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#navi(トルネコの大冒険・不思議な使い魔)
学園の責任者であるオールド・オスマンは、美しい秘書をからかうという至福の時を過ごしていた。
秘書のロングビルは清楚で実務能力に優れた才媛であり、さらに目に楽しい曲線を描く腰の線を冷やかしても本気では怒らないという、まさに男にとってひとつの理想の結晶だった。
そんなオスマンのもとに難題を持ち込んだのは、学園の教師の一人であるミスタ・コルベールその人だった。
オスマンは軽く片眉をあげると少し考える表情をし、件の難題と直接向き合うことをコルベールへと伝えた。
つまり、使い魔となった平民、武器屋トルネコとの直接交渉に乗り出したのである。
***
「なるほど」
トルネコの主張を一通り聞いた後、オールド・オスマンはヒゲをしごきながら思案の表情をして見せた。
場所はトリスティン魔法学園の学園長室だ。来客用のテーブルの片方にはオスマンとコルベールが座り、反対側には『穏やかな表情』を浮かべたトルネコと、青い顔をしたルイズが座っている。
ミス・ロングビルは部屋の隅に控え興味がないように見えるが、優秀な秘書である彼女が事態の推移に興味を持っていないはずがなかった。
オスマンはすでにトルネコの表情の真の意味に気づいていた。
コルベールからの報告によれば、トルネコはトリスティンから遠く離れた場所から――少なくともサモン・サーヴァントが知られていないほど遠方からの被召喚者だった。
そんな彼が、本来、文化習俗のまったく違うここトリスティンでそんな余裕のある笑みを浮かべられるはずがないのだ。
トルネコの表情は、彼が自分たちにまったく気を許していないこと――商人として、足元を見られないために余裕の表情という鎧をまとっていることを意味していた。
そして、それがまったく自然なものに見えている。
手ごわい相手じゃな、とオスマンは思った。
「トルネコ君、だったか」
オスマンは言った。
「君の主張は筋が通っている。だが、現実問題として契約の儀式は済み、君にはルーンが刻まれている。ここまではいいかね?」
はい、とトルネコが首肯する。実際、トルネコの左手にはルーンが……ひどく特徴的な、珍しい形のルーンが刻み込まれている。
「正直に語ろう。我々としては、生徒の将来と君の主張を天秤に書けた場合、生徒のほうが重くなってしまうのは仕方がない」
ルイズが始めて希望を見出したかのように視線を上げる。
「それに、君が他国の有力者の庇護下にあったとしても、君が今いるのはここトリスティンであり、問題の解決には時間がかかる。ここまでは?」
またしてもトルネコは鷹揚に首肯した。
ルイズ以外の全員が気づいていた。これは、トルネコとオスマンの、言葉を介した戦いなのだ。
トルネコは、自身が他国の有力者の庇護下にあり、今回の件がある種の犯罪であると断じている。
それに対し、オスマンはトルネコが何を言おうとここトリスティンにいる以上いくらでももみ消せるとほのめかしている。
もちろん、双方の言葉にはそれぞれの正しさと嘘がある。トルネコのために他国の権力者が動く保証はない。
だが、トルネコの処遇が政治的問題になる可能性が否定できない以上、学園側は軽率な行動に走ることはけっしてない。
また、トルネコの主張を保証するものがない以上、学園側にはトルネコの主張を無視して問題を押しつぶすという選択が常にある。
結局のところ、双方が揉めているのはトルネコがこの学園でどのような処遇を受けるかという交渉に過ぎない。妥協し、調整し、双方の面子を守る。
「こうしよう」
とオスマンは提案した。
「我が学園は、その全力を持って君が元の場所へ帰るための方策を探す努力をすると約束しよう。その間、君はどうかミス・ヴァリエールの使い魔を勤めてはくれないか」
ここらあたりが現実的な妥協点だろうとオスマンは思った。もちろん、オスマンに正直にトルネコが帰還するための方策を調べる気などない。
これは時間稼ぎそのものであり、トルネコがここトリスティンで使い魔として生きていくための方策を探る、そのための先延ばしの手段に過ぎない。
この露骨な提案にトルネコがどうこたえるのかと身構えたが、トルネコは肩をすくめてオスマンの提案を受けた。
「わかりました」
穏やかな声に肩透かしを食らう。ずいぶんと素直だな、と思ったところで反撃が来た。
「では、進捗状況の報告について話し合いましょうか。いえ、私が皆様を信頼していないわけではないのです」
トルネコは言った。
「ですが、私が遠く離れた地でひどく不安である点はご理解いただけると思います。どうか、調査の進捗状況について報告していただくという、その点については是非にお願いしたい」
ふん、とオスマンは内心に思う。なかなか食えない狸じゃわい。
***
結局のところ、話し合いは学園側がトルネコの帰還手段を探すこと、その間トルネコがルイズの使い魔を勤めることで落ち着いた。ただし、その立場はただの使い魔というよりは、ルイズと契約した平民の使用人という立場に極めて近い。
「助かりました」
ミスタ・コルベールがお礼を述べるのに、苦い顔をしてみせる。
「何を言う。我々がどれだけのものを譲歩させられたか」
さすがは歴戦の商人だとオスマンは思う。
学園に呼び出された際、トルネコには拠るべきものは何もなかった。そこから口八丁手八丁だけでどれだけ多くのものを引き出したか。
本来、平民であるトルネコは文句ひとついえずにルイズの使い魔となってもおかしくなかった。そこで、いるかどうかもわからない権力者の庇護をほのめかし条件交渉のテーブルに着いた。
そこからはトルネコの独壇場だった。トルネコの出方を探るためにオスマンがあえて敵対的な出方をしたことすら逆手にとった。
オスマンがトルネコの主張を認める代わりに使い魔になれと脅したのに対し、それを受け入れることで極めていい条件での使い魔生活を約束させた。
特にトルネコが主張したのが、彼が個人として他者と交渉する権利だ。
ルイズの使い魔ではなく、あくまでもトルネコ個人として物事を解決する権利。
もちろん、他者はトルネコをルイズの使い魔としてしか扱わない。そのなかで、どれだけのことができるのか。
さて、とオスマンは思う。あの百戦錬磨の商人を、ルイズは御することができるだろうか。
トルネコとの付き合いは、ルイズに普通の使い魔を相手にする何倍もの経験をつませることになるだろう。努力家の生徒のことを思い、オスマンはまぁなんとかなるわい、とそれ以上の思考を放棄した。
オスマンも、国中の権力者の子弟があつまる学園の責任者だ。オスマンの普段のふざけた言動も行動も、いざとなれば大抵の問題は解決できるという自負ゆえだった。
***
そのころ、トルネコは学園の使用人用の部屋のひとつを与えられ、持っていた荷物の整理をしているところだった。
ルイズと同じ部屋に暮らすという事態は何とか回避した。なんといっても彼は妻帯者であり、子供とはいえ妻以外の女性と同衾するような気はなかった。
というのはもちろん学園側に伝えた嘘だ。
トルネコは始終浮かべていた表情を消した。妻と子供、そして仲間以外の前では見せたことのない、素の表情。
トルネコも商人として大成するまでの間、ただ遊んでいたわけではない。苦労もし、屈辱も覚え、不安に怯えた夜もあった。
常にある、商売が失敗する不安。旅に出ている間に、美しい妻が変心して自分を捨ててしまう不安。魔物に狙われるようになってからの、自らの命に関する不安。
そして、ただの商人に過ぎない自分が、あの頼もしい仲間たちの足かせになってしまう不安。
その全てを押し殺し、あるいは克服して歩んできたのがトルネコだった。トルネコは自分の両手を見た。ごつごつと硬くなり、多くの傷を持つ大きな手。
ただ金勘定をしていただけではこうはならない。時には剣を取り、時には盾を握り戦ってきた両手。妻を愛した手。子供を抱き上げるための手だ。
その手を見ているうちに、トルネコはざわついていた心を落ち着いていくのを覚えた。
冷静に、広げた荷物の確認に入る。
付き合いのない街で、いきなり高価な武器を売買するのは現実的ではない。信用を築き、互いの気心がつかめてから商売を大きくしていくのが常道だ。
そのため、トルネコが持ち込んだ武器防具はそれほど特別なものはなかった。
これらを換金し、この国の商人の間に食い込み、商売を広げていく。
事実上、まったくのゼロから始めることになる。その困難さと挑戦しがいを考え、トルネコはゆっくりと、商売用ではない笑みを浮かべていった。
窓の外には、二つの月が昇っている。
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#navi(トルネコの大冒険・不思議な使い魔)
#navi(トルネコの大冒険・不思議な使い魔)
学園の責任者であるオールド・オスマンは、美しい秘書をからかうという至福の時を過ごしていた。
秘書のロングビルは清楚で実務能力に優れた才媛であり、さらに目に楽しい曲線を描く腰の線を冷やかしても本気では怒らないという、まさに男にとってひとつの理想の結晶だった。
そんなオスマンのもとに難題を持ち込んだのは、学園の教師の一人であるミスタ・コルベールその人だった。
オスマンは軽く片眉をあげると少し考える表情をし、件の難題と直接向き合うことをコルベールへと伝えた。
つまり、使い魔となった平民、武器屋トルネコとの直接交渉に乗り出したのである。
***
「なるほど」
トルネコの主張を一通り聞いた後、オールド・オスマンはヒゲをしごきながら思案の表情をして見せた。
場所はトリスティン魔法学園の学園長室だ。来客用のテーブルの片方にはオスマンとコルベールが座り、反対側には『穏やかな表情』を浮かべたトルネコと、青い顔をしたルイズが座っている。
ミス・ロングビルは部屋の隅に控え興味がないように見えるが、優秀な秘書である彼女が事態の推移に興味を持っていないはずがなかった。
オスマンはすでにトルネコの表情の真の意味に気づいていた。
コルベールからの報告によれば、トルネコはトリスティンから遠く離れた場所から――少なくともサモン・サーヴァントが知られていないほど遠方からの被召喚者だった。
そんな彼が、本来、文化習俗のまったく違うここトリスティンでそんな余裕のある笑みを浮かべられるはずがないのだ。
トルネコの表情は、彼が自分たちにまったく気を許していないこと――商人として、足元を見られないために余裕の表情という鎧をまとっていることを意味していた。
そして、それがまったく自然なものに見えている。
手ごわい相手じゃな、とオスマンは思った。
「トルネコ君、だったか」
オスマンは言った。
「君の主張は筋が通っている。だが、現実問題として契約の儀式は済み、君にはルーンが刻まれている。ここまではいいかね?」
はい、とトルネコが首肯する。実際、トルネコの左手にはルーンが……ひどく特徴的な、珍しい形のルーンが刻み込まれている。
「正直に語ろう。我々としては、生徒の将来と君の主張を天秤に書けた場合、生徒のほうが重くなってしまうのは仕方がない」
ルイズが始めて希望を見出したかのように視線を上げる。
「それに、君が他国の有力者の庇護下にあったとしても、君が今いるのはここトリスティンであり、問題の解決には時間がかかる。ここまでは?」
またしてもトルネコは鷹揚に首肯した。
ルイズ以外の全員が気づいていた。これは、トルネコとオスマンの、言葉を介した戦いなのだ。
トルネコは、自身が他国の有力者の庇護下にあり、今回の件がある種の犯罪であると断じている。
それに対し、オスマンはトルネコが何を言おうとここトリスティンにいる以上いくらでももみ消せるとほのめかしている。
もちろん、双方の言葉にはそれぞれの正しさと嘘がある。トルネコのために他国の権力者が動く保証はない。
だが、トルネコの処遇が政治的問題になる可能性が否定できない以上、学園側は軽率な行動に走ることはけっしてない。
また、トルネコの主張を保証するものがない以上、学園側にはトルネコの主張を無視して問題を押しつぶすという選択が常にある。
結局のところ、双方が揉めているのはトルネコがこの学園でどのような処遇を受けるかという交渉に過ぎない。妥協し、調整し、双方の面子を守る。
「こうしよう」
とオスマンは提案した。
「我が学園は、その全力を持って君が元の場所へ帰るための方策を探す努力をすると約束しよう。その間、君はどうかミス・ヴァリエールの使い魔を勤めてはくれないか」
ここらあたりが現実的な妥協点だろうとオスマンは思った。もちろん、オスマンに正直にトルネコが帰還するための方策を調べる気などない。
これは時間稼ぎそのものであり、トルネコがここトリスティンで使い魔として生きていくための方策を探る、そのための先延ばしの手段に過ぎない。
この露骨な提案にトルネコがどうこたえるのかと身構えたが、トルネコは肩をすくめてオスマンの提案を受けた。
「わかりました」
穏やかな声に肩透かしを食らう。ずいぶんと素直だな、と思ったところで反撃が来た。
「では、進捗状況の報告について話し合いましょうか。いえ、私が皆様を信頼していないわけではないのです」
トルネコは言った。
「ですが、私が遠く離れた地でひどく不安である点はご理解いただけると思います。どうか、調査の進捗状況について報告していただくという、その点については是非にお願いしたい」
ふん、とオスマンは内心に思う。なかなか食えない狸じゃわい。
***
結局のところ、話し合いは学園側がトルネコの帰還手段を探すこと、その間トルネコがルイズの使い魔を勤めることで落ち着いた。ただし、その立場はただの使い魔というよりは、ルイズと契約した平民の使用人という立場に極めて近い。
「助かりました」
ミスタ・コルベールがお礼を述べるのに、苦い顔をしてみせる。
「何を言う。我々がどれだけのものを譲歩させられたか」
さすがは歴戦の商人だとオスマンは思う。
学園に呼び出された際、トルネコには拠るべきものは何もなかった。そこから口八丁手八丁だけでどれだけ多くのものを引き出したか。
本来、平民であるトルネコは文句ひとついえずにルイズの使い魔となってもおかしくなかった。そこで、いるかどうかもわからない権力者の庇護をほのめかし条件交渉のテーブルに着いた。
そこからはトルネコの独壇場だった。トルネコの出方を探るためにオスマンがあえて敵対的な出方をしたことすら逆手にとった。
オスマンがトルネコの主張を認める代わりに使い魔になれと脅したのに対し、それを受け入れることで極めていい条件での使い魔生活を約束させた。
特にトルネコが主張したのが、彼が個人として他者と交渉する権利だ。
ルイズの使い魔ではなく、あくまでもトルネコ個人として物事を解決する権利。
もちろん、他者はトルネコをルイズの使い魔としてしか扱わない。そのなかで、どれだけのことができるのか。
さて、とオスマンは思う。あの百戦錬磨の商人を、ルイズは御することができるだろうか。
トルネコとの付き合いは、ルイズに普通の使い魔を相手にする何倍もの経験をつませることになるだろう。努力家の生徒のことを思い、オスマンはまぁなんとかなるわい、とそれ以上の思考を放棄した。
オスマンも、国中の権力者の子弟があつまる学園の責任者だ。オスマンの普段のふざけた言動も行動も、いざとなれば大抵の問題は解決できるという自負ゆえだった。
***
そのころ、トルネコは学園の使用人用の部屋のひとつを与えられ、持っていた荷物の整理をしているところだった。
ルイズと同じ部屋に暮らすという事態は何とか回避した。なんといっても彼は妻帯者であり、子供とはいえ妻以外の女性と同衾するような気はなかった。
というのはもちろん学園側に伝えた嘘だ。
トルネコは始終浮かべていた表情を消した。妻と子供、そして仲間以外の前では見せたことのない、素の表情。
トルネコも商人として大成するまでの間、ただ遊んでいたわけではない。苦労もし、屈辱も覚え、不安に怯えた夜もあった。
常にある、商売が失敗する不安。旅に出ている間に、美しい妻が変心して自分を捨ててしまう不安。魔物に狙われるようになってからの、自らの命に関する不安。
そして、ただの商人に過ぎない自分が、あの頼もしい仲間たちの足かせになってしまう不安。
その全てを押し殺し、あるいは克服して歩んできたのがトルネコだった。トルネコは自分の両手を見た。ごつごつと硬くなり、多くの傷を持つ大きな手。
ただ金勘定をしていただけではこうはならない。時には剣を取り、時には盾を握り戦ってきた両手。妻を愛した手。子供を抱き上げるための手だ。
その手を見ているうちに、トルネコはざわついていた心を落ち着いていくのを覚えた。
冷静に、広げた荷物の確認に入る。
付き合いのない街で、いきなり高価な武器を売買するのは現実的ではない。信用を築き、互いの気心がつかめてから商売を大きくしていくのが常道だ。
そのため、トルネコが持ち込んだ武器防具はそれほど特別なものはなかった。
これらを換金し、この国の商人の間に食い込み、商売を広げていく。
事実上、まったくのゼロから始めることになる。その困難さと挑戦しがいを考え、トルネコはゆっくりと、商売用ではない笑みを浮かべていった。
窓の外には、二つの月が昇っている。
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