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#navi(日替わり使い魔)
――学院長室――
「これは大発見ですぞ!」
息せき切って学院長室に乗り込んできたのは、先日使い魔召喚の儀式を監督していた頭の眩しい教師、コルベールであった。
彼が興奮しきった様子で手元の資料と先日のスケッチを学院長のオールド・オスマンに見せると、オスマンは秘書のミス・ロングビルを部屋から退出させ、詳しく話を聞いた。
――そこでコルベールが言ったことは、ルイズの召喚した平民の右手に現れたルーンが、伝説の『虚無』の使い魔『ヴィンダールヴ』のものに酷似しているということ。
神の右手ヴィンダールヴ。心優しき神の笛。伝説の再来かと興奮し、王室に報告すべきと主張するコルベールに、しかしオスマンは首を縦に振らない。
そんなことを公にすれば、ロクでもないことになる。オスマンはそう言ってコルベールに緘口令を敷き、話を打ち切った。
と――ちょうどその時、学院長室の扉がノックされた。扉越しに誰かと問いかけると、返ってきたのは先ほど退出させたばかりのミス・ロングビルの声であった。
彼女はそのまま扉越しに、報告を始める。いわく、学院の生徒がヴェストリの広場で決闘騒ぎを起こしているとのこと。
「で、誰が暴れとるんだね?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン」
その返答に、オスマンは一つため息をついた。あの好色漢ならば、おおかた女絡みであろうと当たりをつける。だが――その決闘の相手は、彼をして想像もできない相手であった。
「相手は誰じゃ?」
「それが、生徒ではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の妻を名乗る、身元不明の淑女です。名前は確か……フローラ。教師達は決闘を止めるため、『眠りの鐘』の使用許可を求めてます」
その報告内容を聞いて、オスマンとコルベールは驚いて目を丸くしたが――すぐに表情を引き締める。
そして彼は杖を振るった。すると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリの広場の様子が映し出された。
そこに映し出されたのは、対峙するギーシュとフローラ。彼女は戸惑うどころか泰然とした態度でギーシュを見据え、むしろギーシュの方こそが戸惑っているように見える。
「なるほど、可愛ええ娘じゃのう。グラモンとこのバカ息子はよく自分を薔薇にたとえると聞くが、彼女の方こそが薔薇と呼ばれるに相応しいの」
「ええ。確かに美しい……言うなれば白薔薇と言ったところですか。しかし見たところ、華奢な見た目に反して随分と肝が据わってるようですな」
「うむ」
(『ヴィンダールヴ』の妻……か。彼の素性を測る一端にはなろうかの?)
一目見た彼女の印象をコルベールと小声で言い合うと、オスマンはこの決闘をとりあえず見守ってみることにした。
「アホか。たかが子供のケンカを止めるのに、わざわざ秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
オスマンがそう告げるとミス・ロングビルは頷き――
「ああ、そうじゃ。ミス・ロングビル」
去ろうとする前に、扉の向こうの彼女を呼び止めた。
「後で鍵を渡すから、宝物庫に異常がないか調べてみてくれんか?」
「……わかりました」
ほんの少しの沈黙の後、彼女はもう一度頷き、今度こそ去って行った。
そしてオスマンとコルベールは、揃って鏡に映し出された映像に見入る。
(それにしても……なんで宝物庫にあるはずの『奇跡の杖』が、彼女の手にあるんじゃ……?)
その映像を見るオスマンは、隣のコルベールに悟られない程度に、その視線に疑惑の色を浮かべていた。
その日、ヴェストリの広場の真ん中で、ギーシュは困惑しながら自問していた。
なぜ、こんなことになったのか――と。
そんな彼の目の前には、にこにこと微笑を絶やさない青い髪の淑女の姿。だが、彼を含め、その場の誰もがわかっている――その笑顔が偽りだということを。彼女のこめかみに小さく浮かんでいる怒りのマークが、その証拠である。
「それでは始めましょうか?」
「い、いや、そうは言ってもだね……」
「あなただって承諾しましたでしょうに。お互いに譲れないものがありましたからこうなった。そうでしょう?」
「う……し、しかしだね、やはりこんなのは間違ってる。貴族が平民に頭を下げるなど……」
「私はそれを間違ってますと言ってるんです」
事ここに来てなお、二人の言い分は平行線であった。
そう――事の始まりは、食堂で昼食を摂っていた時のこと。気の利かない平民のメイドのせいでギーシュの二股がバレてしまい、手痛い平手打ちを受けた上に頭からワインをぶっかけられた。
無論、ギーシュはその責任をメイドに押し付け、叱責しようとしたのだが――そのメイドは、よくよく見てみれば平民にしておくのが惜しいぐらいに可愛かった。
そこでギーシュは、薔薇たる自分の身の回りの世話をする役目――要するに自分専属のメイド――になることで無礼を手打ちにしようと考え、それを伝えた。
平民からしてみれば、貴族に気に入られるのは立身出世のチャンス。粗相をした相手にこんなチャンスをくれてやるとは、僕はなんて寛大なのだろう――自身の考えに酔った彼は、相手は諸手を上げて喜ぶだろうと、疑いもしなかった。
……だが、返ってきたメイドの反応は、ただ怯えるばかり。
なぜ? どうして? WHY? こんな栄誉、そうそうあるもんじゃないのに――ギーシュがメイドのそんな予想外の反応に戸惑っているうち、彼の元にフローラがやってきた。
「悪いのはあなたの方でしょう? あなたの方が、この子に謝るべきですわ」
彼女はそう言って、ギーシュを責めた。
よく見れば彼女は、『ゼロ』のルイズが呼び出した平民――その妻を自称して夫の代理と主張する、確かフローラとかいう名の女性だった。
無論のこと、貴族であるギーシュが平民に頭を下げるなど、あってはならない。
見ればその女性は、マントこそ着用してないが、その身なりや立ち居振る舞いは貴族のそれだ。同じ貴族ならば話せばわかると思って言い訳したのだが――それも通用せず、話はこじれることとなってしまった。
そして双方平行線となったところで、 「ならば決闘でもしますか? マドモアゼル」 などと冗談交じりに言ったところ、 「それであなたが納得するのでしたら」 と真面目に返されてしまった。
周りにも囃し立てられ、今更前言を翻すこともできず――あれよあれよと話は進み、気付けばこんなところでその女性と対峙することとなってしまった。
「……薔薇は多くの人を楽しませるために咲くもの。その薔薇たる僕が、女性を傷付けることなど……」
誇りある貴族の子弟として、女性に手を上げるなどもっての他。ましてや自分は、他のどの男よりも女性に対して真摯であると自負している。……あくまでも自負であって、他人から見ての評価ではないが。
そんな自分が女性と決闘するという現在の状況に、ギーシュは苦々しい思いが顔に出るのを抑えられない。
だが、そんなギーシュに対し、対峙するフローラは――
「お気になさらないでください。こう見えても私、それなりに戦いの経験はございますので。傷を受けることを気にするような初心(うぶ)な時期は、結婚してあの人と一緒になった時に、既に過去のものとなってます」
と、平然と返した。
どうやら、引く気は微塵もないようである。ギーシュは諦観の篭ったため息をこっそりとつき、そこでようやっと自身の杖たる薔薇の造花を手に取った。
「仕方ありません……では、始めるとしましょう。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュです」
「フローラです。二つ名はありません」
ギーシュの名乗りに律儀に答え、フローラは優雅に頭を下げてから、杖を構えた。
※以下、『戦火を交えて』をBGMに、ダイジェストでお送りします。
ギーシュが あらわれた!
フローラは にっこりと ほほえんでいる。
ギーシュは れんきんを となえた!
ワルキューレが あらわれた!
フローラは メラミを となえた!
ワルキューレに 78の ダメージ!
ワルキューレを たおした!
ギーシュは おどろき とまどっている。
フローラは にっこりと ほほえんでいる。
ギーシュは れんきんを となえた!
ワルキューレBが あらわれた!
ワルキューレCが あらわれた!
ワルキューレDが あらわれた!
ワルキューレEが あらわれた!
ワルキューレFが あらわれた!
ワルキューレGが あらわれた!
フローラは ベギラマを となえた!
ワルキューレBに 37の ダメージ!
ワルキューレBを たおした!
ワルキューレCに 34の ダメージ!
ワルキューレCを たおした!
ワルキューレDに 42の ダメージ!
ワルキューレDを たおした!
ワルキューレEに 41の ダメージ!
ワルキューレEを たおした!
ワルキューレFに 36の ダメージ!
ワルキューレFを たおした!
ワルキューレGに 38の ダメージ!
ワルキューレGを たおした!
ギーシュは せんいを うしなった。
「続けますか?」
にっこりとほほ笑んで問いかけるフローラに、腰を抜かしてへたり込むギーシュは、無言で首を横に振った。
周囲はしーんと静まり返っている。あまりにも一方的なワンサイドゲームに、ギャラリーも理解が追いついてないようだった。
が、やがて――
「……『火』のトライアングル?」
一人がぼそりとこぼした呟きに、周囲がざわめき始める。「スクウェアかもしれないぞ!」だの、「詠唱は聞こえたか?」だの、「高位のメイジならいつの間にか詠唱終わらせてるもんだ」だの、議論が巻き起こる。
やがてその議論は、誰ともなしに一つの疑問へと収束する。すなわち――「彼女は何者か?」という疑問だ。
「あ、あなたは一体……?」
「ただの主婦ですわ」
ギャラリーを代表して、というわけではないだろうが、ギーシュがフローラを見上げて尋ねた。だが彼女は、平然とした様子でそう答えを返した。
実際、彼女自身にとって自分の素性とは、リュカの妻以上でも以下でもないのだろう。それで答えは全てとばかりに「では、私の勝ちですわね」と早々に話題を変え、ギーシュの傍に歩み寄った。
「私が勝ったなら……わかりますね?」
「……僕があのメイドに謝ればいいのかい?」
「あの子だけではありませんわ。モンモランシーさんとケティさん……でしたっけ? あの子たちにも、ちゃんと謝っておいてくださいね」
その言葉に、ギーシュはハッとした顔になった。ギャラリーに紛れて事態を見ていた当のモンモランシーとケティも、フローラの言葉に驚いた顔になっている。
「女の子を泣かす男の人は、最低ですよ?」
そう言って、子供を叱るように「めっ!」と言ってしかめっ顔を寄せてくるフローラに、ギーシュは思わず言葉に詰まる。
「お返事は?」
「は、はい……」
「よろしい」
戸惑いつつも頷くギーシュに、フローラは満面の笑みを浮かべた。そして、ギーシュの方に手を差し出す。
立ち上がる手助けをしようというのか――女性にそんなことをさせるのにギーシュは自分を情けなく感じるも、負けたのは自分だと言い聞かせ、素直にその手を取ろうとした。
が――不意に、その手がすり抜けた。
「え?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
気が付けば、ギーシュは地面にへたり込んだ姿勢から、フローラの手によって四つん這いの格好にさせられていた。
「それはそれとして、おイタをした子には、『お仕置き』が必要ですよね」
「え?」
フローラが口にした言葉を、ギーシュは理解することができなかった。
おイタ? お仕置き? もう決着はついたはずではなかったのか? 彼女は自分に、この上何を要求すると言うのか?
嫌な予感が急速に膨れ上がってくる。それを回避するために立ち上がろうとするも、フローラに背中を押さえつけられ、それもままならない。
「あ、あの、ミセス・フローラ?」
「私、実を言いますと、子供をお仕置きしたことがありませんの。うちの子供たちったら、私が言うのもなんですが、とっても良い子たちで……親としては、もっと困らせてもらいたいものなんですけど」
「そういうものなのでしょうか……? というか、それとこれとどんな関係が」
「私も小さい頃は、姉さんの影響を受けて結構やんちゃしたものです。そのたびにお母様に怒られて、お仕置きされたものですわ。でも私の方が親になっても、そんなお仕置きは、ついぞしたことがないんですの」
「いや、だから何の関係が」
フローラの話に、この状況との因果関係を掴めずに困惑するギーシュ。
……だが、実際のところは予測が立っている。しかしそれは、否定してもらいたい類の予測であった――この歳になってそれは勘弁してほしい。ゆえに、「違っていてほしい」という淡い願望を込めて、尋ねているのだ。
が――
「……おイタをした子には、『お仕置き』が必要ですよね?」
――現実は、厳しい。
『うきうき』とか『わくわく』という擬音が一番しっくりくるような満面の笑みと共に、もう一度繰り返されたその台詞が、全てを物語っていた。それを見たギーシュの顔が、途端に青くなる。
「や、やめ――」
「えい」
ぺろん、と。
ギーシュの制止の声も遮られ、フローラは容赦なくギーシュのズボンをずり降ろし、尻を丸出しにさせた。周囲の女子たちから、黄色い歓声が沸き起こる。
そして――『パァーンッ!』という平手打ちの音と、「アッー!」というギーシュの悲鳴が、ヴェストリの広場に響き渡った。
「…………はぁ」
嬉々としてギーシュに『おしりぺんぺんの刑』を処するフローラを見ながら、ルイズはため息をついた。
丸出しにされたギーシュの尻に興味津々の女子や、腹を抱えて笑い転げる男子どもが周囲を埋め尽くす中、ルイズの心中は暗澹たるものが渦巻いていた。
――結局あれは、力ある者の同情の言葉でしかなかったのか。
教室での彼女の言葉が、脳裏に蘇る。いつか報われると自分を励ましてくれたフローラの言葉は、彼女の持つ『力』を見たその瞬間、途端に薄っぺらいものに感じた。
あれだけの力がある彼女は、力を持たない自分の気持ちなど、表面的な理屈でしかわからないだろう。力を持たずに惨めな思いをし続けている自分の気持ちなど、真にわかろうはずもない。
そしてそんな者からかけられる言葉など、とうに聞き飽きていた。それを言った者たちは、誰も彼もが、最後にはルイズを見捨てていた。フローラもその例に漏れないだろうと、ルイズは思う。
実際はフローラも、かつては夫の力になれない貧弱な自分を呪ったことがあり、現在身につけた力はその時の苦難を乗り越えたがゆえのものなのだが――無論、ルイズにそれを知る由はない。
ルイズはもう一度ため息をついてきびすを返し、歓声に沸くヴェストリの広場を、肩を落として去って行った。
――去り際、『お仕置き』によって痛みと羞恥に悶えるギーシュを羨ましそうに見てる、一匹の『豚』を蹴飛ばしつつ。
「「…………」」
所変わって学院長室――『遠見の鏡』で状況を見ていたオスマンとコルベールは、絶句していた。
「……いやはや」
「これはなかなか……面白い嬢ちゃんじゃのう……あのグラモンの息子を……」
「あれほどの辱めを与えて、問題にならなければ良いのですが……いや、彼女の後ろにいるのはヴァリエール公爵家ですから、その心配もないですかな?」
「そういった打算があるようにも思えぬがのう……まあ、こんなくだらないことで、家を挙げてしゃしゃり出てくることもなかろうが」
「そもそも、一体何者なんでしょうか?」
コルベールのその問いに、オスマンの眉がピクリと動いた。
彼は目を閉じ、数秒だけ黙考し――そして、ゆっくりと口を開く。
「……あの『火』、おぬしもわかったであろう? 『炎蛇』のコルベール君?」
「ええ。彼女の放った『火』の魔法は……杖を媒介としていませんでした」
オスマンの問いに、コルベールは重い声音で答えた。その返答に、オスマン老は頷く。
「うむ。あの場に集まったガキどもで、それに気付いた者がいたかどうか……」
「あれは先住魔法なのでしょうか?」
「いや、行使した力は精霊の力ではなかった。先住魔法ではあるまいて。じゃが、わしらの知っている魔法ではないのも事実……『メラミ』『ベギラマ』などという魔法は、聞いた覚えもなかろう?」
「ええ」
オスマンの問いに、コルベールは頷いた。
だが、系統魔法でも先住魔法でもないならば、彼女の使っていた魔法は一体何なのか――興味が湧くと同時、恐怖も湧く。未知というのは、えてしてそういうものだ。
「『ヴィンダールヴ』の件も含め、ミス・ヴァリエールの使い魔とその縁者には、注意が必要じゃな」
「王宮に報告できない理由が、また一つ増えましたな」
「まったく、厄介なことじゃ」
オスマンは眉根を寄せてそう言い、水ギセルをくわえた。
日は変わり、その翌日――ルイズは教室で、注目を集めていた。
思い起こすのは昨晩のこと。昨日は決闘騒ぎの後、特に大過なく一日を過ごし、リュカがフローラを迎えに来る時間を迎えたのだが――その際、ルイズはリュカに怒鳴りつけたものである。使い魔が主人の元を離れるとは何事か、と。
そもそも、代理を立てるというリュカの案を、ルイズが認めた覚えはなかった。この日のフローラにしたって、ルイズが認めようとしないところを無理矢理に押し付けられたようなものである。
だから、明日からは代理を立てようなんて思うな――と、そう言おうとしたのだが。
「なら、まともに使い魔らしい使い魔を用意できるんだったら、どうかな?」
そう言われた途端、「え?」とルイズの動きが止まった。その直前、フローラがリュカに何事か耳打ちしていたので、それが関係するものと思われたが――この平民(?)は、一体何を言ってるのだろう?
そんなルイズの疑問を察したのか、リュカはにこりと笑って続けた。
「呼び出されるのは人間とばかり思ってたから、フローラを連れてきたんだけど……どうやら、失敗だったみたいだね。でも、明日からはちゃんとしたモンスターを連れてくるよ」
モンスター? え? なに? もしかして幻獣を連れて来れるの?
そんな困惑と期待の入り混じったルイズの視線に、リュカは自信たっぷりに頷いてみせた。「みんなの注目を集められる使い魔を連れてくるよ」と。
ルイズはその言葉に、内心で小躍りしたくなった。だがそれを表に出すのは、ルイズのプライドが許さない。第一、どんな幻獣を連れて来ようと、リュカが本来の使い魔である事実は覆らないのだ。
しかし、幻獣を連れて来れるというのは、なかなかに魅力的ではある。そこでルイズは、「私が納得するような使い魔を連れて来れたら、代理を立てるのは認めてあげるわ!」と、内心を隠しつつ居丈高に返したものだ。
で、その結果――確かにこの日、周囲の注目は集められた。クラスメイトたちの目が輝き、羨望の眼差しが向けられている。
が――
「……天然? ねえ、天然なの? あの夫婦、一体何考えてんの?」
当のルイズは、まったく嬉しくなさそうだった。『こんな使い魔』をチョイスしたその基準に、頭が痛くなる思いである。
確かに、人間などではない。『コレ』を生物にカテゴライズして良いものかどうかは判断がつきかねるが、自意識を持っているのなら使い魔と呼んでも差し支えはないだろう。
そういった意味では、『コレ』は及第点をクリアして余りある、珍しい使い魔であった。それ自体に不満はない。不満はないのだが――
「だから、私が集めたい注目は、こんなんじゃないのよぅ……」
ぼやき、だばーっと目の幅一杯に涙を流すルイズ。
そんなルイズの目の前にいるのは――
――顔のついた袋を中心として舞い踊る、色とりどりの宝石たち。
そう――彼こそが宝石のモンスター“踊る宝石”、その名もジュエル。ルイズが集めている視線は、要するにただの物欲の視線であった。
「……あのさジュエル、少しおとなしくしててくれないかしら?」
「♪」
しかし『かしこさ:5』のジュエルは、ルイズの命令を聞くことはなかった。
結局その日一日、物欲しそうな視線がルイズに注がれ続けることになり、ルイズはとりあえずリュカを一発殴ろうと心に決めたのであった。
――ちなみにキュルケの視線が一番怖かったのは、ルイズだけの秘密である。
#navi(日替わり使い魔)
#navi(日替わり使い魔)
――学院長室――
「これは大発見ですぞ!」
息せき切って学院長室に乗り込んできたのは、先日使い魔召喚の儀式を監督していた頭の眩しい教師、コルベールであった。
彼が興奮しきった様子で手元の資料と先日のスケッチを学院長のオールド・オスマンに見せると、オスマンは秘書のミス・ロングビルを部屋から退出させ、詳しく話を聞いた。
――そこでコルベールが言ったことは、ルイズの召喚した平民の右手に現れたルーンが、伝説の『虚無』の使い魔『ヴィンダールヴ』のものに酷似しているということ。
神の右手ヴィンダールヴ。心優しき神の笛。伝説の再来かと興奮し、王室に報告すべきと主張するコルベールに、しかしオスマンは首を縦に振らない。
そんなことを公にすれば、ロクでもないことになる。オスマンはそう言ってコルベールに緘口令を敷き、話を打ち切った。
と――ちょうどその時、学院長室の扉がノックされた。扉越しに誰かと問いかけると、返ってきたのは先ほど退出させたばかりのミス・ロングビルの声であった。
彼女はそのまま、扉越しに報告を始める。いわく、学院の生徒がヴェストリの広場で決闘騒ぎを起こしているとのこと。
「で、誰が暴れとるんだね?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン」
その返答に、オスマンは一つため息をついた。あの好色漢ならば、おおかた女絡みであろうと当たりをつける。だが――その決闘の相手は、彼をして想像もできない相手であった。
「相手は誰じゃ?」
「それが、生徒ではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の妻を名乗る、身元不明の淑女です。名前は確か……フローラ。教師達は決闘を止めるため、『眠りの鐘』の使用許可を求めてます」
その報告内容を聞いて、オスマンとコルベールは驚いて目を丸くしたが――すぐに表情を引き締める。
そして彼は杖を振るった。すると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリの広場の様子が映し出された。
そこに映し出されたのは、対峙するギーシュとフローラ。彼女は戸惑うどころか泰然とした態度でギーシュを見据え、むしろギーシュの方こそが戸惑っているように見える。
「なるほど、可愛ええ娘じゃのう。グラモンとこのバカ息子はよく自分を薔薇にたとえると聞くが、彼女の方こそが薔薇と呼ばれるに相応しいの」
「ええ。確かに美しい……言うなれば白薔薇と言ったところですか。しかし見たところ、華奢な見た目に反して随分と肝が据わってるようですな」
「うむ」
(『ヴィンダールヴ』の妻……か。彼の素性を測る一端にはなろうかの?)
一目見た彼女の印象をコルベールと小声で言い合うと、オスマンはこの決闘をとりあえず見守ってみることにした。
「アホか。たかが子供のケンカを止めるのに、わざわざ秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
オスマンがそう告げるとミス・ロングビルは頷き――
「ああ、そうじゃ。ミス・ロングビル」
去ろうとする前に、扉の向こうの彼女を呼び止めた。
「後で鍵を渡すから、宝物庫に異常がないか調べてみてくれんか?」
「……わかりました」
ほんの少しの沈黙の後、彼女はもう一度頷き、今度こそ去って行った。
そしてオスマンとコルベールは、揃って鏡に映し出された映像に見入る。
(それにしても……なんで宝物庫にあるはずの『奇跡の杖』が、彼女の手にあるんじゃ……?)
その映像を見るオスマンは、隣のコルベールに悟られない程度に、その視線に疑惑の色を浮かべていた。
その日、ヴェストリの広場の真ん中で、ギーシュは困惑しながら自問していた。
なぜ、こんなことになったのか――と。
そんな彼の目の前には、にこにこと微笑を絶やさない青い髪の淑女の姿。だが、彼を含め、その場の誰もがわかっている――その笑顔が偽りだということを。彼女のこめかみに小さく浮かんでいる怒りのマークが、その証拠である。
「それでは始めましょうか?」
「い、いや、そうは言ってもだね……」
「あなただって承諾しましたでしょうに。お互いに譲れないものがありましたからこうなった。そうでしょう?」
「う……し、しかしだね、やはりこんなのは間違ってる。貴族が平民に頭を下げるなど……」
「私はそれを間違ってますと言ってるんです」
事ここに来てなお、二人の言い分は平行線であった。
そう――事の始まりは、食堂で昼食を摂っていた時のこと。気の利かない平民のメイドのせいでギーシュの二股がバレてしまい、手痛い平手打ちを受けた上に頭からワインをぶっかけられた。
無論、ギーシュはその責任をメイドに押し付け、叱責しようとしたのだが――そのメイドは、よくよく見てみれば平民にしておくのが惜しいぐらいに可愛かった。
そこでギーシュは、薔薇たる自分の身の回りの世話をする役目――要するに自分専属のメイド――になることで無礼を手打ちにしようと考え、それを伝えた。
平民からしてみれば、貴族に気に入られるのは立身出世のチャンス。粗相をした相手にこんなチャンスをくれてやるとは、僕はなんて寛大なのだろう――自身の考えに酔った彼は、相手は諸手を上げて喜ぶだろうと、疑いもしなかった。
……だが、返ってきたメイドの反応は、ただ怯えるばかり。
なぜ? どうして? WHY? こんな栄誉、そうそうあるもんじゃないのに――ギーシュがメイドのそんな予想外の反応に戸惑っているうち、彼の元にフローラがやってきた。
「悪いのはあなたの方でしょう? あなたの方が、この子に謝るべきですわ」
彼女はそう言って、ギーシュを責めた。
よく見れば彼女は、『ゼロ』のルイズが呼び出した平民――その妻を自称して夫の代理と主張する、確かフローラとかいう名の女性だった。
無論のこと、貴族であるギーシュが平民に頭を下げるなど、あってはならない。
見ればその女性は、マントこそ着用してないが、その身なりや立ち居振る舞いは貴族のそれだ。同じ貴族ならば話せばわかると思って言い訳したのだが――それも通用せず、話はこじれることとなってしまった。
そして双方平行線となったところで、 「ならば決闘でもしますか? マドモアゼル」 などと冗談交じりに言ったところ、 「それであなたが納得するのでしたら」 と真面目に返されてしまった。
周りにも囃し立てられ、今更前言を翻すこともできず――あれよあれよと話は進み、気付けばこんなところでその女性と対峙することとなってしまった。
「……薔薇は多くの人を楽しませるために咲くもの。その薔薇たる僕が、女性を傷付けることなど……」
誇りある貴族の子弟として、女性に手を上げるなどもっての他。ましてや自分は、他のどの男よりも女性に対して真摯であると自負している。……あくまでも自負であって、他人から見ての評価ではないが。
そんな自分が女性と決闘するという現在の状況に、ギーシュは苦々しい思いが顔に出るのを抑えられない。そもそもあのメイドにしても、怯えさせるつもりなど微塵もなかったのだ。
だが、そんなギーシュに対し、対峙するフローラは――
「お気になさらないでください。こう見えても私、それなりに戦いの経験はございますので。傷を受けることを気にするような初心(うぶ)な時期は、結婚してあの人と一緒になった時に、既に過去のものとなってます」
と、平然と返した。
どうやら、引く気は微塵もないようである。ギーシュは諦観の篭ったため息をこっそりとつき、そこでようやっと自身の杖たる薔薇の造花を手に取った。
「仕方ありません……では、始めるとしましょう。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュです」
「フローラです。二つ名はありません」
ギーシュの名乗りに律儀に答え、フローラは優雅に頭を下げてから、杖を構えた。
※以下、『戦火を交えて』をBGMに、ダイジェストでお送りします。
ギーシュが あらわれた!
フローラは にっこりと ほほえんでいる。
ギーシュは れんきんを となえた!
ワルキューレが あらわれた!
フローラは メラミを となえた!
ワルキューレに 78の ダメージ!
ワルキューレを たおした!
ギーシュは おどろき とまどっている。
フローラは にっこりと ほほえんでいる。
ギーシュは れんきんを となえた!
ワルキューレAが あらわれた!
ワルキューレBが あらわれた!
ワルキューレCが あらわれた!
ワルキューレDが あらわれた!
ワルキューレEが あらわれた!
ワルキューレFが あらわれた!
フローラは ベギラマを となえた!
ワルキューレAに 38の ダメージ!
ワルキューレAを たおした!
ワルキューレBに 37の ダメージ!
ワルキューレBを たおした!
ワルキューレCに 34の ダメージ!
ワルキューレCを たおした!
ワルキューレDに 42の ダメージ!
ワルキューレDを たおした!
ワルキューレEに 41の ダメージ!
ワルキューレEを たおした!
ワルキューレFに 36の ダメージ!
ワルキューレFを たおした!
ギーシュは せんいを うしなった。
「続けますか?」
にっこりとほほ笑んで問いかけるフローラに、腰を抜かしてへたり込むギーシュは、無言で首を横に振った。
周囲はしーんと静まり返っている。あまりにも一方的なワンサイドゲームに、ギャラリーも理解が追いついてないようだった。
が、やがて――
「……『火』のトライアングル?」
一人がぼそりとこぼした呟きに、周囲がざわめき始める。「スクウェアかもしれないぞ!」だの、「詠唱は聞こえたか?」だの、「高位のメイジならいつの間にか詠唱終わらせてるもんだ」だの、議論が巻き起こる。
やがてその議論は、誰ともなしに一つの疑問へと収束する。すなわち――「彼女は何者か?」という疑問だ。
「あ、あなたは一体……?」
「ただの主婦ですわ」
ギャラリーを代表して、というわけではないだろうが、ギーシュがフローラを見上げて尋ねた。だが彼女は、平然とした様子でそう答えを返した。
実際、彼女自身にとって自分の素性とは、リュカの妻以上でも以下でもないのだろう。それで答えは全てとばかりに「では、私の勝ちですわね」と早々に話題を変え、ギーシュの傍に歩み寄った。
「私が勝ったなら……わかりますね?」
「……僕があのメイドに謝ればいいのかい?」
「あの子だけではありませんわ。モンモランシーさんとケティさん……でしたっけ? あの子たちにも、ちゃんと謝っておいてくださいね」
その言葉に、ギーシュはハッとした顔になった。ギャラリーに紛れて事態を見ていた当のモンモランシーとケティも、フローラの言葉に驚いた顔になっている。
「女の子を泣かす男の人は、最低ですよ?」
そう言って、子供を叱るように「めっ!」と言ってしかめっ顔を寄せてくるフローラに、ギーシュは思わず言葉に詰まる。
「お返事は?」
「は、はい……」
「よろしい」
戸惑いつつも頷くギーシュに、フローラは満面の笑みを浮かべた。そして、ギーシュの方に手を差し出す。
立ち上がる手助けをしようというのか――女性にそんなことをさせるのにギーシュは自分を情けなく感じるも、負けたのは自分だと言い聞かせ、素直にその手を取ろうとした。
が――不意に、その手がすり抜けた。
「え?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
気が付けば、ギーシュは地面にへたり込んだ姿勢から、フローラの手によって四つん這いの格好にさせられていた。
「それはそれとして、おイタをした子には、『お仕置き』が必要ですよね」
「え?」
フローラが口にした言葉を、ギーシュは理解することができなかった。
おイタ? お仕置き? もう決着はついたはずではなかったのか? 彼女は自分に、この上何を要求すると言うのか?
嫌な予感が急速に膨れ上がってくる。それを回避するために立ち上がろうとするも、フローラに背中を押さえつけられ、それもままならない。
「あ、あの、ミセス・フローラ?」
「私、実を言いますと、子供をお仕置きしたことがありませんの。うちの子供たちったら、私が言うのもなんですが、とっても良い子たちで……親としては、もっと困らせてもらいたいものなんですけど」
「そういうものなのでしょうか……? というか、それとこれとどんな関係が」
「私も小さい頃は、姉さんの影響を受けて結構やんちゃしたものです。そのたびにお母様に怒られて、お仕置きされたものですわ。でも私の方が親になっても、そんなお仕置きは、ついぞしたことがないんですの」
「いや、だから何の関係が」
フローラの話に、この状況との因果関係を掴めずに困惑するギーシュ。
……だが、実際のところは予測が立っている。しかしそれは、否定してもらいたい類の予測であった――この歳になってそれは勘弁してほしい。ゆえに、「違っていてほしい」という淡い願望を込めて、尋ねているのだ。
が――
「……おイタをした子には、『お仕置き』が必要ですよね?」
――現実は、厳しい。
『うきうき』とか『わくわく』という擬音が一番しっくりくるような満面の笑みと共に、もう一度繰り返されたその台詞が、全てを物語っていた。それを見たギーシュの顔が、途端に青くなる。
「や、やめ――」
「えい」
ぺろん、と。
ギーシュの制止の声も遮られ、フローラは容赦なくギーシュのズボンをずり降ろし、尻を丸出しにさせた。周囲の女子たちから、黄色い歓声が沸き起こる。
そして――『パァーンッ!』という平手打ちの音と、「アッー!」というギーシュの悲鳴が、ヴェストリの広場に響き渡った。
「…………はぁ」
嬉々としてギーシュに『おしりぺんぺんの刑』を処するフローラを見ながら、ルイズはため息をついた。
丸出しにされたギーシュの尻に興味津々の女子や、腹を抱えて笑い転げる男子どもが周囲を埋め尽くす中、ルイズの心中は暗澹たるものが渦巻いていた。
――結局あれは、力ある者の同情の言葉でしかなかったのか。
教室での彼女の言葉が、脳裏に蘇る。いつか報われると自分を励ましてくれたフローラの言葉は、彼女の持つ『力』を見たその瞬間、途端に薄っぺらいものに感じた。
あれだけの力がある彼女は、力を持たない自分の気持ちなど、表面的な理屈でしかわからないだろう。力を持たずに惨めな思いをし続けている自分の気持ちなど、真にわかろうはずもない。
そしてそんな者からかけられる言葉など、とうに聞き飽きていた。それを言った者たちは、誰も彼もが、最後にはルイズを見捨てていた。フローラもその例に漏れないだろうと、ルイズは思う。
実際はフローラも、かつては夫の力になれない貧弱な自分を呪ったことがあり、現在身につけた力はその時の苦難を乗り越えたがゆえのものなのだが――無論、ルイズにそれを知る由はない。
ルイズはもう一度ため息をついてきびすを返し、歓声に沸くヴェストリの広場を、肩を落として去って行った。
――去り際、『お仕置き』によって痛みと羞恥に悶えるギーシュを羨ましそうに見てる、一匹の『豚』を蹴飛ばしつつ。
「「…………」」
所変わって学院長室――『遠見の鏡』で状況を見ていたオスマンとコルベールは、絶句していた。
「……いやはや」
「これはなかなか……面白い嬢ちゃんじゃのう……あのグラモンの息子を……」
「あれほどの辱めを与えて、問題にならなければ良いのですが……いや、彼女の後ろにいるのはヴァリエール公爵家ですから、その心配もないですかな?」
「そういった打算があるようにも思えぬがのう……まあ、こんなくだらないことで、家を挙げてしゃしゃり出てくることもなかろうが」
「そもそも、一体何者なんでしょうか?」
コルベールのその問いに、オスマンの眉がピクリと動いた。
彼は目を閉じ、数秒だけ黙考し――そして、ゆっくりと口を開く。
「……あの『火』、おぬしもわかったであろう? 『炎蛇』のコルベール君?」
「ええ。彼女の放った『火』の魔法は……杖を媒介としていませんでした」
オスマンの問いに、コルベールは重い声音で答えた。その返答に、オスマン老は頷く。
「うむ。あの場に集まったガキどもで、それに気付いた者がいたかどうか……」
「あれは先住魔法なのでしょうか?」
「いや、行使した力は精霊の力ではなかった。先住魔法ではあるまいて。じゃが、我らの知っている魔法ではないのも事実……『メラミ』『ベギラマ』などという魔法は、聞いた覚えもなかろう?」
「ええ」
オスマンの問いに、コルベールは頷いた。
だが、系統魔法でも先住魔法でもないならば、彼女の使っていた魔法は一体何なのか――興味が湧くと同時、恐怖も湧く。未知というのは、えてしてそういうものだ。
「『ヴィンダールヴ』の件も含め、ミス・ヴァリエールの使い魔とその縁者には、注意が必要じゃな」
「王宮に報告できない理由が、また一つ増えましたな」
「まったく、厄介なことじゃ」
オスマンは眉根を寄せてそう言い、水ギセルをくわえた。
日は変わり、その翌日――ルイズは教室で、注目を集めていた。
思い起こすのは昨晩のこと。昨日は決闘騒ぎの後、特に大過なく一日を過ごし、リュカがフローラを迎えに来る時間を迎えたのだが――その際、ルイズはリュカに怒鳴りつけたものである。使い魔が主人の元を離れるとは何事か、と。
そもそも、代理を立てるというリュカの案を、ルイズが認めた覚えはなかった。この日のフローラにしたって、ルイズが認めようとしないところを無理矢理に押し付けられたようなものである。
だから、明日からは代理を立てようなんて思うな――と、そう言おうとしたのだが。
「なら、まともに使い魔らしい使い魔を用意できるんだったら、どうかな?」
そう言われた途端、「え?」とルイズの動きが止まった。その直前、フローラがリュカに何事か耳打ちしていたので、それが関係するものと思われたが――この平民(?)は、一体何を言ってるのだろう?
そんなルイズの疑問を察したのか、リュカはにこりと笑って続けた。
「呼び出されるのは人間とばかり思ってたから、フローラを連れてきたんだけど……どうやら、失敗だったみたいだね。でも、明日からはちゃんとしたモンスターを連れてくるよ」
モンスター? え? なに? もしかして幻獣を連れて来れるの?
そんな困惑と期待の入り混じったルイズの視線に、リュカは自信たっぷりに頷いてみせた。「みんなの注目を集められる使い魔を連れてくるよ」と。
ルイズはその言葉に、内心で小躍りしたくなった。だがそれを表に出すのは、ルイズのプライドが許さない。第一、どんな幻獣を連れて来ようと、リュカが本来の使い魔である事実は覆らないのだ。
しかし、幻獣を連れて来れるというのは、なかなかに魅力的な提案ではある。そこでルイズは、「私が納得するような使い魔を連れて来れたら、代理を立てるのは認めてあげるわ!」と、内心を隠しつつ居丈高に返したものだ。
で、その結果――確かにこの日、周囲の注目は集められた。クラスメイトたちの目が輝き、羨望の眼差しが向けられている。
が――
「……天然? ねえ、天然なの? あの夫婦、一体何考えてんの?」
当のルイズは、まったく嬉しくなさそうだった。『こんな使い魔』をチョイスしたその基準に、頭が痛くなる思いである。
確かに、人間などではない。『コレ』を生物にカテゴライズして良いものかどうかは判断がつきかねるが、自意識を持っているのなら使い魔と呼んでも差し支えはないだろう。
そういった意味では、『コレ』は及第点をクリアして余りある、珍しい使い魔であった。それ自体に不満はない。不満はないのだが――
「だから、私が集めたい注目は、こんなんじゃないのよぅ……」
ぼやき、だばーっと目の幅一杯に涙を流すルイズ。
そんなルイズの目の前にいるのは――
――顔のついた袋を中心として舞い踊る、色とりどりの宝石たち。
そう――彼こそが宝石のモンスター“踊る宝石”、その名もジュエル。ルイズが集めている視線は、要するにただの物欲の視線であった。
「……あのさジュエル、少しおとなしくしててくれないかしら?」
「♪」
しかし『かしこさ:5』のジュエルは、ルイズの命令を聞くことはなかった。
結局その日一日、物欲しそうな視線がルイズに注がれ続けることになり、ルイズはとりあえずリュカを一発殴ろうと心に決めたのであった。
――ちなみにキュルケの視線が一番怖かったのは、ルイズだけの秘密である。
―――おまけ―――
――フローラがギーシュと決闘した後、リュカが迎えに来る少し前――
「ねえ、フローラ。あなたとリュカの馴れ初めって、どんなだったの?」
「馴れ初め、ですか? それは――」
ふと思い付いたルイズの問いに、フローラは顎に人差し指を当てながら答える。
彼女が語る、その内容は――
フローラがあらわれた!
フローラのこうげき!
リュカに 1のダメージを あたえた!
リュカのこうげき!
フローラに 57のダメージを あたえた!
フローラを たおした!
フローラを やっつけた!
それぞれ 1のけいけんちを かくとく!
1ゴールドを てにいれた!
なんとフローラがおきあがり およめさんになりたそうに こちらをみている!
およめさんにしてあげますか?
はい
l>いいえ
それをすてるなんて とんでもない!
およめさんにしてあげますか?
はい
l>いいえ
それをすてるなんて とんでもない!
およめさんにしてあげますか?
l>はい
いいえ
フローラが およめさんになった!
フローラはうれしそうに けっこんしきのじゅんびに はしっていった!
「――というようなことがありまして」
「それ、絶対嘘でしょう?」
ルイズの冷ややかなツッコミに、フローラは「てへっ」と気恥ずかしげに小さく舌を出した。
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