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「ゼロのしもべ第2部-17」(2007/11/05 (月) 23:42:26) の最新版変更点
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「話は変わるけど」
とルイズが一向に進まぬ草案作成に見切りをつけ、気分転換にバビル2世に話を振る。
「やっぱり、元の世界に戻りたい?」
唐突だな、おい、と苦笑するバビル2世。
「今は、まだヨミがいるからね。」
帰るわけにはいけない、というバビル2世に、寂寥を感じた。
いずれ自分の目の前にいる使い魔は、自分の前から姿を消すのかもしれないという不安と、あくまで自分の使い魔としてこの世界
にいるのではなくヨミという男と戦うためにこの世界にいるのだといういわば嫉妬から来たものであった。この少年の目に自分ははた
して映っているのだろうか。わたしは刺身のつまなのではないか。自分はなぜこの少年を呼び出したのか。
だが、それも無理はない。
よく考えれば自分はゼロの二つ名を持つ、メイジとはいえない人間に過ぎない。この少年は3つのしもべを持ち、不思議な力を使って
圧倒的な力を持つ敵と戦っているのだ。妙な話だが、自分とこの少年の間に壁というか隙間を感じる。
同じ空気を吸い、同じ空間を共有しながら、違和感がある。それは他の人間に対しては抱かない感情であった。
「でも、そのルーンがあるかぎり、無理かも…」
「む?」
「だって、一度契約した使い魔は、契約した主人かどっちかが死なないと解除されないもの…」
「そういうことはもう少し早く教えて欲しいな。」
すこし呆れてバビル2世が抗議する。だがまあ、よく考えれば聞いたことがないのだから仕方があるまい。
「ところで、もうあと3日後に式は迫ったみたいだけど、ちょっとはまとまったかい?」
時計を指差すバビル2世。水がはられた盆をガラスで覆ったものが机の上に置かれている。なるほど、時刻は24時を回ってしまって
いるではないか
「あー!もー!今日はダメ!寝る!また明日考える!」
テスト前日に逃避する学生のように、ルイズは布団に潜り込んだ。
「無理しても出ないときは出ないからね。なにか、気分転換できれば別なんだろうけど…」
今、気分転換しようとしていた人間は布団に包まっている。
「そうだ。明日、ガソリンがそろそろできるころだろうから、飛行機に乗ってみないかい?」
布団に包まっていたルイズが、くるっと顔をこちらに向けた。
「ひこーきに?」
「ああ。空を飛んでみたら、すくなくとも風に対する感謝の詩は思い浮かぶんじゃないかな?」
適当に言うバビル2世。だが、ルイズは確かにそうだと頷き返す。
「そうね。本当にあんなものが飛ぶかどうか怪しいけど……飛ぶなら乗ってみるのも面白いかも。」
じゃあ、ということで、明日のフライトがなし崩し的に決定したのだった。
時間が遡る。結婚式も間近に迫ったというのに未だ詔が決定せず、ルイズの胃がキリキリしていたお昼ごろ。トリステイン空軍艦隊
旗艦『メルカトール』号は、新生アルビオン政府の客を迎えるために、艦隊を率いてラ・ロシェール上空に停泊していた
約束の時刻をかなりすぎて、待ち人はやってきた。雲と見間違うばかりの巨体をほこる、レコン・キスタの最強戦艦『レキシントン』だ。
「かなりでかいな。」
「それにしても、あの船が船底にぶら下げているものはなんでしょう?」
驚嘆の声を上げる艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵が驚嘆の声を上げる。横で、艦長のフェビスが冷静に言い放つ。
なるほど、艦長の言うとおり、船の底になにか黒い鳥の模型のようなものをぶらさげている。レキシントンが巨大なため小さく見える
が、普通の船ぐらいの大きさはあるだろう。
「うーむ。見当もつかんな。まあ、不可侵条約を結んでいる以上、滅多なことはせぬだろうが……おおかた新兵器を我々に誇示し、
怯えさせてやろうと運んで来たのだろう。」
「デモンストレーションですむでしょうか?」
「わからぬ。が、さすがに連中も蛮族ではあるまい。それに仮にも王女の結婚式の来賓だ。警戒行動をとれば失礼にあたり、それこそ
開戦の口実を与えかねん。ここは予定通りの行動をとる。」
やがて、レキシントンから艦長名義で旗流信号が発信される。そして、それに続けて大気を震わせる礼砲。
それに応えて、トリステイン艦隊も答砲を準備させる。
「さて、艦長。敵はこちらの策に嵌ったようだな。」
青い顔をして、サー・ジョンストンが傍らのボーウッド艦長に話しかける。
「サー、そのようでありますな。」
苦虫を潰したような顔で答えるボーウッド。
無理もない。なにしろ不可侵条約を一方的に破り、こちらの歓待をしている艦隊を(わー、いいシャレ)だまし討ちで攻撃するのだ。
そこまでせずともよいのではないか。
「ボーウッド君。きみの気持ちはよくわかるよ。」
うんうんと頷くジョンストン。
「だが、獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすというではないか。堪えて、指揮を執ってくれ。それに、全ての責任はクロムウェル閣下
がとると、此度の御前会議で明言されたではないか。きみはあくまで手足となり、命令を実行するだけでよい。引き金を引いたのは、
あくまで我々軍上層部だ。」
その言葉に頷くボーウッド。その瞬間、トリステイン艦隊の大砲が輝き、少し遅れて轟音がとどろいてきた。
トリステイン艦隊が、答砲を発射したのだ。
その瞬間、ボーウッドは軍人に変化した。一切の雑念が消え、ただ敵を全滅させるためだけに存在する武器へと変身した。
ボーウッドが伝声管を取り上げ、口元に近づけた。
「総員に告ぐ。唯今より本艦隊は予定通り血笑烏作戦を決行する!最初の目標は、目の前でブルブル震えているブロンドの子馬だ。
我々のドでかい一物を見て気が萎え、脚を閉じて震えていやがる。が、こいつは根は絶好の淫乱娘だ。ぶち込んでやればすぐに
自分から腰を振ってよがりだす。ぶち込めなきゃオレたちゃ強姦魔でおしまいだ。いいな、この緒戦で、連中の処女膜をぶち破って
やれ!」
そして一呼吸置いて、大きく肺に空気を送り込んだ。
「革命軍はッ!!」
「ハルケギニア最強ォォォォォォォォォォォ!!」
全艦が揺れるような勢いで、総員一斉にボーウッドの檄に応えた。
結論を言えば、レコンキスタ艦隊の作戦は成功を収めた。
アルビオン艦隊の中の一隻が、突然爆発炎上を始めたのだ。
それを契機として、レキシントンはじめアルビオン艦隊が一斉に砲弾を雨霰とトリステイン艦隊に浴びせる。
トリステイン艦隊は一矢も報いることなく壊滅し、散り散りに逃げ出すので精一杯であった。
撃沈4。大破9。拿捕5。無事な艦船はほとんど存在せず。その他死傷者は甚大。艦隊司令ラメーは「らめー!しんりゃうぅぅぅぅぅ!」
とミサクラ語で叫ぶ間もなく戦死。艦長ボーウッドは生死不明。つまりトリステインは事実上空の守りを失うこととなった。また、敵軍は
降下部隊をタルブに送り込み、占領せんとしているという。
報告はすぐに王宮に届けられた。ほぼ同時に、アルビオンからの宣戦布告書も届けられた。
王宮は大混乱に陥った。
すぐに政府首脳、大臣、将軍が集められ会議が開かれる。しかし、紛糾するばかりで一向に何も決まらないでいた。入ってくる情報
は艦隊の負傷者数や、攻撃がどこで行われているという話ばかり。唯一異彩を放っていたのは、なぜか敵が降下を始めたタルブの
村に兵が駐屯しており、その一団が懸命に抵抗をしているということだけであった。
この会議で、ただ1人冷静であると同時に、恐怖を感じていた男がいた。
誰あろう、枢機卿マザリーニである。
遡ること1週間前。マザリーニはある覚悟をもって、アンリエッタの元を訪れた。
出向いてみると、予想通りあの男が来ていた。
「失礼いたします。」
鳥の骨の異名をほこる枢機卿が、アンリエッタの部屋に乗り込む。いくら権力を有するといっても、臣下のわきまえを知るマザリーニ
は、いままでこのような暴挙を行ったことはない。しかし、今はそれをやるだけの理由があった。
「枢機卿!断りもなく私室へ足を踏み入れるなど……」
「今日は無礼を承知で、参りました。」
マザリーニの目は血走っている。様子は尋常ではない。アンリエッタは思わず言葉に詰まる。
「最近、殿下のご機嫌は富によろしゅうございます。それは結構ですが、いささか問題があるのではないですかな?」
マザリーニは、椅子に座り悠然と己を扇ぐ男を睨みつける。
「一国の王女が!輿入れ前の身でありながら!毎日のようにどこの馬の骨とも知れぬ男を部屋に引き込み、同じ時を過ごすとは、
一体どういう了見か!?これでは反対派が粗探しをするまでもなく、婚約など解消になってしまいますぞ!」
全身から酸素を搾り出すように一気にしゃべるマザリーニ。顔は真っ赤で、今にも倒れそうだ。
「このお方はやましいお方ではありませぬ!コウメイ様と言って、ウェールズ皇太子が私のためによこしてくださったお方です!」
「コウメイだかなんだか知りませぬが!いったいどのような証拠があって!」詰め寄るマザリーニ。
「わたしとウェールズ皇太子しか知らぬことを知っていました!」
「そんなこと証拠にはなりますまい!だいたい、この男は私の調査した限りは、城下で商人どもの間に勢力を張り、熱心に情報を
集めているといいます!そのような真似をするなど、スパイ以外の何者でもありますまい!」
ビシッと孔明を指差すマザリーニ。孔明はマザリーニを無視するように、一顧だにせず悠然としている。
「それは、私がお頼みしたのです。城下の情勢を探って欲しい、と。」
「それならばなぜ商人を集める必要があります!いいですか、商人はあらゆる家に出入りするため、あらゆる情報を入手できる立場に
あるのですぞ!?貴族の中には金を借りているものもいる!そのような連中からいったい何を仕入れているというのですか!?」
「さすがですな、マザリーニ卿。たった一人で、この国を支えてらっしゃるだけのことはある。」
それまで涼しげに2人の話を聞いていた孔明が、拍手をしながら立ち上がった。
「そこまでおわかりでしたら、話は早い。ぜひとも王女殿下と、卿睨下に聞いていただきたい話があります。」
「貴様と話す必要などない!この薄汚い間諜め!」
今にも掴みかかりそうな勢いで、孔明へ食って掛かるマザリーニ。
「枢機卿!おやめなさい!コウメイ様への無礼は承知いたしませんよ!」
「姫殿下!」
二人の間の空気を入れ替えるように、孔明が扇を振った。
「いやはや。卿の、王女殿下への忠誠心、この孔明感服いたしました。しかし、わたしを切り捨てるのはいつでもできましょう。まずは
わたしの話を聞いてから判断なさってはいかがですかな?」
「コウメイ様のおっしゃるとおりです。話も聞かず、意固地になっていては何も始まらぬではありませぬか。」
しぶしぶ、マザリーニは姫の言葉に従う。そして孔明の前に立ち、殺気をこめた視線を送る。
「よかろう。話ぐらいなら聞いてやろう。だが、貴様を信用したわけではないぞ。」
「では、お聞きしましょう。卿は現在のこの国の状況をどう思います?」
「貴様に話すことではなかろう。」
「枢機卿!」
アンリエッタに促され、マザリーニはしぶしぶ語りだす。
「今のわが国の立場は非常に危うい。南を強国ガリア、東を新興ゲルマニアに囲まれた窮乏国だ。綱の上を渡るような政治的努力で
かろうじて生き延びているが、それはこの2国に命綱を握られているも同然。なにかあれば国の命運危ういといえる。ましてや、アルビ
オンでは革命が起こり、皇太子は死亡。国王以下数名が亡命をしてきた。これはすなわち、ハルケギニアへの通路がわが国しか
存在しないアルビオンが、事実上敵対関係に回ったということだ。今は不可侵条約を結んでいるが、ひとたび外交を誤れば、すぐにも
わが国とアルビオンは交戦状態におかれるだろう。そうならぬためにも、」
マザリーニはアンリエッタを見る。
「ゲルマニアとの関係を深め、アルビオンやガリアが迂闊な行動に出れぬようにしておかねばならぬのだ。」
すなわち、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚約のことを言っているのである。アンリエッタの顔が暗くなる。
「で、ある以上、婚姻を妨げる可能性のある不安材料は全て取り除いておかねばならぬのだ。にもかかわらず、おぬしのような男が
日々アンリエッタ様と密会していては、わざわざ不安材料を作るようなものだ。」
ふはっ!と鼻息も荒く、言い放つ。
「左様。卿の言われること、もっともなことばかり。ですが、」
ヒラヒラと羽扇が舞った。
「一つ、大きな見落としがございますぞ。」
「なにっ!?」
マザリーニ枢機卿が立ち上がる。いったいなにを見落としているというのだ?一歩前に出て、孔明を睨みつける。
「ゲルマニアとの関係を強化し、アルビオンが攻めて来ぬようにする、ということですが。それまでにアルビオンに攻め込まれれば
いかにします?」
「なんじゃと!?」
「どういうことです、コウメイ様!?」
マザリーニとアンリエッタがほぼ同時に声を上げた。
「単純なことです。アルビオンに、不穏な動きがあるということでございます。」
フフフ、と笑い懐から紙を取り出し、机に広げた。
「ご覧ください。これは城下で商いをされている方々の協力を得て作ったグラフです。食料品はじめ、鉄等の金属類、武器類、衣服、
あるいは火薬に硫黄の値段が上昇し続けています。アルビオンは革命戦争を終えたばかり。おまけに各国に親善政策を行ってい
る最中。たしかに、軍の再編は急務とはいえ、他国の物価に影響を与えるほどの備蓄はいささか異様ではございませぬかな?」
示されたグラフを見るマザリーニ。手がブルブルと震えている。
「おまけに、ここ数日の食料、および衣類の値段の上昇は異常。これ即ち、消費物である食料の準備を急ぎ進めているということ也。
衣類に関しても同様。人間、死ぬ前に身奇麗にしたいと考えるのは道理也。これで、私がなぜ商人の間にネットワークを築いていた
かご理解いただけましたかな?」
「その……通りじゃ。」
がっくりと肩を落とすマザリーニ。彼は今までの必死の綱渡りが無駄になろうとしていることを痛感していた。
「まさかゲルマニアとトリステインを同時に敵に回そうとはしますまい。ですが、結婚前ならば、政治工作しだいではゲルマニアが兵を
出さぬ可能性は大いにあります。そして結婚式というものは急に日程を早めたりはできぬもの。」
「では、コウメイ様!いったいいつアルビオンは攻撃を仕掛けてくると?わが国とは不可侵条約を結んでいるというのに…」
青ざめてアンリエッタが叫ぶ。わなわなと震え、椅子に座り込む。
ウェールズ皇太子をだまし討ったうえ、今度はトリステインまでだまし討ちをしてこようというのか。王女の中で、復讐の炎がくすぶり
はじめた。
「その不可侵条約が曲者。おそらく、結婚式に国賓として参加する人物を送り届ける際の示威行動と見せかけ、そのまま宣戦布告を
おこなうに違いありませぬ。条約破棄のための口実はなんとでもなるものと考えていることでしょう。礼砲に実弾を使ってきた、であると
か、国賓を自ら攻撃し、暗殺をしかけてきた、などいくらでも思い浮かぶではありませんか。」
マザリーニへ涼しげに笑いかける孔明。続いて、地図を取り出し、グラフ上に広げる。
「おそらく、連中が狙うはアルビオンからハルケギニアへの唯一の道と言っても良い、ラ・ロシェールに違いませぬ。ですが、ここは山中
にあり、兵を潜ませやすく、また備えもできております。それに、道を確保したい連中は、桟橋が燃えることを嫌がるはず。と、なれば
狙いは船が着陸できる草原を有し、ラ・ロシェールに近い。身を隠す場所はなく、伏兵を置けぬ。攻めるに易く、守るに難き、このタルブ
の村に相違ありませぬ。」
地図上の、タルブと書かれた小さな村を指差す孔明。なるほど、言われてみれば今まで見過ごして来たのが悔やまれるほどの村
だ。近くにラ・ロシェールがあり、ここを拠点に町を封鎖されれば、いかに名将といえどもなすすべないだろう。
「だ、だが……杞憂ということもある。まだアルビオンが卑劣な手段を行使すると決まってはいまい。」
「いいえ!連中はかならず卑劣な手段をおこなってくるにきまっています!ウェールズ皇太子を殺したように!」
ワッとアンリエッタは泣き出した。卑劣な手段で殺されようとする祖国と、愛する皇太子を重ね合わせたのだろう。
もっとも、ウェールズは浮気して生きているのだが。ひでえや。
「まあまあ。たしかに、決まったわけではありませぬ。ですが、こういった兆候があることは事実。なれば」
スッと扇を突き出した。
「ここはひとつ、タルブに守備部隊を送ってはいかがですかな。今回何事もなくても、いずれ激戦区となるは必死。さすれば、今のうち
に先手を打っておくべきかと。これ即ち兵法の基礎にして極意なり。」
「わかりました。」
アンリエッタが大きく頷いた。
「枢機卿も、文句はありませんね?」
「……ありませぬ。ですが、もしこなかった場合、コウメイとやら、おぬしはいかがする?おぬしのスパイ疑惑が晴れたわけではない
のだぞ。」
「そのときは」
孔明は自分の首を手刀のようにした手でトントンと叩いた。
「この孔明、いつでも喜んで首を差し出しましょう。」
そして、孔明の予測は的中した。
親善訪問を装い、結婚式に参加すると見せかけ攻撃をすること。不可侵条約を破るのに、こちらの礼砲に難癖をつけること。タルブに
降下部隊を送り込むこと。タルブに送り込んだ部隊のおかげで、なんとか時間稼ぎができていること。すべて孔明の言うとおりの展開
になっていた。
マザリーニは震えていた。
アルビオンの攻撃にではない。すべて見通していた孔明にである。
『一体何者なのか。』
突然現れ、王女の信頼を得てしまった男。城下にあっという間に勢力を張り、一大ネットワークを築いてしまった男。調べてみれば、
王女を先日訪れたという、ラ・ヴァリエール候の3女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと繋がりがあるという。
というよりも、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの周りには、使い魔を頂点として怪しい連中が集まっているでは
ないか。いったい何が起ころうとしているのか。
だが、とも思う。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの関係者ならば、国に仇なすものではない可能性は高い。むしろ、上手く
いけばあの恐るべき智謀をこのトリスタニアのために使うことができるかもしれない。
まあ、そんな話は後回しである。いまはなにより、アルビオンの攻撃を退けなければ使うも糞もへったくれもないではないか。
だが、今の状況を変えるだけの策があるだろうか。なにしろ国力の差が圧倒的なのだ。やはりここは外交を駆使して、一時的にでも
兵を退かせるしかないのではないか。
「あなたがたは恥ずかしくないのですか!?」
ドアが強く開かれ、眩いばかりのウェディングドレス姿の王女が入ってきた。これから馬車に乗り込み、ゲルマニアへ向かう予定
だったのだ。それを急遽、孔明の予想通りになったと聞き、駆けつけて来たのだ。
「姫殿下?」
「話はすべて聞かせていただきました。人類は滅亡する!国土が敵に侵されているのですよ。同盟が何だ、特使が何だ、と騒ぐ前に
することがあるでしょう。」
アンリエッタが大見得を切って、会議場の貴族に言い放つ。あたふたする貴族たち。それを横目に、マザリーニは覚悟を決めて、
アンリエッタの前に立った。
「姫殿下!お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」
たしなめるように、言う。そう、トリステインの未来をかけて。
「ええい!走りにくい!」
アンリエッタは、ウェディングドレスの裾を、膝上まで引きちぎった。引きちぎったそれをマザリーニに投げつけた。
「あなたが結婚すればよろしいわ!」
そして中庭に駆け出し、馬車のユニコーンを外して、手綱を握った。
「これより全軍の指揮をわたくしがとります。各連隊を集めなさい!」
アンリエッタの乗ったユニコーンが駆け出すと、我にかえった貴族たちが、姫1人を行かせてなるものかと出撃していく。
1人の男が、マザリーニに近づいてきた。
「どうやら、卿は賭けにお勝ちになられたようですな。」
孔明であった。マザリーニは球帽を頭から外し、それを孔明に手渡してニヤッと笑った。
「この戦、アルビオンに負けようとわが国は誇るべき王を手に入れることになる。」
「ですが」
「そう、当然勝つ。」
マザリーニはアンリエッタが引き裂いたドレスの裾をやぶり、頭に巻いた。
「おのおのがた!討ち入りでござる。」
毎年12月14日に放送される仇討ちドラマのような台詞を高らかに唄い、アンリエッタの後を追った。
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「話は変わるけど」
とルイズが一向に進まぬ草案作成に見切りをつけ、気分転換にバビル2世に話を振る。
「やっぱり、元の世界に戻りたい?」
唐突だな、おい、と苦笑するバビル2世。
「今は、まだヨミがいるからね。」
帰るわけにはいけない、というバビル2世に、寂寥を感じた。
いずれ自分の目の前にいる使い魔は、自分の前から姿を消すのかもしれないという不安と、あくまで自分の使い魔としてこの世界
にいるのではなくヨミという男と戦うためにこの世界にいるのだといういわば嫉妬から来たものであった。この少年の目に自分ははた
して映っているのだろうか。わたしは刺身のつまなのではないか。自分はなぜこの少年を呼び出したのか。
だが、それも無理はない。
よく考えれば自分はゼロの二つ名を持つ、メイジとはいえない人間に過ぎない。この少年は3つのしもべを持ち、不思議な力を使って
圧倒的な力を持つ敵と戦っているのだ。妙な話だが、自分とこの少年の間に壁というか隙間を感じる。
同じ空気を吸い、同じ空間を共有しながら、違和感がある。それは他の人間に対しては抱かない感情であった。
「でも、そのルーンがあるかぎり、無理かも…」
「む?」
「だって、一度契約した使い魔は、契約した主人かどっちかが死なないと解除されないもの…」
「そういうことはもう少し早く教えて欲しいな。」
すこし呆れてバビル2世が抗議する。だがまあ、よく考えれば聞いたことがないのだから仕方があるまい。
「ところで、もうあと3日後に式は迫ったみたいだけど、ちょっとはまとまったかい?」
時計を指差すバビル2世。水がはられた盆をガラスで覆ったものが机の上に置かれている。なるほど、時刻は24時を回ってしまって
いるではないか
「あー!もー!今日はダメ!寝る!また明日考える!」
テスト前日に逃避する学生のように、ルイズは布団に潜り込んだ。
「無理しても出ないときは出ないからね。なにか、気分転換できれば別なんだろうけど…」
今、気分転換しようとしていた人間は布団に包まっている。
「そうだ。明日、ガソリンがそろそろできるころだろうから、飛行機に乗ってみないかい?」
布団に包まっていたルイズが、くるっと顔をこちらに向けた。
「ひこーきに?」
「ああ。空を飛んでみたら、すくなくとも風に対する感謝の詩は思い浮かぶんじゃないかな?」
適当に言うバビル2世。だが、ルイズは確かにそうだと頷き返す。
「そうね。本当にあんなものが飛ぶかどうか怪しいけど……飛ぶなら乗ってみるのも面白いかも。」
じゃあ、ということで、明日のフライトがなし崩し的に決定したのだった。
時間が遡る。結婚式も間近に迫ったというのに未だ詔が決定せず、ルイズの胃がキリキリしていたお昼ごろ。トリステイン空軍艦隊
旗艦『メルカトール』号は、新生アルビオン政府の客を迎えるために、艦隊を率いてラ・ロシェール上空に停泊していた
約束の時刻をかなりすぎて、待ち人はやってきた。雲と見間違うばかりの巨体をほこる、レコン・キスタの最強戦艦『レキシントン』だ。
「かなりでかいな。」
「それにしても、あの船が船底にぶら下げているものはなんでしょう?」
驚嘆の声を上げる艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵が驚嘆の声を上げる。横で、艦長のフェビスが冷静に言い放つ。
なるほど、艦長の言うとおり、船の底になにか黒い鳥の模型のようなものをぶらさげている。レキシントンが巨大なため小さく見える
が、普通の船ぐらいの大きさはあるだろう。
「うーむ。見当もつかんな。まあ、不可侵条約を結んでいる以上、滅多なことはせぬだろうが……おおかた新兵器を我々に誇示し、
怯えさせてやろうと運んで来たのだろう。」
「デモンストレーションですむでしょうか?」
「わからぬ。が、さすがに連中も蛮族ではあるまい。それに仮にも王女の結婚式の来賓だ。警戒行動をとれば失礼にあたり、それこそ
開戦の口実を与えかねん。ここは予定通りの行動をとる。」
やがて、レキシントンから艦長名義で旗流信号が発信される。そして、それに続けて大気を震わせる礼砲。
それに応えて、トリステイン艦隊も答砲を準備させる。
「さて、艦長。敵はこちらの策に嵌ったようだな。」
青い顔をして、サー・ジョンストンが傍らのボーウッド艦長に話しかける。
「サー、そのようでありますな。」
苦虫を潰したような顔で答えるボーウッド。
無理もない。なにしろ不可侵条約を一方的に破り、こちらの歓待をしている艦隊を(わー、いいシャレ)だまし討ちで攻撃するのだ。
そこまでせずともよいのではないか。
「ボーウッド君。きみの気持ちはよくわかるよ。」
うんうんと頷くジョンストン。
「だが、獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすというではないか。堪えて、指揮を執ってくれ。それに、全ての責任はクロムウェル閣下
がとると、此度の御前会議で明言されたではないか。きみはあくまで手足となり、命令を実行するだけでよい。引き金を引いたのは、
あくまで我々軍上層部だ。」
その言葉に頷くボーウッド。その瞬間、トリステイン艦隊の大砲が輝き、少し遅れて轟音がとどろいてきた。
トリステイン艦隊が、答砲を発射したのだ。
その瞬間、ボーウッドは軍人に変化した。一切の雑念が消え、ただ敵を全滅させるためだけに存在する武器へと変身した。
ボーウッドが伝声管を取り上げ、口元に近づけた。
「総員に告ぐ。唯今より本艦隊は予定通り血笑烏作戦を決行する!最初の目標は、目の前でブルブル震えているブロンドの子馬だ。
我々のドでかい一物を見て気が萎え、脚を閉じて震えていやがる。が、こいつは根は絶好の淫乱娘だ。ぶち込んでやればすぐに
自分から腰を振ってよがりだす。ぶち込めなきゃオレたちゃ強姦魔でおしまいだ。いいな、この緒戦で、連中の処女膜をぶち破って
やれ!」
そして一呼吸置いて、大きく肺に空気を送り込んだ。
「革命軍はッ!!」
「ハルケギニア最強ォォォォォォォォォォォ!!」
全艦が揺れるような勢いで、総員一斉にボーウッドの檄に応えた。
結論を言えば、レコンキスタ艦隊の作戦は成功を収めた。
アルビオン艦隊の中の一隻が、突然爆発炎上を始めたのだ。
それを契機として、レキシントンはじめアルビオン艦隊が一斉に砲弾を雨霰とトリステイン艦隊に浴びせる。
トリステイン艦隊は一矢も報いることなく壊滅し、散り散りに逃げ出すので精一杯であった。
撃沈4。大破9。拿捕5。無事な艦船はほとんど存在せず。その他死傷者は甚大。艦隊司令ラメーは「らめー!しんりゃうぅぅぅぅぅ!」
とミサクラ語で叫ぶ間もなく戦死。艦長ボーウッドは生死不明。つまりトリステインは事実上空の守りを失うこととなった。また、敵軍は
降下部隊をタルブに送り込み、占領せんとしているという。
報告はすぐに王宮に届けられた。ほぼ同時に、アルビオンからの宣戦布告書も届けられた。
王宮は大混乱に陥った。
すぐに政府首脳、大臣、将軍が集められ会議が開かれる。しかし、紛糾するばかりで一向に何も決まらないでいた。入ってくる情報
は艦隊の負傷者数や、攻撃がどこで行われているという話ばかり。唯一異彩を放っていたのは、なぜか敵が降下を始めたタルブの
村に兵が駐屯しており、その一団が懸命に抵抗をしているということだけであった。
この会議で、ただ1人冷静であると同時に、恐怖を感じていた男がいた。
誰あろう、枢機卿マザリーニである。
遡ること1週間前。マザリーニはある覚悟をもって、アンリエッタの元を訪れた。
出向いてみると、予想通りあの男が来ていた。
「失礼いたします。」
鳥の骨の異名をほこる枢機卿が、アンリエッタの部屋に乗り込む。いくら権力を有するといっても、臣下のわきまえを知るマザリーニ
は、いままでこのような暴挙を行ったことはない。しかし、今はそれをやるだけの理由があった。
「枢機卿!断りもなく私室へ足を踏み入れるなど……」
「今日は無礼を承知で、参りました。」
マザリーニの目は血走っている。様子は尋常ではない。アンリエッタは思わず言葉に詰まる。
「最近、殿下のご機嫌は富によろしゅうございます。それは結構ですが、いささか問題があるのではないですかな?」
マザリーニは、椅子に座り悠然と己を扇ぐ男を睨みつける。
「一国の王女が!輿入れ前の身でありながら!毎日のようにどこの馬の骨とも知れぬ男を部屋に引き込み、同じ時を過ごすとは、
一体どういう了見か!?これでは反対派が粗探しをするまでもなく、婚約など解消になってしまいますぞ!」
全身から酸素を搾り出すように一気にしゃべるマザリーニ。顔は真っ赤で、今にも倒れそうだ。
「このお方はやましいお方ではありませぬ!コウメイ様と言って、ウェールズ皇太子が私のためによこしてくださったお方です!」
「コウメイだかなんだか知りませぬが!いったいどのような証拠があって!」詰め寄るマザリーニ。
「わたしとウェールズ皇太子しか知らぬことを知っていました!」
「そんなこと証拠にはなりますまい!だいたい、この男は私の調査した限りは、城下で商人どもの間に勢力を張り、熱心に情報を
集めているといいます!そのような真似をするなど、スパイ以外の何者でもありますまい!」
ビシッと孔明を指差すマザリーニ。孔明はマザリーニを無視するように、一顧だにせず悠然としている。
「それは、私がお頼みしたのです。城下の情勢を探って欲しい、と。」
「それならばなぜ商人を集める必要があります!いいですか、商人はあらゆる家に出入りするため、あらゆる情報を入手できる立場に
あるのですぞ!?貴族の中には金を借りているものもいる!そのような連中からいったい何を仕入れているというのですか!?」
「さすがですな、マザリーニ卿。たった一人で、この国を支えてらっしゃるだけのことはある。」
それまで涼しげに2人の話を聞いていた孔明が、拍手をしながら立ち上がった。
「そこまでおわかりでしたら、話は早い。ぜひとも王女殿下と、卿睨下に聞いていただきたい話があります。」
「貴様と話す必要などない!この薄汚い間諜め!」
今にも掴みかかりそうな勢いで、孔明へ食って掛かるマザリーニ。
「枢機卿!おやめなさい!コウメイ様への無礼は承知いたしませんよ!」
「姫殿下!」
二人の間の空気を入れ替えるように、孔明が扇を振った。
「いやはや。卿の、王女殿下への忠誠心、この孔明感服いたしました。しかし、わたしを切り捨てるのはいつでもできましょう。まずは
わたしの話を聞いてから判断なさってはいかがですかな?」
「コウメイ様のおっしゃるとおりです。話も聞かず、意固地になっていては何も始まらぬではありませぬか。」
しぶしぶ、マザリーニは姫の言葉に従う。そして孔明の前に立ち、殺気をこめた視線を送る。
「よかろう。話ぐらいなら聞いてやろう。だが、貴様を信用したわけではないぞ。」
「では、お聞きしましょう。卿は現在のこの国の状況をどう思います?」
「貴様に話すことではなかろう。」
「枢機卿!」
アンリエッタに促され、マザリーニはしぶしぶ語りだす。
「今のわが国の立場は非常に危うい。南を強国ガリア、東を新興ゲルマニアに囲まれた窮乏国だ。綱の上を渡るような政治的努力で
かろうじて生き延びているが、それはこの2国に命綱を握られているも同然。なにかあれば国の命運危ういといえる。ましてや、アルビ
オンでは革命が起こり、皇太子は死亡。国王以下数名が亡命をしてきた。これはすなわち、ハルケギニアへの通路がわが国しか
存在しないアルビオンが、事実上敵対関係に回ったということだ。今は不可侵条約を結んでいるが、ひとたび外交を誤れば、すぐにも
わが国とアルビオンは交戦状態におかれるだろう。そうならぬためにも、」
マザリーニはアンリエッタを見る。
「ゲルマニアとの関係を深め、アルビオンやガリアが迂闊な行動に出れぬようにしておかねばならぬのだ。」
すなわち、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚約のことを言っているのである。アンリエッタの顔が暗くなる。
「で、ある以上、婚姻を妨げる可能性のある不安材料は全て取り除いておかねばならぬのだ。にもかかわらず、おぬしのような男が
日々アンリエッタ様と密会していては、わざわざ不安材料を作るようなものだ。」
ふはっ!と鼻息も荒く、言い放つ。
「左様。卿の言われること、もっともなことばかり。ですが、」
ヒラヒラと羽扇が舞った。
「一つ、大きな見落としがございますぞ。」
「なにっ!?」
マザリーニ枢機卿が立ち上がる。いったいなにを見落としているというのだ?一歩前に出て、孔明を睨みつける。
「ゲルマニアとの関係を強化し、アルビオンが攻めて来ぬようにする、ということですが。それまでにアルビオンに攻め込まれれば
いかにします?」
「なんじゃと!?」
「どういうことです、コウメイ様!?」
マザリーニとアンリエッタがほぼ同時に声を上げた。
「単純なことです。アルビオンに、不穏な動きがあるということでございます。」
フフフ、と笑い懐から紙を取り出し、机に広げた。
「ご覧ください。これは城下で商いをされている方々の協力を得て作ったグラフです。食料品はじめ、鉄等の金属類、武器類、衣服、
あるいは火薬に硫黄の値段が上昇し続けています。アルビオンは革命戦争を終えたばかり。おまけに各国に親善政策を行ってい
る最中。たしかに、軍の再編は急務とはいえ、他国の物価に影響を与えるほどの備蓄はいささか異様ではございませぬかな?」
示されたグラフを見るマザリーニ。手がブルブルと震えている。
「おまけに、ここ数日の食料、および衣類の値段の上昇は異常。これ即ち、消費物である食料の準備を急ぎ進めているということ也。
衣類に関しても同様。人間、死ぬ前に身奇麗にしたいと考えるのは道理也。これで、私がなぜ商人の間にネットワークを築いていた
かご理解いただけましたかな?」
「その……通りじゃ。」
がっくりと肩を落とすマザリーニ。彼は今までの必死の綱渡りが無駄になろうとしていることを痛感していた。
「まさかゲルマニアとトリステインを同時に敵に回そうとはしますまい。ですが、結婚前ならば、政治工作しだいではゲルマニアが兵を
出さぬ可能性は大いにあります。そして結婚式というものは急に日程を早めたりはできぬもの。」
「では、コウメイ様!いったいいつアルビオンは攻撃を仕掛けてくると?わが国とは不可侵条約を結んでいるというのに…」
青ざめてアンリエッタが叫ぶ。わなわなと震え、椅子に座り込む。
ウェールズ皇太子をだまし討ったうえ、今度はトリステインまでだまし討ちをしてこようというのか。王女の中で、復讐の炎がくすぶり
はじめた。
「その不可侵条約が曲者。おそらく、結婚式に国賓として参加する人物を送り届ける際の示威行動と見せかけ、そのまま宣戦布告を
おこなうに違いありませぬ。条約破棄のための口実はなんとでもなるものと考えていることでしょう。礼砲に実弾を使ってきた、であると
か、国賓を自ら攻撃し、暗殺をしかけてきた、などいくらでも思い浮かぶではありませんか。」
マザリーニへ涼しげに笑いかける孔明。続いて、地図を取り出し、グラフ上に広げる。
「おそらく、連中が狙うはアルビオンからハルケギニアへの唯一の道と言っても良い、ラ・ロシェールに違いませぬ。ですが、ここは山中
にあり、兵を潜ませやすく、また備えもできております。それに、道を確保したい連中は、桟橋が燃えることを嫌がるはず。と、なれば
狙いは船が着陸できる草原を有し、ラ・ロシェールに近い。身を隠す場所はなく、伏兵を置けぬ。攻めるに易く、守るに難き、このタルブ
の村に相違ありませぬ。」
地図上の、タルブと書かれた小さな村を指差す孔明。なるほど、言われてみれば今まで見過ごして来たのが悔やまれるほどの村
だ。近くにラ・ロシェールがあり、ここを拠点に町を封鎖されれば、いかに名将といえどもなすすべないだろう。
「だ、だが……杞憂ということもある。まだアルビオンが卑劣な手段を行使すると決まってはいまい。」
「いいえ!連中はかならず卑劣な手段をおこなってくるにきまっています!ウェールズ皇太子を殺したように!」
ワッとアンリエッタは泣き出した。卑劣な手段で殺されようとする祖国と、愛する皇太子を重ね合わせたのだろう。
もっとも、ウェールズは浮気して生きているのだが。ひでえや。
「まあまあ。たしかに、決まったわけではありませぬ。ですが、こういった兆候があることは事実。なれば」
スッと扇を突き出した。
「ここはひとつ、タルブに守備部隊を送ってはいかがですかな。今回何事もなくても、いずれ激戦区となるは必死。さすれば、今のうち
に先手を打っておくべきかと。これ即ち兵法の基礎にして極意なり。」
「わかりました。」
アンリエッタが大きく頷いた。
「枢機卿も、文句はありませんね?」
「……ありませぬ。ですが、もしこなかった場合、コウメイとやら、おぬしはいかがする?おぬしのスパイ疑惑が晴れたわけではない
のだぞ。」
「そのときは」
孔明は自分の首を手刀のようにした手でトントンと叩いた。
「この孔明、いつでも喜んで首を差し出しましょう。」
そして、孔明の予測は的中した。
親善訪問を装い、結婚式に参加すると見せかけ攻撃をすること。不可侵条約を破るのに、こちらの礼砲に難癖をつけること。タルブに
降下部隊を送り込むこと。タルブに送り込んだ部隊のおかげで、なんとか時間稼ぎができていること。すべて孔明の言うとおりの展開
になっていた。
マザリーニは震えていた。
アルビオンの攻撃にではない。すべて見通していた孔明にである。
『一体何者なのか。』
突然現れ、王女の信頼を得てしまった男。城下にあっという間に勢力を張り、一大ネットワークを築いてしまった男。調べてみれば、
王女を先日訪れたという、ラ・ヴァリエール候の3女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと繋がりがあるという。
というよりも、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの周りには、使い魔を頂点として怪しい連中が集まっているでは
ないか。いったい何が起ころうとしているのか。
だが、とも思う。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの関係者ならば、国に仇なすものではない可能性は高い。むしろ、上手く
いけばあの恐るべき智謀をこのトリスタニアのために使うことができるかもしれない。
まあ、そんな話は後回しである。いまはなにより、アルビオンの攻撃を退けなければ使うも糞もへったくれもないではないか。
だが、今の状況を変えるだけの策があるだろうか。なにしろ国力の差が圧倒的なのだ。やはりここは外交を駆使して、一時的にでも
兵を退かせるしかないのではないか。
「あなたがたは恥ずかしくないのですか!?」
ドアが強く開かれ、眩いばかりのウェディングドレス姿の王女が入ってきた。これから馬車に乗り込み、ゲルマニアへ向かう予定
だったのだ。それを急遽、孔明の予想通りになったと聞き、駆けつけて来たのだ。
「姫殿下?」
「話はすべて聞かせていただきました。人類は滅亡する!国土が敵に侵されているのですよ。同盟が何だ、特使が何だ、と騒ぐ前に
することがあるでしょう。」
アンリエッタが大見得を切って、会議場の貴族に言い放つ。あたふたする貴族たち。それを横目に、マザリーニは覚悟を決めて、
アンリエッタの前に立った。
「姫殿下!お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」
たしなめるように、言う。そう、トリステインの未来をかけて。
「ええい!走りにくい!」
アンリエッタは、ウェディングドレスの裾を、膝上まで引きちぎった。引きちぎったそれをマザリーニに投げつけた。
「あなたが結婚すればよろしいわ!」
そして中庭に駆け出し、馬車のユニコーンを外して、手綱を握った。
「これより全軍の指揮をわたくしがとります。各連隊を集めなさい!」
アンリエッタの乗ったユニコーンが駆け出すと、我にかえった貴族たちが、姫1人を行かせてなるものかと出撃していく。
1人の男が、マザリーニに近づいてきた。
「どうやら、卿は賭けにお勝ちになられたようですな。」
孔明であった。マザリーニは球帽を頭から外し、それを孔明に手渡してニヤッと笑った。
「この戦、アルビオンに負けようとわが国は誇るべき王を手に入れることになる。」
「ですが」
「そう、当然勝つ。」
マザリーニはアンリエッタが引き裂いたドレスの裾をやぶり、頭に巻いた。
「おのおのがた!討ち入りでござる。」
毎年12月14日に放送される仇討ちドラマのような台詞を高らかに唄い、アンリエッタの後を追った。
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