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ペルソナ0第十五話
「これでいいんだね?」
泣きながらギーシュは唇を離した。
その口の端から零れるのはサファイアのような蒼い輝きを湛えた液体だった。
誰が知ろう。
それが一瓶で立派な家が一軒建つほどの価格の、水の秘薬だと言うことに。
「いい、なんとか一命は取り留めた」
そう言って杖を掲げるタバサの額にはうっすらと脂汗が滲んでいる、慣れない〈治癒〉の魔法は、タバサから容赦なく精神力と体力を削り取っていた。
「しかし危険な状態には変わりがない、すぐに医務室に運ぶ必要がある」
「それじゃああたしが行ってくるわ!」
そう言ってキュルケが杖を一振りするとコルベールの体が浮かび上がった。
コルベールの体が地面から離れるか離れないかと言うその刹那、瞬きほどの時間に何かが変わった。
「何っ!?」
時が粘りついたような、世界が凍りついたような錯覚を覚えルイズたちは空を見上げた。
蒼い瘧火のような燐粉の舞う夜の学舎、そこから見上げた空はどこまでも遠く、暗く、そして深い。
その空には二つの月が冴え冴えと輝いている。
まるで影絵のように色を失った、白い白い二つの月が。
「おい君たち周りを見たまえ!」
ギーシュの言葉にあたりを見回したルイズ達が見たものは――棺桶。
コルベールや周囲を逃げ惑っていた生徒たち、平民や貴族問わずその場にいた人間が棺桶へと入れ替わっている。
奇妙な、あまりにも奇妙な事態だった。
だがそれに惑う時間はルイズたちには与えて貰えなかったのだ。
「あぢぃぃぃ、あぢぃぃぃぃぃ!」
真っ黒な炭の塊となった人型が、炎を纏わりつかせながら暴れ狂っている。
メンヌヴィルは生きていた。
その姿は例えるならまるで炎の魔人、何故生きているのかすら分からないほどの火傷を負いながらも、まだ彼は生きていた。
だがその命はすぐにでも燃え尽きようとしているのは傍目にも明らかで……
しかしいまにも死にそうなその姿にすさまじいほどのおぞ気を誘うのはなぜなのか?
「死にだぐない、もっど焼きだい、やぎだぎだい!」
ケロイドの手が追いすがる、ルイズたちは気圧されたように一歩後ずさる。
だが焼けた大地の上を炎の魔人に向かって歩みよる少女が一人。
「そうか、焼きたいか」
蒼い髪を靡かせ、豪奢な青いドレスを翻し、氷のような凍てついた碧い瞳をしたその少女は、まるで夜の女王のごとく。
その左手には死者を繰る紫の指輪を嵌め、右手にはおもちゃ染みた形をした蒼い銃を構えている。
「だがこのままでは無理だな、お前は死ぬ」
くすくすと少女が笑う。
「あああ、ああぁぁぁ」
少女は――イザベラ・ド・ガリアは、その白魚のような指で黒く焼け焦げた男の顎を掴み。
「もしも生きたいなら、焼きたいなら唱えるがいい。この世界でならばそれが出来る!」
男の口腔に銃をこじ入れ、イザベラは叫んだ。
「ペルソナ!」
メンヌヴィルの背後に一瞬だけ炎の剣を持った巨人の像が浮かぶ、だがすぐにそれは溶けるようにメンヌヴィルの体へと戻り……
「ああああアアアAAAAAAAAAAAGGGGAAAAAA!」
「なにっ!? 何が起こっているの!?」
ぼこりぼこりとメンヌヴィルの体が沸騰するように別のものに変わっていく、その光景はかつて此処でない何処かで見たものと酷似していた。
すなわちテレビのなかの世界と。
「私の時と、同じ……?」
タバサの言葉を裏付けたのは彼女の隣をすり抜けた一匹の異形の姿。
黒い塊に仮面がついたようなその存在はこちら側の世界にはけして存在してはならない筈の存在だ。
「な、なんでシャドウが“こちら側”にいるんだい!?」
いずこからか湧きだしたシャドウたちはまるで吸い込まれるようにメンヌヴィルへと向かい、その体へと飛び込んでいく。
黒く黒く肥満していく体はまるでパンパンに毒を詰めた風船のよう、事実その印象に間違いはなかった。
「ペルソナ制御剤と影時間を使ってもこの程度か、ペルソナと言うものも案外大したものでもないな。まぁいいたとえ城塞<ルーク>が倒れても我が虚無とそして女王〈クイーン〉で……」
王手〈チェックメイト〉だ。
メンヌヴィルははじけ、イザベラの最後の言葉は闇の色をした閃光にかき消された。
アニエスは走っていた。
さきほど奇妙な感覚が全身を貫いたかと思うと、急に隣に居たイザベラがいずこかへと消えたのだから。
しかも自分の部下や副官たちは棺桶へと変わり、スヴェルの夜のはずの外にはあるはずのない二つ目の月。
まるで趣味の悪い恐慌劇の登場人物になってしまったみたいだなと、アニエスは思いその感想を打ち消した。
もし脚本家が一流ならばともかく、二流だったならそう言うことを考えた者が真っ先に怪物の犠牲になるのだ。
たとえば今自分の目の前にいるような……
「なんだっ、こいつは!?」
何時の間に忍び寄っていたのか、アニエスのすぐ側には神話にある天使の羽と弓を持ち嘆くような表情の仮面をつけた小人が一匹佇んでいた。
慌てて剣を構えたアニエスだが、小人はアニエスになど気付かないとばかりとアニエスを追い越していずこかへと走って行く。
あまりにも奇怪な出来事にほっと息をついたアニエスは、気を緩めてしまった己を恥じた。
自分のすぐ背後には天秤と剣を持ち、全身を石で作られた二メイルほどの大きさのゴーレムが佇んでいたのだから。
「貴様!学院を襲撃した者たちの仲間か!」
ゴーレムに向けて、ひいては操っているであろうメイジに向かって裂帛の気合いを放つ。
だがゴーレムはその石仮面の顔に無表情を刻んだまま、アニエスの隣をすり抜けていた。
こと此処に至って、アニエスはようやくこの怪異が自分に害を及ぼそうとしているものでないことに気づく。
そしてゆっくりと観察してみれば、この化け物たちは皆自分を追い越してどこかへと向かっているのだと言うことにも気がついた。
「一体どこから、何処へ……」
ふと考えて自分のやってきた方向にある奇妙な物体に思い当たり、アニエスは僅かに逡巡して元来た道を引き返しだした。
道を戻るごとに増える仮面の怪物たちが、その推論を結論づける。
やがてアニエスはルイズの部屋、そこで輝きを放つ奇妙な箱の前までたどり着いた
「やはりこれなのか?」
また一匹魚のような怪物がその枠を超えて外へと這い出した、それを見ながらこれは一体なんなのか?とアニエスは考える。
先ほどは自分が望み続けた”仇”の正体を映し出し、今度はその枠からいくつもの怪物たちを吐きだす使い魔のルーンが刻まれた謎の箱。
「どちらにせよ、トリステインに害を為すのなら破壊するだけだ」
そうしてアニエスは剣を振りあげ……
「やめた方がいい、きっと後悔するぞ?」
テレビの中に現われたもう一人の自分の声に、思わず剣を取り落とした。
愛用の剣の替わりの替わり、急ごしらえの鉄の剣が木の床に落ちて濁った音を立てる。
その隣で、少年は未だ昏々と眠り続ける。
深い深い眠りの奥底で少年は見ていた、かつて自分と一人の情けない一人のメイジが決闘したあの場所で。
今、一匹の巨大な化け物に一人の貴族が震えながら立ち向かっているその様を。
――お、おお、女の子を矢面になんて立たせられないじゃないか!
そう言って七体のワルキューレを従え杖を構える勇敢なる友人を、手出しできない遠い出来事として夢に見ている。
高い高い塔の上、落ちてきそうな月に慄く獣の、瞳のなかの夢を見る。
「くっ、来るよ」
「AAAAAAGAAAAAAA!」
メンヌビィルは、かつてメンヌビィルだったモノは生物があげるとはとても思えぬ奇怪な叫び声をあげながら、ルイズたちに襲いかかってきた。
おぞましいその姿に一番近いものは、黙示録の神話に現れる地獄の王だろうか?
火傷でケロイド状に爛れた皮膚は飴のように長く伸び、血のような液体でテラテラと濡れ光る真紅のウロコを纏い白く燃え上がっている。
鉄杖を構えた腕は何故か此処だけ生前と変わらず、しかし下半身と上半身から一対ずつ蠢いている。
足は千切れるようにして喪われ、溶けて形を失ったその顔は付けていた仮面が同化して人と獣の二つの顎を持つ白い獅子の相好を作り出す。
「ニズヘグか、なる程世界の破滅にすら己の暴虐を貫いた彼の伝説は、確かに貴様に相応しい」
そうしてイザベラは、イザベラの姿をした何者かは声をあげて笑った。
「さぁ、いつまで寝ているガンダールウ、早くしないと貴様の大切な大切なご主人様が哀れな肉片に成り果てるぞ!」
そう叫ぶと、イザベラはばったりとその場に倒れた。
なにかに攻撃されたと言う感じではない、まるで操り人形の糸が切れたような動きだ。
もっともそんなことにルイズたちは気づく余裕などなかった。
「しつこい男は嫌われるわよ、マハラギオン!」
「決める、ブフダイン!」
炎の竜に向かって炎の竜巻とすべてを凍らせる氷の柱がほとぼしる、見事な連携だった。キュルケの炎が目を眩ませ、ウインディアイシクルの呪文を上乗せしたタバサの氷が必殺の一撃をして致死を狙う。
事実その一撃はメンヌヴィル、いやニズヘグのどてっぱらを抉り黒い炎の血を噴き出させた。
「やったわ! この調子で……」
もう一度魔法を唱えようとした途端、ニズヘグがその口から空に向かって炎を吐きだした。
冴え冴えとした月に挑むように噴き上がる溶岩のような炎の洪水、ともすれば幻想的にも見えるその炎はすぐに近くにあるものすべてを焼き滅ぼす炎の雨となった。
しかも一体どうやっているのか、炎はその熱さをそのままにまるで刃のように固まりとなって降り注いだのだ。
“凍える炎” 例えるならそんな言葉相応しい。
「危ないっ!」
逃げ場のない攻撃に一番早く反応したのはギーシュだった。
ワルキューレたちが二人の壁となって炎刃の雨を防ぐ屋根となる。
そしてその隙に地面に錬金を施し、即席の防空壕が完成した。
「早く!この中へ」
その言葉に一も二もなく全員が穴の中に飛び込む、もし炎の刃に掠りでもしようものならおぞましい結果になることはぐずぐずに沸騰しながらも炎を防ぎきった四体のワルキューレがはからずも証明してくれた。
だが一人だけギーシュの防空壕へ飛びこまなかった少女が一人。
「タバサ!?」
咄嗟にフライで飛び出した少女は暴虐の限りを尽くす竜に向けて炎の雨を掻い潜る。
その姿はまるで風車に挑むドンキホーテか、或いは――おとぎ話のイーヴァルディか。
「なんで……こんななかを飛び出していくなんて自殺行為じゃないか!」
そこまで言ってギーシュも気づく、タバサが何を思ってこの穴の中から飛び出していったのか。
「そっか救うつもりなんだ、タバサ」
ぎりと唇を噛みしめたルイズは自分も穴から飛び出した、タバサの向う先、暴れ狂う竜の足元で気を失ったタバサと同じ髪の色の娘を見ながら。
「そうだ、魔法を使える者を貴族と言うんじゃない」
忘れていた、紛いものであろうとも魔法が使えるようになったことに浮かれていて一番大切にしなければならないことを見ていなかった。
タバサはひょっとして敵になるかもしれないあの子を助けに行った。
たとえ敵かもしれなくても、あのまま放っておけば絶対死んでしまうに違いないから。
けど自分は助けに行こうという考えすら浮かばなかった。
「敵に後ろを見せない者を」
己の誇りを曲げない者を。
「貴族と言うのよ!」
杖を握りしめながらルイズは思ったのだ。
貴族として、この友人たちの隣に立って恥ずかしい行いは出来ないと。
“貴族”たらん。
その志だけは、偽ることは出来ないのだ。
――被り続けた仮面はやがて本当の顔になる。
もっともそれはルイズだけの話ではないのだけれども……
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