて言葉は存在しねェ。それを理解できないんなら…」
ジャンガはルイズを射抜くような視線で睨む。
「テメェにはこんな戦場に来る資格は無ェ…。この任務を受ける資格もな…。
精々、家や学院でボケ~ッと平和ボケして過ごすんだな」
「……」
何も言えず、ルイズは押し黙った。
ジャンガはそんな彼女を静かに見据える。
「中々の演説だったよ、使い魔君」
ワルドの言葉にジャンガは振り返る。
「君は戦いと言う物を良く理解している。そこは素直に賞賛しよう」
「テメェに褒められても反吐しか出ないゼ。…それに、腕を切られた事にはイライラしてるからよ」
「そうか。だが、僕もこの通り左腕が無いから、丁度良いではないか」
言いながら杖を構え、詠唱をする。
今度は風ではなく、電気が杖に纏わり付いていく。
「また何かするのかよ?」
「『ライトニング・クラウド』、風系統の強力な呪文さ。まともに受ければ命は無い」
悠長に説明をするワルドは、杖の矛先をジャンガ…ではなく、ルイズへと向ける。
ジャンガはその様子に右の爪で額を押さえ、大きくため息を吐いた。
「どうしてテメェみたいな奴は、こうも次から次へと下らねェ事を思いつくんだ?」
「フッ、その口調では僕の意図を察したみたいだね」
ジャンガはゆっくりと歩き、ルイズの前に立った。まるで自らを壁とするかのように…。
そこでルイズはワルドの考えを理解した。
「ワルド…あなた…」
「僕がこれから放つ電撃をその使い魔が避けようとすれば、ルイズ…君に当たる。
つまり、君の事を守ろうとしている彼は、避ける事無く確実に電撃を喰らう。
これで今度こそ終わりだ」
言いながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべるワルド。
ジャンガはつまらない物を見るような表情で、ワルドを見据える。
「フンッ、魔法衛士隊隊長も地に落ちたもんだゼ。言えた義理じゃねェが……外道だな」
「何とでも言うがいい。君が先程言った通り、負け犬の遠吠えだ。
そんなに言うのならば、ルイズを見捨ててこの場を逃げればいいではないか?」
「そりゃごもっとも。…けどよ、俺も意地って物があるんだよ。それに…」
チラッとルイズを一瞥する。
「このクソガキを甚振れるのは…殺せるのは…、この俺だけだ」
「ならば、その下らない意地とルイズと共に葬ってやる!」
ワルドは詠唱を完成させるべく、残りのルーンを唱える。
電撃対策もしとけばよかったゼ、と考えながらジャンガは来るべき衝撃に備えて身構える。
と、そこでデルフリンガーが鞘から飛び出した。
「そうだ! 思い出したぞ、全部!」
「チッ、何だ!?」
忌々しそうにジャンガはデルフリンガーを睨み付けた。
しかし、いつもなら怯えるデルフリンガーはそのまま言葉を続ける。
「いや、思い出したんだよ! 俺は六千年前にもお前に握られていた事がある!」
「ハァッ!? こんな時に何を馬鹿な事を――」
「話は後だ! 相棒、俺を構えろ!」
「あン?」
「死にたくなけりゃ構えろ! 早くしろ!」
ジャンガはいぶかしみながらも、デルフリンガーを構える。
「何をしようと無駄だ!」
叫び、ワルドは杖を突き出す。
電撃の呪文『ライトニング・クラウド』が放たれる。
凄まじい電圧を持った電撃がジャンガに襲い掛かった。
まさに電撃が命中しようとした、次の瞬間。
「何だと!?」
ワルド顔に驚愕の色が浮かぶ。
放たれた電撃がデルフリンガーの刀身へと吸い込まれたのだ。
無論、ルイズはともかく…ジャンガも無傷だ。
一体何が起こった、とジャンガが考える間も無く、次の異変が起こった。
魔法を吸い込んだデルフリンガーの刀身が光り輝きだしたのだ。
輝きが収まると、そこには錆びてボロボロになった剣の姿は無く、磨き上げられた刀身のデルフリンガーの姿が在った。
「こいつは一体…?」
「いや、すまなかったぜ相棒、思い出すのに時間がかかっちまった。
こいつが俺の本当の姿だ。あまりに情けない連中ばかりだったから、嫌気が差して自分の姿を変えたんだったよ」
「…遅すぎるんだよ、テメェ」
「だから、悪かったって言ってるだろ? だがもう安心しな、ちゃちな魔法は全部この俺が吸い込んでやるからよ。
ガンダールヴの左腕、このデルフリンガー様がな」
「…よし。なら、文字通りテメェには”左腕”になってもらうゼ」
ジャンガは片腕でマフラーを外し、それで左腕にデルフリンガーを縛り付ける。
(こんな事に使ってすまねェ…)
口と右腕で固定しながら、ジャンガは自分にこのマフラーを贈った相手に謝罪した。
その作業が終わり、ジャンガはルイズを横目で睨む。
「これ以上俺に無様を晒させたくないなら、ジッとしてろ。…いいな?」
ルイズは無言で頷いた。
そして、ジャンガはワルドへと向き直った。
ワルドは多少苛立ちを含んだ表情でジャンガを睨む。
「なるほど…、ただの剣ではなかったのだな。まさか魔法を吸収するとは」
「これで、テメェらメイジに対する決定的な防御手段が手に入ったゼ」
ジャンガはニヤリと笑ってみせる。
だが、ワルドも余裕の表情を浮かべる。
それを見て、ジャンガは笑いを引っ込めた。
「テメェ…まだ何かあるな?」
「ああ。まさか、ここまで見せる事になるとは思わなかったが…」
杖を構え、詠唱を始める。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
詠唱が完成し、ワルドの姿が揺れ動き、分身していく。
一つ…、二つ…、三つ…、四つ…、本体を合わせて五人へとワルドは増えた。
自分の十八番を見せ付けられ、ジャンガの表情が曇った。
「分身かよ…」
「ただの分身ではない。風のユビキタス…風は『遍在』する。何処からともなく現れ、その距離は意志の力に比例する」
ワルドの分身達は懐から仮面を取り出し、それを顔に付けた。
それを見るや、ジャンガはハッキリと不愉快な表情を浮かべる。
「あのフーケといたのはテメェだったのか…」
ワルドは答えない。代わりに不適に笑って見せた。
「如何に魔法を吸収できると言っても、これだけの数の差はそうそう埋められまい」
「これで君の命運も尽きたな」
「安心しろ、ルイズも同じ所へと送ってやる」
「せめてもの慈悲だ。苦しませずに終わらせてやる」
「では、これでお別れだ」
五人のワルドが口々に喋る。――うるさい事この上ない。
「やかましいんだよ、口煩いだけのゴミ虫が!!!」
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