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「お前の使い魔-02」(2009/11/26 (木) 23:57:10) の最新版変更点
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#navi(お前の使い魔)
#setpagename( お前の使い魔 2話 )
あれから、気絶したダネットを医務室に運び、傷の手当をした後、わたしはすやすやと眠るダネットの横でその寝顔を見ていた。
横には神妙な顔でダネットの左手に浮かんだルーンをスケッチをしているミスタ・コルベールがいる。
本当は一人でダネットを見ておくつもりだったのだが、危険かもしれないというミスタ・コルベールの意見に押され、仕方なく同席という事になったのだ。
スケッチが終わったのか、手を休めたミスタ・コルベールが呟く。
「珍しいルーンですね…」
確かにダネットの手に浮かんだルーンは、わたしが図書館の本で見たどのルーンとも当てはまらないものだった。
だが、一生徒のわたしが知らないというのと、教師であるミスタ・コルベールが知らないというのでは大違いだ。
なのでわたしが少し首を傾げると、ミスタ・コルベールはダネットの左手を指差しながらこう言った。
「彼女に浮かんだ使い魔のルーンは、私が今まで見てきたどのルーンとも違います。そして、今まで使い魔召喚の儀で、彼女のような亜人を召喚したという記録はありません。これがどういう事かわかりますか?ミス・ヴァリエール」
その問いの意味をわたしは考え、一つの答えを出した。
「前例が無い…つまり、ダネットを召喚し、契約を行ったことで何が起きるかわからない…そういう事ですか?」
ミスタ・コルベールはその答えに頷き、こう言った。
「ミス・ヴァリエール。この件は学院長に相談してみようと思います。ですので、彼女が起きた後、しばらくは共に行動しないように…」
「できません」
ミスタ・コルベールの言葉を途中で遮り、わたしはハッキリと自分の意思を伝えた。
「ですがミス・ヴァリエール…」
なおも説得を試みようとするミスタ・コルベールの方をしっかりと見たわたしは、言葉を続ける。
「メイジと使い魔は一心同体。違いますか?」
反論の言葉を考えているのか、ミスタ・コルベールは「むぅ…」とうなった後、反論の言葉が無かったのか、諦めた様子でわたしを見て「何かあったら、すぐに知らせるようにして下さい」とだけ言った。
わたしは、短く「わかりました」とだけ答えダネットに向き直ると、今だすやすやと眠る横顔を見て、きゅっと唇をかみ締めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は湖の上の小さな小船に乗っていた。
「なんですかここは?」
見覚えの無い、ゆらゆらと揺れる小船から湖の向こうの景色を眺めると、やはり見覚えの無いお城のような屋敷と綺麗な庭が見える。
「はて?これは一体」
首を傾げ、どうしてこんなところにいるのか考え込む。
五秒で頭からプスプスと煙が出るような感覚に襲われ「ま、まあ大丈夫です。うん。」と、取り合えず納得した時、小船の上にいる誰かの存在に気付いた。
それは、ほのかに桃色のような輝きを持つ金髪の少女。
その少女は泣いていた。
泣いている理由は私にはわからなかったけれど、そのまま少女を放置できないと思い、優しく少女の肩に触れ、ゆっくりと抱きしめる。
最初、突然触られた事に少女はビクリとしたが、私の手に安心したのか、その身体を預け、彼女の胸で嗚咽を漏らす。
そんな風に泣いている少女の髪を優しく撫でた後、私は出来るだけ優しく話しかけてみた。
「なぜ泣いているのですか?」
すると、ピクンと少女の肩は震え、嗚咽混じりの声で途切れ途切れに答えた。
「わたしは…ひっぐ…わたしは貴族なのに魔法が使えないの…」
私はその答えに首を傾げると、疑問を投げかけてみる。
「きぞくって何ですか?それ、ホタポタより美味しいんですか?」
その疑問に、少女は呆けた顔を上げ、私の方を見つめた。
む。何だか馬鹿にされているような気がします。
「あなた、貴族を知らないの?」
きぞく…き族?木?木族?水棲族みたいなものでしょうか?
そんな事を考え、頭の中で木を纏う種族を想像してみるが、やはり自分の記憶にはそんな種族はいない。
でもまあ、自分が知らないだけで、そういう種族もいるのだろうと考え直し、精一杯の虚勢を張ってみる。
「し、知ってます!馬鹿にしないで下さい!私は馬鹿じゃないのです!知ってますよ?木族ですよね?こう…もしゃーっと木を生やしてる奴です!」
私がそうやって身振り手振りで頭から木が生えてる様子を表現すると、ぼけっとそれを聞いていた少女は突然笑い出した。
「な…なんですか!やっぱり私を馬鹿にしてますね!?こう見えても私は頭が良いのです!……まあ、人の名前を覚えるのは苦手ですけど…でも、最近は少しずつ覚えられるようになったのです!」
私がぷりぷり怒りながらそう言うと、少女は耐え切れなくなったのか、クスクスという笑いから、お腹を押さえて大笑いしだす。
それを見た私は、自分が知ったかぶりをしてしまったのがばれてしまったのだと思い、顔を真っ赤にしながら「ほんとは知っているのです!」と言ってみたが、それは少女の笑いを大きくすることしかできなかった。
「はー…笑ったわ」
少女はそう言って、悲しみではなく、楽しさから出た涙を袖で拭った。
「あれ?お前、でっかくなってませんか?」
いつの間にやら、小さな少女は成長し(それでもちっちゃかったが)意思の強そうな鳶色の瞳を私に向ける。
その少女は見覚えがあった。
確か、ここに来る直前に会った奴だ。
しかし、どうにも記憶がハッキリしない。
何だかやたら長い名前だったような気がする。
「お前は…確か……ルイなんとか!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「誰がルイナントカよ!!」
わたしが叫ぶと、隣に居たミスタ・コルベールがビクっとしてこちらを見た。
「み、ミス・ヴァリエール?」
額に汗を垂らしながらそう言ったミスタ・コルベールを「へ?」等と間抜けな声を出して見る。
段々と記憶がはっきりしだす。
どうやらわたしは、ダネットの様子を見ている内に、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
何だか、やたら面白くて失敬な夢を見たきもするが、多分気のせいだろう。
わたしがそんな事を考えていると、ずっと目を覚まさなかったダネットが「ううん…」と言って、ゆっくりと目を開けた。
「ここは…」
どうやらダネットは寝ぼけているらしく、半分閉じている目でキョロキョロと周りを見渡す。
その目がわたしを見ると、ハッキリとした口調でわたしに話しかけてきた。
「ルイなんとか、お腹が空きました」
「ふぉれふぇふぁわふぁふぃふぉふふぁいふぁのふぇーひゃふふぉふぁふゅーふぉふぉふぃふゃんふぇ?」
「食べるか喋るかどっちかにしなさいよあんた」
目の前で、口いっぱいに食べ物を含んだダネットを叱りつつ、わたしは優雅にスープを口にした。
あれから、ダネットが目を覚ました後、メイドに食事を医務室に持ってこさせ、わたし達は少し早めの(とは言っても、外は徐々に薄暗くなり始める時間だったが)食事を始めていた。
ダネットは、始祖ブリミルに食前の感謝の祈りを捧げるわたしを珍しそうに見た後、それはもう凄い勢いで食事を始め、それを見て「マナーが悪い!」と叱りつけながら食事を取るわたし。
そんな光景を見て安心したのか、ミスタ・コルベールは今は席を外している。
先ほど、また叱られたダネットは少し顔を赤くすると、必死に口をもごもご動かし、口の中の食べ物を飲み込むと、もう一度わたしに話しかけた。
「それでは、私と使い魔の契約?とかいうのをしたのですね?」
その言葉を聞き、わたしはコクンと頷く。
それを見たダネットは、自分の左手を持ち上げ、複雑な刻まれた表情で使い魔のルーンを見つめた。
「あんたが気絶してた時に、勝手に契約しちゃった事は悪いと思ってる。でも、あの場ではああしないと…」
「私は殺されていたかもしれない?」
わたしの言葉を遮って発したダネットの言葉に少し表情を硬くし、わたしはまたコクンと一つ頷いた。
すると、ダネットはわたしに微笑みかけ、優しくこう言った。
「ありがとうございます」
まさか感謝されるとは思っていなかったわたしは「へ?」と言ってダネットを見る。
あれ程、契約を拒み続けたにもかかわらず、勝手に契約をしたとなれば、怒りの言葉の一つでも言い出すかもしれない。
そう考えて、反撃の言葉を用意していたのに。
そんなわたしを見て、ダネットは少し頬を膨らませ、こう言った。
「何ですか?私がお礼を言ったら変だとでも言うのですか?」
それを聞いたわたしが「まさか感謝されるなんて思ってなかったから」と答えると、ダネットは僅かに眉を上げ「まあ、勝手に使い魔にしたというのは納得いきませんが」と言った後、優しく微笑み、続けてこう言った。
「お前は、私を守ってくれた。だからお礼をした。当然の事です。」
それを聞いたわたしは、赤くなる顔を見られるのが恥ずかしかったので、プイと顔を背けた後、まくし立てるようにダネットに言う。
「あ、あんたがどう思おうが勝手だけど、これであんたはわたしの使い魔なんだからね!」
それを聞いたダネットは、自分の指を頬に当て、頭を傾げながら尋ねた。
「その使い魔なんですが、一体何をすればいいのですか?こんな風に一緒にご飯を食べていればいいのですか?」
「んな訳ないでしょうが!!」
それからわたしは、ダネットに使い魔というものを一つづつ話して聞かせる。
「まず、感覚の共有ね。あんたが見たものをわたしが見て、わたしが見たものをあんたが見る。」
「お前が見てるもの見えませんよ?」
「う…、わたしもじゃ、見えないから、あんたとじゃ駄目なのかも…じゃ、じゃあ次に、秘薬の材料集め!硫黄とか薬草とかを見つけて、それをわたしの所に持ってくるの!」
「いおう…?何ですかそれ?おいしいのですか?薬草って食べられる草とかでいいですか?」
「良くない!じゃあ雑用!!部屋の掃除とか洗濯とか!!」
「どれぐらい壊したり破いたりしていいですか?」
「いい訳ないでしょうがああああっ!!!!!!」
駄目だこいつ。ダメダメだ。ダメットだ。
でも、使い魔の役目はまだある。
とても大事な役目。それは。
「じゃあ最後……わたしを…わたしを守りなさい。」
そう言ってわたしは顔を伏せた。
拒絶の表情を浮かべるかもしれないダネットの顔を見るのが怖かったのだ。
確かに、ダネットは感謝の言葉を言ったにせよ、勝手に使い魔にされた事は納得していないと言った。
そんな相手を守る?守る訳が無い。
でも別にいい。どうせ今まで一人だったから。
使い魔は召喚でき、契約も出来た。だから進級は出来る。
馬鹿にされるかもしれないが、それも今まで通り。
だから大丈夫。わたしは大丈夫。
そう考えた私は、今にもこぼれそうな涙を堪えるため、きゅっと唇を咬んだ。
そんなわたしの耳に、ダネットの返事が聞こえる。
「そのつもりでしたし、別にいいですよ?」
その返事を聞いたわたしは、バッと顔を上げた。
そこに拒絶の表情は無く、あるのは優しい微笑み。
「お前は私を守ってくれました。だから私はお前を守ります。当然の事なのです。」
ダネットはそう言って、食事の続きを始めた。
それを聞いたわたしは、思わずこぼれてしまった涙を袖でごしごしと拭き、また赤くなってしまった顔を背けながら小さな声で「そう」とだけ返した。
それから、お互いにほぼ無言で食事を終えた。
そして、ふぅと息を付いたわたしは、どうしても言わなくてはいけない事を彼女に伝える為、彼女に話しかける。
「あのね…えと、ダネット…」
初めて自分の名前を呼ばれたダネットは、目をぱちくりさせながらわたしを見つめた。
「あんたが言ってた、世界を救ったって話…」
それを聞いたダネットは、それまでの穏やかな表情を硬く変え、じっと言葉の続きを待つ。
「やっぱり…信じられない」
はっきりと伝える。
それを聞いたダネットは、少し悲しそうな表情をし、「そうですか…」とだけ言って俯く。
でも、わたしの言葉は続いた。
「だけど、もし…もしあんたの話が本当だとわかったら、わたしは心からあんたに謝ろうと思う。」
それを聞いて顔を上げたダネットに、最後の言葉を投げかけた。
「それじゃ…駄目かしら?」
医務室で食事を終えたわたし達は、食器をメイドに片付けさせた後、わたしの部屋へと向かった。
結局、ダネットは最後のわたしの言葉に返事をする事無く、今は無言でわたしの部屋の窓から夜空を見上げていた。
喋らないダネットにどんな言葉をかけていいかわからず、手持ち無沙汰なわたしは寝巻きへと着替える。
本当はダネットにやらせるつもりだったのだが、まあそれは明日からでもいいだろう。
そう考え、脱いだ衣服を適当にまとめていたわたしの耳に、夜空を見上げたままのダネットの言葉が聞こえた。
「月が二つあります」
「月が二つあるのは当然でしょ?何言ってるの?」
意味がわからず、そう答えてダネットの方を見ると、彼女は夜空を見上げたままこう返した。
「私が今までいた所には、月は一つしかありませんでした」
ますます持って意味がわからない。
月が一つ?土地によってそう見える所でもあるのだろうか?
しかし、スヴェルの夜以外で月が一つに見えるなど聞いたことが無い。
「少なくとも、この辺じゃそんな場所聞いたことがないわ。」
それを聞いたダネットは「そう…ですか…」と答え、また空を見上げる。
「ま、まあ、わたしが今度、あんたがいた場所とか調べてあげるわよ。だから…元気だしなさい!」
わたしが顔を赤くしながら言った言葉を聞いたダネットは、きょとんとした顔でこちらを見た後、この部屋に来て最初の笑顔をようやく見せた。
ますます顔が赤くなるのを感じたわたしは、ばふっと毛布を被りながらダネットに言う。
「と、ともかく、今日はもう寝るわよ!ほら、あんたも寝なさい!」
それを聞いたダネットが呟く。
「私はどこで寝るんですか?」
しまった、全く考えていなかった。
一瞬、脳裏に床で寝せようかという考えがよぎるが、異性ならまだしも同性の、しかもそれなりに気に入ってしまった相手を床に寝せるのは気が引けてしまう。
しばらく思案した後、わたしは顔を毛布から出し、少しだけ身体をずらした後、そっぽを向きながら言った。
「きょ…今日はわたしのベッドで一緒に寝る事を許可するわ!あ…ありがたく思いなさいよね!」
こうして、わたしとダネットの一日は終わるのだった………で、済めば良かったのだが。
「お前!!もうちょっと横にいきなさい!!」
「ちょっと!!何でご主人様が使い魔より狭いスペースで寝なきゃいけないのよ!!」
「ご主人?誰がご主人だっていうんですか!」
「わたしよ!!」
「なっ…!!私はお前を守ってやるとは言いましたが、使い魔になったつもりはないのです!!」
「はあ!?ふざけんじゃないわよ!!つうかあんた!!お前お前って、いつになったら名前で呼ぶのよ!」
「お前はお前です!!お前の名前は長くて難しいのです!!」
「じゃあルイズ様って呼びなさいよ!!四文字よ!ほら!さっさと言いなさい!!」
「お前なんてルイなんとかで充分なのです!!」
「増えてんじゃないのよ!!六文字になってんじゃないのよ!!」
「ルイなんとかが嫌なら、お前です!!もう決めました!!お前ーお前ーお前ー!!」
「こ…この馬鹿亜人!!ダメ使い魔!!ダメット!!」
「セプー族です!!それに私はダネットです!!ダメじゃないのです!!」
「ダメットダメットダメットー!!!!」
「お前お前お前ー!!!!」
その怒鳴りあいは、夜遅くまで続いたのだった。
#navi(お前の使い魔)
#navi(お前の使い魔)
#setpagename( お前の使い魔 2話 )
あれから、気絶したダネットを医務室に運び、傷の手当をした後、わたしはすやすやと眠るダネットの横でその寝顔を見ていた。
横には神妙な顔でダネットの左手に浮かんだルーンをスケッチをしているミスタ・コルベールがいる。
本当は一人でダネットを見ておくつもりだったのだが、危険かもしれないというミスタ・コルベールの意見に押され、仕方なく同席という事になったのだ。
スケッチが終わったのか、手を休めたミスタ・コルベールが呟く。
「珍しいルーンですね……」
確かにダネットの手に浮かんだルーンは、わたしが図書館の本で見たどのルーンとも当てはまらないものだった。
だが、一生徒のわたしが知らないというのと、教師であるミスタ・コルベールが知らないというのでは大違いだ。
なのでわたしが少し首を傾げると、ミスタ・コルベールはダネットの左手を指差しながらこう言った。
「彼女に浮かんだ使い魔のルーンは、私が今まで見てきたどのルーンとも違います。そして、今まで使い魔召喚の儀で、彼女のような亜人を召喚したという記録はありません。これがどういう事かわかりますか? ミス・ヴァリエール」
その問いの意味をわたしは考え、一つの答えを出した。
「前例が無い……つまり、ダネットを召喚し、契約を行ったことで何が起きるかわからない……そういう事ですか?」
ミスタ・コルベールはその答えに頷き、こう言った。
「ミス・ヴァリエール。この件は学院長に相談してみようと思います。ですので、彼女が起きた後、しばらくは共に行動しないよう――」
「できません」
ミスタ・コルベールの言葉を途中で遮り、わたしはハッキリと自分の意思を伝えた。
「ですがミス・ヴァリエール……」
なおも説得を試みようとするミスタ・コルベールの方をしっかりと見たわたしは、言葉を続ける。
「メイジと使い魔は一心同体。違いますか?」
反論の言葉を考えているのか、ミスタ・コルベールは「むぅ……」とうなった後、反論の言葉が無かったのか、諦めた様子でわたしを見て「何かあったら、すぐに知らせるようにして下さい」とだけ言った。
わたしは、短く「わかりました」とだけ答えダネットに向き直ると、今だすやすやと眠るダネットの横顔を見て、きゅっと唇をかみ締めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は湖の上の小さな小船に乗っていた。
「なんですかここは?」
見覚えの無い、ゆらゆらと揺れる小船から湖の向こうの景色を眺めると、やはり見覚えの無いお城のような屋敷と綺麗な庭が見える。
「はて? これは一体」
首を傾げ、どうしてこんなところにいるのか考え込む。
五秒で頭からプスプスと煙が出るような感覚に襲われ「ま、まあ大丈夫です。うん。」と、取り合えず納得した時、小船の上にいる誰かの存在に気付いた。
それは、ほのかに桃色のような輝きを持つ金髪の少女。
少女は泣いていた。
泣いている理由は私にはわからなかったけれど、そのまま少女を放置できないと思い、優しく少女の肩に触れ、ゆっくりと抱きしめる。
最初、突然触られた事に少女はビクリとしたが、私の手に安心したのか、その身体を預け、彼女の胸で嗚咽を漏らす。
そんな風に泣いている少女の髪を優しく撫でた後、私は出来るだけ優しく話しかけてみた。
「なぜ泣いているのですか?」
すると、ピクンと少女の肩は震え、嗚咽混じりの声で途切れ途切れに答えた。
「わたしは……ひっぐ……わたしは貴族なのに魔法が使えないの……」
私はその答えに首を傾げると、疑問を投げかけてみる。
「きぞくって何ですか? それ、ホタポタより美味しいんですか?」
その疑問に、少女は呆けた顔を上げ、私の方を見つめた。
む。何だか馬鹿にされているような気がします。
「あなた、貴族を知らないの?」
きぞく……き族? 木? 木族? 水棲族みたいなものでしょうか?
そんな事を考え、頭の中で木を纏う種族を想像してみるが、やはり自分の記憶にはそんな種族はいない。
でもまあ、自分が知らないだけで、そういう種族もいるのだろうと考え直し、精一杯の虚勢を張ってみる。
「し、知ってます! 馬鹿にしないで下さい! 私は馬鹿じゃないのです! 知ってますよ? 木族ですよね? こう……もしゃーっと木を生やしてる奴です!」
私がそうやって身振り手振りで頭から木が生えてる様子を表現すると、唖然とした表情でそれを聞いていた少女は突然笑い出した。
「な……なんですか! やっぱり私を馬鹿にしてますね!? こう見えても私は頭が良いのです! ……まあ、人の名前を覚えるのは苦手ですけど……でも、最近は少しずつ覚えられるようになったのです!」
私がぷりぷり怒りながらそう言うと、少女は耐え切れなくなったのか、クスクスという笑いから、お腹を押さえて大笑いしだす。
それを見た私は、自分が知ったかぶりをしてしまったのがばれてしまったのだと思い、顔を真っ赤にしながら「ほんとは知っているのです!」と言ってみたが、それは少女の笑いを大きくすることしかできなかった。
「はー……笑ったわ」
少女はそう言って、悲しみではなく、楽しさから出た涙を袖で拭った。
「あれ? お前、でっかくなってませんか?」
いつの間にやら、小さな少女は成長し(それでもちっちゃかったが)意思の強そうな鳶色の瞳を私に向ける。
その少女は見覚えがあった。確か、ここに来る直前に会った奴だ。
しかし、どうにも記憶がハッキリしない。何だかやたら長い名前だったような気がする。
「お前は……確か……ルイなんとか!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「誰がルイナントカよ!!」
わたしが叫ぶと、隣に居たミスタ・コルベールがビクっとしてこちらを見た。
「み、ミス・ヴァリエール?」
額に汗を垂らしながらそう言ったミスタ・コルベールを「へ?」等と間抜けな声を出して見る。
段々と記憶がはっきりしだす。
どうやらわたしは、ダネットの様子を見ている内に、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
何だか、やたら面白くて失敬な夢を見た気もするが、多分気のせいだろう。
わたしがそんな事を考えていると、ずっと目を覚まさなかったダネットが「ううん……」と言って、ゆっくりと目を開けた。
「ここは……」
どうやらダネットは寝ぼけているらしく、半分閉じている目でキョロキョロと周りを見渡す。
その目がわたしを見ると、ハッキリとした口調でわたしに話しかけてきた。
「ルイなんとか、お腹が空きました」
「ふぉれふぇふぁわふぁふぃふぉふふぁいふぁのふぇーひゃふふぉふぁふゅーふぉふぉふぃふゃんふぇ?」
「食べるか喋るかどっちかにしなさいよあんた」
目の前で口いっぱいに食べ物を含んだダネットを叱りつつ、わたしは優雅にスープを口にした。
あれから、ダネットが目を覚ました後、メイドに食事を医務室に持ってこさせ、わたし達は少し早めの(とは言っても、外は徐々に薄暗くなり始める時間だったが)食事を始めていた。
ダネットは、始祖ブリミルに食前の感謝の祈りを捧げるわたしを珍しそうに見た後、それはもう凄い勢いで食事を始めた。それを見て「マナーが悪い!」と叱りつけながら食事を取るわたし。
そんな光景を見て安心したのか、ミスタ・コルベールは今は席を外している。
先ほど、また叱られたダネットは少し顔を赤くすると、必死に口をもごもご動かし、口の中の食べ物を飲み込むと、もう一度わたしに話しかけた。
「それでは、私と使い魔の契約? とかいうのをしたのですね?」
その言葉を聞き、わたしはコクンと頷く。
それを見たダネットは、自分の左手を持ち上げ、複雑な表情で使い魔のルーンを見つめた。
「あんたが気絶してた時に、勝手に契約しちゃった事は悪いと思ってる。でも、あの場ではああしないと……」
「私は殺されていたかもしれない?」
わたしの言葉を遮って発したダネットの言葉に少し表情を硬くし、わたしはまたコクンと一つ頷いた。
すると、ダネットはわたしに微笑みかけ、優しくこう言った。
「ありがとうございます」
まさか感謝されるとは思っていなかったわたしは「へ?」と言ってダネットを見る。
あれ程、契約を拒み続けたにもかかわらず、勝手に契約をしたとなれば、怒りの言葉の一つでも言い出すかもしれない。
そう考えて、反撃の言葉を用意していたのに。
そんなわたしを見て、ダネットは少し頬を膨らませ、こう言った。
「何ですか? 私がお礼を言ったら変だとでも言うのですか?」
それを聞いたわたしが「まさか感謝されるなんて思ってなかったから」と答えると、ダネットは僅かに眉を上げ「まあ、勝手に使い魔にしたというのは納得いきませんが」と言った後、優しく微笑み、続けてこう言った。
「お前は、私を守ってくれた。だからお礼を言った。当然の事です。」
その言葉を聞いたわたしは、赤くなる顔を見られるのが恥ずかしかったので、プイと顔を背けた後、まくし立てるようにダネットに言う。
「あ、あんたがどう思おうが勝手だけど、これであんたはわたしの使い魔なんだからね!」
それを聞いたダネットは、自分の指を頬に当て、頭を傾げながら尋ねた。
「えっと……その使い魔? なんですが、一体何をすればいいのですか?こんな風に一緒にご飯を食べていればいいのですか?」
「んな訳ないでしょうが!!」
それからわたしは、ダネットに使い魔というものを一つづつ話して聞かせる。
「まず、感覚の共有ね。あんたが見たものをわたしが見て、わたしが見たものをあんたが見る。」
「お前が見てるもの見えませんよ?」
「う……、わたしも見えないから、あんたとじゃ駄目なのかも……じゃ、じゃあ次に、秘薬の材料集め! 硫黄とか薬草とかを見つけて、それをわたしの所に持ってくるの!」
「いおう……? 何ですかそれ? おいしいのですか? 薬草って食べられる草とかでいいですか?」
「良くない! じゃあ雑用!! 部屋の掃除とか洗濯とか!!」
「どれぐらい壊したり破いたりしていいですか?」
「いい訳ないでしょうがああああっ!!!!!!」
駄目だこいつ。ダメダメだ。ダメットだ。
でも、使い魔の役目はまだある。
とても大事な役目。それは。
「じゃあ最後……わたしを……わたしを守りなさい。」
そう言ってわたしは顔を伏せた。
拒絶の表情を浮かべるかもしれないダネットの顔を見るのが怖かったのだ。
確かに、ダネットは感謝の言葉を言ったにせよ、勝手に使い魔にされた事は納得していないと言った。そんな相手を守る?守る訳が無い。
でも別にいい。どうせ今まで一人だったから。
使い魔は召喚でき、契約も出来た。だから進級は出来る。馬鹿にされるかもしれないが、それも今まで通り。
だから大丈夫。わたしは大丈夫。
そう考えた私は、今にもこぼれそうな涙を堪えるため、きゅっと唇を咬んだ。そんなわたしの耳に、ダネットの返事が聞こえる。
「そのつもりでしたし、別にいいですよ?」
その返事を聞いたわたしは、バッと顔を上げた。
そこに拒絶の表情は無く、あるのは優しい微笑み。
「お前は私を守ってくれました。だから私はお前を守ります。当然の事なのです。」
ダネットはそう言って、食事の続きを始めた。
それを聞いたわたしは、思わずこぼれてしまった涙を袖でごしごしと拭き、また赤くなってしまった顔を背けながら小さな声で「そう」とだけ返した。
何となく二人とも無言になり、静かに食事を終えた。
そして、ふぅと息を付いたわたしは、どうしても言わなくてはいけない事を彼女に伝える為、彼女に話しかける。
「あのね……えと、ダネット……」
初めて自分の名前を呼ばれたダネットは、目をぱちくりさせながらわたしを見つめた。
「あんたが言ってた、世界を救ったって話……」
それを聞いたダネットは、それまでの穏やかな表情を硬く変え、じっと言葉の続きを待つ。
「やっぱり……信じられない」
はっきりと伝える。
それを聞いたダネットは、少し悲しそうな表情をし、俯く。
そんなダネットにわたしは言葉を続ける。
「だけど、もし……もしあんたの話が本当だとわかったら、わたしは心からあんたに謝ろうと思う。」
それを聞いて顔を上げたダネットに、最後の言葉を投げかけた。
「それじゃ……駄目かしら?」
医務室で食事を終えたわたし達は、食器をメイドに片付けさせた後、わたしの部屋へと向かった。
結局、ダネットは最後のわたしの言葉に返事をする事無く、今は無言でわたしの部屋の窓から夜空を見上げていた。
喋らないダネットにどんな言葉をかけていいかわからず、手持ち無沙汰なわたしは寝巻きへと着替える。
本当はダネットにやらせるつもりだったのだが、まあそれは明日からでもいいだろう。
そう考え、脱いだ衣服を適当にまとめていたわたしの耳に、夜空を見上げたままのダネットの言葉が聞こえた。
「月が二つあります」
「月が二つあるのは当然でしょ? 何言ってるの?」
意味がわからず、そう答えてダネットの方を見ると、彼女は夜空を見上げたままこう返した。
「私が今までいた所には、月は一つしかありませんでした」
ますます持って意味がわからない。
月が一つ? 土地によってそう見える所でもあるのだろうか?
しかし、スヴェルの夜以外で月が一つに見えるなど聞いたことが無い。
「少なくとも、この辺じゃそんな場所聞いたことがないわ。」
それを聞いたダネットは「そうですか……」と答え、また空を見上げる。
「ま、まあ、わたしが今度、あんたがいた場所とか調べてあげるわよ。だから……元気だしなさい!」
わたしが顔を赤くしながら言った言葉を聞いたダネットは、きょとんとした顔でこちらを見た後、この部屋に来て最初の笑顔をようやく見せた。
ますます顔が赤くなるのを感じたわたしは、ばふっと毛布を被りながらダネットに言う。
「と、ともかく、今日はもう寝るわよ! ほら、あんたも寝なさい!」
それを聞いたダネットが呟く。
「私はどこで寝るんですか?」
しまった、全く考えていなかった。
一瞬、脳裏に床で寝せようかという考えがよぎるが、異性ならまだしも同性の、しかもそれなりに気に入ってしまった相手を床に寝せるのは気が引けてしまう。
しばらく思案した後、わたしは顔を毛布から出し、少しだけ身体をずらした後、そっぽを向きながら言った。
「きょ……今日はわたしのベッドで一緒に寝る事を許可するわ! あ……ありがたく思いなさいよね!」
こうして、わたしとダネットの一日は終わるのだった……で、済めば良かったのだが。
「お前!! もうちょっと横にいきなさい!!」
「ちょっと!! 何でご主人様が使い魔より狭いスペースで寝なきゃいけないのよ!!」
「ご主人? 誰がご主人だっていうんですか!」
「わたしよ!!」
「なっ……!! 私はお前を守ってやるとは言いましたが、使い魔になったつもりはないのです!!」
「はあ!? ふざけんじゃないわよ!! つうかあんた! お前お前って、いつになったら名前で呼ぶのよ!」
「お前はお前です!! お前の名前は長くて難しいのです!!」
「じゃあルイズ様って呼びなさいよ!! 五文字よ! ほら! さっさと言いなさい!!」
「お前なんてルイなんとかで充分なのです!!」
「増えてんじゃないのよ!! 六文字になってんじゃないのよ!!」
「ルイなんとかが嫌なら、お前です!! もう決めました!! お前ーお前ーお前ー!!」
「こ……この馬鹿亜人!! ダメ使い魔!! ダメット!!」
「セプー族です!! それに私はダネットです!! ダメじゃないのです!!」
「ダメットダメットダメットー!!!!」
「お前お前お前ー!!!!」
その怒鳴りあいは、夜遅くまで続いたのだった。
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