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「虚無のパズル-08」(2009/01/10 (土) 06:33:51) の最新版変更点
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#navi(虚無のパズル)
学院長室で、オスマン氏は戻った4人の報告を聞いていた。
「ふむ……まさかミス・ロングビルが『土くれのフーケ』じゃったとはな……美人だったもので、ろくに身の上も調べず秘書にしてしまったのじゃが……」
「死んだ方がいいのでは?」
コルベールの容赦ないツッコミと、生徒たちの冷たい視線に晒されて、オスマン氏は誤魔化すように咳払いをした。
「おほん。……さて、君たちはよくぞフーケを捕まえ、『禁断の鍵』を取り戻してくれた。フーケは城の衛士に引き渡し、『禁断の鍵』は無事宝物庫に収まるじゃろう。一件落着じゃ」
オスマン氏は、一人ずつ頭を撫でた。
「君たちの『シュヴァリエ』爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。と言っても、ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
三人の顔が、パアッと輝いた。
ルイズはおずおずと、オスマン氏に尋ねる。
「オールド・オスマン。ティトォには、何かないんですか?」
「残念ながら、彼は貴族ではない」
「そんな」
フーケを捕まえられたのは、ティトォのおかげだ。それなのに……
「いいんです。ぼくは何もいりませんよ」
ティトォがそう答えると、オスマン氏はぽんぽんと手を打った。
「さてと、今夜の晩は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり『禁断の鍵』も戻ってきたし、予定通り執り行う」
キュルケの顔がぱっと輝いた。
「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」
「今夜の主役は君たちじゃ。用意してきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
三人は、礼をするとドアに向かった。
ルイズは、ティトォをちらっと見つめた。そして、立ち止まる。
「先に行ってていいよ」
ティトォは言った。ルイズは少し躊躇したが、やがて頷いて出て行った。
オスマン氏はティトォに向き直った。
「何か、私に聞きたいことがおありのようじゃの。言ってごらんなさい。爵位は授けられぬが、せめてものお礼じゃ。できる限りの力は貸そう」
それからオスマン氏は、コルベールに退室を促した。
わくわくしながらティトォの話を待っていたコルベールは、しぶしぶ部屋を出て行った。
コルベールが出て行くと、ティトォは口を開いた。
「ぼくは、こっちの世界の人間ではありません」
「ふむ、こちらの世界とは?」
「ぼくが元いた場所は、こことはまったく違った世界でした」
「本当かね?」
「本当です。ぼくはルイズの『召喚』によって、こちらの世界に呼ばれたのです」
「ふうむ」
オスマン氏は目を細めた。
「しかし、ミス・ヴァリエールが呼び出したのは小さな女の子だったはずじゃが」
ここまで来たら、隠したままではいられないだろう。意を決して、ティトォは口を開く。
「アクア。……ルイズが最初に呼び出した女の子のことです。アクアは今は眠っています。ぼくの身体の中で」
「どういうことじゃね?」
「ぼくたちのこの『不死の身体』には、三人の魂が宿っています。ルイズが召還したアクアと、ぼく、そしてもう一人、プリセラという女性の魂が。死ぬと、『存在そのものが入れ替わる』……『存在変換』を繰り返して、ぼくたちは長い時を生きてきました」
「なんと……」
オスマン氏は、しばし言葉を失った。
200歳とも300歳とも言われるオスマン氏。しかし目の前のまだ年若い少年も、およそ100年以上の時を過ごしてきているのだろう。
「なるほど、その人形のような瞳。奇妙な魔力を感じる身体。普通の人間ではないと思っておったが……いやはや」
「『禁断の鍵』の魔法は、この世界の系統魔法とは明らかに違っています。あれは、ぼくたちの世界の魔法に近い物です」
ティトォは話を続ける。
「ぼくたちの世界では、魔法を身につけることはとても難しいんです。魔力の組み立ては、偶然じゃできません。知識だけでもできません。何年にも及ぶ経験が必要なんです」
ティトォはオスマン氏の机の上に置かれた『マスターキィ』を手に取る。
「しかし、潜在する魔力の高い人間……ぼくたちは『マテリアル使い』と呼んでいます。……それを一発で魔法使いにする方法があります。あらかじめ魔法の力が込められた魔法器具を使うことです」
ティトォはマスターキィを、机の上でかちかちと鳴らす。
「ぼくはこの『禁断の鍵』いえ、『マスターキィ』によく似た魔法器具をいくつも見たことがあります。魔力を打撃力に変換する棒や、魔力を稲妻に変換する鎚。この『マスターキィ』をここに持ってきたのは、誰なんですか?」
オスマン氏は、ため息をついた。
「それはこの魔法学院が設立された時から、ここの宝物庫に収まっていたものじゃよ。もう何十年も前の話じゃ」
「何十年も前から?そんな」
「本当じゃよ。それよりもさらに昔。それこそ何百年も前には、『禁断の鍵』……いや、『マスターキィ』と言うのかな。この魔法の使い手がおったのじゃ。しかし、その使い手が亡くなって以来、誰もこれを扱えなくなってしまった。
しかし強力なマジックアイテムには違いあるまい、こうして宝物庫に秘蔵されてきたと言うわけじゃ」
「魔法器具は、複雑な魔力の組み立てをすべて自動的にやってくれます。しかし、その魔法に適正のある者にしか、使うことはできないんです」
「なんと、そうじゃったのか……」
さらに、ティトォは質問を続ける。
「分からないことがあります。マスターキィへの『適正』は、ぼくにもないはずなんです。それなのに、ぼくはマスターキィを使うことができた。
それだけじゃありません。マスターキィを手にした瞬間、魔法の使い方や、マスターキィに関する情報のすべてが頭に浮かんできたんです」
「ふむ、それはおそらく……」
オスマン氏は、話すべきかどうかしばし悩んだ後、口を開いた。
「それはおそらく『ミョズニトニルン』の力じゃろう。おぬしの額のルーン、それは『ミョズニトニルン』の印じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ」
「伝説の使い魔?」
「そうじゃ、その伝説の使い魔はありとあらゆるマジックアイテムを自在に操ることができたという。おぬしがマスターキィを使えたのも、そのおかげじゃろう」
ティトォは首を傾げる。
「なぜそんなルーンがぼくに?」
オスマン氏はかぶりを振る。
「わからん。それともうひとつ、ミス・アクアに刻まれたルーンは、同じく伝説の使い魔『ヴィンダールヴ』のものなのじゃ。もしかすると、未だ見ぬミス・プリセラにも、伝説の使い魔のルーンが宿っておるやも知れん。身体を共有しておるのじゃ、ありえん話ではない」
オスマン氏はティトォを見つめた。
「もしかしたら、おぬしらがこちらの世界にやってきたことと、伝説の使い魔の印は、なにか関係しているのかもしれんな。しかしすまんの、詳しいことは私にも何もわからんのじゃ」
ティトォはため息をついた。結局、わからない事だらけだった。
「すまんの。おぬしがどうしてこちらの世界にやってきてしまったのか、私なりに調べてみるつもりじゃ。でも……」
「でも?」
「なにもわからんでも、恨まんでくれよ。なあに、こっちの世界も、住めば都じゃて」
ティトォは再びため息をついた。
アルヴィーズの食堂の上の階が、大きなホールになっている。舞踏会はそこで行われていた。
ホールの中では、綺麗なドレスに見を包んだキュルケが、たくさんの男たちに囲まれて笑っていた。
黒いドレスに見を包んだタバサは、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘している。
皆それぞれに、パーティを満喫しているようだった。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様の、おな~~り~~!」
門に控える呼び出しの衛士の声とともに、ホールの荘厳な扉が開き、ルイズが姿を現した。
ルイズは、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。バレッタでまとめたピンクがかったブロンドの髪が、高貴な雰囲気を演出していた。
胸元の開いたドレスが、ルイズのつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせている。
主役が全員揃ったことを確認した楽士たちが、小さく、流れるように音楽を奏ではじめた。
ルイズの周りには、ダンスを申し込む男たちが群がっていた。
今まで『ゼロのルイズ』とからかって、ノーマークだった女の子の美貌に気付き、いち早くつばを付けておこうと思ったのだ。
ホールでは貴族たちのダンスが始まったが、ルイズは誰の誘いも断った。
ルイズはきょろきょろとホールを見回し、バルコニーにティトォの姿を見つけ、歩き出した。
「住めば都、なんて言ってたけど。確かに、綺麗なところだな」
ティトォはバルコニーに寄りかかり、外の景色を見ていた。
城壁の松明の光が、ぼんやりと魔法学院を照らしている。城壁の外に見える薄暗い森が、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
ティトォは、オスマン氏に頼んで用意してもらった、鉛筆とスケッチブックを鞄から取り出し、その景色をスケッチし始めた。
シャカシャカという鉛筆の音が、ホールの音楽と混ざり合って、独特なリズムを取っていた。
(落ち着くな……こうして静かな中、なにも考えずに筆を走らせる。100年経っても、飽きないな……)
ふと手を止め、スケッチブックに目を落とす。
まるで子供の落書きだった。
いや、子供の方が、まだ絵心があるに違いなかった。
(……100年経っても、上達しないけどね……)
ティトォはちょっと泣きそうになった。
「なに描いてるの?」
ルイズは、ティトォの背中に声をかけた。
ティトォは驚いて、びくりと身をすくませた。
「なんの絵?見せなさいよ」
「だっ……駄目!」
「あなた使い魔でしょ?言うこと聞きなさーいー!」
「駄目だったら、駄目ー!」
ルイズはスケッチブックを掴んだが、ティトォはそれを奪われまいと、必死で引っ張った。
見せろ、駄目、の騒ぎはしばらく続いたが、とうとうお互い疲れ果て、バルコニーにへたり込んでしまった。
肩で息をしながら、ルイズは笑い出した。ティトォはきょとんとしていたが、つられて笑い出した。
ひとしきり笑った後、ルイズはティトォに話しかけた。
「本当に、アクアとは違う人なのね……」
「うん。アクアはアクア、ぼくはぼく。今はぼくだけしか存在できないけど、ちゃんとぼくの中にアクアはいるよ」
「ねえ、ティトォ。あなたは、何者?」
ふいに尋ねられ、ティトォはルイズの顔を見返した。ルイズは真剣な顔をしている。
こうやって、年相応の男の子のように笑っているティトォ。
優しい笑顔をしているティトォ。
かと思えば、平気でわたしに厳しいことを言うティトォ。
そして、ティトォと同じ目をした女の子、アクア。
生意気で、無邪気なアクア。
小さな子供なのに、時々、老婆のように意地の悪いことを言うアクア。
「あなたたちは、何者?」
ルイズはまっすぐにティトォの瞳を見つめていた。
ティトォはポケットからライターを取り出し、火を付けたり消したりした。
しばらくそうしていたが、やがてルイズに向かって、ゆっくりと語りだした。
「100年前、ある国に、ある三人の人間がいました……」
その三人は傷つき、今にも死にそうでした。
この大地から、その存在を失おうとしていました。
でも、三人はまだ死ぬわけにはいきません。
彼らは罪人だったのです。
死んでも消えないほどの罪を犯した罪人だったのです。
まだ、死ぬわけにはいきません。
でももう彼らには、この大地に存在できる力が、ほとんど残ってません。
三人合わせて、やっとひとり分しか……
そこで三人は、ひとつの身体に、自分たち三つの魂を入れました。
そして三人は、ひとつの身体の中で、生き続けることができました。
しかし、今度は逆に、死ぬことができなくなりました。
まるで、呪いのように……
そして、解けない魔法にかかった三人は
今もその消えない罪を胸に
どこか世界の片隅で、静かに暮らしています……
『残念ながら、もう安息の日々が訪れることはない』
トリステインから遥か遠く、ロマリアの地。
若きロマリアの教皇。
三爪の杖を携えた、がっしりと鍛えた身体を持つ青髪の男。
巨大な鐘を頭に被せた、長い髪の美しい女。
左右異なる色の瞳を持つ、『月目』の少年。
ここからが、不老不死の三人の、
そしてルイズの、本当の大冒険の始まりだった。
第一話:おわり
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