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「竜が堕ちゆく先は-4」(2007/08/06 (月) 22:21:56) の最新版変更点
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馬の蹄が無数に大地を踏みしめる音が聞こえる。竜の風を切る羽ばたきが聞こえる。
鉄の鎧がぶつかり合う音が聞こえる。整然とした軍靴の生み出すの行進の音が聞こえる。
剣のぶつかり合う音、杖のぶつかり合う音が聞こえる。怒声が、悲鳴が聞こえる。命の消える音が聞こえる。
それら戦場が生み出す音楽をBGMに少年と男が戦っている。少年は片刃の長剣、男はレイピアのような杖で。
白の王国アルビオン、ニューカッスル城は今まさにレコン・キスタの軍勢に飲み込まれようとしていた。
少年と男は短い時間ではあるが仲間だった。王女の依頼を実行するため様々ないさかいを繰り替えしながらも
少年は男を自分以上に強く、頼りになると渋々ながらも認めていた。
しかし、この土壇場で男は裏切った。
男は一人ではない。鏡に写したかのように寸分に違わぬ姿の男が四人。
風が最強たる理由、風の偏在である。対して少年は一人。
普通ならば少年は圧倒的に不利だ。しかし彼は四人の男と互角と言えるほどに切り合っていた。
彼らから少し離れて、少女が床に倒れ伏している。桃色の髪をした少年の主。
「理由なんてどうだっていい、ルイズは俺が守る!」
男の魔法で吹き飛ばされた少女の姿を見て、激昂した少年は叫ぶ。とても普段の彼ならば言えぬような言葉だ。
心の震えが彼に力を与えているのだ。左手のガンダールヴのルーンを通じて。
見る間に少年の動きが加速する。男の一人が長剣を避けきれず切り裂かれ消滅した。
「貴様!」
分身を消された男が叫ぶ。一瞬だが分身が長剣で両断される光景を、
未来の自分として見てしまったのだ。こんな少年に恐怖を感じたことを男は恥じた。
「古臭い伝説は! このまま眠れ!」
男は一気に攻勢に出た。三つの杖が少年に時間差を付け、突き出される。エア・ニードルを掛けられた杖は生半可な剣より鋭い。
しかし三つの杖、それが体に到達する前に少年は長剣を振り終えていた。
分身が二つ消滅する。斬撃の勢いで男は床に叩きつけられた。遅れて、切り飛ばされた左腕が床に落ちる。
「う……くそ、この『閃光』が後れをとるとは……」
男は立ち上がり左腕の傷を抑える。傷より先には何も存在しない。
地面を汚すのは傷より流れ出る赤い血。
右腕で杖を振るい、フライの魔法を発動した。男の額には冷や汗が吹き出ている。
「ここにはもうすぐ我がレコン・キスタの軍勢が押し寄せる。伝説よ、愚かな主人を守って灰になれ」
捨てゼリフを残し男は砕けた壁の穴から飛び去ろうとする。
「待て! ワルド!」
少年はワルドと呼ばれた男を追いかけようするが、不意に体勢を崩し大きく転んだ。
今までの死闘による疲労が今になって一気に出たのだ。
剣を杖の代わりにして少年は立ち上がる。しかしワルドはすでに壁の穴から外へ出てしまっている。
もはや追いつけない。
「相棒、早く娘ッ子を連れて逃げ出せ。レコン・キスタの軍勢が来るぜ」
ワルドの血に濡れた長剣デルフリンガーが才人に警告する。
疲労にきしむ体を無理やり動かし少年は少女のそばへと一歩一歩近づく。
「もう、無理だ。イーグル号は出航した」
ポツリとつぶやくように少年はもらした。
気を失った少女を抱きかかえる。
「サイト……」
少女が小さく少年の名を呼んだ。しかし少女は目覚めない。気絶したまま頭の中で幻でも見ているのだろうか。
慎重に才人は少女を長椅子の上に横たえる。
「ルイズ……」
ルイズはほこり、傷、汗で汚れている。ボロボロになりながらも彼女は敵と戦おうとしたのだ。
才人は指でルイズの顔のほこりをぬぐう。せめて綺麗になるように。
「相棒、もうすぐレコン・キスタの奴らが来るぜ」
「俺は……ガンダールヴだ、ルイズを守る」
そう言って才人は剣を持ち直した。しかし彼の全身は疲労の波に飲まれている。
万全の状態ならばともかく、今の才人では長くは戦えない。
「デルフ、伝説の再演だ。やってやろうじゃねえか」
「おお、相棒がその気ならオレも負けちゃいられねえ」
二人が気合を入れ、覚悟を決めたちょうどその時である。
ルイズの近くの地面が盛り上がり、何かが顔を出した。
何か、それは巨大なモグラ。おかしな縁から才人の友人となった
ギーシュ・ド・グラモンの使い魔である。
「ヴェルダンデ、やっと掘るのをやめたんだね。けれどここは一体どこだろう?」
モグラに続いて顔を出したのは、とぼけた顔をしたギーシュ・ド・グラモン本人である。
「おや、誰かと思ったらサイトじゃないか。と言うことはここはニューカッスルかい?」
「ギーシュ! ちょうど良かったその穴は外に通じているのか?」
「その通りさ、ぼくのヴェルダンデが掘ったんだ。スゴイだろう」
その言葉を聞くなり才人はルイズを抱き上げ、ギーシュに代わりに抱えているように言うと、
ワルドに殺されたウェールズのそばにより指から指輪を外しポケットに入れる。
アンリエッタへのせめてもの形見として。
「サイト、後ろ!」
突然ギーシュの声が響いた。才人はとっさに振り向きながら
デルフリンガーを横向きに持ち上げた。
金属と金属がぶつかり、火花が走る。片刃の長剣と両刃の長剣がぶつかったのだ。
才人の前には体の前面だけを保護する鎧を着けた軽装の戦士がいた。
何故か、顔には水色の宝石がはめ込まれた仮面を付けている。
戦士の長剣はすでに赤く染まり、鎧や服にもいたる所に血が付いていた。
戦士の力は強い。才人は鍔迫り合いのまま押されていく。
ヤバイ、そう思った瞬間、押し切られ才人は床へと転んだ。
しかし追撃は来ない、仮面の戦士の周りをギーシュのゴーレム・七体のワルキューレが取り囲んでいたからだ。
「早く来いサイト!」
ギーシュが穴の中から叫ぶ。
それに応じて才人は駆け出し、穴へと滑り込む。
剣や槍、各々の武器を持ち戦士を取り囲むワルキューレ達。
戦士は自分を取り囲んでいるワルキューレ全てを、大きく一度長剣を薙いだだけで破壊した。
大小様々な破片が衝撃で宙を舞う。まさに鎧袖一触という言葉がふさわしい。
長剣では届かぬ間合いのものさえも、砕かれている。
才人が穴にもぐる瞬間、振り返り見た戦士は何故か仮面を付けているのに笑っているように見えた。
ワルドは飛びながらマントを裂き、左腕の傷口のすぐ上をきつく縛った。
左腕を失くすという深手を負いながら魔法で空を飛ぶのは苦しい。
普段なら何でもない精神集中が今のワルドには出来ない。
故に、ワルドは高度を低く取っていた。それがある一つの結果を招いた。
レコン・キスタの傭兵部隊が低空を飛ぶワルドを発見したのだ。
彼らにはワルドがレコン・キスタの者だとは分からない。
傭兵達は良いカモだと思い、次々に空に向けて銃を撃つ。
何発もの銃弾が空へ向かい、その内の一発がワルドの胸を貫いた。
ワルドは何が起こったのか理解する間もなく落下していく。
歓声を上げる傭兵達。彼らとて、まさか本気で落とせるとは思っていなかった。
けれどワルドが地面に叩きつけられる寸前、翼を持つ何かがワルドの体を救い上げ、
そのままどこかに飛び去って行くのを傭兵達は目撃した。
傭兵達は落胆しながらそれぞれの仕事に戻っていく。
ワルドがその日レコン・キスタの陣営に現れることはなかった。
土くれのフーケは途方に暮れていた。レコン・キスタのワルドに協力し
港町ラ・ロシェールで王女の密命を帯びた一行を足止めして、アルビオンに向かい
事前に教えられていた落ち合う場所に向かったものの、いくら待ってもワルドは現れない。
ニューカッスル城は陥落し、戦争後の混乱でワルドを探すこともままならない。
それとなく探ってみてもワルドは行方不明ということしか分からなかった。
もともと貴族というものは嫌いだし、レコン・キスタとも離れようか。
そんなことを考えながらフーケはここ数日の日課になったレコン・キスタ軍への
情報収集に出かけようと森の中にこしらえたねぐらを出た。
ねぐらを出て歩きながら、フーケは周囲を見回した。
何者かに囲まれている。無言でフーケは杖を取り出す。
「そう警戒しないでくれないか、土くれのフーケ。いやミス・サウスゴータ」
杖を取り出したフーケに焦ったのか、木々の間から聖職者のような格好をした男素早くが歩み出た。
「私はオリヴァー・クロムウェル。不肖ながらレコン・キスタ総司令官を務めさせていただいておる。
元は一介の司教に過ぎぬがね。君のことはワルド子爵からの報告で聞いているよ。周りの者達は私の親衛隊だ。
君に会うのに危険はないと主張したのだが、彼らが聞き入れてくれなくてね。許してもらいたい」
指で何らかの合図をクロムウェルは出す。それに応じてか、木々の合間に潜んでいた親衛隊の面々が現れる。
彼らはほとんどが貴族だ。フーケの嫌いな傲慢と自尊心に満ち溢れた顔をしている。
その中でフーケは異質な人物を二人見つけた。
一人は仮面の戦士、腰には長剣を付けている。クロムウェルがメイジを差し置いて
平民をそばに置くとは、よほどの使い手なのだろうか。
もう一人はフーケの見知った人物であった。ウェールズ・テューダー。
アルビオン王国軍の総司令官であった人物である。
「何故ウェールズが!?」
ウェールズはニューカッスル城で戦死したと思い込んでいたフーケは、咄嗟に疑問を口にする。
「彼は心を改めたのだ。我々の大儀を理解し賛同してくれたのだよ」
フーケは胡散臭そうにウェールズを見る。昔会ったウェールズは
その様に心変わりする人物ではなかった、けれど今のフーケにはどうでも良いことである。
「……分かったわ、それでワルドは?」
杖を収めながらフーケは最も気がかりなことを聞いた。
ワルドがいるのといないのではこれからレコン・キスタで働くのに大きな違いが出る。
強力なメイジであるワルドの後ろ盾はあった方が良い。
それにレコン・キスタへの協力という交換条件だったとは言え、牢から出してくれた恩もある。
「残念だが子爵は行方不明だ。彼に託した任務も失敗したとみなすほかないだろう。彼を失いたくはなかった」
沈痛な面持ちでクロムウェルは眼を伏せた。口元で始祖ブリミルへの祈りの言葉を捧げている。
彼も彼なりにワルドのことを悲しんでいるのだろう。
「君にはこれからレコン・キスタの一員として働いて欲しい。ミス・サウスゴータ。
子爵がいない今トリステインの実情を知る君は貴重な存在だよ、
もっともトリステイン、ゲルマニアとは不可侵条約を結ぶことになっているがね」
「いいわ……ちゃんと報酬を出しなさいよ」
「ははは、貧乏な司教時代とは違うよ。この広大なアルビオンは、今や私の手の内にあるのだからね」
クロムウェルは両腕で四方の大地を指し示し、自らの言葉に酔うように笑い続けた。
馬の蹄が無数に大地を踏みしめる音が聞こえる。竜の風を切る羽ばたきが聞こえる。
鉄の鎧がぶつかり合う音が聞こえる。整然とした軍靴の生み出すの行進の音が聞こえる。
剣のぶつかり合う音、杖のぶつかり合う音が聞こえる。怒声が、悲鳴が聞こえる。命の消える音が聞こえる。
それら戦場が生み出す音楽をBGMに少年と男が戦っている。少年は片刃の長剣、男はレイピアのような杖で。
白の王国アルビオン、ニューカッスル城は今まさにレコン・キスタの軍勢に飲み込まれようとしていた。
少年と男は短い時間ではあるが仲間だった。王女の依頼を実行するため様々ないさかいを繰り替えしながらも
少年は男を自分以上に強く、頼りになると渋々ながらも認めていた。
しかし、この土壇場で男は裏切った。
男は一人ではない。鏡に写したかのように寸分に違わぬ姿の男が四人。
風が最強たる理由、風の遍在である。対して少年は一人。
普通ならば少年は圧倒的に不利だ。しかし彼は四人の男と互角と言えるほどに切り合っていた。
彼らから少し離れて、少女が床に倒れ伏している。桃色の髪をした少年の主。
「理由なんてどうだっていい、ルイズは俺が守る!」
男の魔法で吹き飛ばされた少女の姿を見て、激昂した少年は叫ぶ。とても普段の彼ならば言えぬような言葉だ。
心の震えが彼に力を与えているのだ。左手のガンダールヴのルーンを通じて。
見る間に少年の動きが加速する。男の一人が長剣を避けきれず切り裂かれ消滅した。
「貴様!」
分身を消された男が叫ぶ。一瞬だが分身が長剣で両断される光景を、
未来の自分として見てしまったのだ。こんな少年に恐怖を感じたことを男は恥じた。
「古臭い伝説は! このまま眠れ!」
男は一気に攻勢に出た。三つの杖が少年に時間差を付け、突き出される。エア・ニードルを掛けられた杖は生半可な剣より鋭い。
しかし三つの杖、それが体に到達する前に少年は長剣を振り終えていた。
分身が二つ消滅する。斬撃の勢いで男は床に叩きつけられた。遅れて、切り飛ばされた左腕が床に落ちる。
「う……くそ、この『閃光』が後れをとるとは……」
男は立ち上がり左腕の傷を抑える。傷より先には何も存在しない。
地面を汚すのは傷より流れ出る赤い血。
右腕で杖を振るい、フライの魔法を発動した。男の額には冷や汗が吹き出ている。
「ここにはもうすぐ我がレコン・キスタの軍勢が押し寄せる。伝説よ、愚かな主人を守って灰になれ」
捨てゼリフを残し男は砕けた壁の穴から飛び去ろうとする。
「待て! ワルド!」
少年はワルドと呼ばれた男を追いかけようするが、不意に体勢を崩し大きく転んだ。
今までの死闘による疲労が今になって一気に出たのだ。
剣を杖の代わりにして少年は立ち上がる。しかしワルドはすでに壁の穴から外へ出てしまっている。
もはや追いつけない。
「相棒、早く娘ッ子を連れて逃げ出せ。レコン・キスタの軍勢が来るぜ」
ワルドの血に濡れた長剣デルフリンガーが才人に警告する。
疲労にきしむ体を無理やり動かし少年は少女のそばへと一歩一歩近づく。
「もう、無理だ。イーグル号は出航した」
ポツリとつぶやくように少年はもらした。
気を失った少女を抱きかかえる。
「サイト……」
少女が小さく少年の名を呼んだ。しかし少女は目覚めない。気絶したまま頭の中で幻でも見ているのだろうか。
慎重に才人は少女を長椅子の上に横たえる。
「ルイズ……」
ルイズはほこり、傷、汗で汚れている。ボロボロになりながらも彼女は敵と戦おうとしたのだ。
才人は指でルイズの顔のほこりをぬぐう。せめて綺麗になるように。
「相棒、もうすぐレコン・キスタの奴らが来るぜ」
「俺は……ガンダールヴだ、ルイズを守る」
そう言って才人は剣を持ち直した。しかし彼の全身は疲労の波に飲まれている。
万全の状態ならばともかく、今の才人では長くは戦えない。
「デルフ、伝説の再演だ。やってやろうじゃねえか」
「おお、相棒がその気ならオレも負けちゃいられねえ」
二人が気合を入れ、覚悟を決めたちょうどその時である。
ルイズの近くの地面が盛り上がり、何かが顔を出した。
何か、それは巨大なモグラ。おかしな縁から才人の友人となった
ギーシュ・ド・グラモンの使い魔である。
「ヴェルダンデ、やっと掘るのをやめたんだね。けれどここは一体どこだろう?」
モグラに続いて顔を出したのは、とぼけた顔をしたギーシュ・ド・グラモン本人である。
「おや、誰かと思ったらサイトじゃないか。と言うことはここはニューカッスルかい?」
「ギーシュ! ちょうど良かったその穴は外に通じているのか?」
「その通りさ、ぼくのヴェルダンデが掘ったんだ。スゴイだろう」
その言葉を聞くなり才人はルイズを抱き上げ、ギーシュに代わりに抱えているように言うと、
ワルドに殺されたウェールズのそばにより指から指輪を外しポケットに入れる。
アンリエッタへのせめてもの形見として。
「サイト、後ろ!」
突然ギーシュの声が響いた。才人はとっさに振り向きながら
デルフリンガーを横向きに持ち上げた。
金属と金属がぶつかり、火花が走る。片刃の長剣と両刃の長剣がぶつかったのだ。
才人の前には体の前面だけを保護する鎧を着けた軽装の戦士がいた。
何故か、顔には水色の宝石がはめ込まれた仮面を付けている。
戦士の長剣はすでに赤く染まり、鎧や服にもいたる所に血が付いていた。
戦士の力は強い。才人は鍔迫り合いのまま押されていく。
ヤバイ、そう思った瞬間、押し切られ才人は床へと転んだ。
しかし追撃は来ない、仮面の戦士の周りをギーシュのゴーレム・七体のワルキューレが取り囲んでいたからだ。
「早く来いサイト!」
ギーシュが穴の中から叫ぶ。
それに応じて才人は駆け出し、穴へと滑り込む。
剣や槍、各々の武器を持ち戦士を取り囲むワルキューレ達。
戦士は自分を取り囲んでいるワルキューレ全てを、大きく一度長剣を薙いだだけで破壊した。
大小様々な破片が衝撃で宙を舞う。まさに鎧袖一触という言葉がふさわしい。
長剣では届かぬ間合いのものさえも、砕かれている。
才人が穴にもぐる瞬間、振り返り見た戦士は何故か仮面を付けているのに笑っているように見えた。
ワルドは飛びながらマントを裂き、左腕の傷口のすぐ上をきつく縛った。
左腕を失くすという深手を負いながら魔法で空を飛ぶのは苦しい。
普段なら何でもない精神集中が今のワルドには出来ない。
故に、ワルドは高度を低く取っていた。それがある一つの結果を招いた。
レコン・キスタの傭兵部隊が低空を飛ぶワルドを発見したのだ。
彼らにはワルドがレコン・キスタの者だとは分からない。
傭兵達は良いカモだと思い、次々に空に向けて銃を撃つ。
何発もの銃弾が空へ向かい、その内の一発がワルドの胸を貫いた。
ワルドは何が起こったのか理解する間もなく落下していく。
歓声を上げる傭兵達。彼らとて、まさか本気で落とせるとは思っていなかった。
けれどワルドが地面に叩きつけられる寸前、翼を持つ何かがワルドの体を救い上げ、
そのままどこかに飛び去って行くのを傭兵達は目撃した。
傭兵達は落胆しながらそれぞれの仕事に戻っていく。
ワルドがその日レコン・キスタの陣営に現れることはなかった。
土くれのフーケは途方に暮れていた。レコン・キスタのワルドに協力し
港町ラ・ロシェールで王女の密命を帯びた一行を足止めして、アルビオンに向かい
事前に教えられていた落ち合う場所に向かったものの、いくら待ってもワルドは現れない。
ニューカッスル城は陥落し、戦争後の混乱でワルドを探すこともままならない。
それとなく探ってみてもワルドは行方不明ということしか分からなかった。
もともと貴族というものは嫌いだし、レコン・キスタとも離れようか。
そんなことを考えながらフーケはここ数日の日課になったレコン・キスタ軍への
情報収集に出かけようと森の中にこしらえたねぐらを出た。
ねぐらを出て歩きながら、フーケは周囲を見回した。
何者かに囲まれている。無言でフーケは杖を取り出す。
「そう警戒しないでくれないか、土くれのフーケ。いやミス・サウスゴータ」
杖を取り出したフーケに焦ったのか、木々の間から聖職者のような格好をした男素早くが歩み出た。
「私はオリヴァー・クロムウェル。不肖ながらレコン・キスタ総司令官を務めさせていただいておる。
元は一介の司教に過ぎぬがね。君のことはワルド子爵からの報告で聞いているよ。周りの者達は私の親衛隊だ。
君に会うのに危険はないと主張したのだが、彼らが聞き入れてくれなくてね。許してもらいたい」
指で何らかの合図をクロムウェルは出す。それに応じてか、木々の合間に潜んでいた親衛隊の面々が現れる。
彼らはほとんどが貴族だ。フーケの嫌いな傲慢と自尊心に満ち溢れた顔をしている。
その中でフーケは異質な人物を二人見つけた。
一人は仮面の戦士、腰には長剣を付けている。クロムウェルがメイジを差し置いて
平民をそばに置くとは、よほどの使い手なのだろうか。
もう一人はフーケの見知った人物であった。ウェールズ・テューダー。
アルビオン王国軍の総司令官であった人物である。
「何故ウェールズが!?」
ウェールズはニューカッスル城で戦死したと思い込んでいたフーケは、咄嗟に疑問を口にする。
「彼は心を改めたのだ。我々の大儀を理解し賛同してくれたのだよ」
フーケは胡散臭そうにウェールズを見る。昔会ったウェールズは
その様に心変わりする人物ではなかった、けれど今のフーケにはどうでも良いことである。
「……分かったわ、それでワルドは?」
杖を収めながらフーケは最も気がかりなことを聞いた。
ワルドがいるのといないのではこれからレコン・キスタで働くのに大きな違いが出る。
強力なメイジであるワルドの後ろ盾はあった方が良い。
それにレコン・キスタへの協力という交換条件だったとは言え、牢から出してくれた恩もある。
「残念だが子爵は行方不明だ。彼に託した任務も失敗したとみなすほかないだろう。彼を失いたくはなかった」
沈痛な面持ちでクロムウェルは眼を伏せた。口元で始祖ブリミルへの祈りの言葉を捧げている。
彼も彼なりにワルドのことを悲しんでいるのだろう。
「君にはこれからレコン・キスタの一員として働いて欲しい。ミス・サウスゴータ。
子爵がいない今トリステインの実情を知る君は貴重な存在だよ、
もっともトリステイン、ゲルマニアとは不可侵条約を結ぶことになっているがね」
「いいわ……ちゃんと報酬を出しなさいよ」
「ははは、貧乏な司教時代とは違うよ。この広大なアルビオンは、今や私の手の内にあるのだからね」
クロムウェルは両腕で四方の大地を指し示し、自らの言葉に酔うように笑い続けた。
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