「鋼の使い魔-21」(2008/08/15 (金) 03:29:35) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
#navi(鋼の使い魔)
月明かりを背に、ワルド、ルイズ、ギュスターヴの三人が走る。
その足は少し登った丘に立つ巨木へ向かっていた。
ギュスターヴは先行するワルドを追いかけつつ、傍を走るルイズに聞いた。
「ルイズ。『桟橋』とは言ったが何処なんだ?……というか、何で船に乗るのに山の中なんだ?」
ギュスターヴの質問にルイズが答えぬまま、三人は丘の上の巨木の前にたどり着いた。
それは巨木、と一言で言うには足らぬほどの巨大な樹木だ。幹周りが何百メイルもある一本の樹。
町より続く道が樹木まで続き、それは樹木に明けられた巨大な洞に通じていた。
見上げれば樹から四方に伸びる、これまた巨大な枝先には、魚のひれのように上下左右に
帆を持った見慣れぬ船が繋がれている。
「ここが『桟橋』よ。船へは枝を伝って乗るの」
「あれが船か?……なんであんなところに」
「なんでって、アルビオンは空の上だもの。風石船に乗らなきゃ行けないじゃない」
当たり前のようにルイズが言う。まだまだこの世界は分からない事だらけだな、とギュスターヴが
感心しつつ、三人は洞より樹木の中へ入る。
樹木の内側は完全に人の手が入れられ、内壁を螺旋に切って階段が作られていた。階段の途中途中
の壁は穴があり、そこから枝へ移って船に乗るらしかった。
延々とつづく螺旋階段を三人は登って行く。
枝にはいる穴を4つは通り過ぎた頃、最後尾を行くギュスターヴの背後に人の気配を感じた。
ギュスターヴはそれを培われた勘で味方ではないと判断した。
「先に行け、ルイズ」
「ギュスターヴ?!」
振り返るルイズの視界には、デルフを抜いたギュスターヴと、その先の階段に立つ白い仮面を
つけた謎の男が杖を抜いて構える姿が見えた。
仮面の男が杖を振って『エア・ハンマー』を放つが、ギュスターヴはそれをかわしながら接近、
デルフを振り込んだ。
デルフと男の杖が交差する。踏み込んで一閃、二閃とギュスターヴが剣を振るうと、男はそれを
杖で捌きながら距離をとる。
ギュスターヴが再び距離を詰めるべく踏み込もうとしたとき、男が今までとは違う杖の構えをしていた。
「やばい、避けろ相棒!」
「?!」
デルフの声で踏み留まったギュスターヴは男を見た。
仮面の男の杖先がバチバチを何かが爆ぜる音をさせている。そして次の瞬間、男の杖先から光が
ほどばしりギュスターヴを貫いた。
「ぐぅっ!」
空気を吐き出せない感覚と左腕を引き裂くような痛撃を受けたギュスターヴの体がはじけるように
宙を舞った。
ギュスターヴの体は階段を何段と飛び越えてルイズの前に落下した。
「がふっ」
「ギュスターヴ!」
「おのれ族め!」
ルイズを背後に隠していたワルドが杖を振って『エア・カッター』を放つ。
仮面の男はそれをかわせず胴体にまともに受ける。身体をくの字に曲げ、階段の手すりをへし折る。
声も上げない謎の男は夜闇深き床へ向かって落ち、見えなくなった…。
倒れたギュスターヴにルイズとワルドが駆け寄った。
「大丈夫?ギュスターヴ」
「大丈夫かね、使い魔君。あれは風の魔法『ライトニング・クラウド』だな。まともに食らえば即死も
免れない魔法だが…」
その言葉とは裏腹に、よろよろとだがギュスターヴは身体を起こす。
「なに、わりと身体は頑丈なんでね。…っつ!」
魔法を受けた左腕が痙攣する。ために握ったままだったデルフを床に落としてしまう。
ワルドは床に落ちたデルフを拾うと、しげしげとそれを眺めた。
「剣が盾代わりになったのだろう。ただの剣ではないようだが」
「しらねーな」
デルフの言葉に持っていたワルドの目が見開かれる。
「……驚いた。インテリジェンス・ソードとは」
ギュスターヴはワルドからデルフを受け取って鞘に収める。
「ひとまず敵は退けた。船に急ごう」
言うと再びワルドを先頭に一行は階段を上った。
『ウェールズ邂逅』
ハルケギニア数字で『七番』と書かれていた枝には一隻の船が停泊していた。
全長約50メイル。乗員20名ほどの貨客貨物船である。
タラップから船に乗り込んだ三人は甲板で寝泊りしている船員の一人を起こし、船室で寝ているらしい
船長に取り次いでもらう。
暫くして船員に率いられて船長らしき身なりの比較的綺麗な男性が姿を見せる。
「なんだいあんたら、こんな真夜中に。悪いけどアルビオン行きなら日が昇ってからだぜ」
「すまないが今から出航してもらいたいんだ。金なら払おう」
「そうは言いますがね。風石の量がスヴェルの最短行路分しか積んでませんで。今から出たら途中で落ちますぜ」
「なら、足りない浮力は僕が賄おう。僕は風の『スクウェア』だ。それくらいはできる」
「へ、へぇ。…料金は弾んでもらいますぜ」
「ふん。僕らは王族の命で動いている。請求はトリステインにしてくれよ」
ワルドと船長が交渉を進めている間、ギュスターヴとルイズは甲板の上に座り、船上の色々な物を眺めていた。
「…積荷は、硫黄か」
ぽつりとギュスターヴがつぶやく。傍にいた船員は頷いた。
「へい。アルビオンの貴族派は羽振りがいいもんで、火薬の材料になる硫黄は同じ重さの黄金と同じ値段で
買い取ってくれるんでさ」
「賊軍にしては資金が潤沢なんだな」
「今じゃ王党派が賊軍みたいなもんですよ。前に行った時はニューカッスルを残して拠点は全部貴族派が
落としてしまっていたし、もう5日ともたないんじゃないかって言うのがもっぱらの噂ですよ」
「…そんなに、追い詰められているのね」
ルイズは自分達に与えられた時間があまりないということに心を暗くした。隣のギュスターヴを見上げる。
「…ところでギュスターヴ。どうして積荷が硫黄だってわかったの?ここには積荷が何処にも置いて
ないけど」
「ん?床に摺ったような黄色い粉が残っていたし、それを嗅ぎ取れば臭いですぐにわかるさ。
…船員の人、悪いけど水と包帯もらえるかな。やけどに効く薬があればそれも」
先程まで船長と交渉していたはずのワルドが、ピーっと指笛を吹く。
すると町の方に残していたグリフォンがやがて飛んできて、甲板に着地した。
「よく躾けてあるのだな」
「魔法衛士大隊の幻獣騎士にとって、身を任せる幻獣は兄弟みたいなものさ。生憎ここから
アルビオンまで飛べるほど足は長くないがね」
乗客となった三人を除いて徐々に甲板の上が騒がしくなる。ロープが外され、四方のマストが呻りを上げて動く。
桟橋から切り離された船は徐々に上昇していき、遠くラ・ロシェールの町明かりが見える。
ギュスターヴは持ってきてもらった包帯と水を腕に当てながら、それらを眺めていた。
船は夜を通して飛び続け、途中からワルドは船底に潜って風石の変わりに船を浮かすべく、魔法を使い続けた。
ギュスターヴとルイズは貨客用の一室に通され、そこで夜を明かした。
陽も上がって暫く。ギュスターヴは甲板から外を眺めていた。
視界には、巨大な大地が雲を纏って浮かぶ光景が広がっている。
「…何度みても、奇異だな」
「サンダイルにはこういうのはないのかしら?」
気が付けば、隣にルイズが立っていた。
「…ないな。第一『空を飛ぶ』というのが珍しい行為だ。幼いワイバーンや魔物なんかを手なずけて
空を飛ぶ、なんていう輩も居なくはないがな」
「ふーん」
言いながら、違和感が残る左腕の包帯を撫でる。
「…まだ、痛むの?」
「薬と包帯はもらったし、痙攣はおさまった。やけどの腫れが引けば問題はない」
「……そう」
そうしていると、船の内部に通じる階段からワルドが出てきて身体を解している。
「いやぁ…、やっとアルビオンの浮力圏内までついたね。もう僕の魔法は空っぽだよ。暫くはそよ風も出せないね」
「浮力圏?」
「アルビオンの国土周囲5リーグはね、風石がなくても舟艇を浮遊させる力場が存在するのだよ。
なぜかは誰も知らないがね」
再び感心しているギュスターヴを尻目に、ルイズはアルビオン大陸の下部、白くけぶっている雲の中に影を見た。
それは徐々に雲の中から姿を現してこちらに向かってくる。
遠目に見てもそれは船であった。しかし、こちらの船よりも2回りほど大きいように見える。
「船がいるわ……貴族派の船かしら」
「船長に聞いてこよう」
ワルドは甲板から船長室へ歩いていった。
船長室では見張り台へ続く導管に向かって怒鳴りつけていた。
「いいからやるんだよ!この辺りをうろついてるんだから貴族派の船に間違いないだろうが。
いいか、『当方ハ商船、スカボロー港マデ行路ヲトル』だ」
雲から出てきた船は識別旗を上げずに接近してくるのである。こちらとしては敵意等が無いことを
見せて進行を遮らないように伝えるしかない。
暫くして見張り台から声が返ってくる。
「船長、向こうから返答です。『停船セヨ、シカラザレバ砲撃ス』と!」
「あんだって?!」
そうしている間にも謎の船は見る見る近づいてくる。タールを塗られた黒い船体が日光で光沢を放っていた。
相手の船は舷側にずらりと砲を並べ、その数24門。こちらは申し訳程度に数門が移動式で用意されているに過ぎない。
どうすればいいのかと逡巡していると、相手船の大砲の一つから砲撃が走る。
空気を割るような音がして、砲弾は商船の進路上数十メイルの位置をすり抜けた。
「再度向こうから『停船セヨ、シカラザレバ砲撃ス』と」
見張り台の報告とほぼ同時に船長室へワルドが入ってきた。
「船長、どうしたのだね。あの船は一体何だい?」
「いや、その…停船しなければ砲撃すると向こうから」
「ふむ。…仕方ない。停船を」
「しかしですねー…」
「僕らもここで死にたくはないんだ。頼むよ」
「は、はい…」
停止した商船に黒い船は舷側をぴったりとつけ、黒い船から武器を持った男たちが乗り込んできた。
「空賊だ!抵抗するな!」
「空賊?!」
驚くルイズや船員を尻目に続々と乗り込んでくる男達。その手には短銃身の銃、クロスボウ、曲刀や斧を持っている。
最後に薄汚れた派手な格好をしている一人の男が荒々しく降り立つ。
「船長はどこでぇ」
「私だ」
船長室から空賊たちに前後を挟まれ拘束されるように船長が姿を見せた。
「船名と積荷を言いな」
「トリステイン船籍『マリー・ガランド』号。積荷は硫黄が1000リーブルだ」
おお、と空賊たちから声が上がる。空賊の頭らしき派手な男は、にやりと笑う。
「よっし。船ごと積荷はもらうぞ。代金はてめぇらの命だ。ありがたく受け取りな」
悔しい顔の船長を横目に、空賊頭は甲板にいる船員らしからぬ姿の三人を見つけた。
「ほぅ。この船は貴族も積荷に入ってるみたいだな。…連れて行け!」
「へい」
頭の一声で空賊たちに拘束される三人。ギュスターヴとワルドは押し黙ったまま杖と剣を取り上げられた。
「ちょ、離しなさい!下郎が」
「威勢がいいな!おっと杖は預からせてもらうぜ」
突っかかっていくルイズをギュスターヴが引き止める。
「ギュスターヴ」
「ここは大人しく捕まっておけ」
「でも…」
「おらぁ!きりきり歩け!」
前後を空賊に挟まれて、三人は空賊船の中へと連れて行かれた。
三人が入れられたのは空賊船の中にある空き部屋らしかった。荷物が雑然と置かれ、はめ殺しの窓から
陽光が残酷なまでに部屋を明るくしている。脇に置かれた古ぼけた机にはなんだかよく分からない
小物がゴチャゴチャと詰め込まれていた。
「もう!どうして止めるのよ!」
軋みを上げる椅子に座って地団駄を踏んでいるルイズである。
「あそこで暴れたってしょうがないじゃないか。いざとなれば船を砲撃して沈めてしまえばいい分、
あの場は不利だった」
「ふむ。おそらく空賊たちは僕らを貴族と見て、身代金なりを取れると思ったんだろうね」
「でも、不甲斐ないわ…手紙と指輪は手元にあるけど、これじゃ任務をすすめられないじゃない。
ニューカッスルの王党派はもう長くないっていうんだから」
さて、これからどうしてくれようかと三人が膝つき合わせていたその時。部屋の扉が空けられ、
見張りらしき男が入ってくる。その手にトレイを持ち、スープとパンが乗っている。
「食事だ」
受け取ろうと手を伸ばしたギュスターヴ。しかし男はトレイを渡さずにギュスターヴの手を払った。
「質問に答えてもらおう」
ルイズが立ち上がる。
「言ってみなさい」
「今のアルビオンに何の用があってきた?」
「旅行よ」
「冗談を言うな、アルビオンは内乱中だぞ。もっとも、最近は貴族派が勝ちに勝っているがな。
王党派につくような酔狂な奴は、もう殆どいねぇ。そんな奴がいたらとっ捕まえて
貴族派に引き渡すとたんまり礼金がもらえるのさ」
ニヤニヤと男がルイズを見下ろす。男は船乗りらしい焼けた肌と筋肉の張り詰まった
身体をしている。
「この船を無傷で出たいなら、貴族派に突く奴だって船長に口利きしてやるぜ。でなけりゃお前さん
たちは王党派の連中ってことで貴族派に突き出す」
ルイズはハッとして、次にぎりりと歯噛んで叫んだ。
「ふざけないで。始祖の王権をないがしろにする貴族連合に組するつもりはないわ。
私達はニューカッスルのアルビオン王家に用があるのよ」
「なんだと?!」
次の瞬間、ギュスターヴが飛び上がって男に組み付く。声を出さないように口を押さえ、部屋に
あったロープで手足を縛った。
「さて、叫ばれないように口にも布をかませておかないとな……。しかしなぁ、ルイズ」
「何よ」
鮮やかに男を捕らえたギュスターヴの声が呆れている。
「無理な物言いかもしれないが、もう少し駆け引きをするべきだったな。もうちょっと情報を
引き出して欲しかった」
それを聞いて朗らかにワルドが笑った。
「それは無理な注文だよ使い魔君。ルイズのような乙女に切った貼ったの男達と交渉させるのは難しい。
今ので十分だよ、ルイズ」
「…そう」
ワルドの慰めのようなそうでないような物言いに釈然としないルイズだった。
それを脇に、ギュスターヴは捕らえた男の持ち物を探っている。船を脱出するなり何なりするにしても道具がいるからだ。
「ん…なんだこれは」
口を封じられてもがもがと男が呻くが無視する。
「どうしたの」
「首から何かを下げているな。アクセサリの類じゃなさそうだ」
麻らしき首のひもを引きちぎって取り出した。それは手のひらに収まる程度の小さな金属の
板切れ。穴を開けてくび首を通していた。
「銅板だな。彫り物がしてある」
「見せなさい。…『アルビオン近衛艦隊 少尉 レオニード』……近衛兵の認識票じゃない」
「それだけじゃないな。衣服は汚れ物だが、小物が小奇麗過ぎる…」
男の持っている道具に杖はなかったが、持っていたナイフは拵えに象牙が仕込まれた美麗なもの。
とても空賊のような人間が持っているものではないとすぐにわかる。
「少し調べてみる必要がありそうだな」
持ち物を見ていたワルドが捕まえた男を見る。男は先程と違い、黙ったままこちらを見ている。
「いくつか質問をする。首を振って答えるんだ」
ワルドの言葉にも男は反応を示さない。
「この認識票はお前のものか」
首を振らない男。
「この持ち物はすべてお前のものか」
やはり首を振らない。
「応えたほうが身のためだと思うぞ」
「変わりなさい!」
ワルドを押しのけてルイズが男に迫った。
「あんた!この認識票とナイフはどこで盗んだのかしら!?栄えあるアルビオンの近衛兵の持ち物でしょ。
こんな薄汚れた空賊風情がもつものじゃないわ。さぁ、これを何処で手に入れたか教えなさい!」
肩を使うんで男を揺さぶるルイズ。しかし応えない男。その内ルイズの方が息切れして手を離してしまう。
「ハァ、ハァ…答えなさいって言ってるでしょーがー!」
「落ち着け、ルイズ」
ギャアギャア言い始めたルイズを宥めたギュスターヴ。その手には部屋の机の中から発見した
虫眼鏡と釣り針が握られている。
「さて、残念だがお前に拷問をしてみる」
ギュスターヴが冷淡な声で男に語りかけた。男はわずかに身を固めたが、静かだ。
「まず瞼にこの釣り針を通し吊り上げる。釣りあがった瞼は閉じる事ができないな。
その上で開いたままの眼球に、虫眼鏡で集めた光を当て続ける。今はいい時間で日が高い。
じっくり時間をかければ目玉が焼けるぞ」
表情のないギュスターヴが淡々と『拷問』について説明した。焼けた眼球がどうなるのかを
とくとくと語る様は、傍で聞いているルイズやワルドの背筋を寒くする。
「さて…」
にじり寄るギュスを見て男が暴れだす。
「しゃべるか?」
男は首を横に振る。
「よし」
暴れる男を押さえ込んだギュスターヴは目をつぶっている男の左まぶたを指で摘み、片手の
釣り針を押し付ける。男が悲鳴を上げているかのようにふさがれた口で叫んでいる。
「しゃべるか?」
今度は男の首が縦に振れた。
「君も結構、なんというか…」
流石のワルドも顔が引きつっている。
「さ、流石私の使い魔ね」
「いいのかい?あれで」
ルイズの声が震えていて、ワルドは本気で心配になりそうだった。
さて、そんな二人を置いて、ギュスターヴは捕まえた男の口をゆっくり解いた。
「わ、我々はアルビオン王直属の近衛部隊だ。空軍司令と共に貴族派への撹乱工作をしている」
「王直属?!」
その言葉にルイズが沸き立つ。
「そうだ。我々は残された空軍戦力を動員し、貴族派へ物資を輸送する船籍があればこれを捕縛し、
物資を奪うのだ。これは補給線を絶たれた我々の貴重な物資補給手段でもあるのだ」
男の言葉はにごりが無い。官給を受けて生活する人間独特の堅さが含まれている。
ニッ、と笑ったギュスターヴは男に言った。
「さっきも言ったが、俺達はアルビオン王党軍に用がある。船の責任者に会わせてくれ」
アルビオン軍人であると名乗った男の拘束を解くと、男の先導に依って部屋を脱出した三人は
一つの部屋の前で暫く待たされ、暫くしてその部屋に招かれた。
そこにはあの派手な格好の空賊頭がいたが、鬘と付け髭、そして眼帯を外した姿である。
その姿は王族らしい気品と、若者らしい瑞々しさをもった青年が座っていた。
「ようこそお客人。先だっては無礼な振る舞いをしたことをここでわびよう。私はアルビオン
空軍司令、ウェールズ・テューダーだ」
威風堂々としたたたずまいでウェールズと名乗る男は三人を出迎えた。
二人より一歩前に出てルイズは恭しく頭を下げた。
「トリステインはアンリエッタ王女殿下より、ウェールズ王太子へ密書を託ってまいりました」
「ふむ。…すまないが、それらを証明する事はできるかね?つまり、君達がアンリエッタの使者であることを」
そう聞くと、ルイズは懐から託された指輪を出した。
「これを見せればよいかと」
「!…それはトリステイン王家秘宝『水のルビー』に間違いない。…なるほどアンリエッタの使者らしいことは認めよう」
含むように笑うウェールズに、困惑する声でルイズが聞いた。
「あ、あの」
「なにかな大使殿」
「本当にウェールズ王太子なのでしょうか」
「ふむ…。これで十分かな」
言うとウェールズは引き出しから水のルビーに良く似た作りの指輪を取り出して、指にはめて見せた。
「これはアルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ。始祖から続く四国に相伝わる秘宝のなかで、トリステインの
『水のルビー』と対になるとされる」
二つの指輪の間には魔法の作用なのか、朧気な虹が浮かぶ。
「大変失礼をばしました」
「いやいや、立派な心がけだ。では密書を」
ルイズが懐に大事に抱えていた手紙をウェールズへ渡す。
ウェールズはそれを開き、静かに読んだ。一度は素早く。そして二度読むと、風のルビーとともに
机の中へとしまいこんだ。
「…そうか。アンリエッタは結婚するのだね。僕の可愛い…従妹は」
穏やかに微笑んで話すウェールズ。しかしの顔にはわずかに影が差しているように、ルイズは思えた。
「残念だがこの場には所望の手紙は持ってきていない。このまま我々の本陣までご同行願おう」
片目を瞑って笑うウェールズ。それは年相応の茶目っ気が滲んでいる。
「少々、面倒だがね」
#navi(鋼の使い魔)
#navi(鋼の使い魔)
降伏勧告の時限が迫るニューカッスルの地下。
隠し港は少なくない数の非戦闘員を脱出させる『イーグル』号、『マリー・ガラント』号へ人と物を載せるべくごった返していた。
特に『マリー・ガラント』号はトリステイン船籍であるため、避難民の中でもトリステインに伝手のあるものが多く乗り込んでいた。
船の所持者は居なくなってしまったが、運がよければ無事に国外に出ることができるだろう。
ウェールズの計らいで不意の客人たちのためにも席が用意されていたが、うち二人は用があって、そこには居ない。
そして残る一人、ギュスターヴの姿が……そこにはなかった。
『ギュス対ワルド』
ニューカッスル城内に作られた、ブリミル教の礼拝堂の中で、ウェールズは待っていた。
礼拝堂とはいえ、そこは王族の所有する城である。天井には煌くような巨大なシャンデリアが吊られている。
ウェールズの格好は礼服。今ここで結婚式を挙げる二人の門出を祝うべき正装である。
勿論、式が終われば二人の脱出を見送って後、戦場となっている陣にとって返すつもりだった。
何事もないならば。
礼拝堂に安置された始祖の像へと伸びる絨毯の上を、ルイズとワルドの二人が腕を組んで歩いていく。
ルイズはウェールズより借り受けた花嫁衣裳を身に着けて居るが、表情は冴えない。昨晩は倒れる様に眠り、今朝もワルドに起こされてからもずっとこの調子だった。
そんなルイズを知ってか知らずか、ワルドはルイズを優しくリードしながら始祖像の前で待つウェールズの前に立った。
「では、式を始める」
厳かに言ったウェールズはワルドを見た。
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓うか?」
その手の杖を胸に掲げ、ワルドはわずかに緊張が乗った声で答える。
「誓います」
続いてウェールズはルイズに向かい、同じように文句を繰り返した。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女…」
ルイズの思考はどこか遠かった。今この場の結婚式すら、まるで他人の出来事のように思えた。
どうして今、結婚式をするのだろう?
ワルドと結婚するのは、多分、やぶさかじゃない。
ウェールズ殿下の媒酌で式を挙げるのも、悪くない。
でも、どうしてだろう?
私の中の何処からか、『今は駄目』って言っているような気がしてならない。
どうして駄目?
誰かがいないから?
誰?お父様やお母様?お姉様たち?キュルケやタバサ?もしかして姫殿下?
誰も違うような気がする。
どうして?
「新婦?」
ウェールズの問いかけにはじめてルイズは顔を上げた。
「緊張してるのかい?」
そう言ってワルドは笑いかけた。その様は何処までも、優しい。
(ワルドは好きと言ってくれたのか?)
「では、改めて。汝は始祖ブリミルの名においてこのものを敬い、愛し、そして夫とすることを誓うか?」
ウェールズの言葉の後に広がる数拍の静寂が過ぎる。
そしてルイズは静かに、首を横に振った。
「ルイズ?」
顔を上げたルイズはワルドに答える。
「ごめんなさい。ワルド」
「何を言っているんだい?」
「貴方が嫌いではないの。だけど、貴方が本当に私を愛してくれているのか、私はわからないわ」
「緊張しているだけさ。深呼吸して、気分を落ち着ければ」
「そういう問題じゃないの。ごめんなさい。今、貴方と結婚できないわ」
ウェールズはルイズの様子が変わったことを見抜いた。
「新婦はこの結婚を望まぬか」
「はい。お二人には大変失礼をいたす事になりますが、私は今、この結婚を望みません」
立ち並ぶ二人の男に浮かぶ表情はそれぞれだ。ウェールズは静かに首肯した。
ワルドは驚きがありありと顔に浮かび、ルイズの肩を両手で掴んだ。
「ルイズ。君は緊張しているだけだ。僕との結婚を拒むなんて」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。でも、でも今は駄目。今の私は…」
ルイズはワルドの顔を見た時、どこかで深い後悔を覚えた。
見えたワルドは険しい顔で、飢えた犬が肉を追いかける時に見せる獰猛さをはらんでいた。
「ルイズ!僕は、君とともに世界を!世界を手に入れるんだ!その為にも君が必要なんだ!」
ルイズは慄いてワルドを振り切り、後ずさった。
「そ、そんなの…私は要らないわ」
「僕には必要なんだ!君の力が!君の秘められた能力が!」
「そんなの、私には無いわ」
両手を広げてワルドが叫ぶ。
「君は気付いてないだけだ!君の秘められた力は、始祖に匹敵する奇跡を呼べる!嘗て誰もたどり着く事が出来なかった聖地を手に入れることが出来る力なんだ!」
恐怖で顔を引きつらせるルイズとの間に、ウェールズが割って入りワルドを押さえた。
「もう辞めたまえ子爵!ラ・ヴァリエール嬢にこれ以上の狼藉、この私が許さん!」
「黙っておれ!」
ワルドがウェールズを突き飛ばす。ウェールズの体が浮いて傍の机をなぎ倒して落ちた。
ルイズはその様に明確な恐怖を覚えて、尚も後ずさった。
ワルドはじりじりとルイズに迫っていく。
「さぁ、ルイズ。僕と結婚してくれ。僕と君の力で、世界を、聖地を、全てを手に入れるんだよ」
「私にはそんな力は無いわ。四属性ですらない私にそんな力は無いし、世界も聖地も興味はないわ」
「君は気付いていないだけなんだよ!君の力は」
「もういい!何よさっきから力ちからって。そんな理由で結婚できるわけないわ!こんな侮辱をうけるなんて。ワルド、貴方を見損なったわ!」
組み付こうと手を伸ばすワルドを、横から再び起き上がったウェールズが飛びついて突き飛ばした。
「それ以上の狼藉は僕の魔法が君の体を八つ裂きにするぞ、子爵」
殺意の篭ったウェールズの杖先が向けられ、ワルドはようやく二人から距離をとった。
「こうまで言ってもだめなんて。つれないな、僕のルイズ」
優しげにワルドは言ったが、もうその言葉をルイズは聞く気になんてなれなかった。
「誰が貴方のルイズよ!絶対に貴方と結婚なんてしないわ!」
ルイズの眼が燃える。それは己を燃やす炎だ。怠惰な昨日までの己を燃やすための。
こんな奴に寄りかかろうとしていた自分が憎らしい、という意思が入っている。
そしてそんなルイズの意思を汲み取れる男が、たった一人。
応えた。
「それが聞きたかったぞ。ルイズ」
礼拝堂を包むように聞こえる、誰かの声。
当然のようにルイズは気付いた。パッとその表情に光が差す。
「ギュスターヴ!」
出所不明のギュスターヴの声はワルドに向けられる。
「さて、ワルド。少なくとも俺の主人だ。狼藉の報復はさせてもらうぞ」
「どこだ!どこにいる?ガンダールヴ!」
ルイズを背に負いながらウェールズがじりじりとワルドから遠ざかっていく中、ワルドはどこかに潜んでいるだろうギュスターヴに向かって叫んだ。
「どこにいる!!」
叫んだ次の瞬間、バチンと金属が切断される音が鳴り、天井を飾っていたはずのシャンデリが落ちた。
「!!」
シャンデリアは落ちながら天井と繋がる飾り綱をブチブチと引きちぎり地面と激突する。飾り綱が蛇のように暴れ、並べられている椅子を薙ぎ、小窓が割れる。
ガラスやフレームの砕ける音にワルドが慄いて身を屈めた。シャンデリアはちょうど遠ざかったウェールズ、ルイズとワルドの間に落ちたのだ。
「な?!」
眼を開いたワルドはその光景に思わず飛びのいた。
「少々派手な登場になってしまったかな…えぇ?子爵」
砕け散ったガラスを踏みしめて、ギュスターヴが抜き身のデルフを手に立っていた。
果たして、なぜギュスターヴはこの場に立っているのか。
ギュスターヴは昨晩、ルイズが寝付くのを見てから夜遅くウェールズを訪ねた。
そしてウェールズに主人の身を守る為、礼拝堂で行われる結婚式の時に身を隠しておく場所を用意してもらったのだ。
ワルドへの不審をチラつかせたものの、ウェールズ自身は半信半疑ではあった。
しかしルイズを前にしての豹変を見て、ウェールズは己の見解の浅さを思い知ったのだった。
「き、さ、ま」
ガチガチと歯が鳴りそうなほど、ワルドは目の前の不敵な男を睨んだ。
「どうした?あまりの衝撃に声も出ないか?それとも、お目当てのお宝が手から遠ざかって狼狽しているのか」
そういわれて初めてワルドは、ルイズとウェールズが手の届かぬ礼拝堂の反対側に移動した事を理解した。
「貴様、なぜそれを」
「何のことだ?」
得心がいったらしいギュスターヴは、少し離れた場所に居るルイズにも聞こえるようにはっきりと話した。
「ラ・ロシェールの賊、宿を襲ったフーケ、桟橋の仮面の男…すべてお前の差し金、だろう?」
「そんな?!」
ルイズの悲壮な叫びが男達を貫いた。
「そうさ」
嗤うワルド。その眼は腐った魚のように濁っている。
「どうやら、伏せ札はすべて見られてしまったらしい。これ以上虚飾する必要も、ない」
ククククク、と噛み殺す様に、嗤った。
「僕はあの無能な姫より任務を与えられた時から、この旅で三つの収穫を得るはずだった。
一つは、ルイズ、お前だ」
ワルドはシャンデリアの後方に居るルイズを指差す。
「誰があんたになんか!」
「そう、残念だ」
ちっちっちと指を振るワルド。
「しかし、あとの二つは手に入れさせてもらう」
「お前は『君のポケットにある、アンリエッタの手紙をもらう』という」
「君のポケットにある、アンリエッタの手紙をもらう…何?」
割り込まれたギュスターヴの声に振り向けば、今度はギュスターヴが笑っていた。顔を抑えて下らない世話話で笑うように、笑っている。
「もう一つも当ててやる。ウェールズ王太子の首だ。今なら新鮮な首を持って、貴族派の大将の元にはせ参じる事ができるからな」
「…忌々しい。使い魔の分際で」
笑いながらもギュスターヴはデルフを構えた。
「どうした。自分で言ったのだろう『伏せ札はすべてばれた』と。手前の言葉くらい覚えて置けよ、若造」
「貴様ぁぁぁ!」
激昂するワルドから叩き込まれる『エア・ハンマー』。間合いが狭く、ギュスターヴはとっさに剣で受ける。その体が吹き飛んでシャンデリアに叩き付けられた。
「ぐぅ!」
「どうしたガンダールヴ。威勢がいい割に所詮、そんなものか」
「ギュスターヴ!」
砕けるシャンデリアの音がルイズに恐怖を与える。
握られたデルフが騒ぐ。
「おおー、思い出したぜ」
「こんな時に無駄話は出来ないぞデルフ」
のっそりとシャンデリアから立ち上がるギュスターヴ。
「相棒、俺様でもう一度、魔法を受けな」
「何?」
立ち上がるギュスターヴへ再度繰り出されるワルドの『エア・ハンマー』。これ以上下がれず、脇に飛ぶ。
『エア・ハンマー』でシャンデリアがさらに砕け、ガラス片が後ろのルイズとウェールズに降り注ぐ。
「きゃあ!」
「ルイズ!」
余所見していると三度、『エア・ハンマー』が迫った。
やむなく再びデルフで魔法を受ける。するとデルフの剣身が輝いて、空気の塊がデルフに吸い込まれる。
「相棒。俺様はな、6千年前のガンダールヴにも握られていたんだぜ。長い間、つまらねぇ時間を過す為に、姿も変えていたのを、すっかり忘れていたぜ」
剣身の光が収まると、鏡のように磨き上げられた白銀の剣身のデルフが姿を見せる。
「ちゃちな魔法は俺様が全部、吸い取ってやるよ」
「ほう、それはいい」
魔法が失敗したかと体が浮ついたワルドにギュスターヴの剣撃が迫った。ワルドはそれを杖で受ける。
「やはりただの剣ではなかったようだな。ますます、ルイズを手に入れたくなった」
「娘一人くどき落とせない童貞坊やが生意気なんだよ。寝言は寝てから言うんだよ」
あくまでも不敵なギュスターヴの言葉がワルドの神経をぷつぷつと刺激する。ワルドは乱暴に杖を叩きつけて間合いを開けた。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
聞きなれない呪文に踏み込むのをやめたギュスターヴの前に風が巻き上がり、次の瞬間に新たな四人の人影が現れた。
「「「「「これぞ風の最大特性『偏在』(ユビキタス)だ」」」」」
同時に杖を構える5体のワルド。
「一人一人が意思と力を持った分身だ。君程度では相手にもならんよ」
「やはり桟橋の男はお前自身だったのだな」
5人のワルドの杖、その先端に渦が巻いて真空の切っ先を作る。
「気付いていたのか」
「剣をあわせれば一度やりあった相手なら大概わかる。お前はやり方がへたくそだぞ。子爵?」
「……串刺しになれ、ガンダールヴ!」
杖を中心に真空の切っ先をつくる『エア・ニードル』。それを纏った5人のワルドがギュスターヴへ迫った。
ハルケギニアの戦士なら、瞬く間に肉体を穴だらけにして絶命するだろうその攻撃を、ギュスターヴは漏らさず受け、捌き、流した。
防御技『ディフレクト』が杖の纏う魔法の風を受けると、それがデルフによって徐々に削れるように吸われていく。
「ちぃ、『エア・ニードル』でもだめか!」
飛びつこうとするワルド達を剣で受けてかわす。
「裏切り者のくせに手が甘いぞ、若造」
「舐めた口を「エア・カッター!」なに?!」
対峙する二人の脇から飛び出した真空の刃が一体のワルドの首を刎ねた。偏在のワルドが蜃気楼のように掻き消える。
(シャンデリアの影から…!)
ウェールズが巨大なシャンデリアの影から、ワルドの一体にエア・カッターによる攻撃を試みたのだった。
ワルドの一体がシャンデリアの影から飛び出して、ウェールズとルイズに迫っていく。
「ルイズ!ウェールズ!」
「余所見すんな相棒!」
振り向けば迫る三体のワルド。
「ちっ!」
遮二無二突っ込んでくるワルド三体を剣で突っぱねながら構えを変える。
「『スマッシュ』!」
一瞬の隙を見せた一体が袈裟に両断される。
「後二人……!」
接近戦を嫌ったか間合いを取った残り二体のワルド。その周囲の空気が白く光っている。
「同じ手は食わん!」
空かさず懐からナイフを二本抜き、ワルドに向かって投げる。
『ライトニング・クラウド』が電撃を放出した直後、飛翔するナイフへ電撃が反れ、ギュスターヴへの狙いが外れた。
「「なんだと?!」」
「『剣風閃』!!」
驚くワルドに向かって振られるデルフ。斬撃が衝撃波となって飛翔し、二人のワルドが胴抜きになって消滅した。
「あとは本体だけだぜ、相棒」
「ああ」
シャンデリアの向こう側でウェールズと交戦しているワルドに向かおうと足を向けた時。
「動くな、ガンダールヴ!」
ワルドの声に身を固めて動きを止めた。
「ゆっくりと、こっちに出てくるんだ」
ワルドの声は先程とは変わって余裕を含んでいる。不意の攻撃に備えながら、そろりとギュスターヴは動いた。
視界に入るワルドは、手元に引き寄せたルイズに『エア・ニードル』を突きつけて、こちらを見ている。
その傍でウェールズが血を流して倒れていた。
「ギュスターヴ!来ちゃ駄目!」
「はははははは!形勢逆転だな、ガンダールヴ」
ギュスターヴは剣を構えてワルドとにらみ合う。
「おおっと、動かないでくれ。僕の手元が狂えば、ルイズが死ぬぞ」
「ギュス…ターヴ…君……すまない…」
息が絶え始めたウェールズを尻目にワルドは嗤う。
「ここからじゃ僕のグリフィンは呼べない。だがもう暫くで始まる攻城の砲撃を合図に、この礼拝堂に飛び込んでくるようにしつけてある。それまで、大人しくしてもらうぞ…」
にらみ合ったまま、じりじりと時間が過ぎていく。
がっちりと腕に押さえ込まれたまま、ルイズは豹変した嘗ての婚約者へ哀れむように聞いた。
「ワルド…どうして貴方がアルビオンの貴族派なんかに…」
「ふふ、我々『レコンキスタ』は国を越えた貴族の連盟なのさ。今ある腐敗しきった王家を粉砕し、聖地の獲得とエルフを打倒するために団結したのだよ」
「正気じゃないわ…エルフに勝てると思っているの?」
「我々の首領はそれが出来るお方なのさ」
「…いつからそんな人になってしまったの…昔の貴方はそんなじゃなかったわ」
俄に城が揺れ始め、花火を上げるようなドン、ドン、という音と共に近くで爆発音が響き始める。
「砲撃が始まったようだ」
「ぅ…」
ウェールズは焦っていた。なんとかしてこの場を納め、一刻も早く陣頭に立たねば鳴らない。
しかし今の自分は杖を落とし、さらに『エア・ニードル』の突きを受けて流血している。
自分でも流れる血が命の砂が落ちるのを早めているのがわかった。
「気をしっかり持て、ウェールズ」
声をかけるギュスターヴに視線で答えるウェールズだった。
「さて…どうやら僕の目的は達せられつつあるわけだが…」
ワルドは嗤いながらも拘束を一切緩めず、『エア・ニードル』を纏った杖先をギュスターヴへ向けた。
「この僕を散々虚仮にしてくれたガンダールヴ。お前だけはこの場で殺す」
「!」
耳元でしゃべるワルドの言葉がルイズを青ざめさせた。
「まず剣を捨てろ。その場を一歩でも動いてみろ。僕はためらい無くルイズを殺す」
「……」
ワルドの眼を身ながら、ゆっくりと剣を降ろしていくギュスターヴ。
「ギュスターヴ……」
今にも消えそうなルイズの声。
「おい、相棒……」
安否を気遣うデルフが囁く。
ギュスターヴが床に剣を落とそうとした、その時。
ガラスを打ち砕く音と、吹き込む烈風。ステンドグラスを割ってワルドのグリフィンが飛び込んできたのだ。
先刻の予告通り、グリフィンは砲撃の音を聞いて礼拝堂に出現した。
「!!」
その音と風に一瞬、ワルドとルイズの注意が反れた。
一陣の風がルイズと、ワルドを撫でた。
「…ん?」
視線を上から下ろすワルドには、間近に剣を振り下ろしたギュスが居る。
「『無拍子』」
一言、同時にワルドの杖を握る左腕が、二の腕から切れてぼとりと床に落ちる。
「……ぁああああああっ!」
腕が落ちた衝撃で錯乱するワルド。その腕に居たルイズは目の前の惨事に失神してぐったりと脱力する。
噴水のように血がワルドの腕から噴出す。目前のギュスターヴはその返り血をたっぷりと浴びている。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
「どうした若造。腕一つで裏切りを贖えると思っているのか」
静かに、だが怒気を含んだ声。血で服と顔を真っ赤に染めたギュスターヴは合わさって鬼のように見える。
「ぐ、グリフィン!」
ルイズを打ち捨てて一声。躾けられたグリフィンがギュスターヴ目掛けて前足を叩きつけるように、ステンドグラスの窓から急降下する。
振り返ってギュスターヴが飛ぶ。ガンダールヴのルーンが肉体能力を引き出し、喉笛を振りかざされた前足ごと『払い』、『袈裟切り』にグリフィンを薙ぎ、
翼を掴んで空中で反転し、脳天を目掛けて再び『払う』。
「『ファイナルレター』!」
対象の五体急所を連続して叩く剣技を変形気味に叩き込む。着地と共にグリフィンが重い音を立てて、床に広がるシャンデリアの中に落下した。
再度ガラスやフレームの砕ける音がして、倒れこんだグリフィンの身体に深深と突き刺さる。ギュスターヴの剣技によって命を削った幻獣は、
煌くシャンデリアに飾られながら絶命した。
「ふ…ふ…」
気が付けば周囲にワルドが居ない。視線を上げると割られたステンドグラスの前で、断ち切られた左腕ではなく、右腕に杖を持ってワルドが浮遊していた。
「ワルド!」
「せいぜい、そこで、ウェールズと、瓦礫に、埋まるがいい」
失血によるものであろう、引きつったような嗤い声を上げて、ワルドはステンドグラスから外へ飛び去っていった。
「ウェールズ…」
血に塗れたままだったが、ギュスターヴはウェールズを抱き起こした。流れる血で礼服は染まり、健康的だったウェールズの肌は青白くなり始めていた。
「…ヴァリエール嬢…ギュスターヴ君……」
力なく、立ち上がるウェールズ。何気なく自分の胸元を押さえると、布生地の吸いきれない血が溢れるくる。
「僕は…行かなくては…」
「最期に言う事は無いか」
今にも斃れそうなはずのウェールズは、一歩二歩と歩いてから振り返った。
「最期…?」
ウェールズの死相に駆られたはずの表情が、割れた窓から陽光が差して明るくなる。
「アンリエッタに…伝えてくれ。強く、生きろと…そうだ…」
礼服の懐から千切り取るように取り出したのは『風のルビー』だった。
「これを見せれば…納得するはずだ……」
投げるようにギュスターヴに渡す。受け取ったギュスターヴはそれを大事にしまった。
「これで…行ける」
「武運を祈る」
安堵したようなウェールズにギュスターヴは深く礼をした。
ウェールズは振り返らず、そのまま礼拝堂を出て、姿を消した。
「ん…んぅ……」
ルイズは頬に当たる風を感じて目を覚ました。
自分が気が付けば、そこは10メイルほどの大きさのボートである事がわかった。
「ここは……」
「気が付いたか?」
振り向くと、ギュスターヴがロープで繋がれた3枚の帆を後ろで動かしている。
「ギュスターヴ…そうだ!ワルドは?ウェールズ様はどうなったの?!」
「ワルドは逃がしてしまった。ウェールズは…」
空気が揺れる。
見上げれば既に遠くにあるニューカッスル城が、砲撃で火の手が上がりつつある。
「……行かせたのね」
「ああ」
「生きているのが不思議なくらいだったウェールズ様を、戦場に残したのね」
「俺をなじるか?ルイズ」
「……ううん。連れ出しても、あの瑕じゃ、もう……」
伏せた顔を、熱い雫がこぼれていくのだった。
ボートは静かに揺れて、段々とアルビオンから離れている。
「……ところで、どうして私達はボートに乗っているの?」
「ああ、それはな」
あの後、ギュスターヴはルイズを背負って港まで戻り、遺された小型ボートを操って港を出、遠くここまで漕ぎ出したのだった。
「浮力圏から滑降して適当な場所に降りられるといいんだが」
「うそ!こんな高いところから落ちるつもり?」
「あの場にいても瓦礫の下敷きになるだけだぞ」
「ぅ……」
雲の切れ間に森が見える。
地上まで3,000メイル。帆を張って降下するにしても風石が無い小さなボートではルイズの想像する以上の速度で地上に向かっていくはずだ。
「ところで下を見てくれ、こいつをどう思う?」
「すごく…高いです…」
ボードの帆は寝かせられ、少しでも揚力を得られるようにしている。が、それも焼け石に水。
「お、だんだん高度が下がってきたな」
「え!?えぇ?!ちょ、ちょっとまって」
「そうは言ってもな」
「ま、まだ心の準備が」
着実にボート高度が下がっていき、降下速度が上がっていく。耳に風を切る音が聞こえ、ルイズの背筋が凍っていく。
「ちゃんと捕まってろ」
「ひぃーーーー!」
ギュスターヴは懸命に寝かせた帆が戻らないようにロープを引っ張っていたが、揺れるボートは当然、速度を落とさない。
「おお、スリルがあるな」
「降ろしてー!ここから降ろしてー!!」
風がごうごうと呻って二人を包んでいた。
視界一杯に広がる空。その果てから青い物体がこちらに向かって飛んでくる。
それはきゅいーっと、鳴いていた。
「あら、楽しそうねお二人さん」
キュルケとタバサはフーケを撃退した後、負傷で丸一日ラ・ロシェールに釘付けになっていた。
手遅れかもしれないが、今からアルビオンに行けばルイズたちと合流できるかもしれない、という希望を持ってシルフィードを飛ばしていた矢先。
もう少しでアルビオンという場所で、見知った二人が風石も積んでいないような小さなボートの帆を寝かせ、落下しているのを見つけたのだ。
「キュルケ、二人をこっちへ」
「わかってるわ」
キュルケとタバサは杖を振ってシルフィードの上から『レビテーション』で二人を浮かす。
そのままホバリングするシルフィードの背中へと移した。
「きゅぅ~…」
「あら、目回してるわね」
数瞬の後にボートが森の中に落下してぐしゃりと砕けた。
「た、助かった…」
「感謝しなさい、ルイズ」
「う、うううううるさいわね!」
「ありがとう、タバサ」
「大丈夫。生きていてよかった」
四者がそれらしい言葉を交わせる。互いに言外に再開を味わった。
よく見るとキュルケとタバサは体の各所に包帯を巻いている。
「水の秘薬がラ・ロシェールじゃ暴騰してるんだもの。同じ重さの黄金並だったわ」
「それでそんな格好なのね…」
「タバサが秘薬を持ってなかったら宿屋で寝てたわね」
タバサが携帯していた水の秘薬をキュルケとシルフィードで分け合って使ったのだという。
「さて、これからどうするのルイズ…あら」
気が付けばルイズはシルフィードの背びれに抱きつくようにして、眠っていた。
「よほど疲れたのね…どうするのミスタ」
「ここからトリスタニアまで行けるか?」
「大丈夫。頑張って」
こんこん、とシルフィードの首を叩く。
きゅいー、と鳴いてシルフィードは遠く王都を目指して飛んだ。
#navi(鋼の使い魔)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: