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#navi(ゼロと損種実験体)
アプトムの朝は、ルイズを起こすところから始まる。
二度寝を愛する少女は、一度、起こしたぐらいで完全に目を覚ますことはない。放っておくと、着替えもせずに食堂に向かおうとするルイズを着替えさせ、食堂へと輸送する。
この辺りでの荷物か猫の子のような扱いにもルイズは慣れたらしく、もう文句も言わなくなった。いや、それはどうよ? とキュルケなどは思っていたが。
それはともかく、制服の襟を掴まれてダラーンとぶら下げられたルイズに、こいつは自分を召喚するまで朝はどうしていたのだろうと疑問を感じるが、実はアプトムが来る前のルイズはちゃんと一人で目を覚ましていた。
アプトムが来てからの彼女は、それまでにも増して魔法の勉強に励み結果として寝るのが遅くなったため、朝起きられなくなったのだが、そんな事をアプトムは知らない。ルイズとしても、それまで以上に頑張って頑張って頑張って、それでも結果に結びついていないなどと知られたくはないだろうが。
ともあれ、食堂に着くと寝惚け眼のルイズにキュルケが親しげに話しかけてくる。
『破壊の杖』捜索隊に志願した日以来、妙に馴れ馴れしいキュルケに、ルイズは困惑するが、半ば寝惚けた頭はだからどうしようという思考を働かせてくれない。
眠いという想いが、キュルケへの敵愾心を大きく上回る朝のルイズは、妙に素直に応対してくるのでキュルケとしてはいつもとのギャップがおかしくて、更に後でこの時の事を話すと真っ赤になって否定しようとするので、キュルケとしては一粒で二度美味しい気分である。
ちなみにアプトムのことは完全に無視している。いいかげん彼に決闘を申し込む生徒も今では、いなくなってきていて芝居をしても嫌がらせにならなくなっていたのだ。
そうなると、わざわざ嫌いな相手に話しかける趣味もないので、いないものと扱うようになっていた。
別に、そのことに関してアプトムに思うところはない。この学院というかこの世界の人間と深く係わり合いになるつもりのない彼は、誰にどう思われようとかまわない。
朝食が終わると、ルイズはキュルケに手を引かれ、ゴニョゴニョと文句を言いながらついて行く。
それを見送った後、さてどうしたものかと彼は考える。
ルイズが授業に出ている間、彼は無駄に時間を潰していたわけではない。授業をさぼって決闘を申し込んでくる生徒の相手をしていたというのもあるが、それ以外にも役に立つかどうか分からないが、学院とその周辺を歩き回り脳内地図に記す作業をしていた。フーケとの対決のときに、衛兵に見咎められず外に出られたのもそのおかげである。
しかし、その作業も終わった。学院の立ち入り禁止区域はまだ調べていないが、学院長に地球に帰る協力を申し入れられた現在、そこに侵入するのは気が咎める。
だからと言って、決闘を申し込んでくる生徒もいないので特別やらなければならないこともない。
そう考えて、舌打ちする。
今までアプトムに決闘を申し込んできていた者たちは、いい加減、勝てないと理解して彼の前に姿を現せなくなっていた。ただ一人を除いて。
その一人、ギーシュ・ド・グラモンを思い出すと、いつしか苛立ちが湧くようになっていた。
勝てないと理解しているはずなのに、そもそも勝ったとしても、もはや意味など無いだろうに、何度も挑んでくる姿はある意味道化じみていて見える。
そして、その姿が自分に重なって見えるのは何故なのか。
あの少年と自分に共通する部分など何一つ存在しないというのに、まるで無意味に見える自分に挑む少年の姿が、ガイバーⅠに挑む自分の姿に重なり、それがガイバーⅠを倒すことを望む自分の行動が無意味だと訴えているように見えて彼は不機嫌になる。
そんな事を考えていたせいだろう。前から接近してくる人影に気づくのが遅れたのは。
それは洗濯物を両手いっぱいに持ったメイドであった。
注意力散漫だったとはいえ、前から歩いてくる相手にぶつかるほどアプトムは鈍くはない。だが、ぶつかる寸前で避けたためだろう。いっぱいの洗濯物で前がよく見えてなかったメイドは、寸前でアプトムに気づき慌てて避けようとしたところで洗濯物を落としそうになり、落とすまいと更に慌てて今度は足をもつれさせてひっくり返った。
何をやってるんだか。と思ったが、これが自分のせいだということは自覚している。
前が見えないほど洗濯物を持って歩く方が悪いのも確かだが、授業中のこの時間は生徒や教師がこんなところを、ふらふら歩いているはずもないので、人とぶつかることを想定しているはずもない。
生徒か教師にぶつかりかけたとでも思ったのだろうか。「すみません」と頭を下げ、慌てて洗濯物を拾い集めようとするメイドに、どうしたものかと考えた後、自分も洗濯物を拾うことにする。
似合わないことをしているなと思いつつも、拾い集めた洗濯物を渡すとメイドは恐縮して礼を言って頭を下げた後、あれ? という顔になる。
「あなたは、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔の……」
「知っているのか?」
言ってから、当然だろうと気づく。毎日、学園内をうろうろ歩いていたり、この学院の生徒の決闘相手を務めている自分の事が知られてないわけがない。
実際その通りだったらしく、アプトムのことは召喚された日から噂になっていて、ギーシュとの決闘の後は、貴族に勝った平民だからと知らない者がいなくなっていたらしい。
おかげで、学院で働く平民の中には、アプトムと親しくなりたいとまでは思わなくても、一度話をしてみたい、知り合いにくらいはなってみたいと思うものが少なくなかったのだが、そこに待ったをかける者がいた。食堂で働くコック長のマルトーである。彼の貴族嫌いは有名で、そのくせ貴族の子弟の通う魔法学院で働く自分の事も嫌悪していた。
そんな彼がアプトムに向ける感情は複雑なものだった。魔法を使えない平民の身で貴族を打倒したのは痛快だが、それが主の命令でやった決闘であるにすぎず、唯々諾々とルイズに従っているその姿は、貴族を毛嫌いしながらも結局は貴族に尻尾を振っている自分を皮肉っているようで不愉快きわまりない。だが、平民が貴族に従うのが当然の、この世界でアプトムに文句を言うのが筋違いであると自覚もしている。
そして、マルトーと似たような考えの者も、この学院には少なくないのだった。
だから、彼らはこう考えた。アプトムのことはいないものと扱おうと。
別に、話しかけられても無視をしろというわけではない。向こうから接触してこないかぎり、こちらからも関わらない。その程度の話。
だから、アプトムから話しかけてきてくれないかと思っている平民も少なくないのだとメイドは笑う。
そんなものかね。と思い、アプトムは下を指差し、いいのか? と問う。
何が? とメイドが下を見ると、そこには頭を下げた時に零れ落ちた洗濯物があった。歩いていて前が見えないほどの多くの洗濯物を持って頭を下げたりしたら、そうなるのは当然である。
メイドは、慌ててそれを拾おうとして、また落とす。悪循環だ。
らしくない。それが彼の感想。洗濯物を持ち、シエスタという名前のメイドと並んで歩きながら彼は思う。
このメイドが、自分と話をしてみたいと思っている側の平民であろうが、多すぎる洗濯物を運ぶのに苦労していようが、自分にはどうでもいいことだろうと彼は思う。
なのに、なぜ自分は手伝うなどと言ってしまったのか? 考えても答えは出ない。ただ単に、面倒見がいいだけだという自覚は彼にはない。
地球に残った分体など、倒すべき仇敵がある悲劇に見舞われ実質的に戦闘不能状態だったり、更にその後意外な敵と対峙し倒すという決断が出来ず戦意を大きく殺がれていたような時、そこを狙うどころか、「今のお前を倒しても仲間は喜ばない」などと荒療治や激励に行くようなお節介なところを見せたりするのだが、そんなことを今ここにいるアプトムは知らない。
シエスタと共に水汲み場に行き、洗濯板を使った作業も手伝いながら。やはり、らしくないな。と彼は内心呟くのだった。
そんな彼の前に、青い髪の少女がやってきたのは、しばらくして洗濯も終わろうという時の事。
北花壇騎士七号というのが、彼女、タバサの肩書きである。と言っても、表向き存在していない騎士団なので、彼女がそれを名乗ることはない。
王家の汚れ仕事を一手に引き受ける北花壇警護騎士団というその組織の中でも、彼女に回ってくるのは無駄に危険なものが多い。
その中でも、今回は最悪だと彼女は思う。
吸血鬼。人間に比べて高い身体能力を持ち、先住の魔法を使い、血を吸った相手を一人だけとはいえ屍人鬼として操る、人間とまったく見分けがつかない姿をした妖魔。
戦闘能力だけでもメイジの手に余りかねないそれは、人の中に紛れ正体を隠し人を襲うため、騎士ですら正体をつかむこともできぬまま返り討ちあうことは珍しくない。
それを退治するのが今回の仕事だという。他の騎士の協力などはない。北花壇騎士は常に単独で任務につくのだから。
死ねと言われているようなものだが、彼女に拒否権はない。なんとか、上手く立ち回るしかないかと考えた時、彼女に声をかけてくる声があった。
「お姉さま! やっばりお姉さまだけで吸血鬼に立ち向かうなんて無茶なのね!」
声のした方向に眼を向けると、そこには彼女がシルフィードと名付けた一頭の青い風竜。それが、韻竜と呼ばれる人語を操る伝説の幻獣だと知るのは、彼女ただ一人。
伝説の幻獣を召喚し、それを使い魔にした彼女は、しかし、そのことを誰にも秘密にしている。
使い魔はメイジにとって一生を共にする相棒である。だが、それが伝説の幻獣ともなれば、道理を無視して取り上げ実験に使おうとする研究者が出てくるのは分かりきっている。そして、もし彼女に命令できる立場のものが渡せと命令してくれば、彼女に反抗は許されない。だから、彼女は隠しておこうとしている。
それなのに、どうしてこの使い魔は無警戒に話しかけてくるのか。
無言で睨みつけるが、幼い精神しか持たない使い魔の韻竜は気づくことなく話を続ける。
「そうだわ! あの人に助けてもらいましょ! あの魔法も使わずに変化する、あのおじ様に助けてもらえば、吸血鬼だってなんとかなるかもしれないわ!」
きゅいきゅいと鳴きながらの言葉に、そのおじ様のことであろうアプトムという男の姿を思い浮かべる。
その男を最初に見た印象は、自分に似ている。であった。もちろん容姿ではない。彼の眼は、自分と同じ復讐者のものだと彼女は感じたのだ。
そして、その後のとある生徒との決闘で、その男のことを人間ではないと判断した。
だからどうしようと思ったわけではない。その男が、親友がよくちょっかいをかけている少女の召喚した使い魔であったことも、その男を親友が嫌っていることも、彼女にはどうでもいいことであったし、その男と破壊の杖の捜索に出かけたことも、彼女の男に対する無関心に変化をもたらすことはなかった。
その男にとって自分がそうであるように、自分にとっても男はどうでもいい存在だったからである。
自分と男が間接的にではなく関わることなど生涯ありえないだろうと思っていた。
だが、ある夜、彼女の使い魔がインテリジェンスソードを拾ってきた。そして、使い魔は剣から聞いた事を彼女に話した。
ミス・ロングビルが土くれのフーケであったこと。アプトムという剣の持ち主が、亜人に変化してフーケのゴーレムを打倒したことを。
この時、デルフリンガーという名を持つ剣は慌てた。彼は自分の相棒の秘密を暴露する気などなかった。寂しさのあまり自分を拾った風竜にいろいろと話してしまったが、それは相手が人の言葉を理解できるなどとは思わなかったから。犬や猫に話しかけるレベルの独り言のようなつもりだった。まさか、相手が韻竜でありなおかつ、誰かの使い魔であろうとは考えもしなかったのだ。
しかし、ここで慌てたのは彼女も同じである。表情が変わらなかったので、傍目にはそうと分からなかっただろうが。
彼女は、自分の使い魔が韻竜であることを誰にも知らせる気はなかった。この口の軽い剣を、そのまま返してしまえば、このことが露見するかもしない。
「消す」
この時、彼女のどんよりと濁った眼は本気と書いてマジだと語っていた。とデルフリンガーは後に語る。
「いやいやいや、バレて困る秘密を知られたのはコッチも同じだから。ほらお互い様お互い様」
「あなたは、口が軽い」
「いやいやいや、それ以上にソッチの韻竜はウッカリだから」
「そのことを、あの男が知れば、シルフィードを始末しようとするかもしれない」
「……いやいやいや、相棒はそんな非道な真似しませんよ」
「今の間は?」
「うっ……」
などというやり取りはあったが、実際にはデルフリンガーは口止めだけをしてアプトムに返還された。
消すと言ったのは脅しである。いや、話によっては本当に消す気だったが。
なんにしろ、それがタバサとアプトムが間に誰かを挟むことなく直接顔を合わせる最初で最後の機会になるはずだった。
だが、今回タバサに回ってきた吸血鬼を倒すという任務は、彼女をもってしても死を覚悟しなくてはならない難事。そこに三十メイルの巨大ゴーレムを打倒する戦闘力を持ったあの男を巻き込めば、自分の生存率は大きく上がる。
一見冷徹に見える彼女だが、本来は無関係な人間を巻き込むことをよしとしない優しい性格の持ち主である。そんな彼女であるが、相手が自分を圧倒的に上回るであろう戦闘力を持った、しかも自分にとってはどうでもいい存在、そして自分の大切な親友に嫌われている男であれば、巻き込んでも良心の呵責を感じずにすむのではないだろうか。ついでに言えば、誰かに助けを求めろと使い魔がうるさい。
そんな結論を出すまでに、それほどの時間は必要としなかった。
「二、三日の休暇がほしい」
彼女の使い魔がそんな事を言ったのは、半ば寝ぼけた頭で、しかし自動書記のごとく授業内容をノートに書き写す午前の授業が終わった昼
休みのことである。
「なんで?」
前に休みが欲しいと言ってきた時は、決闘を申し込んでくる多数の生徒たちがうんざりするからというものだったが、それももう収まって
いる。
なのに何故? と思うルイズにアプトムは「バイトだ」と答える。
「欲しいものでもあるの?」
なら買って上げるけど? と言うルイズに、そうではないと使い魔は答える。
彼は、このハルケギニアのことを知らな過ぎる。ルイズが学院に通う生徒である間はいいが、いずれ卒業した時に彼女についていくであろ
う身の上としては、子供ではあるまいに世間の事を何も知らないでは問題があるだろう。ならば、社会勉強の意味もこめて街でアルバイトを
してみたほうがいいだろうと、彼は言う。
もちろん嘘だが。
彼には、この世界に留まろうというつもりはない。ルイズの魔法以外に地球に戻れる手がかりがあるのなら、積極的にそれを集めるつもりでいる。
青い髪の少女に吸血鬼退治の手助けを求められたとき、この地にはそんなものがいるのかと感心し、彼が思い浮かべたのは、血を吸った者を次々と吸血鬼に変えていく日の光と十字架とニンニクを嫌う不老不死のバケモノである。
この世界に実在する吸血鬼とは微妙に乖離したイメージだが、アプトムにはそんなことは分からない。タバサも、アプトムの思い違いに気づかないので、特に訂正もしない。
そして、彼は思う。その吸血鬼が何百年も生きていたなら、あるいは自分が地球に帰るための手がかりを知っているのかもしれない。
そうでなくとも、吸血鬼などと恐れられる生き物を喰らえば自身の能力を高められるかもしれない。
だから了承した。何故、自分に手助けを求めて来たのかについては考えない。大方、口の軽いインテリジェンスソードが洩らした彼の正体を知って戦力になるとでも思ったのだろうが、タバサがそのことについて何も言ってこないのであれば、突っ込んで尋ねる必要はない。
そんな事情を馬鹿正直に話すはずもないアプトムを前に、ルイズは考える。
アプトムのいう事に特別おかしなところはない。何か不に落ちない気もするが。その思考が、何故に浮かんだものか分からない。
本音を言えば、この使い魔を身近から離したくはない。だけど、彼女には負い目がある。アプトムは自分のいう事に黙って従ってくれているのに、伝説に残るようなメイジになると宣言した自分は、いまだコモンマジックすら成功させていない。
だから、これは最後の抵抗。
「でも、あんたがいない間。誰が、わたしのお世話をするのよ?」
一人じゃ朝起きれないのに。などと言うルイズに、代理は頼んであるとアプトムは答える。
バイトというのは方便だが、タバサからいくばくかの報酬の約束も取り付けてある。その報酬から謝礼を出すからと先ほど知り会ったばかりのメイドではあるが、シエスタという少女に頼んである。学院で働くメイドを、こちらの都合で使うことについても、元の世界に帰るための協力を約束してくれたオールド・オスマンに許可を取りにいくつもりだ。
本人は、学院から給料を貰ってる身なのだから謝礼はいらないと断ったが、あいにくとアプトムは借りを作るのが嫌いだ。なぜなら、何かの形で返さなくてはいけないと思ってしまうから。
かくして、不本意ながらもルイズは許可を出し、その翌朝にはアプトムはタバサと共にシルフィードに乗って学院を出るのだった。
タバサとアプトムを乗せたシルフィードが最初に向かったのは、隣国ガリアの王都リュティスにあるプチ・トロワと呼ばれる小宮殿である。
今回のタバサの任務は吸血鬼退治だが、まだ正式な指令として下されていない。だから上司に会いに行く必要があるのだが、そこにまでアプトムやシルフィードが同行する必要はない。
というわけで、一人で北花壇警護団団長でありガリアの王女でもある、イザベラと書いて意地悪な従姉と読む少女の命令と嫌味を受け取って帰ってきたタバサは、袋いっぱいのニンニクと十字架のネックレスを持ったアプトムと対面することになった。
「それは、何?」
「吸血鬼退治といえばコレだろう?」
真顔で口にする言葉に冗談の響きはなく。実際アプトムに冗談のつもりはない。
アプトムの知る地球の吸血鬼の伝承をタバサが知るわけもなく、ゆえに何故そんなものが吸血鬼退治に必要なのか分からない。
しかし、タバサとて吸血鬼のことについては、この任務を知らされた後で学院の図書室にあった本で読んだ知識しかないので、そういうものなのかなと思うくらいである。かくして、吸血鬼に脅える、ある辺境の村人たちは、ニンニク臭い騎士を迎えることになるのだった。
吸血鬼が現れたのは、王都リュティスから五百リーグ南東にあるサビエラという村である。
最初に犠牲者が出たのは二ヶ月ほど前。12歳の少女の遺体が森の入り口で発見されたのを皮切りに、一週間おきに吸血鬼の襲撃があり、今では九人の犠牲者を出している。
その中には、メイジもいた。王室から派遣されたガリアの正騎士であったが、到着して三日後には遺体で発見された。
屈強なトライアングルメイジである騎士がやってきたとき村人たちは、これでもう大丈夫だと喜び希望を抱き、それが摘まれた時、絶望に押しつぶされた。
だから次の騎士を送ると言われても、浮かんだ希望は糸のように細く。そして、実際にやってきた騎士を眼にした時、その糸は切れた。
その騎士は、小柄な体を水色のローブで包んだ少女だった。
従者らしき、眼光は鋭く顔の左側に広く傷跡を残した酷薄そうな男が一緒にいるのだが、そちらが前を歩き、その後ろをついて行くように歩いているだけに、余計頼りなく見える。
それだけなら、まだよかったのだが、何を思ったのか少女は糸で数珠繋ぎにしたニンニクを体中に巻いている。
吸血鬼退治に必要なのは、どちらかと言えば強さよりも吸血鬼がどこに潜んでいるかを見抜く判断力であるが、いかにも弱そうな上に、こんな頭の悪そうな格好をした少女では、村人たちの信用は得られない。
「子供だぜ」「あれじゃ、どっちか騎士さまか分かりゃしねえ」「というか、なんだよあの格好」
「こないだいらした騎士さまは強そうだったのに」「こないだの騎士さまは三日。今度は一日でお葬式かねえ……」「騎士なんかあてにはならねえ!」
「俺たちの手で、吸血鬼を見つけるんだ!」「怪しいのは、あのよそ者の婆さんだと思う」「どういうことだってばよ?」「言い換えれば、怪しいのは、あのよそ者の婆さんだってことになるだろ」「つまりこういうことか。怪しいのは、あのよそ者の婆さんだ」「占い師だとか言ってるくせに、占いなんかしないで、一日中家に閉じこもって出てこない、しわくちゃ婆か」「この村には療養に来たとかぬかしてたけど、怪しいもんだ。ほんとは血を吸いに来たんじゃねえのか?」「この村に来たのも三ヶ月前だし、息子だって言ってたでくのぼうがグールだとか言う奴なら説明がつくしな」「ああ、あんな怪しい奴らは見たことがねえ」「あやしさ大爆発だ――――ッ」
そんな村人たちの噂話に迎えられたのは、言うまでもなく、タバサとアプトムである。
前に派遣された騎士がすぐに始末されたことから、今回も吸血鬼は自分たちを狙ってくるだろうとタバサは考えた。では、吸血鬼どんな手段をとってくるだろうか?
答えは簡単。吸血鬼に脅える無力な村人のふりをして近づき油断をさせて襲う(余談だが、実はアプトムもこれに近い事を敵に対しおこなった事があった)。前の騎士もそうやって殺されたのだろう。
シンプルだが、誰が吸血鬼とその下僕である屍人鬼か特定できてない状況では対応が難しい手である。
ならば、それを逆手に取ればいい。
そこで考えたのが、襲ってくる状況をこちらの方で作ってやる作戦。正体を隠さなければならない吸血鬼は、従者と一緒にいる時のメイジを襲うことは避けるだろう。どちらかを逃がしてしまえば、正体が知れてしまうのだから。だから、二人が別行動を取れば、即座に襲ってくるだろう。その時に返り討ちしてしまえばいい。
その作戦に必要なのは、別行動を取るときには吸血鬼に対抗できる準備をしておくこと。そして、そのことを吸血鬼に悟らせないことである。
普通に考えて、二人が別行動を取れば先に狙われるのは従者の方だろうというのが、二人の見解である。メイジより従者の方が楽に捕らえられるし、メイジが一番油断する相手は自分が連れてきた従者だからである。ならば、その従者を屍人鬼に変えてしまえば、メイジなど簡単に始末できる。余談だが、アプトムは、この相談をしていたときに初めて、吸血鬼に血を吸われた者は吸血鬼ではなく屍人鬼という下僕になると知った。ついでに、吸血鬼が先住魔法を使うことも。
アプトムは見るからに強そうだが、それでも魔法を使うメイジと平民なら、メイジの方が手強いと考えるだろう。
とは思うが、絶対の確信があるわけではない。それにタバサの方が狙われるのならまだいいが、自分たちを無視して村人が襲われてはたまらない。
それなら、いっそ確実にタバサが狙われるような状況を作ったほうがいい。彼女が大して役に立たないメイジであると思わせ、おびき寄せる。
だから、捜査はアプトムが主導でやることに決めた。幸い、タバサは見た目からして強そうには見えない。ここで、従者の言う事に従うしか出来ないような能無しと印象付けておけば、吸血鬼も侮ってくれるだろう。
ひょっとしたら、アプトムを従者のふりをしたメイジではないかと疑い、杖を持っていないのを幸いと狙われる可能性もあるが、そちらは問題ない。なにしろ彼がどういう存在かを知らない者に彼を殺す事など出来ないのだから。
そんなわけで、アプトムはタバサを従えて村長の家に向かった。シルフィードは村の外で待機である。
「ようこそいらっしゃいました。騎士様」
そう言って出迎えたのは、髪も髭も白くなった人のよさそうな老人。これが村長である。
「俺はアプトム。それで、こいつがガリア花壇騎士のタバサだ。事件のことを詳しく聞きたい」
従者らしからぬぞんざいな口調で、タバサの紹介をして問いかけてくるアプトムに村長は困惑しながらも二人を居間に通し、従者であろうはずのアプトムがタバサを従えているかのように上座に腰掛けるのを確認して、それまでの事件を語る。
二ヶ月前に、最初の犠牲者が森の入り口で発見されたことから、その後、森に近づくものはいなくなった。そこに恐るべき吸血鬼がいると信じたからである。だが、次の犠牲者は村の中で発見された。
だから、その後は村の中だけでも、夜に出歩く者はいなくなった。しかし、そうなると今度は家の中で遺体が発見されるようになった。その間、犠牲者の家族は吸血鬼が侵入していることに気づかず眠っていたという。
扉を固く閉じ、窓を閉めきって釘で打ちつけても、吸血鬼はどこからか侵入し、家の者が寝ずの番をしていても、吸血鬼が来るときは眠ってしまう。
何故そんな事になってしまうのか? 村人たちは、そこに答えを出してしまった。
吸血鬼は血を吸ったものを一人だけ屍人鬼に変えて、己が意のままに操るという。村人たちは、村に住む誰かが屍人鬼になって吸血鬼を手引きし協力しているのではないかと疑心暗鬼になり、お互いを監視し、しかしその監視をしているのが屍人鬼ではないかと疑う悪循環におちいってしまっていた。
「屍人鬼には、吸血鬼に血を吸われた傷があるはず」
置物のように黙って座っていただけの少女がボソリと言った言葉に、村長は今その存在に気づいたような顔をしてしまい、そのことを自覚して、ばつが悪そうな顔を向けて、「そう思って確かめたのですが……」と答える。
この村では、虫や蛭にやられて血を吸われた痕を残すものが多く、特に山蛭は首を狙ってくるので首に傷があるものだけでも七人はいる。
吸血鬼の方も、それを知っているのか犠牲者の遺体に残された傷痕は、そんな関係のない傷と見分けがつかないようなものになっている。
困ったものです。とため息を吐いた村長の首に、アプトムは右手を伸ばす。
「何をするつもりで?」
疑念と恐怖の入り混じった声に、アプトムは「屍人鬼になってないか調べさせてもらう」と答える。
前に派遣されて来ていた騎士とて、完全に無警戒だったわけではあるまい。ならば、騎士がもっとも油断する相手は誰だろう。そう考えると、村長を怪しいと考えるのは当然であろう。
アプトムの持つ融合捕食という能力は、対象を吸収する能力だが、完全に融合する前なら、対象の体細胞を調べるだけで切り離すことも可能だ。彼は、その能力で村長の肉体に異常なところがないか調べるつもりでいた。もっとも、この世界の人間の正常な細胞を調べていないので、村長だけを調べても異常を異常と気づけない可能性もあるが、それは追々他の村人も調べていけば分かるだろうと結論付けた。
何をするのかと、タバサが興味深そうに見る中、伸ばされた手は首を掴もうとして、だが、その手は途中で止まる。
扉の隙間から覗いている視線に気づいたからだ。この能力は見ればアプトムが人ではないと判断されてしまうものであり基本的に隠すべきものである。村長には掴まれた自分の首など見えないだろうが、それ以外の人間が見ていては使うわけにはいかない。この部屋にはタバサもいるが、すでに獣化した姿のことも知られているだろう相手には、見せても大した問題はなかろうと彼は結論づけている。
伸ばしかけた手を止め、扉の方を見ているアプトムに気づき、村長もそちらを見ると、そこには五歳くらいの金髪の少女が顔を覗かせてい
た。そして、それは老人のよく知る子供の顔である。
ここは、叱るべきだろうか? そんな事を思ったが、それはやめておく。この娘の過去を考えれば、今は叱るべきではない。
だから、叱る代わりにその名を呼ぶ。
「お入りエルザ。騎士さまにご挨拶なさい」
呼ばれ、怯えた様子で入ってきてギクシャクと挨拶をしてくる少女に、アプトムが無感情な眼を向け、その子は何者かと村長に眼で問いかけてくるので、村長は答え説明することにする。
少女の名はエルザ。一年ほど前に寺院の前に倒れていたのを拾われた娘で、本人の言う所によると両親がメイジに殺され一人逃げ延びてきたが、そこでついに行き倒れたらしい。そこで、身寄りもないそうなので、早くに子を亡くし妻も死んでしまい一人寂しく生きていた村長が引き取ることにした。
「わしはこの子の笑った顔を見たことがないのですじゃ。体も弱くて、あまり外で遊ぶこともさせられん……。一度でいいから、この子の笑顔を見たいもんじゃが、今度は村では吸血鬼騒ぎ。早いところ、解決してほしいもんじゃ……」
痛ましげにエルザを見て訴える村長に、当の本人は聞いているのかいないのか、村長の背中に隠れチラチラとアプトムとタバサを覗き見。
見られている二人は、特に感情の変化も見せずエルザを観察していた。
お互い自覚はないし相手がそうであるとも知らないが、二人には冷徹なわりに甘いところがある。とはいえ、縁もゆかりもない相手の不幸な過去とやらに無差別に同情するほど優しくもないので、エルザを見る眼は、さきほど村長にも向けていた屍人鬼ではないかという疑いの入り混じるものと同じものでしかない。
その眼に、村長が不快な表情をするが、二人は特に気にしない。他人にどう思われようと気にするような殊勝な性格はしていない。
もっとも、だからといって何をするわけでもない。第三者の眼があっては融合捕食で調べるというわけにはいかないし、裸に剥いて傷がないかを調べてみても、それが吸血鬼の噛み痕であるか確認のしようがない現状では意味がない。
ここで、こうしていてもしかたがない。実際に現場を見て回ろう。そう言って立ち上がるアプトムをエルザは怯えた目で見ていたが、同時にその眼には観察するような色があったことには、誰も気づかなかった。
現場を見て分かったことは、村長から聞いた情報と大して変わりのないものだった。
吸血鬼に侵入を許した家の扉や窓は釘で打ちつけてあり、さらに家具を山と積んで開かなくしたようだが、それを力ずくでこじ開けた形跡はないし家具を動かした形跡もない。犠牲者の家族が何故か眠ってしまったという話についても聞いてみたのだが違いはない。屍人鬼になった村人に睡眠薬を飲まされたのかとも考えたが、そういう覚えもないらしい。
先住魔法には、風の力を利用した眠りの魔法があるのだが、タバサとて先住魔法には精通していないしアプトムは魔法そのものの知識がない。
「吸血鬼は蝙蝠になって家の隙間から入ってくるといいます。本当なのでしょうか?」
そんな事を聞いてくる村人がいたが、蝙蝠になったところで、ここまで厳重に閉め切っていては入ってくるのは無理だろうと、扉と窓を見て思う。
いや、あそこからなら入ってこれるか。とタバサが煤だらけになって調べている細い煙突に顔を向ける。
何か見つかったかと聞いてみたが、タバサは無言で首を振る。まあ、小さな子供でもなければ通れないような細さだし、本当に蝙蝠にでも
変化して通ったのなら、侵入の形跡が残っているはずもない。
さて、どうしたものかと、考えていると外から怒声やらなにやらが聞こえてきた。
何が起こったのかと外に出ると、十数人の村人が鍬や棒きれや松明を持って村はずれに向かっており、その後についていってみると一軒のあばら家があった。
「出て来い! 吸血鬼!」
そんな怒鳴り声が、村人たちのから聞こえてくる。
一瞬、どういうことかと思ったが、村に入ってすぐに聞こえてきた村人たちの会話に、占い師が怪しいという話があったが、あのあばら家に住んでいるのかと特に感慨もなく見ていると、中から四十ほどの年齢だろう男が出てきた。
「誰が吸血鬼だ! 失礼なことを言うんじゃねえ!」
「アレキサンドル! お前たちが一番怪しいんだよ! よそ者が! ほら吸血鬼をだせ!」
「吸血鬼なんていねえよ!」
「いるだろうが! 昼だっつうのにベッドから出てこねえババアが!」
「おっかぁを捕まえて吸血鬼とはどういうこった! 病気で寝てるだけだ!」
母を吸血鬼と決め付ける村人たちに、アレキサンドルは怒気をこめて叫ぶが、村人たちは取り合わない。
外に引っ張り出して、日の光の下にさらせば、はっきりするとあばら家に押し入ろうとする村人を、アレキサンドルが押し返し、あわや乱闘にとなりかけたところに、アプトムが割って入った。
タバサの指示である。
黙って聞いていて思ったのは、あばら家に閉じこもった占い師は確かに怪しいということと、前に派遣されてきた騎士が、そこまで怪しい相手に油断をしていたのだろうか? という疑問である。
吸血鬼が、思った以上に強力だったため、前の騎士が油断をしていなくても勝てなかったという事も考えられるが、その場合もし本当に占い師が吸血鬼だったなら、ここに集まった村人のほとんどが命を奪われる恐れがある。
アプトムはもちろん、タバサも赤の他人の身の安全を心配するほど、お人好しではない。とはいえ、何も考えずに虎穴に入っていく人間を黙って見ているほど非道ではないし、無駄に犠牲者を増やすと難癖をつけてくる上司もいる。
というわけで、止めに入ったわけだが、当然村人たちにはそんなことは分からない。
邪魔をするなと、突き飛ばそうとしたところで、村人の一人がアプトムの後ろに立つタバサの持つ杖に気づいた。
「貴族!?」
「お城からいらっしゃった騎士さまじゃねえか」
「ちょうどいいや。この家のもんを調べてくだせえ! 間違いなく吸血鬼だ!」
口々に言われ、しかしタバサは村人に応えず、伺うようにアプトムを見上げる。当初の予定通り、頼りにならない騎士を演出しているようだ。
しかし、そうなると、ここはアプトムが仕切らなければならず、自分たちが調べるから解散するように言うが、当然村人たちは納得しない。
ただでさえタバサは、見た目からして頼りない子供なのだ。その上、従者に決めてもらわないと何も出来ないような素振りをみせられては、このまま任せてしまおうなどと誰が思うだろう。
本当に貴族なのか? などと疑う村人も出てくるが、タバサはアプトムの後ろに隠れて、ボソリと「本当」と答えるだけで説得力のないことはなはだしい。
「お城はなにを考えてるんだ! こんな情けない騎士なんかよこすな!」
怒ればいいのか、呆れればいいのか分からないというように嘆く村人に、まあ気持ちは分かると頷くアプトムである。
そんな中、騒ぎを聞きつけたのだろう。村長がやってきた。
「こらこら! お前たち! 何をしておるんじゃ!」
村長は、吸血鬼による被害を恐れていたが、それ以上に村人同士が疑心暗鬼になって傷つけあうことを恐れていた。
そんな彼に、この騒ぎが看過できるはずがない。だから、怒る。叱る。
だが、村人たちは引き下がらない。いつ自分や家族が吸血鬼の犠牲になるか分からないという恐怖の中、それを忘れるために彼らは眼に見える敵を必要としていた。
それに、彼らが占い師の親子を疑ったことに、まったく根拠がないというわけではない。
「アレキサンドルが怪しいというのには、ちゃんと理由があるんで。ほら、あいつの首には二つの牙のあとがあるんですよ」
「だから山ヒルに食われたあとだって言ってるだろう? 何度言ったらわかるんだよ!」
村人の一人の言葉に、アレキサンドルは即座に怒鳴り否定するが、無論それで納得する者はいない。
とりあえず、アプトムとタバサはその傷を見せてもらったが、治りかけで虫に刺された物と見分けがつかない。
それに、もしこれが吸血鬼の牙の痕だというのなら、アレキサンドルが吸血鬼に血を吸われて屍人鬼になったのは、ここ二、三ヶ月の間、この村に引越してきた後の可能性が高いことになる。それでは、母親である占い師が吸血鬼で息子が屍人鬼だという理屈がおかしくなる。
とはいえ、今の村人たちに言っても無駄だろう。どう言っても村人たちは引き下がらないだろうし、さりとて彼らに勝手をやらせるのも拙いので、アプトムとタバサは何人かの村人を連れてあばら家に踏み入った。
あばら家の中には、枯れ木のように痩せ細った老婆が寝ていた。マゼンダという名のその老婆は、村人たちを見て怯えた様子で布団にもぐりこんだが、それを許さない者がいた。村人の一人、レオンという名の男が布団を引っぺがし嫌がる老婆の口をこじ開けて牙がないか確認する。もちろんアレキサンドルが怒り騒いだが、他の村人に取り押さえられる。
「どうだ? レオン!」
尋ねられて、レオンは困った顔で首を振る。老婆は、牙どころか一本の歯も残さず抜け落ちていたのだ。
「騎士さま。確か吸血鬼は、血を吸う寸前まで牙をしまっておけるんでしたね?」
問われ、タバサは、こくりと頷く。ならば、まだ吸血鬼でないと決まったわけではないと言うレオンと同意する村人たちに、アレキサンドルは激昂する。そんなにも母を吸血鬼だということにしたいのかと怒鳴る彼と村人たちの間に一触即発の空気が流れたが、それを村長が諌めた。
村長の望みは村人同士の諍いを起こさせないことである。老婆が吸血鬼だと決まったわけではない以上、これ以上の諍いを許すわけにはいかない。そして、村長は村人たちに信頼されているらしく、村人たちもこれ以上、証拠のないことで騒ぎ立てるわけにもいかず、しぶしぶではあるが、解散することになった。
その後、タバサは村長に頼みごとをした。
村に残った若い娘たちを村長の屋敷に集めてくれというものである。
今回狙われるのは、吸血鬼退治に派遣されてきた自分か、その従者ということになっているアプトムであろうとタバサは思っているが、吸血鬼がこちらの予想通りに動いてくれる保障があるわけではない。かといって、村全体を見張るというのも物理的に不可能なので、狙われる可能性の高い娘たちを一箇所に集めることにした。
これには、一箇所に集めたら、一度に襲われてしまうのではないかと村人から反論が上がったが、そこは村長が説得してくれた。
そして、吸血鬼が動くのは夜だろうと、見張りをアプトムに任せタバサは睡眠をとることにしたのだった。
#navi(ゼロと損種実験体)
#navi(ゼロと損種実験体)
アプトムの朝は、ルイズを起こすところから始まる。
二度寝を愛する少女は、一度、起こしたぐらいで完全に目を覚ますことはない。放っておくと、着替えもせずに食堂に向かおうとするルイズを着替えさせ、食堂へと輸送する。
この辺りでの荷物か猫の子のような扱いにもルイズは慣れたらしく、もう文句も言わなくなった。いや、それはどうよ? とキュルケなどは思っていたが。
それはともかく、制服の襟を掴まれてダラーンとぶら下げられたルイズに、こいつは自分を召喚するまで朝はどうしていたのだろうと疑問を感じるが、実はアプトムが来る前のルイズはちゃんと一人で目を覚ましていた。
アプトムが来てからの彼女は、それまでにも増して魔法の勉強に励み結果として寝るのが遅くなったため、朝起きられなくなったのだが、そんな事をアプトムは知らない。ルイズとしても、それまで以上に頑張って頑張って頑張って、それでも結果に結びついていないなどと知られたくはないだろうが。
ともあれ、食堂に着くと寝惚け眼のルイズにキュルケが親しげに話しかけてくる。
『破壊の杖』捜索隊に志願した日以来、妙に馴れ馴れしいキュルケに、ルイズは困惑するが、半ば寝惚けた頭はだからどうしようという思考を働かせてくれない。
眠いという想いが、キュルケへの敵愾心を大きく上回る朝のルイズは、妙に素直に応対してくるのでキュルケとしてはいつもとのギャップがおかしくて、更に後でこの時の事を話すと真っ赤になって否定しようとするので、キュルケとしては一粒で二度美味しい気分である。
ちなみにアプトムのことは完全に無視している。いいかげん彼に決闘を申し込む生徒も今では、いなくなってきていて芝居をしても嫌がらせにならなくなっていたのだ。
そうなると、わざわざ嫌いな相手に話しかける趣味もないので、いないものと扱うようになっていた。
別に、そのことに関してアプトムに思うところはない。この学院というかこの世界の人間と深く係わり合いになるつもりのない彼は、誰にどう思われようとかまわない。
朝食が終わると、ルイズはキュルケに手を引かれ、ゴニョゴニョと文句を言いながらついて行く。
それを見送った後、さてどうしたものかと彼は考える。
ルイズが授業に出ている間、彼は無駄に時間を潰していたわけではない。授業をさぼって決闘を申し込んでくる生徒の相手をしていたというのもあるが、それ以外にも役に立つかどうか分からないが、学院とその周辺を歩き回り脳内地図に記す作業をしていた。フーケとの対決のときに、衛兵に見咎められず外に出られたのもそのおかげである。
しかし、その作業も終わった。学院の立ち入り禁止区域はまだ調べていないが、学院長に地球に帰る協力を申し入れられた現在、そこに侵入するのは気が咎める。
だからと言って、決闘を申し込んでくる生徒もいないので特別やらなければならないこともない。
そう考えて、舌打ちする。
今までアプトムに決闘を申し込んできていた者たちは、いい加減、勝てないと理解して彼の前に姿を現せなくなっていた。ただ一人を除いて。
その一人、ギーシュ・ド・グラモンを思い出すと、いつしか苛立ちが湧くようになっていた。
勝てないと理解しているはずなのに、そもそも勝ったとしても、もはや意味など無いだろうに、何度も挑んでくる姿はある意味道化じみていて見える。
そして、その姿が自分に重なって見えるのは何故なのか。
あの少年と自分に共通する部分など何一つ存在しないというのに、まるで無意味に見える自分に挑む少年の姿が、ガイバーⅠに挑む自分の姿に重なり、それがガイバーⅠを倒すことを望む自分の行動が無意味だと訴えているように見えて彼は不機嫌になる。
そんな事を考えていたせいだろう。前から接近してくる人影に気づくのが遅れたのは。
それは洗濯物を両手いっぱいに持ったメイドであった。
注意力散漫だったとはいえ、前から歩いてくる相手にぶつかるほどアプトムは鈍くはない。だが、ぶつかる寸前で避けたためだろう。いっぱいの洗濯物で前がよく見えてなかったメイドは、寸前でアプトムに気づき慌てて避けようとしたところで洗濯物を落としそうになり、落とすまいと更に慌てて今度は足をもつれさせてひっくり返った。
何をやってるんだか。と思ったが、これが自分のせいだということは自覚している。
前が見えないほど洗濯物を持って歩く方が悪いのも確かだが、授業中のこの時間は生徒や教師がこんなところを、ふらふら歩いているはずもないので、人とぶつかることを想定しているはずもない。
生徒か教師にぶつかりかけたとでも思ったのだろうか。「すみません」と頭を下げ、慌てて洗濯物を拾い集めようとするメイドに、どうしたものかと考えた後、自分も洗濯物を拾うことにする。
似合わないことをしているなと思いつつも、拾い集めた洗濯物を渡すとメイドは恐縮して礼を言って頭を下げた後、あれ? という顔になる。
「あなたは、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔の……」
「知っているのか?」
言ってから、当然だろうと気づく。毎日、学園内をうろうろ歩いていたり、この学院の生徒の決闘相手を務めている自分の事が知られてないわけがない。
実際その通りだったらしく、アプトムのことは召喚された日から噂になっていて、ギーシュとの決闘の後は、貴族に勝った平民だからと知らない者がいなくなっていたらしい。
おかげで、学院で働く平民の中には、アプトムと親しくなりたいとまでは思わなくても、一度話をしてみたい、知り合いにくらいはなってみたいと思うものが少なくなかったのだが、そこに待ったをかける者がいた。食堂で働くコック長のマルトーである。彼の貴族嫌いは有名で、そのくせ貴族の子弟の通う魔法学院で働く自分の事も嫌悪していた。
そんな彼がアプトムに向ける感情は複雑なものだった。魔法を使えない平民の身で貴族を打倒したのは痛快だが、それが主の命令でやった決闘であるにすぎず、実質的にはとても主君に対する従者の姿勢・態度とは思えない位に堂々とした姿勢でルイズ-及びほかの貴族達に対しても-に相対しているとはいえ、傍目には唯々諾々とルイズに従っているように見えるその姿は、貴族を毛嫌いしながらも結局は貴族に尻尾を振っている自分を皮肉っているようで不愉快きわまりない。だが、平民が貴族に従うのが当然のこの世界で、アプトムに文句を言うのが筋違いであると自覚もしている。
そして、マルトーと似たような考えの者も、この学院には少なくないのだった。
だから、彼らはこう考えた。アプトムのことはいないものと扱おうと。
別に、話しかけられても無視をしろというわけではない。向こうから接触してこないかぎり、こちらからも関わらない。その程度の話。
だから、アプトムから話しかけてきてくれないかと思っている平民も少なくないのだとメイドは笑う。
そんなものかね。と思い、アプトムは下を指差し、いいのか? と問う。
何が? とメイドが下を見ると、そこには頭を下げた時に零れ落ちた洗濯物があった。歩いていて前が見えないほどの多くの洗濯物を持って頭を下げたりしたら、そうなるのは当然である。
メイドは、慌ててそれを拾おうとして、また落とす。悪循環だ。
らしくない。それが彼の感想。洗濯物を持ち、シエスタという名前のメイドと並んで歩きながら彼は思う。
このメイドが、自分と話をしてみたいと思っている側の平民であろうが、多すぎる洗濯物を運ぶのに苦労していようが、自分にはどうでもいいことだろうと彼は思う。
なのに、なぜ自分は手伝うなどと言ってしまったのか? 考えても答えは出ない。ただ単に、面倒見がいいだけだという自覚は彼にはない。
地球に残った分体など、倒すべき仇敵がある悲劇に見舞われ実質的に戦闘不能状態だったり、更にその後意外な敵と対峙し倒すという決断が出来ず戦意を大きく殺がれていたような時、そこを狙うどころか、「今のお前を倒しても仲間は喜ばない」などと荒療治や激励に行くようなお節介なところを見せたりするのだが、そんなことを今ここにいるアプトムは知らない。
シエスタと共に水汲み場に行き、洗濯板を使った作業も手伝いながら。やはり、らしくないな。と彼は内心呟くのだった。
そんな彼の前に、青い髪の少女がやってきたのは、しばらくして洗濯も終わろうという時の事。
北花壇騎士七号というのが、彼女、タバサの肩書きである。と言っても、表向き存在していない騎士団なので、彼女がそれを名乗ることはない。
王家の汚れ仕事を一手に引き受ける北花壇警護騎士団というその組織の中でも、彼女に回ってくるのは無駄に危険なものが多い。
その中でも、今回は最悪だと彼女は思う。
吸血鬼。人間に比べて高い身体能力を持ち、先住の魔法を使い、血を吸った相手を一人だけとはいえ屍人鬼として操る、人間とまったく見分けがつかない姿をした妖魔。
戦闘能力だけでもメイジの手に余りかねないそれは、人の中に紛れ正体を隠し人を襲うため、騎士ですら正体をつかむこともできぬまま返り討ちあうことは珍しくない。
それを退治するのが今回の仕事だという。他の騎士の協力などはない。北花壇騎士は常に単独で任務につくのだから。
死ねと言われているようなものだが、彼女に拒否権はない。なんとか、上手く立ち回るしかないかと考えた時、彼女に声をかけてくる声があった。
「お姉さま! やっばりお姉さまだけで吸血鬼に立ち向かうなんて無茶なのね!」
声のした方向に眼を向けると、そこには彼女がシルフィードと名付けた一頭の青い風竜。それが、韻竜と呼ばれる人語を操る伝説の幻獣だと知るのは、彼女ただ一人。
伝説の幻獣を召喚し、それを使い魔にした彼女は、しかし、そのことを誰にも秘密にしている。
使い魔はメイジにとって一生を共にする相棒である。だが、それが伝説の幻獣ともなれば、道理を無視して取り上げ実験に使おうとする研究者が出てくるのは分かりきっている。そして、もし彼女に命令できる立場のものが渡せと命令してくれば、彼女に反抗は許されない。だから、彼女は隠しておこうとしている。
それなのに、どうしてこの使い魔は無警戒に話しかけてくるのか。
無言で睨みつけるが、幼い精神しか持たない使い魔の韻竜は気づくことなく話を続ける。
「そうだわ! あの人に助けてもらいましょ! あの魔法も使わずに変化する、あのおじ様に助けてもらえば、吸血鬼だってなんとかなるかもしれないわ!」
きゅいきゅいと鳴きながらの言葉に、そのおじ様のことであろうアプトムという男の姿を思い浮かべる。
その男を最初に見た印象は、自分に似ている。であった。もちろん容姿ではない。彼の眼は、自分と同じ復讐者のものだと彼女は感じたのだ。
そして、その後のとある生徒との決闘で、その男のことを人間ではないと判断した。
だからどうしようと思ったわけではない。その男が、親友がよくちょっかいをかけている少女の召喚した使い魔であったことも、その男を親友が嫌っていることも、彼女にはどうでもいいことであったし、その男と破壊の杖の捜索に出かけたことも、彼女の男に対する無関心に変化をもたらすことはなかった。
その男にとって自分がそうであるように、自分にとっても男はどうでもいい存在だったからである。
自分と男が間接的にではなく関わることなど生涯ありえないだろうと思っていた。
だが、ある夜、彼女の使い魔がインテリジェンスソードを拾ってきた。そして、使い魔は剣から聞いた事を彼女に話した。
ミス・ロングビルが土くれのフーケであったこと。アプトムという剣の持ち主が、亜人に変化してフーケのゴーレムを打倒したことを。
この時、デルフリンガーという名を持つ剣は慌てた。彼は自分の相棒の秘密を暴露する気などなかった。寂しさのあまり自分を拾った風竜にいろいろと話してしまったが、それは相手が人の言葉を理解できるなどとは思わなかったから。犬や猫に話しかけるレベルの独り言のようなつもりだった。まさか、相手が韻竜でありなおかつ、誰かの使い魔であろうとは考えもしなかったのだ。
しかし、ここで慌てたのは彼女も同じである。表情が変わらなかったので、傍目にはそうと分からなかっただろうが。
彼女は、自分の使い魔が韻竜であることを誰にも知らせる気はなかった。この口の軽い剣を、そのまま返してしまえば、このことが露見するかもしない。
「消す」
この時、彼女のどんよりと濁った眼は本気と書いてマジだと語っていた。とデルフリンガーは後に語る。
「いやいやいや、バレて困る秘密を知られたのはコッチも同じだから。ほらお互い様お互い様」
「あなたは、口が軽い」
「いやいやいや、それ以上にソッチの韻竜はウッカリだから」
「そのことを、あの男が知れば、シルフィードを始末しようとするかもしれない」
「……いやいやいや、相棒はそんな非道な真似しませんよ」
「今の間は?」
「うっ……」
などというやり取りはあったが、実際にはデルフリンガーは口止めだけをしてアプトムに返還された。
消すと言ったのは脅しである。いや、話によっては本当に消す気だったが。
なんにしろ、それがタバサとアプトムが間に誰かを挟むことなく直接顔を合わせる最初で最後の機会になるはずだった。
だが、今回タバサに回ってきた吸血鬼を倒すという任務は、彼女をもってしても死を覚悟しなくてはならない難事。そこに三十メイルの巨大ゴーレムを打倒する戦闘力を持ったあの男を巻き込めば、自分の生存率は大きく上がる。
一見冷徹に見える彼女だが、本来は無関係な人間を巻き込むことをよしとしない優しい性格の持ち主である。そんな彼女であるが、相手が自分を圧倒的に上回るであろう戦闘力を持った、しかも自分にとってはどうでもいい存在、そして自分の大切な親友に嫌われている男であれば、巻き込んでも良心の呵責を感じずにすむのではないだろうか。ついでに言えば、誰かに助けを求めろと使い魔がうるさい。
そんな結論を出すまでに、それほどの時間は必要としなかった。
「二、三日の休暇がほしい」
彼女の使い魔がそんな事を言ったのは、半ば寝ぼけた頭で、しかし自動書記のごとく授業内容をノートに書き写す午前の授業が終わった昼
休みのことである。
「なんで?」
前に休みが欲しいと言ってきた時は、決闘を申し込んでくる多数の生徒たちがうんざりするからというものだったが、それももう収まって
いる。
なのに何故? と思うルイズにアプトムは「バイトだ」と答える。
「欲しいものでもあるの?」
なら買って上げるけど? と言うルイズに、そうではないと使い魔は答える。
彼は、このハルケギニアのことを知らな過ぎる。ルイズが学院に通う生徒である間はいいが、いずれ卒業した時に彼女についていくであろ
う身の上としては、子供ではあるまいに世間の事を何も知らないでは問題があるだろう。ならば、社会勉強の意味もこめて街でアルバイトを
してみたほうがいいだろうと、彼は言う。
もちろん嘘だが。
彼には、この世界に留まろうというつもりはない。ルイズの魔法以外に地球に戻れる手がかりがあるのなら、積極的にそれを集めるつもりでいる。
青い髪の少女に吸血鬼退治の手助けを求められたとき、この地にはそんなものがいるのかと感心し、彼が思い浮かべたのは、血を吸った者を次々と吸血鬼に変えていく日の光と十字架とニンニクを嫌う不老不死のバケモノである。
この世界に実在する吸血鬼とは微妙に乖離したイメージだが、アプトムにはそんなことは分からない。タバサも、アプトムの思い違いに気づかないので、特に訂正もしない。
そして、彼は思う。その吸血鬼が何百年も生きていたなら、あるいは自分が地球に帰るための手がかりを知っているのかもしれない。
そうでなくとも、吸血鬼などと恐れられる生き物を喰らえば自身の能力を高められるかもしれない。
だから了承した。何故、自分に手助けを求めて来たのかについては考えない。大方、口の軽いインテリジェンスソードが洩らした彼の正体を知って戦力になるとでも思ったのだろうが、タバサがそのことについて何も言ってこないのであれば、突っ込んで尋ねる必要はない。
そんな事情を馬鹿正直に話すはずもないアプトムを前に、ルイズは考える。
アプトムのいう事に特別おかしなところはない。何か不に落ちない気もするが。その思考が、何故に浮かんだものか分からない。
本音を言えば、この使い魔を身近から離したくはない。だけど、彼女には負い目がある。アプトムは自分のいう事に黙って従ってくれているのに、伝説に残るようなメイジになると宣言した自分は、いまだコモンマジックすら成功させていない。
だから、これは最後の抵抗。
「でも、あんたがいない間。誰が、わたしのお世話をするのよ?」
一人じゃ朝起きれないのに。などと言うルイズに、代理は頼んであるとアプトムは答える。
バイトというのは方便だが、タバサからいくばくかの報酬の約束も取り付けてある。その報酬から謝礼を出すからと先ほど知り会ったばかりのメイドではあるが、シエスタという少女に頼んである。学院で働くメイドを、こちらの都合で使うことについても、元の世界に帰るための協力を約束してくれたオールド・オスマンに許可を取りにいくつもりだ。
本人は、学院から給料を貰ってる身なのだから謝礼はいらないと断ったが、あいにくとアプトムは借りを作るのが嫌いだ。なぜなら、何かの形で返さなくてはいけないと思ってしまうから。
かくして、不本意ながらもルイズは許可を出し、その翌朝にはアプトムはタバサと共にシルフィードに乗って学院を出るのだった。
タバサとアプトムを乗せたシルフィードが最初に向かったのは、隣国ガリアの王都リュティスにあるプチ・トロワと呼ばれる小宮殿である。
今回のタバサの任務は吸血鬼退治だが、まだ正式な指令として下されていない。だから上司に会いに行く必要があるのだが、そこにまでアプトムやシルフィードが同行する必要はない。
というわけで、一人で北花壇警護団団長でありガリアの王女でもある、イザベラと書いて意地悪な従姉と読む少女の命令と嫌味を受け取って帰ってきたタバサは、袋いっぱいのニンニクと十字架のネックレスを持ったアプトムと対面することになった。
「それは、何?」
「吸血鬼退治といえばコレだろう?」
真顔で口にする言葉に冗談の響きはなく。実際アプトムに冗談のつもりはない。
アプトムの知る地球の吸血鬼の伝承をタバサが知るわけもなく、ゆえに何故そんなものが吸血鬼退治に必要なのか分からない。
しかし、タバサとて吸血鬼のことについては、この任務を知らされた後で学院の図書室にあった本で読んだ知識しかないので、そういうものなのかなと思うくらいである。かくして、吸血鬼に脅える、ある辺境の村人たちは、ニンニク臭い騎士を迎えることになるのだった。
吸血鬼が現れたのは、王都リュティスから五百リーグ南東にあるサビエラという村である。
最初に犠牲者が出たのは二ヶ月ほど前。12歳の少女の遺体が森の入り口で発見されたのを皮切りに、一週間おきに吸血鬼の襲撃があり、今では九人の犠牲者を出している。
その中には、メイジもいた。王室から派遣されたガリアの正騎士であったが、到着して三日後には遺体で発見された。
屈強なトライアングルメイジである騎士がやってきたとき村人たちは、これでもう大丈夫だと喜び希望を抱き、それが摘まれた時、絶望に押しつぶされた。
だから次の騎士を送ると言われても、浮かんだ希望は糸のように細く。そして、実際にやってきた騎士を眼にした時、その糸は切れた。
その騎士は、小柄な体を水色のローブで包んだ少女だった。
従者らしき、眼光は鋭く顔の左側に広く傷跡を残した酷薄そうな男が一緒にいるのだが、そちらが前を歩き、その後ろをついて行くように歩いているだけに、余計頼りなく見える。
それだけなら、まだよかったのだが、何を思ったのか少女は糸で数珠繋ぎにしたニンニクを体中に巻いている。
吸血鬼退治に必要なのは、どちらかと言えば強さよりも吸血鬼がどこに潜んでいるかを見抜く判断力であるが、いかにも弱そうな上に、こんな頭の悪そうな格好をした少女では、村人たちの信用は得られない。
「子供だぜ」「あれじゃ、どっちか騎士さまか分かりゃしねえ」「というか、なんだよあの格好」
「こないだいらした騎士さまは強そうだったのに」「こないだの騎士さまは三日。今度は一日でお葬式かねえ……」「騎士なんかあてにはならねえ!」
「俺たちの手で、吸血鬼を見つけるんだ!」「怪しいのは、あのよそ者の婆さんだと思う」「どういうことだってばよ?」「言い換えれば、怪しいのは、あのよそ者の婆さんだってことになるだろ」「つまりこういうことか。怪しいのは、あのよそ者の婆さんだ」「占い師だとか言ってるくせに、占いなんかしないで、一日中家に閉じこもって出てこない、しわくちゃ婆か」「この村には療養に来たとかぬかしてたけど、怪しいもんだ。ほんとは血を吸いに来たんじゃねえのか?」「この村に来たのも三ヶ月前だし、息子だって言ってたでくのぼうがグールだとか言う奴なら説明がつくしな」「ああ、あんな怪しい奴らは見たことがねえ」「あやしさ大爆発だ――――ッ」
そんな村人たちの噂話に迎えられたのは、言うまでもなく、タバサとアプトムである。
前に派遣された騎士がすぐに始末されたことから、今回も吸血鬼は自分たちを狙ってくるだろうとタバサは考えた。では、吸血鬼どんな手段をとってくるだろうか?
答えは簡単。吸血鬼に脅える無力な村人のふりをして近づき油断をさせて襲う(余談だが、実はアプトムもこれに近い事を敵に対しおこなった事があった)。前の騎士もそうやって殺されたのだろう。
シンプルだが、誰が吸血鬼とその下僕である屍人鬼か特定できてない状況では対応が難しい手である。
ならば、それを逆手に取ればいい。
そこで考えたのが、襲ってくる状況をこちらの方で作ってやる作戦。正体を隠さなければならない吸血鬼は、従者と一緒にいる時のメイジを襲うことは避けるだろう。どちらかを逃がしてしまえば、正体が知れてしまうのだから。だから、二人が別行動を取れば、即座に襲ってくるだろう。その時に返り討ちしてしまえばいい。
その作戦に必要なのは、別行動を取るときには吸血鬼に対抗できる準備をしておくこと。そして、そのことを吸血鬼に悟らせないことである。
普通に考えて、二人が別行動を取れば先に狙われるのは従者の方だろうというのが、二人の見解である。メイジより従者の方が楽に捕らえられるし、メイジが一番油断する相手は自分が連れてきた従者だからである。ならば、その従者を屍人鬼に変えてしまえば、メイジなど簡単に始末できる。余談だが、アプトムは、この相談をしていたときに初めて、吸血鬼に血を吸われた者は吸血鬼ではなく屍人鬼という下僕になると知った。ついでに、吸血鬼が先住魔法を使うことも。
アプトムは見るからに強そうだが、それでも魔法を使うメイジと平民なら、メイジの方が手強いと考えるだろう。
とは思うが、絶対の確信があるわけではない。それにタバサの方が狙われるのならまだいいが、自分たちを無視して村人が襲われてはたまらない。
それなら、いっそ確実にタバサが狙われるような状況を作ったほうがいい。彼女が大して役に立たないメイジであると思わせ、おびき寄せる。
だから、捜査はアプトムが主導でやることに決めた。幸い、タバサは見た目からして強そうには見えない。ここで、従者の言う事に従うしか出来ないような能無しと印象付けておけば、吸血鬼も侮ってくれるだろう。
ひょっとしたら、アプトムを従者のふりをしたメイジではないかと疑い、杖を持っていないのを幸いと狙われる可能性もあるが、そちらは問題ない。なにしろ彼がどういう存在かを知らない者に彼を殺す事など出来ないのだから。
そんなわけで、アプトムはタバサを従えて村長の家に向かった。シルフィードは村の外で待機である。
「ようこそいらっしゃいました。騎士様」
そう言って出迎えたのは、髪も髭も白くなった人のよさそうな老人。これが村長である。
「俺はアプトム。それで、こいつがガリア花壇騎士のタバサだ。事件のことを詳しく聞きたい」
従者らしからぬぞんざいな口調で、タバサの紹介をして問いかけてくるアプトムに村長は困惑しながらも二人を居間に通し、従者であろうはずのアプトムがタバサを従えているかのように上座に腰掛けるのを確認して、それまでの事件を語る。
二ヶ月前に、最初の犠牲者が森の入り口で発見されたことから、その後、森に近づくものはいなくなった。そこに恐るべき吸血鬼がいると信じたからである。だが、次の犠牲者は村の中で発見された。
だから、その後は村の中だけでも、夜に出歩く者はいなくなった。しかし、そうなると今度は家の中で遺体が発見されるようになった。その間、犠牲者の家族は吸血鬼が侵入していることに気づかず眠っていたという。
扉を固く閉じ、窓を閉めきって釘で打ちつけても、吸血鬼はどこからか侵入し、家の者が寝ずの番をしていても、吸血鬼が来るときは眠ってしまう。
何故そんな事になってしまうのか? 村人たちは、そこに答えを出してしまった。
吸血鬼は血を吸ったものを一人だけ屍人鬼に変えて、己が意のままに操るという。村人たちは、村に住む誰かが屍人鬼になって吸血鬼を手引きし協力しているのではないかと疑心暗鬼になり、お互いを監視し、しかしその監視をしているのが屍人鬼ではないかと疑う悪循環におちいってしまっていた。
「屍人鬼には、吸血鬼に血を吸われた傷があるはず」
置物のように黙って座っていただけの少女がボソリと言った言葉に、村長は今その存在に気づいたような顔をしてしまい、そのことを自覚して、ばつが悪そうな顔を向けて、「そう思って確かめたのですが……」と答える。
この村では、虫や蛭にやられて血を吸われた痕を残すものが多く、特に山蛭は首を狙ってくるので首に傷があるものだけでも七人はいる。
吸血鬼の方も、それを知っているのか犠牲者の遺体に残された傷痕は、そんな関係のない傷と見分けがつかないようなものになっている。
困ったものです。とため息を吐いた村長の首に、アプトムは右手を伸ばす。
「何をするつもりで?」
疑念と恐怖の入り混じった声に、アプトムは「屍人鬼になってないか調べさせてもらう」と答える。
前に派遣されて来ていた騎士とて、完全に無警戒だったわけではあるまい。ならば、騎士がもっとも油断する相手は誰だろう。そう考えると、村長を怪しいと考えるのは当然であろう。
アプトムの持つ融合捕食という能力は、対象を吸収する能力だが、完全に融合する前なら、対象の体細胞を調べるだけで切り離すことも可能だ。彼は、その能力で村長の肉体に異常なところがないか調べるつもりでいた。もっとも、この世界の人間の正常な細胞を調べていないので、村長だけを調べても異常を異常と気づけない可能性もあるが、それは追々他の村人も調べていけば分かるだろうと結論付けた。
何をするのかと、タバサが興味深そうに見る中、伸ばされた手は首を掴もうとして、だが、その手は途中で止まる。
扉の隙間から覗いている視線に気づいたからだ。この能力は見ればアプトムが人ではないと判断されてしまうものであり基本的に隠すべきものである。村長には掴まれた自分の首など見えないだろうが、それ以外の人間が見ていては使うわけにはいかない。この部屋にはタバサもいるが、すでに獣化した姿のことも知られているだろう相手には、見せても大した問題はなかろうと彼は結論づけている。
伸ばしかけた手を止め、扉の方を見ているアプトムに気づき、村長もそちらを見ると、そこには五歳くらいの金髪の少女が顔を覗かせてい
た。そして、それは老人のよく知る子供の顔である。
ここは、叱るべきだろうか? そんな事を思ったが、それはやめておく。この娘の過去を考えれば、今は叱るべきではない。
だから、叱る代わりにその名を呼ぶ。
「お入りエルザ。騎士さまにご挨拶なさい」
呼ばれ、怯えた様子で入ってきてギクシャクと挨拶をしてくる少女に、アプトムが無感情な眼を向け、その子は何者かと村長に眼で問いかけてくるので、村長は答え説明することにする。
少女の名はエルザ。一年ほど前に寺院の前に倒れていたのを拾われた娘で、本人の言う所によると両親がメイジに殺され一人逃げ延びてきたが、そこでついに行き倒れたらしい。そこで、身寄りもないそうなので、早くに子を亡くし妻も死んでしまい一人寂しく生きていた村長が引き取ることにした。
「わしはこの子の笑った顔を見たことがないのですじゃ。体も弱くて、あまり外で遊ぶこともさせられん……。一度でいいから、この子の笑顔を見たいもんじゃが、今度は村では吸血鬼騒ぎ。早いところ、解決してほしいもんじゃ……」
痛ましげにエルザを見て訴える村長に、当の本人は聞いているのかいないのか、村長の背中に隠れチラチラとアプトムとタバサを覗き見。
見られている二人は、特に感情の変化も見せずエルザを観察していた。
お互い自覚はないし相手がそうであるとも知らないが、二人には冷徹なわりに甘いところがある。とはいえ、縁もゆかりもない相手の不幸な過去とやらに無差別に同情するほど優しくもないので、エルザを見る眼は、さきほど村長にも向けていた屍人鬼ではないかという疑いの入り混じるものと同じものでしかない。
その眼に、村長が不快な表情をするが、二人は特に気にしない。他人にどう思われようと気にするような殊勝な性格はしていない。
もっとも、だからといって何をするわけでもない。第三者の眼があっては融合捕食で調べるというわけにはいかないし、裸に剥いて傷がないかを調べてみても、それが吸血鬼の噛み痕であるか確認のしようがない現状では意味がない。
ここで、こうしていてもしかたがない。実際に現場を見て回ろう。そう言って立ち上がるアプトムをエルザは怯えた目で見ていたが、同時にその眼には観察するような色があったことには、誰も気づかなかった。
現場を見て分かったことは、村長から聞いた情報と大して変わりのないものだった。
吸血鬼に侵入を許した家の扉や窓は釘で打ちつけてあり、さらに家具を山と積んで開かなくしたようだが、それを力ずくでこじ開けた形跡はないし家具を動かした形跡もない。犠牲者の家族が何故か眠ってしまったという話についても聞いてみたのだが違いはない。屍人鬼になった村人に睡眠薬を飲まされたのかとも考えたが、そういう覚えもないらしい。
先住魔法には、風の力を利用した眠りの魔法があるのだが、タバサとて先住魔法には精通していないしアプトムは魔法そのものの知識がない。
「吸血鬼は蝙蝠になって家の隙間から入ってくるといいます。本当なのでしょうか?」
そんな事を聞いてくる村人がいたが、蝙蝠になったところで、ここまで厳重に閉め切っていては入ってくるのは無理だろうと、扉と窓を見て思う。
いや、あそこからなら入ってこれるか。とタバサが煤だらけになって調べている細い煙突に顔を向ける。
何か見つかったかと聞いてみたが、タバサは無言で首を振る。まあ、小さな子供でもなければ通れないような細さだし、本当に蝙蝠にでも
変化して通ったのなら、侵入の形跡が残っているはずもない。
さて、どうしたものかと、考えていると外から怒声やらなにやらが聞こえてきた。
何が起こったのかと外に出ると、十数人の村人が鍬や棒きれや松明を持って村はずれに向かっており、その後についていってみると一軒のあばら家があった。
「出て来い! 吸血鬼!」
そんな怒鳴り声が、村人たちのから聞こえてくる。
一瞬、どういうことかと思ったが、村に入ってすぐに聞こえてきた村人たちの会話に、占い師が怪しいという話があったが、あのあばら家に住んでいるのかと特に感慨もなく見ていると、中から四十ほどの年齢だろう男が出てきた。
「誰が吸血鬼だ! 失礼なことを言うんじゃねえ!」
「アレキサンドル! お前たちが一番怪しいんだよ! よそ者が! ほら吸血鬼をだせ!」
「吸血鬼なんていねえよ!」
「いるだろうが! 昼だっつうのにベッドから出てこねえババアが!」
「おっかぁを捕まえて吸血鬼とはどういうこった! 病気で寝てるだけだ!」
母を吸血鬼と決め付ける村人たちに、アレキサンドルは怒気をこめて叫ぶが、村人たちは取り合わない。
外に引っ張り出して、日の光の下にさらせば、はっきりするとあばら家に押し入ろうとする村人を、アレキサンドルが押し返し、あわや乱闘にとなりかけたところに、アプトムが割って入った。
タバサの指示である。
黙って聞いていて思ったのは、あばら家に閉じこもった占い師は確かに怪しいということと、前に派遣されてきた騎士が、そこまで怪しい相手に油断をしていたのだろうか? という疑問である。
吸血鬼が、思った以上に強力だったため、前の騎士が油断をしていなくても勝てなかったという事も考えられるが、その場合もし本当に占い師が吸血鬼だったなら、ここに集まった村人のほとんどが命を奪われる恐れがある。
アプトムはもちろん、タバサも赤の他人の身の安全を心配するほど、お人好しではない。とはいえ、何も考えずに虎穴に入っていく人間を黙って見ているほど非道ではないし、無駄に犠牲者を増やすと難癖をつけてくる上司もいる。
というわけで、止めに入ったわけだが、当然村人たちにはそんなことは分からない。
邪魔をするなと、突き飛ばそうとしたところで、村人の一人がアプトムの後ろに立つタバサの持つ杖に気づいた。
「貴族!?」
「お城からいらっしゃった騎士さまじゃねえか」
「ちょうどいいや。この家のもんを調べてくだせえ! 間違いなく吸血鬼だ!」
口々に言われ、しかしタバサは村人に応えず、伺うようにアプトムを見上げる。当初の予定通り、頼りにならない騎士を演出しているようだ。
しかし、そうなると、ここはアプトムが仕切らなければならず、自分たちが調べるから解散するように言うが、当然村人たちは納得しない。
ただでさえタバサは、見た目からして頼りない子供なのだ。その上、従者に決めてもらわないと何も出来ないような素振りをみせられては、このまま任せてしまおうなどと誰が思うだろう。
本当に貴族なのか? などと疑う村人も出てくるが、タバサはアプトムの後ろに隠れて、ボソリと「本当」と答えるだけで説得力のないことはなはだしい。
「お城はなにを考えてるんだ! こんな情けない騎士なんかよこすな!」
怒ればいいのか、呆れればいいのか分からないというように嘆く村人に、まあ気持ちは分かると頷くアプトムである。
そんな中、騒ぎを聞きつけたのだろう。村長がやってきた。
「こらこら! お前たち! 何をしておるんじゃ!」
村長は、吸血鬼による被害を恐れていたが、それ以上に村人同士が疑心暗鬼になって傷つけあうことを恐れていた。
そんな彼に、この騒ぎが看過できるはずがない。だから、怒る。叱る。
だが、村人たちは引き下がらない。いつ自分や家族が吸血鬼の犠牲になるか分からないという恐怖の中、それを忘れるために彼らは眼に見える敵を必要としていた。
それに、彼らが占い師の親子を疑ったことに、まったく根拠がないというわけではない。
「アレキサンドルが怪しいというのには、ちゃんと理由があるんで。ほら、あいつの首には二つの牙のあとがあるんですよ」
「だから山ヒルに食われたあとだって言ってるだろう? 何度言ったらわかるんだよ!」
村人の一人の言葉に、アレキサンドルは即座に怒鳴り否定するが、無論それで納得する者はいない。
とりあえず、アプトムとタバサはその傷を見せてもらったが、治りかけで虫に刺された物と見分けがつかない。
それに、もしこれが吸血鬼の牙の痕だというのなら、アレキサンドルが吸血鬼に血を吸われて屍人鬼になったのは、ここ二、三ヶ月の間、この村に引越してきた後の可能性が高いことになる。それでは、母親である占い師が吸血鬼で息子が屍人鬼だという理屈がおかしくなる。
とはいえ、今の村人たちに言っても無駄だろう。どう言っても村人たちは引き下がらないだろうし、さりとて彼らに勝手をやらせるのも拙いので、アプトムとタバサは何人かの村人を連れてあばら家に踏み入った。
あばら家の中には、枯れ木のように痩せ細った老婆が寝ていた。マゼンダという名のその老婆は、村人たちを見て怯えた様子で布団にもぐりこんだが、それを許さない者がいた。村人の一人、レオンという名の男が布団を引っぺがし嫌がる老婆の口をこじ開けて牙がないか確認する。もちろんアレキサンドルが怒り騒いだが、他の村人に取り押さえられる。
「どうだ? レオン!」
尋ねられて、レオンは困った顔で首を振る。老婆は、牙どころか一本の歯も残さず抜け落ちていたのだ。
「騎士さま。確か吸血鬼は、血を吸う寸前まで牙をしまっておけるんでしたね?」
問われ、タバサは、こくりと頷く。ならば、まだ吸血鬼でないと決まったわけではないと言うレオンと同意する村人たちに、アレキサンドルは激昂する。そんなにも母を吸血鬼だということにしたいのかと怒鳴る彼と村人たちの間に一触即発の空気が流れたが、それを村長が諌めた。
村長の望みは村人同士の諍いを起こさせないことである。老婆が吸血鬼だと決まったわけではない以上、これ以上の諍いを許すわけにはいかない。そして、村長は村人たちに信頼されているらしく、村人たちもこれ以上、証拠のないことで騒ぎ立てるわけにもいかず、しぶしぶではあるが、解散することになった。
その後、タバサは村長に頼みごとをした。
村に残った若い娘たちを村長の屋敷に集めてくれというものである。
今回狙われるのは、吸血鬼退治に派遣されてきた自分か、その従者ということになっているアプトムであろうとタバサは思っているが、吸血鬼がこちらの予想通りに動いてくれる保障があるわけではない。かといって、村全体を見張るというのも物理的に不可能なので、狙われる可能性の高い娘たちを一箇所に集めることにした。
これには、一箇所に集めたら、一度に襲われてしまうのではないかと村人から反論が上がったが、そこは村長が説得してくれた。
そして、吸血鬼が動くのは夜だろうと、見張りをアプトムに任せタバサは睡眠をとることにしたのだった。
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