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 タバサとシルフィードの部屋に入ってきた青年ヨシアは、自分とアイーシャについて話し出した。 
 
 「俺がアイーシャに出会ったのは、まだ雪が解け残る頃でした。薪を取りに森に入った俺は、ライカ欅の根元にうずくまる彼女を見つけたんです……」 
 
 真っ白な衣に銀色の髪。その姿は、話にきく『雪の妖精』そのものであった。そのあまりの美しさに、ヨシアは一目で彼女に恋をしてしまった。 
 それから、ヨシアは時間を見つけてはアイーシャに会いに行った。始めはぎこちなかったアイーシャも、次第にヨシアと言葉を交わすようになった。 
 
 「ただ、彼女に手を触れることだけは、アイーシャは許しませんでした。人間の俺がアイーシャに触れれば、たちまち凍り付いてしまうからです……。 
  でも、俺はアイーシャと言葉を交わすだけで幸せだったんだ。でも、そんな俺たちの関係を、兄貴は認めようとしなかった」 
 
 ヨシアが『雪の妖精』と恋仲であることに、ヨシアの兄サムは猛烈に反対したのだという。とうとう二週間前に、強引にヨシアからアイーシャを引き剥がそうとした。 
 たちまちアイーシャの冷気にサムは凍傷を負ったのであった。 
 おりしも春になり、アイーシャの力は弱まっていたので、手の凍傷程度で済んだのである。怒ったサムが力任せに殴りつけた斧は、アイーシャに傷を負わせた。 
 
 「そして、アイーシャの母親である『雪の精霊』が怒り狂ってこの村にやってきたんです。その正体は、ガリアの御伽噺に伝わる雪女でした……。アイーシャは雪女に作り出されたんです。 
  作った母親には決して逆らうことは出来ない! だから、この吹雪も彼女の意志じゃない、騎士様、どうか、彼女を殺さないでください! 雪女が死ねばアイーシャも死んでしまう!!」 
 
 おおおおお……おおおおお………… 
 
 ライカ欅の頂上では、銀色の髪をした少女が悲しい声を上げていた。雪の妖精、アイーシャである。 
 雪風となって響き渡るその声は、人間の男を慕う声であった。 
 と、少女と同じ真っ白な服を着た老婆が吹雪の中から現れた。銀色の髪、皺の刻まれた肌。その目は凍るように冷たく、体は柳のように細い。まさしく雪女であった。 
 老婆は、びゅう、とライカ欅の天辺に飛び上がると、そっとアイーシャの体に腕を回して抱き寄せた。 
 
 
 「アイーシャ、なぜもっと声を上げぬ。なぜもっと雪を呼ばぬ。こんな小さな村なぞを凍らせるのに、一体いつまでかけるつもりだい……」 
 「母様……もう少し、もう少しお待ちください……お願いです」 
 
 『雪の精霊』は娘の頬を撫でた。 
 
 「おうおう、娘よ……待っても無駄さ、人間の男がここまで来るかよ……刻限は今日の夜までさ、アイーシャ……」 
 
 そういい残して、ひゅ、と老婆は雪風にまぎれて消えた。アイーシャは胸を抱くようにして俯く。 
 
 (ヨシア、ヨシア……) 
 
 張り裂けそうな想いに、アイーシャはまた、おおおおおお……と叫びを上げる。 
 雪が、また少し強くなった。 
 
 
 「……くくく……くっくっく……あんまり笑わせんなよ、ニンゲン……」 
 「な、なにがおかしいんです!? 俺は真剣なんだ! た、たとえ騎士様だろうと、アイーシャに指一本触れさせない!」 
 
 低い声で笑いは出すタバサに、血相を変えるヨシアが掴みかかった。瞬間、鼻面にとらの拳を喰らって、ヨシアは派手に吹っ飛んだ。 
 メキメキととらの体が大きくなっていく。変化を解いたとらは、ずい、とヨシアの前に顔を突き出した。 
 ひ、とヨシアが震える。 
 
 「け、バカが……ニンゲン、おしえてやらぁ。雪女ってのは強力なバケモンだ。こんなちっぽけな村一つ凍らせるのに二週間もかかるわけねぇだろうが。 
  あれは雪や風を呼ぶ声じゃねえ。テメエを呼んでるのさ」 
 「な……そんな……」 
 
 呆然と鼻血を流すヨシアを尻目に、とらはベリ、と窓に張られた板を引っぺがした。途端にびゅおおお、と雪交じりの風が部屋に吹き込んでくる。 
 同時に、アイーシャの切ない呼び声が、舞い込む雪と一緒に部屋に響いた。 
 
 
 「惚れた女が自分を呼んでも気がつかねぇ。他のニンゲンたちのことも考えねぇ。家でぬくぬくとしてるカスが、真剣だァ? け、笑わせんな! 
  さーて、『雪の精霊』とやらをぶっ殺してさっさと終わりに――――ぐぇ!」 
 「こら、待ちなさい、とらさま」 
 
 ひゅ、と窓の外に飛び出そうとしたとらのたてがみを、シルフィードが強引にぐい、と引っ張る。 
 
 「いてぇぞ、しるふぃ! コラ!」 
 「ちょっと黙って、とらさま! ……ヨシア、あなたはどうするの? このままだと、とらさまは『雪の精霊』を殺すわよ?」 
 「お、俺は……」 
 「もう! 本当にその娘が好きなら、たとえ雪の妖精だろうと何だろうとしっかり守ってやりなさいよ! 
  そんなんで恋だのなんだの、笑わせるわ! きゅいきゅい! 口をあけていれば大切なものが守れるとでも思ってるの!?」 
 
 
 (それで、どうしてわしがニンゲンを乗せて飛ばなきゃならんのよ……大妖と恐れられたこのわしがよ……) 
 「あら、とらさま、なにか言ったかしら? きゅいきゅい」 
 「……いや」 
 
 ヨシアとシルフィードを乗せて、とらは吹雪の中を飛んでいた。久しぶりにとらの背中にのったシルフィードは、横で物思いに沈むヨシアと対照的に、大はしゃぎであった。 
 のんきにるーるる、るるる、るーるると歌まで歌う始末である。 
 一方、ヨシアは風に乗ってアイーシャの叫びが聞こえるたびに、ぎゅっと拳を握り締めていた。やれやれ、ととらは溜息をつく。白い息が宙に消えた。 
 
 (なんだか、しるふぃのヤツも真由子に似てきやがったなぁ……) 
 
 「ほらほらとらさま、急いで急いで! アイーシャさんに会わなくちゃならないんだから! なんとしてもこの恋はかなえてあげなくちゃ! 
  ああ、とらさまの背中ふかふかで気持ちいいのだわ。るーるる、るるる」 
 「あーもー、わあーったよ……ったく」 
 
 
 とらがシルフィードとヨシアを乗せて雪の空を飛んでいたちょうどその時、トリステイン魔法学院では……。 
 自分の部屋で読書をしていたタバサが、唐突にポツリと呟いた。 
 
 「……将来尻にしかれる」 
 「はぁ? どうしたの、タバサ」 
 「独り言」 
 「……なんか、今日あなた変よ……?」 
 
 遊びに来ていたキュルケが怪訝な顔をするが、一人「……間違いない」と呟いて、タバサは読書の続きに戻ったのであった。 
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