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「虚無と金の卵-09」(2008/11/04 (火) 10:01:57) の最新版変更点
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#navi(虚無と金の卵)
時間は、キュルケ達の出発前に遡る。
ロングビルが準備を整えるまでの間、ルイズ、キュルケ、タバサ、ウフコックの三人と一匹は、オスマンの指示で学院のすぐ外の草原で待機することとなった。
まさに快晴。草原は見渡す限り平和そのもの。だが刻一刻と時間は減り行く。
宝物を手に入れたフーケは逃げる算段など当然打っているだろう――ルイズは苛々とロングビルを待つ。
そんな折、ルイズの肩に乗ったウフコックが口を挟んだ。
「ルイズ……いや、キュルケ、タバサもだ。我々だけで話がある」
「何よウフコック、止める気?」
やれやれ、とウフコックは肩をすくめる。
「止められるのならばな。だが聞き入れてはくれないだろう?」
「わかってるじゃないの」と、ルイズは強気に応じる。
「ま、それは俺もわかっている。だからこそ話がある」
「ヴァリエール、そんな苛ついたって仕方ないじゃない。で、ウフコック、なに?」
キュルケが話を促す。
「フーケについて……と言うより、先ほどの場で、敢えて俺が言わなかったことについて、だ」
「……何ですって?」
「あの場に途中からやってきた女性、彼女がフーケだろう。昨日のあの場に居た人間と匂いが全く一致する」
「ミス・ロングビルが!?」
ルイズは驚いて声を上げる――すぐさまタバサが口を抑えた。
「もがっ……ご、ごめんなさい。周りに聞こえて……ないわよね?」
「まだ来る様子は無いわね……」
キュルケが周囲を見回す。人の気配が無いのを確認し、ウフコックに疑問をぶつけた。
「でも、なんであの場で問い質さなかったの?」
「言い逃れする算段か、あるいは確実に逃げるための算段が付いたのだと思った。
そうでなければ現場に戻ってくるといったリスクを負う必要は無かろうし、そこには強い自信を感じているようだった」
「でも、それでも敢えて戻ってくる理由がわからないわね」 と、ルイズが疑問を呈す。
「盗みを完遂させたという達成感は、味わっていないようだったな。眠りの鐘が目当てではなかったのかもしれん」
「別の目的ねぇ……そういえば、破壊の杖がどうとか言ってたわね」 キュルケの指摘にウフコックは頷く。
「コルベールがその話を持ち出した瞬間、ロングビルから『怒り』の気配が強く発せられた。
だが、破壊の杖の在り処を口に出した瞬間は、それが強い『喜び』と『何かを実行する決意』に転じていた。
元々はこれが狙いだったのだと思う」
「……ずいぶん詳しくわかるのね?」
興味深げに微笑むキュルケ。心配げにルイズはウフコックを見つめる。
「……そんなに話しちゃって良いの、ウフコック?」
「まあこうなってしまえば、俺達はチームのようなものだ。この能力が役立つならば隠す道理は無い。
もっとも薄々気付いていたとは思うが」
「教えてくれるなら、貴方の口から聞きたいわ」
「俺は、感情を匂いで嗅ぐことができる」
タバサ――ぴくり、とまぶたが揺れる。彼女なりの驚き。
キュルケ――ますます笑みが強くなる。何とはなしの予感が当たった表情。
「『サンク』のときは……その、正直、誤魔化した。まあ、半分は当たっているようなものなんだが。
実際はもっと直接に、人の『怒り』や『喜び』といった感情を嗅ぎ、その上で視線やちょっとした動作などを手がかりに人の思考を読み取る」
「……へえ、やっぱりそういうわけね」
「気付いてたの?」 ルイズが驚いた声で尋ねる。
「妙に匂いを気にするし、ウフコックと話す限り、気持ちとか感情に凄く敏感なのはわかってたから。
気付いてたわけじゃないけど、不思議とも感じないわね」
と、キュルケは自慢げに指を立てて答えた。
「……皆、驚かないものなんだな。
ともあれ俺がロングビルと話すことができれば、彼女の素性を聞き出すなり、盗んだ宝物の隠し場所を引き出すなり、できるだろう」
「ま、貴方に隠し事できる人間なんてそうそういないわ」 と、ルイズのもっともな指摘。
「もっとも、大きな問題が残っている。
ロングビルが実はフーケ、という話はあくまで俺の認識というだけで、人に見せられる何一つ証拠など無い。
髪の毛や指紋などを拾っても、ここで有用な証拠とはなりえないし……」
「指紋?」 タバサが興味深そうに尋ねた。
「人間の指の皺のことだ。
例えばガラスを触ったとき、手の脂のせいでガラスの表面に指の皺が写ることがあるだろう?
あれは、ガラスのみならず、実際は手に触れた様々な箇所に付着する。目には見えないことが多いが。
それを浮き上がらせて、皺の形状、分岐や端などの特徴点を調べることで、かなりの確率で個人を特定できる」
「初めて聞いた。実に興味深い……」
「俺のいたところでは一般的な捜査手法だった。だが、この国で認知されていない方法で証明したところで何の効力もない。
そして、それは俺の嗅覚も然り。そうだろう?」
「私にはそれで十分だけどね」
ルイズは既にウフコックを信じている。当然じゃないの、と付け足すようにルイズは言い放つ。
キュルケとタバサは、嗅覚云々を抜きにしても、サンクを通してウフコックの慎重さ、善良さを認識していた。
それに結局はのるかそるか一蓮托生であり、ならば二人とも、賭けに出ることが信条であった。
「うん、私も信じるわよ」
「右に同じく」
三人の言葉に、ウフコックは喜びを覚える――だがそれもすぐに隠し、冷静に答える。
「そうか……だがそれでも、赤の他人にとっては根拠の無い戯言に過ぎない。
俺の言葉を信じたところで、フーケが一枚上手だったら君らが貧乏籤を引くだけだ」
「なら結局、やることは一つじゃないの」
「そうよね」
「その通り」
「「「私らがフーケを捕らえて証拠を見つければいい」」」
三人の重なる声――杖を掲げたときほどの緊張は無く、その代わりとても明るく力強い唱和。
「構わないんだな?」
「ウフコックも優柔不断よねー。そんなんじゃ女の子は付いてこないわよ?」
「全くよ。臆病でもエスコートするくらいの勇気がほしいわ」
うら若き乙女の辛口批評/本気で面白がっている。
「勘弁してくれ……。俺はただのネズミであって、いわゆる男性的な観念を期待されても困るんだ」
「もう、そういうところが情けないのよ。
こういうときはバシっと決めなさいよ。私らはもう杖を掲げて、覚悟決めたんだからね」
ルイズの不敵な微笑み。見る者の不安を払拭させる魅力に満ち溢れている。
ウフコックは、敵わないな、とばかりに頷く。
「ああ、十二分に分かったとも。
盗人と臆病風に吹かれた教師たちに、君達の行動がどれだけ正しく、そして誇り高いか、ご覧じてもらおうじゃないか。
そのために俺も全力を尽くす。誓って、誰にも君達を傷つけさせず、そして君達の名誉を汚させはしない」
「それで良し」
ウフコックの宣誓に、ルイズは満足げに頷いた。
「で、具体的にはどうする? 今からでも『破壊の杖』が取られないように何とかしたいところだけど……。
まずはロングビルを先に探しましょうか? 一応は私たちの馬車を用意しておくって話になってるから、
もし準備していないようなら良い口実になるわ」
そうキュルケが話を持ち出したとき、タバサが口を挟んだ。
「……あ、来た」
タバサが指を刺す方向に、蒼髪の女性が馬車を曳いているのが遠目に見える。
ミス・ロングビル/フーケであるはずの女性。
「ふむ、こちらにやってくるようだ。ということは、今すぐ破壊の杖を探して盗む気は無いな。
恐らく、フーケは逃げ出してしまった……という既成事実を作る気なのだろう」
「なら、逆に言えば今こそチャンスよ。こちらが先にフーケと、『破壊の杖』を押さえる。
あとは眠りの鐘の所在さえウフコックが聞き出せば何とかなるわ」
と、ルイズが提案する。
「じゃ、私とタバサがミス・ロングビルについていって捕らえるわ。ルイズとウフコック、貴女は『破壊の杖』をお願いね」
「大丈夫か?」
「メイジ相手の喧嘩なら私もタバサも慣れてるし、今この瞬間ならフーケの正体を知ってる私達が有利よ。
ま、上手く騙すわ。できるだけ危険も避ける」
ウフコックの心配を宥めるように、キュルケは答えた。
「でもオールド・オスマンには3人で行くってことで話が決まったから、言い訳なり何なり考えなきゃ」
「そうねぇ……ミス・ロングビルに不自然に見えない理由がほしいところね」
「貴女達は、仲が悪い。良く知らない他人からすれば」
タバサが口を挟む――示唆に飛んだ一言。
「何よ、本当は仲良いみたいな口されても困るわよ! ……で、つまり?」
「喧嘩別れすれば良い」
そうしてルイズは、キュルケ達と喧嘩別れしたかに見せかけ、馬車が走るのを見届けてから学院内に戻っていた。
ウフコックと相談しながら校舎を駆ける。
「全くキュルケのやつ、途中から本気になってたわ。後で言い返してやらないと」
「その……君が言うのか……?」
「何よウフコック、文句あるの?」
「いや、無い。無いとも。それよりも早く行こう」 ウフコックの戦略的撤退。
「そうね、早くオールド・オスマンに話を通さないと……何て伝えようかしら」
「うむ、それもあるが、まずはコルベールに話して、その『破壊の杖』とやらが盗まれないよう対策を取ろう。
それからでも遅くは無い」
「そうね……。じゃあ、コルベール先生の研究室に行きましょう」
ルイズは学院内を駆ける。たまに教師に目撃され驚かれたが、気にも留めずルイズはまっすぐコルベールの研究室へと向かった。
そして遠慮もなく飛び込むように、コルベールの研究室の扉を開く。
「コルベール先生、お話が!」
入室の許可も聞かずにルイズは足を踏み入れた。
そして中に居る人物と目が合う。
「……ミス・ヴァリエール?」
「え、ええっ!」
中に居たのはロングビル=状況的に土くれのフーケ。
明かりもつけず、引出や棚に収められた物を引っ掻き回していたようだ。
乱雑な部屋の中、宝石か何かを手にとって見つめている=どうみても泥棒の所業。
「くっ……!」
ロングビルが杖を振るう=床板を突き破り、ルイズの背丈ほどの“手”が出現。
昨日のゴーレムほどの大きさはないが、相手取るには十分な脅威。明瞭な敵意を持ってルイズに接近する。
「ルイズ、右手で『ぶん殴れ』!」
ウフコックが叫び、ルイズの肩から右手へと器用に移動/黒光りする篭手へとターン。
「な、殴るって言ったって……!」
「俺を信じろ! この右手ならば何の問題も無い、思い切りやるんだ!」
「ええいっ!」
ルイズの細腕から繰り出されるストレート――になっちゃいない、へっぴり腰のパンチ。
だがその衝撃でルイズも“手”も一歩分ほど後ろに下がる。
轟音と共に土くれでできた手の平が陥没している。そこを中心にクラッキングが拡大/威力は絶大。
「……あれ?」
「そういう機能の『篭手』だ! もっとだ、もっと殴れ!」
「わ、わかったわ!」
ルイズの右手の篭手/実際は高性能な超振動型粉砕機。
拳の握り、関節のブレはウフコックが調整/何も気にせずルイズは連打。
土でできた手など何の問題にもせず粉砕/爆砕/木っ端微塵。
「す、凄いわコレ……」
「……う、嘘でしょ? くっ、畜生っ……」 盗人の合理的な判断――逃げるが勝ち。
「逃げる気だ! ルイズ、俺を“構えろ”!」
フーケがルイズの方向に駆けてくる。
錬金で作られた手を破壊されたが故の判断/盗人の嗅覚。だがウフコックの咄嗟の行動が間に合う。
ウフコックは篭手から銀色の杖――スタンロッドへと反転変身。
ルイズの手にぴたりと納まる。ルイズはとにかくウフコックの言葉に倣い杖先を向ける。
その先はウフコックの仕事。杖先/電撃の放出部を伸張。フーケは当然回避――ルイズの素人同然の手捌きなど問題無しのはず。
だがウフコックがそれを許さない。杖自身が長さと方向を調整。相手の避ける方向へ追従、接触。
ざらついた刺激音/スタンロッドからの放電――失神レベルの電圧。
「きゃああああっ!」 フーケは叫び声を上げて倒れる。
「や、やった、の……?」
「失神させただけだ」
ルイズに説明するウフコック。この一瞬の行動に、ルイズはやっと頭が追いついてきた。
状況を整理――引き出しや棚が荒らされたコルベールの研究室。そのコルベールの研究室に居たロングビル。
ロングビルがフーケであり、部屋を荒らして『破壊の杖』を探しに来ていたと述べるに十分な状況証拠。
「しかし、凄いのに変身したわね……。破壊の杖ならぬ、破壊の拳、そして電撃の杖ってところかしら」
ルイズは興味深げに手にした杖を眺める。
トリステインでは滅多にお目にかかれぬほど奇妙な金属。ルイズが片手で簡単に触れるほど軽いのに頑丈で、艶やかな銀色をしている。
「実際は振動型粉砕機とスタンロッドと呼ばれる。それより、ルイズ」
「そ、そうね。まずはミス・ロングビルよね。でもどうして……? キュルケとタバサと一緒に行ったはずなのに……」
「ああ、その通りだ。何らかの手段で帰ってきたのか……?
ともあれ、確かに彼女の匂いと昨日ゴーレムを操っていた人間の匂いは一致する。
……しかし、彼女の匂いが妙に強いな。ずいぶん部屋を探し回ったのだろうか」
ウフコックはスタンロッドの柄の一部を自切し、ネズミの姿に戻る。そして周囲の匂いを嗅ぎ、怪訝な表情を浮かべた。
「また起き上がるかもしれない。杖は君が持っていてくれ。……くそ、匂いがごたついているな。
火薬や薬品の匂いもきつい。それに、まるでフーケと同じ匂いが二つあるような……ううむ……」
確かに、コルベールの研究室は妙な匂いがした。燃料油の研究をしているという話をルイズは聞いていたが、それは真実だったらしい。
妙に揮発臭が強く、それがウフコックの鼻を混乱させているようだった。
「……ともかく、ミス・ロングビルが破壊の杖を狙っていたことには違いなさそうね。
まずはオールド・オスマンとコルベール先生にこの有様を見せないと」
「それもそうだな……」
「そうは問屋が卸さないよ」
その言葉と共に、研究室の破れた床板から再び土が盛り上がり、先ほどと同じ程度の大きな手を模る。
完全な奇襲。華奢なルイズの体を背後から容易に捕縛――強い力で胴体ごと握り締められ、ルイズはスタンロッドを手放す。
「いやあっ!」「ルイズ!」
ルイズの悲鳴、そしてウフコックの行動を抑えるようにもう一本の手の出現――ルイズを捕らえたものよりは幾分細い腕が現れ、ウフコックを捕らえる。
「……まさかここでネタが割れちまうとはね。驚いたよ」
研究室の奥から、足音も立てずに近づく人影――土くれのフーケ。
興味深そうに、ウフコックの作り出したスタンロッドを拾う。
「さて、ネズミちゃん、貴女の主人が大事なら、下手に動くんじゃないよ。ちょっとでも妙な動きを見せたら握りつぶす」
「な、何で何人もあんたが居るのよ!」
微笑を浮かべ、捕らわれていない方のフーケは杖を振るう。
それに応じるように、捕らえたはずのフーケが煙と消える――残ったのは小さな魔法の人形。
「このガーゴイルさ。スキルニルって言って便利な奴でね」
フーケは人形を拾い、愛しげに撫でる。
「血を与えれば、その血の持ち主そっくりの姿・性格に変身して、それを操る人間の命令を何でも聞くのさ。
私程度のメイジでも2、3体くらいは操りながら魔法も使える。さっきはこのお人形に見せかけて、私が隠れて杖を振るってたわけ。
囮に使って良し、芝居に使って良し。まったく、泥棒稼業にはもってこいの道具だよ」
「……そんなものすらあるのか……! くっ、それも宝物庫から盗んだものだな!」
フーケはまるで出来の良い生徒を褒めるように、ウフコックに優しげな声で答えた。
「勘が良いじゃないか、ネズミちゃん。なかなか賢いし、珍しいマジックアイテムを持ってるようね。
一体どうやって私の行動を知ったんだい?」
「余計なお世話よ! 盗人に褒められたって何よ!」
「口の減らない娘だね。ちょっと黙ってな」
人間の胴ほどもありそうなゴーレムの指先が、ルイズの口を塞いだ。
「むがっ…………!」
「ま、なるべく殺しはしないよ。でも骨の一本や二本なら躊躇わないし、私の手先が狂うことだってあるだろう?」
「乱暴はよせ……それだけ口を開くんだ、俺と話す気なのだろう?」
「話のわかるネズミちゃんね」 艶然とフーケは微笑む。
「残念ながら、この状況ならば俺には話をするくらいしかできないからな。要求は何だ?」
「そうね。出来れば私の行動を読んだ手口なんか、ゆっくり茶か酒でも持ち出して話したいところだけど……生憎と多忙な身の上でね。
まず、この杖の使い方を教えてもらおうか」
フーケは、床に落ちたスタンロッドを慎重に拾い上げる――宝物を見つけ出した盗人の喜悦の表情。
「それを?」
「……ええ。まさかこんな一品が手に入るなんてね。無名だとしても十分に盗む価値があるわ。
ああ、何となく使い方はわかるわよ。私のコピーがやられるのは見てたんだからね。
ただ、ちゃんとした使い方を教えておいてほしいのよ」
「……取っ手のスイッチを押せば杖先から電撃が出る。柄の下の目盛りで電撃の強さを調整することが可能だ。
長さは鍔元のネジを緩めればある程度伸び縮みする。
電撃の威力はさほど強くはない。目盛りが最大でも失神させる程度だ」
「なんだ……。ま、あんまり強すぎても取り回しに困るからね、構わないさ。
さっきの篭手もほしいところだけど……。本当に残念さ。変身を許したらこっちが不意打ちを食らいかねないからね」
フーケはウフコックの指示の通り操作し、電撃を放出――素直に驚きを覚えたようだ。
だが、やがて興味をなくしたようにフーケは鞄に仕舞う。それに代わるように、古めかしい小さな鐘を取り出した。
「さて。要求はもう一つ。そう難しいことじゃないよ。……私が逃げ出すまで、気持ち良く眠ってもらおうかしらね」
眠りの鐘――学園の秘宝たるマジックアイテム。
それが今、ウフコックの目の前にあった。
ふと湧き上る額の熱。目の前の道具と何かが通じ合う。
まるで目の前の鐘が、自分の身体の延長のような感覚。
それの構造や使用法が、手に取るように頭へと流れ込む。
(なんだ……これは……? まるで、反転変身を覚えたときのような……)
「この学院の秘宝、『眠りの鐘』さ。流石に使い勝手の良い道具だよ……さあ、お眠り……」
ウフコックの脈動を裏切るように鐘は鳴らされ、眠りへの誘いが襲い掛かる。
魔法の力が込められた音色が、小さく、だが段々と大きく響き渡る。
フーケが鐘の操作に集中していた瞬間――爆音。
「勝手にぃ……話を進めてるんじゃないわよ!」
ウフコックが話している間、体も締め付けられたままルイズはもがき、締め付けられた口を開放させる。
そしてルーンも全く滅茶苦茶に詠唱――当然の失敗魔法/失敗こそが正解。
固定化すら吹き飛ばす爆発がウフコックを掴んでいる手を襲う。
衝撃で土くれの手は半壊し、ウフコックが這い出られる程度には緩んだ。
「今よ! ウフコック!」
ルイズには何も具体的な考えなど無い。
だが自分がどうにかなっても、ウフコックが無事ならば手段はあるはずだった。
ルイズは一縷の希望だけ託し、自分を掴む手を敢えて狙わなかった。
そしてウフコックの手は、手段など幾らでも用意されていた。
「くそっ! ……な、何っ?」
ウフコックの飛びついた先――眠りの鐘。
マジックアイテムはメイジにしか使用できない。それが不文律。
だが、ウフコックが飛びついた瞬間に眠りの鐘が輝く。フーケが手にしたとき以上に力強い光。
小さな鐘の鳴動――先ほどの音色とは異なる響きがフーケを襲う。
「そ、んな……?」
がくり、とフーケは膝を付く/ばたりと倒れ、規則的な寝息を立て始める。
「や、やったの……?」
意識の消えた証拠――ルイズを掴む手が、手としての形を保てずただの土となり、崩れていく。
つっぷしたフーケの上に土が降り注がれる――土くれと呼ばれた盗人の末路。
二人はあたりを確認し、倒れた人間こそ本物のフーケであることを確認した。
#navi(虚無と金の卵)
#navi(虚無と金の卵)
時間は、キュルケ達の出発前に遡る。
ロングビルが準備を整えるまでの間、ルイズ、キュルケ、タバサ、ウフコックの三人と一匹は、オスマンの指示で学院のすぐ外の草原で待機することとなった。
まさに快晴。草原は見渡す限り平和そのもの。だが刻一刻と時間は減り行く。
宝物を手に入れたフーケは逃げる算段など当然打っているだろう――ルイズは苛々とロングビルを待つ。
そんな折、ルイズの肩に乗ったウフコックが口を挟んだ。
「ルイズ……いや、キュルケ、タバサもだ。我々だけで話がある」
「何よウフコック、止める気?」
やれやれ、とウフコックは肩をすくめる。
「止められるのならばな。だが聞き入れてはくれないだろう?」
「わかってるじゃないの」と、ルイズは強気に応じる。
「ま、それは俺もわかっている。だからこそ話がある」
「ヴァリエール、そんな苛ついたって仕方ないじゃない。で、ウフコック、なに?」
キュルケが話を促す。
「フーケについて……と言うより、先ほどの場で、敢えて俺が言わなかったことについて、だ」
「……何ですって?」
「あの場に途中からやってきた女性、彼女がフーケだろう。昨日のあの場に居た人間と匂いが全く一致する」
「ミス・ロングビルが!?」
ルイズは驚いて声を上げる――すぐさまタバサが口を抑えた。
「もがっ……ご、ごめんなさい。周りに聞こえて……ないわよね?」
「まだ来る様子は無いわね……」
キュルケが周囲を見回す。人の気配が無いのを確認し、ウフコックに疑問をぶつけた。
「でも、なんであの場で問い質さなかったの?」
「言い逃れする算段か、あるいは確実に逃げるための算段が付いたのだと思った。
そうでなければ現場に戻ってくるといったリスクを負う必要は無かろうし、そこには強い自信を感じているようだった」
「でも、それでも敢えて戻ってくる理由がわからないわね」 と、ルイズが疑問を呈す。
「盗みを完遂させたという達成感は、味わっていないようだったな。眠りの鐘が目当てではなかったのかもしれん」
「別の目的ねぇ……そういえば、破壊の杖がどうとか言ってたわね」 キュルケの指摘にウフコックは頷く。
「コルベールがその話を持ち出した瞬間、ロングビルから『怒り』の気配が強く発せられた。
だが、破壊の杖の在り処を口に出した瞬間は、それが強い『喜び』と『何かを実行する決意』に転じていた。
元々はこれが狙いだったのだと思う」
「……ずいぶん詳しくわかるのね?」
興味深げに微笑むキュルケ。心配げにルイズはウフコックを見つめる。
「……そんなに話しちゃって良いの、ウフコック?」
「まあこうなってしまえば、俺達はチームのようなものだ。この能力が役立つならば隠す道理は無い。
もっとも薄々気付いていたとは思うが」
「教えてくれるなら、貴方の口から聞きたいわ」
「俺は、感情を匂いで嗅ぐことができる」
タバサ――ぴくり、とまぶたが揺れる。彼女なりの驚き。
キュルケ――ますます笑みが強くなる。何とはなしの予感が当たった表情。
「『サンク』のときは……その、正直、誤魔化した。まあ、半分は当たっているようなものなんだが。
実際はもっと直接に、人の『怒り』や『喜び』といった感情を嗅ぎ、その上で視線やちょっとした動作などを手がかりに人の思考を読み取る」
「……へえ、やっぱりそういうわけね」
「気付いてたの?」 ルイズが驚いた声で尋ねる。
「妙に匂いを気にするし、ウフコックと話す限り、気持ちとか感情に凄く敏感なのはわかってたから。
気付いてたわけじゃないけど、不思議とも感じないわね」
と、キュルケは自慢げに指を立てて答えた。
「……皆、驚かないものなんだな。
ともあれ俺がロングビルと話すことができれば、彼女の素性を聞き出すなり、盗んだ宝物の隠し場所を引き出すなり、できるだろう」
「ま、貴方に隠し事できる人間なんてそうそういないわ」 と、ルイズのもっともな指摘。
「もっとも、大きな問題が残っている。
ロングビルが実はフーケ、という話はあくまで俺の認識というだけで、人に見せられる証拠など何一つ無い。
髪の毛や指紋などを拾っても、ここで有用な証拠とはなりえないし……」
「指紋?」 タバサが興味深そうに尋ねた。
「人間の指の皺のことだ。
例えばガラスを触ったとき、手の脂のせいでガラスの表面に指の皺が写ることがあるだろう?
あれは、ガラスのみならず、実際は手に触れた様々な箇所に付着する。目には見えないことが多いが。
それを浮き上がらせて、皺の形状、分岐や端などの特徴点を調べることで、かなりの確率で個人を特定できる」
「初めて聞いた。実に興味深い……」
「俺のいたところでは一般的な捜査手法だった。だが、この国で認知されていない方法で証明したところで何の効力もない。
そして、それは俺の嗅覚も然り。そうだろう?」
「私にはそれで十分だけどね」
ルイズは既にウフコックを信じている。当然じゃないの、と付け足すようにルイズは言い放つ。
キュルケとタバサは、嗅覚云々を抜きにしても、サンクを通してウフコックの慎重さ、善良さを認識していた。
それに結局はのるかそるか一蓮托生であり、ならば二人とも、賭けに出ることが信条であった。
「うん、私も信じるわよ」
「右に同じく」
三人の言葉に、ウフコックは喜びを覚える――だがそれもすぐに隠し、冷静に答える。
「そうか……だがそれでも、赤の他人にとっては根拠の無い戯言に過ぎない。
俺の言葉を信じたところで、フーケが一枚上手だったら君らが貧乏籤を引くだけだ」
「なら結局、やることは一つじゃないの」
「そうよね」
「その通り」
「「「私らがフーケを捕らえて証拠を見つければいい」」」
三人の重なる声――杖を掲げたときほどの緊張は無く、その代わりとても明るく力強い唱和。
「構わないんだな?」
「ウフコックも優柔不断よねー。そんなんじゃ女の子は付いてこないわよ?」
「全くよ。臆病でもエスコートするくらいの勇気がほしいわ」
うら若き乙女の辛口批評/本気で面白がっている。
「勘弁してくれ……。俺はただのネズミであって、いわゆる男性的な観念を期待されても困るんだ」
「もう、そういうところが情けないのよ。
こういうときはバシっと決めなさいよ。私らはもう杖を掲げて、覚悟決めたんだからね」
ルイズの不敵な微笑み。見る者の不安を払拭させる魅力に満ち溢れている。
ウフコックは、敵わないな、とばかりに頷く。
「ああ、十二分に分かったとも。
盗人と臆病風に吹かれた教師たちに、君達の行動がどれだけ正しく、そして誇り高いか、ご覧じてもらおうじゃないか。
そのために俺も全力を尽くす。誓って、誰にも君達を傷つけさせず、そして君達の名誉を汚させはしない」
「それで良し」
ウフコックの宣誓に、ルイズは満足げに頷いた。
「で、具体的にはどうする? 今からでも『破壊の杖』が取られないように何とかしたいところだけど……。
まずはロングビルを先に探しましょうか? 一応は私たちの馬車を用意しておくって話になってるから、
もし準備していないようなら良い口実になるわ」
そうキュルケが話を持ち出したとき、タバサが口を挟んだ。
「……あ、来た」
タバサが指を刺す方向に、蒼髪の女性が馬車を曳いているのが遠目に見える。
ミス・ロングビル/フーケであるはずの女性。
「ふむ、こちらにやってくるようだ。ということは、今すぐ破壊の杖を探して盗む気は無いな。
恐らく、フーケは逃げ出してしまった……という既成事実を作る気なのだろう」
「なら、逆に言えば今こそチャンスよ。こちらが先にフーケと、『破壊の杖』を押さえる。
あとは眠りの鐘の所在さえウフコックが聞き出せば何とかなるわ」
と、ルイズが提案する。
「じゃ、私とタバサがミス・ロングビルについていって捕らえるわ。ルイズとウフコック、貴女は『破壊の杖』をお願いね」
「大丈夫か?」
「メイジ相手の喧嘩なら私もタバサも慣れてるし、今この瞬間ならフーケの正体を知ってる私達が有利よ。
ま、上手く騙すわ。できるだけ危険も避ける」
ウフコックの心配を宥めるように、キュルケは答えた。
「でもオールド・オスマンには3人で行くってことで話が決まったから、言い訳なり何なり考えなきゃ」
「そうねぇ……ミス・ロングビルに不自然に見えない理由がほしいところね」
「貴女達は、仲が悪い。良く知らない他人からすれば」
タバサが口を挟む――示唆に飛んだ一言。
「何よ、本当は仲良いみたいな口されても困るわよ! ……で、つまり?」
「喧嘩別れすれば良い」
そうしてルイズは、キュルケ達と喧嘩別れしたかに見せかけ、馬車が走るのを見届けてから学院内に戻っていた。
ウフコックと相談しながら校舎を駆ける。
「全くキュルケのやつ、途中から本気になってたわ。後で言い返してやらないと」
「その……それを君が言うのか……?」
「何よウフコック、文句あるの?」
「いや、無い。無いとも。それよりも早く行こう」 ウフコックの戦略的撤退。
「そうね、早くオールド・オスマンに話を通さないと……何て伝えようかしら」
「うむ、それもあるが、まずはコルベールに話して、その『破壊の杖』とやらが盗まれないよう対策を取ろう。
それからでも遅くは無い」
「そうね……。じゃあ、コルベール先生の研究室に行きましょう」
ルイズは学院内を駆ける。たまに教師に目撃され驚かれたが、気にも留めずルイズはまっすぐコルベールの研究室へと向かった。
そして遠慮もなく飛び込むように、コルベールの研究室の扉を開く。
「コルベール先生、お話が!」
入室の許可も聞かずにルイズは足を踏み入れた。
そして中に居る人物と目が合う。
「……ミス・ヴァリエール?」
「え、ええっ!」
中に居たのはロングビル=状況的に土くれのフーケ。
明かりもつけず、引出や棚に収められた物を引っ掻き回していたようだ。
乱雑な部屋の中、宝石か何かを手にとって見つめている=どうみても泥棒の所業。
「くっ……!」
ロングビルが杖を振るう=床板を突き破り、ルイズの背丈ほどの“手”が出現。
昨日のゴーレムほどの大きさはないが、相手取るには十分な脅威。明瞭な敵意を持ってルイズに接近する。
「ルイズ、右手で『ぶん殴れ』!」
ウフコックが叫び、ルイズの肩から右手へと器用に移動/黒光りする篭手へとターン。
「な、殴るって言ったって……!」
「俺を信じろ! この右手ならば何の問題も無い、思い切りやるんだ!」
「ええいっ!」
ルイズの細腕から繰り出されるストレート――になっちゃいない、へっぴり腰のパンチ。
だがその衝撃でルイズも“手”も一歩分ほど後ろに下がる。
轟音と共に土くれでできた手の平が陥没している。そこを中心にクラッキングが拡大/威力は絶大。
「……あれ?」
「そういう機能の『篭手』だ! もっとだ、もっと殴れ!」
「わ、わかったわ!」
ルイズの右手の篭手/実際は高性能な超振動型粉砕機。
拳の握り、関節のブレはウフコックが調整/何も気にせずルイズは連打。
土でできた手など何の問題にもせず粉砕/爆砕/木っ端微塵。
「す、凄いわコレ……」
「……う、嘘でしょ? くっ、畜生っ……」 盗人の合理的な判断――逃げるが勝ち。
「逃げる気だ! ルイズ、俺を“構えろ”!」
フーケがルイズの方向に駆けてくる。
錬金で作られた手を破壊されたが故の判断/盗人の嗅覚。だがウフコックの咄嗟の行動が間に合う。
ウフコックは篭手から銀色の杖――スタンロッドへと反転変身。
ルイズの手にぴたりと納まる。ルイズはとにかくウフコックの言葉に倣い杖先を向ける。
その先はウフコックの仕事。杖先/電撃の放出部を伸張。フーケは当然回避――ルイズの素人同然の手捌きなど問題無しのはず。
だがウフコックがそれを許さない。杖自身が長さと方向を調整。相手の避ける方向へ追従、接触。
ざらついた刺激音/スタンロッドからの放電――失神レベルの電圧。
「きゃああああっ!」 フーケは叫び声を上げて倒れる。
「や、やった、の……?」
「失神させただけだ」
ルイズに説明するウフコック。この一瞬の行動に、ルイズはやっと頭が追いついてきた。
状況を整理――引き出しや棚が荒らされたコルベールの研究室。そのコルベールの研究室に居たロングビル。
ロングビルがフーケであり、部屋を荒らして『破壊の杖』を探しに来ていたと述べるに十分な状況証拠。
「しかし、凄いのに変身したわね……。破壊の杖ならぬ、破壊の拳、そして電撃の杖ってところかしら」
ルイズは興味深げに手にした杖を眺める。
トリステインでは滅多にお目にかかれぬほど奇妙な金属。ルイズが片手で簡単に触れるほど軽いのに頑丈で、艶やかな銀色をしている。
「実際は振動型粉砕機とスタンロッドと呼ばれる。それより、ルイズ」
「そ、そうね。まずはミス・ロングビルよね。でもどうして……? キュルケとタバサと一緒に行ったはずなのに……」
「ああ、その通りだ。何らかの手段で帰ってきたのか……?
ともあれ、確かに彼女の匂いと昨日ゴーレムを操っていた人間の匂いは一致する。
……しかし、彼女の匂いが妙に強いな。ずいぶん部屋を探し回ったのだろうか」
ウフコックはスタンロッドの柄の一部を自切し、ネズミの姿に戻る。そして周囲の匂いを嗅ぎ、怪訝な表情を浮かべた。
「また起き上がるかもしれない。杖は君が持っていてくれ。……くそ、匂いがごたついているな。
火薬や薬品の匂いもきつい。それに、まるでフーケと同じ匂いが二つあるような……ううむ……」
確かに、コルベールの研究室は妙な匂いがした。燃料油の研究をしているという話をルイズは聞いていたが、それは真実だったらしい。
妙に揮発臭が強く、それがウフコックの鼻を混乱させているようだった。
「……ともかく、ミス・ロングビルが破壊の杖を狙っていたことには違いなさそうね。
まずはオールド・オスマンとコルベール先生にこの有様を見せないと」
「それもそうだな……」
「そうは問屋が卸さないよ」
その言葉と共に、研究室の破れた床板から再び土が盛り上がり、先ほどと同じ程度の大きな手を模る。
完全な奇襲。華奢なルイズの体を背後から容易に捕縛――強い力で胴体ごと握り締められ、ルイズはスタンロッドを手放す。
「いやあっ!」「ルイズ!」
ルイズの悲鳴、そしてウフコックの行動を抑えるようにもう一本の手の出現――ルイズを捕らえたものよりは幾分細い腕が現れ、ウフコックを捕らえる。
「……まさかここでネタが割れちまうとはね。驚いたよ」
研究室の奥から、足音も立てずに近づく人影――土くれのフーケ。
興味深そうに、ウフコックの作り出したスタンロッドを拾う。
「さて、ネズミちゃん、貴女の主人が大事なら、下手に動くんじゃないよ。ちょっとでも妙な動きを見せたら握りつぶす」
「な、何で何人もあんたが居るのよ!」
微笑を浮かべ、捕らわれていない方のフーケは杖を振るう。
それに応じるように、捕らえたはずのフーケが煙と消える――残ったのは小さな魔法の人形。
「このガーゴイルさ。スキルニルって言って便利な奴でね」
フーケは人形を拾い、愛しげに撫でる。
「血を与えれば、その血の持ち主そっくりの姿・性格に変身して、それを操る人間の命令を何でも聞くのさ。
私程度のメイジでも2、3体くらいは操りながら魔法も使える。さっきはこのお人形に見せかけて、私が隠れて杖を振るってたわけ。
囮に使って良し、芝居に使って良し。まったく、泥棒稼業にはもってこいの道具だよ」
「……そんなものすらあるのか……! くっ、それも宝物庫から盗んだものだな!」
フーケはまるで出来の良い生徒を褒めるように、ウフコックに優しげな声で答えた。
「勘が良いじゃないか、ネズミちゃん。なかなか賢いし、珍しいマジックアイテムを持ってるようね。
一体どうやって私の行動を知ったんだい?」
「余計なお世話よ! 盗人に褒められたって何よ!」
「口の減らない娘だね。ちょっと黙ってな」
人間の胴ほどもありそうなゴーレムの指先が、ルイズの口を塞いだ。
「むがっ…………!」
「ま、なるべく殺しはしないよ。でも骨の一本や二本なら躊躇わないし、私の手先が狂うことだってあるだろう?」
「乱暴はよせ……それだけ口を開くんだ、俺と話す気なのだろう?」
「話のわかるネズミちゃんね」 艶然とフーケは微笑む。
「残念ながら、この状況ならば俺には話をするくらいしかできないからな。要求は何だ?」
「そうね。出来れば私の行動を読んだ手口なんか、ゆっくり茶か酒でも持ち出して話したいところだけど……生憎と多忙な身の上でね。
まず、この杖の使い方を教えてもらおうか」
フーケは、床に落ちたスタンロッドを慎重に拾い上げる――宝物を見つけ出した盗人の喜悦の表情。
「それを?」
「……ええ。まさかこんな一品が手に入るなんてね。無名だとしても十分に盗む価値があるわ。
ああ、何となく使い方はわかるわよ。私のコピーがやられるのは見てたんだからね。
ただ、ちゃんとした使い方を教えておいてほしいのよ」
「……取っ手のスイッチを押せば杖先から電撃が出る。柄の下の目盛りで電撃の強さを調整することが可能だ。
長さは鍔元のネジを緩めればある程度伸び縮みする。
電撃の威力はさほど強くはない。目盛りが最大でも失神させる程度だ」
「なんだ……。ま、あんまり強すぎても取り回しに困るからね、構わないさ。
さっきの篭手もほしいところだけど……。本当に残念さ。変身を許したらこっちが不意打ちを食らいかねないからね」
フーケはウフコックの指示の通り操作し、電撃を放出――素直に驚きを覚えたようだ。
だが、やがて興味をなくしたようにフーケは鞄に仕舞う。それに代わるように、古めかしい小さな鐘を取り出した。
「さて。要求はもう一つ。そう難しいことじゃないよ。……私が逃げ出すまで、気持ち良く眠ってもらおうかしらね」
眠りの鐘――学園の秘宝たるマジックアイテム。
それが今、ウフコックの目の前にあった。
ふと湧き上る額の熱。目の前の道具と何かが通じ合う。
まるで目の前の鐘が、自分の身体の延長のような感覚。
それの構造や使用法が、手に取るように頭へと流れ込む。
(なんだ……これは……? まるで、反転変身を覚えたときのような……)
「この学院の秘宝、『眠りの鐘』さ。流石に使い勝手の良い道具だよ……さあ、お眠り……」
ウフコックの脈動を裏切るように鐘は鳴らされ、眠りへの誘いが襲い掛かる。
魔法の力が込められた音色が、小さく、だが段々と大きく響き渡る。
フーケが鐘の操作に集中していた瞬間――爆音。
「勝手にぃ……話を進めてるんじゃないわよ!」
ウフコックが話している間、体も締め付けられたままルイズはもがき、締め付けられた口を開放させる。
そしてルーンも全く滅茶苦茶に詠唱――当然の失敗魔法/失敗こそが正解。
固定化すら吹き飛ばす爆発がウフコックを掴んでいる手を襲う。
衝撃で土くれの手は半壊し、ウフコックが這い出られる程度には緩んだ。
「今よ! ウフコック!」
ルイズには何も具体的な考えなど無い。
だが自分がどうにかなっても、ウフコックが無事ならば手段はあるはずだった。
ルイズは一縷の希望だけ託し、自分を掴む手を敢えて狙わなかった。
そしてウフコックには、手段など幾らでも用意されていた。
「くそっ! ……な、何っ?」
ウフコックの飛びついた先――眠りの鐘。
マジックアイテムはメイジにしか使用できない。それが不文律。
だが、ウフコックが飛びついた瞬間に眠りの鐘が輝く。フーケが手にしたとき以上に力強い光。
小さな鐘の鳴動――先ほどの音色とは異なる響きがフーケを襲う。
「そ、んな……?」
がくり、とフーケは膝を付く/ばたりと倒れ、規則的な寝息を立て始める。
「や、やったの……?」
意識の消えた証拠――ルイズを掴む手が、手としての形を保てずただの土となり、崩れていく。
つっぷしたフーケの上に土が降り注がれる――土くれと呼ばれた盗人の末路。
二人はあたりを確認し、倒れた人間こそ本物のフーケであることを確認した。
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