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#navi(ジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア)
1不運な皇帝
晴れ晴れとした青い空が延々と続いている。なるほど、神の住まう地エセリウスとはこのような場所だったか。父と先祖達は一体どこにいるのだろう。
黒髪で少し黄色がかった肌をした40代くらいに見える男―マーティン・セプティムはどこかの草原に倒れていた。
タムリエル帝国最後の正統な血統を持つ皇帝だった彼は命と引き替えに国を守り、天に召されたはずだった。
ふと、自分が仰向けになって倒れていることに気づき起きあがろうとすると誰かの顔が見えた。この地に住まう神々、九大神の使いか何かだろうか。
「あんた誰?」
エルフと人間のハーフを祖先とするブレトンであろう可愛らしい容姿の少女が何とも形容しがたい顔でそう言った。
何故お前がここにいるのだと言うのをとりあえず口には出すまいとし、とりあえずこれは何なのかを確かめるような表情で。
「マーティン、マーティン・セプティムです。九大神の使いの方」
立ち上がって偽り無くハッキリと口にする。周りには少女と同じ服装をした年若い少年少女達とそれを束ねているのだろう年長者らしき姿が見える。
マーティンの言葉を聞いた途端に少女の表情が変わる、何を言ってるんだこいつは。という風に顔をしかめ肩をすくめてマーティンを見た。
「何言ってるの、あんた。九大神って何?それにセプティム?聞かない家名ね。もしかして異国の貴族…まさか、そんな服で貴族なはずないわよね?」
エセリウスではない?九大神の住まう地でそれについて知らない等と言うことはありえない。自分の国の王の名を知らないようなものだ。
そしてセプティムの名も知らない。タムリエルやその周辺の国であるならその名を知らぬ者はいないこの名を。ではここはどこだ?
困惑しつつも、頭の中に浮かんだ最悪の解答をあえて避けてマーティンが思考の海に落ちかけたとき、自分の着ている服が変わっていることに気が付いた。
今着ているのは皇帝の為に作られた彩色豊かなローブではなく、皇帝になるなぞ考えたことすら無かった数年前、街の教会で神の教えを説いていた時に着ていた使い古しの小汚いローブだった。
「ううむ、貴族かどうかといわれればたしかにそういう身分なのだが、この姿では証明することはできないな」
相手が本当に人間なのか良くは分からないが、最悪の解答の世界に存在するあの連中のように襲いかかって来る気配はない。
適当に相槌を打ち、陽気な笑みを浮かべて目の前にいる桃色髪の少女をじっと見る。小さな杖を持っている彼女は「ヘェ…」とうさんくさそうにマーティンを見ていた。
彼女はメイジなのだろうか?
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出すなよ!」
あざけりの混じった声で誰かがそう言うと、目の前の少女以外の子供達が笑った。
桃色髪の少女、ルイズは弁解するが、墓穴を掘ったようでさらに大きな声で笑われている。
召喚だと?マーティンの顔が途端に険しい物となる。まさか彼女はアンデッドの代わりに私を呼び出してしまったというのだろうか。
マーティンのいたタムリエルで使われている召喚の魔法では、ゾンビやスケルトンが見習いメイジに呼び出される召喚対象だった。
もっとも呼び出しても少し経てば元の世界に帰ってしまうのだが。
ならばエセリウスからここへ?いや、そんな事が出来るメイジなど存在しない。マーティンはここがどこかについて幾ばくか思考し、
ルイズが更に大きな墓穴を掘り進んでいるとき、誰かが声をかけてきた。
「失礼、ミスタ。私はこのトリステイン魔法学院で教師をしているコルベールというのですが」
先ほど見た年長者である。魔法学院?ではここにいる子供達はやはり見習いメイジか?どうにも現状が理解出来ない。
とりあえずここがどこかを聞かなければとマーティンは口を開いた。
「あ、ああ。私はマーティン・セプティム、ミスタ…コルベールでしたか?すいませんがここがどこか教えて欲しいのですが」
「ああ、はい」
おそらく急に住んでいた所から違う場所に召喚されて混乱しているのだろう。コルベールはそう思い、この地に住まう誰もが知っている事をゆっくりとにこやかに話し始めた。
「トリステインです。ハルケギニアにある5つの国の一つ、トリステイン。他の四つはアルビオン、ガリア、ゲルマニア、ロマリア…どうかなさいましたか?」
結果としてマーティンは尚更頭を痛める事となるのだが。ハルケギニア等という大陸は聞いた事すらない。もちろんその五つの国々も。
できればタムリエルに未だ知られていない地であって欲しいが、その可能性はおそらく低い。先ほど確かに私の体は消え去ったのだから。
しかし、さっきのやり取りからここがエセリウスであるとも思えない。
では残りうる答えは-考えたくない話だが-1つ。ここは不死の邪な神々(というと多少の語弊があるが、しかしそれ以外で短く説明できる語句を私は持ち合わせていない。)
であるデイドラ王達の誰かが所有するエセリウスとは違う異世界-オブリビオンのどこか。しかもここはタムリエルどころか未だニルンの地に住まう者が
誰も来たことがない様な辺境なのだろう。マーティンはよくよく彼の地には縁があると目を閉じ右手を額に当てながらため息をついた。
コルベールがこちらをにこやかに見ている。おそらく混乱している頭を整理する時間を与えてくれているのだろう。
「ああ、失礼。どうぞ続けて下さい。ミスタ・コルベール」
「ええ、まぁ気を楽にして下さい。何せ誰もこんな事が起こるなんて思っていませんでしたからね。『使い魔』の儀式で人間が呼ばれるなんて」
コルベールは笑顔を崩さなかったが、マーティンの顔は大いに引きつった。
「使い魔…ですか?」
自分だって聞いたことが無い。このような使い魔の儀式とやらも人間が召喚で呼び出されたことも。
そもそも基本的に異世界から何かを呼び出すのだから人間が呼び出されるはずがないのだ。少なくともタムリエルの召喚の方法では。
「ええ、そうです。貴方を呼び出した彼女はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言いまして、ここトリステインでは名門と名高いヴァリエール公爵家の三女なのです。」
貴族のメイジとは珍しい。いや、バトルメイジ志望なのだろうか。
ハルケギニアと違い知ある者なら誰もが魔法を使えるタムリエルとその他の大陸や島々を合わせたニルンと呼ばれる世界でのメイジとはいわゆる専門職である。
研究室に何年もこもって実験を続けるため世の動きに疎くなりやすく、閉鎖的な空間で求める結果が出るまで作業を続けるという仕事は少なくても名門貴族の令嬢がやるようなものではない。
変わってバトルメイジと言えばメイジの中でも格好の良い花形と言える職業である。タムリエルの中央、シロディール内に置かれる評議会の総書記官オカートも
腕の良いバトルメイジだった。見た目にも戦うメイジの凄さというのは学を持たない者に分かりやすい。
-どちらにせよあまり貴族の令嬢がやる仕事でないことは確かだが-そうマーティンは思いながら使い魔について聞こうとした。
「その、ヴァリエールさんの使い魔ですか?それで私はここに呼ばれたと?」
「ええ、そうよ。酷い格好の貴族様?」
後から上品ながらも怒気をはらんだ声がした。振り向くと件の桃色髪の少女、ルイズがこちらを怖い顔で見上げている。墓穴を掘り尽くしたらしい。
とりあえず-この格好では仕方ないが-マーティンをやんごとなき身分であると信じてくれていないのは間違いなかった。
「まぁまぁ、ミス・ヴァリエール。少し落ち着いて下さい。」
「落ち着いてなどいられません!」
人間を召喚した事と私が身分を貴族と偽った事に腹を立てたらしい彼女はコルベールに召喚のやり直しを求めている。
よくよく周りを見れば使い魔として呼び出された様々な生物が主人であろう子供達の近くにいる。どう猛そうなモンスターもいたが、ちゃんと主人と親睦を深めているようだ。
召喚のシステムその物が違うのか、一体どういう風に出来ているのだろうかと青い髪の少女が呼び出したらしい、青い竜を見ながらマーティンは若い頃恐れを知らなかった
未熟なメイジに戻ったかのように辺りの使い魔とその召喚魔法の構成について考え、それからややあって自分がどうなっているのかをもう一度考え始めた。
自分が死んでしまったのは間違いようのない話である。デイドラ王の一人にして破壊を司るメイルーンズ・デイゴンをシロディールから追い出し、オブリビオンへ叩き返す為に
自身の命を使ったはずなのだ。体が消えていく感覚は確かに覚えている。ならばここに私が使い魔として呼ばれた事は何か、何なのかは分からないが意味があるのではないか。
「ミスタ・セプティム。よろしいでしょうか?」
ルイズを説得したらしいコルベールがマーティンにたずねる。頬を可愛らしく膨らませながらこっちをにらむルイズではなくコルベールの目をじっと見て、マーティンは首を縦に振った。
「では、単刀直入に申し上げますと、貴方は彼女の使い魔を呼ぶための呪文『サモン・サーヴァント』で呼び出されてしまったのです。そしてこの春の使い魔召喚の儀式は昔か
らの伝統で、呼び出された生き物を使い魔として契約せねばいけないのです。どうやら、貴方は名前や身なり、先ほどまでの受け答えから察するにこの地ではない東方の出
身かと思われますが、彼女と契約を済ませていただけませんか。当然、貴方の衣食住は主人となるミス・ヴァリエールが負担します…その歳ですと養われているご家族等いらっしゃるのでしょうか?」
彼もやはり私のことを貴族とは思っていないらしい。この年季の入った青いローブを見て貴族と思う方が変かもしれないが。しかし東方とは。ここの東方にもアカヴィリのように獣人がいるのだろうか。
「いや、家族はいない。教会で働いていたのでね。親兄弟たちも…はやり病で」
間違っても国家の崩壊を狙うカルト教団に暗殺され、自身もそれに狙われていた等とは言えない。少なくとも自分が召喚した何かがそんな事を言い出したら
早々に元いた世界に送り返すだろう。いや、送り返された方が良いのだろうか?しかし私は死んでいるし、幽霊になるのは嫌だ。
「なるほど、それは…すいませんでしたな」
「いえ、お気遣いなくミスタ・コルベール。それで、私は彼女と契約をしないといけないのですね?その、あまり気乗りはしませんが。」
未だ頬を膨らませ納得しきれていないルイズを見る。それはこちらのセリフよ!と怒りをあらわに叫びたそうにしているが、
コルベールに目で注意され頬を今までより少し大きくし、鋭い目つきでこちらをにらむだけに留まった。
「それは困るのですミスタ。この儀式は例外もやり直しも認められないもので、呼び出した生き物を使い魔にしなければならないのです」
困ったように笑うコルベール。その顔には気持ちは分からないでもないのですが、といいたげな表情が浮かんでいた。
「つまり、送り返したりはできない、と?」
タムリエルの召喚ではあり得ない事を言うコルベールに好奇心と望郷、そして行くべき天の地への思いからどうしてもそれを聞かなければならなかった。
もっとも、死んでしまった自分が元いたところに戻って幽霊になりたいという分けではないし、仮に送り返されてちゃんとエセリウスに送られるのかは分からなかったが。
「ええ、残念ですがそのような魔法はございません。それにミス・ヴァリエールはここで貴方と契約しないと進級が出来ないのです。どうか彼女の為にも契約して下さい」
もちろん、貴方の為にも。何も言わずともコルベールの笑顔は間違いなくそう言っていた。
「ああ、なら仕方がない。契約させていただこう。」
彼らがオブリビオンの住人であるとするなら、下手に食い下がれば何をされるか分かったものではない。それに一度死んでしまったのだ。
使い魔というのをやってみるのも悪くないのかもしれない。この世界の魔法について多少の興味もある。皇帝というとても重い責任から解かれ
若き日の過ちを再び起こさない程度の好奇心が蘇ったマーティンは出来るだけ普通に笑って未だ可愛らしく怒りをあらわにするルイズを見た。
「では、契約とやらをお願いできますかな。あー…ご主人様?」
従者がするようにひざまずき、頭を下げる。ルイズはその仕草にほほぅと感心した風に、しかし未だ怒ったままなのか少し冷たい声で言った。
「ふぅん、いい心構えじゃない。顔を上げなさい。我が名はルイズ・フランソワーズ――」
杖を片手に長々と詠唱を始めた。やはり詠唱も違うのか。しかし一体どのように契約を結ぶのだろう。
「――この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
杖をマーティンの額に置き、顔を近づけキスをする。一瞬の間の後ルイズは唇を離した。
口づけが契約とは、ロマンチックな契約方法を思いついたものだ。いや、普通は異形の化け物とするのだから気分としてはよろしくないな。
この方法を編み出した古のメイジに対しそんな感想を思うマーティンだったが、急に身体が熱くなり、彼は低い声で呻いた。
「すぐ終わるわ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけだから」
こっちが『契約』のメインか!やはり儀式など参加せずに断るべきだった――と言ってこれを蹴った時の対応策などあるはずもなく、またこの後来るだろうと思っていた
何らかの呪いにかけられるわけでもなく、熱はすぐに収まった。
「たしかにすぐに済んだとも、ご主人様。できればああいうのは先に言ってくれるとありがたいのだが」
立ち上がり、少々刺々しく言うが、ルイズはふふんと笑っている。
「身分を偽り、主人の使い魔になるのを嫌がった罰よ。素直に受けなさい」
本当は偽ってないのだが、しかしここで言ってもどうしようもないだろう。笑顔でコルベールが近寄ってくる。どうやら先ほどの契約の証らしい左手の甲に書かれたこの文字――
これは、この文字は見覚えがある。
「珍しいルーンですな」
以前、共にいた時間こそ短いものの私にとって最高の友人と共に入った古代のエルフ族、アイレイドの遺跡の文字盤に書かれていた文字によく似ていた。
「ここはニルンのどこかなのか…?しかし…それでは」
思わず声に出る。確証など何も無い。しかし、もしそうだとすれば自分はどういうわけか生き返った事になる。まさか、見習いメイジの彼女が?
「さっきからわけ分かんない事いってるんじゃないわよ。ほら、皆行ってるんだからさっさと行くわよ」
ルイズに言われ、思考の海からはい出て辺りを見れば先ほどまで周りにいた見習い達は皆空を飛んで建物の方へ向かっている。
あそこが先ほどコルベールの言っていたトリステイン魔法学院なのだろう。
「飛ばずに道を案内しようとしてくれるとはご主人様はずいぶんと優しいのだな」
シロディールでは法律で禁止されていた飛行の呪文はそこに住んでいたマーティンには当然使えない。今、空を飛ぶ見習い達と勉学を共にするルイズは
当然飛べるものをわざわざ自分の為に飛ばずにいるのであろうと考えていた。メイジというのは自分と自分の携わる研究以外はどうでも良いと思う人種である事を、自分自身
の経験からマーティンは知っている。使い魔として――おそらくは小間使いのような事をさせるのだろう――呼ばれた私に案内をしてくれる可愛らしい主人に、タムリエルの一般的なメイジにはない優しさがあるように思えた。
「ふ、ふん。そうよ。もっと感謝しなさい、魔法も使えない平民と一緒に歩いてあげてるんだからね!」
「いや、魔法なら使えるのだがね。空を飛ぶ魔法は覚えていないが」
驚きの声が辺りに響く。誰かが失敗を続けたせいで大幅に予定時刻を過ぎ、もう夕方になりつつある草原には、
タムリエルの夜を照らすのと同じように二つの月が浮かび始めていた。果たしてシロディール最後のセプティム家の皇帝がこの地で何を成し遂げるのか,
それは神々すらも分からない。ここは彼らが作り出した予言書にして既言の書、エルダースクロールのない世界――ハルケギニアなのだから。
#navi(ジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア)
#navi(ジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア)
1不運な皇帝
晴れ晴れとした青い空が延々と続いている。
なるほど、神の住まう地エセリウスとはこのような場所だったか。
父と先祖達は一体どこにいるのだろう。
黒髪で少し黄色がかった肌をした40代くらいに見える男、
マーティン・セプティムはどこかの草原に倒れていた。
タムリエル帝国最後の正統な血統を持つ皇帝だった彼は、
命と引き替えに国を守り、天に召されたはずだった。
ふと、自分が仰向けになって倒れていることに気づき、
起きあがろうとすると誰かの顔が見えた。
この地に住まう神々、九大神の使いか何かだろうか。
「あんた誰?」
エルフと人間のハーフを祖先とするブレトンであろう、
可愛らしい容姿の少女が何とも形容しがたい顔でそう言った。
何故お前がここにいるのだと言うのをとりあえず口には出すまいとし、
とりあえずこれは何なのかを確かめるような表情で。
「マーティン、マーティン・セプティムです。九大神の使いの方」
立ち上がって偽り無くハッキリと口にする。
周りには少女と同じ服装をした年若い少年少女達と、
それを束ねているのだろう年長者らしき姿が見える。
マーティンの言葉を聞いた途端に少女の表情が変わる。
何を言ってるんだこいつは。という風に顔をしかめ肩をすくめてマーティンを見た。
「何言ってるの、あんた。九大神って何?それにセプティム?
聞かない家名ね。もしかして異国の貴族…まさか、そんな服で貴族なはずないわよね?」
エセリウスではない?九大神の住まう地で、
それについて知らない等と言うことはありえない。
自分の国の王の名を知らないようなものだ。
そしてセプティムの名も知らない。
タムリエルやその周辺の国であるなら、
その名を知らぬ者はいないこの名を。ではここはどこだ?
困惑しつつも、頭の中に浮かんだ最悪の解答を、
あえて避けてマーティンが思考の海に落ちかけたとき、
自分の着ている服が変わっていることに気が付いた。
今着ているのは皇帝の為に作られた彩色豊かなローブではなく、
皇帝になるなぞ考えたことすら無かった数年前、
街の教会で神の教えを説いていた時に着ていた使い古しの小汚いローブだった。
「ううむ、貴族かどうかといわれれば、
たしかにそういう身分なのだが、この姿では証明することはできないな」
相手が本当に人間なのか良くは分からないが、
最悪の解答の世界に存在するあの連中のように襲いかかって来る気配はない。
適当に相槌を打ち、陽気な笑みを浮かべて、
目の前にいる桃色髪の少女をじっと見る。
小さな杖を持っている彼女は「ヘェ…」とうさんくさそうにマーティンを見ていた。
彼女はメイジなのだろうか?
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出すなよ!」
あざけりの混じった声で誰かがそう言うと、
目の前の少女以外の子供達が笑った。
桃色髪の少女、ルイズは弁解するが、
墓穴を掘ったようでさらに大きな声で笑われている。
召喚だと?マーティンの顔が途端に険しい物となる。
まさか彼女はアンデッドの代わりに私を呼び出してしまったというのだろうか。
マーティンのいたタムリエルで使われている召喚の魔法では、
ゾンビやスケルトンが見習いメイジに呼び出される召喚対象だった。
もっとも呼び出しても少し経てば元の世界に帰ってしまうのだが。
ならばエセリウスからここへ?いや、
そんな事が出来るメイジなど存在しない。
マーティンはここがどこかについて幾ばくか思考し、
ルイズが更に大きな墓穴を掘り進んでいるとき、誰かが声をかけてきた。
「失礼、ミスタ。私はこのトリステイン魔法学院で教師をしているコルベールというのですが」
先ほど見た年長者である。魔法学院?
ではここにいる子供達はやはり見習いメイジか?どうにも現状が理解出来ない。
とりあえずここがどこかを聞かなければとマーティンは口を開いた。
「あ、ああ。私はマーティン・セプティム。
ミスタ…コルベールでしたか?すいませんがここがどこか教えて欲しいのですが」
「ああ、はい」
おそらく、急に住んでいた所から、
違う場所に召喚されて混乱しているのだろう。
コルベールはそう思い、この地に住まう誰もが知っている事を、
ゆっくりとにこやかに話し始めた。
「トリステインです。ハルケギニアにある国の一つ、トリステイン。
他で有名な国ははアルビオン、ガリア、ゲルマニア、ロマリア…どうかなさいましたか?」
結果としてマーティンは尚更頭を痛める事となるのだが。
ハルケギニア等という大陸は聞いた事すらない。もちろんその五つの国々も。
できればタムリエルに未だ知られていない地であって欲しいが、
その可能性はおそらく低い。先ほど確かに私の体は消え去ったのだから。
しかし、さっきのやり取りからここがエセリウスであるとも思えない。
では残りうる答えは-考えたくない話だが-1つ。
ここは不死の邪な神々(というと多少の語弊があるが、
しかしそれ以外で短く説明できる語句を私は持ち合わせていない。)
であるデイドラ王達の誰かが所有する、
エセリウスとは違う異世界-オブリビオンのどこか。
しかもここはタムリエルどころか未だニルンの地に住まう者が、
誰も来たことがない様な辺境なのだろう。
マーティンはよくよく彼の地には縁があると、
目を閉じ右手を額に当てながらため息をついた。
コルベールがこちらをにこやかに見ている。
おそらく混乱している頭を整理する時間を与えてくれているのだろう。
「ああ、失礼。どうぞ続けて下さい。ミスタ・コルベール」
「ええ、まぁ気を楽にして下さい。何せ誰もこんな事が起こるなんて思っていませんでしたからね。『使い魔』の儀式で人間が呼ばれるなんて」
コルベールは笑顔を崩さなかったが、マーティンの顔は大いに引きつった。
「使い魔…ですか?」
自分だって聞いたことが無い。
このような使い魔の儀式とやらも人間が召喚で呼び出されたことも。
そもそも基本的に異世界から何かを呼び出すのだから、
人間が呼び出されるはずがないのだ。少なくともタムリエルの召喚の方法では。
「ええ、そうです。貴方を呼び出した彼女はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言いまして、ここトリステインでは名門と名高いヴァリエール公爵家の三女なのです。」
貴族のメイジとは珍しい。いや、バトルメイジ志望なのだろうか。
ハルケギニアと違い知ある者なら、
誰もが魔法を使えるタムリエルとその他の大陸や、
島々を合わせたニルンと呼ばれる世界でのメイジとはいわゆる専門職である。
研究室に何年もこもって実験を続けるため、
世の動きに疎くなりやすく、閉鎖的な空間で、
求める結果が出るまで作業を続けるという仕事は、
少なくても名門貴族の令嬢がやるようなものではない。
変わって、バトルメイジと言えばメイジの中でも、
格好の良い花形と言える職業である。
タムリエルの中央、シロディール内に置かれる評議会の総書記官オカートも、
腕の良いバトルメイジだった。見た目にも戦うメイジの凄さというのは、
学を持たない者に分かりやすい。
-どちらにせよあまり貴族の令嬢がやる仕事でないことは確かだが-
そうマーティンは思いながら使い魔について聞こうとした。
「その、ヴァリエールさんの使い魔ですか?それで私はここに呼ばれたと?」
「ええ、そうよ。酷い格好の貴族様?」
後から上品ながらも怒気をはらんだ声がした。
振り向くと件の桃色髪の少女、
ルイズがこちらを怖い顔で見上げている。
墓穴を掘り尽くしたらしい。
とりあえず-この格好では仕方ないが-
マーティンをやんごとなき身分であると、
信じてくれていないのは間違いなかった。
「まぁまぁ、ミス・ヴァリエール。少し落ち着いて下さい。」
「落ち着いてなどいられません!」
人間を召喚した事と私が身分を貴族と偽った事に、
腹を立てたらしい彼女はコルベールに召喚のやり直しを求めている。
よくよく周りを見れば、使い魔として呼び出された様々な生物が、
主人であろう子供達の近くにいる。
どう猛そうなモンスターもいたが、
ちゃんと主人と親睦を深めているようだ。
召喚のシステムその物が違うのか?
一体どういう風に出来ているのだろうか、
と青い髪の少女が呼び出したらしい、
青い竜を見ながらマーティンは若い頃、
恐れを知らなかった未熟なメイジに戻ったかのように、
辺りの使い魔とその召喚魔法の構成について考え、
それからややあって自分がどうなっているのかをもう一度考え始めた。
自分が死んでしまったのは間違いようのない話である。
デイドラ王の一人にして破壊を司るメイルーンズ・デイゴンを、
シロディールから追い出し、オブリビオンへ叩き返す為に
自身の命を使ったはずなのだ。体が消えていく感覚は確かに覚えている。
ならばここに私が使い魔として呼ばれた事は何か、
何なのかは分からないが意味があるのではないか。
「ミスタ・セプティム。よろしいでしょうか?」
ルイズを説得したらしいコルベールがマーティンにたずねる。
頬を可愛らしく膨らませながらこっちをにらむルイズではなく、
コルベールの目をじっと見て、マーティンは首を縦に振った。
「では、単刀直入に申し上げますと、
貴方は彼女の使い魔を呼ぶための呪文、
『サモン・サーヴァント』で呼び出されてしまったのです。
そしてこの春の使い魔召喚の儀式は昔からの伝統で、
呼び出された生き物を使い魔として契約せねばいけないのです。
どうやら、貴方は名前や身なり、先ほどまでの受け答えから察するに、
この地ではない東方の出身かと思われますが、
彼女と契約を済ませていただけませんか。
当然、貴方の衣食住は主人となるミス・ヴァリエールが負担します…
その歳ですと養われているご家族等いらっしゃるのでしょうか?」
彼もやはり私のことを貴族とは思っていないらしい。
この年季の入った青いローブを見て貴族と思う方が変かもしれないが。
しかし東方とは。ここの東方にもアカヴィリのように獣人がいるのだろうか。
「いや、家族はいない。教会で働いていたのでね。親兄弟たちも…はやり病で」
間違っても国家の崩壊を狙うカルト教団に暗殺され、
自身もそれに狙われていた等とは言えない。
少なくとも自分が召喚した何かがそんな事を言い出したら、
早々に元いた世界に送り返すだろう。
いや、送り返された方が良いのだろうか?
しかし私は死んでいるし、幽霊になるのは嫌だ。
「なるほど、それは…すいませんでしたな」
「いえ、お気遣いなくミスタ・コルベール。それで、
私は彼女と契約をしないといけないのですね?その、あまり気乗りはしませんが」
未だ頬を膨らませ納得しきれていないルイズを見る。
それはこちらのセリフよ!と怒りをあらわに叫びたそうにしているが、
コルベールに目で注意され頬を今までより少し大きくし、
鋭い目つきでこちらをにらむだけに留まった。
「それは困るのですミスタ。この儀式は例外もやり直しも認められないもので、呼び出した生き物を使い魔にしなければならないのです」
困ったように笑うコルベール。その顔には気持ちは分からないでもないのですが、
といいたげな表情が浮かんでいた。
「つまり、送り返したりはできない、と?」
タムリエルの召喚ではあり得ない事を言うコルベールに好奇心と望郷、
そして行くべき天の地への思いからどうしてもそれを聞かなければならなかった。
もっとも、死んでしまった自分が元いたところに戻って、
幽霊になりたいという分けではないし、
仮に送り返されてちゃんとエセリウスに送られるのかは分からなかったが。
「ええ、残念ですがそのような魔法はございません。
それにミス・ヴァリエールはここで貴方と契約しないと進級が出来ないのです。
どうか彼女の為にも契約して下さい」
もちろん、貴方の為にも。何も言わずともコルベールの笑顔は間違いなくそう言っていた。
「ああ、なら仕方がない。契約させていただこう」
彼らがオブリビオンの住人であるとするなら、
下手に食い下がれば何をされるか分かったものではない。それに一度死んでしまったのだ。
使い魔というのをやってみるのも悪くないのかもしれない。
この世界の魔法について多少の興味もある。
皇帝というとても重い責任から解かれ、
若き日の過ちを再び起こさない程度の好奇心が蘇ったマーティンは、
出来るだけ普通に笑って未だ可愛らしく怒りをあらわにするルイズを見た。
「では、契約とやらをお願いできますかな。あー…ご主人様?」
従者がするようにひざまずき、頭を下げる。
ルイズはその仕草にほほぅと感心した風に、
しかし未だ怒ったままなのか少し冷たい声で言った。
「ふぅん、いい心構えじゃない。顔を上げなさい。我が名はルイズ・フランソワーズ――」
杖を片手に長々と詠唱を始めた。やはり詠唱も違うのか。
しかし一体どのように契約を結ぶのだろう。
「――この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
杖をマーティンの額に置き、顔を近づけキスをする。
一瞬の間の後ルイズは唇を離した。
口づけが契約とは、ロマンチックな契約方法を思いついたものだ。
いや、普通は異形の化け物とするのだから気分としてはよろしくないな。
この方法を編み出した古のメイジに対し、
そんな感想を思うマーティンだったが、急に身体が熱くなり、彼は低い声で呻いた。
「すぐ終わるわ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけだから」
こっちが『契約』のメインか!やはり儀式など参加せずに断るべきだった
――と言ってこれを蹴った時の対応策などあるはずもなく、
またこの後来るだろうと思っていた何らかの呪いにかけられるわけでもなく、
熱はすぐに収まった。
「たしかにすぐに済んだとも、ご主人様。
できればああいうのは先に言ってくれるとありがたいのだが」
立ち上がり、少々刺々しく言うが、ルイズはふふんと笑っている。
「身分を偽り、主人の使い魔になるのを嫌がった罰よ。素直に受けなさい」
本当は偽ってないのだが、しかしここで言ってもどうしようもないだろう。
笑顔でコルベールが近寄ってくる。
どうやら先ほどの契約の証らしい左手の甲に書かれたこの文字――
これは、この文字は見覚えがある。
「珍しいルーンですな」
以前、共にいた時間こそ短いものの、私にとって最高の友人と共に入った、
古代のエルフ族アイレイドの遺跡の文字盤に書かれていた文字によく似ていた。
「ここはニルンのどこかなのか…?しかし…それでは」
思わず声に出る。確証など何も無い。しかし、
もしそうだとすれば自分はどういうわけか生き返った事になる。
まさか、見習いメイジの彼女が?
「さっきからわけ分かんない事いってるんじゃないわよ。
ほら、皆行ってるんだからさっさと行くわよ」
ルイズに言われ、思考の海からはい出て辺りを見れば、
先ほどまで周りにいた見習い達は、皆空を飛んで建物の方へ向かっている。
あそこが、先ほどコルベールの言っていたトリステイン魔法学院なのだろう。
「飛ばずに道を案内しようとしてくれるとはご主人様はずいぶんと優しいのだな」
シロディールでは法律で禁止されていた飛行の呪文は、
そこに住んでいたマーティンには当然使えない。
今、空を飛ぶ見習い達と勉学を共にするルイズは、
当然飛べるものをわざわざ自分の為に飛ばずにいるのであろうと考えていた。
メイジというのは自分と自分の携わる研究以外は、
どうでも良いと思う人種である事を、自分自身の経験から、
マーティンは知っている。使い魔として、
――おそらくは小間使いのような事をさせるのだろう――
呼ばれた私に案内をしてくれる可愛らしい主人に、
タムリエルの一般的なメイジにはない優しさがあるように思えた。
「ふ、ふん。そうよ。もっと感謝しなさい、
魔法も使えない平民と一緒に歩いてあげてるんだからね!」
「いや、魔法なら使えるのだがね。空を飛ぶ魔法は覚えていないが」
驚きの声が辺りに響く。誰かが失敗を続けたせいで、
大幅に予定時刻を過ぎ、もう夕方になりつつある草原には、
タムリエルの夜を照らすのと同じように二つの月が浮かび始めていた。
果たしてシロディール最後のセプティム家の皇帝がこの地で何を成し遂げるのか,
それは神々すらも分からない。
ここは彼らが作り出した予言書にして既言の書、
エルダースクロールのない世界――ハルケギニアなのだから。
#navi(ジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア)
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