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#navi(ストレイト・ゼロ)
――― 序章
目の前で振り下ろされるゴーレムの拳。
――ああ、死ぬんだわ。
わたしはひどく冷静にそれを見つめた。
周囲がゆっくりと動く。
手にした『破壊の剣』はまったく反応すらせず、このままだとわたしと一緒に潰されることとなるだろう。
走馬灯のように今までの日々が思い出される。
故郷……父さま、母さま、姉さま、ちいねえさま。厳しくも芯のところは暖かった場所。けど、かけられた期待は絶望へと変わらず、諦観にも似た諦めが蔓延する辛い日々。
学院……キュルケ、オスマン、コルベール。成し遂げると決意と希望を抱き入った場所。だが、決意はヤスリで削るように磨り減り、希望がその灯火と共に消えるまで時間はかからなかった。
ああ――自分は最後まで、魔法が使えず、貴族になれなかった。
そして最後に思い出すは――わたしが召喚した使い魔の2人。
覇気とやる気という言葉をどこかに置き忘れたどこまでも腹の立つ男と、感情を表さない言葉少ない赤い少女。
結局わたしは、正しいご主人様にもなることができなったのだ。
(ごめん……なさい)
何に対してかわからない謝罪。
拳が眼前まで迫る中、わたしの頬から一筋の涙が伝った。
「――イクジスト!」
轟音は後から来た。
わたしの傍を通過した暴力は、容赦なく加減なく目の前を蹂躙し爆砕した。
「きゃあっ!?」
わたしはその爆風に地面を転がるように吹き飛ぶ。
「いつつ……」
そして痛みに唸るわたしの前に、ズシャリと鉄の足が踏み出された。
見上げた先にあったのは黒い影。いや、それは甲冑だった。
だが全身を覆うそれは騎士が着る甲冑に似ているが、どこか洗練された印象と剥き出しの無骨さが目立つ。
そしてその手に持つものが異様だった。騎士ならランスやメイジなら杖を持っているものだが、それは違った。
見様によってはランスにも見えなくはないが、それにしては物々しすぎた。細かいパーツやギミックなどが施されたそれは、物を斬る突くなどできないだろう。
杖にしてもそんな装飾は不要だ。そもそも金属でできていると思われるそれは、重すぎて使い物にならない。
だが、わかる。それは暴力を。圧倒的な暴力を扱うための”武器”であると
甲冑はそれを軽々と肩に担ぐとゴーレムを見上げた。
そして、まるで街中で偶然出会った知人に話しかけるように声をかけた。
「よう。俺も仲間に入れてくれよ」
冗談にしては無難ではあろうが、30メイルもあるゴーレムを目の前にしてはあまりにも個性的(ユニーク)すぎるものであったが。
甲冑から聞こえてきた声に、わたしは驚きが隠せなかった。
「仲間外れはよくないぜ。俺は寂しがり屋なんでな」
わたしは、目の前の甲冑に呼びかける。
「――レイ……オット?」
甲冑――レイオットは軽く手を上げ。
初めて声を交わした時と、寸分たがわず飄々と声で言った。
「悪いな。ちいとばっかしおめかしに時間がかかっちまってな」
――1章「マヨイのジュウニン」
その日、ルイズが召喚したものは奇怪な箱であった。
もうもうと土煙が立ち上る中、それは静かに鎮座している。
「な、なにこれ?」
ルイズはもちろんコルベール、キュルケ、タバサ、周囲の生徒も含めて。ここにいる全ての人間が目の前の非現実にあっけに取られていた。
猫や犬なら判る、確立は低くても幻獣もありえなくはない、皆無に近いだろうが亜人……果てはエルフもまだ納得できる、そして絶対絶対ないであろうが……人間が現れることもこのさい許容しよう。
そう、この世界にいる生物ならば彼女は大いに混乱しながらも納得できたであろう。それが『サモン・サーヴァント』の原則なのだから。
だが目の前にある物はなんだ?
高さ4メイル、横5メイル、奥行き4メイルほどの長方形。その色を見ると鋼だろうか? 前方の一部にはガラスのような物が貼り付けられ内部が少し見える。そして下部の前と後ろ、そして反対側にも取り付けられた円形は車輪? もしそうだとすると――
ルイズが行き着く答えを出す前に、最も彼女に絡む肥満体が騒ぎ立てた。
「馬車だ! ゼロのルイズが馬車を召喚したっ!」
そう、それは馬を繋ぐ部分や従者を乗せる場所はないが、見方によっては馬車に見える。
その声に周囲はザワザワと騒ぎ出すと、一斉に嘲笑と侮蔑の声に染まった。
「やっぱりゼロだ! 一瞬でも成功したのかと思っちまったぜ!」
見下し。
「ははははは! なんだよ傑作だな! こんなやつは他にはいないぞ!」
嘲り。
「所詮、家柄だけの存在ですわね。もう諦めて帰ったら? あら、使い魔がいなければ留年でしたっけ?」
嘲笑。
「ゼロは何やってもゼロなんだよ! ははははは!」
侮蔑。
「…………」
数々の心無い言葉を投げかける人々の中、ルイズはただ唇をかみ締め俯くだけ。彼女にはそれ以外にすることができなかった。
剥き出しの心には千の言葉を尽くしても表せられない努力と覚悟を背負い、無防備な背中には抉り掻き出すような雑罵が圧し掛かる。
いつもなら睨み返すだろう、普段なら言い返すだろう。だが、今は……無情なる、残酷悲惨たる現実を突きつけられた今は……彼女の心は抗う術を持たない。
そんな彼女に追い討ちをかけるように、先ほどから最も彼女を罵倒する脂肪の塊――マリコルヌが声を高らかに言った。
「ほら! さっさと契約しろよ! その馬車とよ!」
ビクリと、ルイズの背中が震えた。
周囲もそれに同調して、口々にそれを促す。
ルイズが助けを求めるように教師のコルベールを見ると、彼はこの情況をどうしようかと困惑するばかりで動こうとはしない。
ふと視界に入った赤髪の少女は、まるで興味がないと言う様に。周囲の罵倒には参加しないが、庇おうともしてない。
つまりは、ここには味方なんて居はしないのだ。
「はやーくっ! はやーくっ!」
またしても、マリコルヌの言葉で、周囲の罵倒が促すものへと変わる。
『はやーくっ! はやーくっ! はやーくっ! はやーくっ!』
ここでようやく、コルベールが生徒たちを止めようとするがいかんせん対応が遅すぎた。
伝播したある種の“熱”はほとんどの生徒に移り、今更教師が止めたぐらいでは止まりはしない。
「…………」
今までないほど、彼女は強く杖を握り締める。力を入れすぎて爪が掌に食い込むが、そんなことは些細なことであった。
彼らはわかっている、物に『コントラクト・サーヴァント』なんてできるはずがないと。だが、彼らは根本的なところを判っていなかった。
なぜ物を『サモン・サーヴァント』で呼べたのかを。
衆人の声が響く草原の只中。
ガシュ、シィィ――
その音は周囲の声の大きさに比べれば些細な物であっただろう。だが、それは確実に響き、みなを黙らせた。
俯いていたルイズは突然声が止んだことを不審思った。突然、しかもまるで計ったかのように罵倒がなくなったのだ。
それが気になり、俯けていた顔を上げた時。馬車の後部、壁の一部がつり橋のように降りてきていた。
「な、なに?」
そしてそこに。
赤い――赤い人があった。
体はすっぽりと黒っぽい外套が覆い、肌の露出はほとんどなく、距離もあり肩に切りそろえられた髪で、その表情はわからない。それだけならどこにも赤と称するものは一切ないが。
その髪。
ゲルマニア国民の炎と称されるような赤ではなく。血の、そう鮮血のような透き通った赤。ゲルマニアの赤髪を燃えるようだと表現するのなら、それは切り裂くような赤と言えよう。
少なからず息を呑む中。その人物は周囲を軽く見通すように首を巡らせ。
一歩、足を踏み出した。
「…………」
一歩、また一歩と進む。
その間、みなは呪縛にでもかかったように動かない。
そして地面へと降りた時、シャラリと髪が揺れる。髪の隙間から覗いたその横顔は少女であった。
硬直していたルイズはハッとし、正気を取り戻した。
そう、自分はなにをしなければならないのかを。
「ちょ、ちょっとあなた!」
ルイズは地面へ降りた少女に向かい声をかける。
「…………」
だが少女は、ルイズを一瞥した後、急ぎもせずに馬車の前方へと歩いていく。
無視されたような形になったルイズは、当然の如く怒ると少女のほうへと駆け出し、その横に並ぶ。
「なに無視してるのよ!」
「…………」
少女は無反応。それが余計、ルイズの神経を逆撫でした。
「ちょっと!」
そして少女の肩に手をかけて振り向かせる。
「…………」
「――っ!」
ルイズは息を呑んだ。
そこには紅い目が4つ……いや、2つは目であるが残り2つは違った。目の上に、ちょうど眉がある辺りに丸い球体が2つ埋め込まれている。
だが、そんなことは些細なことだった。
その2つの瞳、なにも感情を有しない無機質な瞳がルイズの瞳を捉えた。
まるで仮面のような顔。だが表情以上にその瞳がなによりルイズの言葉を飲み込む。
「あ……」
肩から手を離すと、少女は何事もなかったかのように歩き出す。
呆然と見つめる視線の先で、少女は馬車に近寄り、扉らしき場所を叩く。
「レイオット……」
叩く。
「レイオット……」
叩く。
「…………」
叩いても一向に変化はなく、少女は叩くのをやめた。そこで再度声をかけようか悩むルイズの傍、少女は一旦扉から離れると、馬車の側面を漁りやたら大きなシャベルを取り出してくる。
「え? ちょ、ちょっとっ」
うろたえるルイズを目に留めず、少女は扉の前に戻ると。大きくそれを振りかぶる。
「な、なにをするのっ!?」
そして見事な軌道を描くシャベルでその扉を殴打した。
――ごわんっ。
まさに鉄に鉄を叩き付けた暴音が響く。思わず耳を押さえるルイズ。
少女は至近から聞いたはずなのに、平然としてシャベルを置いた。
そして暫しの沈黙。
すると……
「あー……いたた――」
そんな声と共に、扉が開いた。
「カペル……前にも似たようなことがなかったか?」
眠っていたのかどこか覇気のない立ち回り、そのまま着ていたのだろうクタクタになったコートを纏い、背は高くよく見れば顔もそれなりに整ってはいるが、体全体から発する胡散臭気な雰囲気のせいでダラシナイで留まってしまう。
その男はサングラスを指で押し上げながら、目の前の少女へと話しかける。
「大体、それは……どこで覚えてきたんだ?」
「お隣のシェリングさんが。これならどんな寝ぼすけも一発……だと」
男は頭痛を抑えるかのように頭に手をやる。
「あー……カペルテータ君。できればその方法は遠慮してくれるとわたくしとしては、ありがたいんだけど」
男の言葉に少女は無言で頷いたあと。
「わかりました。急を要する事態以外ではできるだけ控えます」
「いや……できれば今後はやめてほしいんだが――」
ぼやくきながら頭を掻いた時。
「――あんたたち!」
先ほどからルイズは大層我慢していた。自分でも長いとは思わない堪忍袋をひたすらに抑え。会話に入り込む余地を探していたのだが、一向にこちらに目を向ける気配はない。そしてとうとう彼女の忍耐は限界に来たのである。
(そう、よりによってなんで無視されたり、睨まれたり、また無視されたりしたのに我慢することがあるのよ!)
「あんた、さっきからわたしのことを無視して暢気に会話して何様のつもりよ!」
腕を組み、胸を張って目の前の男へと言い放つ。見たところ杖もマントもないことから平民だとは想像がつく。
ルイズに2人の視線が集まる。
声をかけられ胡乱な目つきで見下ろす男――レイオットと呼ばれていたか――はルイズを指差すと。
「カペル……こちらはどちらさんで?」
横の少女へと問いかける。
カペルと呼ばれた少女は、ルイズを見たまま。
「わかりません」
「…………」
その答えにレイオットは本格的に頭痛がした。
(たしか……リゴレット通りで弾薬や日用品を買い足して、その後ジャックのところでモールドを受け取った後……帰り道で突然光に……)
グルリと周囲を見渡す。
拡がる平原、目の前にはなにか喚いている桃色の髪の少女、離れた場所には同じような子供集団、そしてさらに離れた場所には城のようなものが見える。どこまでも拡がる青い空が冗談みたいに清々しい。
どう考えてもさきほどまいた場所とはあまりにもかけ離れている。
「ちょっと! なに無視してるのよ! 聞こえているんでしょ!」
そして最後に、きゃんきゃんと子犬のように騒ぐ少女を見て。
「やれやれ……やっかいなことに巻き込まれたみたいだな」
レイオットは空を仰いだ。
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