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「次元の使い魔-01」(2008/08/28 (木) 13:33:28) の最新版変更点
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#navi(次元の使い魔)
&setpagename(PROJECT Ⅰ ~新生~)
執念があった。
強靭な精神に裏打ちされた目的意識。
その意思は、妄執ともいえるほど確固たるもの。
目的を遂げるまでは、どれだけの年月が経とうと消え去る事はない。
「俺は……」
虚数空間に呟きが漏れる。
言葉とは存在の証明。
形を持ち、紡いだ者を人たらしめていく。
ぼやけていた視界が晴れると同時に、自分自身の存在が再構築されていく。
曖昧だった意識はようやく知覚できるほどに浮上した。
だが、まだ足りない。
この程度では足りない。
もっと、もっとだ。
腕を伸ばし、この先にある何かを掴むイメージをする。
それをこの手に掴み取り、引き寄せる。
「俺は……死なんぞッ!」
言葉に応えるかのように、更に意識がクリアになっていく。
狂おしいほどの感情のうねりが、奔流となって空間に迸る。
因と果が重なったのを感覚的に理解できた。
淡い光が満ちてくる。
どこか別の世界への扉がゆっくりと開いていく。
──次元が、繋がる。
「あ、あんた誰……?」
抜けるような青空をバックに、一人の少女が彼を見下ろしていた。
どこか怯えたような表情で、少し距離を取っている。
少女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
トリステイン魔法学院に通う、貴族の子女である。
春の使い魔召喚の儀式で、目の前の彼をたった今召喚したのだ。
ルイズが怯えたのも無理はなかった。
彼女が行った『召喚』は、明らかに異常事態だったからである。
「早く答えなさいよッ!?」
ルイズの叫び声が響いた。
実際は、半ば虚勢であった。
大きな声でも出さなければ恐怖にのまれてしまいそうだったのだ。
このルイズの金切り声に、召喚で喚びだされた彼が反応した。
倒れていた体を緩慢な動作で起こして立ち上がり、気だるげに辺りを眺める。
まず最初に、足元からあちこち煙が上がっているのに目に付いた。
鉄と油の混じった、焼け焦げるような独特の臭いもする。
何度も嗅ぎ慣れた臭いだ。
その臭いと煙の元は、大きな鉄の塊が発していた。
歪な鉄の塊が、無造作に煙を吐きながらそこら中に散乱している。
元は大きな『何か』であったそれらの鉄塊は、異質な存在感を示していた。
「……どこだ、ここは?」
今度は、少し視線を上げてみる。
こちらを注視するような視線を向ける、奇妙な服を着た子供達の群れがあった。
その人垣の向こうは、見渡す限りの草原だ。
穏やかな風に、草が揺れている。
豊かな緑が目に眩しい。
見慣れない形の大小様々な草が競うように生えている。
……草?
「草だと?」
自分が最後に見た光景は、ゴビ砂漠の不毛な土地だったはず。
乾ききった死の大地だ。
決してこんな緑溢れる草原地帯ではなかった。
草原の向こうには、西洋風の城まで見える。
何の冗談かと思った。
元いた場所とは明らかに違いすぎる。
足元に散乱する金属の断片と、見慣れない風景。
脳裏を過ぎるのは自分の記憶の最後の光景。
そして、虚無の中で揺う意識とその覚醒。
まさかここは……?
唐突に閃く。
脳内で瞬時にいくつかの仮説が組み立てられた。
確証はないが、現状の情報を判断すると間違いはないだろう。
「クク……」
彼の顔が愉悦に歪んだ。
まだ少年とも呼べるその外見からはありえないような、歪な笑み。
少年の顔は狂気に染まっている。
そんな少年を、呆然としたようにルイズは見つめていた。
「あんた、誰なのよ……?」
三度目の問い。
ようやく少年がルイズへと顔を向けた。
黒い髪に黒い瞳の、まだ幼さの残る風貌だ。
一見すれば凡庸な印象を受けるだろう。
さっきの歪な笑みは一体何だったのかと思うほどだ。
どこにでもいるようなごく普通の少年というのが、ルイズから見た第一印象だった。
ルイズと少年の視線が交錯する。
「ひッ!?」
見つめられた瞬間、ゾクリとした。
思わず背筋に冷たいものが走ったルイズは、身震いをした。
先ほど自分が下した少年への判断が間違っていた事が、一瞬で理解できた。
──その目だけが、違った。
明らかに普通の少年がする目ではなかった。
侮蔑とも、哀れみとも違う、ある種の視線。
氷のような目で、少年はルイズをじっと見ている。
それはまるで研究者がモルモットでも観察しているように冷淡で、冷酷な瞳だ。
口元に嘲笑を張り付かせながら、少年が口を開いた。
「俺か? 俺は……」
そこで言葉を区切った。
一呼吸置いて、自分自身の言葉を確認するかのように喋る。
「俺の名は……木原マサキだ」
世界に宣言するかのように、木原マサキの言葉は放たれた。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、不安でいっぱいだった。
春の使い魔召喚の儀式でルイズが喚び出したのは、一人の少年。
そして、煙を吐いている大量の鉄の塊。
前代未聞の出来事だった。
人間が使い魔として召喚されただけでも異常なのに、鉄の塊までセットで付いてきたのである。
もう訳が分からない。
不安になるなと言う方が無理だった。
一応少年に名前を聞いてみたら『木原マサキ』だと返事はしたが、それっきり。
名乗った後はルイズに興味を無くしたかのように視線を外し、辺りを眺めては何かを考え込んでいる。
呆然と立ち尽くすルイズとは、もう目も合わせようとしない。
どうやら完全に無視されているようだった。
何だか腹が立ってきた。
さっきは目つきに驚いたが、よくよくこのマサキという少年を見てみると、明らかにただの平民である。
貴族の証である杖も持っていないし、マントもない。
鉄屑と一緒に平民を呼び出してしまった……。
そう思うと、腹が立った後は今度は自分が情けなくなり、今度は悲しくなってきた。
「ルイズが平民と一緒にゴミを呼びやがったぞ!」
ルイズの召喚を遠巻きに見ていた生徒の一人が声を上げた。
他の生徒達も次々と囃し立てる。
「しかも、平民には無視されてるぜ!」
「さすがはゼロのルイズだ!」
煽る声は止まらない。
「違うわよ! ちょっと間違っただけだもん!」
立ち上がって怒鳴り返す。
しかし、自分でも反論は無駄だと理解していた。
「お前はいつも間違ってばっかりだろ!」
人垣がどっと爆笑する。
「違うもん! そんなんじゃないもん!」
「じゃあ、あの平民は何なんだよ?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
上手い言い訳が見つからない。
「やっぱり『ゼロのルイズ』の名前通りだな!」
「召喚まで失敗とは、さすがだぜ」
「違うもん……」
蔑む様な視線が無遠慮にルイズに突き刺さる。。
生徒達の笑い声が、ルイズの耳にいつまでも木霊した。
ルイズはうなだれたまま、結局何も言い返す事はできなかった。
悔しくて仕方なかった。
生徒の中にはドラゴンを召喚した者もいた。
あのツェルプストーでさえ、サラマンダーを召喚していた。
せめて、犬や猫のような小動物でもいいから、普通の使い魔を召喚したかった。
いくらなんでも、平民の使い魔なんてひどすぎる。
目の前が涙で薄っすら滲んできた。
強く噛み締めた唇からは、かすかに血の味がした。
「ミスタ・コルベール。もう一度召喚をやり直す事はできないのでしょうか?」
ルイズは、こちらを気の毒そうに眺めていた禿頭の教師に声をかけた。
「それは駄目だ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!?」
「これは決まりだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだよ」
木原マサキと名乗った少年が『使い魔』という単語にぴくりと反応した。
ずっと無視してきたくせに、今度は探るような目でルイズを見ている。
コルベールの話は続く。
「この春の使い魔召喚は、伝統ある神聖な儀式です」
「それは分かってますけど……」
「いいですか、ミス・ヴァリエール。あなたが好む好まざるに関わらず、彼を使い魔にするしかないのです」
「でも先生! 平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」
ルイズの言葉に人垣がどっと笑った。
うなだれるルイズに、コルベールが優しく声をかける。
「平民であろうと、君にとってきっといつか素晴らしい使い魔になるさ」
「でも……」
「これ以上話す事はないよ、ミス・ヴァリエール。さぁ、儀式を続けなさい」
「分かりました……」
コルベールに促され、ルイズは使い魔の少年へと足を向けた。
「ちょっと」
ルイズはマサキに声をかけた。
「俺に何か用か?」
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、普通は一生ないんだから」
「何がだ?」
ルイズは何も答えず、手に持った小さな杖をマサキの前で振った。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」
早口のように唱え、自分の唇をマサキの唇へと重ねる。
マサキは多少面食らった顔をしたかと思うと、ルイズの背中に腕を回した。
「──んッ!?」
ルイズの口内にマサキの舌が侵入してくる。
蛇のように絡みつき、こちらの舌を激しく求めてくる。
ルイズの顔は一瞬で真っ赤に沸騰し、頭の中は真っ白になった。
気が付けばマサキを突き飛ばしていた。
「あ、あ、あ、あんた!? 何すんのよッ!?」
「何を慌てている?」
平然と返すマサキ。
「あ、あんたねぇ!?」
「先に誘ってきたのはそちらだ。気取る事はなかろう。俺に惹かれているのを隠す事はない」
「あんたに惹かれてなんかないわよッ!?」
ルイズが叫ぶが、マサキは話を聞いていなかった。
どうやら左手の甲に突然襲ってきた痛みに、顔をしかめているようだ。
「おい。何だこれは?」
「何って、使い魔のルーンが刻まれただけよ」
「使い魔のルーンだと?」
火傷跡にも似た奇妙な線が、マサキの左手の甲に刻まれていく。
「ほほぅ、これは珍しいルーンですな」
コルベールがやってきて、マサキの甲に刻まれた傷をしげしげと眺めた。
「見た事のない形ですな。一応、写しておきましょうか」
そう言うと、懐から紙とペンを取り出してスラスラと書き写した。
マサキは無言でその様子を観察していた。
「さてと、じゃあみんな教室に戻りましょうか」
コルベールはきびすを返すと、宙に浮いた。
他の生徒達もコルベールに続いて次々と浮かび上がる。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「『フライ』も『レビテーション』も使えないと不便で仕方ないな!」
「平民の使い魔一緒に歩くのがお似合いよ!」
口々にそう言って、笑いながら飛び去っていく。
残されたのは、ルイズとマサキの二人だけになった。
「飛んだ……?」
内心では驚きつつも表情を崩さないマサキの前で、ルイズが仏頂面のまま言う。
「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。今日から私があんたのご主人様よ。覚えておきなさいよ!」
「ご主人様だと?」
「そうよ。あんたは使い魔として私が召喚したのよ。平民が貴族に仕えられるんだから、光栄に思いなさい」
「使い魔? お前に従えというのか?」
憮然とした表情のまま、ルイズが答える。
「そうよ! 何か文句あるの!?」
「……いいか、言っておくぞ」
マサキはおもむろにルイズに近寄ると、胸倉を掴み上げた。
小柄なルイズの体が持ち上がり、爪先立ちになる。
「な、な、何すんのよ!?」
気丈に振舞って見せるが、ルイズの声は震えていた。
「俺に命令するな。操ろうなどと思うな。俺は好きなようにやらせてもらう」
それだけ言うと、投げ捨てるように掴んだ手を離した。
「きゃあッ!?」
尻餅をついたルイズを、マサキは冷たい目で黙って見下ろしていた。
ルイズとマサキ。
異界にて交わってしまった二つの運命の鎖。
物語は、ここより始まる。
動き出した流れは止まる事はない。
──冥府の王は、再びハルケギニアの地で目覚める事となる。
#navi(次元の使い魔)
&setpagename(PROJECT Ⅰ ~新生~)
執念があった。
強靭な精神に裏打ちされた目的意識。
その意思は、妄執ともいえるほど確固たるもの。
目的を遂げるまでは、どれだけの年月が経とうと消え去る事はない。
「俺は……」
虚数空間に呟きが漏れる。
言葉とは存在の証明。
形を持ち、紡いだ者を人たらしめていく。
ぼやけていた視界が晴れると同時に、自分自身の存在が再構築されていく。
曖昧だった意識はようやく知覚できるほどに浮上した。
だが、まだ足りない。
この程度では足りない。
もっと、もっとだ。
腕を伸ばし、この先にある何かを掴むイメージをする。
それをこの手に掴み取り、引き寄せる。
「俺は……死なんぞッ!」
言葉に応えるかのように、更に意識がクリアになっていく。
狂おしいほどの感情のうねりが、奔流となって空間に迸る。
因と果が重なったのを感覚的に理解できた。
淡い光が満ちてくる。
どこか別の世界への扉がゆっくりと開いていく。
──次元が、繋がる。
「あ、あんた誰……?」
抜けるような青空をバックに、一人の少女が彼を見下ろしていた。
どこか怯えたような表情で、少し距離を取っている。
少女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
トリステイン魔法学院に通う、貴族の子女である。
春の使い魔召喚の儀式で、目の前の彼をたった今召喚したのだ。
ルイズが怯えたのも無理はなかった。
彼女が行った『召喚』は、明らかに異常事態だったからである。
「早く答えなさいよッ!?」
ルイズの叫び声が響いた。
実際は、半ば虚勢であった。
大きな声でも出さなければ恐怖にのまれてしまいそうだったのだ。
このルイズの金切り声に、召喚で喚びだされた彼が反応した。
倒れていた体を緩慢な動作で起こして立ち上がり、気だるげに辺りを眺める。
まず最初に、足元からあちこち煙が上がっているのに目に付いた。
鉄と油の混じった、焼け焦げるような独特の臭いもする。
何度も嗅ぎ慣れた臭いだ。
その臭いと煙の元は、大きな鉄の塊が発していた。
歪な鉄の塊が、無造作に煙を吐きながらそこら中に散乱している。
元は大きな『何か』であったそれらの鉄塊は、異質な存在感を示していた。
「……どこだ、ここは?」
今度は、少し視線を上げてみる。
こちらを注視するような視線を向ける、奇妙な服を着た子供達の群れがあった。
その人垣の向こうは、見渡す限りの草原だ。
穏やかな風に、草が揺れている。
豊かな緑が目に眩しい。
見慣れない形の大小様々な草が競うように生えている。
……草?
「草だと?」
自分が最後に見た光景は、ゴビ砂漠の不毛な土地だったはず。
乾ききった死の大地だ。
決してこんな緑溢れる草原地帯ではなかった。
草原の向こうには、西洋風の城まで見える。
何の冗談かと思った。
元いた場所とは明らかに違いすぎる。
足元に散乱する金属の断片と、見慣れない風景。
脳裏を過ぎるのは自分の記憶の最後の光景。
そして、虚無の中で揺う意識とその覚醒。
まさかここは……?
唐突に閃く。
脳内で瞬時にいくつかの仮説が組み立てられた。
確証はないが、現状の情報を判断すると間違いはないだろう。
「クク……」
彼の顔が愉悦に歪んだ。
まだ少年とも呼べるその外見からはありえないような、歪な笑み。
少年の顔は狂気に染まっている。
そんな少年を、呆然としたようにルイズは見つめていた。
「あんた、誰なのよ……?」
三度目の問い。
ようやく少年がルイズへと顔を向けた。
黒い髪に黒い瞳の、まだ幼さの残る風貌だ。
一見すれば凡庸な印象を受けるだろう。
さっきの歪な笑みは一体何だったのかと思うほどだ。
どこにでもいるようなごく普通の少年というのが、ルイズから見た第一印象だった。
ルイズと少年の視線が交錯する。
「ひッ!?」
見つめられた瞬間、ゾクリとした。
思わず背筋に冷たいものが走ったルイズは、身震いをした。
先ほど自分が下した少年への判断が間違っていた事が、一瞬で理解できた。
──その目だけが、違った。
明らかに普通の少年がする目ではなかった。
侮蔑とも、哀れみとも違う、ある種の視線。
氷のような目で、少年はルイズをじっと見ている。
それはまるで研究者がモルモットでも観察しているように冷淡で、冷酷な瞳だ。
口元に嘲笑を張り付かせながら、少年が口を開いた。
「俺か? 俺は……」
そこで言葉を区切った。
一呼吸置いて、自分自身の言葉を確認するかのように喋る。
「俺の名は……木原マサキだ」
世界に宣言するかのように、木原マサキの言葉は放たれた。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、不安でいっぱいだった。
春の使い魔召喚の儀式でルイズが喚び出したのは、一人の少年。
そして、煙を吐いている大量の鉄の塊。
前代未聞の出来事だった。
人間が使い魔として召喚されただけでも異常なのに、鉄の塊までセットで付いてきたのである。
もう訳が分からない。
不安になるなと言う方が無理だった。
一応少年に名前を聞いてみたら『木原マサキ』だと返事はしたが、それっきり。
名乗った後はルイズに興味を無くしたかのように視線を外し、辺りを眺めては何かを考え込んでいる。
呆然と立ち尽くすルイズとは、もう目も合わせようとしない。
どうやら完全に無視されているようだった。
何だか腹が立ってきた。
さっきは目つきに驚いたが、よくよくこのマサキという少年を見てみると、明らかにただの平民である。
貴族の証である杖も持っていないし、マントもない。
鉄屑と一緒に平民を呼び出してしまった……。
そう思うと、腹が立った後は今度は自分が情けなくなり、今度は悲しくなってきた。
「ルイズが平民と一緒にゴミを呼びやがったぞ!」
ルイズの召喚を遠巻きに見ていた生徒の一人が声を上げた。
他の生徒達も次々と囃し立てる。
「しかも、平民には無視されてるぜ!」
「さすがはゼロのルイズだ!」
煽る声は止まらない。
「違うわよ! ちょっと間違っただけだもん!」
立ち上がって怒鳴り返す。
しかし、自分でも反論は無駄だと理解していた。
「お前はいつも間違ってばっかりだろ!」
人垣がどっと爆笑する。
「違うもん! そんなんじゃないもん!」
「じゃあ、あの平民は何なんだよ?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
上手い言い訳が見つからない。
「やっぱり『ゼロのルイズ』の名前通りだな!」
「召喚まで失敗とは、さすがだぜ」
「違うもん……」
蔑む様な視線が無遠慮にルイズに突き刺さる。。
生徒達の笑い声が、ルイズの耳にいつまでも木霊した。
ルイズはうなだれたまま、結局何も言い返す事はできなかった。
悔しくて仕方なかった。
生徒の中にはドラゴンを召喚した者もいた。
あのツェルプストーでさえ、サラマンダーを召喚していた。
せめて、犬や猫のような小動物でもいいから、普通の使い魔を召喚したかった。
いくらなんでも、平民の使い魔なんてひどすぎる。
目の前が涙で薄っすら滲んできた。
強く噛み締めた唇からは、かすかに血の味がした。
「ミスタ・コルベール。もう一度召喚をやり直す事はできないのでしょうか?」
ルイズは、こちらを気の毒そうに眺めていた禿頭の教師に声をかけた。
「それは駄目だ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!?」
「これは決まりだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだよ」
木原マサキと名乗った少年が『使い魔』という単語にぴくりと反応した。
ずっと無視してきたくせに、今度は探るような目でルイズを見ている。
コルベールの話は続く。
「この春の使い魔召喚は、伝統ある神聖な儀式です」
「それは分かってますけど……」
「いいですか、ミス・ヴァリエール。あなたが好む好まざるに関わらず、彼を使い魔にするしかないのです」
「でも先生! 平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」
ルイズの言葉に人垣がどっと笑った。
うなだれるルイズに、コルベールが優しく声をかける。
「平民であろうと、君にとってきっといつか素晴らしい使い魔になるさ」
「でも……」
「これ以上話す事はないよ、ミス・ヴァリエール。さぁ、儀式を続けなさい」
「分かりました……」
コルベールに促され、ルイズは使い魔の少年へと足を向けた。
「ちょっと」
ルイズはマサキに声をかけた。
「俺に何か用か?」
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、普通は一生ないんだから」
「何がだ?」
ルイズは何も答えず、手に持った小さな杖をマサキの前で振った。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」
早口のように唱え、自分の唇をマサキの唇へと重ねる。
マサキは多少面食らった顔をしたかと思うと、ルイズの背中に腕を回した。
「──んッ!?」
ルイズの口内にマサキの舌が侵入してくる。
蛇のように絡みつき、こちらの舌を激しく求めてくる。
ルイズの顔は一瞬で真っ赤に沸騰し、頭の中は真っ白になった。
気が付けばマサキを突き飛ばしていた。
「あ、あ、あ、あんた!? 何すんのよッ!?」
「何を慌てている?」
平然と返すマサキ。
「あ、あんたねぇ!?」
「先に誘ってきたのはそちらだ。気取る事はなかろう。俺に惹かれているのを隠す事はない」
「あんたに惹かれてなんかないわよッ!?」
ルイズが叫ぶが、マサキは話を聞いていなかった。
どうやら左手の甲に突然襲ってきた痛みに、顔をしかめているようだ。
「おい。何だこれは?」
「何って、使い魔のルーンが刻まれただけよ」
「使い魔のルーンだと?」
火傷跡にも似た奇妙な線が、マサキの左手の甲に刻まれていく。
「ほほぅ、これは珍しいルーンですな」
コルベールがやってきて、マサキの甲に刻まれた傷をしげしげと眺めた。
「見た事のない形ですな。一応、写しておきましょうか」
そう言うと、懐から紙とペンを取り出してスラスラと書き写した。
マサキは無言でその様子を観察していた。
「さてと、じゃあみんな教室に戻りましょうか」
コルベールはきびすを返すと、宙に浮いた。
他の生徒達もコルベールに続いて次々と浮かび上がる。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「『フライ』も『レビテーション』も使えないと不便で仕方ないな!」
「平民の使い魔一緒に歩くのがお似合いよ!」
口々にそう言って、笑いながら飛び去っていく。
残されたのは、ルイズとマサキの二人だけになった。
「飛んだ……?」
内心では驚きつつも表情を崩さないマサキの前で、ルイズが仏頂面のまま言う。
「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。今日から私があんたのご主人様よ。覚えておきなさいよ!」
「ご主人様だと?」
「そうよ。あんたは使い魔として私が召喚したのよ。平民が貴族に仕えられるんだから、光栄に思いなさい」
「使い魔? お前に従えというのか?」
憮然とした表情のまま、ルイズが答える。
「そうよ! 何か文句あるの!?」
「……いいか、言っておくぞ」
マサキはおもむろにルイズに近寄ると、胸倉を掴み上げた。
小柄なルイズの体が持ち上がり、爪先立ちになる。
「な、な、何すんのよ!?」
気丈に振舞って見せるが、ルイズの声は震えていた。
「俺に命令するな。操ろうなどと思うな。俺は好きなようにやらせてもらう」
それだけ言うと、投げ捨てるように掴んだ手を離した。
「きゃあッ!?」
尻餅をついたルイズを、マサキは冷たい目で黙って見下ろしていた。
ルイズとマサキ。
異界にて交わってしまった二つの運命の鎖。
物語は、ここより始まる。
動き出した流れは止まる事はない。
──冥府の王は、再びハルケギニアの地で目覚める事となる。
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