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#navi(未来の大魔女候補2人)
ルイズはジュディに起こされて目を覚ました。
ここ数日、部屋を共有するようになってから、ルイズはジュディに起こされていた。
こうも毎日、起こされていては、ルイズにも思う所がないわけではない。
『もしかして、私ってだらしがないのかしら?
こうも毎日ジュディに起こされるのが、その証拠よね。
これではいけないわ。ここはどうにかして、年上の威厳を示さないと、ヴァリエール家の沽券にかかわるわ』
朝食のパンを食べやすい大きさにちぎりながら、ルイズはここ数日の自分の行動を振り返っていた。
思い返してみれば、ジュディには情けない所ばかりを見られている。キュルケとのみっともない喧嘩に始まり、昨日の筋肉痛だ。細々とした出来事ならもっと多いだろう。
自分の行いを振り返ってみたルイズは、ハンマーに殴られたようなショックを感じて頭を抱え込んだ。
『こ、これは本当に如何にかしないと駄目だわ……
ここはひとつ、年上のレディの余裕と威厳を示さないとジュディに愛想を尽かされちゃうわ。
嫌っ! それだけは、何だか知らないけど嫌ッ!』
ルイズは両肩を抱いて身悶える。
ジュディは、ルイズの対面の椅子に腰掛けていて、その様子を不思議そうに眺めていた。
2人が朝食を摂っている場所は、食堂ではなくルイズの部屋であった。2人が向かい合って座る机には、バスケットに入ったパンとチーズ、そして今朝汲んできた井戸水が入った水差しが置かれている。
虚無の曜日は、大半の使用人にとっても休日であり、食堂の運営はなされていない。
そういうわけだから、生徒は自分達で食事の世話をしなければならない。生徒の自立心を養う。とは、オスマンの言である。
『何か良い案はないものかしら?』
しかめっ面を浮かべながら、パンを冷たい井戸水で喉の奥に流し込む。味わうことはせず、ただ黙々と、流れ作業的にパンを食んでいく。
会話らしい会話もなく、慎ましい朝食は終わりを告げた。
朝食の後、ルイズはテラスに出て空を眺めていた。
『妙案、何か良い解決法は…… 汚名を挽回する冴えたやり方は?』
薫風が吹く。陽の光をふんだんに浴びた緑の香りが鼻腔をくすぐり、穏やかな風が髪を撫でる。
テラスから見える景色は、森か草原ぐらいしかない。遠くには、小さな村の影がぽつぽつと見えるのだが、雄大な緑にまぎれてしまっている。
朝の気配がまださめやらぬこの時間、空気は僅かに朝露の湿りを帯び、降り注ぐ陽光は徐々に体を目覚めさせる。
「いいお天気ね。ルイズさんは、お出かけしないの?」
何時の間にかジュディはテラスから部屋に戻っており、出かける準備をしていた。その傍らのチェストの上には、ポセイドンが乗っている。
ルイズは、胸の前で組んでいた腕を解いて、小首を傾げる。
「何処かに出かけるの?」
「もう! さっき言ったでしょ?
いいお天気だからお散歩してくるって」
ジュディは頬をふくらませる。
ルイズが考え込んでいる間、ジュディは何かと話しかけていたのだが、ルイズは考え事に手一杯で、割と適当な受け答えをしていたのだ。
碌に話を聞いていなかったルイズは、流石にバツが悪く、平謝りをするしかない。
「ごめんなさい。ちょっと考え事してたから……」
「なにか悩み事があるの?」
悩んでいると聞くと、たちまちジュディの顔から怒りが消え、心配顔に変化する。ちょっとした百面相のようだ。
ルイズは小さく頭を振る。
「いえ、大したことはないのだけど……」
語尾が尻すぼみに小さくなり、ルイズは軽く俯いて黙り込んだ。そして、空中のあらぬ方向を見てブツブツと呟く。
「うん、お出かけか…… いいかも。そうよね?」
「ルイズさん?」
突然の奇行を見て、ジュディは益々心配げな顔でルイズに近づく。
「そうよ! そうだわ!」
「キャッ!?」
バネ仕掛けのおもちゃの様に機敏な動きで、ルイズは正面を向き直る。
急激な動きにジュディは吃驚した声を上げるが、ルイズは気にも留めずに捲し立てる。
「ジュディ! お出かけするわよ!」
「えっ? どこに?」
いきなりの提案に、ジュディは大きな瞳をさらに大きくして聞き返す。
「街によ! トリステインの城下街を見せてあげるわ!」
小鳥の囀りが風に乗り、開け放たれた窓から聞こえてくる。青く晴れ渡る空には、雲が早く流れていく。
この数日間続く陽気は心地よく、出かけるのには良い日和であった。
#center(){未来の大魔女候補2人 ~Judy & Louise~
第8話 前編『2人の魔女、その休日』}
王都トリスタニア。そこは、ハルケギニアでも指折りの歴史と伝統を誇る、トリステインの城下街である。
街は幾つかの通りで区分されており、貴族街と下町の間には大きな川が流れている。
そして、街の奥には、輝くばかりに白い王宮がそびえ、城下には白い石造りの街並みが広がっている。白い街並みは、城の秀麗さを引き立てる一因を担っている。
その城下街の大通り、ブルドンネ街には多くの露店が立ち並び、大勢の人々で賑わっていた。
幅5メイル程のその通りに、ルイズとジュディは居た。
ルイズは何時もの制服姿だが、ジュディは召喚された当初に着ていた紫のローブを着こみ、つば広のトンガリ帽子を被っている。
「すごいね、ルイズさん。こんなに人がいっぱいいるよ」
「そうでしょ。なんたって、このトリステインで一番大きな街なんだから当然よね」
ルイズは得意気な様子でそう話す。
それを聞いてか聞かずか、ジュディは瞳を輝かせ、物珍しそうに余所見をしながら歩いている。
「へ~ そうなんだ。
あっ、アレなんだろう? ねえねえ、あれなあに?」
「あれは、籠売りね。
ほら、キョロキョロしてたら迷子になるわよ」
そう言って、ジュディの手を軽く引く。
通りには、人が溢れんばかりに行きかっているため、気を抜いていると容易にはぐれてしまうだろう。
そして、それ以上に気をつける事がある。
「ほら、寄り道してると危ないわよ。ここには、スリが多いんだから。
気をつけて歩かなきゃダメよ」
「そんな事する人がいるの?」
ジュディは信じられないという顔で聞き返す。
ルイズは、それにひとつ頷いてから話し始めた。
「まあ、平民のスリが貴族を狙うって事は、そうそうないわね。
でも、魔法を使われたら一発で終わりよ」
「えー!? 術を悪い事に使う人がいるの?
オジイチャンが聞いたら怒りそう」
ジュディが祖父から教わった常識からいえば、術士が犯罪のために術を濫用するなど考えられない事である。
魔道士とは、真理の探究者である。五行の理を解き明かし、遥かな高みを目指すというのが一般的な魔道士の在り方だ。
その探究者たる魔道士が術を悪用するなど、ジュディには到底理解できないことであった。
真理を追い求める余りに外道に堕ちた者でさえも、その行動は術の探究に帰結する。そして、力を持った術士は、理由はどうであれ、俗世との関係を断ち切る傾向が強い。
つまり、術を究めようとする者は、術を至高のモノと崇める信奉者でもあり、それを下賤な犯罪に用いるわけがないのだ。
もっとも、魔道を探究する行動が犯罪に繋がることや、その落伍者が犯罪者に身を窶すことはままあるのだが、それはジュディのあずかり知らぬことである。
「貴族は全員がメイジだけど、メイジが貴族とは限らないのよ。
いろんな事情で、勘当されたり、家を捨てたりした貴族の次男坊とかが、身をやつして傭兵や犯罪者になった奴らも居るのよ。
そういう奴らは、魔法を悪用して犯罪を働くから気をつけなきゃいけないのよ。わかった?」
「うん。それで、これからどこに行くの?」
ジュディは今朝、ルイズに『街に行こう』としか聞いていないので、何処に行くのか知らないのだ。
「そうね……」
勿体ぶるように逡巡する。衝動に任せるような行動であったので、ルイズにも明確な計画というものはない。
しかし、街に来るまでの時間で、大まかな考えは出来ていた。
「先ずは、観光ね」
「観光?」
キョトンとした顔で、オウム返しに聞き返す。
「そうよ。先ずは、この街を見て回りましょう。
他じゃ見られない、珍しいモノも沢山あるわよ」
「どんな所に行くの」
「うーん、そうね。
時計塔なんかどう? ほらあそこに見えるあれよ」
そう言ってルイズは、市中に聳えるひときわ高い塔を指差した。
その塔の上部には、時計盤が4つ付いており、どの方角から見ても時間が確認できる造りになっている。
乳白色の時計塔は、至る所に精緻な彫刻がなされており、見る者に感嘆の感情を喚起させる。
その時計塔は登る事もでき、そこから望む景色は一見の価値ありだ。
「すごくおっきいね」
「そうでしょうとも。なんたってこの街のシンボルの1つだからね。
あと他には、美術館や博物館もあるわよ。
このトリステインの素晴らしい歴史や、芸術を勉強するのも面白いわね。
トリステインはね、始祖の3人いた子供の内の1人が作った国なのよ。
ガリア、アルビオン、ロマリアと並んで古い歴史を持っていて、文化では断然トリステインが一番ね。それで……」
ルイズは訥々と語る。
その内容は、歴史講釈なのか、お国自慢なのか、良く分からないモノであった。
一つ言える事があるならば、博物館は行かなくても十分だろう。
「さて、何処から見てまわろうかしら? ジュディは何処からが良い?」
言いたい事を言い終えたルイズは、何処からまわろうかと相談を持ち掛ける。だが、ジュディからの反応はない。
「ジュディ?」
返事が返ってこない事を訝しみ振り向くが、ジュディの姿はそこにはなかった。繋いでいた手も、いつの間にか離れており、ルイズは呆然と立ち尽くすのであった。
◆◇◆
「う~ん」
サイトは、地図を穴が開かんばかりに見つめ、唸っていた。
場所は、大通りから別の通りへと抜ける道の入口角。
華やかで、活気に溢れたブルドンネ街とは打って変わって、そこにはゴミが散乱し、汚水が水溜りをつくっているのが窺える。
背の高い建物に挟まれたそこは、あまり陽があたらず、行き交う人もまた少ない。
「ここの筈なんだけどな~」
そう言って、サイトは地図から顔をあげて路地裏を覗きこむ。
今までの道のりを思い出し、手書きの地図に照らし合わせると、いま立っている場所が目的地の筈である。
しかし、いくら周りを見渡しても目的の店は見つからない。
サイトは首を捻ってうんうんと唸る。
「あの、サイトさん? やっぱり迷ったんじゃないですか?」
「え? そ、そんな事ないよ。ちょっと道を間違えただけだから、全然大丈夫。すぐに見つかるよ」
「でも……」
サイトを見つめるシエスタの瞳は、疑惑と信頼の間で揺れ動いていた。
傍から見ていても、サイトの言動は信用に足るものではない。そこで迷うのは、シエスタが特別な感情を抱いているからか。
「ああっと!」
サイトは大声を上げて、如何にか誤魔化そうとする。
「そ、そういえば! 今日の予定を何の相談もなしに決めてごめんね」
「い、いえ! そんな事ないです。
お陰で街にも来られましたし、何より交通費も抑えられて文句なんかないです」
シエスタは、とんでもないと大袈裟に両手を振って否定する。
「そう? そう言ってくれると助かるなぁ。あの先生の頼みだと、断れないんだよね。
まあ、交通費も出してくれたし、お釣りも懐に入れていいっていうし、文句は言えないよな」
2人が城下街に居る理由は、昨日の夕方まで遡る。
夕日が西の山脈の向こう側に沈もうという時間、見渡す限りが炎に包まれたかの如く朱に染まる草原に、サイトとコルベールは居た。
既に一通りの実験は終わり、草原に残っているのは、後片付けをしているサイトと機器を弄っているコルベールだけだ。
サイトが機器を一ヶ所に集め終えると、コルベールはおもむろに切り出した。
「サイト君、私はこれから実験結果の解析に掛かりきりになる。しかし、必要な物が足りない。
そこで、お使いに行って来てくれないかね?」
「どこにですか?」
「明日、城下街の秘薬屋へだ。交通費は出そう」
「お釣りは?」
「取っておきなさい」
「マッハ・ラジャー!!(音速で了解)」
こんなやり取りがあったとか、なかったとか。
閑話休題。
サイトは、手に持った地図を縦にしたり横にしたりと忙しなく動かす。
「えー、あー、うーん?
ココがこうだから、あー行ってこー行って…… うーん」
「…………」
シエスタは既に諦念の境地に至っていた。
彼女が今考えているのは、どうやればサイトに恥をかかせず正すことが出来るかという事だ。
地図を読んで目的地までサイトを連れていくのは、シエスタならば容易いだろう。幾度か使いに出された経験や、裏通りに知り合いの店があることも相まって、裏道にも詳しく、サイトよりも断然、城下街の地理には明るい。
お調子者で能天気なサイトであるが、変に意固地なところや、妙にプライドが高いところがあることをシエスタは知っていた。
女の自分が男のサイトを押しのけて先導するような真似をしては、彼を傷つける事になるのではないかと考えるのである。
「うーん…… 文字が読めないっていうのは、ホント不便だよな~
あ~…っと、もしかして逆さまかな?」
「ええと……」
相変わらずサイトは地図を睨んでウンウン唸り、シエスタはシエスタで助けていいものか手をこまねいている。
二進も三進も行かずに、間誤付いている2人に小さな影が近づく。
それに気が付いたのは、シエスタであった。サイトはますます泥沼にはまっている。
「サイト君、シエスタさん、こんにちは。2人でお出かけ?」
「あっ…と、確か、ジュディちゃん、でしたよね?」
シエスタは、記憶を辿って、どうにかジュディの事を思い出す。
2人が言葉を交わしたのは2日前の事であるが、あの時は、切羽詰まった出来事の後だったという事もあり、サイト以外の事は、碌に憶えていないシエスタであった。
「そうだよ。こんな道の端っこで、ドウしたの?」
「いや、ええと、店を探しててね……」
「お店?」
「コルベール先生からお使いを頼まれてね。
それで、探してるんだけど、全然見つからないんだよ。ち、地図が悪いのかなぁ あはは……」
サイトは、手書きの地図をヒラヒラと振って、言い訳がましい説明する。
ジュディに対して後ろめたい事など何もないはずなのだが、その様な言い方をしてしまう程に、サイトは焦っているという事だった。
「そうなの? でもごめんね。はじめてきた場所だから、わたしも分からないの」
「い、いや、ジュディちゃんが謝ることじゃないって」
「でも、ルイズさんなら何か知ってるかも。ちょっと待っててね……」
ジュディはそう言うと、目を瞑って精神を集中させた。
「出てきて、イアぺトス!
上から、ルイズさんを探して連れて来てちょうだい」
ジュディの呼びかけに応え、熱風と共に小さな赤い竜が出現した。それは、ジュディが抱きかかえられる程の大きさである。
イアぺトスと呼ばれた赤い竜は、ジュディの命令を聞くと、直ぐに天空へと舞い上がり、何度か旋回をしてから、視界の外へと消えていった。
サイトもシエスタも、魔法には疎いので、起きた事の異常性については理解できなかった。イアぺトスが何処からともなく現れた事にしても、そういうものなのだろういう認識である。
イアぺトスが飛んでいった方向を見ながら、サイトが口を開く。
「あれが使い魔ってやつ?」
「うん、わたしのファミリアで『イアぺトス』だよ」
「ふーん。あんなの、餌やりの時に居たっけな?」
「でも凄いですね。なにもない所から、ドラゴンが出てきましたよ!
ドラゴンを使い魔にしているなんて、もしかしてジュディちゃんって、かなり凄いんじゃありませんか!?」
使い魔の餌やりも担当しているサイトは、見覚えのない事に首を捻るが、全部が全部、把握しているわけでもないので、その疑問は直ぐに消え去った。
シエスタは、初めて間近でドラゴンを見た事に興奮して、ジュディを褒め千切る。
「そんな事ないよ。普通だよ。
もし凄いとしたら、教えてくれたオジイチャンやおかあさんが凄いんだと思うよ」
手放しに褒められ、ジュディは照れながら答える。
そうこうしていると、やがて、イアぺトスは戻ってきた。行儀よくジュディの肩にとまる。
「ごくろうさま、イアぺトス」
ジュディが顎の下を撫でてやると、イアぺトスは嬉しそうに目を細める。
「もう直ぐルイズさんが来るって言ってるよ」
「本当ですか? 有り難う御座います。良かったですね、これで早く着きますよ」
「う、うん。まあ、もう少しでたどり着けただろうけど、案内してもらった方が早く着くかな?」
「もう、サイトさんってば!」
「いや、本当だって! もう少しで地図を読み解けたんだってば!」
そんな風にサイトが言い訳をしていると、突如、イアぺトスが一声鳴いた。
イアぺトスと意識を共有しているジュディは、それだけで何が言いたいのかを正確に把握できる。
そして、おもむろに人込みの一角を指し示した。
「ほら、もう来るよ」
「ジュディ! ファミリアは気軽に見せちゃ駄目って言われてるでしょ!」
人込みをかき分けて現れたルイズは、開口一番に説教を始めた。
◆◇◆
暗闇に、一条の光が射し込んだ。
そこは、滅多に人が入り込まぬ場所であった。
分厚い石の壁で固められ、外界とを結ぶ唯一の扉は鋼鉄製の頑丈な造りだ。
閂が外される音が響き、2人の男女が足を踏み入れてくる。
男が先頭に立ち、片手にはランプを携えている。男の後ろに立つ女は、ハンカチを口に当てて埃を吸いこまないようにしている。
ランプに灯る淡い光によって、闇が追い払われた。
「さて、ここから目当てのものを探し出すのは少し骨ですな。
大体の場所が分かっているとはいえ、ロクに整理されていない場所ですから」
「ここが、宝物庫、ですか……」
足を踏み出す度に、床に積もった綿埃が舞い上げられる。
宝物庫には、多種多様な美術品やマジックアイテムが所狭しと置かれており、その全てが薄っすらと埃を被っている。例外はない。
男が後ろを振り向かずに、女に話しかける。
「そういえば、ミス・ロングビルはここに入るのは初めてでしたな」
「ええ。学院長の秘書とはいえ、新参者にはおいそれとは入れない場所ですから……」
「ガラクタも多いですが、貴重品も多いですからなぁ」
宝物庫に入ってきたのは、コルベールとロングビルであった。時間は午前、平日ならば、授業が行われている時間である。
「それにしても、この宝物庫は立派な造りですわね。
これほど頑丈な造りなら、賊は入り込めないでしょうね?」
「そうでしょうな。
なんでも、スクウェアメイジが数人がかりであらゆる魔法に対抗できるように設計したそうで、突破するのは事実上不可能でしょうな」
「なるほど……
よくご存じでいらっしゃいますわ。本当に感心しますわ、ミスタ・コルベールは物知りでいらっしゃいますこと」
ロングビルは熱っぽい瞳を向ける。
その艶やかな表情を直視できずに、コルベールは顔を赤らめた。
「い、いやぁ…… 照れますな。
しかし、この宝物庫といえど弱点がないわけではないのですよ?」
「……と、言うと?」
一瞬、ロングビルの目が鋭くなる。それはまるで、獲物を狙う猛禽の目の様だ。
だが、声は穏やかなままに先を促す。
コルベールは顔をそむけたままである。もしも彼が、その瞬間を目撃していたなら、何かに気が付いただろう。
しかし現実は、美人秘書にドギマギする冴えない中年が居るだけである。
「それは…… 物理的な衝撃です。
例えば、巨大なゴーレムが力任せに殴りつけたりすれば、破壊される可能性があります」
「巨大なゴーレムが?」
「ええ、例えばの話です。
要するに、強力な物理的破壊を実現するものならば何でもいいのです。巨大な杭打ち機とか」
「なるほど、興味深い話ですわ。知的な男性というのは、素敵ですわね」
ロングビルが興味深く頷く。
その言葉を受けて、コルベールは気を良くして話を続けていく。
「つまり、壁の基本材質が石なのが問題なのです。
一から作り変えるのは不可能ですから、新たに周りを鉄などの頑丈な金属で覆い、それに硬化や固定化を掛ければ問題は解決するのです。
ですが、学院長はそこまでする必要はないとおっしゃいますし、第一、予算も組めないとかで、今のところ解決は、先送りされているのです。
嗚呼、私に任せていただければ、素晴らしいモノに仕上げられるのに……」
さも残念そうにコルベールは言う。
適当に相槌を打つロングビルは、コルベールの眼が自分を映していない事に気が付いた。
確かに視線はロングビルに向いているのだが、眼は爛々と輝き、何処か遠くを見ているようだ。
「よいですかな? 金属で周りを囲むといっても、分厚い鉄の壁にするわけではないのです。
幾つもの特性の異なる金属板を幾重にも重ねて……」
「あ、あの、ミスタ? お喋りはそこまでにして、早く目的を果たして終わらせませんか?」
ブツブツと続けるコルベールをロングビルが制止する。
その声で我に返ったコルベールは、宝物庫に来た理由を思い出した。
「む? それもそうですな。昨日の実験の分析をしなければなりませんし、ミス・ロングビルもプライベートがありますからな」
「ええ。こんな事は、早くに終わらせましょう」
ロングビルは心底同意する。この学院には、変態しか居ないという事を改めて見せつけられ、辟易している様子だ。
「全くです。それにしてもあのジジイ、休日にこき使うとは何を考えているのでしょう。
用事があるなら昨日の内に言うか、明日にして貰いたいですな」
「学院長にも困ったものですわね……」
そう言いながら2人は、部屋の奥へと足を踏み出す。
2人が宝物庫に来た理由は、会話からも分かる通り、オスマンの要請を受けてのことであった。
オスマンは、あるモノを宝物庫から探してきてほしいと頼んだのである。なのだが、宝物庫はロクに整理されておらず、此処から探し出すのは、骨が折れそうな作業である。
目録は一応あるのだが、それは随分と前に作られたものであるようで、実際に見比べてみると、棚の配置や収められている物の場所が変わっている。
これでは、参考程度にしか役に立たない。事によっては、全く見当違いの場所を探す羽目にもなりかねないだろう。
宝物庫の無秩序な有様に、ロングビルが不安げに呟く。
「それにしても、いったい何年整理されていないのでしょうか? ここは」
「さて? 年に一度、大掃除をするのですが、この有様だと当番の者が手抜きをしているようですな」
後ろを振り向くと、2人分の足跡が点々と残っている。それはまるで、暗闇と埃臭いのを考慮しなければ、新雪を踏み分けた跡の様だ。
一歩足を踏み出す毎に、埃が舞い散る。
コルベールは、浮遊する埃を手で払いながら先に進む。
「まあ、物がある場所は、学院長の私用スペースなので、場所は変わっていないはずです。
ですから、すぐに見つかるでしょう。はい」
「そうだとよいのですが……」
結論から言うと、ロングビルの不安は現実のものとなった。
目的の場所にたどり着き、足を止めると、そこには小山があった。一見、ガラクタにしか見えないような物がうず高く積まれている。
2人は絶句し、呆然となる。
「……ここから探し出すのですか?」
「いやはや…… これは予想外ですな。前見た時よりも3割増しといったところですかな?」
「まったく……
ガラクタばかりを良く集めたものです。これなんて、いったい何に使うのでしょう?」
そう言ってロングビルは、無造作に棚に置かれていた金属製の楕円体を持ち上げた。
それは見かけによらず、ずっしりと重く、南国の果実のような形をしている。
ロングビルは、しばらくそれを眺めていたが、結局、物の正体がつかめずに元の場所に戻す。
オスマンの私用スペースだというそこは、他にも沢山、正体不明のモノが安置されている。
小さな木箱に入っている乾燥した木の実。そろばんと合わさった様な奇妙な杖。オレンジ色の液体で満たされ、開口部には布が詰められているガラス瓶。
等々……
一様として、その価値が図れない物品だらけである。
「まあ、探すモノは分かっているのですから、そう時間はかからないでしょう」
「探すモノは何でしたでしょうか?」
「えーと、このメモによると『禁断の石板』に『聖なる指輪』だそうです」
ロングビルは眉根を寄せる。
「……石板はまだしも、この中から指輪を見つけ出すのは無理なのでは?」
「いえいえ。タグも付いていますし、そういう細々としたものは纏めて置かれているはずです。
……おそらく」
当てにならないその言葉に、ロングビルは嘆息を漏らす。
とりあえずロングビルは、目の前の積み上げられた、ガラクタの山にしか見えないそれに手を掛けた。
すると、その瞬間まで保たれていたバランスが崩れる。
大量の箱が、書物が、ロングビルに降り注ぐ。
「っ! 危ない!」
コルベールがそう叫び終わるのを待たずに、ロングビルはガラクタの波にのみ込まれ、姿がそれに埋もれてしまった。
雪崩がおさまると、コルベールは慌てて駆け寄って、安否を呼び掛けながら、ガラクタの撤去を始める。
「大丈夫ですか!? ミス・ロングビル!
あれほど崩れやすいと注意したでしょう!」
ガラクタの山をかき分けると、ほどなくしてロングビルは救出された。コルベールに手を引かれて、なんとか起き上がる。
幸い崩れた物はさほど重たくはなかったようで、外傷はない。
外傷はないのだが、ロングビルの格好は酷いものであった。体は埃に塗れ、整えられていた髪は乱れに乱れている。
倒れた拍子に落とした眼鏡をかけ直しながら、怒りを露にする。
「まったく! 何なのですか、これは!」
憤慨するロングビルの姿は、正に怒り心頭といった具合であり、ここには居ない学院長の顔を思い浮かべて、近くにある箱を踏みつける。
『柳眉を逆立てるその姿も素敵ですぞ』
などと考えながら、じっくりとその様子を観察するコルベールであったが、ある事に気が付く。先程までなかったものが、ロングビルの右腕に付いているのだ。
コルベールが気が付いて、ロングビルが気が付かないという事はあり得ない。
程なくして、少し怒りの収まった彼女も違和感に気が付き、いつの間にか重たくなった右腕を見やる。
その右腕には、いつの間にかガントレットがはまっていた。そのガントレットは、石とも金属ともとれぬ材質で出来ており、中央には蒼の宝玉が埋まっている。
「何時の間に……?」
「はて? 先ほどの雪崩で、偶然にはまったのでしょうか?」
2人は不思議な事もあるものだと、首を傾げる。
こんな偶然があるものなのかと訝しみながら、ロングビルはガントレットを外そうとして、手を止めた。
なぜならば、ソレには継ぎ目というモノが存在していなかったからである。いくら目を凝らしても、ソレには留め金も何も付いてはいない。
無理矢理に引っ張ってみても全く動かず、まるで肌に吸い付いているかのようだ。
「は、外れない……?」
ロングビルは愕然とした表情で呟いた。
後半へ続く
#navi(未来の大魔女候補2人)
#navi(未来の大魔女候補2人)
ルイズはジュディに起こされて目を覚ました。
ここ数日、部屋を共有するようになってから、ルイズはジュディに起こされていた。
こうも毎日、起こされていては、ルイズにも思う所がないわけではない。
『もしかして、私ってだらしがないのかしら?
こうも毎日ジュディに起こされるのが、その証拠よね。
これではいけないわ。ここはどうにかして、年上の威厳を示さないと、ヴァリエール家の沽券にかかわるわ』
朝食のパンを食べやすい大きさにちぎりながら、ルイズはここ数日の自分の行動を振り返っていた。
思い返してみれば、ジュディには情けない所ばかりを見られている。キュルケとのみっともない喧嘩に始まり、昨日の筋肉痛だ。細々とした出来事ならもっと多いだろう。
自分の行いを振り返ってみたルイズは、ハンマーに殴られたようなショックを感じて頭を抱え込んだ。
『こ、これは本当に如何にかしないと駄目だわ……
ここはひとつ、年上のレディの余裕と威厳を示さないとジュディに愛想を尽かされちゃうわ。
嫌っ! それだけは、何だか知らないけど嫌ッ!』
ルイズは両肩を抱いて身悶える。
ジュディは、ルイズの対面の椅子に腰掛けていて、その様子を不思議そうに眺めていた。
2人が朝食を摂っている場所は、食堂ではなくルイズの部屋であった。2人が向かい合って座る机には、バスケットに入ったパンとチーズ、そして今朝汲んできた井戸水が入った水差しが置かれている。
虚無の曜日は、大半の使用人にとっても休日であり、食堂の運営はなされていない。
そういうわけだから、生徒は自分達で食事の世話をしなければならない。生徒の自立心を養う。とは、オスマンの言である。
『何か良い案はないものかしら?』
しかめっ面を浮かべながら、パンを冷たい井戸水で喉の奥に流し込む。味わうことはせず、ただ黙々と、流れ作業的にパンを食んでいく。
会話らしい会話もなく、慎ましい朝食は終わりを告げた。
朝食の後、ルイズはテラスに出て空を眺めていた。
『妙案、何か良い解決法は…… 汚名を挽回する冴えたやり方は?』
薫風が吹く。陽の光をふんだんに浴びた緑の香りが鼻腔をくすぐり、穏やかな風が髪を撫でる。
テラスから見える景色は、森か草原ぐらいしかない。遠くには、小さな村の影がぽつぽつと見えるのだが、雄大な緑にまぎれてしまっている。
朝の気配がまださめやらぬこの時間、空気は僅かに朝露の湿りを帯び、降り注ぐ陽光は徐々に体を目覚めさせる。
「いいお天気ね。ルイズさんは、お出かけしないの?」
何時の間にかジュディはテラスから部屋に戻っており、出かける準備をしていた。その傍らのチェストの上には、ポセイドンが乗っている。
ルイズは、胸の前で組んでいた腕を解いて、小首を傾げる。
「何処かに出かけるの?」
「もう! さっき言ったでしょ?
いいお天気だからお散歩してくるって」
ジュディは頬をふくらませる。
ルイズが考え込んでいる間、ジュディは何かと話しかけていたのだが、ルイズは考え事に手一杯で、割と適当な受け答えをしていたのだ。
碌に話を聞いていなかったルイズは、流石にバツが悪く、平謝りをするしかない。
「ごめんなさい。ちょっと考え事してたから……」
「なにか悩み事があるの?」
悩んでいると聞くと、たちまちジュディの顔から怒りが消え、心配顔に変化する。ちょっとした百面相のようだ。
ルイズは小さく頭を振る。
「いえ、大したことはないのだけど……」
語尾が尻すぼみに小さくなり、ルイズは軽く俯いて黙り込んだ。そして、空中のあらぬ方向を見てブツブツと呟く。
「うん、お出かけか…… いいかも。そうよね?」
「ルイズさん?」
突然の奇行を見て、ジュディは益々心配げな顔でルイズに近づく。
「そうよ! そうだわ!」
「キャッ!?」
バネ仕掛けのおもちゃの様に機敏な動きで、ルイズは正面を向き直る。
急激な動きにジュディは吃驚した声を上げるが、ルイズは気にも留めずに捲し立てる。
「ジュディ! お出かけするわよ!」
「えっ? どこに?」
いきなりの提案に、ジュディは大きな瞳をさらに大きくして聞き返す。
「街によ! トリステインの城下街を見せてあげるわ!」
小鳥の囀りが風に乗り、開け放たれた窓から聞こえてくる。青く晴れ渡る空には、雲が早く流れていく。
この数日間続く陽気は心地よく、出かけるのには良い日和であった。
#center(){未来の大魔女候補2人 ~Judy & Louise~
第8話 前編『2人の魔女、その休日』}
王都トリスタニア。そこは、ハルケギニアでも指折りの歴史と伝統を誇る、トリステインの城下街である。
街は幾つかの通りで区分されており、貴族街と下町の間には大きな川が流れている。
そして、街の奥には、輝くばかりに白い王宮がそびえ、城下には白い石造りの街並みが広がっている。白い街並みは、城の秀麗さを引き立てる一因を担っている。
その城下街の大通り、ブルドンネ街には多くの露店が立ち並び、大勢の人々で賑わっていた。
幅5メイル程のその通りに、ルイズとジュディは居た。
ルイズは何時もの制服姿だが、ジュディは召喚された当初に着ていた紫のローブを着こみ、つば広のトンガリ帽子を被っている。
「すごいね、ルイズさん。こんなに人がいっぱいいるよ」
「そうでしょ。なんたって、このトリステインで一番大きな街なんだから当然よね」
ルイズは得意気な様子でそう話す。
それを聞いてか聞かずか、ジュディは瞳を輝かせ、物珍しそうに余所見をしながら歩いている。
「へ~ そうなんだ。
あっ、アレなんだろう? ねえねえ、あれなあに?」
「あれは、籠売りね。
ほら、キョロキョロしてたら迷子になるわよ」
そう言って、ジュディの手を軽く引く。
通りには、人が溢れんばかりに行きかっているため、気を抜いていると容易にはぐれてしまうだろう。
そして、それ以上に気をつける事がある。
「ほら、寄り道してると危ないわよ。ここには、スリが多いんだから。
気をつけて歩かなきゃダメよ」
「そんな事する人がいるの?」
ジュディは信じられないという顔で聞き返す。
ルイズは、それにひとつ頷いてから話し始めた。
「まあ、平民のスリが貴族を狙うって事は、そうそうないわね。
でも、魔法を使われたら一発で終わりよ」
「えー!? 術を悪い事に使う人がいるの?
オジイチャンが聞いたら怒りそう」
ジュディが祖父から教わった常識からいえば、術士が犯罪のために術を濫用するなど考えられない事である。
魔道士とは、真理の探究者である。五行の理を解き明かし、遥かな高みを目指すというのが一般的な魔道士の在り方だ。
その探究者たる魔道士が術を悪用するなど、ジュディには到底理解できないことであった。
真理を追い求める余りに外道に堕ちた者でさえも、その行動は術の探究に帰結する。そして、力を持った術士は、理由はどうであれ、俗世との関係を断ち切る傾向が強い。
つまり、術を究めようとする者は、術を至高のモノと崇める信奉者でもあり、それを下賤な犯罪に用いるわけがないのだ。
もっとも、魔道を探究する行動が犯罪に繋がることや、その落伍者が犯罪者に身を窶すことはままあるのだが、それはジュディのあずかり知らぬことである。
「貴族は全員がメイジだけど、メイジが貴族とは限らないのよ。
いろんな事情で、勘当されたり、家を捨てたりした貴族の次男坊とかが、身をやつして傭兵や犯罪者になった奴らも居るのよ。
そういう奴らは、魔法を悪用して犯罪を働くから気をつけなきゃいけないのよ。わかった?」
「うん。それで、これからどこに行くの?」
ジュディは今朝、ルイズに『街に行こう』としか聞いていないので、何処に行くのか知らないのだ。
「そうね……」
勿体ぶるように逡巡する。衝動に任せるような行動であったので、ルイズにも明確な計画というものはない。
しかし、街に来るまでの時間で、大まかな考えは出来ていた。
「先ずは、観光ね」
「観光?」
キョトンとした顔で、オウム返しに聞き返す。
「そうよ。先ずは、この街を見て回りましょう。
他じゃ見られない、珍しいモノも沢山あるわよ」
「どんな所に行くの」
「うーん、そうね。
時計塔なんかどう? ほらあそこに見えるあれよ」
そう言ってルイズは、市中に聳えるひときわ高い塔を指差した。
その塔の上部には、時計盤が4つ付いており、どの方角から見ても時間が確認できる造りになっている。
乳白色の時計塔は、至る所に精緻な彫刻がなされており、見る者に感嘆の感情を喚起させる。
その時計塔は登る事もでき、そこから望む景色は一見の価値ありだ。
「すごくおっきいね」
「そうでしょうとも。なんたってこの街のシンボルの1つだからね。
あと他には、美術館や博物館もあるわよ。
このトリステインの素晴らしい歴史や、芸術を勉強するのも面白いわね。
トリステインはね、始祖の3人いた子供の内の1人が作った国なのよ。
ガリア、アルビオン、ロマリアと並んで古い歴史を持っていて、文化では断然トリステインが一番ね。それで……」
ルイズは訥々と語る。
その内容は、歴史講釈なのか、お国自慢なのか、良く分からないモノであった。
一つ言える事があるならば、博物館は行かなくても十分だろう。
「さて、何処から見てまわろうかしら? ジュディは何処からが良い?」
言いたい事を言い終えたルイズは、何処からまわろうかと相談を持ち掛ける。だが、ジュディからの反応はない。
「ジュディ?」
返事が返ってこない事を訝しみ振り向くが、ジュディの姿はそこにはなかった。繋いでいた手も、いつの間にか離れており、ルイズは呆然と立ち尽くすのであった。
◆◇◆
「う~ん」
サイトは、地図を穴が開かんばかりに見つめ、唸っていた。
場所は、大通りから別の通りへと抜ける道の入口角。
華やかで、活気に溢れたブルドンネ街とは打って変わって、そこにはゴミが散乱し、汚水が水溜りをつくっているのが窺える。
背の高い建物に挟まれたそこは、あまり陽があたらず、行き交う人もまた少ない。
「ここの筈なんだけどな~」
そう言って、サイトは地図から顔をあげて路地裏を覗きこむ。
今までの道のりを思い出し、手書きの地図に照らし合わせると、いま立っている場所が目的地の筈である。
しかし、いくら周りを見渡しても目的の店は見つからない。
サイトは首を捻ってうんうんと唸る。
「あの、サイトさん? やっぱり迷ったんじゃないですか?」
「え? そ、そんな事ないよ。ちょっと道を間違えただけだから、全然大丈夫。すぐに見つかるよ」
「でも……」
サイトを見つめるシエスタの瞳は、疑惑と信頼の間で揺れ動いていた。
傍から見ていても、サイトの言動は信用に足るものではない。そこで迷うのは、シエスタが特別な感情を抱いているからか。
「ああっと!」
サイトは大声を上げて、如何にか誤魔化そうとする。
「そ、そういえば! 今日の予定を何の相談もなしに決めてごめんね」
「い、いえ! そんな事ないです。
お陰で街にも来られましたし、何より交通費も抑えられて文句なんかないです」
シエスタは、とんでもないと大袈裟に両手を振って否定する。
「そう? そう言ってくれると助かるなぁ。あの先生の頼みだと、断れないんだよね。
まあ、交通費も出してくれたし、お釣りも懐に入れていいっていうし、文句は言えないよな」
2人が城下街に居る理由は、昨日の夕方まで遡る。
夕日が西の山脈の向こう側に沈もうという時間、見渡す限りが炎に包まれたかの如く朱に染まる草原に、サイトとコルベールは居た。
既に一通りの実験は終わり、草原に残っているのは、後片付けをしているサイトと機器を弄っているコルベールだけだ。
サイトが機器を一ヶ所に集め終えると、コルベールはおもむろに切り出した。
「サイト君、私はこれから実験結果の解析に掛かりきりになる。しかし、必要な物が足りない。
そこで、お使いに行って来てくれないかね?」
「どこにですか?」
「明日、城下街の秘薬屋へだ。交通費は出そう」
「お釣りは?」
「取っておきなさい」
「マッハ・ラジャー!!(音速で了解)」
こんなやり取りがあったとか、なかったとか。
閑話休題。
サイトは、手に持った地図を縦にしたり横にしたりと忙しなく動かす。
「えー、あー、うーん?
ココがこうだから、あー行ってこー行って…… うーん」
「…………」
シエスタは既に諦念の境地に至っていた。
彼女が今考えているのは、どうやればサイトに恥をかかせず正すことが出来るかという事だ。
地図を読んで目的地までサイトを連れていくのは、シエスタならば容易いだろう。幾度か使いに出された経験や、裏通りに知り合いの店があることも相まって、裏道にも詳しく、サイトよりも断然、城下街の地理には明るい。
お調子者で能天気なサイトであるが、変に意固地なところや、妙にプライドが高いところがあることをシエスタは知っていた。
女の自分が男のサイトを押しのけて先導するような真似をしては、彼を傷つける事になるのではないかと考えるのである。
「うーん…… 文字が読めないっていうのは、ホント不便だよな~
あ~…っと、もしかして逆さまかな?」
「ええと……」
相変わらずサイトは地図を睨んでウンウン唸り、シエスタはシエスタで助けていいものか手をこまねいている。
二進も三進も行かずに、間誤付いている2人に小さな影が近づく。
それに気が付いたのは、シエスタであった。サイトはますます泥沼にはまっている。
「サイト君、シエスタさん、こんにちは。2人でお出かけ?」
「あっ…と、確か、ジュディちゃん、でしたよね?」
シエスタは、記憶を辿って、どうにかジュディの事を思い出す。
2人が言葉を交わしたのは2日前の事であるが、あの時は、切羽詰まった出来事の後だったという事もあり、サイト以外の事は、碌に憶えていないシエスタであった。
「そうだよ。こんな道の端っこで、ドウしたの?」
「いや、ええと、店を探しててね……」
「お店?」
「コルベール先生からお使いを頼まれてね。
それで、探してるんだけど、全然見つからないんだよ。ち、地図が悪いのかなぁ あはは……」
サイトは、手書きの地図をヒラヒラと振って、言い訳がましい説明する。
ジュディに対して後ろめたい事など何もないはずなのだが、その様な言い方をしてしまう程に、サイトは焦っているという事だった。
「そうなの? でもごめんね。はじめてきた場所だから、わたしも分からないの」
「い、いや、ジュディちゃんが謝ることじゃないって」
「でも、ルイズさんなら何か知ってるかも。ちょっと待っててね……」
ジュディはそう言うと、目を瞑って精神を集中させた。
「出てきて、イアぺトス!
上から、ルイズさんを探して連れて来てちょうだい」
ジュディの呼びかけに応え、熱風と共に小さな赤い竜が出現した。それは、ジュディが抱きかかえられる程の大きさである。
イアぺトスと呼ばれた赤い竜は、ジュディの命令を聞くと、直ぐに天空へと舞い上がり、何度か旋回をしてから、視界の外へと消えていった。
サイトもシエスタも、魔法には疎いので、起きた事の異常性については気がつかなかった。イアぺトスが何処からともなく現れた事にしても、そういうものなのだろういう認識である。
イアぺトスが飛んでいった方向を見ながら、サイトが訊ねる。
「あれが使い魔ってやつ?」
「うん、わたしのファミリアで『イアぺトス』だよ」
「ふーん。あんなの、餌やりの時に居たっけな?」
「でも凄いですね。なにもない所から、ドラゴンが出てきましたよ!
ドラゴンを使い魔にしているなんて、もしかしてジュディちゃんって、かなり凄いんじゃありませんか!?」
使い魔の餌やりも担当しているサイトは、見覚えのない事に首を捻るが、全部が全部、把握しているわけでもないので、その疑問は直ぐに消え去った。
シエスタは、初めて間近でドラゴンを見た事に興奮して、ジュディを褒め千切る。
「そんな事ないよ。普通だよ。
もし凄いとしたら、教えてくれたオジイチャンやおかあさんが凄いんだと思うよ」
手放しに褒められ、ジュディは照れながら答える。
そうこうしていると、やがて、イアぺトスは戻ってきた。ジュディが片腕を差し出すと、そこに行儀よくとまる。
「ごくろうさま、イアぺトス」
ジュディが顎の下を撫でてやると、イアぺトスは嬉しそうに目を細める。
「もう直ぐルイズさんが来るって言ってるよ」
「本当ですか? 有り難う御座います。良かったですね、これで早く着きますよ」
「う、うん。まあ、もう少しでたどり着けただろうけど、案内してもらった方が早く着くかな?」
「もう、サイトさんってば!」
「いや、本当だって! もう少しで地図を読み解けたんだってば!」
そんな風にサイトが言い訳をしていると、突如、イアぺトスが一声鳴いた。
イアぺトスと意識を共有しているジュディは、それだけで何が言いたいのかを正確に把握できる。
そして、おもむろに人込みの一角を指し示した。
「ほら、もう来るよ」
「ジュディ! ファミリアは気軽に見せちゃ駄目って言われてるでしょ!」
人込みをかき分けて現れたルイズは、開口一番に説教を始めた。
◆◇◆
暗闇に、一条の光が射し込む。
そこは、滅多に人が入り込まぬ場所であった。
分厚い石の壁で固められ、外界とを結ぶ唯一の扉は鋼鉄製の頑丈な造りだ。
閂が外される音が響き、2人の男女が足を踏み入れてくる。
男が先頭に立ち、片手にはランプを携えている。男の後ろに立つ女は、ハンカチを口に当てて埃を吸いこまないようにしている。
男がランプを差し出すと、灯る淡い光によって闇が追い払われた。
「さて、ここから目当てのものを探し出すのは少し骨ですな。
大体の場所が分かっているとはいえ、ロクに整理されていない場所ですから」
「ここが、宝物庫、ですか……」
足を踏み出す度に、床に積もった綿埃が舞い上げられる。
宝物庫には、多種多様な美術品やマジックアイテムが所狭しと置かれており、その全てが薄っすらと埃を被っている。例外はない。
男が後ろを振り向かずに、女に話しかける。
「そういえば、ミス・ロングビルはここに入るのは初めてでしたな」
「ええ。学院長の秘書とはいえ、新参者にはおいそれとは入れない場所ですから……」
「ガラクタも多いですが、貴重品も多いですからなぁ」
宝物庫に入ってきたのは、コルベールとロングビルであった。時間は午前、平日ならば、授業が行われている時間である。
「それにしても、この宝物庫は立派な造りですわね。
これほど頑丈な造りなら、賊は入り込めないでしょうね?」
「そうでしょうな。
なんでも、スクウェアメイジが数人がかりであらゆる魔法に対抗できるように設計したそうで、突破するのは事実上不可能でしょうな」
「なるほど……
よくご存じでいらっしゃいますわ。本当に感心しますわ、ミスタ・コルベールは物知りでいらっしゃいますこと」
ロングビルは熱っぽい瞳を向ける。
その艶やかな表情を直視できずに、コルベールは顔を赤らめた。
「い、いやぁ…… 照れますな。
しかし、この宝物庫といえど弱点がないわけではないのですよ?」
「……と、言うと?」
一瞬、ロングビルの目が鋭くなる。それはまるで、獲物を狙う猛禽の目の様だ。
だが、声は穏やかなままに先を促す。
コルベールは顔をそむけたままである。もしも彼が、その瞬間を目撃していたなら、何かに気が付いただろう。
しかし現実は、美人秘書にドギマギする冴えない中年が居るだけである。
「それは…… 物理的な衝撃です。
例えば、巨大なゴーレムが力任せに殴りつけたりすれば、破壊される可能性があります」
「巨大なゴーレムが?」
「ええ、例えばの話です。
要するに、強力な物理的破壊を実現するものならば何でもいいのです。巨大な杭打ち機とか」
「なるほど、興味深い話ですわ。知的な男性というのは、素敵ですわね」
ロングビルが興味深く頷く。
その言葉を受けて、コルベールは気を良くして話を続けていく。
「つまり、壁の基本材質が石なのが問題なのです。
一から作り変えるのは不可能ですから、新たに周りを鉄などの頑丈な金属で覆い、それに硬化や固定化を掛ければ問題は解決するのです。
ですが、学院長はそこまでする必要はないとおっしゃいますし、第一、予算も組めないとかで、今のところ解決は、先送りされているのです。
嗚呼、私に任せていただければ、素晴らしいモノに仕上げられるのに……」
さも残念そうにコルベールは言う。
適当に相槌を打つロングビルは、コルベールの眼が自分を映していない事に気が付いた。
確かに視線はロングビルに向いているのだが、眼は爛々と輝き、何処か遠くを見ているようだ。
「よいですかな? 金属で周りを囲むといっても、分厚い鉄の壁にするわけではないのです。
幾つもの特性の異なる金属板を幾重にも重ねて……」
「あ、あの、ミスタ? お喋りはそこまでにして、早く目的を果たして終わらせませんか?」
ブツブツと続けるコルベールをロングビルが制止する。
その声で我に返ったコルベールは、宝物庫に来た理由を思い出した。
「む? それもそうですな。昨日の実験の分析をしなければなりませんし、ミス・ロングビルもプライベートがありますからな」
「ええ。こんな事は、早くに終わらせましょう」
ロングビルは心底同意する。この学院には、変態しか居ないという事を改めて見せつけられ、辟易している様子だ。
「全くです。それにしてもあのジジイ、休日にこき使うとは何を考えているのでしょう。
用事があるなら昨日の内に言うか、明日にして貰いたいですな」
「学院長にも困ったものですわね……」
そう言いながら2人は、部屋の奥へと足を踏み出す。
2人が宝物庫に来た理由は、会話からも分かる通り、オスマンの要請を受けてのことであった。
オスマンは、あるモノを宝物庫から探してきてほしいと頼んだのである。なのだが、宝物庫はロクに整理されておらず、此処から探し出すのは、骨が折れそうな作業である。
目録は一応あるのだが、それは随分と前に作られたものであるようで、実際に見比べてみると、棚の配置や収められている物の場所が変わっている。
これでは、参考程度にしか役に立たない。事によっては、全く見当違いの場所を探す羽目にもなりかねないだろう。
宝物庫の無秩序な有様に、ロングビルが不安げに呟く。
「それにしても、いったい何年整理されていないのでしょうか? ここは」
「さて? 年に一度、大掃除をするのですが、この有様だと当番の者が手抜きをしているようですな」
後ろを振り向くと、2人分の足跡が点々と残っている。それはまるで、暗闇と埃臭いのを考慮しなければ、新雪を踏み分けた跡の様だ。
一歩足を踏み出す毎に、埃が舞い散る。
コルベールは、浮遊する埃を手で払いながら先に進んでいく。
「まあ、物がある場所は、学院長の私用スペースなので、場所は変わっていないはずです。
ですから、すぐに見つかるでしょう。はい」
「そうだとよいのですが……」
結論から言うと、ロングビルの不安は現実のものとなった。
目的の場所にたどり着き、足を止めると、そこには小山があった。一見、ガラクタにしか見えないような物がうず高く積まれている。
2人は絶句し、呆然となる。
「……ここから探し出すのですか?」
「いやはや…… これは予想外ですな。前見た時よりも3割増しといったところですかな?」
「まったく……
ガラクタばかりを良く集めたものです。これなんて、いったい何に使うのでしょう?」
そう言ってロングビルは、無造作に棚に置かれていた金属製の楕円体を持ち上げた。
それは見かけによらず、ずっしりと重く、南国の果実のような形をしている。
ロングビルは、しばらくそれを眺めていたが、結局、物の正体がつかめずに元の場所に戻す。
オスマンの私用スペースだというそこは、他にも沢山、正体不明のモノが安置されている。
小さな木箱に入っている乾燥した木の実。そろばんと合わさった様な奇妙な杖。オレンジ色の液体で満たされ、開口部には布が詰められているガラス瓶。
等々……
一様として、その価値が図れない物品だらけである。
「まあ、探すモノは分かっているのですから、そう時間はかからないでしょう」
「探すモノは何でしたでしょうか?」
「えーと、このメモによると『禁断の石板』に『聖なる指輪』だそうです」
ロングビルは眉根を寄せる。
「……石板はまだしも、この中から指輪を見つけ出すのは無理なのでは?」
「いえいえ。タグも付いていますし、そういう細々としたものは纏めて置かれているはずです。
……おそらく」
コルベールは目を逸らしながらそう予測付ける。
当てにならないその言葉に、ロングビルは深々と嘆息を漏らした。
とりあえずロングビルは、目の前の積み上げられた、ガラクタの山にしか見えないそれに手を掛ける。
すると、その瞬間まで保たれていたバランスが崩れ、大量の箱が、書物が、ロングビルへと降り注ぐ。
「っ! 危ない!」
コルベールがそう叫び終わるのを待たずに、ロングビルはガラクタの波にのみ込まれ、姿がそれに埋もれてしまった。
雪崩がおさまると、コルベールは慌てて駆け寄って、安否を呼び掛けながらガラクタの撤去を始める。
「大丈夫ですか!? ミス・ロングビル!
あれほど崩れやすいと注意したでしょう!」
ガラクタの山をかき分けると、ほどなくしてロングビルは救出された。コルベールに手を引かれて、なんとか立ち上がる。
幸い崩れた物はさほど重たい物はなかったようで、外傷はないようだ。
外傷はないのだが、ロングビルの格好は酷いものであった。体は埃に塗れ、整えられていた髪は乱れに乱れている。
倒れた拍子に落とした眼鏡をかけ直しながら、ロングビルは怒りを露にする。
「まったく! 何なのですか、これは!」
憤慨するその姿は、正に怒り心頭といった具合であり、ここには居ない学院長の顔を思い浮かべて、近くにある箱を踏みつける。
『柳眉を逆立てるその姿も素敵ですぞ』
などと考えながら、じっくりとその様子を観察するコルベールであったが、ある事に気が付く。先程までなかったものが、ロングビルの右腕に付いているのだ。
コルベールが気が付いて、ロングビルが気が付かないという事はあり得ない。
程なくして、少し怒りの収まった彼女も違和感に気が付き、いつの間にか重たくなった右腕を見やる。
その右腕には、いつの間にかガントレットがはまっていた。そのガントレットは、石とも金属ともとれぬ材質で出来ており、中央には蒼の宝玉が埋まっている。
「何時の間に……?」
「はて? 先ほどの雪崩で、偶然にはまったのでしょうか?」
2人は不思議な事もあるものだと、首を傾げる。
こんな偶然があるものなのかと訝しみながら、ロングビルはガントレットを外そうとして、手を止めた。
なぜならば、ソレには継ぎ目というモノが存在していなかったからである。いくら目を凝らしても、ソレには留め金も何も付いてはいない。
無理矢理に引っ張ってみても全く動かず、まるで肌に吸い付いているかのようだ。
「は、外れない……?」
ロングビルは愕然とした表情で呟いた。
後半へ続く
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