「ゼロの花嫁-13」(2009/02/04 (水) 01:35:32) の最新版変更点
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#navi(ゼロの花嫁)
ゼロの花嫁13話「ハルケギニア最強の漢」
ロングビルは長く顔を出していなかった、贔屓の商人の下に顔を出す。
商人の眉間には向こう傷があり、右の肩口は大きく変形している。何より印象的なのはその眼光だ。
気の弱い者ならば、古傷を負った顔の恐ろしさと相まって卒倒してしまう事受けあいである。
そんないかにもカタギとはかけ離れた商人に、気安く世間話を持ちかける。
「久しぶり、どう? 商売はうまくいってるかしら?」
対する商人の男は、不機嫌の極みといった顔だ。
「……アンタがエモノ持ってきてくれりゃ、もうちょい景気も良くなるんだがね」
「そう簡単に言わないでよ。命賭けた程度じゃ手に入らないような物持って来ようってんだから」
下町の一角、少しでもこの街を知る者ならば決して近づかない区画の最奥にある、今にも崩れ落ちそうな掘っ立て小屋の中で、ロングビルは男と話をしていた。
「だったらこっちに用はねえよ」
「……少しは愛想良くしなさいよ。随分儲けさせてあげたでしょうに」
「代金は払った。それ以上を望むか?」
すぐに両手を上に挙げて見せる。降参の合図だ。
「ごめん、悪かったわ。だから少し話を聞かせてちょうだい」
ようやく椅子に座ってくれた商人は、テーブルの上に置いてあった酒瓶をそのまま呷る。
「……飲むか?」
ロングビルが首を横に振ると、男はただでさえ底冷えのする眼光を更に鋭く光らせる。
「俺の酒を断るってか?」
「酒はおいしく飲むものよ」
「安酒で悪かったな……フン、相手がてめぇでなきゃ今頃袋叩きにしてる所だよ」
個人の持ちうる最強クラスの戦闘能力を保持しているメイジ、その中でもトライアングルであり実戦慣れのおまけまで付いているロングビルにケンカを売る程、男も愚かではなかった。
「さっさと用を言え」
強面も脅しもそよ風のように受け流し、常と変わらぬ様子で会話を続けるロングビル。
「アルビオンの近況を聞かせて欲しいのよ。貴方最近顔出してきたばかりなんでしょ?」
男は再度酒を口の中に流し込む。
「最悪だありゃ。商売以前の問題だな、半年もたず国が潰れるぞ」
ロングビルの表情が硬くなる。
「そんなにキツイの? 内乱の規模なんてせいぜい一都市程度だったんでしょ?」
「持ち直せるかどうかは、今頃やりあってるだろう会戦次第だ。俺は負けると踏んだがね」
トリステイン国内に流れてくる情報とは著しい差異が見られる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。どうやったらあの馬鹿みたいに強い空軍倒せるのよ」
男はツマミを探してテーブルの下を覗き込むが、見つからないとなると早々に諦めたようだ。
「半分は反乱軍に取り込まれちまった、残りも時間の問題だな。クロムウェルってのがどうやったかは知らんが、空軍に限らず次々正規軍の奴等が取り込まれてる。あれじゃ幾ら戦力があったって勝てん」
少し考え込んだ後、ロングビルは自信無さげに呟く。
「もしかして魔法? マジックアイテムが絡んでるとか……」
「さあな。口説く手は他にもあるだろうし、それも使ってるんだろうが、要所要所で魔法が絡んでると俺は睨んだね。でもなきゃアルビオンの古豪までが寝返る理由がわからん」
「戦力分布聞いていい?」
男は面倒臭そうに立ち上がると、棚の奥から地図を引っ張り出してテーブルの上に広げる。
小汚い字でずらずらと描かれて居る配置を見る限り、五分で渡り合ってるようにも見える。
そう、一都市程度の戦力しかなかった反乱軍は、既にそこまで勢力を広げているのだ。
男が説明を加えると、当面の所は問題無しとロングビルは判断する。
妹が居る村は、これなら多分巻き込まれるような事は無いだろう。
だが、懸案事項は残る。
「ねえ……これだけ全土で戦の気配が漂ってると、物価、物凄く上がってるんじゃない?」
「だから商売にならねえって言っただろうが。こっちから下手に商品持ち込んだ日にゃ、一週間と持たず商隊ごとかっ攫われちまうだろうしよ」
治安の悪化も著しいらしい。
それでもアルビオンに信用のおける商人は存在するが、彼等とて物が無ければ値段を上げる他無くなる。
「今の穀物相場、わかる?」
男がテーブルの上に乱雑に詰まれた紙の束の中から、それらしい物を引きずり出してロングビルに見せると、彼女の目が驚愕に見開かれる。
「嘘っ!? 何よこれ!」
半ばぼやくように男は語る。
「な、アホらしくなるだろ。仕入れる気も無くなっちまったんで、馬鹿面下げて何もせず引き上げて来たって話よ」
アルビオン特産品の外での価格も当然高騰してるはずなのだが、それ以上の勢いで全ての価格が跳ね上がってしまっている。
利に聡い商人たちは、早々にアルビオンを見捨てにかかっているという事だ。
「反乱軍にでもツテがありゃ別なんだろうが……アンタそういうの無いかい? どうもそっちにゃトリステイン・アルビオン間の商人じゃねえ連中が出張ってきてるみたいなんでよ」
半分冗談、半分本気でそんな事を言ったのだが、聞かれたロングビルはそれ所ではない。
妹の為にと既に置いてきてある金を、どうやりくりしたってこの物価では持ちこたえられない。
程なく全ての財産を食い尽くしてしまう事だろう。
それでも妹一人ならばどうとでもなろうが、あの村に居るたくさんの子供達を見捨て自分だけのうのうと食べるような真似をあの子は決してしないだろう。
秘書として与えられている給金からかなりの量を送ってもあるのだが、とてもじゃないが追いつくような額じゃない。
「おい、その身代賭けた商品が検問と税金と野盗に残らずかっさらわれたみたいな顔は一体何事だ?」
男の声で我に返ったロングビルは、礼を言って小屋を後にする。
「結局、こういう運命なのよね……」
帰り道、そう呟いたロングビルは、行くつもりだった酒場には寄らず学園へと戻っていった。
何時ものバーでアニエスはグラスを傾けている。
「今日は……来れないのか」
そう一人ごちると、マスターに勘定を払い店を出る。
とびっきりの良いニュースを持ってきたのだが、まあ良い、明日にでも伝えればいい。
ワルド子爵からシュバリエの申請が正式に通ったとの話があったのだ。
もしロングビルも軍役に就くというのであれば、ロングビルの分も新たに申請しようと言ってくれた。
ロングビルはあまり軍を好まないし、もしかしたら断るかもしれない。
しかし、ロングビルと共に仕事が出来るかもしれない。
二人でなら、きっとどんな敵にだって負けはしない。
そんな夢溢れる空想をどうして止められよう。
ロングビルに強要するような真似をしない為にも、自分の希望は極力抑えて話をしなければならない。
だが、足取り軽く跳ねるように歩いてしまうのは、アニエス自身にもどうにも抑えの効かぬ事であった。
最初に発見したのは燦である。
「でっかいな~。あれも魔法なん?」
暢気な口調だったので、問われたルイズも何の気無しにそちらを見てみただけだ。
そして目が飛び出しそうな程瞼を開くルイズ。
「な、なななななななっ!?」
ルイズの声で気付いたのかキュルケもタバサも唖然としたままソレを見上げている。
全員、脳内で自らの正気を確認してる模様。
何で学園のど真ん中に軍用に使うような巨大ゴーレムが聳え立って居るのか。
「キュルケ、タバサ……何あれ?」
そんな馬鹿な言葉を発してしまったのも、動揺していたせいだろう。
「……ゴーレムじゃない?」
「……大きいゴーレム」
キュルケとタバサが馬鹿な返答をしてしまったのも、やはり動揺していたせいだと思われる。
しかしそこは無駄に危険に満ちた人生を送っている四人、すぐに我に返って対応する。
四人は何時ものように誰も居ない離れで昼食を取っている最中であったので、周囲に人は……
「な、なによあれえええええええええ!?」
聞き覚えのある絶叫が、広場の入り口付近から聞こえてきた。モンモランシーのようだ。
どうも彼女、最近とみに不幸遭遇率が高い模様。
ルイズは、モンモランシーに教師を呼ぶよう指示する。
「モンモランシーは先生呼んできて! あれはとりあえず私達が様子見てくるから!」
「ちょ、ちょっとアンタ達! もしかしてあの側に行く気!? 正気……かどうかをアンタ達に聞くのはそれこそ無意味よね」
いろんな物を諦めながら広場から駆け出していくモンモランシー。
タバサと燦の二人はシルフィードに乗って上から、ルイズとキュルケの二人は地上から全長30メイルの巨大ゴーレムへと接近する。
ゴゥンッ!!
ゴーレムは塔の一角に拳を叩き込む。
貴重品を保管する場所でもある強固な魔法で守られた塔は、それでも崩れ落ちる事は無かったが、四人はこれでゴーレムを完全に敵と判断する。
上空から近寄るタバサと燦の二人は、ゴーレムの肩口に人が乗っているのを見つける。
「あれが術者。叩き落せばゴーレムは止まる」
しかしすぐにゴーレムもシルフィードに気付き、手の平を大きく開いたまま平手をかましてくる。
有効打撃面積が広すぎる。
学園食堂で使っている巨大テーブル用テーブルクロスを一杯に広げたような、そんな壁がシルフィードへと迫る。
馬鹿馬鹿しい程に強力な一打を、シルフィードはゴーレムから距離を取る事で回避する。
それでも手の平を振る事で生じた竜巻のような旋風により、シルフィードは大きく体勢を崩す。
燦はそのやり口にカチンと来たようだ。
「エゲツない事してくれるで……タバサちゃん! ゴーレムにシルフィード寄せられるか!?」
「どうする気?」
背負った剣に手をかけ、燦は不敵に笑う。
「飛び移ってとっ捕まえたる!」
タバサの返答は早かった。
「絶対無理。お願いだから止めて」
当たり前だ。飛び降りれる場所はほとんど無く、失敗したら30メイル近く落下してしまう。当然即死であろう。
「えー」
「えーじゃない。落っこちたら拾えないから、大人しくしてて」
そこで不意にタバサは気付く。
二手に分かれたのは失敗だった。
何故なら下の二人がするであろう無茶を、止めてくれる人は誰も居ないのだから。
無理無茶無法がウリのルイズとキュルケでも、この巨大な物体はどうしようもない。
遂にゴーレムが塔の一部を粉砕する事に成功し、術者の塔への侵入を許しても手も足も出なかった。
尤もそれで黙ってくれるようならタバサもコルベールも苦労はしない。
キュルケにこの場を任せ、ルイズは塔の下部にある衛兵詰所から武器をかっぱらってくる。
「どうキュルケ?」
先ほどから何度も炎を叩き付けているのだが、いっかな効果が上がらない。
「やっぱ術者狙いね。塔の中から出てきた時が勝負よ」
そこまで言うと、怪訝そうな顔でルイズが手に持つ武器を見やる。
「……アンタ弓何て使えたっけ?」
「初めてだけど、何とかなるでしょ。流石に拳は届かないだろうし」
そもそもどうしてロクに使ってもいない魔法学園の衛兵詰所に弓があるのかも不思議である。
ルイズは試しにと全力で弓を引いてみる。
ぶちん
弦が千切れてしまった。
「ヤワな弓ねぇ」
「……ねえルイズ。アンタのやってる訓練に関して色々と言いたい事が出来たんだけど」
「後になさい。別の弓取ってくるわ」
何とか犯人が塔から出てくるのには間に合った。
深くフードを被った犯人が背負っている袋は、直径で1メートル程の大きさ。
それが丸く膨らんでいる所と、侵入してから脱出するまでの時間を鑑みるに、片っ端から宝物を突っ込んできたか。
キュルケとルイズが同時に攻撃を開始する。
流石に魔法は狙い過たず犯人へと吸い込まれていくが、ゴーレムが僅かに動いただけで土の壁に阻まれる。
ルイズの矢は論外である。
30メイル近く上に居る標的付近にまで矢の威力が失われぬ膂力は大したものかもしれないが、如何せん精度が無い。
「下手な鉄砲でも数打てば当たるのよ!」
「下手に甘んじてないで工夫なさいよ」
キュルケの魔法はある程度の誘導が可能であるが、ゴーレムの術者はきっちりキュルケの魔法に対応してきている。
その間隙を縫うようにルイズは矢を放つのだが、やはり命中打は無い。
相手にはしてられぬと、ゴーレムは二人に背を向け逃亡にかかる。
キュルケは舌打ちをすると、走ってゴーレムを追う。
「何やってんのキュルケ! 正面に出たら避けらんないわよ!」
ルイズの注意も耳に入っていない。
いざとなればレビテーションの魔法で一息に逃げられるとの読みあってだ。
でもなければ、この巨大ゴーレムの真正面に立つなどという真似、出来るはずがない。
ルイズとて何時でも闇雲に危険を冒している訳ではない。
自分なりの勝算あっての勝負(確率が低いとか失敗したら死ぬとかを無視してはいるが)であって、確実に死ぬとわかってる真似をしたりはしない。
この場合、ゴーレムの前に出るという事はルイズにとっては確実な死、そしてゴーレムは止められぬという最悪の結果を招くと確信していた。
ルイズの俊敏さを持ってしても、ゴーレムが地面を嘗めるように片足を振り回してきたら、回避の術が無い。
矢で術者の動きを少しでも制限して、地上からのキュルケ、空中からのタバサの魔法に賭ける。
それが最適だと考えたのだ。
しかし、ゴーレムの二本の腕はこの二者からの魔法を完璧に防ぎきっており、キュルケが移動したのもそれに業を煮やしての事であった。
より射角の取りやすい位置へ、だがそれは死と隣合わせの場所である。
「馬鹿! そこはダメよ!」
ルイズはキュルケが取った位置取りを見て悲鳴をあげる。
確かにゴーレムはまだ足による攻撃をした事は無い。しかしそれが今後絶対やってこないという理由になどならない。
あそこまで踏み込んではキュルケの魔法でも避けるのは無理と考え、上空のタバサに合図を送る。
振り下ろす腕ならば、例え手を大きく広げていようと魔法の詠唱が充分間に合う。
攻撃魔法の詠唱途中でそれをされたら、その時はタイミングの判断が必要だ。
逆に言えばそこさえミスらなければ、この位置からでも充分攻撃出来る。
キュルケは、ゴーレムが足で蹴ってくる可能性を失念していた。
「キュルケ!」
叫びながら駆け寄るルイズ。
ゴーレムの予備動作だけでその動きを見切れたのは、体術の訓練を馬鹿みたいに繰り返してきたおかげであろう。
キュルケはルイズが半ばまで駆けて来た所で、ようやくそれに気づいた。
呆然とした顔で、大地を削り取りながら迫る巨大な土壁を見つめている。
絶望の壁がキュルケに辿り着くより、ルイズがキュルケを突き飛ばす方が先であった。
もちろんそれでかわせるような幅ではない。
それでも、伏せていればまだ助かる可能性もあるかもしれない。そんな期待がルイズにはあった。
しかしゴーレムの術者は流石にその扱いに長けているようで、大地とゴーレムの振るわれる足との間に隙間は無かった。
ルイズは両腕を前に交差させ、インパクトの瞬間を待つ。
死ぬ。そう思う。これは生きて帰れぬ。間違いなくそう思う。
こんな質量をこの勢いでぶち込まれては、原型すら留めず比喩でなしにバラバラに砕かれる。
それでも意地で耐えてやる。こんな所で死んでなるものか。
土壁に憎しみの視線を叩き付け、ルイズは構えた。
タバサがそうしたのは何故だろう。
自分は何があろうと死ねぬ身だ。
生き残って初めて大切な人を守れるのだ。
そんなタバサがシルフィードに命じる。
二人を助けろと。
タイミングはギリギリ間に合わない、巻き込まれてこちらも死ぬ可能性の方が高い。
だから魔法を唱えた。
エアハンマー。
上方から放たれるこの魔法では、二人はただ地面に押しつぶされるのみ。
だからエアハンマーの目標は二人のすぐ直前の大地、タイミングは二人が交錯した瞬間。
僅かにタイミングがそれるが、構わず魔法を放つ。
地面にぶつかった空気の流れは、大地に弾かれ、斜め下から斜め上へと力強く押し出す風となる。
これによって二人は斜め上方に吹っ飛ばされ、宙を舞う。
それを上からかっさらうような形でシルフィードの後ろ足が掴み、まっすぐ前へと飛びぬける。
シルフィードの尻尾がゴーレムの足が巻き起こした竜巻に巻き込まれて渦を巻くも、辛うじてあの質量だけは避けきってみせた。
しかしそれでも危機は脱していない。
斜め上方から急降下して地面すれすれを飛んでいるのだ。失速し墜落するかもしれない危機は続いている。
速度は当然落ちていない。二人を拾うにはそれでもギリギリだったのだから。
こんな勢いで地面に激突すれば、全員が致命傷を負いかねない。
シルフィードは必死に堪えた。
上へ、舞い上がるんだ、私が、みんなを守るんだ。
「きゅいーーーーーーーーーー!!」
シルフィードの気合の声と共に翼が斜め上方に傾く。
前方からの風を受け、体が大きく上へ引き上げられる。
一瞬、浮力が失われる瞬間。
シルフィードは有らん限りの力を込めて、両翼を力強く羽ばたいた。
その一旋で体が完全に真上を向く。
タバサと燦はシルフィードの首にひっ捕まってこれを堪える。
まだまだ危機は去っていない。
ゴーレムは大きく一歩を踏み出し、シルフィードを狙っている。
肩口まで振り上げ、自由落下に任せて落とされた腕。
その稜線に沿うように真上へ向けて上昇を続ける。
掠らせてもダメだ。今、シルフィードは皆の命を預かっているのだから。
一気にゴーレムの頭上まで飛びあがったシルフィード。
しかし一点、彼女の見事な成功に水を差す事態が発生していた。
「お姉様! ルイズが落ちちゃったのね!」
シルフィードはタバサに言葉を発する事を禁じられてはいた。しかしそんな事言ってる余裕など無かった。
タバサは咎める事もせず、シルフィードの首から両手を離し、背中を数歩駆けた後、勢い良く宙へと飛び出して行った。
ルイズは突然の浮遊感の理由に気付き、本当に頼れる友人に心の中で美辞麗句を並べ立てる。
キュルケも突き飛ばして体が横になった状態で居たので、ルイズよりも大きく宙を舞っていたおかげか、シルフィードのもう片方の足にがっしりと捕まえられている。
あの巨大ゴーレムの腕が全力で振るわれるのを超至近距離で見るというド迫力の映像を経て、ルイズは次なる算段を立てる。
九死に一生を得たはずのルイズは、既に勝つ為のプランを練っていたのだ。
『この間合いなら! 絶対かわせないわよ!』
ゴーレムの頭部横を飛びあがっていくシルフィード。
その足から、ルイズは強引に自分の体を引き抜いた。
目指す落下点はゴーレムの肩。
そこに居る、あの憎っくきフードの盗賊!
飛び蹴りの一発で叩き落して、自分は肩に着地。
逃げ場など何処にも無い。かわせるものならかわしてみろ!
しかし何たる事か、フードの盗賊はルイズの蹴りを待つまでもなく、自ら前方へと身を投げ出したではないか。
その理由に気付いてルイズは歯噛みする。
ゴーレムの腕に着地するよう、自らとゴーレムを操れば良い話だ。
でっかい袋を背負っている割に奴め、やたら動きが良い。
こうなってくると厳しいのはルイズだ。
蹴り飛ばす反動も考えて飛び降りていたので、このままでは勢いがつきすぎている。
この際見た目云々言っている場合ではない、何としてでもゴーレムの肩にしがみつかなければ落下して真っ赤な花を咲かせるハメになる。
足の先が辛うじてゴーレムの肩に触れる。
ぐきっ
足首が捩れてそこで踏ん張る事が出来なかった。
『マズッ!?』
そのまんま勢い良く飛び出してしまうルイズ。
『……あっちゃー、こりゃ死んだかしらね』
そんな暢気な事を考えてるルイズの視界に、必死の形相でこちらへと飛んでくるタバサの姿が見えた。
『ホント……頼れる子よね、タバサって』
これが終わったら例え破産する事になろうと、思う存分食事を奢ってやろうと心に決めたルイズであった。
使い魔も使い魔なら主も主だ。二人揃って似たような無茶をしたがるとは。
そんな事を考えながら、タバサはルイズを抱えて大地に着地する。
すぐに逸るルイズに釘を刺す。
「これ以上は無理。追跡だけに留めておくべき」
しかしルイズの闘志は微塵も薄れない。
「冗談でしょ? こんだけ死ぬ思いさせられて、どうして黙って通してやんなきゃなんないのよ」
「もう充分。これ以上は本気で死人が出る」
「今更そこ恐がる所?」
まるで引かない。意地になっているのではなく、この期に及んでルイズはあの巨大ゴーレムに勝つ気で居るのだ。
タバサは、これだけは言いたくないと思っていた一言を口にする。
「……私は、まだ死ねない」
ルイズからの返答は至極あっさりとしたものであった。
「みたいね。そういう動き方してるわ、貴女」
驚きが顔に出てしまう。それを見たルイズは、この場の雰囲気にはまるでそぐわない、優し気な手つきでタバサの頬を撫でる。
「だからさっきのは本当嬉しかったわ。ありがとタバサ」
そう言ってルイズはゴーレムに向かって駆け出して行った。
後ろも見ずに、最後の言葉を言い残す。
「生きて戻ったら私の奢りで好きな物食べさせてあげるわ! アンタはそこで待ってなさい!」
タバサは言葉も無く立ち尽くすのみであった。
燦はシルフィードの上から、ルイズがゴーレム目掛けて駆けて行く様子を見下ろしていた。
「ルイズちゃん……まだ、ヤル気なん……」
その果て無き闘志、決して折れぬ信念、敵の大きさではなく、自らの心に従って戦うか否かを定める毅然とした姿勢。
ああ、自分の主人は、何と勇敢で、男気に溢れた好漢なのであろう。
タバサに、飛竜の上でのハウリングボイスは余程うまく射角を取らないとシルフィードにも当たると言われここまで黙っていたが、これ以上何もせぬなど瀬戸内人魚の名折れだ。
自分は使い魔だ。決して前に出る存在ではない。
なら、そんな自分がこの戦いで出来る事は一体何か。
「私に出来る事は! 精一杯ルイズちゃんを応援したる事だけじゃ!」
家族以外には行った事がなく、出来るかどうか余り自信はない。
「ううん、私とルイズちゃんの絆ならきっと届く! いいや届けてみせるで!」
「人魚古代歌詞(エンシェントリリック)! 英雄の歌!!」
タバサにはそれに気付けるだけの素養があった。
人知れず修羅場をくぐりぬけてきたタバサだからわかる、その圧倒的な気配。
突如聞こえてきた燦の歌声に呼応するかのごとく、ルイズの全身から放たれる気質ががらっと変わった。
だからであろう、そのルイズ目掛けてゴーレムが拳を放った時も、あれでは倒せぬ、そう確信出来たのは。
「スローすぎて、欠伸が出るわね」
ルイズは振り抜かれたゴーレムの拳の上に立ちそう言い放つ。
まるで異界の生物でも見るように、畏れ、恐れ、怖れる。我が身が震えるのを止められぬタバサ。
「あれは……一体何? 本当にルイズ?」
一時たりとも目は離していない。
たった今タバサに優しく声をかけてくれたルイズは、あそこに立って昂然と腕を組んでいるルイズと同一人物のはずだ。
違う。
あれはもっと圧倒的で絶望的な何かだ。
何度も難敵と戦ってきたタバサをして一度も出会った事がない、そう思わしめる程、今のルイズが放つ鬼気ともいうべき気配は絶大であった。
術者が居ないあの巨大ゴーレムを自らの魔法のみで蹴散らせ。
そう言われるのと変わらぬ絶望感。あのルイズにはソレと同じレベルの何かがあった。
「サンの歌? にしてもアレは別次元すぎる……あんなモノがこの世に存在する事自体間違ってる……」
アレが何をする気なのか、理解出来た。
アイツはサイズの違いすら一顧だにせず、巨大ゴーレムと真正面から殴り合いをするつもりなのだ。
ふっと頭に浮かんだ単語を口にする。
「神……いや、あれはむしろ……」
かつて始祖ブリミルを守護したという強力無比な使い魔の存在を思い出す。
伝承に語られる程の戦いも、あれ程の存在感があれば為し得るかもしれない。
タバサは引き寄せられるようにルイズの姿に魅入られていた。
その力があれば術者を狙う事も容易かろう。
術者はゴーレムの片手の上におり、その挙動に集中しているのだから。
だがルイズはそうしなかった。
遠くで見守る者にすら霞んで見える程の俊足で、ゴーレムの腕を駆け上がる。
「ほおおおおおお、あたぁっ!!」
肩口まで駆け上がった勢いそのままに、ゴーレム左耳付近に拳を叩き込む。
打ち込まれた拳を基点に、放射状に頭部を走った亀裂は一瞬で反対側へぶち抜け、僅かに遅れて襲い掛かる衝撃が頭部全体を吹き飛ばす。
ただの一撃、それだけでルイズの数倍の大きさがある頭部が粉微塵となったのだ。
「聞こえるわよサン! 貴女の声が! 心が! だから私は何処までも強くなれる!」
再生が始った頭部を放置し、何とルイズはゴーレムの肩から飛び降りる。
「あーたたたたたたたたたたたたたたたほあたぁっ!!」
飛び降り様に喉元に一発の拳を。その衝撃は首後ろに突き抜けボコッという音と共に大きな膨らみを作り出す。
ルイズは落下しながら更に、胸板、鳩尾、腹部、腰に無数の連打を叩き込む。
拳が打ち込まれる度、ゴーレムの背中に気泡のごとき膨らみが増えていく。
そしてそれが当然のように、ルイズは音も無く大地へと着地する。
同時に膨らんだ無数の気泡が弾け、轟音と共に崩れ落ちるゴーレム。
ルイズはその様を見ながら、心底愉快そうに口の端を挙げる。
「どうしたの!? これで終わりじゃないわよ! さあ立ちなさい!
胸を! 腹を! 腰を! 全てを再構築して立ち上がりなさい!
貴方には私を満足させる義務があるわ! 何度でも! 何十回でも! 何百回でも! 何千回でも!
百万の屍を積み上げる代わりに、貴方が何度でも蘇り私の拳を受け止めなさい!
それこそが! 唯一貴方がこの世で出来る事よ! ただその為に生き! 私に尽くしなさい!」
もう誰だコイツと。
テンション上がりすぎて最早別人格である。
再び懲りもせず振り下ろしてきたゴーレムの拳。
硬度を上げ、鉄のごとき強度を誇るその拳を見て、ルイズはにやりと笑う。
「フフ、これなら崩れ落ちる心配も無さそうね」
右手の親指、人差し指、中指、左手の親指、人差し指、中指。
六本の指を前に突き出す。
インパクトの瞬間を見切るなぞ、今のルイズには造作も無い。
「ふんぬらばあああああああ!!」
白魚のように細く透き通る指。
それが六つ。
ルイズはそれだけでゴーレムの拳を受け止める。
衝撃に耐え切れなかったのは、ルイズではなく両の足を支える大地だ。
がりがりと嫌な音を立てながら削り取られる大地。
しかし、それもほんの1メイル程でぴたりと止まる。
ゴーレムがぶるぶるとその全身を震わせるも、ルイズはびくともしない。
「……なるほどね。今の私を下がらせるなんて、その巨体は伊達じゃないわね。面白いわよ、あ・な・た」
今もゴーレムは力を込め続けている。その証が震える体よ。
そんな中、ルイズは支点を六本の指から、片手のみへと切り替える。
そして、浮いた片腕を無造作に振り上げ、
「ほあたぁっ!!」
鉄並みの堅さを持つ拳に叩き込む。
土より硬度がある代わりに柔軟性を欠いた拳は、衝撃を逃がす事も出来ず、瞬時に肘まで亀裂が走る。
「でも、最初に私を狙ったのと同じやり方で倒そうというのは気に喰わないわ」
バカンッと腕が爆ぜる。
さあ、次の攻撃よ早く来い。そうルイズの目線が告げている。
その瞳からは、感情を持たぬゴーレムすら恐怖に震えさせると錯覚する程の、闘気が漏れ出していた。
腕の再生も待たず、ゴーレムはルイズ目掛けて足を振り上げる。
蹴り飛ばすのではない。
完膚なきまでにその重量が伝わるように、ルイズを踏みつけんとしているのだ。
当然足の硬度も上げている。
今度は腕を支える程度では済まない圧力がルイズを襲うはず。
「そうよ、そう! いいわ! 工夫の後が見られるのは素晴らしいわ!」
天を全て覆う様なゴーレムの足裏を見上げながら、両膝を落とし構える。
ルイズがかかと側の位置になるように。ここならば、足先より高い力がかかるはず。
これが俺の全力だ! そんなゴーレムの叫びすら聞こえてくるような、全体重を乗せた踏み付け。
体のバランスを取り、踏みつける足に全ての重心を乗せられるよう動く見事な挙動は、ゴーレムの意地か、操る者の技量か。
ああ、そんな全力を真っ向から打ち破る事の何と心地よきか。
反動からか、ルイズの真下の大地が一瞬でクレーターの様に大きくへこむ。
もちろんゴーレムの足によるものではなく、拳を振り上げたルイズの足が放った反動だ。
踵は粉々に砕け散り、更に足首、脛までもが真上へと振り上げられた拳の一撃で粉砕される。
重心をそちらにかけていた為、大きく体勢を崩して倒れるゴーレム。
その位置を、ミリ単位で見切っていたルイズは、すぐ側に倒れ込む巨大な構造物にも眉一つ動かさず。
巻き起こる土煙すらルイズを恐れ、その周囲を取り囲む事を拒否している。
「邪魔よ」
ルイズは埃でも払うかのように足を振るい、すぐ隣に落ちてきていた見上げんばかりの胴体部を蹴り飛ばす。
力を入れ方を工夫したのか胴体は砕ける事もせず、その数十メイル程の巨体がごろんごろんと転がる。
こんな真似をしているルイズは無論、生身である。
その身体に損傷を負わせられれば倒せる、はずである。
しかし、30メイルの巨大ゴーレム相手に人間サイズで平然と力比べをしてみせるこの物体の硬度がどれ程のものなのか、想像する気すら起きない。
燦の歌には力がある。
心繋いだ相手にその力を与える歌が「英雄の歌」である。
しかしこれ程の強化が為し得るなど燦ですら考えていなかった。
心の繋がり、お互いを信じあう心が「英雄の歌」の真髄だ。
ならば主と使い魔、ルーンを通して神秘の力で繋がる二人の絆は、かつて燦が経験した事のない程強い物である事は想像に難くない。
この歌の副次効果である、男前な性質強化も嫌な方向にぶちぬけきっている所を見るに、力の強度は天元すら突破しそうな勢いだ。
これだけの大騒ぎ、学院に居る生徒で聞きつけない者など居まい。
皆が皆校舎の窓に張り付いてこの戦いを見守っている。
モンモランシーに呼び出され、おっとり刀で駆けつけた教師陣も、ただ唖然と見守る事しか出来ない。
危ないからと共に来てくれたギーシュに、モンモランシーは戦いに目を貼り付けたまま問う。
「ギーシュ、アンタアレにケンカ売ってたの?」
同じくギーシュもまたルイズの勇姿から目を離せない。
「いやいやいやいやいやいやいやいや……無い、あれは無い。おかしいよ、絶対。何もかもが」
「同感だけど、ほら私の目から入ってくる光景が常識全てを否定してくれるのよ。何とかしてよギーシュ」
「モンモランシー、なるほど、これは僕一人が見ている白昼夢じゃないんだね。とても認められないけど、もし仮に万に一つとしてあれが現実であったと仮定したなら、やっぱりどうしようもないんじゃないかなぁ」
ゴーレムが崩れ去る直前に何とか大地に着地した、フードを目深に被った盗賊、土くれのフーケことロングビル。
眼前に繰り広げられる光景が信じられず、何度もこの悪夢を打ち破らんとゴーレムを挑ませるが、都度より深き絶望を味わう。
背負っていた袋が破れ、盗み出した宝物が毀れ落ちているのにも気付かず、冷静さの欠片も無い闇雲さで、笑えるぐらい必死に、ひたすらこのヒトっぽい何かを叩き伏せんと挑みかかる。
「嘘よ……ウソ……こんな事が……」
自らのゴーレムに対する自信は無論あった。
だがそれが絶対の力でない、そう思う程には賢かったはずである。破れる事も、倒される事もありうると思っていた。
ならば何故ロングビルはこんなにもルイズ撃破に拘るのであろうか。
理由は簡単、ただただ一重に恐怖故、それだけである。
ゴーレムが及ばなければロングビルにコレに対抗する手段は残されていない。
あの強力、俊敏さ、圧倒的なまでの殺意、戦闘の最中で歓喜に震え哄笑を上げる狂気、どれを取っても、勝てる要素が見当たらない。
あんな存在が、この世にあるなんて、始祖ブリミルの力すら及ばぬだろう、遭遇した事が不運、そう断じる他無い存在。
じりじりと後ずさりながらゴーレムを操っていたロングビルは、遂に正気の限界を迎える。
「いやああああああああ!!」
悲鳴と共に再生も半ばのゴーレムをルイズに覆い被らせる。
ほんの僅かの間でもいい、これで時間を稼いで少しでも遠くへ逃げる。
ゴーレムも学園の秘宝もどうでもいい。とにかく、もう一秒たりともこの場所に居たくない。
あんなものの攻撃対象になっているなど、そうと認識するだけで気が狂ってしまう。
体中から再生途中の土を振り溢しながら、全身を使ってルイズに覆い被さるゴーレム。
「ほおおおおおおおおおっ!」
如何なる呼吸法か、そう叫ぶルイズの全身に、ソレ、を為すに十二分な力が漲っていく。
「ああああったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたあたぁっ!!」
外部からはゴーレムの姿しか見えぬが、ルイズの打撃が放たれている事は良くわかる。
ゴーレムの全身に次々生じる瘤から土砂が吹き上がり、人の形を保っていたゴーレムの部位を片っ端からただの土くれへと変えていく。
もうどうにでもしてくれといった気分で見物していたタバサは、それ以上再生しないゴーレムを見て、決着が着いた事を悟った。
そこで気付く。
術者を探さなければ意味が無い事に。
冷静なタバサをしてそんな簡単な事を失念させる程、この光景が現実離れしていたのである。
慌てて周囲を探るが、ゴーレムを覆い被らせた直後に逃亡したのであろう、すぐ近くに姿は見られなかった。
上空を舞うシルフィードを呼び、追跡に移ろうとするタバサ。
だが、更にもう一つの事に気付いた。
ゴーレムの残骸である土砂の中に居るはずのルイズは、いっかなそこから出て来ようとしないのだ。
そしてこれが一番恐ろしかったのだが、ついさっきまで周辺に満ち満ちていた重苦しい存在感が消え失せてしまっている。
シルフィードがタバサの側に降りてくると、歌を止めた燦が慌てた顔でタバサに駆け寄ってきた。
「タバサちゃん、何かルイズちゃんに歌届いてないみたいなんよ……」
タバサはもう一度土砂の山を見る。
燦の歌を聴く事でルイズは力を得た。そう仮定するのなら、あれだけの量の土砂に埋もれている現在、ここでどれだけ大声を出そうと聞こえるはずもなく、だとするのなら……
土砂の山に駆け寄りながら、タバサは燦に指示を出す。
「学院に行って人手を集めて来て。多分ルイズは生き埋めになったまま身動きが取れなくなってる」
「ええええええええっ!!」
燦は悲鳴をあげながら駆け出して行った。
タバサはキュルケにも手を借りようと声をかけるが、キュルケの反応が妙に鈍い。
「キュルケ?」
「あ、ああうん。大丈夫よ。ルイズ掘り返すのよね」
この緊急時にキュルケの対応が鈍いというのも少し変だと思ったが、それ以上に気になる事が山盛あったので、そちらを先に整理する事にした。
燦とルイズのこの力、下手に扱ったらとんでもない事になってしまうだろうから。
生徒達はほとんどが現場に近づくのを嫌がったので、教師陣と一部の生徒達でルイズを掘り起こす。
その間に賊の探索が進められたが、森の中に宝物が転がっている以外の収穫は得られなかった。
その中で、燦は土砂に埋もれていた一本の杖を発見する。
オールドオスマンが教えてくれたその杖の名は「名も無き杖」といい、何がしかの能力を秘めているのだが、それが何なのかわからない物品らしい。
その杖を前に、燦はうーんと頭を捻る。
「どうかしたかの?」
「私これどっかで見た事ある……何処じゃったかな……」
不意に思い出したのか、ぽんと手を叩く。
「そうじゃ! これ政さんがやっとるウチの通販商品じゃ!」
オールドオスマンは興味深げに燦に問い返す。
「知っておるのか? ワシもこれを手に入れたのは偶然じゃったからのう。霧の中で一人の……」
オールドオスマンの昔話は放置で燦は嬉しそうに言った。
「迷槍涅府血遊云(めいそうネプチューン)じゃ! 間違いないで! 確かコレ体の異常とか治してくれる浄化の力がある言うてた奴じゃ!」
ちょっと寂しそうだったが、名無しから格上げ出来そうなので、オールドオスマンは素直に燦に感謝する事にした。
「ふむ、ミス・ヴァリエールの使い魔は中々に博識じゃのう。他にも色々あるが、良ければ見てはくれんか?」
「ええよ。通販商品全部覚えてる訳じゃないけど、私でわかるものじゃったら」
この時タバサの耳が僅かに動いた事に、気付く者は無かった。
草木が生い茂る森の中をひた走る。
盛り上がった木の根に足を取られても、不気味にうねった蔦に腕を取られても、ねっとりへばりつく苔むした幹に顔をすり擦っても、ロングビルは止まらなかった。
後ろなど恐ろしくて振り返れない。
次の瞬間真後ろから、城砦程もあるゴーレムを子供の玩具扱いする腕力を振るってくるかもしれない。
足を止めた瞬間、あの俊敏さをもって瞬間移動でもしてきたかのように眼前に姿を現すかもしれない。
先日野盗紛いの特殊部隊とやりあった、あの時の比ではない。
奴等は理解出来た。強さも、存在意義も。
しかしアレは違う。
どうやってアレが存在しえているのか、どうすればアレになれるのか、そも、あんなモノが何故この世に存在しているのか解らない。
直前までは魔法も使えぬただの小娘だったではないか。それがどうして、何故、どうやって……
様々な疑問が頭を駆け巡り、ロングビルをより深き混沌へと誘っていく。
千々に乱れた思考を纏める余裕もなく、こけつまろびつ逃げ続けるロングビル。
隠れ家の一つとしていた小屋に駆け込みドアを閉めて鍵をかけ、ようやく永劫にも似た逃亡の時間を終わらせる事が出来た。
床に仰向けに倒れ、今にも止まりそうだった呼吸を整える。
背負っていた荷物は三分の一までに減ってしまっている。
突然、何かに気付いたかのように跳ね起きて窓の外を伺う。
そこに動く物の気配が見て取れないと、大きく安堵の吐息を漏らして再び床に座り込む。
そこら中に盗み取ってきた宝物が無造作に転がっている。
宝石、玉、剣に杖、首飾りや王冠等が散らばっているのが見える。
それらが価値ある物なのはわかる。それでも、今のロングビルにはどうしてもガラクタの山にしか見えなかった。
無性に悲しくなって来る。
「……ねえアニエス、教えてよ。私、一体何やってんのよ……」
立てた膝に顔を埋めて、何が悲しいのかもわからぬまま、ロングビルは一人涙を溢した。
#navi(ゼロの花嫁)
#navi(ゼロの花嫁)
ゼロの花嫁13話「ハルケギニア最強の漢」
ロングビルは長く顔を出していなかった、贔屓の商人の下に顔を出す。
商人の眉間には向こう傷があり、右の肩口は大きく変形している。何より印象的なのはその眼光だ。
気の弱い者ならば、古傷を負った顔の恐ろしさと相まって卒倒してしまう事受けあいである。
そんないかにもカタギとはかけ離れた商人に、気安く世間話を持ちかける。
「久しぶり、どう? 商売はうまくいってるかしら?」
対する商人の男は、不機嫌の極みといった顔だ。
「……アンタがエモノ持ってきてくれりゃ、もうちょい景気も良くなるんだがね」
「そう簡単に言わないでよ。命賭けた程度じゃ手に入らないような物持って来ようってんだから」
下町の一角、少しでもこの街を知る者ならば決して近づかない区画の最奥にある、今にも崩れ落ちそうな掘っ立て小屋の中で、ロングビルは男と話をしていた。
「だったらこっちに用はねえよ」
「……少しは愛想良くしなさいよ。随分儲けさせてあげたでしょうに」
「代金は払った。それ以上を望むか?」
すぐに両手を上に挙げて見せる。降参の合図だ。
「ごめん、悪かったわ。だから少し話を聞かせてちょうだい」
ようやく椅子に座ってくれた商人は、テーブルの上に置いてあった酒瓶をそのまま呷る。
「……飲むか?」
ロングビルが首を横に振ると、男はただでさえ底冷えのする眼光を更に鋭く光らせる。
「俺の酒を断るってか?」
「酒はおいしく飲むものよ」
「安酒で悪かったな……フン、相手がてめぇでなきゃ今頃袋叩きにしてる所だよ」
個人の持ちうる最強クラスの戦闘能力を保持しているメイジ、その中でもトライアングルであり実戦慣れのおまけまで付いているロングビルにケンカを売る程、男も愚かではなかった。
「さっさと用を言え」
強面も脅しもそよ風のように受け流し、常と変わらぬ様子で会話を続けるロングビル。
「アルビオンの近況を聞かせて欲しいのよ。貴方最近顔出してきたばかりなんでしょ?」
男は再度酒を口の中に流し込む。
「最悪だありゃ。商売以前の問題だな、半年もたず国が潰れるぞ」
ロングビルの表情が硬くなる。
「そんなにキツイの? 内乱の規模なんてせいぜい一都市程度だったんでしょ?」
「持ち直せるかどうかは、今頃やりあってるだろう会戦次第だ。俺は負けると踏んだがね」
トリステイン国内に流れてくる情報とは著しい差異が見られる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。どうやったらあの馬鹿みたいに強い空軍倒せるのよ」
男はツマミを探してテーブルの下を覗き込むが、見つからないとなると早々に諦めたようだ。
「半分は反乱軍に取り込まれちまった、残りも時間の問題だな。クロムウェルってのがどうやったかは知らんが、空軍に限らず次々正規軍の奴等が取り込まれてる。あれじゃ幾ら戦力があったって勝てん」
少し考え込んだ後、ロングビルは自信無さげに呟く。
「もしかして魔法? マジックアイテムが絡んでるとか……」
「さあな。口説く手は他にもあるだろうし、それも使ってるんだろうが、要所要所で魔法が絡んでると俺は睨んだね。でもなきゃアルビオンの古豪までが寝返る理由がわからん」
「戦力分布聞いていい?」
男は面倒臭そうに立ち上がると、棚の奥から地図を引っ張り出してテーブルの上に広げる。
小汚い字でずらずらと描かれて居る配置を見る限り、五分で渡り合ってるようにも見える。
そう、一都市程度の戦力しかなかった反乱軍は、既にそこまで勢力を広げているのだ。
男が説明を加えると、当面の所は問題無しとロングビルは判断する。
妹が居る村は、これなら多分巻き込まれるような事は無いだろう。
だが、懸案事項は残る。
「ねえ……これだけ全土で戦の気配が漂ってると、物価、物凄く上がってるんじゃない?」
「だから商売にならねえって言っただろうが。こっちから下手に商品持ち込んだ日にゃ、一週間と持たず商隊ごとかっ攫われちまうだろうしよ」
治安の悪化も著しいらしい。
それでもアルビオンに信用のおける商人は存在するが、彼等とて物が無ければ値段を上げる他無くなる。
「今の穀物相場、わかる?」
男がテーブルの上に乱雑に詰まれた紙の束の中から、それらしい物を引きずり出してロングビルに見せると、彼女の目が驚愕に見開かれる。
「嘘っ!? 何よこれ!」
半ばぼやくように男は語る。
「な、アホらしくなるだろ。仕入れる気も無くなっちまったんで、馬鹿面下げて何もせず引き上げて来たって話よ」
アルビオン特産品の外での価格も当然高騰してるはずなのだが、それ以上の勢いで全ての価格が跳ね上がってしまっている。
利に聡い商人たちは、早々にアルビオンを見捨てにかかっているという事だ。
「反乱軍にでもツテがありゃ別なんだろうが……アンタそういうの無いかい? どうもそっちにゃトリステイン・アルビオン間の商人じゃねえ連中が出張ってきてるみたいなんでよ」
半分冗談、半分本気でそんな事を言ったのだが、聞かれたロングビルはそれ所ではない。
妹の為にと既に置いてきてある金を、どうやりくりしたってこの物価では持ちこたえられない。
程なく全ての財産を食い尽くしてしまう事だろう。
それでも妹一人ならばどうとでもなろうが、あの村に居るたくさんの子供達を見捨て自分だけのうのうと食べるような真似をあの子は決してしないだろう。
秘書として与えられている給金からかなりの量を送ってもあるのだが、とてもじゃないが追いつくような額じゃない。
「おい、その身代賭けた商品が検問と税金と野盗に残らずかっさらわれたみたいな顔は一体何事だ?」
男の声で我に返ったロングビルは、礼を言って小屋を後にする。
「結局、こういう運命なのよね……」
帰り道、そう呟いたロングビルは、行くつもりだった酒場には寄らず学園へと戻っていった。
何時ものバーでアニエスはグラスを傾けている。
「今日は……来れないのか」
そう一人ごちると、マスターに勘定を払い店を出る。
とびっきりの良いニュースを持ってきたのだが、まあ良い、明日にでも伝えればいい。
ワルド子爵からシュバリエの申請が正式に通ったとの話があったのだ。
もしロングビルも軍役に就くというのであれば、ロングビルの分も新たに申請しようと言ってくれた。
ロングビルはあまり軍を好まないし、もしかしたら断るかもしれない。
しかし、ロングビルと共に仕事が出来るかもしれない。
二人でなら、きっとどんな敵にだって負けはしない。
そんな夢溢れる空想をどうして止められよう。
ロングビルに強要するような真似をしない為にも、自分の希望は極力抑えて話をしなければならない。
だが、足取り軽く跳ねるように歩いてしまうのは、アニエス自身にもどうにも抑えの効かぬ事であった。
最初に発見したのは燦である。
「でっかいな~。あれも魔法なん?」
暢気な口調だったので、問われたルイズも何の気無しにそちらを見てみただけだ。
そして目が飛び出しそうな程瞼を開くルイズ。
「な、なななななななっ!?」
ルイズの声で気付いたのかキュルケもタバサも唖然としたままソレを見上げている。
全員、脳内で自らの正気を確認してる模様。
何で学園のど真ん中に軍用に使うような巨大ゴーレムが聳え立って居るのか。
「キュルケ、タバサ……何あれ?」
そんな馬鹿な言葉を発してしまったのも、動揺していたせいだろう。
「……ゴーレムじゃない?」
「……大きいゴーレム」
キュルケとタバサが馬鹿な返答をしてしまったのも、やはり動揺していたせいだと思われる。
しかしそこは無駄に危険に満ちた人生を送っている四人、すぐに我に返って対応する。
四人は何時ものように誰も居ない離れで昼食を取っている最中であったので、周囲に人は……
「な、なによあれえええええええええ!?」
聞き覚えのある絶叫が、広場の入り口付近から聞こえてきた。モンモランシーのようだ。
どうも彼女、最近とみに不幸遭遇率が高い模様。
ルイズは、モンモランシーに教師を呼ぶよう指示する。
「モンモランシーは先生呼んできて! あれはとりあえず私達が様子見てくるから!」
「ちょ、ちょっとアンタ達! もしかしてあの側に行く気!? 正気……かどうかをアンタ達に聞くのはそれこそ無意味よね」
いろんな物を諦めながら広場から駆け出していくモンモランシー。
タバサと燦の二人はシルフィードに乗って上から、ルイズとキュルケの二人は地上から全長30メイルの巨大ゴーレムへと接近する。
ゴゥンッ!!
ゴーレムは塔の一角に拳を叩き込む。
貴重品を保管する場所でもある強固な魔法で守られた塔は、それでも崩れ落ちる事は無かったが、四人はこれでゴーレムを完全に敵と判断する。
上空から近寄るタバサと燦の二人は、ゴーレムの肩口に人が乗っているのを見つける。
「あれが術者。叩き落せばゴーレムは止まる」
しかしすぐにゴーレムもシルフィードに気付き、手の平を大きく開いたまま平手をかましてくる。
有効打撃面積が広すぎる。
学園食堂で使っている巨大テーブル用テーブルクロスを一杯に広げたような、そんな壁がシルフィードへと迫る。
馬鹿馬鹿しい程に強力な一打を、シルフィードはゴーレムから距離を取る事で回避する。
それでも手の平を振る事で生じた竜巻のような旋風により、シルフィードは大きく体勢を崩す。
燦はそのやり口にカチンと来たようだ。
「エゲツない事してくれるで……タバサちゃん! ゴーレムにシルフィード寄せられるか!?」
「どうする気?」
背負った剣に手をかけ、燦は不敵に笑う。
「飛び移ってとっ捕まえたる!」
タバサの返答は早かった。
「絶対無理。お願いだから止めて」
当たり前だ。飛び降りれる場所はほとんど無く、失敗したら30メイル近く落下してしまう。当然即死であろう。
「えー」
「えーじゃない。落っこちたら拾えないから、大人しくしてて」
そこで不意にタバサは気付く。
二手に分かれたのは失敗だった。
何故なら下の二人がするであろう無茶を、止めてくれる人は誰も居ないのだから。
無理無茶無法がウリのルイズとキュルケでも、この巨大な物体はどうしようもない。
遂にゴーレムが塔の一部を粉砕する事に成功し、術者の塔への侵入を許しても手も足も出なかった。
尤もそれで黙ってくれるようならタバサもコルベールも苦労はしない。
キュルケにこの場を任せ、ルイズは塔の下部にある衛兵詰所から武器をかっぱらってくる。
「どうキュルケ?」
先ほどから何度も炎を叩き付けているのだが、いっかな効果が上がらない。
「やっぱ術者狙いね。塔の中から出てきた時が勝負よ」
そこまで言うと、怪訝そうな顔でルイズが手に持つ武器を見やる。
「……アンタ弓何て使えたっけ?」
「初めてだけど、何とかなるでしょ。流石に拳は届かないだろうし」
そもそもどうしてロクに使ってもいない魔法学園の衛兵詰所に弓があるのかも不思議である。
ルイズは試しにと全力で弓を引いてみる。
ぶちん
弦が千切れてしまった。
「ヤワな弓ねぇ」
「……ねえルイズ。アンタのやってる訓練に関して色々と言いたい事が出来たんだけど」
「後になさい。別の弓取ってくるわ」
何とか犯人が塔から出てくるのには間に合った。
深くフードを被った犯人が背負っている袋は、直径で1メートル程の大きさ。
それが丸く膨らんでいる所と、侵入してから脱出するまでの時間を鑑みるに、片っ端から宝物を突っ込んできたか。
キュルケとルイズが同時に攻撃を開始する。
流石に魔法は狙い過たず犯人へと吸い込まれていくが、ゴーレムが僅かに動いただけで土の壁に阻まれる。
ルイズの矢は論外である。
30メイル近く上に居る標的付近にまで矢の威力が失われぬ膂力は大したものかもしれないが、如何せん精度が無い。
「下手な鉄砲でも数打てば当たるのよ!」
「下手に甘んじてないで工夫なさいよ」
キュルケの魔法はある程度の誘導が可能であるが、ゴーレムの術者はきっちりキュルケの魔法に対応してきている。
その間隙を縫うようにルイズは矢を放つのだが、やはり命中打は無い。
相手にはしてられぬと、ゴーレムは二人に背を向け逃亡にかかる。
キュルケは舌打ちをすると、走ってゴーレムを追う。
「何やってんのキュルケ! 正面に出たら避けらんないわよ!」
ルイズの注意も耳に入っていない。
いざとなればレビテーションの魔法で一息に逃げられるとの読みあってだ。
でもなければ、この巨大ゴーレムの真正面に立つなどという真似、出来るはずがない。
ルイズとて何時でも闇雲に危険を冒している訳ではない。
自分なりの勝算あっての勝負(確率が低いとか失敗したら死ぬとかを無視してはいるが)であって、確実に死ぬとわかってる真似をしたりはしない。
この場合、ゴーレムの前に出るという事はルイズにとっては確実な死、そしてゴーレムは止められぬという最悪の結果を招くと確信していた。
ルイズの俊敏さを持ってしても、ゴーレムが地面を嘗めるように片足を振り回してきたら、回避の術が無い。
矢で術者の動きを少しでも制限して、地上からのキュルケ、空中からのタバサの魔法に賭ける。
それが最適だと考えたのだ。
しかし、ゴーレムの二本の腕はこの二者からの魔法を完璧に防ぎきっており、キュルケが移動したのもそれに業を煮やしての事であった。
より射角の取りやすい位置へ、だがそれは死と隣合わせの場所である。
「馬鹿! そこはダメよ!」
ルイズはキュルケが取った位置取りを見て悲鳴をあげる。
確かにゴーレムはまだ足による攻撃をした事は無い。しかしそれが今後絶対やってこないという理由になどならない。
あそこまで踏み込んではキュルケの魔法でも避けるのは無理と考え、上空のタバサに合図を送る。
振り下ろす腕ならば、例え手を大きく広げていようと魔法の詠唱が充分間に合う。
攻撃魔法の詠唱途中でそれをされたら、その時はタイミングの判断が必要だ。
逆に言えばそこさえミスらなければ、この位置からでも充分攻撃出来る。
キュルケは、ゴーレムが足で蹴ってくる可能性を失念していた。
「キュルケ!」
叫びながら駆け寄るルイズ。
ゴーレムの予備動作だけでその動きを見切れたのは、体術の訓練を馬鹿みたいに繰り返してきたおかげであろう。
キュルケはルイズが半ばまで駆けて来た所で、ようやくそれに気づいた。
呆然とした顔で、大地を削り取りながら迫る巨大な土壁を見つめている。
絶望の壁がキュルケに辿り着くより、ルイズがキュルケを突き飛ばす方が先であった。
もちろんそれでかわせるような幅ではない。
それでも、伏せていればまだ助かる可能性もあるかもしれない。そんな期待がルイズにはあった。
しかしゴーレムの術者は流石にその扱いに長けているようで、大地とゴーレムの振るわれる足との間に隙間は無かった。
ルイズは両腕を前に交差させ、インパクトの瞬間を待つ。
死ぬ。そう思う。これは生きて帰れぬ。間違いなくそう思う。
こんな質量をこの勢いでぶち込まれては、原型すら留めず比喩でなしにバラバラに砕かれる。
それでも意地で耐えてやる。こんな所で死んでなるものか。
土壁に憎しみの視線を叩き付け、ルイズは構えた。
タバサがそうしたのは何故だろう。
自分は何があろうと死ねぬ身だ。
生き残って初めて大切な人を守れるのだ。
そんなタバサがシルフィードに命じる。
二人を助けろと。
タイミングはギリギリ間に合わない、巻き込まれてこちらも死ぬ可能性の方が高い。
だから魔法を唱えた。
エアハンマー。
上方から放たれるこの魔法では、二人はただ地面に押しつぶされるのみ。
だからエアハンマーの目標は二人のすぐ直前の大地、タイミングは二人が交錯した瞬間。
僅かにタイミングがそれるが、構わず魔法を放つ。
地面にぶつかった空気の流れは、大地に弾かれ、斜め下から斜め上へと力強く押し出す風となる。
これによって二人は斜め上方に吹っ飛ばされ、宙を舞う。
それを上からかっさらうような形でシルフィードの後ろ足が掴み、まっすぐ前へと飛びぬける。
シルフィードの尻尾がゴーレムの足が巻き起こした竜巻に巻き込まれて渦を巻くも、辛うじてあの質量だけは避けきってみせた。
しかしそれでも危機は脱していない。
斜め上方から急降下して地面すれすれを飛んでいるのだ。失速し墜落するかもしれない危機は続いている。
速度は当然落ちていない。二人を拾うにはそれでもギリギリだったのだから。
こんな勢いで地面に激突すれば、全員が致命傷を負いかねない。
シルフィードは必死に堪えた。
上へ、舞い上がるんだ、私が、みんなを守るんだ。
「きゅいーーーーーーーーーー!!」
シルフィードの気合の声と共に翼が斜め上方に傾く。
前方からの風を受け、体が大きく上へ引き上げられる。
一瞬、浮力が失われる瞬間。
シルフィードは有らん限りの力を込めて、両翼を力強く羽ばたいた。
その一旋で体が完全に真上を向く。
タバサと燦はシルフィードの首にひっ捕まってこれを堪える。
まだまだ危機は去っていない。
ゴーレムは大きく一歩を踏み出し、シルフィードを狙っている。
肩口まで振り上げ、自由落下に任せて落とされた腕。
その稜線に沿うように真上へ向けて上昇を続ける。
掠らせてもダメだ。今、シルフィードは皆の命を預かっているのだから。
一気にゴーレムの頭上まで飛びあがったシルフィード。
しかし一点、彼女の見事な成功に水を差す事態が発生していた。
「お姉様! ルイズが落ちちゃったのね!」
シルフィードはタバサに言葉を発する事を禁じられてはいた。しかしそんな事言ってる余裕など無かった。
タバサは咎める事もせず、シルフィードの首から両手を離し、背中を数歩駆けた後、勢い良く宙へと飛び出して行った。
ルイズは突然の浮遊感の理由に気付き、本当に頼れる友人に心の中で美辞麗句を並べ立てる。
キュルケも突き飛ばして体が横になった状態で居たので、ルイズよりも大きく宙を舞っていたおかげか、シルフィードのもう片方の足にがっしりと捕まえられている。
あの巨大ゴーレムの腕が全力で振るわれるのを超至近距離で見るというド迫力の映像を経て、ルイズは次なる算段を立てる。
九死に一生を得たはずのルイズは、既に勝つ為のプランを練っていたのだ。
『この間合いなら! 絶対かわせないわよ!』
ゴーレムの頭部横を飛びあがっていくシルフィード。
その足から、ルイズは強引に自分の体を引き抜いた。
目指す落下点はゴーレムの肩。
そこに居る、あの憎っくきフードの盗賊!
飛び蹴りの一発で叩き落して、自分は肩に着地。
逃げ場など何処にも無い。かわせるものならかわしてみろ!
しかし何たる事か、フードの盗賊はルイズの蹴りを待つまでもなく、自ら前方へと身を投げ出したではないか。
その理由に気付いてルイズは歯噛みする。
ゴーレムの腕に着地するよう、自らとゴーレムを操れば良い話だ。
でっかい袋を背負っている割に奴め、やたら動きが良い。
こうなってくると厳しいのはルイズだ。
蹴り飛ばす反動も考えて飛び降りていたので、このままでは勢いがつきすぎている。
この際見た目云々言っている場合ではない、何としてでもゴーレムの肩にしがみつかなければ落下して真っ赤な花を咲かせるハメになる。
足の先が辛うじてゴーレムの肩に触れる。
ぐきっ
足首が捩れてそこで踏ん張る事が出来なかった。
『マズッ!?』
そのまんま勢い良く飛び出してしまうルイズ。
『……あっちゃー、こりゃ死んだかしらね』
そんな暢気な事を考えてるルイズの視界に、必死の形相でこちらへと飛んでくるタバサの姿が見えた。
『ホント……頼れる子よね、タバサって』
これが終わったら例え破産する事になろうと、思う存分食事を奢ってやろうと心に決めたルイズであった。
使い魔も使い魔なら主も主だ。二人揃って似たような無茶をしたがるとは。
そんな事を考えながら、タバサはルイズを抱えて大地に着地する。
すぐに逸るルイズに釘を刺す。
「これ以上は無理。追跡だけに留めておくべき」
しかしルイズの闘志は微塵も薄れない。
「冗談でしょ? こんだけ死ぬ思いさせられて、どうして黙って通してやんなきゃなんないのよ」
「もう充分。これ以上は本気で死人が出る」
「今更そこ恐がる所?」
まるで引かない。意地になっているのではなく、この期に及んでルイズはあの巨大ゴーレムに勝つ気で居るのだ。
タバサは、これだけは言いたくないと思っていた一言を口にする。
「……私は、まだ死ねない」
ルイズからの返答は至極あっさりとしたものであった。
「みたいね。そういう動き方してるわ、貴女」
驚きが顔に出てしまう。それを見たルイズは、この場の雰囲気にはまるでそぐわない、優し気な手つきでタバサの頬を撫でる。
「だからさっきのは本当嬉しかったわ。ありがとタバサ」
そう言ってルイズはゴーレムに向かって駆け出して行った。
後ろも見ずに、最後の言葉を言い残す。
「生きて戻ったら私の奢りで好きな物食べさせてあげるわ! アンタはそこで待ってなさい!」
タバサは言葉も無く立ち尽くすのみであった。
燦はシルフィードの上から、ルイズがゴーレム目掛けて駆けて行く様子を見下ろしていた。
「ルイズちゃん……まだ、ヤル気なん……」
その果て無き闘志、決して折れぬ信念、敵の大きさではなく、自らの心に従って戦うか否かを定める毅然とした姿勢。
ああ、自分の主人は、何と勇敢で、男気に溢れた好漢なのであろう。
タバサに、飛竜の上でのハウリングボイスは余程うまく射角を取らないとシルフィードにも当たると言われここまで黙っていたが、これ以上何もせぬなど瀬戸内人魚の名折れだ。
自分は使い魔だ。決して前に出る存在ではない。
なら、そんな自分がこの戦いで出来る事は一体何か。
「私に出来る事は! 精一杯ルイズちゃんを応援したる事だけじゃ!」
家族以外には行った事がなく、出来るかどうか余り自信はない。
「ううん、私とルイズちゃんの絆ならきっと届く! いいや届けてみせるで!」
「人魚古代歌詞(エンシェントリリック)! 英雄の詩!!」
タバサにはそれに気付けるだけの素養があった。
人知れず修羅場をくぐりぬけてきたタバサだからわかる、その圧倒的な気配。
突如聞こえてきた燦の歌声に呼応するかのごとく、ルイズの全身から放たれる気質ががらっと変わった。
だからであろう、そのルイズ目掛けてゴーレムが拳を放った時も、あれでは倒せぬ、そう確信出来たのは。
「スローすぎて、欠伸が出るわね」
ルイズは振り抜かれたゴーレムの拳の上に立ちそう言い放つ。
まるで異界の生物でも見るように、畏れ、恐れ、怖れる。我が身が震えるのを止められぬタバサ。
「あれは……一体何? 本当にルイズ?」
一時たりとも目は離していない。
たった今タバサに優しく声をかけてくれたルイズは、あそこに立って昂然と腕を組んでいるルイズと同一人物のはずだ。
違う。
あれはもっと圧倒的で絶望的な何かだ。
何度も難敵と戦ってきたタバサをして一度も出会った事がない、そう思わしめる程、今のルイズが放つ鬼気ともいうべき気配は絶大であった。
術者が居ないあの巨大ゴーレムを自らの魔法のみで蹴散らせ。
そう言われるのと変わらぬ絶望感。あのルイズにはソレと同じレベルの何かがあった。
「サンの歌? にしてもアレは別次元すぎる……あんなモノがこの世に存在する事自体間違ってる……」
アレが何をする気なのか、理解出来た。
アイツはサイズの違いすら一顧だにせず、巨大ゴーレムと真正面から殴り合いをするつもりなのだ。
ふっと頭に浮かんだ単語を口にする。
「神……いや、あれはむしろ……」
かつて始祖ブリミルを守護したという強力無比な使い魔の存在を思い出す。
伝承に語られる程の戦いも、あれ程の存在感があれば為し得るかもしれない。
タバサは引き寄せられるようにルイズの姿に魅入られていた。
その力があれば術者を狙う事も容易かろう。
術者はゴーレムの片手の上におり、その挙動に集中しているのだから。
だがルイズはそうしなかった。
遠くで見守る者にすら霞んで見える程の俊足で、ゴーレムの腕を駆け上がる。
「ほおおおおおお、あたぁっ!!」
肩口まで駆け上がった勢いそのままに、ゴーレム左耳付近に拳を叩き込む。
打ち込まれた拳を基点に、放射状に頭部を走った亀裂は一瞬で反対側へぶち抜け、僅かに遅れて襲い掛かる衝撃が頭部全体を吹き飛ばす。
ただの一撃、それだけでルイズの数倍の大きさがある頭部が粉微塵となったのだ。
「聞こえるわよサン! 貴女の声が! 心が! だから私は何処までも強くなれる!」
再生が始った頭部を放置し、何とルイズはゴーレムの肩から飛び降りる。
「あーたたたたたたたたたたたたたたたほあたぁっ!!」
飛び降り様に喉元に一発の拳を。その衝撃は首後ろに突き抜けボコッという音と共に大きな膨らみを作り出す。
ルイズは落下しながら更に、胸板、鳩尾、腹部、腰に無数の連打を叩き込む。
拳が打ち込まれる度、ゴーレムの背中に気泡のごとき膨らみが増えていく。
そしてそれが当然のように、ルイズは音も無く大地へと着地する。
同時に膨らんだ無数の気泡が弾け、轟音と共に崩れ落ちるゴーレム。
ルイズはその様を見ながら、心底愉快そうに口の端を挙げる。
「どうしたの!? これで終わりじゃないわよ! さあ立ちなさい!
胸を! 腹を! 腰を! 全てを再構築して立ち上がりなさい!
貴方には私を満足させる義務があるわ! 何度でも! 何十回でも! 何百回でも! 何千回でも!
百万の屍を積み上げる代わりに、貴方が何度でも蘇り私の拳を受け止めなさい!
それこそが! 唯一貴方がこの世で出来る事よ! ただその為に生き! 私に尽くしなさい!」
もう誰だコイツと。
テンション上がりすぎて最早別人格である。
再び懲りもせず振り下ろしてきたゴーレムの拳。
硬度を上げ、鉄のごとき強度を誇るその拳を見て、ルイズはにやりと笑う。
「フフ、これなら崩れ落ちる心配も無さそうね」
右手の親指、人差し指、中指、左手の親指、人差し指、中指。
六本の指を前に突き出す。
インパクトの瞬間を見切るなぞ、今のルイズには造作も無い。
「ふんぬらばあああああああ!!」
白魚のように細く透き通る指。
それが六つ。
ルイズはそれだけでゴーレムの拳を受け止める。
衝撃に耐え切れなかったのは、ルイズではなく両の足を支える大地だ。
がりがりと嫌な音を立てながら削り取られる大地。
しかし、それもほんの1メイル程でぴたりと止まる。
ゴーレムがぶるぶるとその全身を震わせるも、ルイズはびくともしない。
「……なるほどね。今の私を下がらせるなんて、その巨体は伊達じゃないわね。面白いわよ、あ・な・た」
今もゴーレムは力を込め続けている。その証が震える体よ。
そんな中、ルイズは支点を六本の指から、片手のみへと切り替える。
そして、浮いた片腕を無造作に振り上げ、
「ほあたぁっ!!」
鉄並みの堅さを持つ拳に叩き込む。
土より硬度がある代わりに柔軟性を欠いた拳は、衝撃を逃がす事も出来ず、瞬時に肘まで亀裂が走る。
「でも、最初に私を狙ったのと同じやり方で倒そうというのは気に喰わないわ」
バカンッと腕が爆ぜる。
さあ、次の攻撃よ早く来い。そうルイズの目線が告げている。
その瞳からは、感情を持たぬゴーレムすら恐怖に震えさせると錯覚する程の、闘気が漏れ出していた。
腕の再生も待たず、ゴーレムはルイズ目掛けて足を振り上げる。
蹴り飛ばすのではない。
完膚なきまでにその重量が伝わるように、ルイズを踏みつけんとしているのだ。
当然足の硬度も上げている。
今度は腕を支える程度では済まない圧力がルイズを襲うはず。
「そうよ、そう! いいわ! 工夫の後が見られるのは素晴らしいわ!」
天を全て覆う様なゴーレムの足裏を見上げながら、両膝を落とし構える。
ルイズがかかと側の位置になるように。ここならば、足先より高い力がかかるはず。
これが俺の全力だ! そんなゴーレムの叫びすら聞こえてくるような、全体重を乗せた踏み付け。
体のバランスを取り、踏みつける足に全ての重心を乗せられるよう動く見事な挙動は、ゴーレムの意地か、操る者の技量か。
ああ、そんな全力を真っ向から打ち破る事の何と心地よきか。
反動からか、ルイズの真下の大地が一瞬でクレーターの様に大きくへこむ。
もちろんゴーレムの足によるものではなく、拳を振り上げたルイズの足が放った反動だ。
踵は粉々に砕け散り、更に足首、脛までもが真上へと振り上げられた拳の一撃で粉砕される。
重心をそちらにかけていた為、大きく体勢を崩して倒れるゴーレム。
その位置を、ミリ単位で見切っていたルイズは、すぐ側に倒れ込む巨大な構造物にも眉一つ動かさず。
巻き起こる土煙すらルイズを恐れ、その周囲を取り囲む事を拒否している。
「邪魔よ」
ルイズは埃でも払うかのように足を振るい、すぐ隣に落ちてきていた見上げんばかりの胴体部を蹴り飛ばす。
力を入れ方を工夫したのか胴体は砕ける事もせず、その数十メイル程の巨体がごろんごろんと転がる。
こんな真似をしているルイズは無論、生身である。
その身体に損傷を負わせられれば倒せる、はずである。
しかし、30メイルの巨大ゴーレム相手に人間サイズで平然と力比べをしてみせるこの物体の硬度がどれ程のものなのか、想像する気すら起きない。
燦の歌には力がある。
心繋いだ相手にその力を与える歌が「英雄の詩」である。
しかしこれ程の強化が為し得るなど燦ですら考えていなかった。
心の繋がり、お互いを信じあう心が「英雄の詩」の真髄だ。
ならば主と使い魔、ルーンを通して神秘の力で繋がる二人の絆は、かつて燦が経験した事のない程強い物である事は想像に難くない。
この歌の副次効果である、男前な性質強化も嫌な方向にぶちぬけきっている所を見るに、力の強度は天元すら突破しそうな勢いだ。
これだけの大騒ぎ、学院に居る生徒で聞きつけない者など居まい。
皆が皆校舎の窓に張り付いてこの戦いを見守っている。
モンモランシーに呼び出され、おっとり刀で駆けつけた教師陣も、ただ唖然と見守る事しか出来ない。
危ないからと共に来てくれたギーシュに、モンモランシーは戦いに目を貼り付けたまま問う。
「ギーシュ、アンタアレにケンカ売ってたの?」
同じくギーシュもまたルイズの勇姿から目を離せない。
「いやいやいやいやいやいやいやいや……無い、あれは無い。おかしいよ、絶対。何もかもが」
「同感だけど、ほら私の目から入ってくる光景が常識全てを否定してくれるのよ。何とかしてよギーシュ」
「モンモランシー、なるほど、これは僕一人が見ている白昼夢じゃないんだね。とても認められないけど、もし仮に万に一つとしてあれが現実であったと仮定したなら、やっぱりどうしようもないんじゃないかなぁ」
ゴーレムが崩れ去る直前に何とか大地に着地した、フードを目深に被った盗賊、土くれのフーケことロングビル。
眼前に繰り広げられる光景が信じられず、何度もこの悪夢を打ち破らんとゴーレムを挑ませるが、都度より深き絶望を味わう。
背負っていた袋が破れ、盗み出した宝物が毀れ落ちているのにも気付かず、冷静さの欠片も無い闇雲さで、笑えるぐらい必死に、ひたすらこのヒトっぽい何かを叩き伏せんと挑みかかる。
「嘘よ……ウソ……こんな事が……」
自らのゴーレムに対する自信は無論あった。
だがそれが絶対の力でない、そう思う程には賢かったはずである。破れる事も、倒される事もありうると思っていた。
ならば何故ロングビルはこんなにもルイズ撃破に拘るのであろうか。
理由は簡単、ただただ一重に恐怖故、それだけである。
ゴーレムが及ばなければロングビルにコレに対抗する手段は残されていない。
あの強力、俊敏さ、圧倒的なまでの殺意、戦闘の最中で歓喜に震え哄笑を上げる狂気、どれを取っても、勝てる要素が見当たらない。
あんな存在が、この世にあるなんて、始祖ブリミルの力すら及ばぬだろう、遭遇した事が不運、そう断じる他無い存在。
じりじりと後ずさりながらゴーレムを操っていたロングビルは、遂に正気の限界を迎える。
「いやああああああああ!!」
悲鳴と共に再生も半ばのゴーレムをルイズに覆い被らせる。
ほんの僅かの間でもいい、これで時間を稼いで少しでも遠くへ逃げる。
ゴーレムも学園の秘宝もどうでもいい。とにかく、もう一秒たりともこの場所に居たくない。
あんなものの攻撃対象になっているなど、そうと認識するだけで気が狂ってしまう。
体中から再生途中の土を振り溢しながら、全身を使ってルイズに覆い被さるゴーレム。
「ほおおおおおおおおおっ!」
如何なる呼吸法か、そう叫ぶルイズの全身に、ソレ、を為すに十二分な力が漲っていく。
「ああああったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたあたぁっ!!」
外部からはゴーレムの姿しか見えぬが、ルイズの打撃が放たれている事は良くわかる。
ゴーレムの全身に次々生じる瘤から土砂が吹き上がり、人の形を保っていたゴーレムの部位を片っ端からただの土くれへと変えていく。
もうどうにでもしてくれといった気分で見物していたタバサは、それ以上再生しないゴーレムを見て、決着が着いた事を悟った。
そこで気付く。
術者を探さなければ意味が無い事に。
冷静なタバサをしてそんな簡単な事を失念させる程、この光景が現実離れしていたのである。
慌てて周囲を探るが、ゴーレムを覆い被らせた直後に逃亡したのであろう、すぐ近くに姿は見られなかった。
上空を舞うシルフィードを呼び、追跡に移ろうとするタバサ。
だが、更にもう一つの事に気付いた。
ゴーレムの残骸である土砂の中に居るはずのルイズは、いっかなそこから出て来ようとしないのだ。
そしてこれが一番恐ろしかったのだが、ついさっきまで周辺に満ち満ちていた重苦しい存在感が消え失せてしまっている。
シルフィードがタバサの側に降りてくると、歌を止めた燦が慌てた顔でタバサに駆け寄ってきた。
「タバサちゃん、何かルイズちゃんに歌届いてないみたいなんよ……」
タバサはもう一度土砂の山を見る。
燦の歌を聴く事でルイズは力を得た。そう仮定するのなら、あれだけの量の土砂に埋もれている現在、ここでどれだけ大声を出そうと聞こえるはずもなく、だとするのなら……
土砂の山に駆け寄りながら、タバサは燦に指示を出す。
「学院に行って人手を集めて来て。多分ルイズは生き埋めになったまま身動きが取れなくなってる」
「ええええええええっ!!」
燦は悲鳴をあげながら駆け出して行った。
タバサはキュルケにも手を借りようと声をかけるが、キュルケの反応が妙に鈍い。
「キュルケ?」
「あ、ああうん。大丈夫よ。ルイズ掘り返すのよね」
この緊急時にキュルケの対応が鈍いというのも少し変だと思ったが、それ以上に気になる事が山盛あったので、そちらを先に整理する事にした。
燦とルイズのこの力、下手に扱ったらとんでもない事になってしまうだろうから。
生徒達はほとんどが現場に近づくのを嫌がったので、教師陣と一部の生徒達でルイズを掘り起こす。
その間に賊の探索が進められたが、森の中に宝物が転がっている以外の収穫は得られなかった。
その中で、燦は土砂に埋もれていた一本の杖を発見する。
オールドオスマンが教えてくれたその杖の名は「名も無き杖」といい、何がしかの能力を秘めているのだが、それが何なのかわからない物品らしい。
その杖を前に、燦はうーんと頭を捻る。
「どうかしたかの?」
「私これどっかで見た事ある……何処じゃったかな……」
不意に思い出したのか、ぽんと手を叩く。
「そうじゃ! これ政さんがやっとるウチの通販商品じゃ!」
オールドオスマンは興味深げに燦に問い返す。
「知っておるのか? ワシもこれを手に入れたのは偶然じゃったからのう。霧の中で一人の……」
オールドオスマンの昔話は放置で燦は嬉しそうに言った。
「迷槍涅府血遊云(めいそうネプチューン)じゃ! 間違いないで! 確かコレ体の異常とか治してくれる浄化の力がある言うてた奴じゃ!」
ちょっと寂しそうだったが、名無しから格上げ出来そうなので、オールドオスマンは素直に燦に感謝する事にした。
「ふむ、ミス・ヴァリエールの使い魔は中々に博識じゃのう。他にも色々あるが、良ければ見てはくれんか?」
「ええよ。通販商品全部覚えてる訳じゃないけど、私でわかるものじゃったら」
この時タバサの耳が僅かに動いた事に、気付く者は無かった。
草木が生い茂る森の中をひた走る。
盛り上がった木の根に足を取られても、不気味にうねった蔦に腕を取られても、ねっとりへばりつく苔むした幹に顔をすり擦っても、ロングビルは止まらなかった。
後ろなど恐ろしくて振り返れない。
次の瞬間真後ろから、城砦程もあるゴーレムを子供の玩具扱いする腕力を振るってくるかもしれない。
足を止めた瞬間、あの俊敏さをもって瞬間移動でもしてきたかのように眼前に姿を現すかもしれない。
先日野盗紛いの特殊部隊とやりあった、あの時の比ではない。
奴等は理解出来た。強さも、存在意義も。
しかしアレは違う。
どうやってアレが存在しえているのか、どうすればアレになれるのか、そも、あんなモノが何故この世に存在しているのか解らない。
直前までは魔法も使えぬただの小娘だったではないか。それがどうして、何故、どうやって……
様々な疑問が頭を駆け巡り、ロングビルをより深き混沌へと誘っていく。
千々に乱れた思考を纏める余裕もなく、こけつまろびつ逃げ続けるロングビル。
隠れ家の一つとしていた小屋に駆け込みドアを閉めて鍵をかけ、ようやく永劫にも似た逃亡の時間を終わらせる事が出来た。
床に仰向けに倒れ、今にも止まりそうだった呼吸を整える。
背負っていた荷物は三分の一までに減ってしまっている。
突然、何かに気付いたかのように跳ね起きて窓の外を伺う。
そこに動く物の気配が見て取れないと、大きく安堵の吐息を漏らして再び床に座り込む。
そこら中に盗み取ってきた宝物が無造作に転がっている。
宝石、玉、剣に杖、首飾りや王冠等が散らばっているのが見える。
それらが価値ある物なのはわかる。それでも、今のロングビルにはどうしてもガラクタの山にしか見えなかった。
無性に悲しくなって来る。
「……ねえアニエス、教えてよ。私、一体何やってんのよ……」
立てた膝に顔を埋めて、何が悲しいのかもわからぬまま、ロングビルは一人涙を溢した。
#navi(ゼロの花嫁)
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