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#navi(虚無のパズル)
「あたしたちのいたとこと、ここ、ハルケギニアじゃ、使ってる魔法の種類が違うんだよ」
アクアは、ルイズの部屋で、ルイズと向き合うように椅子に座っていた。
ルイズはアクアの話に興味深そうに耳を傾けている。アクアが使った魔法に付いて、ルイズが説明を求めたのである。
アクアは面倒くさがったが、ルイズに押し切られる形になった。
曰く、誰がギーシュを治療する水の秘薬の代金を払ってやったのか。曰く、アクアの爆発でひびが入ってしまった『火の塔』の事で、教師たちに必死で頭を下げまくったのは誰だと思っているのか。
決闘の後、一通り暴れて満足したアクアは、そのままどこかへ行ってしまった。使い魔の不始末は主人の不始末、そんなわけで、アクアの主人たるルイズが後のフォローに奔走したのである。
「あたしらの言う魔法ってのはね、自然界の力や人間の力を変換すること」
四大系統と呼ばれる『火』『水』『風』『土』を始め、自然界を取り巻くあらゆるパワーや、生物を流れる霊気。
それらを司るもっとも根本的な単体エネルギー『魔力/マテリアル・パワー』。
それを自由に組み換え、新エネルギーをつくり出すこと。
この世に新たな法則をつくり出すこと。
「それが『魔法/マテリアル・パズル』」
アクアは、テーブルの上にアメ玉を転がす。
「あたしのマテリアル・パズルは『スパイシードロップ』。魔法効果は、まあ昼に見た通りだね。アメ玉の魔力を組み換えて、破壊のエネルギーに変換するの」
「すごいわ、四大系統のさらに根本的な力を操作する。そんな魔法があるなんて」
ルイズは好奇心に身を乗り出すようにして、話を聞いていた。
「そうよ、これなら!系統魔法は一度も成功しなかったけど、これならわたしにも魔法が使えるかもしれないわ!」
ルイズは興奮して叫ぶ。しかしアクアはそんなルイズの熱意を一笑に伏した。
「あー、無理無理。千人に一人の才能の持ち主がちゃんとした指導を20年受けて、それでもなれるかどうかってくらいなんだから。こっちの『系統魔法』とやらの方が、よっぽど身に付けやすいだろうさね」
その言葉に、ルイズはがっくりと肩を落とした。せっかく光明が見えたかもしれないのに。
「それにね、ちゃんと魔法と呼べるレベルの組み立てができるなんてのは、天才中の天才!あたしらんとこじゃ、いまの世の中、魔法使いなんか10人もいないんじゃないかな」
「はいはい、つまり自分は大天才だと言いたいと」
ルイズは頬杖を付き、憮然としている。
「いや────」
突然、アクアの纏う空気が変わった。
ガリッ!と、不機嫌に舐めていたアメ玉を噛み砕く。
「あたし達は不死身にさせられたんだ……!100年、そりゃ魔法も使えるようになるさ」
部屋がしばし沈黙する。気圧されていたルイズは、やがて溜息をひとつ付き、椅子の背もたれに身を沈めた。
「……ま、いいわ。結局、わたしに使える魔法はないってことなのね」
「そんなに気にすんなよ。人生長いんだ、そのうち使えるようになるって。魔法」
「不老不死の人間の感覚で物を言わないで欲しいわ」
なぐさめ丸出しのアクアの言葉に、またため息をついた。
話し込んでいたら、すっかり夜が更けてしまっていた。
ふたりは揃って大あくびをした。
アクアに言い渡されたベッド使用禁止令は解かれていなかったのだが、なんとなく怒る気にならなくて、ルイズはアクアが勝手にベッドに潜り込むのを許し、寝息をたてはじめた。
それからも、アクアは変わらず派手にはしゃぎまわり、そのせいで上級生に目を付けられることも多かったが
ヴァリエール家の家名と、ヴェストリ広場の決闘騒ぎの噂で、アクアに正面切って喧嘩をふっかけてくる者はほとんどいなかった。
それでも絡んでくる者はいたが、アクアはその都度自分の魔法で黙らせた。
決闘らしい決闘になったことは、一度もなく、相手はアクアの魔法の一撃で、あっさりと意識を手放すのだった。
あの子の性格、あれは自分の力への絶対の信頼から来ているのね。
アクアは、強い。ひょっとしたら、スクウェアクラスに匹敵するメイジかもしれない。
そんなアクアに振り回されて、しょっちゅう言い合いになったりもしたけれど、ルイズはこの奔放な使い魔のことが、なんだか好きになりはじめていた。
アクアが召喚されてから、そろそろ一週間が過ぎようとしていた。
魔法学院の中庭は、学生の使い魔たちのたまり場になっている。授業中や食事中は使い魔と主人は離れて過ごすので、自然とそうなったのだ。
そんな中で、ルイズの使い魔アクアは、はしゃいでいた。
巨大な風竜に抱きついたり、カラスを追い回して困らせたりしている。
それでも使い魔たちは、アクアに懐いているように見えた。先ほどの風竜がアクアの顔を舐め回し、涎で顔がベタベタになったアクアは、無邪気にけらけら笑った。
「アメ食べる?」
「爆破すんじゃないわよ!」
ルイズは、そんなアクアのことを遠巻きに眺めていた。動物たちとじゃれ合うアクアの背中に、声をかける。
「ほら、行くわよアクア。そろそろ午後の授業が始まるんだから。」
「あいよー。じゃーね、バイバイ」
アクアは動物たちに手を振って、ルイズの元へ駆け出した。
ルイズもきびすを返し、教室に向かって歩き出す。と。
背後から、ドサリ、と何かが倒れるような音がした。
振り返ると、アクアが地面に突っ伏している。
「ちょっと、こんなところで寝ないでよね」
ルイズはそう言う。しかしアクアは答えない。
「ちょっと……アクア?」
ルイズはようやく、アクアの異状に気が付いた。
「水の魔法が効かないって、どういうことですか!」
ルイズに運ばれて、アクアは、ルイズのベッドに寝かされていた。
アクアの顔は熱で火照り、額には玉のような汗が浮かび、荒い呼吸を繰り返している。
苦しそうなアクアを前に、ルイズは養護教諭に向かって声を荒げる。
「熱が全然下がらない。水の秘薬も効果がないわ。水の治療魔法というのは、身体をつくっている水の流れを操作して、回復を促す魔法なのだけれど……あの子には、抵抗力とか、免疫力とか、そういったものがまったく無いのです」
養護教諭は、困惑した顔で答える。
「足、草で切っちまったからねえ……毒が、入っちゃったか……」
無理矢理笑顔を作りながら、アクアは言う。しかしその言葉は、熱に浮かされて弱々しかった。
「不死身じゃなかったの」
「不死身だよー。大丈夫だからさ、授業行ってきなよ」
「そんなわけにいかないでしょ」
口ぶりはいつものアクアと変わらなかったが。
(目に、生気が感じられない……)
アクアの瞳からは、普段の自信に満ちた光が、そっくり消え失せていた。
ルイズは午後の授業を欠席して、アクアの看病に当たった。
水のメイジの教師たちを頼ってみたが、アクアの容態は回復せず、ルイズを焦らせるばかりだった。
ここにいても、駄目だ。
「アクア、城下町に行くわよ。モンモランシーから聞いたの。あそこにはとても優秀な薬剤師がいるって。その特製の秘薬を使えば、あんたの病気なんてすぐに直るから」
半分自分に言い聞かせるようにして、アクアを背負う。その身体はあまりにも軽すぎて、ルイズはぞっとした。
まるでアクアの命が、身体の中からこぼれ落ちてしまったようで。
「ルイズあなた、こんな時間にどこへ行くの?」
部屋を出ると、キュルケに呼び止められた。
「町の医者にアクアを見せるのよ!お城のお抱えの優秀な医者がいるはずだわ」
「ルイズ、病人を馬で運ぶっていうの?明日まで待って、馬車を呼びましょう」
「止めないでよツェルプストー!」
ルイズは心配そうに声をかけるキュルケを振り切ると、馬舎に向かって駆け出した。
「ヴァリエール!」
キュルケも後を追う。
途中、何度か教師に止められたが、かまっていられない。
「……ルイズ……」
「アクア!気が付いたの?」
背中から声がかけられる。
「ごめん……揺れるから……もっと、ゆっくり……」
その声は、普段のアクアからは想像もつかないくらい、弱々しくて、ルイズは思わず足を止めた。
怒りなのか、悲しいのか、よく分からない感情がぐちゃぐちゃにルイズの心に渦巻いて、思わずルイズは背中のアクアを下ろし、掴みかかった。
「ふざけないで!わたしは騙されないわよ!あんたがこのくらいでまいるわけないでしょう!?わかってるんだから!」
「ルイズ、やめなさい!」
キュルケの声で、ルイズははっと我に返った。
アクアは、ルイズの手の中で、ぐったりとしていた。体中に汗をかいて、苦しそうに喘いでいる。
ルイズは自分を突き動かしていた衝動が、ぐっと萎んで行くのを感じた。
ルイズとアクアは、キュルケに連れられて、また自分の部屋に戻っていた。
「アクア……ごめんね」
ルイズはベッドのそばに腰かけながら、呟いた。
「んー……?」
「いきなり喚び出したりして……」
ルイズは、膝の上で手を握りしめる。
「明日になったら、お医者さまを呼ぶわ。もう少し辛抱しててね」
アクアは、答えない。
「アクア?」
アクアは、答えない。
「アクア?」
ルイズは、アクアの様子を見ようと、顔を覗き込んだ。
「あれ?」
静かな部屋の中を、ランプの明かりがぼんやり照らす。
ランプの灯が、ちろちろと揺れて、部屋の影を揺らす。
アクアの呼吸は、止まっていた。
「……あれ?」
アクアは、死んだ。
「あの子ったらすっかり取り乱しちゃって。こんな夜に、アクアを町に連れて行く!だなんて言うもんだから、焦ったわよ。今は落ち着いたみたいだけど」
キュルケは、机を挟んで座っている青い髪の少女に話しかけた。
グラマラスなキュルケとは対照的に、スレンダーで小柄な少女は、ランプの明かりで本を読みながら、キュルケの話に耳を傾けている。
ルイズを落ち着けて、部屋に戻した後、キュルケは親友のタバサの部屋で駄弁っていた。
一方的にキュルケがしゃべっていて、タバサは時々思い出したように相槌を打つだけであったが、キュルケはこの無口な友人といる時間が好きだった。
「消灯時間」
短くタバサが呟く。夜遅いのだからもう部屋に戻れ、と言いたいのだ。
「でもねえ、タバサ。アクアってば、本当に弱ってるんだもん。あんな様子を見せられたんじゃ、もう、心配で。今夜もデートの約束があったんだけど、とてもそんな気になれないわ」
キュルケは、意外と世話焼きなのだった。タバサは、パタンと本を閉じる。
「明日」
「え?」
「明日、町へ行って、医者を連れてくる。シルフィードなら、町まで二時間で行ける」
「あなたの風竜を借してくれるの?ありがとうタバサ!だからあんたって好きよ」
感極まって、キュルケはタバサに抱きついて、思うさまかいぐり回した。
タバサはされるがままになって、髪がくしゃくしゃになったが、不思議といやな気分ではなかった。
微熱のキュルケと、雪風のタバサ。この一見対照的な二人は、親友なのであった。
その頃、キュルケの部屋では、彼女のボーイフレンドの一人が、天を仰いでいた。
期待に胸をときめかせて、女子寮の窓から忍び込んだのだが、そこで彼は、約束がすっぽかされたということを悟った。
「ああ、キュルケ!微熱のキュルケ!きみは、こんなにも僕を弄ぶ!」
彼女の気まぐれに翻弄されるのはこれが始めてではないものの、やはり嘆かずにはいられなかった。
落胆しつつ、女子寮に忍び込んだことが教師たちに見つからないよう、そっとキュルケの部屋を出ることにする。
『レビテーション』の魔法で窓から飛び出した彼は、彼の背中を照らす光に気付いた。
ふり返って見ると、キュルケの隣の部屋の窓から、強烈な光が漏れ出ている。
あれは確か『ゼロのルイズ』の部屋じゃなかったか?
また何か魔法を失敗させたのだろう、と大した感慨も持たずに、彼は女子寮を後にした。
ルイズは目の前の光景に、言葉を失っていた。
死んだアクアの身体が突然まばゆく光り出したのだ。
アクアの身体から放出される魔力の波が部屋中を暴れ回り、ルイズは後ずさった。
「アクア!どうなってるのアクア!」
魔力の嵐に翻弄されながらも、ルイズは必死にアクアに手を伸ばす。ルイズの手が、アクアの腕を掴もうとしたそのとき。
アクアの腕が、ばらばらに崩れた。
腕だけではなく、身体や顔にもひびが入り、服までもが、まるでパズルのピースのようにばらばらになって、魔力の波に飲まれ、ルイズの部屋を飛び回った。
いったい、何が起こっているの?
ルイズは床にへたり込み、ただ、目の前の光景を見ていることしかできなかった。
やがて、宙を舞うパズルのピースたちは一ヶ所に集まって、何かを形作ってゆく。
バラバラになったアクアの身体が、『別の何か』になってゆく。
その『何か』がついに組み上がったとき、ひときわ大きな魔力が、部屋の窓を揺らした。
ルイズは思わず顔を庇うようにして、衝撃に備えた。
やがて、魔力の嵐が去ったあと、ルイズはおそるおそる顔を上げた。
すると、見慣れた自分の部屋に、見知らぬ少年が立っていた。
身長は160から170サントほどで、ルイズと同い年くらいであろうか。ツンツンととんがった、ハルケギニアでは珍しい黒髪をしていた。
「あれ?えーと……ここは、どこだっけ……ぼくは、なにをしてたんだっけ。久しぶりだから、頭ボーッとするなァ」
寝ぼけたような顔で、きょろきょろとあたりを見回している。
ぼんやりとした少年の言葉に、ルイズは目を白黒させた。
ば、ばば、化けた。これも魔法なのかしら?
「ぼくは何をするんだっけな……なんだっけ?ここはどこだ?」
少年は、ぶつぶつ言いながら部屋をうろつきはじめた。
ルイズは得体の知れない少年に、心底怯えていた。そんな少年が、ぐるりと首を回してルイズのことを見たものだから、ルイズは思わず縮み上がった。
「きみは……ルイズ?」
「そ、そそそ、そうよ」
「ルイズに喚び出されて……ルイズのおでこにゴーラの実をぶつけて……ゴーラの実をぶつけて……『契約』の儀式をして……ああ、そうだ、使い魔召喚の儀式だ!それでぼくはここにいるんだ!」
これですべて分かったぞ、といった調子で少年は叫んだ。
反対にルイズはますますこんがらがってしまった。
「あんた……誰?」
「んー……」
少年は少し考え込むようにして、頬を掻いた。
落ち着いてきたルイズの口から、堰を切ったように、疑問が溢れ出してきた。
「アクアはどこへ行ったの!?今のも魔法!?変身!?あんた今どこから来たの!?」
「ちょいちょい、落ち着いて。アクアは大丈夫だよ、また会えるから」
「……そうなの?」
少年に詰め寄っていたルイズは、その言葉を聞くと、なんだかほっとして、力が抜けてしまった。
「ただ、今は、ちょっと出て来れないんだ。この身体は、いまぼくが使っているから」
どうやらアクアは、いなくなってしまったわけではないらしいが、ルイズには分からないことだらけである。
落ち着いた頭で、あらためて少年を見る。異国の服に身を包んだ、気の優しそうな目をした少年であった。
そして、その髪と同じ色の黒い瞳は、アクアと同じ、まるで人形のような目をしていた。
人形のような瞳……
「あんたは、もしかして。アクアと同じ、不老不死のメイジの一人……」
少年は、ニコっと笑って答えた。
「そう、魔法使いティトォ。趣味は風景画、見るのも描くのも大好き。使い魔の件は、アクアに変わってぼくが請け負うよ。よろしくね、ルイズ」
「……はあ。その。よろしく」
ルイズは曖昧に返した。
寝ぼけたような目をしていたティトォは、すっかり頭がはっきりとしたようで、部屋の調度品を感心したように眺めていた。
「うん、いいなァ、なんか雰囲気ある部屋だな、ここ。ねえ、紙とペン貸して」
「へ?ああ、うん。これでいい?」
ティトォに言われるがまま、ルイズは授業で使う羊皮紙と羽根ペン、インク壷を差し出した。
「紙巻きの鉛筆はない?」
「ないわよ、わたし絵なんか描かないもの」
「そっか、残念。うん、でも、ドローイングってのも一度試してみたかったし、ちょうどいいや」
そう言うと、ティトォは床に座り込んで、見事なゴシック調の化粧台のデッサンを取りはじめた。
ルイズはそんなティトォの様子を、立ち尽くしたまま見ていた。
なにかしらこれ。
なんか、おかしくない?
こんな夜更けに、男の子を部屋に入れるだなんて。色ボケのツェルプストーじゃあるまいし。
いやでも、ティトォはわたしの使い魔、なのよね?じゃあ問題ないのかしら。
でも『契約』したのはアクアのはずなんだけど。そこんとこ、どうなってるの?
そうだ、使い魔のルーン!
「ティトォちょっと」
ルイズはそう言うと、ティトォの右手を取って、手の甲を確認した。
「どうかした?」
「ない……」
アクアに刻まれたはずのルーン文字は、綺麗さっぱりなくなっていた。
「ルーンが、なくなってる」
「ルーン?」
「使い魔のルーンよ!あれが『契約』の証なのに」
ルイズは、がばっ!と顔を上げてティトォを見る。
使い魔の契約が解除されるだなんて、前代未聞だ。また意地の悪いクラスメイトたちにからかいのネタを与えることになる。
と、ルイズはティトォの額に、何かうっすらと、模様があることに気付く。
ティトォの前髪をかきあげてみると、そこにルーン文字を確認し、ルイズは安堵の息を吐いた。
よく見ると、アクアのものとは文字が違っているようだったが、この際なんでもいい。『契約』の証があることが重要なのだった。
そのとき、突然ドアが開け放たれ、見慣れた赤髪がルイズの部屋に飛び込んできた。
「ルイズ、アクアの調子はどう?……って、あら」
深夜の来訪者キュルケは、部屋の中の様子を見て、一瞬固まった。
そんなキュルケを見て、ルイズは自分が今、どんな体勢を取っているかに気が付いた。
男の子と一緒に床に座り込んで、向き合った彼の髪をかきあげている。ふたりの身体はとても近くて、ルイズがティトォにのしかかるようになっている。
一瞬で顔を茹で上がらせたルイズは、ばね仕掛けのおもちゃのように飛び上がった。
そんなルイズを見て、キュルケは呆れたような顔をする。
「まあ、信じられない。あなた、自分の使い魔が苦しんでいる時に、男の子を部屋に誘い込んだのね。ルイズ。エロのルイズ」
「だれがエロのルイズよ!それはあんたでしょーが!」
ルイズはムキになって叫んだ。キュルケはやれやれといったふうに、ため息をつく。
「アクアはどうしたのよ。あの子、あなたのベッドで寝ていたんじゃなかったの?」
「え?それは」
ルイズは答えに詰まった。というか、ルイズ自身、アクアがどうなってしまったのか分かっていないのだった。
「あの。アクアはいったいどこへ行ったの」
と、ルイズはティトォに訪ねた。
ティトォは、トントンと指でこめかみを叩く。少し考えたあと、キュルケに向かってうやうやしく頭を下げた。
「はじめまして。ぼくはティトォと言います。あなたは」
「え?ええ。あたしはキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します」
かしこまったティトォの様子に、キュルケは戸惑った。
「ぼくはアクアの腹違いの兄です。ミス・ツェルプストー。あの子は、チャケカバ車で家に帰らせました」
「チャケ?」
「ああ、えっと。そうじゃなくて、馬車です。馬が引く乗り物です」
「それは知ってるけど」
「あの子は身体が弱いので、使い魔の仕事を続けるのは難しいでしょう。そこでぼくが、アクアに代わってルイズの使い魔をつとめることにしたのです」
キュルケはぽかんとして、ティトォがつぎつぎ吐き出す嘘を、頭の中で整理していた。
ルイズはティトォの横腹を小突いた。
「なによ、腹違いの兄って。ほんとなの?」
小声で尋ねる。
「嘘だよ。あんまりぼくらの身体のことをふれまわりたくないからね」
「ああそう。でもね、使い魔の身代わりって言い訳はどうなの。ありえないわ。いくらなんでもありえないわ。もう少し何かあるでしょう!」
ぼそぼそと小声でやり合っていると、キュルケが声をかけてきた。
「ねえルイズ。あんたにはいつも驚かされてきたけれど、使い魔の兄妹に代わりをさせるなんてのは、さすがに初めて聞いたわよ。ゼロのルイズ。あんたって本当、ぶっ飛んでるわ」
「なによそれ。褒めてるの、けなしてるの」
「驚いてんのよ、単純に。それにしてもねえ、彼ったら。なかなかいい男じゃないの。ちょっとぼんやりした顔してるけど、そんなところも可愛いわ」
また始まった、この淫乱ゲルマニア人。とルイズはじとっとした目でキュルケを見る。
キュルケはそんな視線を気にも止めず、言葉を続けた。
「あなたのタイプがああいう殿方だったとはね、ちっとも知らなかったわ」
一瞬ルイズは何を言われたのか分からなかったが、キュルケが部屋に入ってきた時のことを思い出すと、顔を耳まで真っ赤に染めて叫んだ。
「あのね、あれは!そう言うんじゃないから!違うわよ!」
「なにが違うの、エロのルイズ。あなたから誘ったのでしょ?娼婦のようにいやらしい流し目でも送ったんじゃないこと?」
恋多き女キュルケは、自分のことを棚に上げて、ルイズをからかいはじめた。
ルイズは羞恥に肩を震わせる。ルイズは基本的に純情なので、この手の侮辱には耐えられないのだった。
「ややや、やめてよね!色ボケのあんたと一緒にしないでちょうだい!このゲルマニアの野蛮人が!なあに?ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学してきたんでしょ?」
頭に来たルイズは、キュルケに挑戦的な言葉を投げかけた。キュルケの顔色が変わる。
「言ってくれるじゃない、ヴァリエール」
「なによ、ホントのことでしょ」
「ねえ、ご存知?あたし、あんたのことだいっきらいなのよ」
「あら、奇遇ね。わたしもなの」
「気が会うわね」
「そうね」
「そろそろ、決着を付けませんこと?」
「あんたの口から、初めてまともな言葉を聞いたわ」
ふたりはばっと飛び退ると、同時に腰に差した杖に手を伸ばし、相手に向けて突きつけた。
「決闘よ!」
興奮して睨み合うふたりを、ティトォはぼんやりと眺めていた。
あのギーシュと言い、貴族って人たちはみんな血の気が多いのかなァ、と、呑気なことを考えていた。
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