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第三話 使い魔の朝
春の朝は、どうしてこうも、心地がいいのだろうか。
滑らかでふんわりと被さる毛布の感触は、最高級のドレスを纏うように、肌を優しく包んでいる。
部屋の温度と毛布の暖かさのマッチ加減は最高である。体の芯から来る気持ち良さ。まるで憧れの騎士に抱かれているようではないか。
ああ、春眠こそ神が人に与えた祝福。
以上、暁を覚えないルイズの詩である。
ルイズが気分良く朝のまどろみを満喫していると、誰かが腕を掴んできた。しかもかなり強く。
ルイズはリラックスムードに水を差された気分になる。朝の恵みを邪魔するのはどこの誰だ?ルイズは体を傾け抗議しようとしたら、ものすごい振動が全身に襲い掛かる。
最初は地震と思ったが、そんな生易しいものじゃない。表わすなら、直下で大爆発でも起きたような衝撃。
ベッドが軋んで豪快な音を立てる。脳と内臓が体の中を跳ね回る。呼吸することも困難になっていた。このままではやばい方向で意識を失いかねない。
ルイズは、生物の根源たる危機回避本能を全開にして、思いっきり叫んだ。
「や、や、やめな、やめろ……やめろって言ってるでしょー!!」
隣室の住人を一発で叩き起こすほどの大音響が部屋内外に響き渡る。
全身全霊をかけた甲斐があったのか、体の内という内をシェイクする衝撃は収まる。
同時に、左腕を痛いほど掴んでいた、ごつい手の感触もなくなった。状況から推測するに、朝っぱらから貴族の機嫌を損ねる真似をしたのはこいつである。
貴族に非礼を働くことがどれだけ罪深いか教えてやる、と見上げた先にいたのは男。上半身は裸。
ベッドで眠る少女。裸の男。つまりこれは、所謂、アレなシチュエーションか?
恥ずかしさと女の防衛本能がルイズの頭までを完熟トマトのように真っ赤の染める。
「ひ、へ、い、いいい、いやぁあああああああああああああああああああああああ!」
春の日差しが心地よく降り注ぐ中、学院生徒は、可愛い女の子の悲鳴という、ある意味羨ましい目覚ましで起床することになった。
「ああああ、あんた誰?わ、わわ、わ、私に何しようっていうの!」
「ブロリー、です。朝ですよ」
名前を聞いて初めて、ルイズはこの男が昨日召喚した使い魔だと思い出す。
「ぶ、ブロリー。使い魔なんだから主より先に起きてくれてたのはいいけど、何よ!あの起こし方。乱暴すぎてびっくりしたじゃない!」
ルイズがブロリーに使い魔及び貴族の従者の責務とは何たるかを説いたのは就寝直前の話だ。
洗濯、掃除などの日々の雑用から、朝と夜に主の身支度を整える下僕としての役目を教鞭したと記憶している。
使い魔としては、主の目となり耳となること、入手困難な秘薬を見つけること、そして、最も重要である主の守護を命じたのだ。
その中に、主よりも早く起床し、主を眠りから覚ますこと、と確かにルイズは言っていた。
しかし、自分をシェーカーのように扱え、など天にも地にも始祖ブリミルにも誓ったことはない。
「いい、ブロリー。私を起こす時はもっと優しく紳士的にしないとご飯抜きだからね」
「ゴハン……」
召喚してからずっと変化の乏しいブロリーの瞳が、途方もないほど遠くを見るように、虚ろになる。
「私の言ってることわかる?つまり、何も食べさせないって言ってるのよ」
感情を表に出さないタイプ、と思っていたブロリーの表情がまた変わる。今度はこの世の終わりを宣告されたような顔をしている。
ルイズは謎が多い記憶喪失の使い魔ブロリーの弱点を一つ発見。どうも、こいつは食いしん坊らしい。それのかなりの。
ブロリーは性格に反して相当筋肉質だ。だから、ほかの人より多くのエネルギーが必要なのだろう、とルイズは勝手に想像した。
召喚翌日に効果のある罰則候補ができたのは好材料。相手の弱みを握れば、主人として手綱を握るのが容易だからである。
「ま、いいわ。私は寛大だからね。最初のミスくらい許してあげるわ。それより朝の支度よ。昨日言ったこと覚えてるわよね」
「はい」
珍しくいろいろな色を見せたブロリーの表情は、もう元の陰のある心の中を覗けない、元の無表情に戻っていた。
ブロリーは昨日教えたとおりにクローゼットから下着を、椅子からは制服を持ってきた。
記憶に障害があるブロリー。ちゃんと命令どおりにできるか、という不安はもちろんあった。どうやらそれも杞憂に終わってくれるらしい。
ルイズは下着を身に着け、ブロリーに合図を出して制服を着せる作業に入らせる。
「ちょっと、ボタンを掛け間違えてるわよ。しっかりしなさいよ」
「すみません」
全てを安心して任せられるレベルにはまだ遠いらしい。経緯がアレなのでルイズは大目に見ているが。
着替えも終わり、貴族の、メイジの証であるマントを羽織ったルイズは、朝食に向かうため、部屋の扉を開けた。
地上に熱をもたらす太陽の光を浴び、炎のように燃え上がる真紅の髪を掻き分ける。
そこらの男と肩を並べる長身。常に余裕と自信を失わない眼。学院の視線を一手に集める美貌。褐色の肌は己に活力を与え、伸びる四肢は男を妖しく惑わす。
ぴっちりと胸に張り付くブラウスをはだければ、男は皆彼女の奴隷。
出身は、長きに渡りトリステインの貴族と争った歴史を持つ、勇猛盛んで知られるゲルマニアの国。
女の名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
社交の場ならば男の恋心を燃え上がらせ、戦場ならば敵も味方も焼き尽くす、トリステイン魔法学院でも屈指の炎の使い手だ。
キュルケは化粧をばっちり整え、今日は誰を虜にしようか、とターゲットを定めながら扉に手をかける。そこで、キュルケは動きを止めた。
彼女には何をする前にやらなければならないことがあるのだ。隣で寝起きする、家自体が犬猿の中であるヴァリエール家の三女、ルイズにささやかな復讐をするために。
朝っぱらから大絶叫とは、ヴァリエール家に常識の文字はないらしい。
キュルケは誰でも一発で起きる大音響で耳がキンキンしている。
おまけに、跳ね起きた衝撃と壁が壊れそうなほどの絶叫第二派のおかけで、彼女の使い魔、サラマンダーのフレイムがパニックになって大暴れ。
さすがは私の使い魔、惚れ惚れする力ね。なだめるためには私の部屋を飾る調度品をいくつか灰にしなきゃいけなかったわ……、とキュルケは不気味な笑みを浮かべる。
キュルケにとって、ヴァリエール家の人間に振り回されるなど屈辱以外の何物でもない。借りは必ず返せ、とキュルケに流れる血が訴える。
隣室のドアが開く音がする。ここが機会とばかりにキュルケはゆっくりと手に力を込める。
薄暗い部屋の中に廊下から眩しいほどの光が入り込む。扉をあけた隙間から、キュルケはルイズの背中を捕らえる。
さて、なんてからかってやろうか、と言葉を選んでいたキュルケの視界に恰幅のいい男の裸身が現れる。
上半身に服を身に着けず、足腰をどこかの民族衣装で包んでいる平民の男。昨日ルイズが召喚した使い魔だ。
これは使える、とキュルケはルイズを笑いものにする計画をパズルのように組み立てる。
準備完了。キュルケはいやみたっぷりな笑みでルイズの前に躍り出た。
「あら、おはよう。ルイズ」
こっちを見たルイズは最も会いたくない仇敵に遭遇したように顔をしかめた。わかりやすい性格である。
同じ表情を内に隠すキュルケとは雲泥の差がある。もちろん、体つきも、女としての魅力も、キュルケが圧倒している。
「おはよう。キュルケ」
「おはよう。爆音を響かせるしか能がないようね、ルイズ。素敵な目覚めをありがとう」
ルイズの顔が真っ赤に変わる。トマトみたいで少しかわいい。
キュルケはそこで間を置く。しかし、期待に反してルイズから何の反論も来なかった。先制パンチは相当効いてるみたい。
キュルケは獲物を捕らえた狩人の瞳をルイズに向ける。チャンスは逃さない。このままラッシュでノックアウトだ。
「人の迷惑になるのは魔法だけにしてね、ゼロのルイズ」
「う、うっさいわね」
ノーガードで打ち放題、なんて見込みは楽観しすぎか。と言っても、ルイズのガードなど高が知れている。
「こちらのお兄さんがあなたの使い魔?」
キュルケは、秘宝でも紹介するような丁寧な仕草で、かつ、相手を最大限馬鹿にした口調で、聞いてみた。
「そうよ」
ルイズからそっけない返事が返る。面白いほどにわかりやすい性格。平民の使い魔なんて、誰だって願い下げだしね。
「ダメよ~、そんな態度。見なさいよ、この平民の体格。相当なものよ。すっごく強そうだと思わない」
「うっさいわね」
ボキャブラの少なさも結構なこと。ルイズはクモの巣にかかった哀れな蝶々。後は牙を立てて美味しく頂くだけ。
「あら、ゼロのルイズは使い魔がお気に召さないようね。もしかしたら、あなたはこういうのがいいのかしら?来なさい、フレイム」
キュルケは、マントの端をつまみ、仰々しく頭を下げる。自慢の騎士を紹介する姫のように。
本日の主演の登場である。灼熱の地、火竜山脈に住まう強力な幻獣にして「微熱」のキュルケを象徴する存在、サラマンダーのフレイムが重厚な体躯を揺らしルイズの前に現れる。
ルイズは、フレイムを見たらすぐにそっぽを向いて、悔しそうな顔を隠している。
ルイズのしかめ面を拝めないのはとても残念。でも、ルイズは背中で雄弁に今の感情を語っているので、気にすることではない。
キュルケがルイズの反応を楽しんでいたら、急に視界が遮られた。何だと思い見上げると、そこにいるのはルイズの使い魔。不思議そうな顔でフレイムを眺めている。
「あなた、火トカゲを見るのは初めて?」
人の言葉が耳に入っていないのか、男はまったく無反応。陰のある表情からはほとんど感情が読み取れない。
なんだ、と不快感を覚えていると、男の瞳がわずかに見開いた。フレイムと目が合ったのだろか。
キュルケは、男のことをつまらなくて変な男、と評す。
何だか気分を削がれたと感じたキュルケは、もういい、とばかりにこの場を後にしようとフレイムに向き直る。まさか、次に瞳が見開くのが自分、とはさすがのキュルケも予測できなかった。
フレイムが激高している。
眉間にしわが寄る険しい表情。己の敵と判断した相手のみに向けられる双眸。今にも飛び掛らんと、地に足を吸いつけている。口から漏れる炎と唸り声は獰猛な野性の本能が溢れるさまだ。
フレイムが警戒している、それも最大級に。その相手は誰か?ヴァリエールの使い魔……
「ちょっ、ちょっと。あんたの使い魔、何か危ないわよ」
ルイズの間の抜けた声でキュルケは我に返る。
もう一度フレイムを見ると、すぐにでも襲い掛かりそうなほどのオーラが出ている。今暴れたら、押えつける労力は先ほどの比でないことは明白だ。
「ルイズ、もうそろそろ朝食の時間じゃない。早く行かないと遅れるわよ」
普段のキュルケでは考えられないほど声が硬い。彼女も、フレイムの異様な雰囲気に飲まれていた。
「あ、あっそう。それじゃ、行くわよ。着いて来なさいブロリー」
そう言って、ルイズとその使い魔はこの場を後にする。
徐々に小さくなってゆく、ルイズの使い魔の背中。キュルケはそれに突き刺すような視線を向ける。
「遅刻」
腕を組んで警戒心をあらわにしているキュルケの耳に、場違いなほど感情の見えない静かな声が入り込む。
キュルケは、誰であるかをわざわざ目で確認する、など愚かなことはしない。今では学院一の親友となったタバサが、空気のように、キュルケの真横に立っている。
「あ、た、タバサ。いたのね。おはよう」
今日のキュルケはらしくない。声が震えるなど、普段では絶対に考えられないことだ。
常に優位を保ってきたルイズに、ここまで心を乱されるとは思ってもみなかった。
この借りは必ず返さねばならない。しかし、それは後回しだ。やろうと思えばいつでもできるし。
それよりも気になるのが、ルイズの使い魔のことだ。フレイムほどの幻獣をああも殺気立てた事実は無視していいものではない。
キュルケは男の正体を推理してみる。
見慣れぬ衣装。鍛え抜かれがっちりとした体。幻獣の警戒心を煽る何か。そう簡単に回答は得られそうにない。これは自分より知識がある者の協力が必要だ。
キュルケは知っている。物知りで、こういったことに興味を持ちそうな少女を。
「遅刻」
「タバサ。あんたに相談したいことがあるんだけど」
いつ何時も本から目を放さない少女、そして学院でキュルケと互角の実力を持つ優秀なメイジである雪風のタバサは、何、とばかりに首を傾げた。
人間、死にそうな顔した男が隣にいては飯がまずくなる。ついでに気分も悪くなる。
食事を楯にしたらあの落ち込みようだ。食い意地が張るだろうとは思っていた。しかし、貴族でない者がテーブルの料理に手を付けていいわけがない。
ここは常識的に考えて、使い魔としての食事を与えるのが道理。私は間違ったことはしていないのだ。
だから、その顔はやめてくれ。悪いことしたんじゃないか、と思うから。罪の意識って結構つらいんだぞ。お願いだから無表情に戻れ、ブロリー。
ブロリーは死にそうである。何でこんなに苦しいのか本人にもわからない。わかる事と言えば、目の前の貧相な食事が原因であるくらい。
小さな肉のかけらが浮いたスープと硬そうなパンが二切れ……
少なすぎると、自分をここに呼び出したという少女、ルイズに抗議を試みた。帰ってきたのは、テーブルの食事は貴族のものだからダメ。
貴族とか、平民とかわからない。でも、ダメと言われたら諦めるしかない。
それでも、腹は減る。自分は記憶がない。だから、以前どの位食べていたかわからない。この分だと、相当な大食感なのだろうか。
ルイズは祈りを捧げると、目の前の直時に手を伸ばし始めた。ブロリーにはひどく羨ましい光景。
無意識に、ブロリーの口から涎が垂れる。腹が減って仕方がない。腹の虫が、飯をよこせ、とがなり立てる。
空腹で死にそうだ。本当に死ぬかもしれない。ブロリーの意識が徐々に闇に飲まれていく。
ああもうだめだ、と意識を失いかけた時、ブロリーの鼻腔にご飯の匂いが入ってきた。
最初は、この食堂から漂ってきたと思えたが、どうも違う気がする。意識を集中して、もう一度匂いの軌跡を辿る。
食いしん坊万歳的なすさまじい集中力。数刻もしない内にブロリーは匂いの元を発見した。
食堂の奥、人が出入りしている扉の向こうからここに辿り着いている。
犬も真っ青な恐ろしい嗅覚、というより怨念に近い執念の賜物である。
ブロリーは、夢遊病患者のように、扉の方面へ四肢を導く。
ここは学院の食を一手に引き受ける厨房の中。朝、昼、夜には、貴族への食事の準備で、戦場と化す。
朝の時間帯は眠気を打ち払う熱気に包まれるこの場の空気が、今、固まっている。
「あの……どうされたのですか?」
厨房のアイドル的存在、黒髪とそばかすを持つ可愛らしい女の子、メイドのシエスタは困り果てた顔でそう聞いた。
状況を説明してくれる人は誰もいない。皆が皆、固定化でもされたようにピクリとも動かない。
注意してみればわかることがある。それは、厨房の人間全員がシエスタを見ていないことだ。
じゃあ何を見ているのかというと、シエスタの背後に立つ獣を見ているのである。
姿形は間違いなく人間。しかし、それは飢えに飢えた獰猛な肉食獣と変わらぬ殺気を放っている。
誰が見ても危険な存在。故に、誰もが指一本曲げることができない。
男が、一歩前に出た。気配を感じたシエスタが後ろに振り返る。化け物につけられた事実を今さら知って、シエスタは驚愕する。目じりに涙を浮かべながら。
男が前傾姿勢をとる。殺る気だ!厨房内に緊張感が一瞬にして伝染する。
「た……助けて!」
誰かが耐え切れないように叫ぶ。もう、手遅れ。男はさらに姿勢を低くし……そのまま木の葉みたいに倒れこんだ。
「はぁ?」
間抜けな声が食堂内の空気を解していく。
「はっはっは!すまんな若いの。動けないほど空腹だったとはな。あんまり怖いんで野獣かと勘違いしちまったぜ」
この厨房をまとめるコック長のマルトーは、両手を広げて大笑いしながら、そう言った。
ブロリーは、取り憑かれたように、木製の机に所狭しと並ぶ料理を口に運んでいる。
「いい食いっぷりだな、おい!お前確か貴族に召喚された使い魔だってな。本当に人間とは驚いたぜ。しかし、お前の主人は酷い奴だな。こんなになるまで飯を与えねえとは」
厨房の隅から隅まで響くマルトーの野太い声などどこ吹く風、ブロリーには目の前の食材しか見えていないようだ。
「食いっ気がありすぎて聞いてねえか。お前のような奴は好きだぜ。こっちも作り甲斐があるってもんだからな。じゃんじゃん食ってくれよ!」
秒単位で皿から消えていく料理。この時、誰かが気づけばあんなことにはならなかっただろう。
でも、誰も疑問に思わなかった。あいつどれだけ食うのだろうか、とは。
料理人にとって、作った料理をうまそうに頬張ってくれる客は嬉しい存在だろう。残さず食べてくれとさらに嬉しい。
ブロリーのように豪快に皿を平らげる客は手放しで喜んでいいはずである。なのに、ニコニコする人間は誰もいない。
変わりに、唖然とした顔、青ざめた顔があるのは如何にしてか。
世の中には限度という言葉がある。人間、これを超えられると不快にしかならない。
ブロリーの胃袋は、限度なんて言葉を宇宙の彼方に消し飛ばすほど、すさまじいものなのだ。
『胃袋革命』(Stomach revolution)である。
でかい、でかすぎる。いや、底なしだこれは。こいつは腹の底に異世界へのワープゾーンでも抱えているに違いない。まさか、瞬間消化器官でも搭載しているのか。
でなきゃこの量はありえない。もう体積以上なんてレベルじゃない。化け物がここにいる。
これは、あれだ。神の力を得た始祖ブリミルに逆らう悪魔だ。間違いない。神がこの姿を見たら天罰が下るだろう。
いや、確実に下る。下して欲しい。お願いだから下してください、飯抜きはいやです……
ただ今、ブロリーの姿を、正面以外から、捉えることはできない。四方を巨大な壁が囲んでいるからだ。
何かと言うと、残りカスで汚れたバベルの塔が鎮座している。全て男の頭より高く聳える雄大な白き巨塔。
これを数分足らずで築いたんだから驚きだ。それだけ食べてもペースが一向に落ちないのは恐怖に値する。
このままだと食料庫が空になる。貴族の分は別に管理しているのでそっちは安全だ。危険なのは厨房で働く職人と貴族に奉公するメイドの分。
危機を察知し、止めに入った者も当然いた。無理に止めたのがいけなかった。彼は睨まれ魂を抜かれたように気絶してしまった。
ああ、哀れマイカル=カリック。誰よりもチェスが強かった。お前の作る前菜は見事だったよ。あれほどメインディッシュを生かせる料理は見たことがない。
放たれた猛獣を止めることはできない。人間の弱さを噛み締めながら、厨房の職人たちはうなだれる。
もう何皿目になるのか、数えるのも面倒だ、ブロリーはぺろりと平らげる。そして、食器を置いた。
歓喜の待ちに待った瞬間が到来したのだ。トリステイン魔法学院厨房はこの辛く苦しい戦いを耐え切った。神が、始祖ブリミルが彼らに祝福を授けたのだ。
厨房は、自由でも勝ち取ったかのように、開放感で満ち溢れていく。まだ彼らの分は残っている。ひもじい思いをしなくて済む。
「これ、おかわり。後、これも欲しい」
信じた者に裏切られる。栄光から転落へ。おいでませ世界洞窟・空洞紀行。本日の料理は虚無でございます。
厨房を突き破らんほどの悲鳴が学院全体に響き渡った。
「ブロリー、食堂抜け出してどこ言ってたの?」
「優しい人に助けてもらいました」
「はぁ、意味わかんない。ま、いいか。授業が始まるからこっち来なさい」
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