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#navi(零姫さまの使い魔)
#setpagename( 零姫さまの使い魔 第四話 )
「あっしは手の目だ
先見や千里眼で酒の席を取り持つ芸人だ
やって来ました舞踏会
年に一度の催しとくりゃァ あっし達芸人にとってもカキ入れ時ってぇもんだが
なにやらこの祭典 長い歴史と伝統を誇る
やんごとなき方々のための まこと雅やかなる『ぱぁてぃ』なんだそうで
つまるところ あっしみたいなドサ芸人はお呼びじゃないとさ
そんなわけで 哀れなシンデレラは帰ってフテ寝さ
それじゃさよなら おやすみなさい」
フリッグの舞踏会は、トリステイン魔法学院における最大規模の催しである。
この日は食堂二階のホールが解放され、贅をこらした料理がテーブルに所狭しと並び、
国中でも名うての楽士達が流麗な音楽を奏でる。
そしてその場に、思い思いに着飾った貴族の子弟が集い、歓談にダンスにと華を咲かせる。
彼らにとってこの一夜は、日常を離れ初めて体験する、夢のような貴族の世界であり
後々社交界で名を馳せるための、実質的なデビューの舞台でもある。
その立ち居振る舞いに、常ならぬ気合が入るのも当然の事と言えよう。
そんな華やかなる貴族達の世界を、少女はバルコニーから眺めていた。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
トリステイン最大の名門、ヴァリエール家の三女であり、未だ蕾ながら、目を見張るほどの美貌の持ち主であった。
本来なら、ホールの中央こそが彼女にふさわしい居場所であろう。
実際彼女は、返答に辟易するほどのダンスの誘いを少年達から受けた。
そして、それらの全てを断って、彼女は舞台の片隅にいた。
勿論それは、貴族の令嬢がとるに相応しい行動ではない、
現に、ホールのいくつかのグループは、壁の花と化したルイズを端目にしながら、何事か囁き合っている。
「ゼロのクセに」と言う呟きまでが聞こえるようだ。
日頃、嘲笑の対象としている少女がとった高飛車な態度だけに、その反発もまた根深かった。
もっとも、彼女がそんなお高く止まった態度をとった所以も、『ゼロ』のふたつ名にあった。
常日頃、自分を馬鹿にしていた男達が、目の色を変えたように誘いをかけてくる様は、彼女にとって却って堪えた。
もって生まれた器量と、名門貴族の肩書きが、彼女のコンプレックスをナイフのように抉る。
魔法が使えない事を面と向かって罵倒されている方が、遥かにマシであった。
御伽噺のような貴族達の世界にあって、彼女はどこまでも孤独であった。
・
・
・
「まるで舞台劇のワン・シーンのようだ」
「え……」
――ルイズが気付いた時、その男は既に彼女の傍らにいた。
切れ長の瞳に、何処か儚げな光を宿した青年であった。
漆黒の黒髪に黒のスーツ、その上に、更に黒の外套を纏うという黒づくめの異装が
かえって男の肌の白さを強調し、まるでこの世の者ではないような、どこか超然とした印象を与えていた。
ルイズは咄嗟に思考を泳がせる。
彼女が知る主だった貴族の子弟たちの中に、彼の顔は無い。
更に不思議な事に、これ程人目を引く容姿でありながら、周囲は彼の存在を気にもしていない。
まるで、そんな男など、この場に存在しないかのように……
「目の前の光景ですよ
バルコニーから室内までは 距離にすれば5歩もありません
だが 此処と向こうでは 取り包む空気がまるで違う
まるで 見えざる舞台でも存在するかのようにね」
「…………」
自身の心境を丸裸にするような男の呟きに、思わずルイズが息を呑む。
確かに、男と自分がいるバルコニーだけが、この祭典の観客席であるかのように、静寂に包まれていた。
「あの あなたは……?」
「人攫いです」
「え……?」
思わず目を丸くして固まったルイズの姿に、男が無邪気な笑顔を見せる。
その笑顔で、ルイズはようやく、それが男の冗談であることに気付いた。
ルイズの反応の楽しむかのように、男が言葉を紡いでいく。
「とある悪玉から頼まれたのですよ
バルコニーに閉じ込められたウチのお姫様を 退屈な舞台劇から救い出して
こちらのパーティーに攫ってこい……と
僕はまあ その悪玉の使いの者 というワケです」
「……そのお姫様っていうのが 私の事?」
さすがにルイズが怪訝な表情を浮かべる。
今宵、学院の付近の集落で、何らかのパーティーが開かれているなどと言う話は、耳にしていない。
だが、男の言葉には、少女を御伽噺の世界に導く兎のような、奇妙に魅惑めいた響きがあった。
「それで その パーティーって」
ルイズが更に問いかけようとしたその時、徐々にホールの喧騒が収まり出し、楽士達が準備を始めた。
そのタイミングを見計らっていたかのように、男はルイズの言葉を遮り、右手を差し出した。
「その質問に答える前に 一曲 お相手願えませんか?」
「…………」
ルイズが逡巡する。
普段の彼女であれば、ここで見知らぬ男の誘いを受けたりはしないだろう。
だが、男の言う『パーティー』には少なからぬ興味があったし
このまま一曲も踊らずに、周囲から陰口を叩かれ続けるのも癪であった。
勿論、今更同級生達の相手をする気は毛頭ない。
ならばいっそ、この見知らぬ色男をパートナーに、
お高く止まった貴族のダンスを見せつけてやるのも悪くないかも知れない。
そんな事を考えながら、ルイズはやや緊張した面持ちで、男に手を差し伸べた。
男はルイズの手を恭しく包むと、そのままホールには向かわず……
バルコニーの欄干へ足を掛けた。
「さあ Shall We Dance?」
「え……!」
やがて、流麗な音楽の響きに合わせ、ふたりの体が、
まるで重力の枷から放たれたかように、鮮やかに上空へと舞い上がった。
地上からの歓声を受けながら、ふたりは何処までも昇っていく。
磨かれたように冷たい空気が、ルイズの全身を吹き抜けていく。
大地の支えを失った不安感から、ルイズは身動きがとれず、男の外套に思い切りしがみついた。
「どうしました? 普段のあなたなら もっと優雅に踊れるはず」
「だって これ…… これは……? 私 飛んで……」
咄嗟にルイズは、フライの魔法を思った。
だが、男に詠唱を唱えた気配は無かったし、そもそも彼は、杖すら手にしていなかった。
それに、男の奔放な動きは、飛ぶと言うより、宙を舞うといった形容の方が正しかった。
「これこそが 本当の魔法ですよ」
「本当の…… 魔法?」
彼方から打ち上がった花火の輝きが、男の頬を、紅に緑にと染め上げる。
二人の周囲で、大きな双つの月がグルグルと回る。
「人の持つイメージに限界はありません
杖も詠唱も イメージを現実の形にするための手段に過ぎない
現実の殻さえ脱ぎ捨ててしまえば 人は 何処までも自由に飛べるのですよ」
男の言葉は、ルイズには理解できない。
だが、ルイズの体は男の言葉を肯定するかのように、自然と動き出していた。
ゆっくりと、男の懐から離れる。
始めは硬い動きで、足場を確認するかのようにおそるおそる、
そのうちに音楽を聴く余裕ができ、徐々に動きが流れるような柔らなものへと変わる。
心の内から湧き上がる歓びが、彼女のダンスにダイナミックな躍動感を与える。
指先一つで男とつながり、小さな体を精一杯伸ばし、自由な魂を全身で表現する。
窮屈な礼法の世界を抜け出し、ルイズは生まれて初めて『踊って』いた。
・
・
・
――トン、と
曲の終わりと共に、ふたりは見知らぬ異国の街へと降り立っていた。
行き交う人々が皆足を止め、ふたりに万雷の拍手を送る。
色とりどりのネオンに、ほのかな潮の香り、
巨大な尖塔から怪しげな屋台までが混じ入った、魅惑的なオリエンタルな街並み。
歓声を挙げるギャラリーの顔も一様ではない。
馴染み深い金髪の白人から、異国情緒溢れる褐色、東洋人と思しき黒髪
中には明らかに人間では無さそうなものまで混じっている。
そして、ルイズもまた不思議な事に、その様を当然として受け止めていた。
「やんや やんや」
と、くだけた拍手を掛けながら、一人の女性が人ごみを掻き分けて近づいてくる。
見た目は二十歳前後と言った風の、可憐さの中に妖艶な蕾を秘めた黒髪の乙女。
ドレスから除く白い背が魅力的ではあるが、ルイズは何か、彼女に形容のし難い違和感を感じた。
「若旦那 暫く見ないうちに女の趣味が変わったのかい?
小便臭いのは閉口……だろ」
「お前こそ 随分と口が悪くなったもんだ
どんなに旨く化けたところで 口を開けば里が知れるぞ」
へん、と女が舌を突き出す。いかにも馴染みらしい他愛のないやりとり。
そんな会話の中から、ルイズは先の違和感の正体を突き止めた。
「あんた もしかして手の目なの?
な なな何よ その格好?」
「へぇ? そりゃあ折角の『ぱぁてぃ』だからね
たまにゃァ あっしだって 綺麗なベベぐらい着ますさ」
そういう問題ではない、とルイズは思う。
ただでさえルイズは、年下の手の目と変わらない体型なのだ。
このような日に、一人だけ見事なレディに変身して現れるなど卑怯ではないか。
「そんな事より この場はお前の仕切りなんだろう
ゲストがたったの一人とは 片手落ちじゃないのか?」
「勿論 手前の仕事に抜かりはありませんぜ 若旦那」
手の目の言葉と同時に、ボォン、ボォン、という時計塔の鐘が轟き、
通行人を掻き分けながら、大きな南瓜の馬車が一台近づいてきた。
「あらァ! そちら ステキな殿方」
弾んだ声を響かせながら、先ず、蝶ネクタイを付けたサラマンダーが
次に、胸元の大きく開いたドレスを着こなした赤毛の少女が、
最後に、用心深く周囲を見回す青髪の少女が、トランプの従者のエスコートを受け馬車から降りた。
「フゥン 中々面白そうな所じゃないの」
「キュ キュルケ アンタ なんで……?
って言うか この唐突な状況にいきなり馴染んでんじゃ無いわよ!」
「なによ ヴァリエール 私達は手の目の招待で来たんだからね
一人だけ夢の世界で良い目を見ようったって そうは行かないわよ」
「夢の世界……? 招待ですって?」
「夢の中に彼女が現れて 無理やり着替えさせられた……」
ルイズの問いに対しタバサが答える。
彼女は周囲を警戒していたのではなく、単にドレス姿に落ち着かないだけだったらしい。
「もう! 手の目 なんだってツェルプストーを呼んだりするのよ」
「お嬢 その物言いはいけないよ 御三方にはこの間も散々世話になってるんだ
受けた恩義にはキッチリ報いるのが筋ってもんさ」
「お三方……?」
「きゅい! お姉さま~!」
ルイズの疑念を遮るように、彼方の屋台から聞き覚えの無い女性の声が響く。
「ハンバーガーにフライドチキン フランクフルトにドネルケバブ!
きゅい! お肉! お肉がいっぱい!
お姉さまの好きなハシバミ草も たっぷり用意してあるわ~!」
一同が呆然と見つめるその先では、謎の女性が、漫画のような骨付き肉をぶんぶんと振るっていた。
「……もう一人は 声をかけたら勝手に飛んで来ちまった」
「え…… 誰 ?」
「何かしきりにこっちを見てるわね タバサの知り合い?」
「知らない娘」
キュルケの問いに、珍しく強い口調でタバサが答える。
「更に! 今日は出血大サービスだ
今宵のお嬢の相手に相応しいスペシャル・ゲストを用意したよ」
いつの間にか、手の目はルイズの杖を手にしていた。
一同が注目する中、手の目が出鱈目な詠唱を始めた。
「宇宙の果てのどこかにいるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの僕よ
神聖で美しく強力なお嬢の使い魔よ あっしは心より求め訴えるよ とっとと観念して出てきやがれ!」
直後、まるでルイズの魔法のような爆発が起こり、広場が悲鳴に包まれる。
やがて、黒煙が晴れた先には、呆然とその場にへたり込む、謎の少年の姿があった。
「え? な な なんだ! ここはどこだ……!」
「いや…… だから誰よ?」
謎の少年は暫くキョロキョロと周囲を見回していたが、
その視界に手の目の姿を捉えると、不意に素っ頓狂な声を上げた。
「あーッ! お前 さっきの誘拐犯……!」
「誘拐とは何だ! 人聞きの悪い
どうせこいつは夢だ! 朝になったら忘れちまわァ
さァ 分かったらウチのお姫様の相手をしねぇか!」
手の目はそう言って少年を無理やり引き起こし、その尻を勢い良く蹴り飛ばした。
少年はバランスを崩しながら前方に投げ出され、ルイズの眼前でかろうじて静止した。
初対面の相手との、息も掛かるほどの間近での接触に、二人の動きがドキリと止まる。
「え…… あれ? お前……」
「な な 何よ…… アンタ……」
微妙な静寂。
例えるならば、慨視感という言葉が近いだろうか。
何か、因縁めいたような懐かしさを、ふたりは互いの瞳から感じていた。
「も もう! こんなヤツを連れてきてどうしようって言うの? 手の…… あ あれ?」
緊張感に耐えかね、咄嗟にルイズは手の目に抗議しようとしたが、彼女の姿は無かった。
いつの間にか、黒づくめの青年も姿を消している。
そして、ふたりと入れ替わるかのように、後方から歓声が沸き起こった。
・
・
・
巨大な音色を響かせながら広場に現れたのは、異形の楽団であった。
いつの間にか姿を見せたその一行は、ルイズ達が見たことも無い多様な楽器を手にしている。
そして、楽団員は、皆、人間ではない。
多彩な楽器に負けず劣らず、個性的な格好をした妖怪達であった。
長いトロンボーンを見るからに窮屈そうに吹く、長い首の女。
阿吽の呼吸で見事な連壇を披露する、つがいの獅子顔。
自慢の陰嚢で重低音を轟かす古狸。
三台のマリンバを、複数の尻尾で打ち分ける化け猫。
前の口でクラリネットを、後頭部の口でオーボエを吹く女性。
トランペットを吹いた勢いで、回転しながら飛んでいく一本足の傘。
色とりどりのパーカッション、胸躍るリズム、
個性と個性がぶつかりあって奏でられるハーモニー。
百鬼夜行のパレードに、花火が上がり、観客が沸き立ち、広場が興奮に包まれる。
「きゅい! きゅい! 体が勝手に!」
楽団のパワーに本能を刺激されたのか、知らない娘が中央に躍り出て、カクカクと全身を動かし始める。
それを合図に、周囲のギャラリーも曲にあわせ、思い思いに踊り出す。
陽気で奔放なゲルマニア人の血がそうさせるのか、
キュルケも颯爽と中央に飛び込み、邪魔なドレスの長い裾をナイフで切り裂くと
とても即興とは思えない激しいダンスを披露した。
タバサは何とか平静を装おうとしていたが
一団のメロディにあわせ、うずうずと手足を動かしている。
「……ねぇ アンタ これは夢…… なのよね?」
「し 知らねぇよ そんな…… でも 多分……」
「ただの夢なら 見知らぬ少女のエスコートをして下さってもいいんじゃない?」
「……俺 踊れねぇぞ」
言いながらも、少年はルイズの手を引き、一行の興奮の中へと加わった。
「おい手の目 何だこの騒がしいのは」
「ハハ 若旦那! 夢 夢 夢でさァ!」
巨大な牛鬼の背に乗って、サクソフォン片手に手の目が叫ぶ。
「あれも夢 これも夢 みィーんな夢でさァ!
今宵はハチャメチャな夢の一夜だ
踊る阿呆に見る阿呆 同じ夢なら踊らにゃソンソン!
さァ若旦那 あっしとも一曲お相手しておくれよォ」
・
・
・
「ン……」
朝の光をまぶたに感じ、ルイズが瞳を開けた。
何の変哲も無い天井、普段通りの自分の部屋。
漠然とした記憶をゆっくりと整理する。
昨日は…… フリッグの舞踏会。ルイズは一晩中、壁の花と化していた。
にも拘らず、何故か体の節々が痛い。
それに、確かに昨日の宴で味わったはずの熱狂の残滓が、未だ胸中で疼いていた。
「ようやく起きなすったかい? いくら虚無の曜日だからってだらけ過ぎですぜ」
聞き覚えのある軽口に顔を傾ければ、
案の定、彼女の使い魔がティータイムに興じていた。
とっさに言葉を返そうとして、ルイズが彼女の格好に気づいた。
「アンタ…… その帽子 どうしたの?」
「ああ これかい?
今回の探索の礼にって 学院長がくれたのさ
ただの帽子と分かったからとは言え あの爺さん 中々太っ腹だねェ」
「それで嬉しくて 室内でも被ってるの?
やあねぇ ……もしかして 寝るときも被ってるんじゃないでしょうね?」
「へへ……」
手の目が無邪気に笑う。
寝ぼけ眼のルイズには、彼女の笑顔に、見知らぬ大人の女性の面影がダブって見えた。
「おかげさまで い~い夢見れましたぜ」
#navi(零姫さまの使い魔)
#navi(零姫さまの使い魔)
#setpagename(零姫さまの使い魔 第三話 )
「あっしは手の目だ
先見や千里眼で酒の席を取り持つ芸人だ
そう…… あっし芸はあくまで余興 探偵の真似事はやってねぇ
探偵の助手の 医者の真似事もね
一体 何が言いたいのかって? 怪盗探しは本職に頼めってぇ事さ!
フン 怪盗 怪盗ねぇ……
あんまり古風な響きなもんで こっちも思わず吹き出しちまうってぇもんだが
そいつが馬鹿デカイ土人形の繰り手と聞けば 流石に笑えた話じゃない
ましてや そんな怪物 捕えてこいと言われた日にゃァ 益々もって笑えねぇ
全く…… ウチのお嬢は 何考えてやがるんだ?
蟇蛙みたいにペシャンコになってくたばるのは こっちは絶対御免だぜ」
「なあ お嬢 あっしにゃどうにも分からねぇ」
荷馬車の上で揺られながら、手の目が何度目かの愚痴を零す。
話を振られたルイズの方は、ただ、先に見える深い森を見つめ続けていた。
「学院の大事なお宝が 巷を騒がす大怪盗【土くれのフーケ】に盗まれた
早いうちに取り返さなきゃあ 伝統ある魔法学院の面子に関わる……と ここまでは分かる
だがなんだって その捕り物に お嬢が名乗りを挙げるかねぇ?
下手打ったのは教師共だ あいつらに任せときゃいいだろうに」
「これは個人の責任問題ではないわ 手の目」
敢然と、ルイズが言い放つ。
「世の貴族は ただ単に魔法が使えると言うだけで 平民の上に君臨しているわけではないわ
始祖から継いだ魔法の力で 弱者を保護し 世界の秩序を守っているからこそ
様々な特権を受ける資格を持つのよ
その秩序の担い手達が 世を乱すメイジ崩れの力を恐れて野放しにしているなんて
本来 絶対にあってはならない事なのよ
ここで誰かが杖を掲げなければ 私達貴族に 繁栄を謳歌する資格は無いわ」
見事な正論であった。
これで彼女に相応の実力が伴っていれば、なお良かったのだが。
更に反論しようとしていた手の目であったが、ふと、何事か思い出して口調を変えた。
「ときにお嬢 フーケの犯行を目撃したって言ってたが
あんた等なんで あんな時間に中庭なんかに居たんだい?」
「え?」
「そういや昨夜 ものッ凄ぇ爆発音を耳にしたが
今にして思えば あれもフーケの仕業だったって事なのかい?」
「――プッ!」
手の目のとぼけた台詞に耐えかね、傍らにいたキュルケが盛大に吹き出した。
反射的にルイズが睨みつけるが、キュルケは耐えられないといった風で、口元を抑え小刻みに痙攣していた。
そんな友人の様子に、隣のタバサは少し顔を上げたが、すぐに手元の書物に視線を戻した。
(なんだ……)
手の目がため息をつく。
昨夜、何があったのかまでは分からないが、頑丈な宝物庫の外壁を破られ、
賊の侵入を許したそもそもの原因は、ルイズの魔法の暴発にあった、というわけだ。
それを、貴族の使命まで持ち出して取り繕っては、キュルケが悶絶するのも無理からぬところである。
(それにしても 高慢チキのキュルケに鉄面皮のタバサ ね
妙な取り合わせだとは思っていたが……
何でぇ お嬢も意外と 友人に恵まれているじゃあねぇか)
手の目が三人を見回す。
勿論、彼女達にもそれぞれに動機があり、相応の自負があって、秘宝の奪還に参加したのであろう。
が、そもそもルイズが志願しなければ、二人も行動に移ることはなかったはずだ。
留学生である二人にとって、今回の怪盗騒ぎは、対岸の火事のようなものなのだから、
「……なによ手の目 妙にニヤニヤして
主人の決めた事に不服でもあるの?」
「ン いやぁ……
魔法学院の至宝ってのは 一体どんなお宝かと思ってね」
問答にも飽きたのか、手の目は心にもない言葉を口にした。
・
・
・
「ここが 件の怪盗がらしき人物が目撃された小屋ですわ」
鬱蒼と生い茂る森林地帯をしばらく進んだところで、先導役のロングビルが指さした。
確かに森の奥には、いかにもな雰囲気を出している小屋が見えた。
「フム 見たところ 人の気配は無さそうだね」
「あなた…… そう言う台詞は せめて中を見てから言いなさいよ」
やる気無さ気に右手をひらひらさせる手の目の仕草に、思わずキュルケが苦笑する。
しばしの作戦会議の後、手の目、キュルケ、タバサが中に進入、
ルイズは入り口の見張り、ロングビルは周辺の偵察と役割を決めた。
「……たく なんで私が見張りなんか」
「そりゃあ メイジは重要な戦力だからね
魔法が使え無ぇので前後を固めて 不意打ちから守るためさ」
「なっ!」
ルイズの抗議を避けるように、手の目がそそくさと入り口のドアをくぐる。
その後ろを、慌てて二人が続く。
「はいはい どうせ留守だろ? 勝手に失礼しやすぜ
しっかし こりゃまた 酷い有様だねぇ」
「ちょ ちょっと…… もっと慎重に動きなさいな」
「と言っても どうせこちとら罠の知識も無ぇんだ 余計な詮索するだけ無駄さ」
我が物顔で室内を物色する手の目に、キュルケもタバサも、驚きを通り越して呆れ顔を見せる。
これ程までに大胆な犯行は、それこそ件の、土くれのフーケですら行わないであろう。
尤も、狭い室内である。罠を仕掛ける場所もおのずと限られてくる。つまり――、
「……やっぱり この宝箱よね」
「あからさま過ぎる 迂闊に手を出すのは危険」
「ああそうだね でも もう開けちまったよ」
「あ…… あなたねぇ……」
――気を取り直し、三人が宝箱の中を覗き見る。
箱の中には、つばの広い、上等そうな山高帽が一つ。
「間違いない 学院の至宝【破壊の帽子】」
「それにしても 何度見ても理解に苦しむわね
そんな何の変哲もない帽子が 強力な力を秘めたマジックアイテムだなんて」
「これが……? いや…… 何となく あっしには事情が飲み込めてきたような……」
その時である。
「きゃあああああああああ!」
という悲鳴と共に、轟音が三人の頭上を通過し、部屋の屋根が丸ごと持っていかれた。
崩れ落ちてくる瓦礫の間に、やがて、ゆうに30メイルはあろうかというゴーレムが顔を見せた。
「土くれのフーケ!」
「ヤバいわね ゴーレムを使うとは聞いてたけど まさかこれ程のサイズとはね」
「借りるよ」
手の目は短く言い放つと、件の帽子を素早くひったくり、まっしぐらに走り出した。
・
・
・
眼前の巨体目掛け、ルイズがしっちゃかめっちゃかに杖を振るう。
小規模な閃光がゴーレムの胸元で弾け、土ぼこりが舞う。無論、効果は薄い。
やや煩わしそうに、ゴーレムがルイズ目掛け、左足を上げる。
「お嬢ッ!」
間一髪、横っ跳びで飛び込んできた手の目が、ルイズを抱きとめる。
直後、大地に爆音が響き、先刻までのルイズの立ち位置が、見る影も無いクレーターと化した。
「手の目! アンタ 何 その帽子?」
「そんな事ァどうでもいい! ズラかるよ!」
「だ だめよ…… 手の目」
「……何だって?」
ルイズはすっくと立ち上がると、震える両手で杖を構えなおした。
「私は貴族よ! ここで敵に後ろを見せるわけにはいかないわ!」
チッ、と、手の目が舌打ちをする。
魔法が使えないというコンプレックスゆえに、ルイズが貴族の在り方にこだわり過ぎるきらいがある事は
彼女が前々から危惧していた事であった。
ここまではっきりと言い切ってしまった以上、もはやルイズは梃子でも動かないだろう。
「ああ! そりゃァ確かに立派な事だ! だがね――!」
手の目は一歩前に出ると、やけくそ気味に声を張り上げた。
「こんな奴 お嬢が直接手を下すまでも無ぇ! 使い魔のあっし一人で十分だ!」
「え?」
気力を奮い立たすべく、手の目が両手で、自らの頬をはたく。
少女の異常な殺気に気付いたか、ゴーレムが少女に向き直り、その巨体を静止させる。
一瞬の静寂。
先を取って手の目が動く。
驚くべき事に 彼女は着物の裾を両手で捲し上げると、素早く踵を返し
その小柄な体からは思いもよらない程の速度で、一目散に駆け出したのだ。
「こういう時ャ逃げるが勝ちだ! ついて来な デカブツ!」
「……へっ?
え? ええ! えええええっ!?」
去り去る少女と立ちすくむ土人形を、半ば呆然と眺めていたルイズであったが
彼女もすぐに正気に返り、脱兎の如く逃走を始めた。
「ア! ア ア ア アンタッ! バカじゃないのッ!?
何処の世界に 主人を置いて逃げ出す使い魔がいるのよ!」
「五月蝿ぇ! そっちこそ貴族の誇りはどうした!?
とっととペシャンコに潰されちまえ!」
「絶対イヤ!」
しかし、悲しいかな、ゴーレムと人間では歩幅が違いすぎた。
怒り心頭のゴーレムはたちまち二人に追いつき、小賢しい少女達目掛け右足を振り上げた。
直後、火球と疾風がゴーレムを襲う。
致命傷には程遠いものの、突然の奇襲に大きくバランスを崩し、ゴーレムがたたらを踏む。
何事かと振り返ったルイズの瞳に、宙を舞う竜の姿が映った。
「あれは タバサのシルフィード」
「ルイズ~! 今の内に逃げなさい」
地上の二人を退却させるべく、風竜がゴーレムの周囲を飛び回る。
いかにも五月蝿そうに、ゴーレムが両腕を振るう。
動きこそ鈍重に見えるものの、直撃すれば命は無い。
「さ 手の目 二人が時間を稼いでくれているうちに……」
「いや……」
暫く肩で大きく息をしていた手の目だったが、キョロキョロと周囲を見回した後、断言した。
「もう逃げる必要は無いね ここでフーケを討つ」
・
・
・
「さァて さて さて お立会い!
是なるは 彼のとりすていん魔法学院が至宝
【破壊の帽子】なる代物!
見た目は単なる帽子だが、恐るべきはこの窪み!
中は虚穴 魔界に通じ
彼の地の異形 当地に自在に呼び出せると言う
悪魔の如き道具に候!
ここから先は 論より証拠 行うが易し!
目の前にある泥人形を
気合一閃! 屠って御覧に入れましょう!」
澄み切った少女の声が戦場に響く。
突然の手の目の豹変に、傍らのルイズも、頭上のタバサ達も、
敵であるゴーレムまでもが動きを止め、事態の行く末を見守る。
客を惹きつけるおどけた調子、それでいて、他の者が立ち入ることを許さない凛とした気配。
一同は紛う事無く、手の目の芸の世界に居た。
「盛者必衰 変幻自在 画竜点睛 えい! はァ! とァおぅッ!」
いい加減な呪文を捲くし立て、手の目が山高帽を放り投げる。
突風を受けた帽子は勢い良く上空へと舞い上がり、
あたかも蝶の如くひらりひらりと宙を待った後、力尽きたように、ぱさりと地面に落ちた。
――最初に現れたのは血溜りであった。
様子を探っていたフーケが、思わず息を呑む。
ひっくり返った帽子の中に、ゆっくりと真紅の液体が満ちていくのが遠目にも判った。
やがて液体は、容積を超えて滴り落ち、地面を徐々に紅く染め始める。
熟れ過ぎた果実のような、むせ返るほどの甘い香りが鼻腔を突く。
血溜りは既に、手の目の踝まで届いていたが、少女は魅入られたように笑みを浮かべるのみである。
やがて、血河の中からあぶくが生じ、なにやらぬらぬらとした泥の塊が浮かんできた。
塊は外気に触れた途端に脆くも崩れ、それらの中から、乳白色の骸骨が、
或いは昆虫のようなブヨブヨとした腹が、海月のような触手がと、思い思いに形を成し始めた。
同時に、先刻よりも更に強烈な腐臭が鼻を付き、フーケの視界がぐらりと揺らぐ。
血溜まりから飛び出した異形たちは、あたかも一つの生命のように群体を形成し
尚も増殖せんと、うぞうぞと全身をくねらせる。
「うわああああッ! 行けッ! ゴーレム!」
フーケが叫ぶ。
異形の正体が何であるのかを詮索している余裕は、今の彼女には無い。
ぐちゃり
ぐちゃり
ぐちゃり
ぐちゃり
ぐちゃり
恐慌を来たした巨体の連打が、痙攣する異形の群れを蹴散らし
大地を大きく抉り、少女の姿を挽肉へと変える。
どすん、と、最後に残った血溜まりを叩きつけた所で、ようやくゴーレムは動きを止めた。
ぜぇぜぇと、暫くの間、大きく肩で息をしていたフーケだったが、やがて異変に気付いた。
ゴーレムが動かない。
腕一本、指の一つも操ることが出来ないばかりか、元の土くれに戻す事すらままならない。
そんなフーケをあざ笑うかのように、徐々にゴーレムの右拳が、血溜まりの中へと引き込まれていく。
染み込んだ血液が土塊の腕を赤く染め、触手が根のように巨体に絡みつき、おぞましいばかりの肉の花を咲かせ始める。
フーケの眼前で、ゴーレムは巨大な異形と化して、やがて、血溜まりの中へと沈んで消えた。
「無駄な努力さ いかに土人形が大きかろうが 地獄の釜の底までは潰せやしねぇ」
「ヒッ!」
背後から聞こえた手の目の声に、フーケが咄嗟にナイフを振るう。
振り向きざまの一撃は、少女の首筋をばっくりと断ち切り、半壊した頭部が宙を舞う。
同時にフーケの右手首が引き裂かれ、鮮血が噴水の如く噴き出す。
茫然自失するフーケの眼前で、血液が少女の形を成していく。
「ヒデェ事をしなさる あっしらは既に一心同体
気付きやせんか? 手前もとっくに異形の仲間入りをしている事に……」
少女に促され、フーケが俯く。
気が付いた時には、血溜まりは巨大な池となって、フーケの腰元まで浸していた。
じゅぶり、と何者かがフーケの両足を捉え、異様な力で池の底へと引きずり込む。
「あれなるは その名の通り【破壊の帽子】
此方を魔界と繋いだ以上 もはや 世界の全てを破壊し尽くすまでは止まりませんぜ」
「ヒイィイイイイイイィィィ!」
――とぷん、という水音と共に、
フーケは赤一色の世界へと沈んで行った……。
・
・
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「茂みの奥で 確かにメイジが一人 気を失っていたわ
――手の目の言った通り 腰まで泥沼に嵌った状態でね……」
「まさか ミス・ロングビルが……」
キュルケからの報告を事も無げに聞きながら、手の目は山高帽を拾い直した。
勿論、帽子は血に濡れてなどいないし、彼女も生首ではない。
現実に起こった事を、順に並べるならば、手の目が帽子を放った途端、
ゴーレムが発狂したかのように暴れ出し、やがて勝手に崩れ落ちた――と、ただそれだけの事であった。
「ねぇ 手の目…… アンタはフーケの正体がロングビルだと 初めから知っていたの?」
「まさか ハナっからそいつが分かっていれば 他にもっと 手の打ちようもあったさ
――ただ先刻から 常に視線だけは感じていたよ
眼前の土人形からではなく どこか後方の物陰からね
彼女はメイジとしては凄腕だったが 黒子としちゃァ三流だったってわけだ」
「それでアンタ 帽子を前方ではなく 後ろに向って投げたのね」
ルイズが嘆息する。
先程の退却も、フーケの居場所を特定するための布石だったという事であろう。
この位置取りで身を隠しつつ、ゴーレムを操れる場所と言えば、後方の草影しか無かった。
「……それで あなたは一体 何をしたの?」
やや緊張した面持ちで、タバサが口を開いた。
「この 土くれのフーケを気絶させた力……
これがその【破壊の帽子】の能力だと言うの?」
「いいや こいつは本当に 何の変哲も無い山高帽さ
あっしが使ったのは まあ ちょっとした催眠術みたいなもんだよ
もっとも ここまで綺麗に決まってくれたのは 帽子のおかげと言えるだろうがね」
「? なにそれ 手の目 どう言う事よ?」
「名物の『箔』が与えた心理効果さ
なにせこいつは 国一番の識者であるオスマン老が 手ずから封印した学院の至宝だ
ましてやフーケは 盗み出した張本人
強力な力を秘めたマジックアイテムである事を期待する余り
あっしが見せた幻を 何一つ疑うこと無く 帽子の力と決め付けちまったのさ」
手の目はそこまで話すと、両手を三度叩き、高らかと言った。
「さぁ 解決編も終わりだ! 日が落ちる前に 学院に戻りやしょうぜ」
「……でも それもおかしな話じゃない?」
小首を傾げるキュルケの動作に、皆の視線が集まる。
「それが本当に 何の変哲も無い帽子だって言うなら
どうしてオールド・オスマンは 厳重に宝物庫に封印したりしたのかしら……?」
「……ここから先は 単なるあっしの推測だがね」
手の目はそう前置きをすると、帽子を目深に被り直し、妙に誇らしげな口調で言った。
「おそらくは 彼のオスマン老も 一杯喰わされたんだと思うよ
そこに転がってる 土くれのフーケと同じようにね……
本当に凄かったのは帽子じゃない 帽子の持ち主だったってぇ事さ」
#navi(零姫さまの使い魔)
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