「鋼の使い魔-18」(2008/08/15 (金) 03:27:13) の最新版変更点
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#navi(鋼の使い魔)
アンリエッタが訪れた夜が明けて、早朝。
朝の澄んだ空気の中に旅支度をしたルイズとギュスターヴが、厩番に駅逓乗り換えが効く馬をもらい、学院正門前で馬具を着けていた。
ルイズは普段の制服だが、スカートの下にブラウンのスパッツを着け乗馬用のブーツを履いている。踵に生えた角のような棒拍が朝露に濡れている。
一方ギュスターヴは普段のデルフと短剣に、以前武器屋でデルフにおまけとしてつけさせたナイフ6本を革紐で連ねて体に巻きつけるように着けている。
馬具の具合を確かめながらルイズは言った。
「いい?ギュスターヴ。私達はアンリエッタ殿下からある任務を賜ったわ。その為にまず、国を出てアルビオンに行くのよ」
しんとする朝の空気にルイズの声が響く。そこには使命感に燃える瞳があった。
「なんで俺まで付いていかなきゃならんかな」
他方、秘密主義的に振舞う一応の主人に対し、手の内を知っているギュスターヴは少し冷めた気分で抵抗してみる。
「何言ってるのよ!あんたは私の使い魔でしょ!ご主人様が出かけるなら付いていくのが基本でしょうが!」
指を伸ばしギュスターヴに突きつけるルイズ。彼女の頭が今は任務の事で頭が一杯なのだ、というのがわかる。
ギュスターヴは小さくため息をつく。
「…で、まずは何処まで行くんだ?」
「ここから大体北西に400リーグくらいにあるラ・ロシェールという町に行くわ。そこからアルビオンへの定期船が出ているの」
「しかし馬では次の『スヴェルの日』までに町に着けるか微妙だな」
「誰だ?!」
不意に聞こえてきたのはこの場の二人以外の、若い男の声だ。
警戒しデルフに手をかけるギュスターヴだが、声の主は上空から屈強なグリフィンに乗って降りてきた。馬が慄くなか、グリフィンは行儀よく地面に着地する。
「いや、驚かせてしまって失礼。僕は君達を護衛する為にアンリエッタ殿下に依頼された、魔法衛士大隊のワルドだ。よろしく」
ワルドと名乗った男はグリフィンの背から颯爽と降りると、呆然としていたルイズに近寄り、その腕ですっと胸に抱き上げた。
「久しぶりだ、僕の小さなルイズ!」
「わっワルド様?!」
突然の抱擁にルイズは顔を真っ赤にして固まった。
「陛下のご依頼に感謝しなければならないな。婚約者と再会できる機会を与えてくれたのだから」
「そ、そんな…昔の話ですわ」
目を伏せ気味に答えるルイズにワルドは大仰に答えた。
「そんなことを言ってくれるなよルイズ!暫く会えなかったが、僕は君の事を片時も忘れた事はなかった」
あまりに熱っぽい言葉にルイズはますます頬を染めてしまう。
ワルドはそんなルイズをそっと地面におろし、二人のやり取りをぼんやりと見ていたギュスターヴに話しかけてきた。
「君がルイズの使い魔だそうだね。いつもルイズを守ってくれて礼を言うよ」
「……ああ…なんてことはない」
気さくに話しかけてきたワルドに、ギュスターヴは巧く受け答えしきれない。
ワルドはそんなギュスターヴを無視してルイズに聞かせる。
「殿下から預かりものがある。任務を進めるために必要なものだそうだ。もっているといい」
ワルドは懐を探って何かを手に取ると、ルイズの両手を取って握らせた。それはうっすらと桜色をした便箋に、古めかしい様式で装飾された
薄蒼の石の填められた指輪だった。便箋の方には、赤い蝋に王女の紋章の印で封がされている。
「では、時間も惜しいので出発しよう。使い魔君は早馬を飛ばしたまえ。僕が上空で先行するから見失わないように」
言うとワルドはやおらルイズを抱き上げてグリフィンに乗せると、手綱を引いてグリフィンを空へと導いた。
あまりの手際に声も上げなかったルイズだが、立ち呆けているギュスターヴに急いで声をかける。
「あ、あ、ギュスターヴ!遅れないようについてきなさいよ~!」
ギュスターヴの耳にルイズの声が空へと遠くなっていく。
つむじ風のように引っ掻き回していったワルドに唖然とするしかないギュスターヴの腰で、デルフがかちゃかちゃ言い出した。
「なんだかすっげーなあの男。おまけにお嬢ちゃんの婚約者だとさ」
「……まぁ、貴族の娘ならそんなのもあるだろうさ。…さて、見えなくなる前に出発するぞ」
馬が余ってしまうのだが、仕方が無いと一頭を門に繋いだまま、ギュスターヴは急いで馬を走らせ、上空のグリフィンの進行方向へ進んでいくのだった。
『ラ・ロシェールへ向けて…』
ギュスターヴ、ルイズ、そして現れたワルドら三人がトリステイン魔法学院を出発したほぼ同時刻。当座の目的地であるラ・ロシェールの町の一角に店を構える酒場
『金の酒樽亭』。20年前に店を構えて以来、立地条件から常連客の多くは傭兵や盗賊あがりなどのアウトローばかりで喧嘩も絶えないが、酒の質と量が
顧客の範囲を決めている節もある、そんな店である。
その日も朝から、いや、前日の晩からどんちゃん騒ぎをしながら酒をかっくらっている一団が店に陣取り、強い酒やら肴やらを食い散らかしながら
荒くれた男立ちが管を巻いている。
そんな店に、ふと見慣れない客が入ってきたな、と酒場の主人は出入り口からこちらに向かってくるものを認めた。
ローブを身に着けて、フードで陰になり顔は窺えないが、その両足には中々の装飾がされたブーツがきっちりと履かれている。
謎の客はカウンターの椅子に座ると、主人の前にとす、と小気味よい音を立てる皮袋を置いた。
主人がその袋の口をあけてみると、中には新金貨がぎっしりと詰まっている。
「お客さん、そんなに出されても困りますよ」
金回りのいい客は一見商売として旨みがあるが、荒くれ者を扱ってきた主人は一方で、なにやら危うい背景があるのではないかな、という勘繰りを持った。
客はカウンターに肘をついて答えた。その声は、女性。
「宿代も入ってるんだよ。部屋は空いてるかい?」
それも路地裏で立ちんぼしているようなうらぶれた女ではない。凛としたものが混じった、美女といえる類の声だ。
主人がその女と宿代の周りで交渉していると、角で酒を飲んでいた傭兵くずれの一団が女を囲むように集まってきた。
「お姉さん、ひとりでこんな店にはいっちゃ、いけねぇなぁ」
「危ない連中が多いからなぁ。怖かったら守ってやるぜぇ、ベッドの中までな、ギャハハハハ!」
酒臭い息を吐きながら、一団の一人が悪戯のようにフードを引っ張ると、その下から女の顔が覗く。
鼻筋の通った小顔、裏の世界を見てきた人間が持つ鋭い目をしている。髪は特徴的な、鮮やかな緑色。
女を知る者は彼女を『土くれのフーケ』と言う。
酒で調子づいている傭兵達は、それぞれに奇声を上げ口笛を吹いてフーケを見た。
「こいつぁべっぴんだ。見ろよこの綺麗な肌をよ」
品性の疑わしい声で一人がフーケの顎筋に手を伸ばすが、フーケは蝿を払うように手を振る。
「気安く触るんじゃないよ、蛆虫」
鬱陶しげに席を立つと、羊を追い込む獣のように男達がフーケを取り囲もうと動く。
やがて一人が手を伸ばしながらフーケに迫る。
「へっへっへ、怖がらなくても悪いようにはげへぇっ!」
フーケの肩に手を置こうとした男は、次の瞬間に何かに弾き飛ばされるように吹っ飛んでテーブルに頭から突っ込んだ。テーブルの上の瓶やグラスが床で砕ける。
驚いて一団が振り向くと、すっと長いフーケの足が、ちょうど吹っ飛んだ男の顎の高さまでピンと伸びていた。
フーケの足が男を蹴り飛ばしたのだった。
数拍して事態を把握した男達は、酒で濁りきった声でフーケに叫ぶ。
「このアマ!」
同時に男達はフーケを捕まえるべく手を伸ばすが、フーケの足はしなる鞭のように男達を強かに蹴り飛ばした。
「ぐへぇ!」
「ごはっ!」
「あぎぃ!」
酒場はあっという間に竜巻が出入りしたかの如き惨状を呈した。窓に首を突っ込んで伸びている者、椅子とテーブルの山に埋もれている者、ある者は
店の柱に叩きつけられてえびぞりで気絶している。酒場の主人は喧嘩程度はいつものことさ、という風情でのんきにグラスを磨いていた。
まだ息のある一人にフーケが近づいていくと、男は子供のようにブルブルと震えて慄いた。
「ま、まってくれぇ!俺達はもうなにもしねぇよぉ!」
「そんなに怖がることは無いだろう?私はあんた達を雇おうと思っただけさ」
冷ややかに笑うフーケの顔を怪訝な表情で男は見た。
「や、雇う?」
「そうさ。金なら、ホラ」
フーケはテーブルの一つに、カウンターで主人に渡したように金貨の入った袋を置く。
「一人新金貨で100ずつ渡しとくよ。その代わり後で私の命令に従ってもらうからね」
金の酒樽亭を後にしたフーケは、そのまま町の路地に入る。路地を進むと脱獄の時に姿を現した、仮面の男が待っていた。
「……お前さんの言った人数は集めたよ。これからどうするんだい?」
フーケは脱獄後、このラ・ロシェールまでつれてこられてから、脚の『準備』をしつつ、アルビオンからやってきた傭兵たちから情報を集めるように指示されていた。
しかし前日になって、今日は「傭兵たちを金で集めろ」と指示を受けたのだった。
仮面の男は地図を渡して話す。
「この印の付いたところに傭兵の半分を待機させて、そこを通った者を襲わせろ」
「残りの半分は?」
「保険だ。暫く伏せておけ」
「ふぅん…まぁいいさ。少なくとも、この『脚』の礼分は働いてやるよ」
カツカツと地面を踏み鳴らしてフーケは答えた。
ルイズ、ギュスターヴ、ワルドの一行は一路ラ・ロシェールへの道をひた走っていた。
「走る」といってもそれは馬に乗っているギュスターヴだけの話で、ワルドとルイズは悠々と空を飛ぶグリフィンの背である。
駅逓で馬を変えるたびに疲労の度合いを濃くしていくギュスターヴであるが、懸命に先行するグリフィンを追いかけていた。
ルイズはグリフィンの上から眼下を走る馬上のギュスターヴを心配した。
「ねぇワルド。あんまり急ぐとばててしまうわよ」
「僕とグリフィンなら大丈夫さ。これくらいの距離はなんでもない」
「そうじゃなくて、下でついてきてるギュスターヴのことよ」
「付いてこれないならおいていけばいいさ」
「彼は私の使い魔よ。放っておく事はできないわ」
そんなルイズの言葉を聞いて、どこか悲しげな目でワルドは見た。
「どうやら、あの使い魔君に心奪われたらしいね」
「そ、そんなわけじゃないわ!」
「本当かい?まだ僕のことを婚約者として見ていてくれているかい?」
「それは、その…あの頃はまだ、小さかったし…」
「僕は君のご実家の、ラ・ヴァリエールに見劣りしないものが欲しかった…」
ふと、ワルドの視線がどこか遠くを見ている。
「父も母も亡くなってしまってから、軍に入って出世して、君のご実家にも指差されず会いにいけるくらいになりたかった。
お陰で今は、近衛軍の精鋭の綱とりを任されている」
「出世したのね、ワルド。…でも、私はあの頃と同じ、魔法の使えないゼロのルイズよ」
そう答えたルイズを、ワルドは優しげに頭を撫でた。
「君は暫く会えなかったから、気分が落ち着かないだけさ。この旅はいい機会だ。ゆっくり、昔の気分を思い出すといいよ」
爽やかに笑いかけるワルドだが、ルイズはどこかそれを手離しで喜べない。
再び眼下、懸命についてくるギュスターヴを見るのだった。
馬上で汗を流しながら、ギュスターヴは懸命に馬を操って大地を進んでいた。かろうじて街道らしき道筋を通っている事は判ったし、場所場所で立て札の類を見たり、
上空のグリフィンの向いている方角を確認して進む。
黙々と手綱を引いていたギュスターヴに、デルフが話しかけてくる。
「相棒、大丈夫かい?」
「まだ馬に慣れきってないからな。後が怖いな」
鍛錬を重ねたとはいえ、齢49の身体である。酷使すれば若者のようには行かない時もある。
「お嬢ちゃんとワルドって奴、上で何話してんだろーな」
上空のグリフィンをギュスターヴは見た。否、グリフィンにまたがる二人を、ルイズに寄り添うようにするワルドを、その眼で見た。
「さぁな。ただ」
「ただ?」
グリフィンを確認してから、ギュスターヴは手綱を繰って街道を走る。その表情は、苦虫を噛み潰したような渋みを含んで。
「あの若造、何か隠しているような気がするな」
場所場所の駅逓で馬を乗り換えること、3度。時間も迫って夕暮れが近い。それだのに四方は川もなく、むしろ丘陵を登っている事にギュスターヴは疑問を抱いた。
「なんでこんな山間にはいるんだ?船に乗るんだろう…?」
船に乗るなら港に行くものだ。しかし山に入っていって港に出るというのはギュスターヴには理解できない。薄暮の空に影を射し始めたグリフィンを見て、ほのかに
嘆息する。
「付き添わせるならもう少し詳しい指示を出してくれよ。ルイズ…」
山間の道を辿って行くギュスターヴ。起伏が激しく、木々も茂る中を進んでいると、どこからか複数の松明がギュスターヴの乗る馬の前に投げ込まれた。
「何だっ?!」
火は生草の上でちろちろと燃えるのみだった。しかし次の瞬間、ギュスターヴの馬目掛けて無数の矢が打ち込まれてきた。
その内に尻に一本の矢が刺さり馬が暴れて立ち上がろうとするのを強引に押しとどめたギュスターヴは急いで手近な木の陰に寄って下馬し、
手綱を木に結んで身を隠した。
「夜盗か…?」
と、上空を見ると木の陰に暗い空を飛ぶグリフィンが、先ほどよりもずっと小さく見えた。
「あの二人、気付いてないのか…?」
そうしている間も松明の火を頼りにした謎の弓撃はギュスターヴを囲むように飛び、馬の肌を掠めると錯乱した鳴き声を上げている。
デルフを抜いてギュスターヴは夜盗と思わしき集団に対峙すべく動き出した。
「相棒、嬢ちゃん達に置いてかれちまったぜ?どうするのよ」
「今更引き返すわけも無い。ここを突破して追いかけるぞ」
これ以上馬が傷つくのを避ける為にあえて影から飛ぶと、矢もギュスターヴを追うように飛んでくる。木や岩の陰に隠れながら自らを射掛ける者がどこに
潜んでいるのかをギュスターヴは探していた。矢の飛んでくる間隔を覚えながら移動すると、薄暗い林の中に弓を番えてこちらを見ている集団を認めた。
「あそこだな…」
確認するとデルフを地面に刺し、帯巻きにしているナイフを一本、『左手』に握った。
(ガンダールヴというのが身体能力を高めるのならば…)
呼吸を整え、体から闘争心を引き出す。そして静かに眼を瞑った。
この時ギュスターヴは単にそうするだけではなく、聞こえる音に神経を注いだ。ガンダールヴが武器を握って心を震わす時、体から引き出す力は
筋力だけではないということにギュスターヴは気付いていた。肌に触れる風、聞こえる音、匂い、眼に入る光すらも平時よりも肉体は敏感に捉える事ができるのだった。
そしてギュスターヴの聴覚にははっきりと聞こえたのだ。弓に張られた弦が空気を切る音、飛翔する矢羽の欠けが風を裂く音、木の幹に鏃が刺さるわずかな音も
聞き漏らさなかった。
活目し、身を乗り出したギュスターヴ。音に聞こえた場所を注視した。薄暮の空、目が捉える光が少ない時間において、ギュスターヴの眼には陽光の下と大差なく、
鮮明に夜盗の弓構える姿を写していた。
「そこだっ!」
ナイフを握る左手のルーンが光る。ギュスターヴは引き出された身体能力を駆使してナイフを投げた。
手を離れたナイフは空を回転しながら飛び、寸分の狂い無く夜盗の喉にその刃を滑り込ませた。ナイフが突き刺さった一人の夜盗が、喉を抑えるように呻いて倒れる。
ギュスターヴはすぐまた身を影に隠した。
「やるじゃねーか相棒」
地面に刺さったままのデルフが話す。
「ああ。でもナイフも無限にあるわけじゃない。これだけで切り抜けられるかな…」
反撃を受けると思わなかったのだろう夜盗は矢掛けるのを止めたが、多勢を貨って再び矢を打ち込んでくる。今度は脂を含ませた火矢を混じらせて飛ばし、
辺りの草木に突き刺さるとそこから徐々に燃え始める。
「ちょ、まじやべーぜ相棒!辺りが燃え始めてるぜ」
「しかし今飛び出せば矢に当たるだけだ…くそ!」
夜盗は一心不乱に矢掛けてくる。仲間がやられてあせっているのかもしれない。
ギュスターヴの周りを火矢の炎が広がって炙り始めようとしていた。
と、その時。『真上』からギュスターヴの周囲に降り注ぐ『氷の槍』。燃えかけていた草木で溶けると火を消していった。
同時に、物陰から矢掛けていたはずの夜盗から悲鳴が上がる。
「りゅ、竜だぁ!」
「メイジが乗ってるぞ!」
「火の玉がとんでくるぅ!」
悲鳴を上げながら夜盗の声が散って遠くなっていく。ギュスターヴが見上げると、学院の生活で見慣れた竜に、顔なじみの少女が二人乗っていた。
「ハァイ?ミスタ」
「キュルケ!タバサ!」
矢を受けて傷ついた馬はシルフィードが咥え、ギュスターヴはシルフィードの背中を借りてラ・ロシェールを目指すこととなった。
どうしてここへ、と問うギュスターヴに対して、
「ミスタとルイズが気になっちゃって、ね?」
ふられたタバサは頷く。背中には、あの飾ったようなレイピアが背負われている。
「それも持ってきたのか」
「何かに使えるかもと思って。それに出先でも修行ができるでしょ?」
大人用のレイピアを背負うと、タバサに舞台をひしめく人形のような、ある種の滑稽さを作っている。
「それにしても、使い魔を置いていくなんてルイズも薄情ね」
「いや、ルイズは気付いていなかった。夜盗が襲ったのは地上を移動していた俺だけだった」
「そのワルドっていう人、本当に護衛なのかしら?」
キュルケは見知らぬワルドの姿を想像しようとした。
「さてな。王女から預かり物を持ってきたところや、先日の王女がやってきた時に護衛をやってきたあたりから、それなりに腕の立つ、
それで高官や王女に覚えがある軍人なのだろうとは思う」
シルフィードの翼が風を切る中、三人は答え無き考えの中に泳ぐ。
「……ひとまず、ラ・ロシェールという町まで行ってルイズと合流しよう。話はそれからだ」
「そうね。飛ばして頂戴、タバサ」
頷いて、タバサはシルフィードの首を叩く。
一鳴きしたシルフィードは、薄暗くなりつつある空を飛んでゆくのだった。
#navi(鋼の使い魔)
#navi(鋼の使い魔)
夕日が差し込む練兵場跡地。
タバサとギュスターヴの二人だけがその場所にいた。タバサはレイピアを抜いて構えから素振りを繰り返し、ギュスターヴはそれを見守っている。
初めは剣を持ち歩くのすらたどたどしいものだったタバサだが、熱心な修練によりやっと剣の稽古らしい稽古が出来るようになった。といっても形にはなっているものの、
体躯とのバランスで剣の振り終わりに体がぐらつく。タバサの体とのバランスで見るとどうしても今のレイピアは長すぎるのだった。
懐紙で短剣を拭きながらギュスターヴがタバサを止めた。
「出先だから軽くでいいぞ。教えておきたい事があるから」
「何?」
剣を振るのをやめたタバサの声に、期待がわずかに滲んでいる。
「そんな期待することじゃないぞ。……そうだな、今から教えるのは『技』じゃない。戦闘中、特に一対一でなければ使えない。そんな限定的なものだ」
言うとギュスターヴはタバサの前に立って短剣を緩く構えた。
「打ち込んでみろ。好きなように」
言われたタバサも剣を構える。ギュスターヴはタバサが打ち込みやすいように剣を少し下げると、タバサが大きく振りかぶって切り込んでくる。
ギュスターヴはそれをよく見てから、半歩踏み込む。そして短剣を振った。
短剣とレイピアが交差する。レイピアの切っ先がギュスターヴの胸元をわずかにかすめ、タバサのわき腹にギュスターヴは短剣の腹を優しく押し当てた。
「!!」
直後、切り込んだはずのタバサの体が後方へ大きく吹き飛んだ。
3.4メイル程は弾かれたタバサの体がとさりと地面に落ちる。
「っと、…すまん。怪我はないか?」
「いい…大丈夫」
腰から落ちたタバサはすぐに立ち上がった。軽くしりもちをついただけで怪我らしい怪我はない。
「今のは?」
「うん。相手と自分の攻撃が極めて近いタイミングで重なる時、相手の攻撃を受けつつもさらに踏み込んで自分の攻撃を倍加させて相手に与える。一種の
カウンター効果だな」
言われてタバサは短剣を当てられたわき腹を撫でさすった。軽く押し当てただけで体が飛んだのだ。全力で振り切っていたらタバサなど木の葉を切るように
真っ二つになっていたかもしれない。
「今のを『相抜け』という。利点は相手の出方が判ればこちらから意図的に『相抜け』による攻撃が可能な事。欠点は出方が判らなければ使えないし、
多人数が相手じゃこんなことをしている余裕はないだろう」
「使えない?」
「かもな」
指摘されてギュスターヴがばつ悪そうに頭をかく。
「でも覚えておいて損はないだろう。剣以外でも同じ効果が狙える」
「魔法でも?」
「多分な」
そう言って植え込みの下までギュスターヴが下がり、短剣を収めた。
「じゃ、今のを覚えつつ各構えから素振りを100本」
「わかった」
タバサは脳内で今のやり取りを反芻しながら、黙々と剣を振るのだった。
『襲来!土くれのフーケ』
「まぁーったく。主人ほったらかしてなーにやってるんだか……」
宿つきのバーでかっぱかっぱと水割りワインを飲んで管巻いているのは勿論ルイズである。ワルドは今日朝早くから何処かへ出かけ、タバサはギュスターヴとともに
練兵場で稽古をしている。仕方無しに酒場で酒でも飲みながらぼんやりと過していた。
「あら。婚約者の前で照れ照れしてたくせにそういうことを言うのね」
「ワルドは関係ないでしょ!」
近くのテーブルで花の砂糖漬けを舐めていたキュルケの言葉を砕くようにどん!と手のジョッキを叩きつける。
「関係ないと、本当にそう思ってるの?」
「当然じゃない。ギュスターヴと私は使い魔と主人よ。使い魔なら主人の機嫌くらいとって見せるべきだわ」
「…ルイズ。貴女って前から馬鹿だと思ってたけど、相当あの髭の殿方にほだされてるみたいね」
「何ですって!」
コーティングの溶けた花びらをパクリ、と口に入れたキュルケ。
「ギュスは貴女が思ってるより考えが深くてよ。使い魔だからとか、そういう目で見てると、失望されるわよきっと。…それって、貴女にとっても
あまりよろしくないんじゃないかしら」
「ツ、ツ、ツェルプストーの分際でぇ、わ、わ、私に意見しようってぇ言うの?!」
酒気も帯びているせいか微妙に舌の回らないルイズを見て、キュルケは緩く息を吐いて席を立つ。
「逃げるつもり?」
「今の貴女じゃ相手しても詰まらないから。ちょっと出かけてくるわ」
そしてそのままキュルケは宿を出て町へと出かけてしまった。
ルイズは空のジョッキをバーテンに渡して突っ伏す。
「……それくらい、わかってるわよぉ。バカァ……」
ルイズは、ゼロのままでも必要としてくれているワルドに甘えていたのだ。それはとても甘美で、苦力して疲れているルイズには抗いがたかった。
同時に自分を見捨てずに見守ってくれてきたギュスターヴに対して、裏切りのような暗い気持ちを抱きつつある事も。
「どうしろって、いうのよ……」
夜。
ルイズは部屋でひとりぼんやりと外を眺めていた。月が一昨日よりも重なってなお、明るい。
「どうして、今頃ワルドに会ってしまったんだろう…」
「ワルドがどうかしたのか?」
振り返ると、ギュスターヴがバスケット片手に部屋に入ってきていた。
テーブルにバスケットを置く。
「何しに来たのよ」
「何しにって…そうだな。ここしばらく相手して差し上げなかった主人の機嫌をとりに、かな」
「馬鹿にしないでよ。私が淋しがっているように見えた?残念でした。私には愛しいワルドという人が居て、彼は私を必要としてくれているのよ。使いでのない
中年使い魔なんて、置く場所が無いんだから…」
まくし立ててから、ルイズは一層に暗い気持ちを自分に打ち付けてしまった。なんて意地汚い娘なんだ、自分は、と。
そんなルイズを悟ったのかどうか判らないが、ギュスターヴは困ったように少し笑った。
「…それは要らぬ節介だったな。……そうか。ワルドはルイズを必要だといっているのか」
「…ええ」
バスケットからワインボトルを取り出し、二つのグラスのうち一方に注ぐ。
「…何故だろうな」
「え?」
持ったグラスを揺らしながら話すギュスターヴ。グラスに残る涙を通してルイズを見ているように。
「男と女なら、好いた惚れたは上等。貴族子女の結婚なら、それが無い場合もある。ないならないで、それは割りとはっきりと見せるものだ。よほどがなければな」
「…何が言いたいのよ」
ギュスターヴは空のままのグラスをルイズに渡した。
「…ワルドはルイズが好きだといってくれたのか?」
「えっ?……そ、そうよ」
ルイズは自信がなかった。ワルドと再会してこの旅の途中、幾度と言葉は交わしたけれど、好きだと言われたわけではない。ただそれらしい言葉を
返してくれただけだからだ。
「…そうか。なら、いいじゃないか。婚約者なら、いずれ結婚するんだろう?」
「多分ね…」
「その時は、俺が祝福するよ。花嫁の使い魔らしくな」
そう言われた時、ルイズの心は淋しくなった。冷たい風が吹き込むように悲しい、冷めた気持ちが広がっていく。
これは、何…?
それが深くて涙が出そうになる瞬間、ふと窓から入っていた月明かりが陰った。
「…何?」
窓を覗いたルイズの視界に、巨大な、巨大な人影が写る。縮尺が可笑しいかのように見えるごつごつとした人影。それは宿の正面からどすどすと地響きを立てて
向かってくる岩のゴーレムだ。その足元にはお世辞にも綺麗といえない格好の男立ちが率いられている。
ゴーレムの肩には、仁王立ちでこちらを見据える女性がいた。その視線がルイズと交わる。
「まさか……『土くれのフーケ』?!」
宿を目指して足元にたむろする傭兵を従えて進むゴーレム。
その肩に当たる部分にはまさしく土くれのフーケが立っていた。その手に杖は、ない。
「あそこを襲えばいいんだろう?」
「そうだ。できるだけ騒げ」
答えるのは『フライ』でフーケの隣を浮遊している仮面の男だ。
彼は昨日、フーケに雇わせた傭兵の残りを率いて『女神の杵』亭を襲うことを決めたのだった。
「あまり荒事は好きじゃないんだけど、この足の分は働く約束だしね。それに…」
「なんだ?」
「あの貴族の小娘どものせいで、こんなはめになったんだ。お礼参りくらいはさせてもらっても罰はあたらないさ」
「ふん。好きにしろ」
急いで階下のバーに下りたギュスターヴとルイズだが、一階には既に矢玉が飛び込んで大騒ぎになっていた。
傭兵達が打ち込む矢をかわすためにテーブルを倒して盾にし、矢のお返しとばかりに魔法を放っているワルド、キュルケ、タバサ。
他の客も中には同じように応戦をしているメイジもいたが、多くはテーブルの影にうずくまって震えている。バーテンもカウンターの下に引っ込んでいた。
「ルイズ、ギュス!」
「皆無事みたいね」
身を低くしてテーブルの裏に集まった。
「この前の夜盗の残りかしら」
「さぁな。しかし率いているのはフーケだ」
「フーケ?!牢獄に居るはずじゃないの」
「誰かが逃がしたらしいな。となると、狙いは俺達だろう」
「諸君、ここは二手に分かれた方がいいだろう」
ワルドが羽帽子を押さえながら答える。
「僕らは急ぎアルビオンに向かわなきゃいけない。ここで囮になるものが必要だ」
「じゃ、私達がやらせてもらおうかしら、ね。タバサ」
頷くタバサ。
「キュルケ。あんた…」
「誤解しちゃ駄目よルイズ。ここらであのうるさい年増とも決着をつけたいだけよ。『破壊の杖』の時は、ギュスが相手してくれたしね。だからさっさと
アルビオンでやることやって、帰ってきなさい」
「わ、わかったわよ…」
ワルド、ルイズ、ギュスターヴの三人は、その場にキュルケとタバサを残し、バーから裏手の厨房へ抜け、厨房の裏口から外へと脱出した。
月明かりの中、先頭を切るワルドを追うように走るルイズとギュスターヴ。
振り向けば、『女神の杵』亭から煙と爆発音が沸きあがった。
「始まったみたいね…」
「急ぐぞ、ルイズ」
ギュスターヴの声で、ルイズは前を向いて走った。
無事に脱出できたらしい三人を見送ったキュルケとタバサは、再び矢玉が飛び込んでくる出入り口を見た。
「さて、どうしようかしら?タバサ」
「待ってて」
言うとタバサは這ってテーブルの影を進み、カウンターの下でうずくまっていたバーテンに話しかけた。
「ここで一番強いお酒は何?」
「へ?!あ、あの。ご注文ですかい?」
「いいから持ってきて。今、必要だから」
有無を言わさぬタバサにバーテンは半べそをかきながら地下の酒庫扉を開けて潜り、暫くしてなにやらラベルの剥げかけたタルを押して持ってきた。
「うちで一番強い、ブランデーの50年ものでさ。ゲルマニアの北方で飲まれるやつで、産地でも真冬じゃこれ一口で一晩暖かく過せる代物ですよ」
商売人らしくこんな時でも商品説明をするバーテンを無視して、タバサはタルを持ってテーブルの影に戻った。
「これを使う」
「あら、ちょっと勿体無いわね」
タバサが戻ってくるまで、なんとキュルケは化粧を直していた。
持ち出されたタルの栓を開け、栓に染み付いた芳香に頬を緩めるキュルケ。
タバサは栓の開いたままのタルを『レビテーション』でふわり、と浮かせた。
「それじゃ、無粋な盗賊と殿方たちに、一口おすそ分けねっ!」
浮いたタルがボールを投げるように弧を描いて傭兵が詰め寄る出入り口に投げ込まれ、空かさず『エア・カッター』を繰り出して宙を舞うタルを切り裂いた。
箍が切れて中の酒をばら撒くタルに向かって、キュルケが『フレイム・ボール』をぶつけると、火のついた酒が炎の波となって傭兵達を飲み込んだ。
頭から炎を被った傭兵達は悲鳴を上げながら外へ飛び出していく。
「ふふふ。お口に合わなかったみたいね」
出入り口や外へ向かって燃え広がった炎に照らされるキュルケ。火に炙られてその瞳が一層に潤いを湛えている。
外はゴーレムの上で傭兵達をけしかけていたフーケだが、鋒鋩の体で傭兵が逃げてしまうと舌を鳴らして顔をゆがめた。
「けっ!所詮傭兵なんてこんなものか」
「俺は逃げた連中を追う」
「好きにしな」
いうと仮面の男は『フライ』で飛び上がり、何処かへと消えてしまった。
フーケが眼下の宿を睨むように見下ろす。
「さー…あの端正な顔をぐちゃぐちゃにしてやるよ!」
フーケの一声でゴーレムが振り上げた足を宿屋の出入り口へ踏み下ろした。
キュルケとタバサの視界に出入り口を粉砕した巨大なゴーレムの足が広がっている。
「さて、次はあのおばさんをどうにかしなくちゃね」
そう言っている間にもゴーレムの足が揺れ動いて宿屋を削るように壊していくのだ。
タバサは散乱するバーを見渡すと、捨て置かれた木の丸テーブルに手をかけて外に向かって転がした。
タバサの目を見たキュルケは、転がっていくテーブルの影に入って店の外へ抜ける。
「逃げるんじゃないよ!」
それを見逃すフーケではない。ゴーレムの拳が振り下ろされ様とした時、宿の脇から飛び出したシルフィードが視界を遮った。
「この、またこのドラゴンか!」
きゅい、きゅいぃー!と鳴きながら、時たま拙いブレスを吐いてゴーレムの動きをけん制するシルフィード。
ゴーレムの腕がシルフィードを捉えようと空を掻いていると、ヒュン、とフーケの足元を何かが掠めた。
キュルケと同じく外へ脱出したタバサの『エア・カッター』である。
「ちぃ!」
足元のタバサをゴーレムで踏み潰そうと足を上げた、その時。
「上がお留守よ、オバサマ?」
キュルケが遥か上空から「落下しながら」フレイム・ボールでフーケを狙った。
キュルケはタバサとシルフィードがフーケの注意を引いている間、少し離れた場所から『フライ』で上空へと上がったのだ。
通常『フライ』で昇れる高度は精々30メイルから50メイルの間である。それは上昇速度などの兼ね合いからであるが、今回キュルケは時間をかけて高度100メイルまで
『フライ』で上昇したのだ。
上昇してから『フライ』をやめて『フレイム・ボール』の詠唱に切り替えると、当然地面へと落下してしまうが、地面に着くまでにわずかであるが時間が出来る。
その時間と落下による加速を利用した作戦だった。
落下加速がついた大火球は寸分たがわず真上からフーケに命中し、足を上げていたゴーレムは糸が切れたように膝を落とした。
すぐさまタバサの指笛でシルフィードが落下するキュルケを掬い取った。
「ふー、ありがとう、シルフィード」
きゅいーと一鳴くシルフィード。そしてタバサの傍へと降り立つ。
「これでもう大丈夫よね、タバサ」
「多分」
「もう、心配性なんだか…ら…?」
二人の目の前で徐々に形を崩すゴーレムだった岩の山。その頂で燃えている人型は、よろよろとよろめきながらも『立っている』
そしてよろめく火の玉は、一度腰を落とすと岩の上から跳び、身体を反転させて飛び込んできた。
「究極!サウスゴータキィィック!!」
フーケの叫びとともに火の尾を引くフーケがとび蹴りを放って吶喊してきたのを、キュルケとタバサは『偶然』かわすことが出来た。
地面に到達したフーケの蹴りは大地をがりがりと数メイルに渡って削り取り、やがて止まった。
体から煙を上げながらも両足で地面に降り立つフーケの顔は、荒ぶるドラゴンのように烈としている。
「い、生きてる?!」
「こんな事で私は死にはしないんだよ!」
一足でキュルケの懐にフーケが飛び込んできた、そして繰り出された蹴りがキュルケの手元から杖を弾く。
「きゃ!」
「さっきはよくもやってくれたねぇ。お陰で大事な一張羅が台無しだ」
怒りで顔をゆがめるフーケ。煤に塗れたローブを脱ぎ捨てると、胴着のようになっている衣服が現れる。その両手にも、懐の如何なる部分にも杖らしきものはない。
「貴方…杖を持っていない?」
「それがどうしたのさ?貴族のお嬢さん!」
後ずさっていたキュルケに迫るフーケ。その中段蹴りがキュルケの鳩尾にめり込んだ。
「あぐっ!」
しなやかなキュルケの腹部を蹴り抜いて。肉のメリメリという音が聞こえる。
蹴り飛ばされたキュルケは4.5メイルは吹き飛んで地面に落ちて、気を失った。
「さて、次はおまえだよ…」
その殺意の篭る目でタバサを見るフーケ。
タバサは杖を振って『エア・カッター』を繰り出す。
「無駄だよ!」
言うとフーケの前に地面から壁がせり出して『エア・カッター』を弾いた。そして壁はまた地面へと沈んでいった。
「『岩壁』【ロック・ウォール】…魔法を使っている?」
「不思議かい?青いおちびさん…お前も蹴り殺してやるよ!」
ダッシュして間合いをつめるフーケ。その上段蹴りがタバサの頭部を狙うが、とっさにタバサは杖の頭で側頭部に迫るフーケの足を受け止めた。
ピンと蹴り足を伸ばしたまま感心するフーケ。
「ほぅ…ちょっとは持ちこたえられそうだね。でも、まだまだだよ!」
風を切るように素早く繰り出されるフーケの連続蹴りを杖で受け捌くタバサ。しかし体格差によって徐々に追い込まれる。そんな
タバサを見かねたシルフィードが低空で二人の間に割って入ろうと飛び掛っていく。
「邪魔するんじゃないよ!」
また地面から今度は円錐状の岩が飛び出し、シルフィードの進路を塞ぐ。シルフィードは急上昇してそれをかわしたが、岩の先を柔らかなお腹を掠めた。
タバサがその隙に間合いを取って構える。
「『石槍』【グレイブ】…貴方はどこかに杖を持っている」
「それがわかったとして、どうするんだね」
間合いが取られて対峙する二人。
タバサははっと何かに気付いたように目を開くと、背中から剣を抜いて、握る。
「おやおや…今度はその剣で勝負するつもりかい?」
左に杖、右に剣を持ったタバサに、フーケがじりじりと間合いを詰めていく。
徐々に距離を殺していたフーケに、タバサが杖を捨てて飛び掛った。
フーケも水平に飛んで中段蹴りを放つ。
タバサはそれを見てからレイピアを横なぎに振るった。二人の攻撃点が重なる。剣先が滑る様に動いて、フーケの右脛に食い込んでいく。
「っ!!」
タバサの鳩尾にフーケの足が食い込む。もとより軽いタバサの体が弾き飛んだ。
しかしタバサの剣は振り切られている。その剣先はフーケの右足を両断し、足先をなくしたフーケは蹴りの着地が出来ず無様に倒れこんだ。
「あうっ!…足!足ぃ!私の足がぁっ…」
フーケの切られた足からは、血の一滴も流れていなかった。
倒れたフーケは残りの足と両腕で這うように動き、なくした片足を捜している。切り落とされた足先には魔法の杖に使われる木材の光沢が見受けられた。
土くれのフーケと呼ばれた女盗賊の両足はその実、巧妙に作られた魔法の義足に成り代わっていたのである。
「ちっ…今日の所は、この辺が潮時か…」
苦い顔をして拾った足を断面に『繋ぎ』、『フライ』で逃げるようにフーケが遁走した。
上空で旋回していたシルフィードは降下してタバサの前に下りる。舌先で倒れたタバサの頬を舐めた。
「……シルフィード…?」
か細いタバサの声にきゅい!と鳴く。
タバサはよろよろと起き上がると剣と杖を拾い、遠く倒れているキュルケに駆け寄った。
倒れたキュルケは動かない。タバサは険しい顔でキュルケの肩を揺すった。
「…キュルケ、キュルケ」
「……タバサ?」
キュルケは腹部の痛みに顔を引きつらせながら目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
「大丈夫?」
「馬鹿ね。貴女もボロボロじゃない…」
「私は平気……いつものことだから」
「そんなこと、言っちゃ駄目よ…」
小さなタバサに肩を借り、近くに落ちている杖を月明かりの中で拾う。
「とりあえず…囮にはなれたかしらね」
「多分」
宿を襲った傭兵もフーケも退散し、何事かと周囲から人が集まっている。
「まず、宿に戻りましょ…頑張りなさい、ルイズ。それと」
見捨ててあげないでね、ギュス。
言葉を呑んでタバサとともに歩いていくキュルケだった。
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