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「力を求める使い魔 Re-01」(2008/11/27 (木) 20:38:27) の最新版変更点
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#navi(力を求める使い魔)
力が欲しかった。 誰にも怯えることがない絶対の力が欲しかった。
そして――手に入れたはずだった。 無敵の力を、無限の力を。もう誰にも負けないはずだった。
「夢……だったのか……?」
大きく胸を切り裂かれ、血が止まらない。 手が、足が、体が――崩れていく。
悪魔と合体してまで手に入れた、彼の力の象徴たる体が崩れる。
回復魔法でも戻らない不可逆的なほどの傷が全身に深く刻まれている。
「悪い……夢……」
いや、違う。
「いや……いい夢だった……」
ただ、平和な街角でおびえるだけだった自分。 ただ、強者にいたぶられるだけだった自分。
何ももたず、虐げられるままだった……昔の自分。そのままきっと消えるはずだった。
だが今はどうだ。
何も持たなかったはずの自分が、かけがえのない友を得て、力を得て、信頼を得て………
本当にいい夢だった。これ以上にないほどいい夢だった。
きっと、満足するに足る人生だったろう。後悔するは贅沢なのかもしれない。
けど、それでも。ただ、最後に望むことが許されるのだとしたら、
「もっと……力が欲しかった」
俺を倒した男であり、同時に最大の親友のあいつにも……勝てるだけの力が欲しかった。
それだけが心残りだった。 何かをつかむように虚空に手を伸ばす。
その手はもう何も掴むことはない。友の足音が薄暗い建物の中に響く。あいつは、もう振り返らないだろう。
天使を殺し、魔王を破壊する。そして、俺とも奴とも違う第三の選択肢の未来を作るだろう。
ドサリ、と腕が地面に落ちる。荒い息を繰り返しながら、懐かしい過去を思い出す。
自虐的な笑みと共に、こんな最期がお似合いかと目をつぶったときだった。
その時、奇跡が起こった。
突然、彼の前に光る鏡が現れた。光るそれは、ろくに動けないはずの彼のすぐ側に現れた。
何かの出迎えか、それこそ地獄の……。あきらめに似た心のまま、ふと下ろした腕を光に伸ばす。
ほんの指先ほどだった。しかし、伸ばした手がその鏡に触れ――――――――――
「なんだ!? 引きずり……込まれる!?」
彼はこの世界から、一片の痕跡も残さず消失した。
力を求める使い魔 Re1
「なんだ……?」
気付くと彼は、見たこともない場所に横になっていた。
目に飛び込んできたのは、懐かしいあたりにはどこまでも広がる青空。
顔を横に向ければ、腰の辺りまではある長い草木が生い茂っていた。
久しぶりに見た太陽のあまりの明るさに、目の前がくらくらする。あまりにも強烈な違和感。
ありえない光景に対して絶句してしまう。
ここは、どこだ? なぜ……こんな風景が目の前に広がっているんだ?
30年前……彼らからすればほんの数ヶ月前、大量のICBMの炸裂によって世界の気候が激変した。
どんな時でも厚く黒い雲が町を覆いかぶさるように広がり、 廃墟が延々と広がった。草木など、どこもろくに育たなかったはずだ。
だというのに、この突き抜けるような青空はなんだというのか。
幻覚か何かと目を疑い、思わずずれたメガネをかけなおし――――
『かけなおし』?
それは。つまり。 慌てて手のひらで顔を触る。そこには、間違いなくメガネがあった。
メガネは、悪魔と合体し、『魔人』として生まれ変わったときに不要になって捨てたはずだった。
視力が合体のため回復し、逆にかけていると視界がぼやけるからだ。 なのに、メガネを当然のように今の自分はつけている。
ゆるゆると体を起こす。自分の手をふと見ればそこにあるのは、生まれた時に親から貰った自分の体だった。
正真正銘自分の―――人間の体。
悪魔と合体することで手に入れた、自分の力の象徴であった『魔人』の体ではない。
衣服まで、昔のロングコートだ。さっきまでつけていた甲冑など、どこにも見当たらない。
しかも、先ほど受けた致命傷がきれいさっぱり消えている。服には血の跡などまったくもないし、痛みもない。
何が、どうなっているのか、理解することが、彼には咄嗟に出来なかった。
死を目前にしていた自分が、突然見知らぬ土地にいて、しかも体は人間に戻っていて傷も消えている。
ここが俗に言う天国という奴かと思わないわけでもなかったが……それはありえない。
何しろ自分はさんざん地上に降りてきた天使やメシア教徒を殺してきたのだ。神の敵対者もいいところ。
そんな自分が死んで神の元に召されるとは、 ブラックジョークにもならないだろう。
死んだとしても向かうはせいぜい地獄か魔界が相場だ。
だがそうだとするとここはどこなのか。
自分は生きていて……東京を除き全人類が滅びたはずの世界の、どこかのユートピアに飛ばされたのだろうか。
頭の混乱が限界に達したとき、周りから笑い声が上がった。 男も女もあるが、明らかに声が若い。
ふと頭を上げれば、彼を取り囲むようなかたちで妙な格好をした、高校生くらいの年嵩の一団。
「おい!見ろよ!平民だぜ!」
「さすがゼロのルイズ!サモン・サーヴァントで平民を呼び出すなんて!」
口々に周りの連中が何かを囃し立てる。 どう好意的に聞いても、嘲りなどの感情が混じった笑いだ。
『平民』? 『サモン・サーヴァント』?
意味不明な言葉が飛び交っていたが、笑う連中の視線を見れば、何を笑っていたのかすぐに分かった。
どうも自分と……桃色に近い髪の女が奴らの笑いの的らしい。
桃色女は、自分が笑われているのに、なにか頭の禿げ上がった眼鏡の親父に食ってかかっている。
「………なんだこいつら」
周りの誰にも聞こえないくらいの声で呟く。 怒りがふつふつと湧き上がる。
相変わらず混乱していたままだったが、とりあえず今、分かることがある。
気に食わない。
見るからに苦労していませんと言っているような連中に笑われるほど、まだ落ちぶれたつもりはない。
この連中は、俺や桃色女を見下して―――自分のほうが上だと思ってせせら笑っている。
そういう笑い方が彼は反吐が出るほど嫌いだった。かつて、自分にそんな笑いを浴びせていたオザワという人間を思い出すからだ。
何故人間に戻ったか、ここがどこかはひとまず置いといて、だ。 現状、目の前に最高に気に食わない連中がいる。
そいつらが俺を笑っている。 なら、どうする?答えはシンプルだ。 『魔人』ではなくなった。
だが、目の前のガキどもを消し炭にするくらいの魔力は十二分にあるだろう。
軽く、手を1,2度握りなおす。手には何もない。単純に素手だ。しかし、その空の手に武器を――魔力を煉る。
後悔する時間も与えない。まとめて最大火炎魔法のマハラギオンで消し炭にしてやる。
さらに、連中の笑いが大きくなる。彼はもう一度睨みつけながら周りの連中を見渡した。
「……そのクソッたれた笑顔に炎をくらわせてやる。喰らいやがれ、マハラ―――」
マハラギオンを唱えようとした直後だった。よこやりから、桃色女の手が伸びる。
なんだと口を開くよりも速く、突然唇が押さえられた。いや、押さえられたというのは少し間違っている。
キス、されていた。
「むぐ――――!」
相手は、先ほど笑われていた桃色女だ。
一気に集中が解け、魔力が拡散する。こんなことをされて、集中を維持しろというのが無理な話だ。
彼とて、高校生の親友二人と同い年で――とどのつまりはまだ二十歳にもなっていないティーンエイジャーなのだ。
もし、大破壊に巻き込まれていなければ、高校に通っているか、それとも大学に通っているかといった年である。
人殺しと悪魔狩りの経験はたっぷりあっても、こっちの経験は一切なかった。 何しろ、誰にも心を開かないほとんど孤独な生活だったからだ。
突然、見知らぬ女からのキス。動転するのは責められないだろう。
「ぐああッ!熱い、なんだ!?」
手が熱い。まるで焼きゴテを押し付けたような鈍い、熱い痛み。それが、手の甲を這っている。
手を押さえたまま、思わぬ痛みに彼はうずくまった。
「すぐに終わるわよ。『使い魔のルーン』が刻まれてるだけよ」
こっちの惨状とは対照的に、頭の上からは涼しげな声が聞こえてきた。どうも、さっきの桃色女の声らしい。
「『使い魔のルーン』?『刻む』?何しやがる!?」
左の手の痛みはすぐにおさまった。すぐさま彼は、桃色女に食って掛かる。
「俺に何をした?この手の模様はなんだ!?」
左手には、見慣れない文字が書き込まれていた。焼きゴテかなにかのように、皮膚に直接書き込まれている。
こっちの言葉を聞いていないのか、騒ぐ自分を尻目に眼鏡の親父はよってきて、 「ふむ、珍しいルーンだな」と一言呟いた。
それ以上、彼の言葉に答えるものはいない。まわりの連中も、白けた目をこっちに向けるだけだった。
「さてと、皆教室に戻るぞ」
ハゲジジィがガキどもに叫ぶ。すると、連中がふわりと急に……宙に浮いた。
若干の驚き。今度は、羽もついていないのに人間が浮き上がった。 もしや全員が悪魔だというのか、と僅かに目を見開いた時だった。
「別に、『フライ』くらい驚くようなものじゃないでしょ」
一人残っていた、呆れ顔の桃色女がため息をついた。
「……『フライ』?」
「別に、初歩の魔法じゃない。農民の子供でも知ってるわよ?」
「魔法? アレが……魔法!?」
さらにため息をつくピンク髪のガキ。どう見ても知っていて当然といわんばかりの反応だった。
しかし、彼はあんな魔法は見たことがなかった。大体魔法は敵を殺すためのものだ。
戦闘用にどれも特化しており、日常生活で使う魔法なんて聞いたことすらない。
常識が通用しない。そう感じた彼は、桃色女に言った。
「おい、ここはどこだ?」
「ここ?トリステインよ。そして、ここはかの高名なトリステイン魔法学院!」
間違いなく聞いたことのない地名。
彼はあまり世界の地理などに明るいわけではないので、もしかしたら外国かもしれない。
だが彼がもっとも最初に頭に思い浮かべたのは金剛神界、異世界だった。
黙りこくる彼をおいて、桃色女は訊いてもいないのにペラペラと喋り続ける。
「私は、2年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあなたのご主人様。使い魔として頑張りなさいよ」
……俺のご主人様?使い魔?
不快な上にどうにも不可解な言葉が混じっている。
「待て、どういうことだ。説明しろ」
それからは、大変だった。なにしろ、こちらはこの世界のことを何一つ知らないのだ。
『ルーン』やら『先住魔法』やら『コモン・サーヴァント』やら『5系統』などといった、
訳の分からない専門用語が飛び出すたびに意味を聞き返さなければいけない。
まるで彼のいた世界と常識が違う。おかげで否応なしにここは間違いなく異世界だと認識させられた。
桃色女が若干嫌な顔をしていたものの一通り丁寧に教えてくれたことも大きい。
割と、あっさり状態は飲み込めた。
いや、分からないことだらけであることは同じでも、最低順応することはできるようになったというべきか。
どうやら突然30年後の世界に飛ばされて生きることになった経験が、知らず知らずのうちに順応力を高めてくれたようだ。
もっともありがたいことでもなんともないが。
「……つまり、お前らは貴族で、魔法が使える。だから平民より身分が高い。魔法が使えない平民は貴族に逆らえない。そういうことか?」
すっかり夜になり、桃色女の部屋で俺はパンを齧っていた。
「まあそうなるわね」
したり顔でピンクが言った。 どこか得意げな桃色女を横目に、ぼそりと彼は言う。
「……貴族とかでおためごかしはしているが、東京と同じだな」
強いものが正しい。強いものが全てを自由にできる。弱いものは強いものに従うしかない。
結局ガイア教の教義と変わらない。それすなわち『強いものが正義』。
違いは、それに、貴族は高潔な存在だとか何とか皮を被せて正当化しているか、していないかの違いだけだ。
つまり先ほど浮いたのも魔法ということだろう。気になるのはこの世界の魔法が、どのくらい強力かということだ。
彼も魔法は使える。どうも貴族の三男坊や没落貴族は、盗賊まがいをやって生きることもあるらしい。
はっきり言って、目の前の女の使い魔なんぞやる気はさらさらない。最悪、彼もそうやって暗闇に身を潜め生きるつもりだ。
だが、そのために気になるのは、この世界の魔法の力。破壊力、威力、範囲、どういうものがあるか……そういったファクターは重要だ。
自分の魔法が、この世界で通用するか否か。最も重要なこれに繋がるからだ。
力がない人間が足掻いたところで何の意味もない。結局、何もできず虐げられるだけだ。
だからこそ、知る必要がある。自分はこの世界において強いのか。それとも弱いのか。
#navi(力を求める使い魔)
#navi(力を求める使い魔)
力が欲しかった。 誰にも怯えることがない絶対の力が欲しかった。
そして――手に入れたはずだった。 無敵の力を、無限の力を。もう誰にも負けないはずだった。
「夢……だったのか……?」
大きく胸を切り裂かれ、血が止まらない。 手が、足が、体が――崩れていく。
悪魔と合体してまで手に入れた、彼の力の象徴たる体が崩れる。
回復魔法でも戻らない不可逆的なほどの傷が全身に深く刻まれている。
「悪い……夢……」
いや、違う。
「いや……いい夢だった……」
ただ、平和な街角でおびえるだけだった自分。 ただ、強者にいたぶられるだけだった自分。
何ももたず、虐げられるままだった……昔の自分。そのままきっと消えるはずだった。
だが今はどうだ。
何も持たなかったはずの自分が、かけがえのない友を得て、力を得て、信頼を得て………
本当にいい夢だった。これ以上にないほどいい夢だった。
きっと、満足するに足る人生だったろう。後悔するは贅沢なのかもしれない。
けど、それでも。ただ、最後に望むことが許されるのだとしたら、
「もっと……力が欲しかった」
俺を倒した男であり、同時に最大の親友のあいつにも……勝てるだけの力が欲しかった。
それだけが心残りだった。 何かをつかむように虚空に手を伸ばす。
その手はもう何も掴むことはない。友の足音が薄暗い建物の中に響く。あいつは、もう振り返らないだろう。
天使を殺し、魔王を破壊する。そして、俺とも奴とも違う第三の選択肢の未来を作るだろう。
ドサリ、と腕が地面に落ちる。荒い息を繰り返しながら、懐かしい過去を思い出す。
自虐的な笑みと共に、こんな最期がお似合いかと目をつぶったときだった。
その時、奇跡が起こった。
突然、彼の前に光る鏡が現れた。光るそれは、ろくに動けないはずの彼のすぐ側に現れた。
何かの出迎えか、それこそ地獄の……。あきらめに似た心のまま、ふと下ろした腕を光に伸ばす。
ほんの指先ほどだった。しかし、伸ばした手がその鏡に触れ――――――――――
「なんだ!? 引きずり……込まれる!?」
彼はこの世界から、一片の痕跡も残さず消失した。
力を求める使い魔 Re1
「なんだ……?」
気付くと彼は、見たこともない場所に横になっていた。
目に飛び込んできたのは、懐かしいあたりにはどこまでも広がる青空。
顔を横に向ければ、腰の辺りまではある長い草木が生い茂っていた。
久しぶりに見た太陽のあまりの明るさに、目の前がくらくらする。あまりにも強烈な違和感。
ありえない光景に対して絶句してしまう。
ここは、どこだ? なぜ……こんな風景が目の前に広がっているんだ?
30年前……彼らからすればほんの数ヶ月前、大量のICBMの炸裂によって世界の気候が激変した。
どんな時でも厚く黒い雲が町を覆いかぶさるように広がり、 廃墟が延々と広がった。草木など、どこもろくに育たなかったはずだ。
だというのに、この突き抜けるような青空はなんだというのか。
幻覚か何かと目を疑い、思わずずれたメガネをかけなおし――――
『かけなおし』?
それは。つまり。 慌てて手のひらで顔を触る。そこには、間違いなくメガネがあった。
メガネは、悪魔と合体し、『魔人』として生まれ変わったときに不要になって捨てたはずだった。
視力が合体のため回復し、逆にかけていると視界がぼやけるからだ。 なのに、メガネを当然のように今の自分はつけている。
ゆるゆると体を起こす。自分の手をふと見ればそこにあるのは、生まれた時に親から貰った自分の体だった。
正真正銘自分の―――人間の体。
悪魔と合体することで手に入れた、自分の力の象徴であった『魔人』の体ではない。
衣服まで、昔のロングコートだ。さっきまでつけていた甲冑など、どこにも見当たらない。
しかも、先ほど受けた致命傷がきれいさっぱり消えている。服には血の跡などまったくもないし、痛みもない。
何が、どうなっているのか、理解することが、彼には咄嗟に出来なかった。
死を目前にしていた自分が、突然見知らぬ土地にいて、しかも体は人間に戻っていて傷も消えている。
ここが俗に言う天国という奴かと思わないわけでもなかったが……それはありえない。
何しろ自分はさんざん地上に降りてきた天使やメシア教徒を殺してきたのだ。神の敵対者もいいところ。
そんな自分が死んで神の元に召されるとは、 ブラックジョークにもならないだろう。
死んだとしても向かうはせいぜい地獄か魔界が相場だ。
だがそうだとするとここはどこなのか。
自分は生きていて……東京を除き全人類が滅びたはずの世界の、どこかのユートピアに飛ばされたのだろうか。
頭の混乱が限界に達したとき、周りから笑い声が上がった。 男も女もあるが、明らかに声が若い。
ふと頭を上げれば、彼を取り囲むようなかたちで妙な格好をした、高校生くらいの年嵩の一団。
「おい!見ろよ!平民だぜ!」
「さすがゼロのルイズ!サモン・サーヴァントで平民を呼び出すなんて!」
口々に周りの連中が何かを囃し立てる。 どう好意的に聞いても、嘲りなどの感情が混じった笑いだ。
『平民』? 『サモン・サーヴァント』?
意味不明な言葉が飛び交っていたが、笑う連中の視線を見れば、何を笑っていたのかすぐに分かった。
どうも自分と……桃色に近い髪の女が奴らの笑いの的らしい。
桃色女は、自分が笑われているのに、なにか頭の禿げ上がった眼鏡の親父に食ってかかっている。
「………なんだこいつら」
周りの誰にも聞こえないくらいの声で呟く。 怒りがふつふつと湧き上がる。
相変わらず混乱していたままだったが、とりあえず今、分かることがある。
気に食わない。
見るからに苦労していませんと言っているような連中に笑われるほど、まだ落ちぶれたつもりはない。
この連中は、俺や桃色女を見下して―――自分のほうが上だと思ってせせら笑っている。
そういう笑い方が彼は反吐が出るほど嫌いだった。かつて、自分にそんな笑いを浴びせていたオザワという人間を思い出すからだ。
何故人間に戻ったか、ここがどこかはひとまず置いといて、だ。 現状、目の前に最高に気に食わない連中がいる。
そいつらが俺を笑っている。 なら、どうする?答えはシンプルだ。 『魔人』ではなくなった。
だが、目の前のガキどもを消し炭にするくらいの魔力は十二分にあるだろう。
軽く、手を1,2度握りなおす。手には何もない。単純に素手だ。しかし、その空の手に武器を――魔力を煉る。
後悔する時間も与えない。まとめて最大火炎魔法のマハラギオンで消し炭にしてやる。
さらに、連中の笑いが大きくなる。彼はもう一度睨みつけながら周りの連中を見渡した。
「……そのクソッたれた笑顔に炎をくらわせてやる。喰らいやがれ、マハラ―――」
マハラギオンを唱えようとした直後だった。よこやりから、桃色女の手が伸びる。
なんだと口を開くよりも速く、突然唇が押さえられた。いや、押さえられたというのは少し間違っている。
キス、されていた。
「むぐ――――!」
相手は、先ほど笑われていた桃色女だ。
一気に集中が解け、魔力が拡散する。こんなことをされて、集中を維持しろというのが無理な話だ。
彼とて、高校生の親友二人と同い年で――とどのつまりはまだ二十歳にもなっていないティーンエイジャーなのだ。
もし、大破壊に巻き込まれていなければ、高校に通っているか、それとも大学に通っているかといった年である。
人殺しと悪魔狩りの経験はたっぷりあっても、こっちの経験は一切なかった。 何しろ、誰にも心を開かないほとんど孤独な生活だったからだ。
突然、見知らぬ女からのキス。動転するのは責められないだろう。
「ぐああッ!熱い、なんだ!?」
手が熱い。まるで焼きゴテを押し付けたような鈍い、熱い痛み。それが、手の甲を這っている。
手を押さえたまま、思わぬ痛みに彼はうずくまった。
「すぐに終わるわよ。『使い魔のルーン』が刻まれてるだけよ」
こっちの惨状とは対照的に、頭の上からは涼しげな声が聞こえてきた。どうも、さっきの桃色女の声らしい。
「『使い魔のルーン』?『刻む』?何しやがる!?」
左の手の痛みはすぐにおさまった。すぐさま彼は、桃色女に食って掛かる。
「俺に何をした?この手の模様はなんだ!?」
左手には、見慣れない文字が書き込まれていた。焼きゴテかなにかのように、皮膚に直接書き込まれている。
こっちの言葉を聞いていないのか、騒ぐ自分を尻目に眼鏡の親父はよってきて、 「ふむ、珍しいルーンだな」と一言呟いた。
それ以上、彼の言葉に答えるものはいない。まわりの連中も、白けた目をこっちに向けるだけだった。
「さてと、皆教室に戻るぞ」
ハゲジジィがガキどもに叫ぶ。すると、連中がふわりと急に……宙に浮いた。
若干の驚き。今度は、羽もついていないのに人間が浮き上がった。 もしや全員が悪魔だというのか、と僅かに目を見開いた時だった。
「別に、『フライ』くらい驚くようなものじゃないでしょ」
一人残っていた、呆れ顔の桃色女がため息をついた。
「……『フライ』?」
「別に、初歩の魔法じゃない。農民の子供でも知ってるわよ?」
「魔法? アレが……魔法!?」
さらにため息をつくピンク髪のガキ。どう見ても知っていて当然といわんばかりの反応だった。
しかし、彼はあんな魔法は見たことがなかった。大体魔法は敵を殺すためのものだ。
戦闘用にどれも特化しており、日常生活で使う魔法なんて聞いたことすらない。
常識が通用しない。そう感じた彼は、桃色女に言った。
「おい、ここはどこだ?」
「ここ?トリステインよ。そして、ここはかの高名なトリステイン魔法学院!」
間違いなく聞いたことのない地名。
彼はあまり世界の地理などに明るいわけではないので、もしかしたら外国かもしれない。
だが彼がもっとも最初に頭に思い浮かべたのは金剛神界、異世界だった。
黙りこくる彼をおいて、桃色女は訊いてもいないのにペラペラと喋り続ける。
「私は、2年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあなたのご主人様。使い魔として頑張りなさいよ」
……俺のご主人様?使い魔?
不快な上にどうにも不可解な言葉が混じっている。
「待て、どういうことだ。説明しろ」
それからは、大変だった。なにしろ、こちらはこの世界のことを何一つ知らないのだ。
『ルーン』やら『先住魔法』やら『コモン・サーヴァント』やら『5系統』などといった、
訳の分からない専門用語が飛び出すたびに意味を聞き返さなければいけない。
まるで彼のいた世界と常識が違う。おかげで否応なしにここは間違いなく異世界だと認識させられた。
桃色女が若干嫌な顔をしていたものの一通り丁寧に教えてくれたことも大きい。
割と、あっさり状態は飲み込めた。
いや、分からないことだらけであることは同じでも、最低順応することはできるようになったというべきか。
どうやら突然30年後の世界に飛ばされて生きることになった経験が、知らず知らずのうちに順応力を高めてくれたようだ。
もっともありがたいことでもなんともないが。
「……つまり、お前らは貴族で、魔法が使える。だから平民より身分が高い。魔法が使えない平民は貴族に逆らえない。そういうことか?」
すっかり夜になり、桃色女の部屋で俺はパンを齧っていた。
「まあそうなるわね」
したり顔でピンクが言った。 どこか得意げな桃色女を横目に、ぼそりと彼は言う。
「……貴族とかでおためごかしはしているが、東京と同じだな」
強いものが正しい。強いものが全てを自由にできる。弱いものは強いものに従うしかない。
結局ガイア教の教義と変わらない。それすなわち『強いものが正義』。
違いは、それに、貴族は高潔な存在だとか何とか皮を被せて正当化しているか、していないかの違いだけだ。
つまり先ほど浮いたのも魔法ということだろう。気になるのはこの世界の魔法が、どのくらい強力かということだ。
彼も魔法は使える。どうも貴族の三男坊や没落貴族は、盗賊まがいをやって生きることもあるらしい。
はっきり言って、目の前の女の使い魔なんぞやる気はさらさらない。最悪、彼もそうやって暗闇に身を潜め生きるつもりだ。
だが、そのために気になるのは、この世界の魔法の力。破壊力、威力、範囲、どういうものがあるか……そういったファクターは重要だ。
自分の魔法が、この世界で通用するか否か。最も重要なこれに繋がるからだ。
力がない人間が足掻いたところで何の意味もない。結局、何もできず虐げられるだけだ。
だからこそ、知る必要がある。自分はこの世界において強いのか。それとも弱いのか。
そして、もし自分が弱いとしたら―――血を吐いてでも強くなるしかない。
弱いままでいる、自分に関係のない他人の思うまま生きなければならない――彼にとってそれは信念であり呪詛だ。
一生抜け出せることなく心が力を求めることを囁く。
学校という環境は色々と好都合だ。他人から教えを乞う気はないが、初期の簡単な魔法を気軽に使ってみせる者も多いだろう。
自力でこの世界の魔法を盗んで力に変えることもできる。いや、やらなくてはいけない。
「普通に使い魔がやること、あんたできそうもないし。使い魔として使ってあげるんだから雑用しっかりやるのよ」
ピッと人差し指を立て、ふふんと鼻を鳴らすピンク髪のガキ。
「知るか」
残ったパンを口に放り込む。 大してうまくもないな、と思いつつも、噛み潰していく。
「俺は、俺の好きなようにやる。使い魔? 知ったことか」
一気にピンクの顔が険しくなった。
「さっき、あんた自分でもいったでしょ?貴族に平民は逆らえないのよ」
「それは、魔法が使えないからだろう」
自分でも笑っているのがよく分かる。何しろ、やっと目の前のおめでたい桃色女とのお喋りを切り上げられるからだ。
ペラペラ必要な情報さえもらえれば……あとは用はない。彼は、力試しついでに脅かしを混ぜて挨拶する。
左手を桃色女のほうへ突き出す。何をするのか分からず、桃色女は怪訝な顔をするだけだ。
ま、そうだろうな。杖がないと魔法が使えない、この世界じゃありえないことだろうからな……!
「わかりやすく、現実ってものを教えてやる……!」
剣場をむき出しにして凶暴な笑みを浮かべ、彼は腕に魔力を通す。
突き出した手から1m大の火球が2つ現れるが、即座に収縮。
人の頭ほどまで縮んだ2つの火炎弾は螺旋を描き桃色女のすぐ横を通り抜け――壁に当たって炎をまき散らした。
意外なことに壁は壊れなかった。さっき聞いた……そう『固定化』だったか、が効いているのかもしれない。
「俺は魔法を扱える。杖だっていらない。お前らみたいに色々できないが……潰し壊しだけに全部まとめてるんだよ」
さっとピンクの顔が青くなる。
「……先住魔法!?でも詠唱も何もなしで!?しかも今の……下手したら『ラインクラス』のファイアボールくらいあるじゃない!?」
ファイアボール……『ラインクラス』だったかのクラスというと、下から2番目あたりか?
どうやら『アギ』はそれに少し及ばないくらいの威力らしい。 弱くもないが、強くもないといった感じだろうか。
「分かったか?俺は魔法が使える。使い魔なんかにはならない」
そういったあと、俺は一拍置いて強調するように言った。 椅子から立ち上がり、挑発するように彼は告げた。
「使い魔にしたいなら、俺に勝ってみろ。……力のない奴を相手にしてくれる奴なんて誰もいないぞ」
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