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#navi(虚無のパズル)
ミス・ロングビルが御者をつとめる馬車で、ルイズ、ティトォ、キュルケ、タバサの四人は出発した。
「ミス・ロングビル……手綱なんて、付き人にやらせればいいじゃないですか」
キュルケがロングビルに話しかけると、彼女はにっこりと笑って、答えた。
「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくした者ですから」
キュルケはきょとんとした。
「だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」
「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民だということに、あまりこだわらないお方です」
「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
ミス・ロングビルは優しい微笑みを浮かべた。それは言いたくないのだろう。
「いいじゃないの、教えてくださいな」
キュルケが興味津々と言った顔で、ロングビルににじり寄る。
ルイズがその肩をつかんだ。
「よしなさい。あんたのお国じゃどうか知らないけれど、聞かれたくないことを無理矢理聞き出そうとするのは、トリステインでは恥ずべきことなのよ」
必要以上に刺々しい口調だった。
「なによ、暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃないの」
かちんときたキュルケは、ルイズを睨みつけた。しかしそれっきり、ルイズはむっつりと押し黙ってしまったのだった。
「ヴァリエールったら、出発してからずっと不機嫌ね!あなた、何かご存知?」
キュルケはティトォに尋ねる。ルイズは旅が始まってからというもの、一度もティトォと顔を合わせようとしていなかった。
ルイズとティトォの間に、異様にギスギスとした空気が漂っている。
そしてティトォもまたロングビルと同じように、曖昧な笑みを浮かべるばかりだった。
なにかしら。この馬車には事情を詮索されたくない人ばかりが集まってるのかしら。
キュルケはタバサの方へ席を詰めた。相変わらず口数の少ないタバサだったが、それがひどく落ち着いた。
「あたしの心を安らげるのは、あなただけだわ」
馬車は森の深い場所へと入っていった。鬱蒼とした森は、昼だというのに薄暗く、気味が悪かった。
「ここから先は、徒歩で行きましょう」
ミス・ロングビルがそう言って、全員が馬車を降りた。
みんな、警戒して杖を持っていたが、ティトォだけは魔法学院から持ってきた水筒を肩に下げていた。
「一口ちょうだい?」とキュルケが要求したが、これは飲み物じゃないんだよ、とティトォは断った。
森を通る道から、小道が続いている。
それを辿っていくと、開けた土地に出た。魔法学院の中庭ほどの広さで、なるほど、その真ん中に、今にも崩れそうな廃屋があった。
「あれが?」
「ええ、話に聞いた廃屋でしょう。フーケの隠れ家である可能性が高いと思われます」
ミス・ロングビルが廃屋を指差す。しかし、人が住んでいる気配はまったくない。
フーケはあの中にいるのだろうか?
「とにかく、中を調べないといけないね」
ティトォが意見を述べると、皆頷いた。ルイズだけはそっぽを向いていた。
偵察兼囮として、タバサが名乗り出た。
タバサはすばしこく、シュヴァリエの称号を賜っているだけのことはあり、学院の中でも特に優秀な『トライアングル』であった。
タバサは素早い身のこなしで、小屋に近付く。ちょいと杖を降ると、光る粉が舞い、小屋全体を覆った。
探知の魔法『ディテクトマジック』である。どうやら、罠などの仕掛けはないようだ。
タバサは用心しながら小さく扉を開け、小屋の中へ音もなく滑り込んだ。
他の者たちは茂みに隠れ、緊張した面持ちで杖を構えていた。
どれほどの時間が経ったのか、タバサが再び小屋から出てきた。
「誰もいない」
その言葉に、キュルケとティトォも、小屋の中を調べるために、中に入っていった。
ルイズは外を見張っていると言って、その場に残った。
ミス・ロングビルは、辺りを偵察してきますと、森の中に消えた。
小屋に入ったタバサたちは、手がかりを探しはじめた。
ほどなくして、タバサがチェストの中から、高級そうな装飾の施された小箱を見つけ出した。
「禁断の鍵」
タバサは無造作にその箱を開き、中身を確認して、言った。
「あっけないわね!」
キュルケが叫んだ。
「これが『禁断の鍵』?」
ティトォが尋ねる。
「ええそうよ、あたし、見たことあるもん。宝物庫を見学したとき」
キュルケの言葉に、タバサも頷く。
ティトォは『禁断の鍵』を、まじまじと眺めた。それは一見、シンプルな作りの、ただの鍵のように見えた。
しかしそれは魔力を付与された『マジックアイテム』の一種であることが分かった。
ティトォが『禁断の鍵』を手に取って確かめようとした時、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。
「きゃあああああ!!」
その声に、小屋の中にいた3人は、開け放した小屋の入口を振り返る。
次の瞬間、小屋の屋根が吹っ飛んだ。
屋根がなくなった天井から日の光が差し込み、その光の中から、フーケの土ゴーレムが見下ろしていた。
「ゴーレム!」
キュルケが叫ぶのと同時に、タバサは素早く呪文を完成させた。
自分の身長より大きな杖を振るうと、巨大な竜巻がゴーレムにぶつかった。
遅れてキュルケも呪文を唱え、ゴーレムを火炎に包む。
しかし、風と炎の嵐がおさまったとき、ゴーレムはびくともせずにそこに立っていた。
のろのろとした動作で、3人を踏みつぶすべく、片足を上げた。大きな影が、小屋の中に落ちる。
「無理よこんなの!」
「退却」
タバサはそう呟くと、指をくわえて、ピュウっと口笛を吹いた。
キュルケとタバサは、一目散に逃げ出した。
ティトォは小屋を出ると、外にいたはずのルイズの姿を探した。
いた!
ルイズはゴーレムの背後に立って、杖を構えている。ルイズが呪文を唱えると、ゴーレムの表面が弾けた。
まずい!ルイズに気付いたゴーレムが、身体の向きを変えた。
「逃げろ!ルイズ!」
ティトォは叫び、水筒を手に取る。と、次の瞬間、ゴーレムの背中に氷の矢が突き刺さった。
小屋から逃げ出したタバサが、使い魔の風竜に跨がり、杖を構えていた。小屋を出る時の口笛で、竜を呼ぶ合図をしたのだ。
ゴーレムがそちらに振り向くと、今度はゴーレムの背中を炎が襲った。
反対方向からのキュルケの呪文だ。
「こっちよ!土くれ!」
挟み撃ちの攻撃を受け、ゴーレムはどちらを追いかけるか迷って、うろうろし始めた。
その隙に、再びルイズが呪文を唱える。しかし、杖を降ろうとした手は、駆けつけたティトォによって制された。
「だめだ、ルイズ!」
ルイズの爆発は、ゴーレムの表面を焦がすことしかできないのだ。いくら撃っても、ゴーレムの注意をいたずらに引き付けるだけだった。
「離してよ!あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」
目が真剣だった。
「あんなヤツに勝てるわけないだろ!」
「やってみなくちゃ分かんないでしょ!」
「無理だ!」
ティトォの口調も真剣で、断固とした響きがあった。
ルイズは苦しそうに眉を歪める。
「……あんたの言ってることくらい、わたしだって分かってるわよ。魔法の使えない貴族。最初っから、わたしにできることなんてなかったの」
「だったら」
「でも!だからって、逃げられないのよ!わたしにだって、ささやかだけど誇りがあるの!決して敵に後ろを見せない、貴族の誇りが!ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」
最後の方は、ほとんど泣き叫ぶようになっていた。
ルイズは肩を震わせ、ふたたび呪文を唱える。しかしティトォは、自分の手をルイズの手に添え、また杖を下げさせた。
「ルイズ、だったら、きみがここでゴーレムに立ち向かって死んだら、きみの名誉が回復するのかい?」
ティトォは、優しく諭すように言った。
ルイズは、ぐっと俯くと、ぽろぽろと涙をこぼした。
「だって……だってわたし、魔法が使えないの。……これで、誇りまでなくしたら、わたし本当に貴族じゃなくなっちゃう……」
めそめそと力なく泣き続けるルイズの背中を、ティトォはぽんぽんと叩いてやった。
誇り。魔法の使えないルイズは、『貴族のプライド』だけを足がかりに、クラスメイトの嘲笑と戦ってきたのだった。
出発の前、ルイズの無鉄砲を諌めようと口にした言葉が、ルイズのその『プライド』をひどく傷付け、思い詰めさせてしまったのだろう。
端正な顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣くルイズを見て、ティトォは胸がちくりと痛んだ。
しかしそんな感傷に浸っている時間はなかった。ゴーレムがふたりを踏みつぶそうと、足を上げてきたのだ。
遠くから魔法を撃つキュルケとタバサよりも、まずは足下のふたりを片付けようとしたのだろう。
ティトォは慌ててルイズを抱え上げ、その場を離れた。ゴーレムの足が地面に打ち付けられ、煙と小石のつぶてが舞った。
ゴーレムは地響きを上げて,ふたりを追いかけてくる。
逃げるふたりの前に、タバサの風竜シルフィードが舞い降りた。
「乗って!」
背中に跨がったタバサが叫ぶ。そこにはキュルケもいて、ルイズを竜の背中に引き上げた。ティトォが乗り込むと、ゴーレムが迫りくる間一髪のところで、シルフィードは宙へと飛んだ。
シルフィードはぐんぐん高度を上げ、ゴーレムの頭の上を、ぐるりと大きく旋回した。
「やれやれ、助かったわね」
キュルケがほっとした声で言って、こちらを見上げてうろうろするゴーレムを見下ろした。
「さて、これからどうする?」
「撤退。『禁断の鍵』は取り戻した」
タバサは、『禁断の鍵』の装飾ケースを軽く降ってみせた。
残念そうにキュルケが同意する。
「そうね、フーケを見逃すのは悔しいけど、あの土のゴーレムにはちょっとかなわないもの。ああ、ミス・ロングビルはどこに行ったのかしら?」
タバサは、偵察に出たはずのミス・ロングビルを探したが、森に隠されて、ミス・ロングビルの姿はなかなか見つかりそうになかった。
ティトォは、しゃくり上げるルイズの、髪の土ぼこりを手で払いながら、言った。
「待って。ぼくに、フーケを倒すための考えがある」
キュルケは驚いて、ティトォの顔を見る。
ティトォは、ハンカチを取り出して、ルイズの顔の泥を拭ってやった。
ゴーレムが飛ばした石つぶてで、ルイズの頬に小さな傷が付いていた。
ティトォは懐からライターを取り出し、魔法の炎でその傷を消した。
「無茶よ!あなたの魔法は、回復魔法じゃない。それでどうやって、あのゴーレムに立ち向かうというの?」
ティトォが最後にルイズにハンカチを渡すと、盛大な音を立てて、ルイズは洟をかんだ。
「大丈夫、考えがあるんだ」
そうティトォは繰り返す。
ティトォはルイズの顔を覗き込むようにして、言った。
「ルイズ、言ったよね。『メイジの実力をはかるには、使い魔を見ろ』って。ぼくが、きみがゼロでないことの証明をしてみせるよ」
ティトォが傷付けてしまったルイズのプライドは、ティトォの手によって回復されるべきだと、彼は考えたのだ。
タバサは、シルフィードに高度を下げさせると、ゴーレムの頭上を小さく旋回させた。
ゴーレムは巨大な腕をぶんぶん振り回して、シルフィードをたたき落とそうとするが、シルフィードには届かない。
ティトォは、手に持った水筒のふたを開け、中身をゴーレムの頭から振りかけた。
独特のツンとしたにおいが、鼻を突く。
「これって、油?」
キュルケが言った。
油はびちゃびちゃと音を立てて、ゴーレムの全身を濡らした。
「ありがとう!タバサ、ぼくを下ろしてくれ!」
ティトォは空になった水筒を投げ捨て、シルフィードから身を踊らせた。
タバサがルーンを呟くと、地面にぶつかる寸前、ティトォの身体がふわりと浮いた。『レビテーション』の魔法だ。
地面に降りると、ティトォはすぐさま枯木の枝を拾って火をつけた。
パチパチと音を立てて燃え上がる枯木を、ゴーレムに向かって放り投げる。
枯木は巨大なゴーレムの身体にぶつかり、ゴーレムを塗らす油に火をつけた。
炎は勢いよく燃え上がり、全身を炎に包まれたゴーレムはよろめいた。
しかしキュルケは、それを見て表情を曇らせる。
「だめ、油が少なすぎる……!」
炎はゴーレムの表面を焦がしたが、巨大な質量を持つ土のゴーレムを燃やし尽くすには、炎の力はとても足りなかった。
燃えるゴーレムは標的をティトォに定めると、愚かにも自分に立ち向かうちびすけを踏みつぶすべく、ずしんずしんと地響きを立て歩き出した。
ティトォは物怖じしたふうもなく、その場に立っていた。
迫るゴーレムをまっすぐ見据え、右手を突き出し、ゴーレムを包む炎に集中する。
「マテリアル・パズル……」
ティトォの言葉とともに、魔法が発動した。
ゴーレムを包む炎が白く色を変える。
すると、どうしたことだろう。ティトォへと向かっていたゴーレムの動きが、だんだんとゆっくりになってゆく。
まるで見えない手によって、身体の自由を奪われているようだった。
ティトォの目の前までやってきたゴーレムは、ぎすぎすとした動作のまま、ティトォを叩き潰すべく巨大な拳を振り上げ……
そしてそのまま、ぴくりとも動かなくなってしまった。
どうなっているの?と、タバサとキュルケが動きを止めたゴーレムを見つめる。
ティトォが呟く。
「炎のマテリアル・パワーを組み替えた。変換させられた炎はもう物は燃やさない。白い光を放ち、傷を癒す」
ルイズもまた、涙を拭いながら、ティトォを見た。
「そして、その炎は生き物に力を与える!炎の力が宿り、潜在能力を引き出してくれる!」
ゴーレムの表面がざわざわと波打ち、頭から緑の新芽が芽生えた。
そして、それを合図にしたように、身体中から次々と草花が芽吹き、土色のゴーレムの身体を緑色に染め上げてゆく。
「これがぼくの魔法。活力の炎・ホワイトホワイトフレア」
土のゴーレムは、緑の彫像となって、その場に立ちすくんだ。
「すごい……」
「ゴーレムの身体を作る土。その中に閉じ込められた植物を成長させ、身体中に根を張って動きを止めた」
シルフィードから降りたキュルケとタバサが、驚きを持って緑のゴーレムを見上げた。
と、ティトォがぴくりと眉をひそめた。
動きを封じられたはずのゴーレムが、ぎぎぎ、と再び拳を振り上げたのだ。
キュルケは驚いて一歩後ずさった。
ティトォが再び炎に集中すると、ちらちら燃えていた炎が再び燃え上がり、ゴーレムを包む。
再びゴーレムは動きを止められたが、その拳を振り下ろそうと力を込め、身体がぎしぎしと音を立てた。
キュルケが不安そうな顔で尋ねる。
「どうしたの?」
「ホワイトホワイトフレアで成長させた植物が、枯らされてるんだ」
ティトォはゴーレムを睨みつけたまま答えた。
見るとゴーレムの腹の辺りの緑がしおれ、茶色く変色し始めていた。
ティトォが魔力を込めると、枯れた植物は再び青さを取り戻した。
「枯れてる……それって!」
「錬金」
タバサが呟く。
フーケが『錬金』の魔法を使い、ゴーレムを絡めとる植物を枯らしているのだった。
フーケの『錬金』によって枯れた植物を、ティトォが『ホワイトホワイトフレア』によって復活させる。
その度にゴーレムは少し動いては止まり、少し動いては止まり、を繰り返していた。
「これじゃあ、膠着状態じゃない」
キュルケが悔しそうに呟く。しかし、状況はもっと悪かった。
ティトォの額に、じんわりと脂汗がにじんでいる。
膨大な魔力を操るアクアと違って、ティトォの持っている魔力量はけして多くはないのだ。
(さて……どうするかな。大見得切ったのはいいけど、このままじゃジリ貧だ)
フーケの精神力が尽きるのが先か、ティトォの魔力が尽きるのが先か。
フーケの持っている魔力量がどれほどかは分からないが、このまま魔力比べを続けるのは、ティトォには分の悪い賭けに思えた。
(換わるか?アクアに。……だめだ、変換中は全くの無防備……)
無意識に、こめかみを指でトントンと叩きはじめた。ティトォが考え事をする時の癖である。
さて、少し考えてみよう。
『錬金』の魔法を使っているのだから、フーケはこの近くに隠れているんだろう。
では、なぜ?『禁断の鍵』を手放していたんだろうか。
足がつかないように、盗品を寝かせておくために、あの小屋を使っていた?それにしては、あんまりにも無防備すぎる。
まるでぼくらに、見つけて欲しいとでも言わんばかりじゃないか。
こめかみを指で叩きながら、ティトォは思考を展開し、やがてひとつの仮説を作り上げた。
ティトォは炎に魔力を込めたまま、振り返ってルイズに叫んだ。
「ルイズ!『禁断の鍵』をぼくに貸して!」
「え?」
一歩引いた場所でティトォの戦いを見ていたルイズは、突然声を描けられて、驚いた。
ティトォはルイズを真剣な瞳で見ている。
それを見て、ルイズはタバサから『禁断の鍵』の箱をひったくるようにすると、ティトォの元に駆け寄った。
飾り箱を開いて『鍵』をティトォに差し出す。
ティトォが『鍵』を手に取ると……
「これは!?」
突然、ティトォの額のルーンが輝きだした。
ティトォの頭の中に、次々とイメージが浮かび上がる。
わかる。
わかるぞ。
この『鍵』の正体が。そして、使い方が。
でもなぜ?
いや、今はそれよりも!
キッとゴーレムを睨みつけ、ティトォは『鍵』を手に、ゴーレムに向かって歩き出した。
ゴーレムの足下に近付くと、その巨大な足に『鍵』を差し込んだ。
「マテリアル・パズル、マスターキィ!」
そして『鍵』を直角に捻る。
すると、土の塊であるはずのゴーレムから、ガチャリ!と、まるで金属の錠前を外したような音が響いた。
次の瞬間、振りかぶっていたゴーレムの右腕がボロリと崩れた。
続いて、頭が崩れ、左腕が崩れ、身体が崩れ。とうとうゴーレムは元の土くれへと戻ってしまった。
後には、ティトォの魔法によって強化された植物が、まるで骨格のように、ゴーレムの形を作っていた。
「やった……」
ルイズが呟く。
ティトォは、ふう、と大きく息をつく。と、次の瞬間、キュルケが抱きついてきた。
「ティトォ!すごいわ!あたしのダーリン!」
「ちょっと、なにやってんのよ!離れなさいよ!ていうかダーリンてなによ!」
ルイズが叫んだ。
「恋したのよ、あたし。あなたがゴーレムに立ち向かう姿、ステキだったわ!まったく恋は突然ね」
「あんた、誰にでも同じこと言ってるんじゃない!いいからわたしの使い魔から離れなさい!」
ティトォにしなだれかかるキュルケ。それを引き剥がそうとするルイズ。
興味なさそうに本を読んでいるタバサ。困ったように笑うティトォ。
さっきまで泣いていたルイズは、すっかり元の調子を取り戻したようだった。
「ティトォ、今の、どうやったの?それが『禁断の鍵』の能力なの?」
ルイズはキュルケを近付けさせまいと牽制しながら、言った。
「うん。なんであろうと、物には鍵穴がある。たとえ石コロや、鉄のかたまりや、水であっても。そこをマテリアル・パワーの鍵で付き、自由に開く。
それがこの魔法器具『マスターキィ』の能力。あのゴーレムの身体を作っていた土と土の結びつきを、このマスターキィで『開いた』んだ」
そういって、ティトォは『マスターキィ』をルイズに差し出した。
ルイズはそれを受け取ろうと手を伸ばす、しかし、ふっと横から伸びた手が、『マスターキィ』をつまみ上げた。
「ミス・ロングビル!」
それは、辺りを偵察に行っていたミス・ロングビルであった。
ロングビルはうっすらと笑みを浮かべながら、マスターキィを手の中でもてあそんだ。
「無事だったんですね、ミス・ロングビル。でも、フーケはどこに?」
ルイズの言葉に、全員ハッとして、周囲を見渡す。
ゴーレムは退治したが、肝心のフーケの姿が見えないのだ。
ミス・ロングビルはすっとルイズに近付くと、素早い動作でルイズの腕を後ろ手にねじり上げた。
「ご苦労様」
突然の痛みに、ルイズは唖然として、ロングビルに声をかける。
「ミス・ロングビル!どうして?」
「あのゴーレムを操っていたのは、わたし」
囁くようなロングビルの言葉に、ルイズは目を見開いた。
「まさか、ミス・ロングビル。あなたが……」
「フーケ」
キュルケとタバサは同時に杖を構える。
「おっと、動くんじゃないよ」
ミス・ロングビル/フーケはルイズの首元にマスターキィを突きつけた。
「あらゆるものを自在に『開く』魔法だそうじゃないか。この鍵で人間を『開いた』ら、いったいどうなるのかねえ」
フーケの言葉に、キュルケは青ざめた。
巨大なゴーレムをバラバラに分解した魔法、それがルイズに使われたら?
ぎり、と歯がみして、キュルケは杖を捨てた。タバサもそれにならう。
「そこの坊や、アンタはその着火装置を捨ててもらうよ。どうやらそれがアンタの『杖』代わりらしいからね」
ティトォはその言葉に従い、ライターを放った。
「驚かないんだね、アンタは。まるでこうなることが分かっていたみたいじゃないか」
フーケが見下すように言った。
「あなたはきっと『禁断の鍵』の使い方が分からなかったんでしょう」
あくまで冷静に、ティトォは言う。
ミス・ロングビルの眉がぴくりと吊り上がった。
「学院の秘宝と聞いて『禁断の鍵』を盗み出したはいいけれど、さて、振っても魔法をかけても『鍵』はうんともすんとも言わない。秘宝として売るにしても、その『鍵』の造作はずいぶんとみすぼらしいからね。使い方を知ることは『鍵』をさばくのに絶対必要だった」
こめかみを指で叩きながら、ティトォは続ける。
「だからわざと見つかりやすい場所に『鍵』を放置して、ゴーレムをけしかけた。追いつめられたぼくたちは、きっと『鍵』の力を使うだろうからね」
「ふん、何もかもお見通しってわけ。大したもんね。でもね、小賢しいガキは嫌いだよ」
フーケがせせら笑う。
「さ、そろそろお別れね。『鍵』の使い方を教えてくれて、ありがとう。短い間だったけど、楽しかったわ」
フーケはマスターキィの先端を、ぐいとルイズに押し当てた。
ルイズは観念して、目をつぶった。
キュルケも目をつぶった。
タバサも目をつぶった。
ティトォは、目をつぶらなかった。
それから、しばらくの間、森に沈黙が訪れた。
しかしいつまで経っても、マスターキィの魔法は発動しなかった。
「な、どうして!」
フーケは焦って、ぐいぐいとマスターキィをルイズに押し当てたが、やはり何も起こらない。
「残念だけど、フーケ。その魔法器具は、適性のある人間にしか使えない。いくらやっても無駄さ」
「なんですって!」
フーケは舌打ちし、マスターキィを放ると、杖を抜き放つ。
しかしそれより早く、ティトォが指をぱちんと鳴らした。
それを合図に、ルイズの身体から、ごう!と白い炎が吹き出した。
シルフィードの上で、ルイズの傷を治したときに、ルイズの身体に炎を潜伏させていたのだ。
炎はフーケに燃え移り、全身に広がった。
「うわあ!」
フーケは驚き、ルイズを捕まえていた腕を放してしまった。ルイズは慌てて、フーケから離れた。
人質を失ったフーケは、身体に火をつけたまま、逃げ出そうとくるりと向きを変える。
「動くな!」
ティトォが叫ぶ。
その強い声に、フーケは思わず立ち止まった。
「ぼくの炎は、物は燃やさない。しかし、その魔法の炎を、元に戻したら、どうなると思う?」
魔法を解き、フーケの全身を包んでいる炎を元に戻す。
その光景を想像し、フーケはごくりと唾を飲んだ。
「それがいやなら、杖を捨てて降伏しろ」
しかしフーケは、杖を手放さず、ティトォに背を向けたまま、小さく呪文を唱えはじめた。
フーケの足下の土に波紋が広がり、フーケの身体が沈み始める。
「無駄なことはやめろ!」
ティトォは叫び、フーケの右手に纏わせた魔法の炎の一部を、元の炎に戻した。
フーケは右手を焼かれ、小さく悲鳴を上げて、杖を放り投げてしまった。
「土の中に逃れて、火を消そうったって無駄だ。その炎は上っ面だけじゃない。骨の髄から、五臓六腑、細胞のひとつひとつに至るまで行き渡ってるんだ!」
ティトォの叫びとともに、フーケを包む炎がより強く燃え上がった。
「最後だ、フーケ。降伏か!抵抗か!」
フーケはその端正な顔を歪め、血がにじむほど唇を噛み締めると、悔しそうに声を絞り出した。
「ったく、だから、小賢しいガキは嫌いなんだよ」
フーケは両手を掲げ、降伏した。
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