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#navi(Zero ed una bambola ゼロと人形)
空の旅はアンジェリカにとって物珍しいものであった。つい先ほどに人を殺したことなど感じさせない無邪気な笑みを浮かべていた。
ルイズにとってもこのアルビオンへの航程は心休まる一時だったのかもしれない。船の上ならば敵の襲撃など考えずともよいのだから。
唯一の気懸かりは船乗り達の言う空賊であろう。もし空賊が現れたなら抵抗はしてはならないと船長から伝えられた。
何しろこの船は積荷に硫黄といった火の秘薬を積載しているのだ。万一砲撃や火矢を浴びたらひとたまりもない。
そのことも踏まえ、アンジェリカにちゃんと言うことを聞くようにときつく言い聞かせるルイズであった。
ワルドはルイズに空賊など杞憂だと安心させるようなことを言っていた。そう、まさにその時だった。
見張り台に昇った船員が大きな声で警鐘を鳴らす。空賊が来たと。
その声を聞いたルイズは慌ててアンジェリカから銃を取り上げる。空賊に発砲でもしたらこの船は一体どうなることか。
そうこうしている内に空賊の船はルイズたちの船へ横付けし、小奇麗な空賊たちがわらわらと乗り入れてきた。
結論から言えばルイズ達は無事アルビオンへ到着した。何ということはない。空賊の正体はアルビオンの正規軍だったのだ。
しかも乗船していた将の名はウェールズ。ルイズたちの目的とする人物であった。
ルイズはアンリエッタから受け賜った手紙を彼に渡そうとしたが受け取る場所はここではないと断られてしまった。理由を尋ねてもはぐらかされてしまう。
そして、理由さえも話されずに王宮の一室に連れられて行く。
「お供の方はここでお待ち頂きたい」
先導する衛士がそう告げる。ルイズがそれはワルドとアンジェリカのことかと尋ねればそうだと答える。ワルドは何故か一緒に行くと聞いて中々譲らなかったが、アンジェリカは素直なものだった。
「アンジェ、ここで待ってなさい」
「はい、ルイズさん」
しかし、子供であるアンジェリカがルイズの言葉に素直に待つと言ってしまえば大人であるワルドもそうせざるを得ない。
一人何処かへ連れて行かれるルイズは通路の脇に直立して彼女を迎える幾人もの衛士を見た。彼女はこの光景を知っている。トリステインでも見たことがあるのだ。
そう、それは王宮の玉座へと向かう通路、母に連れられて在りし日の王に謁見した幼き日の記憶。アンリエッタと出会った……。
今は思い出に浸る場合ではないと彼女は頭を振る。
先導する衛士の顔が段々と固くなってくる。通路で見かける人も衛士から人目で貴族と分かる者まで目に付くようになった。玉座はその扉の向こうだ。
厳かな手付きで、煌びやかさはないものの威厳をそこに携えた扉がゆっくりと彼の手で開かれる。
「トリステイン王国大使! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! 前へ」
玉座の間に一歩、足を踏み入れた途端、ウェールズに声高らかに己の名を呼ばれてしまう。それと同時に突き刺さる幾つもの視線。ルイズが戸惑って周りをキョロキョロと見渡したのも仕方が無いことだ。
「大使殿! 前へ。ジェームズ1世の御前なるぞ!」
「は、はひぃ!」
再び玉座の間にウェールズの大きな声が響き渡る。ちょっと舌をかんで返事をしたルイズは視線を真正面に向ける。
玉座にどっしりと腰をすえる老人はジェームズ1世か。現在の国の状況を示すかのようにその顔は焦燥しきっている。対して傍らに立つ青年、ウェールズは生気に漲っている。もしこの国に未来があるのならば彼において他に国を任せられる者などいないであろう。
ゆっくりと玉座に向かって歩く彼女に突き刺さる視線は止むことはない。何故このような事になっているのか。アンリエッタから託された任務は私的な文を回収するだけのはずなのに。それがこんな大勢の人の前でするというのか。
考えても考えても思考はぐるぐる回るばかり。そして答えの出ぬまま、玉座の面前に辿り着いてしまった。
「さぁ、書簡を」
「あ、あの……渡せません。いえ! そうじゃなくって、その……」
王の面前、しかも非公式の任務のはずが公式の大使のように扱われてしまい、何がどうなっているのか混乱しているのだ。ルイズはウェールズ宛の手紙だと上手く言葉に伝えることが出来ないでいた。
当然その場に居合わせた者はルイズの『渡せない』という言葉にどよめいてしまう。
「静まれ!」
王の一喝。置いてなおその威厳は健在であった。その一言でその場は即座に平静を取り戻す。
「ウェールズ」
「はい。大使殿、その書簡は私に宛てられたものなのだね?」
「え? あ、はい」
ルイズは即座にアンリエッタから託された手紙をウェールズに差し出した。
「ふむ。それがトリステインからの正式なものだと証明できる物は持っているかい?」
「は? いぇ、証明ですか? ちょっと待ってくださいね」
あたふたと預かった水のルビーを出そうとポケットを探るルイズは気付いていない。彼女はアンリエッタの使者であり、トリステインの使者ではないのだ。
小さなようで大きな違い。それが一体何を意味するのか彼女は知らない。
「あ、ありました。これでいいですか?
差し出された指輪『水のルビー』をウェールズに手渡す。彼はそれを手に取ると頷き、ルイズにそれを返し、手紙を受け取った。
「確かに……」
受け取った手紙をその場で封を切ると内容を確かめる。ルイズがポカンとその様子を眺めている間にも彼はその手紙を王へと手渡す。
ルイズは声を出せない。その手紙は彼へと送られたアンリエッタの恋文について書かれたものではないのだろうか。
事態は彼女を差し置いて推移して行く。
手紙を読み終えた王は玉座から立ち上がる。
「諸君。忠勇なる臣下諸君! 喜べ! トリステイン王国が我が国民を受け入れると表明した!」
次いでウェールズが言葉を紡ぐ。
「舫を解き放て! 残存船全てを使い、アルビオンを脱する民衆を全てトリステインへと運ぶのだ! 良いか! 民衆に一人の死者を、負傷者を出してはならん! 我が国民が叛徒の手によって蹂躙されることを許すな!」
その場ではただ一人、ルイズだけが事態を飲み込ずにいた。
「ウェールズ、お前は船団の指揮を執れ。わしはこの作戦の指揮を執る」
「はい。陛下、御武運を。私も避難民を無事トリステインに送り届けましたら戦列に復帰します」
「うむ。皆の者! 聞け、現時刻よりわが王国軍はこの地を避難する者たちを守る為に戦う。作戦目的は分かるな! これより遅滞作戦を開始する。作戦開始時刻は本日今より! 終了時刻は避難民を皆トリステインに送り届けるまでだ!」
オーと言う勇ましい掛け声が王城全体に響き渡る。それは当然別室に待たされていたアンジェリカとワルドの耳にも届いていた。
「一体何が起きていると言うのだ」
ワルドが呟いてもそれに言葉を返す者などいない。アンジェリカは椅子に座り、足をプラプラと動かしていた。まるで周りの状況になど一切の興味がないとでも言うように。
「チッ。抜け出すか……」
ただ受動的に何が起きているのか待っていても埒が明かないと立ち上がり、部屋から抜け出そうとするワルド。アンジェリカはそんな彼をじっと見つめる。
「……何か?」
「ルイズさん、帰ってきますよ?」
アンジェリカがそう言うや否や、扉を開けるルイズの姿があった。
「お帰りなさい」
「ルイズ、ずいぶん慌しい雰囲気になっているが、何があったんだい?」
ワルドの問いにルイズはただ一言返すだけだった。
「わかんない」
Episodio 37
Una lettera, la vera intenzione
手紙、その真意
Intermissione
「殿下! 一体どのような御積もりですか!」
トリステインの王宮の一室にマザリーニの怒鳴り声が響いた。
「何の事かしら?」
一方の怒鳴られているアンリエッタは素知らぬ顔でマザリーニの怒鳴り声を聞き流していた。
「何の事ですと? とぼけるのは大概になさいませ! アルビオンの避難民の件です!」
「いいじゃない。だってあの人達はゲルマニアにもガリアにも来るなって断られたんでしょう? 可哀想じゃない」
「何故あの国々が避難民の受け入れを拒否されたかご理解されておりますか!? 彼らに与える、土地は、住居は、食糧は一体何処から捻出するのですか!」
「貴族達の領土を少し削ったりすれば?」
「出来ませぬ! そのような事をすればアルビオンのような叛乱がこの地でも起きてしまいますぞ!」
マザリーニは大きく息を吐き、肩を落としながら弱々しく呟いた。
「仮に、仮にですが、彼らを受け入れるにしても何故御相談くださらなかったのですか……」
「だって相談してもダメの一点張りでしょう? 今まで私の意見を聞き入れた事はあるのかしら?」
「いえ……ですが物事には段取りというものがあるのです」
「いっつも周りの貴族が貴族がでは何も出来ないじゃない。それって王家が存在する意味があるの? ウェールズ様は仰られておりましたわ。
王家は民の為にあるべしと。貴族の為に国はあるのではないのよ。私がゲルマニアに嫁ぐのだってこのトリステインの民を戦火に巻き込まぬようにする為でしょう?」
「で、殿下……」
アンリエッタの言葉にマザリーニは肩を震わせる。
「な、何?」
生意気なことを言いすぎたかしらと少し慌てる彼女であったが、よくよく見ればマザリーニはその目にちょっぴり涙を浮かべている。
「よくぞ、よくぞ申して下さりました。民の為……このマザリーニの施策の真意がご理解いただけましたか」
「え、ええ……」
「殿下の覚悟しかと受け賜りました。反対する貴族? なぁにこの鳥の骨が叩きのめしてくれますぞ」
「た、頼もしいわね」
貴族達は憤る。決して裕福とは言えぬトリステイン。それなのにアルビオンより避難民を受け入れるとはどういうことか。
増える支出、しかし増やせる税収は雀の涙。彼らは嘲笑う。無能とアンリエッタを嘲笑う。
雀の涙とはいえども民衆にも増税により生活は苦しくなる。しかし、彼らはそれに耐えるのだ。
彼女の行いによって遠きアルビオンの民は叛徒の略奪の手より逃れられたのだ。
誇れ我らの王女アンリエッタ。貴女は正しい。民衆はそう謳う。
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