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「ドラえもん のび太のパラレル漂流記-06」(2008/11/02 (日) 22:39:05) の最新版変更点
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#navi(ドラえもん のび太のパラレル漂流記)
#setpagename( 第六話『さようなら、ドラえもん』 )
学院の廊下を、一匹のどでかいネコとツインテールの少女が走り回っていた。
「こ、ここここのバカネコ! なぁにがいい音楽よ!
この『剛田武リサイタルコレクション』ってただの騒音じゃない!」
「なにをいうんだ! ぼくはきみが『刺激的な音楽が聴きたい』っていうから…」
誰あろう、ルイズとドラえもんである。
逃げるドラえもんを遅れて爆発が襲い、さらにその後をルイズが駆けていく。
「刺激的にもほどがあるわよ! 魔法も使ってないのに、『ゼロのルイズがまた魔法を失敗したぁ!』
ってまたバカにされたのよ! 全部あんたのせいだわ!」
「め、めちゃくちゃだ!」
もはやこのところの日課になっているドラえもんとルイズの追いかけっこであった。
ルイズの失敗魔法は校舎を削り、その威力はちょっとシャレにならないものがあるのだが、
止めても聞かない上にどうせ後になってドラえもんが直すので、みな見て見ぬフリをしている。
そして、みなが黙認している理由がもう一つ。実はこの追いかけっこ、大抵すぐに終わるのであった。
「今日という今日は許さないわよ!」
このルイズ。胸も魔法もゼロだが、すばしっこさには定評がある。
人間の男にならともかく、短足ロボットなんぞに負けるはずもない。
「うわあっ!」
あっというまにドラえもんをつかまえると、その上に馬乗りになる。
そしてドラえもんのしっぽに次ぐ急所とも言うべき四次元ポケットに目をつけ、
「なにをする! あっ…」
ベリッ、とお腹から剥がしてしまった。
そのまま、手の中で弄ぶ。
「こ、こここのポケット、破いちゃったらどうなるかしらね!」
「や、やめろ! それがなくなったら…」
ドラえもんがめずらしく切迫した声でルイズを止める。
だがルイズは唇の端を意地悪くにやあー、と歪めると、
「びりびりびり!」
「ぎゃあーーー!!!!」
聞こえてきた破滅的な音に、ドラえもんが思わず叫びをあげるが、
「……なあんてね」
本当にポケットを引き裂いた訳ではない。
ただ、切り裂くような指の動きにあわせて、ルイズが声を出していただけだ。
……実に古典的なイタズラであった。
「わるふざけはやめてくれ。まったくしんぞうにわるいよ」
ドラえもんの取り乱しように多少溜飲を下げたルイズがドラえもんにポケットを返すと、
ドラえもんはぶつくさと言いながらポケットを付け直した。
「にしても、このポケットがないと何も出来ないなんて、あんたも意外と不便ね」
「そりゃ、ずっとおなかにつけてるからなくしたりしないし、
のび太くんの家にはスペアポケットが……スペアポケット!!!!」
ポケットを破かれそうになった時より大きな声で、ドラえもんが叫んだ。
「スペ……え? なによそれ? 新しい道具?」
きょとんとしているルイズに、ドラえもんが大慌てで説明する。
「スペアポケットだよ! この四次元ポケットとおなじつくりの、よびのポケットなんだ!」
「……へえー」
一応そう言ってみるものの、ルイズには何がそんなに驚くことなのか、よく理解出来ない。
ドラえもんはそんなルイズの様子に焦れたように、
「わからないかなあ。このポケットとスペアポケットは、四次元空間を通じてつながっているんだ」
「つまり?」
「このポケットの中にはいれば、きっとのび太くんの家のスペアポケットに出られるんだ!」
そこに至って、ようやくルイズもドラえもんの興奮の理由がわかった気がした。
「それってまさか、あんたが家に帰れるってこと?」
「そうさ! ……ばんざーい、ばんざーい! スペアポケット、ばんざーい!!」
いつものやさぐれたような口調も忘れ、素直に喜びをあらわにするドラえもんの声を、
なぜだろう、ルイズはどこか寒々しい気持ちで聞いていた。
「のび太くんの家にやってきてからこのかた、こんなに長い時間、のび太くんとはなれたのは
はじめてだったかもしれない。でも、それももうおわりだ。
まってろよ、のび太くん。ぼくがいま行くから!!」
興奮冷めやらぬ、といった様子で無邪気に喜ぶドラえもん。
一方で、ルイズは複雑な心境だった。
「そう。よかったじゃない」
祝いの言葉も、ついついかすれてしまう。
――こんなおかしな使い魔、いなくなればいい、と最初はずっと思っていた。
しばらくして、ほんの少しだけドラえもんと親しくなってからも、もしドラえもんが
元の世界に帰る方法を見つけたら、快く送り出してやろうと考えていた。
しかし、それはもっともっと先のことで、しばらくはこのままの生活がずっと続くと思っていた。
なのにその時がこんなにも早く、こんなにも唐突に訪れるとは、ルイズは全く想像もしていなかったのだ。
(さっきまで、いつも通り、ふつうにバカやってたじゃない。なのに、こんないきなり……)
降って湧いたような事態に、ルイズは混乱していた。
「とにかく、部屋に戻りましょう。こんなこと、廊下でする話じゃないわ」
「ん? ああ、そうだね。帰りじたくもしなくちゃいけないし……」
ドラえもんの弾んだ声に、なぜが胸がずきりと痛む。
だが、ルイズはそれを無視して無言で廊下を歩き、自分の部屋のドアを開ける。
目の前に広がる、無人の部屋を見た時、つい、口から思いが漏れた。
「そっか。あんたが出て行ったらわたしまた、一人でここで暮らすのね……」
そんな弱音を口にしてしまってから、ハッとして後ろを振り返る。
「ルイズ…」
さっきまではしゃいでいたドラえもんが、今は申し訳なさそうな顔でルイズを見ていた。
――まずい、そんなつもりじゃなかったのに。
ルイズは焦って弁解して、
「ち、違うわよ! さびしいとかそういうんじゃないからね! 勘違いしないでよ、バカネコ!
ただ、わたしは…わたし、は……」
しかし、後に言葉が続かない。言うべき言葉は喉に詰まって、何も出てきてはくれなかった。
ルイズは大きく深呼吸して、何とか表面だけでも心を取りつくろうと、
「とにかく、なんでもないわ。いいから、早く帰りなさいよ。
……あんたには、ちゃんと必要としてくれてる人が、待ってる人がいるんでしょ」
ルイズはそう言って、ドラえもんから視線を外した。
そのままでいると、何だかドラえもんには見られたくない顔や、
聞かせたくない言葉を漏らしてしまう気がしたのだ。
「いや、ぼくは行かない」
「…えっ?」
意外なドラえもんの言葉に、一瞬ルイズの顔がほころびかけ、
「な、なに言ってんのよ! あんたがいないと、のび太ってのが…」
それを必死で押し隠して、怒ったようにドラえもんに食ってかかる。
しかし、ドラえもんは穏やかな顔で首を振った。
「帰るほうほうがわかっただけでいいんだよ。
ぼくにはタイムマシンやタイムベルト、ほかにもべんりな道具がたくさんあるからね。
帰るのがいつになったって、ぼくがいなくなった時間にもどればかんけいないんだ」
ぽん、とルイズの頭にドラえもんの手が乗せられる。
「どうせのりかかったふねだ。ここできみを見守って、きみのことがぜんぶかたづいてから、ぼくはもどるよ」
「ドラえもん…」
その優しい言葉を聞いた途端、ルイズの顔がふにゃっと崩れ、泣き出してしまいそうになる。
しかし、何とかそこで踏み止まり、自分が無防備な顔をさらしていたことに気づいて、ルイズは真っ赤になった。
「お礼なんて、言わないんだからね!」
その顔の火照りをごまかすように、ルイズはそんな捨て台詞を残して部屋の中に駆け込んでいった。
――その、夜のことだった。
「あれ、ドラえもん…?」
夜中に目が覚めたルイズは、ドラえもんが寝床を抜け出しているのに気づいた。
「もう、あの不良使い魔は…!」
そう毒づいて、もう一度寝てしまおうかと思ったが、どうにも気にかかって眠れない。
「これは別に、あんたのことが心配だからとかじゃないんだからね!」
誰も聞いていないのにそう言い訳して、寝台を降りる。
「ご主人さま置いて勝手に抜け出すなんて、使い魔失格……あれ?」
ぶつくさと言いながら、扉を開いたその先、そこに、ドラえもんはいた。
うっすらとした月明かりの下、一枚の写真を手に、何かを語りかけているのだった。
「やあのび太くん。きみのところにもどるのは、まだだいぶ先になりそうだよ。
でも、きっともどるから。ぜったいにもどるから、まっててくれよ」
ルイズは写真に話しかけるドラえもんを見て、思わず声を出しそうになった。
(あいつ…!)
それだけ、写真を眺めるドラえもんの顔は優しくて、それ以上に悲しそうだったからだ。
ルイズの見守る中、そうとは知らぬドラえもんは、空を見上げ、ぼそりとつぶやく。
「ああ、のび太くん。きみはいったい、どうしているかなあ…」
そしてその時、ルイズは見た。
血の通わぬはずの異世界のカラクリ人形の目から、透明な雫がこぼれ落ちていくのを……。
「……あの、バカ」
ぎゅうぅ、と唇を噛み締め、ルイズはうつむいた。
――どうして気づいてやれなかったのだろう。
ドラえもんはあんなにのび太のことを心配して、そして何より、あんなにのび太に会いたがっていたのに。
なのに自分は勝手な都合でドラえもんを引き止め、ドラえもんの気持ちも考えずに無神経に喜んでいたなんて。
ルイズは顔を伏せたまま、ごしごし、と涙をぬぐう。
「……よし」
そして、ふたたび顔をあげた時のルイズの顔は、さっきまでの甘えん坊な小娘の顔ではなかった。
誇り高い貴族の顔が、そこにあった。
翌朝、めずらしく自分で起きだしたルイズは、何でもないことのようにドラえもんに告げた。
「そうそう。そういえば言い忘れてたけど」
「なんだい? またキュルケにからかわれた? それともじゅぎょうでしっぱいしたのかい?」
失礼極まりない質問だが、ドラえもんがルイズを気遣うような言葉をかけてくるのはめずらしいことだ。
決心が揺らぎそうになるが、それを必死で押さえ、ルイズはこう言い放った。
「そんなんじゃないわよ。そうじゃなくて、あんた、今日で使い魔クビだから。故郷帰りなさい」
出来るだけ冷たく、突き放すように。
ドラえもんはしばらくポカンとしていたが、
「ははあ。ルイズ、さてはきみ、きのうのことをきにしてるんだな」
「そんなんじゃないわ…」
「いいんだ、いいんだ。きみだってなかなかいいところがあるじゃないか。
でもだいじょうぶさ。いつだって帰れるんだ。いまじゃなくてもいい」
「そんなんじゃないって言ってるでしょ!」
あくまで強情なルイズに、ドラえもんはやれやれとばかりに首を振った。
「ねえルイズ。ぼくはもう、帰るほうほうがわかっただけでまんぞくなんだ。
時間なんてどうにでもなるんだから、このままきみのつかいまをつづけて…」
諭すようにドラえもんがそう言ってくれている。……はっきり言えば、嬉しかった。
今まで家族以外にこんな優しい言葉をかけてくれる者がいただろうか。
だが、だからこそルイズにはもう、耐えられなかった。
その言葉をさえぎって叫ぶ。
「でも、あんたは泣いてたじゃない!」
もし、ドラえもんがルイズの所に留まって、使い魔をしてくれたらどんなにかいいだろうと思う。
しかし、それは望んではいけないことなのだ。ドラえもんのことを思うなら、決して。
「たしかに元の世界に戻ってからタイムマシンとやらを使えば、
あんたが消えてた時間はなくなって、元の通りになるかもしれない。
あんたの大好きなのび太だって、悲しい思いをしなくて済むかもしれない。
――でも、あんたはどうするのよ!
これからずっと、そののび太っていうのに会いたいって気持ちを抑えて、
わたしの使い魔をやるって言うの!? そんなの、わたしは認めないわ!」
ドラえもんが驚いた顔をしている。だが、それは図星を突かれた驚きの表情であって、
見当外れのことを言われた驚きではなかった。
そんなドラえもんの顔を直視出来なくて、ルイズは下を向いた。
「やっぱりあんた、ほんとは帰りたいんでしょ。そんなやつを、わたし、使い魔にしていたくない。
していたくないから、だから、帰って。帰ってよ、お願いだから……」
それでもかすれた声で、最後まで言い切った。
「……ルイズ」
かけられた声にルイズが顔をあげると……ドラえもんが複雑な顔をしてルイズを見ていた。
それだけで、それ以上何も言われずともルイズにはわかった。
やはりドラえもんは帰りたいのだ。元の世界に帰って、のび太と会いたくてたまらないのだ。
「ルイズ。その、なんていったらいいか…」
「なんにも言わなくていいわ」
ルイズがそっけなくそう言い放ち、それきり、部屋に沈黙が満ちる。
「……おせわになったひとたちに、あいさつに行ってくるよ」
やがて根負けしたようにドラえもんがそう言って、部屋を出て行った。
――バタン。
その扉が閉められた途端、ルイズは堪え切れずにベッドに身を投げ出し、泣き出した。
「これで、いいのよね、ちいねえさま。わたし、正しいことをしたんだもの」
つぶやいてみても、心は晴れない。
優しいカトレア姉さまのことを考えて、涙を止めようとしてもダメだった。
(わたし、昔ほどちいねえさまのこと、考えなくなってた。
それってきっと、わたしが一人ぼっちじゃなくなってたから。
いつのまにか、あの使い魔はわたしの心に空いた虚無を埋めていたんだわ)
そんなことばかり考えてしまって、よけいに悲しくなる。
ルイズは一人、枕に顔をうずめて泣き続けた。
戻って来たドラえもんに、『使い魔の見送りなんてどうでもいい、わたしは授業に行く』
と意地を張ったため、ドラえもんは授業の終わった夕方に元の世界に戻ることにした。
そのくせ出発が夕方だと決まると、なんのかんのと理由をつけて授業をサボり、
ルイズは最後の何時間かをドラえもんと一緒に過ごした。
だが、それはドラえもんも同じで、もうとっくに帰り支度なんて終わっているはずなのに、
部屋の隅でグズグズと何か作業をしていた。
――しかし、いつか幕は引かねばならない。
そして、それが長引けば長引くほど、別れのつらさは倍増するのだ。
ルイズは意を決し、往生際悪く作業を続けるドラえもんに呼びかけた。
「そんなとこで何してるのよ、ドラえもん! 元の時代に帰るんでしょ?!
だったら早く、しなさいよね…!」
最後の方が鼻声になってしまったが、今のルイズとしては上等だろう。
それでもまだ動こうとしないドラえもんに、出来るだけ苛立ちを込めて、
「ドラえもんー!?」
と呼んだ。
さすがに無視出来ないと感じたのか、ようやくドラえもんが立ち上がる。
そしてそのまま、ルイズの至近距離まで近づいてきた。
「…なによ」
泣きはらした顔を見られたくなくて、ぷい、とルイズはそっぽを向く。
「その、きみにはせわになったなあ、と思って…」
「ほんとよ! すっごく感謝しなさいよね! 貴族のわたしが、あんたみたいなヘンテコを
養ってやったんだから、もっと感謝して、もっと……」
最後までいつも通りにと思うのに、やはりどうしても言葉が出てこない。
代わりに目から水があふれてくる。
……かっこ悪い。
ルイズはごしごしと目元をこすった。
ドラえもんは、そんなルイズをからかうでもバカにするでもなく、優しく語りかけてくる。
「なあルイズ。そんなになくなよ」
「な、泣いてなんかないわよ! あんたなんかがいなくなったって、
何にも変わらない! だから、悲しくなんかないんだから、
さっさと行けばいいじゃないの!」
最後まで素直になれないルイズの肩に、ぽん、とドラえもん手が置かれた。
「四次元ポケットはここにおいていくよ。
これさえあればいつだってここにもどってこれるし、きみだって道具を使える」
驚いて、ルイズはドラえもんの顔を見る。
その顔は、どこまでも穏やかだった。
「で、でもこれ、あんたの大事なもの…」
「そんなものより友だちのほうがたいせつさ」
「とも…だち……」
その言葉に堪え切れず、ルイズの瞳からぶわっと涙があふれた。
貴族としてのプライドも、ご主人さまとしての体面も忘れ、体ごとぶつかるように、ドラえもんにしがみついた。
「……バカ、バカ! なんで行っちゃうのよ!
ポケットなんていらない! 道具なんてどうでもいい!
友達なんだったら、一緒にいてよ!」
「ルイズ…」
いけないと思っても、溢れ出した言葉は止められなかった。
「わたしにもようやく、居場所ができたと思ったのに…!
あんたと二人なら、ゼロだってバカにされてもがんばれるって、
そう、思ってたのに…!」
それからはもう言葉にならない。
ルイズは声をあげて泣き、ドラえもんも涙をこぼしながら、ひたすらルイズの頭をなで続けた。
「ルイズ、やっぱりぼくは…」
ドラえもんがとても困ったような顔で、口を開く。
ルイズはドラえもんが何を言おうとしているか悟って、首を振った。
「…やめて。さっきのは気の迷いよ。忘れて」
「でも…」
「ドラえもん。わたしに恥をかかせないで。……だって、わたしは決めたの。
自分の意志で、あんたを元の世界に帰すって。この選択は、誰にもくつがえさせはしない。
たとえあんたにだって、わたしにだって、ね」
「ルイズ…」
ドラえもんは一度口を開いて何かを言いかけ、しかしまた口を閉じると、
今まで見たことがないほど真剣な顔をして、一言一言を惜しむように、ゆっくりと口を開いた。
「ルイズ。きみはゼロなんかじゃない。
きみはぼくがしってる中でいちばんりっぱなきぞくで、ぼくのじまんの……ともだちだよ」
――そして、とうとう別れの時が訪れる。
「ぼく、行くよ」
ドラえもんが、ポケットを外し、そこに足をかける。
「あっ……」
それを見てルイズは思わずドラえもんに手を伸ばしかけ、しかし何も出来ずに下ろした。
どれだけつらくても止めてはいけないのだ。
それが、自分の決断なのだから。
……手は出せない。だからせめて、言葉をかける。
「も、もし、うまく帰れなかったら、ちゃんとここに戻ってきなさいよね!
その時は……わ、わたしの家で、ちゃんと雇ってあげるから! だから…」
ルイズのその言葉を聞いた時、ドラえもんは微笑んだように見えた。
そうして、
「――さようなら、ルイズ」
その言葉を最後に、ドラえもんの姿はポケットの中に消えた。
「ドラ、えもん? ……いっちゃった、の?」
ルイズの言葉に答える者は、もう誰もいない。
後に残ったのは、小さなポケットだけだった。
ルイズはずっと、一晩中ポケットの前で待ち続けた
このままあのヘンテコな使い魔と別れることになるなんて
ルイズにはとても信じられなかったのだ
「だってあいつ、間が抜けてるんだもの。きっとすぐに戻ってくるに決まっているわ」
だからルイズは、使い魔からのその小さなプレゼントを胸に抱き
帰ってきたドラえもんにかける言葉を一生懸命に考えながら
「ふふ…」
ときどき、穏やかで優しい妄想にほおをほころばせる
かけたい言葉はたくさんある。伝えたい想いも、また
だけど、時間はいつだって有限で
ルイズはいまだ決定的な言葉を見つけられないまま
時計は淡々とその時を刻む
やがて空には曙光がさし、いつのまにか夜は明けて
ドラえもんは結局、戻ってこなかった……
「ん…。あさ…?」
ルイズが目を覚ました時、もう日は空に高く上がっていた。
「ドラえもん! あんたまたわたしを起こすの――!」
忘れたでしょ、と言いかけて、ルイズはようやく思い出す。
「そっか。いなくなったんだった。……あはは。これですっきりしたわ。
あんなナマイキな使い魔。こっちから願い下げだもの」
そんな言葉を口にして、なのになぜだろう。部屋の広さに、視界がにじんだ。
「あはは。わたし、ほんとに一人ぼっちになっちゃった……」
ふらふらとした足取りで、ドラえもんが寝ていた部屋の隅に向かう。
寝床にはあまりこだわりがないのか、そこに敷かれた藁の上で、
ドラえもんはいつも横になっていたのだった。
「こんなことなら、もうちょっとあったかい寝床、用意してやるんだった。……ん?」
そこでルイズは、ドラえもんの寝床に何か落ちているのに気づいた。
「なにかしら…」
ルイズがそれに手を触れると、いきなり空中にドラえもんの姿が浮かび上がった。
驚くルイズに、映像のドラえもんが語りかける。
『ルイズ。面とむかってはなすとてれくさいから、こうして手紙をのこすことにするよ』
その言葉を聞いて、ルイズは悟った。これは、たぶん未来の世界の手紙なのだろう。
帰る直前、ドラえもんはこっそりとルイズにこんな手紙を残していたのだ。
「あいつ、こそこそと何かやってると思ったら、こんなよけいな、こと…」
言っている間に、また涙が出てくる。グジ、とルイズは鼻をすすった。
『なあルイズ。きみはまったくわがままでへんてこなやつだったけど、その……
きみとすごした日々は、とても、たのしかったよ』
空に浮かび上がったドラえもんが、照れくさそうにそう言った。
「わたしも、よ。あんたこそヘンテコで、ご主人さまの言うこと、なんにも聞かなかったけど、
……でも、わたしだって楽しかった。あんたがいるから、わたしは一人ぼっちじゃなかった」
この先何があっても、たとえもう二度と、ドラえもんと会えなくなったとしても、
自分はドラえもんと過ごした日々を忘れたりはしないと確信出来た。
『ぼくが、もし、もしのび太くんにあうまえにきみとであっていたら……』
そこで映像のドラえもんが鼻をすすりあげる。
「なによ、いまさら。そんなの、ずるいじゃない…」
現実のルイズもつられてグズ、と鼻をすする。
後ろを向いて涙をぬぐったドラえもんが、無理矢理な明るい声で告げる。
『ルイズ。ぼくはきみのためにポケットをのこしていくつもりだけど、
ひとつだけやくそくしてほしい。なれないひとに四次元空間はきけんなんだ。
ぜったいに、ぼくをおってポケットの中に入ったりしないとやくそくしてくれ』
その言葉にルイズはぐっと息を飲む。
いざとなれば、ドラえもんを追ってポケットの中に入ればいい、心のどこかでそう思っていたのだ。
だが、他ならぬドラえもんの言葉なら、守らないわけにはいかない。
「…わか、ったわ。始祖と紋章に誓って、ポケットには入らない」
聞こえていないと知っていながら、律儀に誓いの文句を口にする。
『この世界には戦争や怪物、魔法を使うおそろしいエルフまでがいるらしいじゃないか。
そんな世界で、魔法も使えないのにくそまじめでうそもつけないきみがやっていけるか、
ぼくはしんぱいだ。だからひとつだけ、道具をのこしておくよ。
すごい力をもった道具だから、ぼくが行ったあとで、どうしようもなくなったときにだしてくれ』
そう言って、ドラえもんは藁束の一番奥のふくらみをたたく。
『これはぼくじしん、まだいちども使ったことのないとっておきだけど、使いかたはかんたんで…』
だが、その言葉は他ならぬルイズの声でさえぎられた。
『そんなとこで何してるのよ、ドラえもん! 元の時代に帰るんでしょ?!
だったら早く、しなさいよね…!』
その声の主は、今手紙を見ているルイズではない。過去のルイズが、ドラえもんをせかしているのだ。
その言葉に、ルイズは手紙の終わりが近いことを悟った。
なぜならこの後、ドラえもんはすぐに……
『ゴメン、もう時間がないみたいだ。道具のせつめいは紙に書いてはりつけておいたから…』
せめて一言、とドラえもんは身を乗り出すようにして、最後の伝言を残し、
『ドラえもんー!?』
遠くからまた、ルイズの声が聞こえて、
『…それじゃあね、ルイズ。ぼくはぜったい、もどってくるから――』
――ぷつん。
そこで、映像は途切れた。
映像が終わり、われに返ったルイズは、ぼんやりとした動きで敷き詰められた藁を見た。
そこには確かに、何かが隠されているようなふくらみがあった。
――ごそ、ごそ。
見るからに緩慢な動きで、藁の奥に隠された何かを引き出す。
「……なに、これ?」
何かの装置なのだろうか、縦長で、何かのケースのようにも見える奇妙な物体が置いてあった。
そのまんなかの辺りには付箋のような物が貼ってあって、道具の説明らしきものが書かれているが、
「バカね。あんたの世界の言葉、わたしが読めるワケないじゃない…」
翻訳こんにゃくを使えばトリステインの文字だって書けるだろうに、
ドラえもんは焦って日本語で字を書いてしまっていたのだ。
涙に濡れたルイズの顔に、くすりと小さな笑みが戻る。
こんな時でもドジなドラえもんが、あまりにもドラえもんらしくて、笑ってしまう。
「でも、いいわ。あんたの気持ち、受け取ったから……」
これではこの道具の使い方は分からないが、元よりルイズはこの道具を、
いや、ポケットの中に入っている他の道具も含め、ドラえもんの道具を使う気はなかった。
自分の、自分だけの力で、胸を張って生きていく。
いつか、ドラえもんと笑って再会するため、それが必要なことに思えたのだ。
次に会った時、ドラえもんが自分の使い魔であることを誇れるような、そんな人間になりたい。
――それが、ルイズの新しい目標だった。
「ドラえもん、あんたが帰ったら、部屋ががらんとしちゃったわ。
でも……すぐに慣れると思う。ううん、ぜったいにそうなる。なるように努力する。
だから、だから心配しないで」
ルイズは気丈に胸を張り、涙によごれた顔をあげ、過去のどんな約束よりも重い、誓約の言葉を紡ぐ。
「でも、その代わり、わたしがずっと、がんばれたら。
いつか、胸を張って笑えるようになった、その時には。
また、笑顔で…えがお、で……う、うぅ、ぐ、グス…ドラ、えもん」
しかしついには堪え切れず、誓いの言葉に嗚咽が混じった。
「ドラえもん! ドラえもん、ドラえもん、ドラえ…もん…」
どれだけ強がっても、幼い心に別れの痛手は重く、心の傷はまだジクジクと痛む。
それでも、ルイズはそれに必死で抗った。
耐えがたい胸の痛みがあふれる度、ドラえもんの残した道具を強く、強く抱き寄せる。
よぎる思い出の度にこみあげる涙の衝動に負けぬよう、一層強く、それを抱き締めるのだ。
朝の喧騒はまだ遠く、ルイズの前には密やかでちっぽけな、けれど過酷な戦いが待っている。
しかしそれでも、孤独ではない。
ルイズは別れた友の贈り物を抱え、静かに目を閉じる。
傷だらけの心を休ませて、また立ち上がるために。
……そして
その道具を大切そうに抱えたまま、ルイズが眠りに落ちてしまった後。
――ひらり。
ルイズの腕の間から、道具に貼られた付箋が落ちる。
その、一行目。
そこにはドラえもんの字で、こう書かれていた。
『地球はかいばくだん』と。
第六話『さようなら、ドラえもん』 おわり
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学院の廊下を、一匹のどでかいネコとツインテールの少女が走り回っていた。
「こ、ここここのバカネコ! なぁにがいい音楽よ!
この『剛田武リサイタルコレクション』ってただの騒音じゃない!」
「なにをいうんだ! ぼくはきみが『刺激的な音楽が聴きたい』っていうから…」
誰あろう、ルイズとドラえもんである。
逃げるドラえもんを遅れて爆発が襲い、さらにその後をルイズが駆けていく。
「刺激的にもほどがあるわよ! 魔法も使ってないのに、『ゼロのルイズがまた魔法を失敗したぁ!』
ってまたバカにされたのよ! 全部あんたのせいだわ!」
「め、めちゃくちゃだ!」
もはやこのところの日課になっているドラえもんとルイズの追いかけっこであった。
ルイズの失敗魔法は校舎を削り、その威力はちょっとシャレにならないものがあるのだが、
止めても聞かない上にどうせ後になってドラえもんが直すので、みな見て見ぬフリをしている。
そして、みなが黙認している理由がもう一つ。実はこの追いかけっこ、大抵すぐに終わるのであった。
「今日という今日は許さないわよ!」
このルイズ。胸も魔法もゼロだが、すばしっこさには定評がある。
人間の男にならともかく、短足ロボットなんぞに負けるはずもない。
「うわあっ!」
あっというまにドラえもんをつかまえると、その上に馬乗りになる。
そしてドラえもんのしっぽに次ぐ急所とも言うべき四次元ポケットに目をつけ、
「なにをする! あっ…」
ベリッ、とお腹から剥がしてしまった。
そのまま、手の中で弄ぶ。
「こ、こここのポケット、破いちゃったらどうなるかしらね!」
「や、やめろ! それがなくなったら…」
ドラえもんがめずらしく切迫した声でルイズを止める。
だがルイズは唇の端を意地悪くにやあー、と歪めると、
「びりびりびり!」
「ぎゃあーーー!!!!」
聞こえてきた破滅的な音に、ドラえもんが思わず叫びをあげるが、
「……なあんてね」
本当にポケットを引き裂いた訳ではない。
ただ、切り裂くような指の動きにあわせて、ルイズが声を出していただけだ。
……実に古典的なイタズラであった。
「わるふざけはやめてくれ。まったくしんぞうにわるいよ」
ドラえもんの取り乱しように多少溜飲を下げたルイズがドラえもんにポケットを返すと、
ドラえもんはぶつくさと言いながらポケットを付け直した。
「にしても、このポケットがないと何も出来ないなんて、あんたも意外と不便ね」
「そりゃ、ずっとおなかにつけてるからなくしたりしないし、
のび太くんの家にはスペアポケットが……スペアポケット!!!!」
ポケットを破かれそうになった時より大きな声で、ドラえもんが叫んだ。
「スペ……え? なによそれ? 新しい道具?」
きょとんとしているルイズに、ドラえもんが大慌てで説明する。
「スペアポケットだよ! この四次元ポケットとおなじつくりの、よびのポケットなんだ!」
「……へえー」
一応そう言ってみるものの、ルイズには何がそんなに驚くことなのか、よく理解出来ない。
ドラえもんはそんなルイズの様子に焦れたように、
「わからないかなあ。このポケットとスペアポケットは、四次元空間を通じてつながっているんだ」
「つまり?」
「このポケットの中にはいれば、きっとのび太くんの家のスペアポケットに出られるんだ!」
そこに至って、ようやくルイズもドラえもんの興奮の理由がわかった気がした。
「それってまさか、あんたが家に帰れるってこと?」
「そうさ! ……ばんざーい、ばんざーい! スペアポケット、ばんざーい!!」
いつものやさぐれたような口調も忘れ、素直に喜びをあらわにするドラえもんの声を、
なぜだろう、ルイズはどこか寒々しい気持ちで聞いていた。
「のび太くんの家にやってきてからこのかた、こんなに長い時間、のび太くんとはなれたのは
はじめてだったかもしれない。でも、それももうおわりだ。
まってろよ、のび太くん。ぼくがいま行くから!!」
興奮冷めやらぬ、といった様子で無邪気に喜ぶドラえもん。
一方で、ルイズは複雑な心境だった。
「そう。よかったじゃない」
祝いの言葉も、ついついかすれてしまう。
――こんなおかしな使い魔、いなくなればいい、と最初はずっと思っていた。
しばらくして、ほんの少しだけドラえもんと親しくなってからも、もしドラえもんが
元の世界に帰る方法を見つけたら、快く送り出してやろうと考えていた。
しかし、それはもっともっと先のことで、しばらくはこのままの生活がずっと続くと思っていた。
なのにその時がこんなにも早く、こんなにも唐突に訪れるとは、ルイズは全く想像もしていなかったのだ。
(さっきまで、いつも通り、ふつうにバカやってたじゃない。なのに、こんないきなり……)
降って湧いたような事態に、ルイズは混乱していた。
「とにかく、部屋に戻りましょう。こんなこと、廊下でする話じゃないわ」
「ん? ああ、そうだね。帰りじたくもしなくちゃいけないし……」
ドラえもんの弾んだ声に、なぜが胸がずきりと痛む。
だが、ルイズはそれを無視して無言で廊下を歩き、自分の部屋のドアを開ける。
目の前に広がる、無人の部屋を見た時、つい、口から思いが漏れた。
「そっか。あんたが出て行ったらわたしまた、一人でここで暮らすのね……」
そんな弱音を口にしてしまってから、ハッとして後ろを振り返る。
「ルイズ…」
さっきまではしゃいでいたドラえもんが、今は申し訳なさそうな顔でルイズを見ていた。
――まずい、そんなつもりじゃなかったのに。
ルイズは焦って弁解して、
「ち、違うわよ! さびしいとかそういうんじゃないからね! 勘違いしないでよ、バカネコ!
ただ、わたしは…わたし、は……」
しかし、後に言葉が続かない。言うべき言葉は喉に詰まって、何も出てきてはくれなかった。
ルイズは大きく深呼吸して、何とか表面だけでも心を取りつくろうと、
「とにかく、なんでもないわ。いいから、早く帰りなさいよ。
……あんたには、ちゃんと必要としてくれてる人が、待ってる人がいるんでしょ」
ルイズはそう言って、ドラえもんから視線を外した。
そのままでいると、何だかドラえもんには見られたくない顔や、
聞かせたくない言葉を漏らしてしまう気がしたのだ。
「いや、ぼくは行かない」
「…えっ?」
意外なドラえもんの言葉に、一瞬ルイズの顔がほころびかけ、
「な、なに言ってんのよ! あんたがいないと、のび太ってのが…」
それを必死で押し隠して、怒ったようにドラえもんに食ってかかる。
しかし、ドラえもんは穏やかな顔で首を振った。
「帰るほうほうがわかっただけでいいんだよ。
ぼくにはタイムマシンやタイムベルト、ほかにもべんりな道具がたくさんあるからね。
帰るのがいつになったって、ぼくがいなくなった時間にもどればかんけいないんだ」
ぽん、とルイズの頭にドラえもんの手が乗せられる。
「どうせのりかかったふねだ。ここできみを見守って、きみのことがぜんぶかたづいてから、ぼくはもどるよ」
「ドラえもん…」
その優しい言葉を聞いた途端、ルイズの顔がふにゃっと崩れ、泣き出してしまいそうになる。
しかし、何とかそこで踏み止まり、自分が無防備な顔をさらしていたことに気づいて、ルイズは真っ赤になった。
「お礼なんて、言わないんだからね!」
その顔の火照りをごまかすように、ルイズはそんな捨て台詞を残して部屋の中に駆け込んでいった。
――その、夜のことだった。
「あれ、ドラえもん…?」
夜中に目が覚めたルイズは、ドラえもんが寝床を抜け出しているのに気づいた。
「もう、あの不良使い魔は…!」
そう毒づいて、もう一度寝てしまおうかと思ったが、どうにも気にかかって眠れない。
「これは別に、あんたのことが心配だからとかじゃないんだからね!」
誰も聞いていないのにそう言い訳して、寝台を降りる。
「ご主人さま置いて勝手に抜け出すなんて、使い魔失格……あれ?」
ぶつくさと言いながら、扉を開いたその先、そこに、ドラえもんはいた。
うっすらとした月明かりの下、一枚の写真を手に、何かを語りかけているのだった。
「やあのび太くん。きみのところにもどるのは、まだだいぶ先になりそうだよ。
でも、きっともどるから。ぜったいにもどるから、まっててくれよ」
ルイズは写真に話しかけるドラえもんを見て、思わず声を出しそうになった。
(あいつ…!)
それだけ、写真を眺めるドラえもんの顔は優しくて、それ以上に悲しそうだったからだ。
ルイズの見守る中、そうとは知らぬドラえもんは、空を見上げ、ぼそりとつぶやく。
「ああ、のび太くん。きみはいったい、どうしているかなあ…」
そしてその時、ルイズは見た。
血の通わぬはずの異世界のカラクリ人形の目から、透明な雫がこぼれ落ちていくのを……。
「……あの、バカ」
ぎゅうぅ、と唇を噛み締め、ルイズはうつむいた。
――どうして気づいてやれなかったのだろう。
ドラえもんはあんなにのび太のことを心配して、そして何より、あんなにのび太に会いたがっていたのに。
なのに自分は勝手な都合でドラえもんを引き止め、ドラえもんの気持ちも考えずに無神経に喜んでいたなんて。
ルイズは顔を伏せたまま、ごしごし、と涙をぬぐう。
「……よし」
そして、ふたたび顔をあげた時のルイズの顔は、さっきまでの甘えん坊な小娘の顔ではなかった。
誇り高い貴族の顔が、そこにあった。
翌朝、めずらしく自分で起きだしたルイズは、何でもないことのようにドラえもんに告げた。
「そうそう。そういえば言い忘れてたけど」
「なんだい? またキュルケにからかわれた? それともじゅぎょうでしっぱいしたのかい?」
失礼極まりない質問だが、ドラえもんがルイズを気遣うような言葉をかけてくるのはめずらしいことだ。
決心が揺らぎそうになるが、それを必死で押さえ、ルイズはこう言い放った。
「そんなんじゃないわよ。そうじゃなくて、あんた、今日で使い魔クビだから。故郷帰りなさい」
出来るだけ冷たく、突き放すように。
ドラえもんはしばらくポカンとしていたが、
「ははあ。ルイズ、さてはきみ、きのうのことをきにしてるんだな」
「そんなんじゃないわ…」
「いいんだ、いいんだ。きみだってなかなかいいところがあるじゃないか。
でもだいじょうぶさ。いつだって帰れるんだ。いまじゃなくてもいい」
「そんなんじゃないって言ってるでしょ!」
あくまで強情なルイズに、ドラえもんはやれやれとばかりに首を振った。
「ねえルイズ。ぼくはもう、帰るほうほうがわかっただけでまんぞくなんだ。
時間なんてどうにでもなるんだから、このままきみのつかいまをつづけて…」
諭すようにドラえもんがそう言ってくれている。……はっきり言えば、嬉しかった。
今まで家族以外にこんな優しい言葉をかけてくれる者がいただろうか。
だが、だからこそルイズにはもう、耐えられなかった。
その言葉をさえぎって叫ぶ。
「でも、あんたは泣いてたじゃない!」
もし、ドラえもんがルイズの所に留まって、使い魔をしてくれたらどんなにかいいだろうと思う。
しかし、それは望んではいけないことなのだ。ドラえもんのことを思うなら、決して。
「たしかに元の世界に戻ってからタイムマシンとやらを使えば、
あんたが消えてた時間はなくなって、元の通りになるかもしれない。
あんたの大好きなのび太だって、悲しい思いをしなくて済むかもしれない。
――でも、あんたはどうするのよ!
これからずっと、そののび太っていうのに会いたいって気持ちを抑えて、
わたしの使い魔をやるって言うの!? そんなの、わたしは認めないわ!」
ドラえもんが驚いた顔をしている。だが、それは図星を突かれた驚きの表情であって、
見当外れのことを言われた驚きではなかった。
そんなドラえもんの顔を直視出来なくて、ルイズは下を向いた。
「やっぱりあんた、ほんとは帰りたいんでしょ。そんなやつを、わたし、使い魔にしていたくない。
していたくないから、だから、帰って。帰ってよ、お願いだから……」
それでもかすれた声で、最後まで言い切った。
「……ルイズ」
かけられた声にルイズが顔をあげると……ドラえもんが複雑な顔をしてルイズを見ていた。
それだけで、それ以上何も言われずともルイズにはわかった。
やはりドラえもんは帰りたいのだ。元の世界に帰って、のび太と会いたくてたまらないのだ。
「ルイズ。その、なんていったらいいか…」
「なんにも言わなくていいわ」
ルイズがそっけなくそう言い放ち、それきり、部屋に沈黙が満ちる。
「……おせわになったひとたちに、あいさつに行ってくるよ」
やがて根負けしたようにドラえもんがそう言って、部屋を出て行った。
――バタン。
その扉が閉められた途端、ルイズは堪え切れずにベッドに身を投げ出し、泣き出した。
「これで、いいのよね、ちいねえさま。わたし、正しいことをしたんだもの」
つぶやいてみても、心は晴れない。
優しいカトレア姉さまのことを考えて、涙を止めようとしてもダメだった。
(わたし、昔ほどちいねえさまのこと、考えなくなってた。
それってきっと、わたしが一人ぼっちじゃなくなってたから。
いつのまにか、あの使い魔はわたしの心に空いた虚無を埋めていたんだわ)
そんなことばかり考えてしまって、よけいに悲しくなる。
ルイズは一人、枕に顔をうずめて泣き続けた。
戻って来たドラえもんに、『使い魔の見送りなんてどうでもいい、わたしは授業に行く』
と意地を張ったため、ドラえもんは授業の終わった夕方に元の世界に戻ることにした。
そのくせ出発が夕方だと決まると、なんのかんのと理由をつけて授業をサボり、
ルイズは最後の何時間かをドラえもんと一緒に過ごした。
だが、それはドラえもんも同じで、もうとっくに帰り支度なんて終わっているはずなのに、
部屋の隅でグズグズと何か作業をしていた。
――しかし、いつか幕は引かねばならない。
そして、それが長引けば長引くほど、別れのつらさは倍増するのだ。
ルイズは意を決し、往生際悪く作業を続けるドラえもんに呼びかけた。
「そんなとこで何してるのよ、ドラえもん! 元の時代に帰るんでしょ?!
だったら早く、しなさいよね…!」
最後の方が鼻声になってしまったが、今のルイズとしては上等だろう。
それでもまだ動こうとしないドラえもんに、出来るだけ苛立ちを込めて、
「ドラえもんー!?」
と呼んだ。
さすがに無視出来ないと感じたのか、ようやくドラえもんが立ち上がる。
そしてそのまま、ルイズの至近距離まで近づいてきた。
「…なによ」
泣きはらした顔を見られたくなくて、ぷい、とルイズはそっぽを向く。
「その、きみにはせわになったなあ、と思って…」
「ほんとよ! すっごく感謝しなさいよね! 貴族のわたしが、あんたみたいなヘンテコを
養ってやったんだから、もっと感謝して、もっと……」
最後までいつも通りにと思うのに、やはりどうしても言葉が出てこない。
代わりに目から水があふれてくる。
……かっこ悪い。
ルイズはごしごしと目元をこすった。
ドラえもんは、そんなルイズをからかうでもバカにするでもなく、優しく語りかけてくる。
「なあルイズ。そんなになくなよ」
「な、泣いてなんかないわよ! あんたなんかがいなくなったって、
何にも変わらない! だから、悲しくなんかないんだから、
さっさと行けばいいじゃないの!」
最後まで素直になれないルイズの肩に、ぽん、とドラえもん手が置かれた。
「四次元ポケットはここにおいていくよ。
これさえあればいつだってここにもどってこれるし、きみだって道具を使える」
驚いて、ルイズはドラえもんの顔を見る。
その顔は、どこまでも穏やかだった。
「で、でもこれ、あんたの大事なもの…」
「そんなものより友だちのほうがたいせつさ」
「とも…だち……」
その言葉に堪え切れず、ルイズの瞳からぶわっと涙があふれた。
貴族としてのプライドも、ご主人さまとしての体面も忘れ、体ごとぶつかるように、ドラえもんにしがみついた。
「……バカ、バカ! なんで行っちゃうのよ!
ポケットなんていらない! 道具なんてどうでもいい!
友達なんだったら、一緒にいてよ!」
「ルイズ…」
いけないと思っても、溢れ出した言葉は止められなかった。
「わたしにもようやく、居場所ができたと思ったのに…!
あんたと二人なら、ゼロだってバカにされてもがんばれるって、
そう、思ってたのに…!」
それからはもう言葉にならない。
ルイズは声をあげて泣き、ドラえもんも涙をこぼしながら、ひたすらルイズの頭をなで続けた。
「ルイズ、やっぱりぼくは…」
ドラえもんがとても困ったような顔で、口を開く。
ルイズはドラえもんが何を言おうとしているか悟って、首を振った。
「…やめて。さっきのは気の迷いよ。忘れて」
「でも…」
「ドラえもん。わたしに恥をかかせないで。……だって、わたしは決めたの。
自分の意志で、あんたを元の世界に帰すって。この選択は、誰にもくつがえさせはしない。
たとえあんたにだって、わたしにだって、ね」
「ルイズ…」
ドラえもんは一度口を開いて何かを言いかけ、しかしまた口を閉じると、
今まで見たことがないほど真剣な顔をして、一言一言を惜しむように、ゆっくりと口を開いた。
「ルイズ。きみはゼロなんかじゃない。
きみはぼくがしってる中でいちばんりっぱなきぞくで、ぼくのじまんの……ともだちだよ」
――そして、とうとう別れの時が訪れる。
「ぼく、行くよ」
ドラえもんが、ポケットを外し、そこに足をかける。
「あっ……」
それを見てルイズは思わずドラえもんに手を伸ばしかけ、しかし何も出来ずに下ろした。
どれだけつらくても止めてはいけないのだ。
それが、自分の決断なのだから。
……手は出せない。だからせめて、言葉をかける。
「も、もし、うまく帰れなかったら、ちゃんとここに戻ってきなさいよね!
その時は……わ、わたしの家で、ちゃんと雇ってあげるから! だから…」
ルイズのその言葉を聞いた時、ドラえもんは微笑んだように見えた。
そうして、
「――さようなら、ルイズ」
その言葉を最後に、ドラえもんの姿はポケットの中に消えた。
「ドラ、えもん? ……いっちゃった、の?」
ルイズの言葉に答える者は、もう誰もいない。
後に残ったのは、小さなポケットだけだった。
ルイズはずっと、一晩中ポケットの前で待ち続けた
このままあのヘンテコな使い魔と別れることになるなんて
ルイズにはとても信じられなかったのだ
「だってあいつ、間が抜けてるんだもの。きっとすぐに戻ってくるに決まっているわ」
だからルイズは、使い魔からのその小さなプレゼントを胸に抱き
帰ってきたドラえもんにかける言葉を一生懸命に考えながら
「ふふ…」
ときどき、穏やかで優しい妄想にほおをほころばせる
かけたい言葉はたくさんある。伝えたい想いも、また
だけど、時間はいつだって有限で
ルイズはいまだ決定的な言葉を見つけられないまま
時計は淡々とその時を刻む
やがて空には曙光がさし、いつのまにか夜は明けて
ドラえもんは結局、戻ってこなかった……
「ん…。あさ…?」
ルイズが目を覚ました時、もう日は空に高く上がっていた。
「ドラえもん! あんたまたわたしを起こすの――!」
忘れたでしょ、と言いかけて、ルイズはようやく思い出す。
「そっか。いなくなったんだった。……あはは。これですっきりしたわ。
あんなナマイキな使い魔。こっちから願い下げだもの」
そんな言葉を口にして、なのになぜだろう。部屋の広さに、視界がにじんだ。
「あはは。わたし、ほんとに一人ぼっちになっちゃった……」
ふらふらとした足取りで、ドラえもんが寝ていた部屋の隅に向かう。
寝床にはあまりこだわりがないのか、そこに敷かれた藁の上で、
ドラえもんはいつも横になっていたのだった。
「こんなことなら、もうちょっとあったかい寝床、用意してやるんだった。……ん?」
そこでルイズは、ドラえもんの寝床に何か落ちているのに気づいた。
「なにかしら…」
ルイズがそれに手を触れると、いきなり空中にドラえもんの姿が浮かび上がった。
驚くルイズに、映像のドラえもんが語りかける。
『ルイズ。面とむかってはなすとてれくさいから、こうして手紙をのこすことにするよ』
その言葉を聞いて、ルイズは悟った。これは、たぶん未来の世界の手紙なのだろう。
帰る直前、ドラえもんはこっそりとルイズにこんな手紙を残していたのだ。
「あいつ、こそこそと何かやってると思ったら、こんなよけいな、こと…」
言っている間に、また涙が出てくる。グジ、とルイズは鼻をすすった。
『なあルイズ。きみはまったくわがままでへんてこなやつだったけど、その……
きみとすごした日々は、とても、たのしかったよ』
空に浮かび上がったドラえもんが、照れくさそうにそう言った。
「わたしも、よ。あんたこそヘンテコで、ご主人さまの言うこと、なんにも聞かなかったけど、
……でも、わたしだって楽しかった。あんたがいるから、わたしは一人ぼっちじゃなかった」
この先何があっても、たとえもう二度と、ドラえもんと会えなくなったとしても、
自分はドラえもんと過ごした日々を忘れたりはしないと確信出来た。
『ぼくが、もし、もしのび太くんにあうまえにきみとであっていたら……』
そこで映像のドラえもんが鼻をすすりあげる。
「なによ、いまさら。そんなの、ずるいじゃない…」
現実のルイズもつられてグズ、と鼻をすする。
後ろを向いて涙をぬぐったドラえもんが、無理矢理な明るい声で告げる。
『ルイズ。ぼくはきみのためにポケットをのこしていくつもりだけど、
ひとつだけやくそくしてほしい。なれないひとに四次元空間はきけんなんだ。
ぜったいに、ぼくをおってポケットの中に入ったりしないとやくそくしてくれ』
その言葉にルイズはぐっと息を飲む。
いざとなれば、ドラえもんを追ってポケットの中に入ればいい、心のどこかでそう思っていたのだ。
だが、他ならぬドラえもんの言葉なら、守らないわけにはいかない。
「…わか、ったわ。始祖と紋章に誓って、ポケットには入らない」
聞こえていないと知っていながら、律儀に誓いの文句を口にする。
『この世界には戦争や怪物、魔法を使うおそろしいエルフまでがいるらしいじゃないか。
そんな世界で、魔法も使えないのにくそまじめでうそもつけないきみがやっていけるか、
ぼくはしんぱいだ。だからひとつだけ、道具をのこしておくよ。
すごい力をもった道具だから、ぼくが行ったあとで、どうしようもなくなったときにだしてくれ』
そう言って、ドラえもんは藁束の一番奥のふくらみをたたく。
『これはぼくじしん、まだいちども使ったことのないとっておきだけど、使いかたはかんたんで…』
だが、その言葉は他ならぬルイズの声でさえぎられた。
『そんなとこで何してるのよ、ドラえもん! 元の時代に帰るんでしょ?!
だったら早く、しなさいよね…!』
その声の主は、今手紙を見ているルイズではない。過去のルイズが、ドラえもんをせかしているのだ。
その言葉に、ルイズは手紙の終わりが近いことを悟った。
なぜならこの後、ドラえもんはすぐに……
『ゴメン、もう時間がないみたいだ。道具のせつめいは紙に書いてはりつけておいたから…』
せめて一言、とドラえもんは身を乗り出すようにして、最後の伝言を残し、
『ドラえもんー!?』
遠くからまた、ルイズの声が聞こえて、
『…それじゃあね、ルイズ。ぼくはぜったい、もどってくるから――』
――ぷつん。
そこで、映像は途切れた。
映像が終わり、われに返ったルイズは、ぼんやりとした動きで敷き詰められた藁を見た。
そこには確かに、何かが隠されているようなふくらみがあった。
――ごそ、ごそ。
見るからに緩慢な動きで、藁の奥に隠された何かを引き出す。
「……なに、これ?」
何かの装置なのだろうか、縦長で、何かのケースのようにも見える奇妙な物体が置いてあった。
そのまんなかの辺りには付箋のような物が貼ってあって、道具の説明らしきものが書かれているが、
「バカね。あんたの世界の言葉、わたしが読めるワケないじゃない…」
翻訳こんにゃくを使えばトリステインの文字だって書けるだろうに、
ドラえもんは焦って日本語で字を書いてしまっていたのだ。
涙に濡れたルイズの顔に、くすりと小さな笑みが戻る。
こんな時でもドジなドラえもんが、あまりにもドラえもんらしくて、笑ってしまう。
「でも、いいわ。あんたの気持ち、受け取ったから……」
これではこの道具の使い方は分からないが、元よりルイズはこの道具を、
いや、ポケットの中に入っている他の道具も含め、ドラえもんの道具を使う気はなかった。
自分の、自分だけの力で、胸を張って生きていく。
いつか、ドラえもんと笑って再会するため、それが必要なことに思えたのだ。
次に会った時、ドラえもんが自分の使い魔であることを誇れるような、そんな人間になりたい。
――それが、ルイズの新しい目標だった。
「ドラえもん、あんたが帰ったら、部屋ががらんとしちゃったわ。
でも……すぐに慣れると思う。ううん、ぜったいにそうなる。なるように努力する。
だから、だから心配しないで」
ルイズは気丈に胸を張り、涙によごれた顔をあげ、過去のどんな約束よりも重い、誓約の言葉を紡ぐ。
「でも、その代わり、わたしがずっと、がんばれたら。
いつか、胸を張って笑えるようになった、その時には。
また、笑顔で…えがお、で……う、うぅ、ぐ、グス…ドラ、えもん」
しかしついには堪え切れず、誓いの言葉に嗚咽が混じった。
「ドラえもん! ドラえもん、ドラえもん、ドラえ…もん…」
どれだけ強がっても、幼い心に別れの痛手は重く、心の傷はまだジクジクと痛む。
それでも、ルイズはそれに必死で抗った。
耐えがたい胸の痛みがあふれる度、ドラえもんの残した道具を強く、強く抱き寄せる。
よぎる思い出の度にこみあげる涙の衝動に負けぬよう、一層強く、それを抱き締めるのだ。
朝の喧騒はまだ遠く、ルイズの前には密やかでちっぽけな、けれど過酷な戦いが待っている。
しかしそれでも、孤独ではない。
ルイズは別れた友の贈り物を抱え、静かに目を閉じる。
傷だらけの心を休ませて、また立ち上がるために。
……そして
その道具を大切そうに抱えたまま、ルイズが眠りに落ちてしまった後。
――ひらり。
ルイズの腕の間から、道具に貼られた付箋が落ちる。
その、一行目。
そこにはドラえもんの字で、こう書かれていた。
『地球はかいばくだん』と。
第六話『さようなら、ドラえもん』 おわり
#navi(ドラえもん のび太のパラレル漂流記)
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