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「ナイトメイジ-10」(2009/09/19 (土) 01:55:09) の最新版変更点
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#navi(ナイトメイジ)
アンリエッタ王女の学院訪問はわずか一日で終わる。
この後の王女の予定は王都トリスタニアに帰るとなっているのだが、それも口で言うほどに簡単なことではない。
王女ともなれば護衛の近衛騎士団をはじめとして、供となる人間はそれこそ両手両足では数え切れないほどになる。
それだけの人間が移動するのだ。
王女の訪問と同様に、学院は朝から慌ただしい喧噪に包まれていた。
その喧噪の中、二人の学生とその使い魔、そしてメイドが一人学園から姿を消したのではあるが、
それを気にとめるものは彼らの野外学習届けと休暇届を受け取り、それにサインを記したオールドオスマンの他はいなかった。
時は進み同日深夜
「ほんとに……来れちゃった」
ここまで来るのはそう難しくなかった。
ホントは難しかったのかもしれないが、ベルの言うとおりに街の中を駆け、橋を渡り、
壁をくぐり乗り越えあれよあれよという間にたどり着いたのはアンリエッタの住まうトリステインのお城。
そして見上げるルイズの視線の先には魔法のランプの明かりに照らされた窓が一つある。
あれこそ目指すアンリエッタの部屋だ。
昨夜、アンリエッタと相談して、迎えに行くと約束はしていたが、実際どうやって城の中に潜り込もうかとルイズはずっと悩んでいたのだが……あきれるほど簡単についてしまった。
この城の警備はそんなに穴だらけというワケじゃないはずなのだが……
ベルはそんなものあってもなくても同じとばかりに、すいすい警備をすり抜けて城の中までやってきた。
「ねえ、ベル。あなた、本当は大公じゃなくて泥棒やってたんじゃないの?」
「前にも言ったでしょ。泥棒じゃなくて、怪盗よ」
「どう違うんだか」
バサリ、とマントを翻す音がする。
「さしずめ、怪盗貴族と言ったところだね。僕にふさわしい優雅な響きじゃないか」
いつものように薔薇をつけた杖を持って格好をつけているが、翻したマントにはシミができているし髪には小枝や葉っぱがついているし、顔には擦り傷があちこちついていて全く様になっていない。
実際、ここまで「うわー」だの「ひえー」だのと一番悲鳴を上げていて、そのたびに「だまれ」「うるさい」とベルにはたかれていたのはこいつなのだ。
「あの、それより早くしないと見回りの人が来ると思いますよ」
それに比べてベルの後ろで苦笑をして佇んでいるメイドのシエスタはどうかと言えば、ヘッドドレスから靴の先まで全く汚していない。
学院で雑事をしている時より汚れていないんじゃないかというくらいだ。
「それもそうだけど、ここからどうするの?あの窓まで」
悔しいが、ルイズはフライが使えない。
遙か上の灯りのついた窓を首を痛くして見上げて眉をひそめていると、ベルが後ろにしがみついてきた。
「なにして……」
全部言い終わる前に体がふわりと宙に浮く。
出そうになる悲鳴を両手で押さえてはいるが、周りをきょろきょろしてしまうのは止めようがない。
「おとなしくしてなさい。落ちちゃうわよ」
うなずきながら下を向くと、ギーシュが必死の顔でシエスタを抱えて浮かび上がっているのが見えた。
ドットのギーシュにはまだ人を一人抱えて空を飛ぶのはかなりの重労働みたいだ。
ベッドに座ったアンリエッタはずっと待っていた。
昨晩、相談したように窓にランプを置いて目印とし、当番の近衛騎士達にはそれとなく警備を緩やかにしておくように言ってある。
それでも、ここまで誰にも見つからずにやって来られるかどうかは心配だったが、アンリエッタはただただ静かにルイズ達を待っていた。
何度窓に映る自分の姿を見たか、既に数え切れなくなった頃、それを叩く音がアンリエッタの耳に入る。
歩く、ではもどかしく窓まで走って鍵を、それから窓を大きく開けた。
「ルイズ!」
まず窓から転がるように入ってきたのは一組の男女。
一人は昨日合ったばかりのギーシュという学院の生徒のはずだ。
とても疲れているようで、地面にへたり込んで息を切らしている上に汗も床を濡らすくらいに流れ落ちている。
もう一人はトリステイン魔法学院のメイドのようで、アンリエッタが目を向けると素早く立ち上がり、深々と頭を下げる。
「もしかして、あなたが?」
「はい、シエスタと申します」
「ルイズ達はどうしたのですか?」
「もうすぐ……あ、お二人とも来られたみたいです」
次に窓から入ってきたのは、うっすらと光に包まれ宙に浮くルイズ。
アンリエッタはその光で少し眩んだ視界が元に戻る間、ルイズをじっと見ていた。
ルイズが魔法を使えない、というのはアンリエッタも知っている。
そのはずなのにルイズがフライの魔法を使っている。
──ルイズ、あなたいつの間に?
と、口にしようとしたらその仕掛けがわかった。
光を発しているのはルイズの背中にしがみついたベルだ。
彼女のフライでルイズも宙に浮いているのだろう。
なぜ光っているのかはアンリエッタもよくわからないが。
「姫様、遅くなりました」
「いえ、まだ時間は十分にあります」
ルイズ達の秘密の訪問はもっと遅くなると思っていた。
警備を緩やかにしておいても、それをくぐり抜けるのは簡単ではないからだ。
それなのに、アンリエッタが考えたいたよりずっと早く4人が来たのは運が良かったからか、それともこういう事に慣れた人物──たぶん、ベル──がいたからか。
「それでは、準備を。お急ぎください」
「ええ、わかりました」
顔を上げたシエスタに目を向けると、彼女は素早くアンリエッタの背中に回り、ボタンを一つ一つ外していく。
その間に、ルイズ達は
「こら、あんたは姫様の方は見ない」
「あうっ」
ぐきっ
とか言っていたが、アンリエッタは着替えを急ぐことにした。
最後の音が少し……いや、かなり気になったが音を出したギーシュが動き出したので安心することにした。
「何でそんな不機嫌な顔してるのよ」
「別に……何でもないわよ」
何でもないはずはない。
ベルはルイズが見たことがないほどに不機嫌な顔をしている。
おまけに不機嫌さは行動に反映され、それは主にギーシュの首に現れていた。
「ねえ、ルイズ」
「なに?」
「この任務が終わったら、同盟を結びましょう。Aカップ同盟ハルケギニア支部をね」
「なによそれ。でも、何かすっごく同意したい気分だわ」
ベルの視線はアンリエッタとシエスタの豊かな胸部に突き刺さっていた。
程なくして着替えが終わると、青い瞳のメイドと黒い瞳の王女ができあがっていた。
アンリエッタとシエスタが服を取り替えたのだ。
これも昨晩、相談したとおりである。
ベルの言葉にそそのかされた……失礼、感化されたアンリエッタが自らアルビオンまで手紙を受け取りに行くといっても周りのものが止めるのは間違いない。
だからこっそり行くことにしたのだが、そうすれば大騒ぎになってアルビオンに着くまでに捕まってしまうのも間違いない。
そこで知恵を絞って考えた結果、アンリエッタの替え玉を用意することにしたのだ。
「シエスタさん。しばらくお願いします」
「でも、姫様。本当に大丈夫でしょうか」
ふたりの体格はよく似ているが、髪と目の色の違いは決定的だし顔つきも化粧くらいではごまかしようがない。
顔を変える魔法もあるにはあるが、それを使えるメイジはここにはいないし、今更この計画に引き込むのも無理がある。
「私はしばらく病で床に伏せることになっています。ベッドのベールを閉じれば顔を見られることはないでしょう。声も風邪で枯れていると言ってください。もし、どうしてもというときには」
アンリエッタは傍らの机に置いてあった王家の紋章を押した蝋で封印された書類をシエスタに渡す。
「これを見せなさい。少なくとも、あなたに害が及ぶことはありません」
「はい」
書類をしっかり受け取ったシエスタが緊張しているのか少しかすれた声で短くした返事を聞くと、メイド姿のアンリエッタはルイズ達を見回した。
ギーシュの首はまだえらい方向を向いていたがとりあえず置いておく。
「それでは、皆さん。出発しましょう。アルビオンへ」
忍び入ったのと同じくらい速やか、かつ静かに城から出た4人は暗い街の中で急ぎ歩を進めていた。
ルイズもまた早足で歩いていたのだが、歩きながらも頭の中では別のことを考えていた。
何か重要なことをさらっと流していたような気がする。
かなり重要な……それでいて、本来流してはいけないようなことを。
見回りの衛兵を避けて角をいくつか回り、その間もルイズは考え続ける。
──確かお城に入ってからよね。なんか変なのは
──堀を越えて……おかしいところはないわ
──門をくぐって……普通、じゃないけど不審なところはないわ
──近衛騎士の見張りをかいくぐって、姫様の部屋の下まで……これもいいわね
──それから、フライで飛んで姫様の部屋の中……ん?
──フライで飛んで?
──ギーシュは自分でフライを使ったわね。シエスタは平民だから使えないけど、ギーシュに持ち上げてもらってた。
──それから、私ね。私はフライは使えないから、ベルに上までフライで……
「え?」
ベルがフライ?
「ええ?」
ベルがフライを使った?
「えええええええええええええ?」
ベルの白く、小さい手が叩くと言っていいほどの早さで口元に当てられる。
「静かにしなさい。気づかれちゃうでしょ」
ルイズはベルの手を引きはがすと、全然静かにせずに早口でまくし立てた。
「ベル!あんた、さっきフライを使った?」
「フライじゃなくてフライトだけど使ったわね。それが何?」
「あ、あんた魔法を使えるの?」
「もちろん、使えるわよ」
「何で今まで隠してたのよ!」
ベルはあきらめ気味にため息をつき、やれやれと肩をすくめると言葉を続けた。
「あのねルイズ。私、今まで魔法を使えるって事を隠したことはないわよ」
「だって、魔法が使えるって一言も言ってないじゃない」
もう一つベルはため息をつく。
それは、さっきよりさらに深いため息だった。
「魔法を使えるとは言ってないわね……でも、ルイズ。私が何者かって教えたわよね。よく思い出して」
「えっと……確か、魔王?」
「そう、魔王よ。魔王が魔法を使えなかったら格好つかないでしょう?そりゃ、中には拳法使ったり、忍法使ったり、乱暴なのもいるけど」
「最後のは何か違うような気がするんだけど」
「いいのよ、そういうものだから」
「いいなら、いいのよ」
「とにかく、魔王なら魔法が使えて当たり前でしょ」
「当たり前って……」
「隠してないから、みんな知ってるわよ。ねえ、知ってるでしょ。ギーシュ」
何事かと足を止めていたギーシュが足を止めていた。
「ベル……様が魔法を使えるって事だろ?もちろん知っているさ。ルイズが召喚したあとに気絶しただろ?あのあと、ベル……様が君を部屋まで連れて行くときに魔法を使っていたからね」
ルイズが目と口を大きく開く。
特に口はあごが地面につきそうなくらいになっていた。
「だから、少なくとも僕はあれ以来君のことをゼロとは呼んでいないだろ?メイジを召喚して使い魔にしているメイジをゼロとは呼びにくいからね。ほかの奴らもそうなんじゃないかな」
ルイズは思い出す。
──そういえば、私がゼロ呼ばわりされたのは練金の授業の時が最後のような気がする。
「だからフリッグの舞踏会以来、噂になっていたね。ルイズの使い魔、ベール・ゼファーはどこの貴族の娘なのか……ってね。知らなかったのかい?」
ルイズは首をコクコク縦に振る。
あまりのことに言葉すら出てこない。
つばを飲み込んで気を取り直すと、ルイズは心配そうに見ていたアンリエッタをぎこちない動きで見た。
「もしかして姫様もご存じだったのですか?」
「ええ……ベル様がメイジだと言うことや舞踏会での衣装や所作からどこかの大貴族の娘、そうでなくても伝統ある家の出の可能性が大きいという話は聞いていましたし」
──それで……
アンリエッタがベルが大公だとあっさり納得して感化されたのはこういう事だったわけだ。
「だ、だったらベルが魔法を使えないって思ってたのはもしかして私だけ」
「そういうことになるね」
「そういうことになりますね」
ルイズは一瞬だけ呆然とした後、月に向かって叫んだ。
「なによそれぇーーーーーーーっ!」
街中で叫んだにもかかわらず、それに答えたのは犬一匹だけだった。
わおーーーん
#navi(ナイトメイジ)
#navi(ナイトメイジ)
アンリエッタ王女の学院訪問はわずか一日で終わる。
この後の王女の予定は王都トリスタニアに帰るとなっているのだが、それも口で言うほどに簡単なことではない。
王女ともなれば護衛の近衛騎士団をはじめとして、供となる人間はそれこそ両手両足では数え切れないほどになる。
それだけの人間が移動するのだ。
王女の訪問と同様に、学院は朝から慌ただしい喧噪に包まれていた。
その喧噪の中、二人の学生とその使い魔、そしてメイドが一人学園から姿を消したのではあるが、
それを気にとめるものは彼らの野外学習届けと休暇届を受け取り、それにサインを記したオールドオスマンの他はいなかった。
時は進み同日深夜
「ほんとに……来れちゃった」
ここまで来るのはそう難しくなかった。
ホントは難しかったのかもしれないが、ベルの言うとおりに街の中を駆け、橋を渡り、
壁をくぐり乗り越えあれよあれよという間にたどり着いたのはアンリエッタの住まうトリステインのお城。
そして見上げるルイズの視線の先には魔法のランプの明かりに照らされた窓が一つある。
あれこそ目指すアンリエッタの部屋だ。
昨夜、アンリエッタと相談して、迎えに行くと約束はしていたが、実際どうやって城の中に潜り込もうかとルイズはずっと悩んでいたのだが……あきれるほど簡単についてしまった。
この城の警備はそんなに穴だらけというワケじゃないはずなのだが……
ベルはそんなものあってもなくても同じとばかりに、すいすい警備をすり抜けて城の中までやってきた。
「ねえ、ベル。あなた、本当は大公じゃなくて泥棒やってたんじゃないの?」
「前にも言ったでしょ。泥棒じゃなくて、怪盗よ」
「どう違うんだか」
バサリ、とマントを翻す音がする。
「さしずめ、怪盗貴族と言ったところだね。僕にふさわしい優雅な響きじゃないか」
いつものように薔薇をつけた杖を持って格好をつけているが、翻したマントにはシミができているし髪には小枝や葉っぱがついているし、顔には擦り傷があちこちついていて全く様になっていない。
実際、ここまで「うわー」だの「ひえー」だのと一番悲鳴を上げていて、そのたびに「だまれ」「うるさい」とベルにはたかれていたのはこいつなのだ。
「あの、それより早くしないと見回りの人が来ると思いますよ」
それに比べてベルの後ろで苦笑をして佇んでいるメイドのシエスタはどうかと言えば、ヘッドドレスから靴の先まで全く汚していない。
学院で雑事をしている時より汚れていないんじゃないかというくらいだ。
「それもそうだけど、ここからどうするの?あの窓まで」
悔しいが、ルイズはフライが使えない。
遙か上の灯りのついた窓を首を痛くして見上げて眉をひそめていると、ベルが後ろにしがみついてきた。
「なにして……」
全部言い終わる前に体がふわりと宙に浮く。
出そうになる悲鳴を両手で押さえてはいるが、周りをきょろきょろしてしまうのは止めようがない。
「おとなしくしてなさい。落ちちゃうわよ」
うなずきながら下を向くと、ギーシュが必死の顔でシエスタを抱えて浮かび上がっているのが見えた。
ドットのギーシュにはまだ人を一人抱えて空を飛ぶのはかなりの重労働みたいだ。
ベッドに座ったアンリエッタはずっと待っていた。
昨晩、相談したように窓にランプを置いて目印とし、当番の近衛騎士達にはそれとなく警備を緩やかにしておくように言ってある。
それでも、ここまで誰にも見つからずにやって来られるかどうかは心配だったが、アンリエッタはただただ静かにルイズ達を待っていた。
何度窓に映る自分の姿を見たか、既に数え切れなくなった頃、それを叩く音がアンリエッタの耳に入る。
歩く、ではもどかしく窓まで走って鍵を、それから窓を大きく開けた。
「ルイズ!」
まず窓から転がるように入ってきたのは一組の男女。
一人は昨日合ったばかりのギーシュという学院の生徒のはずだ。
とても疲れているようで、地面にへたり込んで息を切らしている上に汗も床を濡らすくらいに流れ落ちている。
もう一人はトリステイン魔法学院のメイドのようで、アンリエッタが目を向けると素早く立ち上がり、深々と頭を下げる。
「もしかして、あなたが?」
「はい、シエスタと申します」
「ルイズ達はどうしたのですか?」
「もうすぐ……あ、お二人とも来られたみたいです」
次に窓から入ってきたのは、うっすらと光に包まれ宙に浮くルイズ。
アンリエッタはその光で少し眩んだ視界が元に戻る間、ルイズをじっと見ていた。
ルイズが魔法を使えない、というのはアンリエッタも知っている。
そのはずなのにルイズがフライの魔法を使っている。
──ルイズ、あなたいつの間に?
と、口にしようとしたらその仕掛けがわかった。
光を発しているのはルイズの背中にしがみついたベルだ。
彼女のフライでルイズも宙に浮いているのだろう。
なぜ光っているのかはアンリエッタもよくわからないが。
「姫様、遅くなりました」
「いえ、まだ時間は十分にあります」
ルイズ達の秘密の訪問はもっと遅くなると思っていた。
警備を緩やかにしておいても、それをくぐり抜けるのは簡単ではないからだ。
それなのにアンリエッタが考えたいたよりずっと早く4人が来たのは運が良かったからか、それともこういう事に慣れた人物──たぶん、ベル──がいたからか。
「それでは、準備を。お急ぎください」
「ええ、わかりました」
顔を上げたシエスタに目を向けると、彼女は素早くアンリエッタの背中に回り、ボタンを一つ一つ外していく。
その間に、ルイズ達は
「こら、あんたは姫様の方は見ない」
「あうっ」
ぐきっ
とか言っていたが、アンリエッタは着替えを急ぐことにした。
最後の音が少し……いや、かなり気になったが音を出したギーシュが動き出したので安心することにした。
「何でそんな不機嫌な顔してるのよ」
「別に……何でもないわよ」
何でもないはずはない。
ベルはルイズが見たことがないほどに不機嫌な顔をしている。
おまけに不機嫌さは行動に反映され、それは主にギーシュの首に現れていた。
「ねえ、ルイズ」
「なに?」
「この任務が終わったら、同盟を結びましょう。Aカップ同盟ハルケギニア支部をね」
「なによそれ。でも、何かすっごく同意したい気分だわ」
ベルの視線はアンリエッタとシエスタの豊かな胸部に突き刺さっていた。
程なくして着替えが終わると、青い瞳のメイドと黒い瞳の王女ができあがっていた。
アンリエッタとシエスタが服を取り替えたのだ。
これも昨晩、相談したとおりである。
ベルの言葉にそそのかされた……失礼、感化されたアンリエッタが自らアルビオンまで手紙を受け取りに行くといっても周りのものが止めるのは間違いない。
だからこっそり行くことにしたのだが、そうすれば大騒ぎになってアルビオンに着くまでに捕まってしまうのも間違いない。
そこで知恵を絞って考えた結果、アンリエッタの替え玉を用意することにしたのだ。
「シエスタさん。しばらくお願いします」
「でも、姫様。本当に大丈夫でしょうか」
ふたりの体格はよく似ているが、髪と目の色の違いは決定的だし顔つきも化粧くらいではごまかしようがない。
顔を変える魔法もあるにはあるが、それを使えるメイジはここにはいないし、今更この計画に引き込むのも無理がある。
「私はしばらく病で床に伏せることになっています。ベッドのベールを閉じれば顔を見られることはないでしょう。声も風邪で枯れていると言ってください。もし、どうしてもというときには」
アンリエッタは傍らの机に置いてあった王家の紋章を押した蝋で封印された書類をシエスタに渡す。
「これを見せなさい。少なくとも、あなたに害が及ぶことはありません」
「はい」
書類をしっかり受け取ったシエスタが緊張しているのか少しかすれた声での短い返事を聞くと、メイド姿のアンリエッタはルイズ達を見回した。
ギーシュの首はまだえらい方向を向いていたがとりあえず置いておく。
「それでは、皆さん。出発しましょう。アルビオンへ」
忍び入ったのと同じくらい速やか、かつ静かに城から出た4人は暗い街の中で急ぎ歩を進めていた。
ルイズもまた早足で歩いていたのだが、歩きながらも頭の中では別のことを考えていた。
何か重要なことをさらっと流していたような気がする。
かなり重要な……それでいて、本来流してはいけないようなことを。
見回りの衛兵を避けて角をいくつか回り、その間もルイズは考え続ける。
──確かお城に入ってからよね。なんか変なのは
──堀を越えて……おかしいところはないわ
──門をくぐって……普通、じゃないけど不審なところはないわ
──近衛騎士の見張りをかいくぐって、姫様の部屋の下まで……これもいいわね
──それから、フライで飛んで姫様の部屋の中……ん?
──フライで飛んで?
──ギーシュは自分でフライを使ったわね。シエスタは平民だから使えないけど、ギーシュに持ち上げてもらってた。
──それから、私ね。私はフライは使えないから、ベルに上までフライで……
「え?」
ベルがフライ?
「ええ?」
ベルがフライを使った?
「えええええええええええええ?」
ベルの白く、小さい手が叩くと言っていいほどの速さで口元に当てられる。
「静かにしなさい。気づかれちゃうでしょ」
ルイズはベルの手を引きはがすと、全然静かにせずに早口でまくし立てた。
「ベル!あんた、さっきフライを使った?」
「フライじゃなくてフライトだけど使ったわね。それが何?」
「あ、あんた魔法を使えるの?」
「もちろん、使えるわよ」
「何で今まで隠してたのよ!」
ベルはあきらめ気味にため息をつき、やれやれと肩をすくめると言葉を続けた。
「あのねルイズ。私、今まで魔法を使えるって事を隠したことはないわよ」
「だって、魔法が使えるって一言も言ってないじゃない」
もう一つベルはため息をつく。
それは、さっきよりさらに深いため息だった。
「魔法を使えるとは言ってないわね……でも、ルイズ。私が何者かって教えたわよね。よく思い出して」
「えっと……確か、魔王?」
「そう、魔王よ。魔王が魔法を使えなかったら格好つかないでしょう?そりゃ、中には拳法使ったり、忍法使ったり、乱暴なのもいるけど」
「最後のは何か違うような気がするんだけど」
「いいのよ、そういうものだから」
「いいなら、いいのよ」
「とにかく、魔王なら魔法が使えて当たり前でしょ」
「当たり前って……」
「隠してないから、みんな知ってるわよ。ねえ、知ってるでしょ。ギーシュ」
何事かと足を止めていたギーシュが足を止めていた。
「ベル……様が魔法を使えるって事だろ?もちろん知っているさ。ルイズが召喚したあとに気絶しただろ?あのあと、ベル……様が君を部屋まで連れて行くときに魔法を使っていたからね」
ルイズが目と口を大きく開く。
特に口はあごが地面につきそうなくらいになっていた。
「だから、少なくとも僕はあれ以来君のことをゼロとは呼んでいないだろ?メイジを召喚して使い魔にしているメイジをゼロとは呼びにくいからね。ほかの奴らもそうなんじゃないかな」
ルイズは思い出す。
──そういえば、私がゼロ呼ばわりされたのは練金の授業の時が最後のような気がする。
「だからフリッグの舞踏会以来、噂になっていたね。ルイズの使い魔、ベール・ゼファーはどこの貴族の娘なのか……ってね。知らなかったのかい?」
ルイズは首をコクコク縦に振る。
あまりのことに言葉すら出てこない。
つばを飲み込んで気を取り直すと、ルイズは心配そうに見ていたアンリエッタをぎこちない動きで見た。
「もしかして姫様もご存じだったのですか?」
「ええ……ベル様がメイジだと言うことや舞踏会での衣装や所作からどこかの大貴族の娘、そうでなくても伝統ある家の出の可能性が大きいという話は聞いていましたし」
──それで……
アンリエッタがベルが大公だとあっさり納得して感化されたのはこういう事だったわけだ。
「だ、だったらベルが魔法を使えないって思ってたのはもしかして私だけ」
「そういうことになるね」
「そういうことになりますね」
ルイズは一瞬だけ呆然とした後、月に向かって叫んだ。
「なによそれぇーーーーーーーっ!」
街中で叫んだにもかかわらず、それに答えたのは犬一匹だけだった。
わおーーーん
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