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「ゼロの黒魔道士-29a」(2010/01/17 (日) 19:08:18) の最新版変更点
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#navi(ゼロの黒魔道士)
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にんぎょうげきが はじまるよ!
にんぎょうげきが はじまるよ!
ぼっちゃん じょうちゃん よっといで!
にんぎょうげきが はじまるよ!
きょうの しゅやくは おんなのこ!
にんぎょうになった おんなのこ!
かのじょのなまえ?
かのじょのなまえは――
―ゼロの黒魔道士―
~幕間劇ノニ~ タバサときゅうけつきと……
そもそも、彼女の名前はタバサなどでは無かった。
犬猫ではあるまいに、
そんな名をつける親などいるものか。
シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
それが、本来、親から授かった彼女の名前だった。
名前が示すとおり、
彼女はかのガリア王国の王弟、
オルレアン公シャルルの娘である。
その事実は、彼が死した後にも変わることは無い。
父の死、それがそもそものきっかけだったのかもしれない。
続けざまに、彼女の母が病に伏す。
だがそれは、表向きの理由だ。
真実は、軟禁である。
ご丁寧に、毒を盛られ、夢も幻も分からぬ状態にされて、である。
今の母は、タバサという名の人形こそがシャルロットで、
彼女は刺客か何かだと思い込んでいる。
それから、である。
笑顔の絶えぬ少女であったシャルロットが、
人形の名前であったタバサと、名乗るようになったのは。
全ては、目的のため。
彼女から全てを奪った、憎き男に復讐を果たすため。
だが今は、その男のために任務についている。
男の名は、ジョゼフ。
かのガリア王国の王。
そう、彼女の伯父にあたる。
父を殺したのも、母に毒を盛ったのも、
彼女から全てを奪い取ったのは、ジョゼフその人だ。
そんな男の言いなりになり、
北花壇騎士団という名の汚れ仕事に従事しているのは、
母を人質に取られているだけが理由ではない。
今はまだ、少女の躯しか持たぬ身。
もっと、鍛えなければならない。
トライアングル・クラスの魔力でも足りない。
もっと、磨かなくてはならない。
全ては、復讐のため。
「雪風」の異名は、何も使う魔法が風系統や水系統であることだけが理由ではない。
目的のため、人形と呼ばれるほどに捨てた感情の冷たさと、
目的のため、いかなる恥辱にも耐え抜く、揺るがぬ意志が、
そう呼ばせるのだ。
彼女は、そのために、
任務をこなし、その意志を、その力を磨き続けている。
今宵も、そんな任務の一つを終えるところだった。
吸血鬼騒動。
ハルケギニアで最も恐れられる種族の一つ。
それを退治せよとの命である。
もちろん、簡単なものでは無かった。
人の血を喰らい、先住の魔法を使う吸血鬼。
その最大の特徴は、人と見分けがつかないこと。
血を吸うと時まで牙を隠し、人の中に紛れている。
それ故、自身の後ろから噛みつかれぬ内に、なんとかする必要があった。
しかし、もうそれも終わりだ。
犯人は、吸血鬼はエルザという名の少女だった。
だがそれも、驚嘆には値しない。
何故なら、吸血鬼は人と見分けがつかないからだ。
エルザ。
メイジが嫌いと言っていたエルザ。
タバサを「人形みたい」と言ったエルザ。
近頃、「人形」という言葉が、気にかかるようになってきた。
もちろん、彼女は感情を捨て、人形になろうとしたことは間違いなかった。
彼女自身そう望んだし、そうあるべきだと思っていた。
しかし、状況は変わるものだ。
変わった状況は、使い魔の儀。
ルイズという少女が召喚した、少年。
彼は異界から来た魔人形、ゴーレムの類であったという。
それなのに、それなのにである。
彼は、あのように感情豊かに異界の話をする。
彼には、怒りも、悲しみも、喜びもある。
人形として生まれた彼が、人間以上に人間らしく生きている。
人間として生まれた彼女は、人形になろうとしたのに。
人間と人形、何が違うというのか。
自分は、人形ですらないのか。
「おねがい……殺さないで」
目の前の、氷の槍に刺し貫かれた少女が哀願する。
「生きるためにやったんだよ」
先ほどまでの恐ろしげな形相を隠し、
いかにも無害でございという表情を繕う少女。
「わたしは悪くない 人間とどこも違わない……そうでしょ?」
生きるために、殺す。
それが人間と言うのなら、
やはり彼女も人間なのかと、
どこか安堵するタバサ。
人形になりきれてないのは自分が甘い証拠ではあるが、
人間離れしたいとも思わない。
いつかは、シャルロットに戻りたい。
それが偽らざる本音だ。
「確かに違わない」
認めよう。
「けれど私は人間なの」
今は人形でもいい。
いつか、人間に戻る日のために。
「あなたが生きるために牙をふるったように」
今はただ任務を終わらせよう。
「人間が生きるために私も――」
この杖をあなたに、
それでトドメを刺し、終わるはずだった。
「――さえずる小鳥は籠の中、太陽見たいと歌うだけ――」
詩を、吟ずる声がした。
注意が削がれ、トドメをさす機会を失う。
「――踊る人形は舞台の上、操り糸にも気づかずに――」
嘲りの詩は、月闇の陰からか突然現れた男が詠っていた。
銀髪が赤と青の月に照らされて、神秘的な輝きを与えている。
「――そこまでにしてもらえるかな、操り人形君!その吸血鬼は僕が預かろう」
「きゅ、きゅいっ!?お、おねえさま、こ、この人!この人は!!」
シルフィードが何ごとかわめきだすが、タバサはいたって冷静だった。
突然現れた男。
そこだけを抜き出せば幽霊とも取れる。
風貌で言えばまさに妖の者だ。
だが、少なくとも透けたりはしていない。
実態のある人間、あるいはそれを装う亜人や幻獣、ゴーレムの類と考えるべきだ。
任務の途中ということも手伝い、タバサはいつもの冷静さを取り戻していた。
「何者」
質問自体に意味は無い。
相手の出方を伺うための手段だ。
問答無用で攻撃してくるならば敵とみなすまで。
返事をするようならば、できるだけ話し合いを試みる。
無用の戦闘は控えたかった。
「おや?そこの風の子から聞いてないのかい?――やれやれ、しょうがないな。
この分だと、頼んだ伝言も果たされて無いようだねぇ――やはり僕自身が出てきて正解だったか」
言葉の端々に、一々動作をつけて強調する男。
道化のように、あざとく鼻につく動き。
しかしタバサはそれを注視する。
油断させるための動き、あるいは動作の最中に暗器を使う可能性もある。
惑わないこと、それこそが任務遂行のための必須事項である。
「もう一度聞く。あなたは誰」
もちろん、同時に視線は吸血鬼、エルザにも向けられている。
虫の息とはいえ、吸血鬼。
どんな隠し玉があっても不思議ではないからだ。
「――クジャ、そう呼んでくれればいいよ、シャルロット姫」
ニヤリと歪む男の顔。
そして呼ばれる、隠した名。
一瞬の動揺。
外れる視線。
動く吸血鬼。
「ね、眠りを導く風よ!」
先住魔法の呪文が、素早く唱えられようとしていた。
が、それは、唱えられることはなかった。
「――おっと、危ない危ない――ふむ、吸血鬼にも効果アリ、か」
クジャと名乗った男が、吸血鬼の顔を布で覆った。
薄手のハンカチーフのようなもの。
その薄い布の切れ端で、吸血鬼は棒のように動かなくなっている。
「何をしたの」
一瞬遅れて構えなおした杖はそのままに、タバサが聞く。
「ん?あぁ、ちょっとした薬草なんかを染み込ませてあってね?
――スリープ・クラウドを定期的にかけたハシバミ草とかね」
つまりは、相手を睡眠状態にするマジックアイテムか。
どうやら、目の前の相手はメイジ、もしくはそれを装う何からしい。
しかしスリープ・クラウドをかけたハシバミ草とは。
もしかしたら、安眠効果でもあるのかもしれない。
今度、機会があれば試そうかとタバサは頭の端に記憶した。
「その子を、どうする気?」
先ほど、この男は吸血鬼を「預かる」と言った。
「ちょっとね、この子に協力して欲しいことがあってね――
あぁ、そんな目で僕を見つめないで!ちゃんと、君の上司からの許可もあるさ」
大袈裟な身振りで懐から取り出したのは、確かに王印のついた書状だ。
すると、この人物もタバサと同じく、何らかの任務についている者なのか?
疑念は晴れないが、一応の納得はする。
第一級の警戒は解除し、構えをやや崩したものにする。
「納得いただけたようで光栄だね。それじゃ、夜更かしは美貌の敵だ、帰るとしようかな――
あぁ、いけないいけない――風の子に頼んだ伝言、もう一度、操り人形君に頼めるかな?」
くるくるとよくも舌が回る男だと思う。
エルザから氷の槍を抜きとり、簡単な処置をしてそのまま肩にかつぎつつ、
長台詞を息を止めずにしゃべりきった。
「何を?」
「とんがり帽子の男の子にね、伝えて欲しいんだ――“お久しぶり、『虹』が見えたときにまた会おう”とね」
「拒否した場合は?」
妖しい男に、怪しい伝言。
危険で無意味なことには乗らない方がいい。
この辺りは理屈ではない。
経験に則った直観である。
「ん~――しょうがない、自分でいずれ伝えるかな。その方が彼も驚くしね」
肩をすくめたときに、エルザが少しずれた。
それを少し直し、きびすを返そうとするところで、またも大袈裟に立ち止まる男。
「そうだ、ついでについでだ!操り人形君、君に言っておきたいことがある」
「何」
男の顔が、妖しさを一層増す。
二色の月灯りが、それを助長する。
「――操り人形君、人間になりたいと星に願うだけかい?
それとも、糸を断ち切ってでも自らの足で歩くかい?」
「何が、言いたい?」
はぐらかすような、戸惑わせるような、人を小馬鹿にするような、
そんな男の台詞回しに、少しだけ苛立ちを感じるタバサ。
だが同時に、その嘲りの言葉が、彼女を操り人形と呼ぶ男の言葉が、
男自身にも向けられていることに気づいていた。
「――運命の糸に気づかぬ操り人形君、気をつけたまえ」
「何を」
この男は、彼女を運命に操られるだけの身と言いたいらしい。
だが、この任務を受けたのも、彼女の意志。
運命に操られてなど、いない。
彼女の意志には、まだ揺らぎは無かった。
「――復讐は甘美な御馳走。だけど、食べた後には何も残らない。
満たされぬ飢餓に悩まされるだけさ。永遠にね」
「それが、どうしたというの」
悪魔のような囁き、全てを見透かすような言の葉。
彼女に、迷いの色が出る。
それは彼女が、タバサがタバサである理由を否定する言葉。
復讐を果たすこと。
それは母を自由にすること。
それはシャルロットを取り戻すこと。
甘美な馳走でもなんでもない、
ただ、果たすべき責務。
それなのに、何故そのとおり否定の言葉が発せられないのか?
あるいは、彼女自身、認めてしまっているというのか?
復讐など、無意味だと。
「――操り人形君、復讐こそが君の望みかい?
失った心をそれで埋めるつもりかい?」
「違う」
その設問には否定の言葉がすぐに出る。
シャルロットの望み、それは、もう一度家族と共に笑うこと。
それは小さな小さな願い。
そのために、母を取り戻すために、彼女は動いている。
誰に命令されたわけではない、自らの意志で。
復讐は、そのための手段であり目的だ。
だから、復讐を望むのだ。
だが、今までの問答から、彼女の心に迷いが生じる。
復讐は、果たして彼女の望みを叶えるものなのか?
いや、そもそも、である。
復讐を果たした、そのときに、
タバサはシャルロットに戻れるのか?
新たな惑いが彼女の中に生まれてしまう。
「――操り人形君、また会おう!答えが見つかることを観客席から祈らせてもらうよ!」
最後にそう言い残し、吸血鬼を担いだ男は、来たときと同じように闇に消えた。
辺りに残るのは、ムラサキヨモギの仄かな香りだけ。
「お姉さま、あの、その――」
「気にしなくていい」
そう、気にすることはないのだ。
そう、迷うことはないのだ。
今はただ、任務を果たしていくことが、
全ての望みにつながると信じるのだ。
今は、まだ。
いつの日か、全て元通りになると信じて――
だが、それは自分を誤魔化しているだけと、
心の底では彼女も気づいていた。
かくして、惑うはずのない雪風が、
見えぬ操り糸に絡められていると気づき、
静かにもがき、
静かに苦しむこととなる。
それは、少しずつ、少しずつ進んでいた。
―――
にんぎょうげきは まだつづく!
にんぎょうげきは まだつづく!
ぼっちゃん じょうちゃん またおいで!
にんぎょうげきは まだつづく!
あやつりいとは いつきれる?
ふくしゅうは ほんとに のぞみなの?
こたえは だれにも わからない!
だから にんぎょうげきは まだつづく!
くるり くるり と まだつづく……
#navi(ゼロの黒魔道士)
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にんぎょうげきが はじまるよ!
にんぎょうげきが はじまるよ!
ぼっちゃん じょうちゃん よっといで!
にんぎょうげきが はじまるよ!
きょうの しゅやくは おんなのこ!
にんぎょうになった おんなのこ!
かのじょのなまえ?
かのじょのなまえは――
―ゼロの黒魔道士―
~幕間劇ノニ~ タバサときゅうけつきと……
そもそも、彼女の名前はタバサなどでは無かった。
犬猫ではあるまいに、
そんな名をつける親などいるものか。
シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
それが、本来、親から授かった彼女の名前だった。
名前が示すとおり、
彼女はかのガリア王国の王弟、
オルレアン公シャルルの娘である。
その事実は、彼が死した後にも変わることは無い。
父の死、それがそもそものきっかけだったのかもしれない。
続けざまに、彼女の母が病に伏す。
だがそれは、表向きの理由だ。
真実は、軟禁である。
ご丁寧に、毒を盛られ、夢も幻も分からぬ状態にされて、である。
今の母は、タバサという名の人形こそがシャルロットで、
彼女は刺客か何かだと思い込んでいる。
それから、である。
笑顔の絶えぬ少女であったシャルロットが、
人形の名前であったタバサと、名乗るようになったのは。
全ては、目的のため。
彼女から全てを奪った、憎き男に復讐を果たすため。
だが今は、その男のために任務についている。
男の名は、ジョゼフ。
かのガリア王国の王。
そう、彼女の伯父にあたる。
父を殺したのも、母に毒を盛ったのも、
彼女から全てを奪い取ったのは、ジョゼフその人だ。
そんな男の言いなりになり、
北花壇騎士団という名の汚れ仕事に従事しているのは、
母を人質に取られているだけが理由ではない。
今はまだ、少女の躯しか持たぬ身。
もっと、鍛えなければならない。
トライアングル・クラスの魔力でも足りない。
もっと、磨かなくてはならない。
全ては、復讐のため。
「雪風」の異名は、何も使う魔法が風系統や水系統であることだけが理由ではない。
目的のため、人形と呼ばれるほどに捨てた感情の冷たさと、
目的のため、いかなる恥辱にも耐え抜く、揺るがぬ意志が、
そう呼ばせるのだ。
彼女は、そのために、
任務をこなし、その意志を、その力を磨き続けている。
今宵も、そんな任務の一つを終えるところだった。
吸血鬼騒動。
ハルケギニアで最も恐れられる種族の一つ。
それを退治せよとの命である。
もちろん、簡単なものでは無かった。
人の血を喰らい、先住の魔法を使う吸血鬼。
その最大の特徴は、人と見分けがつかないこと。
血を吸うその時まで牙を隠し、人の中に紛れている。
それ故、自身の後ろから噛みつかれぬ内に、なんとかする必要があった。
しかし、もうそれも終わりだ。
犯人は、吸血鬼はエルザという名の少女だった。
だがそれも、驚嘆には値しない。
何故なら、吸血鬼は人と見分けがつかないからだ。
エルザ。
メイジが嫌いと言っていたエルザ。
タバサを「人形みたい」と言ったエルザ。
近頃、「人形」という言葉が、気にかかるようになってきた。
もちろん、彼女は感情を捨て、人形になろうとしたことは間違いなかった。
彼女自身そう望んだし、そうあるべきだと思っていた。
しかし、状況は変わるものだ。
変わった状況は、使い魔の儀。
ルイズという少女が召喚した、少年。
彼は異界から来た魔人形、ゴーレムの類であったという。
それなのに、それなのにである。
彼は、あのように感情豊かに異界の話をする。
彼には、怒りも、悲しみも、喜びもある。
人形として生まれた彼が、人間以上に人間らしく生きている。
人間として生まれた彼女は、人形になろうとしたのに。
人間と人形、何が違うというのか。
自分は、人形ですらないのか。
「おねがい……殺さないで」
目の前の、氷の槍に刺し貫かれた少女が哀願する。
「生きるためにやったんだよ」
先ほどまでの恐ろしげな形相を隠し、
いかにも無害でございという表情を繕う少女。
「わたしは悪くない 人間とどこも違わない……そうでしょ?」
生きるために、殺す。
それが人間と言うのなら、
やはり彼女も人間なのかと、
どこか安堵するタバサ。
人形になりきれてないのは自分が甘い証拠ではあるが、
人間離れしたいとも思わない。
いつかは、シャルロットに戻りたい。
それが偽らざる本音だ。
「確かに違わない」
認めよう。
「けれど私は人間なの」
今は人形でもいい。
いつか、人間に戻る日のために。
「あなたが生きるために牙をふるったように」
今はただ任務を終わらせよう。
「人間が生きるために私も――」
この杖をあなたに、
それでトドメを刺し、終わるはずだった。
「――さえずる小鳥は籠の中、太陽見たいと歌うだけ――」
詩を、吟ずる声がした。
注意が削がれ、トドメをさす機会を失う。
「――踊る人形は舞台の上、操り糸にも気づかずに――」
嘲りの詩は、月闇の陰からか突然現れた男が詠っていた。
銀髪が赤と青の月に照らされて、神秘的な輝きを与えている。
「――そこまでにしてもらえるかな、操り人形君!その吸血鬼は僕が預かろう」
「きゅ、きゅいっ!?お、おねえさま、こ、この人!この人は!!」
シルフィードが何ごとかわめきだすが、タバサはいたって冷静だった。
突然現れた男。
そこだけを抜き出せば幽霊とも取れる。
風貌で言えばまさに妖の者だ。
だが、少なくとも透けたりはしていない。
実態のある人間、あるいはそれを装う亜人や幻獣、ゴーレムの類と考えるべきだ。
任務の途中ということも手伝い、タバサはいつもの冷静さを取り戻していた。
「何者」
質問自体に意味は無い。
相手の出方を伺うための手段だ。
問答無用で攻撃してくるならば敵とみなすまで。
返事をするようならば、できるだけ話し合いを試みる。
無用の戦闘は控えたかった。
「おや?そこの風の子から聞いてないのかい?――やれやれ、しょうがないな。
この分だと、頼んだ伝言も果たされて無いようだねぇ――やはり僕自身が出てきて正解だったか」
言葉の端々に、一々動作をつけて強調する男。
道化のように、あざとく鼻につく動き。
しかしタバサはそれを注視する。
油断させるための動き、あるいは動作の最中に暗器を使う可能性もある。
惑わないこと、それこそが任務遂行のための必須事項である。
「もう一度聞く。あなたは誰」
もちろん、同時に視線は吸血鬼、エルザにも向けられている。
虫の息とはいえ、吸血鬼。
どんな隠し玉があっても不思議ではないからだ。
「――クジャ、そう呼んでくれればいいよ、シャルロット姫」
ニヤリと歪む男の顔。
そして呼ばれる、隠した名。
一瞬の動揺。
外れる視線。
動く吸血鬼。
「ね、眠りを導く風よ!」
先住魔法の呪文が、素早く唱えられようとしていた。
が、それは、唱えられることはなかった。
「――おっと、危ない危ない――ふむ、吸血鬼にも効果アリ、か」
クジャと名乗った男が、吸血鬼の顔を布で覆った。
薄手のハンカチーフのようなもの。
その薄い布の切れ端で、吸血鬼は棒のように動かなくなっている。
「何をしたの」
一瞬遅れて構えなおした杖はそのままに、タバサが聞く。
「ん?あぁ、ちょっとした薬草なんかを染み込ませてあってね?
――スリープ・クラウドを定期的にかけたハシバミ草とかね」
つまりは、相手を睡眠状態にするマジックアイテムか。
どうやら、目の前の相手はメイジ、もしくはそれを装う何からしい。
しかしスリープ・クラウドをかけたハシバミ草とは。
もしかしたら、安眠効果でもあるのかもしれない。
今度、機会があれば試そうかとタバサは頭の端に記憶した。
「その子を、どうする気?」
先ほど、この男は吸血鬼を「預かる」と言った。
「ちょっとね、この子に協力して欲しいことがあってね――
あぁ、そんな目で僕を見つめないで!ちゃんと、君の上司からの許可もあるさ」
大袈裟な身振りで懐から取り出したのは、確かに王印のついた書状だ。
すると、この人物もタバサと同じく、何らかの任務についている者なのか?
疑念は晴れないが、一応の納得はする。
第一級の警戒は解除し、構えをやや崩したものにする。
「納得いただけたようで光栄だね。それじゃ、夜更かしは美貌の敵だ、帰るとしようかな――
あぁ、いけないいけない――風の子に頼んだ伝言、もう一度、操り人形君に頼めるかな?」
くるくるとよくも舌が回る男だと思う。
エルザから氷の槍を抜きとり、簡単な処置をしてそのまま肩にかつぎつつ、
長台詞を息を止めずにしゃべりきった。
「何を?」
「とんがり帽子の男の子にね、伝えて欲しいんだ――“お久しぶり、『虹』が見えたときにまた会おう”とね」
「拒否した場合は?」
妖しい男に、怪しい伝言。
危険で無意味なことには乗らない方がいい。
この辺りは理屈ではない。
経験に則った直観である。
「ん~――しょうがない、自分でいずれ伝えるかな。その方が彼も驚くしね」
肩をすくめたときに、エルザが少しずれた。
それを少し直し、きびすを返そうとするところで、またも大袈裟に立ち止まる男。
「そうだ、ついでについでだ!操り人形君、君に言っておきたいことがある」
「何」
男の顔が、妖しさを一層増す。
二色の月灯りが、それを助長する。
「――操り人形君、人間になりたいと星に願うだけかい?
それとも、糸を断ち切ってでも自らの足で歩くかい?」
「何が、言いたい?」
はぐらかすような、戸惑わせるような、人を小馬鹿にするような、
そんな男の台詞回しに、少しだけ苛立ちを感じるタバサ。
だが同時に、その嘲りの言葉が、彼女を操り人形と呼ぶ男の言葉が、
男自身にも向けられていることに気づいていた。
「――運命の糸に気づかぬ操り人形君、気をつけたまえ」
「何を」
この男は、彼女を運命に操られるだけの身と言いたいらしい。
だが、この任務を受けたのも、彼女の意志。
運命に操られてなど、いない。
彼女の意志には、まだ揺らぎは無かった。
「――復讐は甘美な御馳走。だけど、食べた後には何も残らない。
満たされぬ飢餓に悩まされるだけさ。永遠にね」
「それが、どうしたというの」
悪魔のような囁き、全てを見透かすような言の葉。
彼女に、迷いの色が出る。
それは彼女が、タバサがタバサである理由を否定する言葉。
復讐を果たすこと。
それは母を自由にすること。
それはシャルロットを取り戻すこと。
甘美な馳走でもなんでもない、
ただ、果たすべき責務。
それなのに、何故そのとおり否定の言葉が発せられないのか?
あるいは、彼女自身、認めてしまっているというのか?
復讐など、無意味だと。
「――操り人形君、復讐こそが君の望みかい?
失った心をそれで埋めるつもりかい?」
「違う」
その設問には否定の言葉がすぐに出る。
シャルロットの望み、それは、もう一度家族と共に笑うこと。
それは小さな小さな願い。
そのために、母を取り戻すために、彼女は動いている。
誰に命令されたわけではない、自らの意志で。
復讐は、そのための手段であり目的だ。
だから、復讐を望むのだ。
だが、今までの問答から、彼女の心に迷いが生じる。
復讐は、果たして彼女の望みを叶えるものなのか?
いや、そもそも、である。
復讐を果たした、そのときに、
タバサはシャルロットに戻れるのか?
新たな惑いが彼女の中に生まれてしまう。
「――操り人形君、また会おう!答えが見つかることを観客席から祈らせてもらうよ!」
最後にそう言い残し、吸血鬼を担いだ男は、来たときと同じように闇に消えた。
辺りに残るのは、ムラサキヨモギの仄かな香りだけ。
「お姉さま、あの、その――」
「気にしなくていい」
そう、気にすることはないのだ。
そう、迷うことはないのだ。
今はただ、任務を果たしていくことが、
全ての望みにつながると信じるのだ。
今は、まだ。
いつの日か、全て元通りになると信じて――
だが、それは自分を誤魔化しているだけと、
心の底では彼女も気づいていた。
かくして、惑うはずのない雪風が、
見えぬ操り糸に絡められていると気づき、
静かにもがき、
静かに苦しむこととなる。
それは、少しずつ、少しずつ進んでいた。
―――
にんぎょうげきは まだつづく!
にんぎょうげきは まだつづく!
ぼっちゃん じょうちゃん またおいで!
にんぎょうげきは まだつづく!
あやつりいとは いつきれる?
ふくしゅうは ほんとに のぞみなの?
こたえは だれにも わからない!
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