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「ナイトメイジ-26」(2009/09/21 (月) 16:17:19) の最新版変更点
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#navi(ナイトメイジ)
既に夜も更け、酔漢たちももう眠りに落ちている頃だろうか。
青臭い下生え茂る野原で男は息をする音すらも消し、身を潜めていた。
「副隊長、総員配置につきました」
「よし。合図を待て」
男はトリステイン魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の副隊長。
そして、この隊の指揮官でもある。
副隊長は前日までこの隊の指揮官ではなかった。
副隊長の上には当然ながら隊長がいたのだ。
隊長の名はワルド。
人品兼ね備えたスクエアメイジであり、忠信篤い貴族。
副隊長を含む全ての隊員達に尊敬される、まさに理想を体現したような男であった。
しかしそれも既に過去の話である。
数日前、王女に呼び出され、聞かされた内容がそれを物語っていた。
「ワルドはレコン・キスタに与する裏切り者です」
副隊長は我が耳を疑った。
──そんな馬鹿な
それを口に出さずにいれたのはアンリエッタ王女の顔にあったのが華のようなと称されるような笑顔ではなく、氷のように張り付いた笑顔だったからだろう。
「グリフォン隊の総力を持ってして、さらなる裏切り者を探し出すのです」
続けて下されたアンリエッタ王女の命令を聞いた副隊長は慌てて隊舎に戻り、命令を果たすべく行動を開始したのであった。
その結果、見つけたのがトリステイン郊外にうち捨てられたこの小屋においてレコン・キスタのスパイとおぼしき男がトリステインのとある貴族の執事と接触するという確かな情報である。
「失敗はできん。グリフォン隊の誇りにかけて」
これを逃せば次にいつ手柄を上げられるかわからない。
そして、手柄が上げられなければ隊長の裏切りという不祥事を起こしたグリフォン隊は解散となる。
それは副隊長にとっても、栄誉あるグリフォン隊を構成する隊員達にとっても看過できないことなのだ。
待つこと十数分。
虫が顔に止まり、這い回り始めたころだ。
一軒家から少し離れたところにわずかな光が灯る。
合図だ。
「突撃!」
号令と共に、副隊長と部下達は一斉に身を起こす。
小さく聞こえていた虫の声はやみ、不思議な静寂が満たされる。
数匹のグリフォンは両翼を広げ、小屋を包囲した。
副隊長は窓を突き破り、乱入。
砕け散った木枠が顔を叩くのを無視して、杖にブレイドをかけた。
床に着地すると同時に斬りかかってきた傭兵らしき男を切り伏せる。
ついでにその男のそばにあった木箱も切り裂いてしまう。
中からおびただしい量の金貨が砂のようにこぼれ落ちた。
直後、別の窓と扉を蹴り壊した部下達がライトの魔法で室内にいた数人の男たちを照らし出した。
「トリステイン魔法衛士隊、グリフォン隊だ!」
中にいたのはメイジが少数、それから平民の傭兵が数人。
ほとんどの腰は引けているが、まだ抵抗の意志を見せている者もいる。
メイジの1人が魔法を唱えようとしているのを目の端で確認。
その懐に素早く飛び込み、杖のみを斬り飛ばして床にたたきつけた。
「貴様らがレコン・キスタか。その口、じっくり割らせてもらうぞ」
「それはちょっと困るわね」
「なにっ!?」
それが副隊長の最後の言葉となった。
術者を失った魔法の光は次々に消え、小屋の中は瞬時に暗くなる。
次いで聞こえてくる人が床に落ちる音にレコン・キスタのスパイ達は一歩もその場から動けずにいた。
やがて静かになり、動く者はなにもなくなる。
その中で扉の外に見える二つの金色の光が瞳であることに気づくのには少しの時間がかかった。
「お、お前はだれだ?」
レコン・キスタのスパイであるその男は言ってから後悔した。
その二つの瞳を持つ者が自分達を害する者ではないと誰が保障してくれるのだ。
「気を抜き過ぎよ。もう少し気をつけて動く事ね」
闇から聞こえる女の声に仲間達が一斉にほっと息をつく。
声をかけたレコンキスタの男も同様だ。
どうやら話が通じる相手のようだ。
「助けてくれたのか?」
「そういうことになるわね。レコン・キスタの邪魔はして欲しくないと思っているし」
このレコン・キスタのスパイは下級とはいえ貴族であった。
相手が味方となれば余裕も出てくる。
今更ではあるが怯えて曲がりきっていた背中を伸ばし、貴族としての矜持を見せようとした。
「名前をお教え願えないだろうか」
風にあおられ、小屋が崩れそうな音を立てて扉が閉まる。
レコン・キスタの男は慌てて外に飛び出たが、金色の瞳を持つ女はどこにも見あたらない。
代わりにレコン・キスタの男は小屋を囲むように倒れ伏しているグリフォン隊の隊員とグリフォンをいくつも見つけた。
一陣の風が吹く。
自分の体が冷えたのはそのせいだということにした。
そうだ、こんな寒いところにはもういたくない。
未だ部屋の中に居る男たちに声をかけ、レコン・キスタの男はなるべく早くその場を去った。
「どういう事ですか!」
アンリエッタが声を荒げたはしたなさに顔を赤らめていたのは、執務室でのことだった。
居住まいを正し、小さく咳払いを一つ。
自らを落ち着かせてから言葉を続けた。
「兵が揃えられないとはどういう事です」
それに答えたのは市井において鳥の骨とも揶揄されているが確かな政治手腕を持つマザリーニ枢機卿である。
あだ名に違わぬ細い体の彼が話す内容は重いものであった。
「レコン・キスタに対する見方は今、すぐにでも攻めてくると言うものと和平を求めて来るであろうというものの二つに分かれており後者の見方が優勢です。多額の予算を使って来るかどうかもわからぬレコン・キスタに備えることはできないと多くのものが見ているのです」
「先日まではレコン・キスタがすぐにでも攻めてくると見られていたではありませんか。そのために警備も増強したのではありませんか」
「この数日間でそれが急激に変わったのです」
「急激に……まさかそれほどまでにレコン・キスタの手のものが我が国に?」
「おそらく」
アンリエッタはがっくりと椅子に背を預ける。
アルビオンより帰還を果たした次の日のことだ。
マザリーニにこってり絞られた後、アルビオンでの出来事を話し、国防について話し合った。
そしてそれに対する策もいくつか施した。
しかし、レコン・キスタの動きは彼女を上回っていた。
それはアンリエッタの甘さか、あるいはレコン・キスタの強さによるものか。
その判断ができるほど彼女はまだ政治に慣れていない。
「グリフォン隊に期待するしかありませんね。同時に何か手を打たねばなりませんね」
「そのことですが」
マザリーニの顔はとてもでは無いが明るい知らせを持っているようではない。
「昨夜、グリフォン隊は壊滅しました」
力の抜けてアンリエッタの手から羽ペンが落ちていく。
その先にまだついていたインクが高価な羊皮紙を汚していた。
「隊として既に成り立たない状況にあるようですな」
落としたペンをそのままに、うつむいたアンリエッタは頭を数回振った。
何かを考えなければならないのだろう。
だが、なにも考えられなかった。
「後は私が」
「わかりました。任せます」
マザリーニが退室するまで、アンリエッタはそこから動くことはなかった。
ただ扉の閉まる音がやんだとき、一言だけ呟いた。
「ウェールズ様、私は無力です」
この日を境にグリフォン隊はその輝かしい歴史を閉じることとなる。
同時にトリスタニアにおいてレコン・キスタとの条約締結を進める派閥がその数を徐々に増やしつつあった。
彼らのうちの幾人かは平民が一生どころか5回生まれ変わっても稼げないような金貨を手に入れていたが、それに気付く者はごくわずかだった。
さらに、それを見計らっていたかのようにアルビオン新政府より条約締結の打診があり、トリステインはそれをゲルマニアとの協議の末異例の早さで受け入れることとなる。
これにはトリステインの一部の貴族からの強力な推進があったという。
アンリエッタは書類にサインをする際に「白々しい」と呟いたとも言われるが真偽は定かではない。
繕われたような平和を得たトリステインは憂いを忘れようとするようにアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世との婚姻に向け、準備を進めていくのであった。
空を飛ぶ鳩を見ても不審に思う者はまずいないだろう。
それがトリステイン魔法学院の女子寮の窓に飛び込んでも同じ事だ。
鳩が迷い込んだと思う者が少し、残りはその部屋に住む女生徒の使い魔だと考える。
しかし、この鳩はどうやらどちらでもないようだ。
その足に足に筒がつけれているからには迷い込んだ鳩ではないだろうし、この部屋に住んでいる女生徒の使い魔は見事な風竜なのだ。
部屋の主である特徴的な青い髪を持つ生徒の名はタバサという。
タバサは慣れた手つきで鳩を捕まえると、筒の中より小さな紙を取り出し、無感情な瞳でそれに目を通す。
「ルイズ・フランソワーズ、ベール・ゼファー、監視」
その間にこぼしたこの一言も、ただ確認のためだけに発したものだった。
#navi(ナイトメイジ)
#navi(ナイトメイジ)
既に夜も更け、酔漢たちももう眠りに落ちている頃だろうか。
青臭い下生え茂る野原で男は息をする音すらも消し、身を潜めていた。
「副隊長、総員配置につきました」
「よし。合図を待て」
男はトリステイン魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の副隊長。
そして、この隊の指揮官でもある。
副隊長は前日までこの隊の指揮官ではなかった。
副隊長の上には当然ながら隊長がいたのだ。
隊長の名はワルド。
人品兼ね備えたスクエアメイジであり、忠信篤い貴族。
副隊長を含む全ての隊員達に尊敬される、まさに理想を体現したような男であった。
しかしそれも既に過去の話である。
数日前、王女に呼び出され、聞かされた内容がそれを物語っていた。
「ワルドはレコン・キスタに与する裏切り者です」
副隊長は我が耳を疑った。
──そんな馬鹿な
それを口に出さずにいれたのはアンリエッタ王女の顔にあったのが華のようなと称されるような笑顔ではなく、氷のように張り付いた笑顔だったからだろう。
「グリフォン隊の総力を持ってして、さらなる裏切り者を探し出すのです」
続けて下されたアンリエッタ王女の命令を聞いた副隊長は慌てて隊舎に戻り、命令を果たすべく行動を開始したのであった。
その結果、見つけたのがトリステイン郊外にうち捨てられたこの小屋においてレコン・キスタの間諜とおぼしき男がトリステインのとある貴族の執事と接触するという確かな情報である。
「失敗はできん。グリフォン隊の誇りにかけて」
これを逃せば次にいつ手柄を上げられるかわからない。
そして、手柄が上げられなければ隊長の裏切りという不祥事を起こしたグリフォン隊は解散となる。
それは副隊長にとっても、栄誉あるグリフォン隊を構成する隊員達にとっても看過できないことないのだ。
待つこと十数分。
虫が顔に止まり、這い回り始めたころだ。
一軒家から少し離れたところにわずかな光が灯る。
合図だ。
「突撃!」
号令と共に副隊長と部下達は一斉に身を起こす。
小さく聞こえていた虫の声はやみ、不思議な静寂が満たされる。
数匹のグリフォンは両翼を広げ、小屋を包囲した。
副隊長は窓を突き破り、乱入。
砕け散った木枠が顔を叩くのを無視して、杖にブレイドをかけた。
床に着地すると同時に斬りかかってきた傭兵らしき男を切り伏せる。
ついでにその男のそばにあった木箱も切り裂いてしまう。
中からおびただしい量の金貨が砂のようにこぼれ落ちた。
直後、別の窓と扉を蹴り壊した部下達がライトの魔法で室内にいた数人の男たちを照らし出した。
「トリステイン魔法衛士隊、グリフォン隊だ!」
中にいたのはメイジが少数、それから平民の傭兵が数人。
ほとんどの腰は引けているが、まだ抵抗の意志を見せている者もいる。
メイジの1人が魔法を唱えようとしているのを目の端で確認。
その懐に素早く飛び込み、杖のみを斬り飛ばして床にたたきつけた。
「貴様らがレコン・キスタか。その口、じっくり割らせてもらうぞ」
「それはちょっと困るわね」
「なにっ!?」
それが副隊長の最後の言葉となった。
術者を失った魔法の光は次々に消え、小屋の中は瞬時に暗くなる。
次いで聞こえてくる人が床に落ちる音に、レコン・キスタの間諜達は一歩もその場から動けずにいた。
やがて静かになり、動く者はなにもなくなる。
その中で扉の外に見える二つの金色の光が瞳であることに気づくのには少しの時間がかかった。
「お、お前はだれだ?」
レコン・キスタの間諜であるその男は言ってから後悔した。
その二つの瞳を持つ者が自分達を害する者ではないと誰が保障してくれるのだ。
「気を抜き過ぎよ。もう少し気をつけて動く事ね」
闇から聞こえる女の声に仲間達が一斉にほっと息をつく。
声をかけたレコン・キスタの男も同様だ。
どうやら話が通じる相手のようだ。
「助けてくれたのか?」
「そういうことになるわね。レコン・キスタの邪魔はして欲しくないと思っているし」
このレコン・キスタの間諜は下級とはいえ貴族であった。
相手が味方となれば余裕も出てくる。
今更ではあるが怯えて曲がりきっていた背中を伸ばし、貴族としての矜持を見せようとした。
「名前をお教え願えないだろうか」
風にあおられ、小屋が崩れそうな音を立てて扉が閉まる。
レコン・キスタの男は慌てて外に飛び出たが、金色の瞳を持つ女はどこにも見あたらない。
代わりに小屋を囲むように倒れ伏しているグリフォン隊の隊員とグリフォンをいくつも見つけた。
一陣の風が吹く。
自分の体が冷えたのはそのせいだということにした。
そうだ、こんな寒いところにはもういたくない。
未だ部屋の中に居る男たちに声をかけ、レコン・キスタの男はなるべく早くその場を去った。
「どういう事ですか!」
アンリエッタが声を荒げたはしたなさに顔を赤らめていたのは、執務室でのことだった。
居住まいを正し、小さく咳払いを一つ。
自らを落ち着かせてから言葉を続けた。
「兵が揃えられないとはどういう事です」
それに答えたのは市井において鳥の骨とも揶揄されているが確かな政治手腕を持つマザリーニ枢機卿である。
あだ名に違わぬ細い体の彼が話す内容は重いものであった。
「レコン・キスタに対する見方は今、すぐにでも攻めてくると言うものと和平を求めて来るであろうというものの二つに分かれており後者の見方が優勢です。多額の予算を使って、来るかどうかもわからぬレコン・キスタに備えることはできないと多くのものが見ているのです」
「先日まではレコン・キスタがすぐにでも攻めてくると見られていたではありませんか。そのために警備も増強したのではありませんか」
「この数日間でそれが急激に変わったのです」
「急激に……まさかそれほどまでにレコン・キスタの手のものが我が国に?」
「おそらく」
アンリエッタはがっくりと椅子に背を預ける。
アルビオンより帰還を果たした次の日のことだ。
マザリーニにこってりしぼられた後、アルビオンでの出来事を話し、国防について話し合った。
そしてそれに対する策もいくつか施した。
しかし、レコン・キスタの動きは彼女を上回っていた。
それはアンリエッタの甘さか、あるいはレコン・キスタの強さによるものか。
その判断ができるほど彼女はまだ政治に慣れていない。
「グリフォン隊に期待するしかありませんね。同時に何か手を打たねばなりませんね」
「そのことですが」
マザリーニの顔はとてもでは無いが明るい知らせを持っているようではない。
「昨夜、グリフォン隊は壊滅しました」
力が抜けてアンリエッタの手から羽ペンが落ちていく。
その先にまだついていたインクが高価な羊皮紙を汚していた。
「隊として既に成り立たない状況にあるようですな」
落としたペンをそのままに、うつむいたアンリエッタは頭を数回振った。
何かを考えなければならないのだろう。
だが、なにも考えられなかった。
「後は私が」
「わかりました。任せます」
マザリーニが退室するまで、アンリエッタはそこから動くことはなかった。
ただ扉の閉まる音がやんだとき、一言だけ呟いた。
「ウェールズ様、私は無力です」
この日を境にグリフォン隊はその輝かしい歴史を閉じることとなる。
同時にトリスタニアにおいてレコン・キスタとの条約締結を進める派閥がその数を徐々に増やしつつあった。
彼らのうちの幾人かは平民が一生どころか5回生まれ変わっても稼げないような金貨を手に入れていたが、それに気付く者はごくわずかだった。
さらに、それを見計らっていたかのようにアルビオン新政府より条約締結の打診があり、トリステインはそれをゲルマニアとの協議の末、異例の早さで受け入れることとなる。
これにはトリステインの一部の貴族からの強力な推進があったという。
アンリエッタは書類にサインをする際に「白々しい」と呟いたとも言われるが真偽は定かではない。
繕われたような平和を得たトリステインは憂いを忘れようとするようにアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚姻に向け、準備を進めていくのであった。
空を飛ぶ鳩を見ても不審に思う者はまずいないだろう。
それがトリステイン魔法学院の女子寮の窓に飛び込んでも同じ事だ。
鳩が迷い込んだと思う者が少し、残りはその部屋に住む女生徒の使い魔だと考える。
しかし、この鳩はどうやらどちらでもないようだ。
足筒がつけれているからには迷い込んだ鳩ではないだろうし、この部屋に住んでいる女生徒の使い魔は見事な風竜なのだ。
部屋の主である特徴的な青い髪を持つ生徒の名はタバサという。
タバサは慣れた手つきで鳩を捕まえると、足筒の中より小さな紙を取り出し、無感情な瞳でそれに目を通す。
「ルイズ・フランソワーズ、ベール・ゼファー、監視」
その間にこぼしたこの一言も、ただ確認のためだけに発したものだった。
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