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#navi(未来の大魔女候補2人)
#center(){未来の大魔女候補2人 ~Judy & Louise~
第4話『朝の魔女2人』
}
ジュディは、朝日が昇ったのに少し遅れて目を覚ました。
隣からはルイズの寝息が聞こえてくる。
「ふぁ~ぁ」
欠伸をしてから、極上の柔らかさを持つ布団から上半身を起こし、眼をしばたかせる。
「う~…ぅん」
大きな伸びをしてから、ベッドから降りて部屋の中を見回す。
ジュディの目に映るのは、見慣れた自分の部屋ではなく、自分の部屋が3つは収まる程に広く、見たことも無い位に豪華な部屋であった。ルイズの部屋である。
「そっか…… 夢じゃなかったんだ……」
ポツリとそう呟き、ガックリと項垂れる。
部屋の中は薄暗く、カーテンの隙間からは朝日が漏れている。耳を澄ますと外からは、小鳥の囀る声が聞こえてくる。
「ルイズさんが励ましてくれたのに、暗い顔してちゃだめだよね?
きっと帰れる。うん、きっとダイジョウブ。必ずみんなとは、また会えるから」
そう、自分に言い聞かせ、顔を上げる。
薄暗い部屋をゆっくりと横切り、窓の前に立つ。背伸びをして、片側のカーテンだけを開ける。すると、透明な朝日が部屋に溢れた。
窓を開けテラスに出ると、朝露で湿りを帯びた風が頬を撫で、温かい朝日がジュディを包み込む。
全身で朝を感じ、ジュディは大きく深呼吸をする。すると、体全体に1日分の活力が漲る。
太陽が昇ってそれ程時間が経っていないらしく、気温はまだ低い。
窓から下を見下ろすと、既に起きて仕事をしている人達が目に入った。その人達は一様に、黒地の質素な服に白のエプロンという格好をしている。
ジュディは昨日、この学院には『メイド』と呼ばれる雑用をしてくれている人達が居ると、ルイズから聞いた事を思い出した。
ジュディには見慣れない格好だが、あの白黒のいでたちは昨日見たメイドそのものであるので、間違いはないだろう。
大きく息を吸い込んで、ジュディは眼下に居るメイドに挨拶をする。
「メイドさん、おはよーございます!」
「きゃ! お、お早う御座います!」
いきなり頭上から呼びかけられた黒髪のメイドは、目を白黒させて驚いた様子である。
「朝早くから、ゴセイが出ますね」
「い、いいえ、滅相も御座いません!」
黒髪のメイドは、ジュディの言葉に委縮し、畏まってしまう。ジュディは、何故そんな風になるのかわからず首を捻る。
「し、失礼致します!」
そうこうしている内に、黒髪のメイドは一礼をしてから足早に去って行った。
ジュディは首を傾げながら部屋の中へ戻る。
ベッドに目を向けると、スヤスヤとルイズが気持ち良さそうよさそうに寝ていた。髪は乱れて四方八方に広がり、口元には涎が垂れている。
「ルイズさん、ルイズさん。朝だよ、早く起きて」
「ぅん~ なに~?」
「もう朝だよ」
「あと5分~」
「ダメだって。早起きは3クライスの得だよ?」
「ふぁ~ もう朝~?」
ルイズは目を擦りながら起き上り、ベッドの反対側にある壁に目を向ける。そこには、背の高い振子時計があり、カチコチと時間を刻んでいる。
「なによぉ~ まだ1時間ぐらい眠れるじゃない。おやしゅみーzzz」
「もうっ! しょうがないな~」
ルイズは再び布団に潜り込む。暫くもせぬ内に寝息が聞こえてくる。
その様子に、ジュディはあきれた声をあげて頬を膨らます。まるで兄を起こす時のようだ、と、ジュディは感じる。
ジュディはルイズを起こすことを断念して、着替えることにした。
鞄からソックスとシャツを取り出し、それに着替える。脱いだ寝巻きは、丁寧に畳んで鞄に仕舞う。
クローゼットを開け、何時ものスカートと魔道着を着る。そして、姿見の前に立ち、昨日の赤いネクタイではなく黒いリボンタイを締める。
姿見の前で一回りして、可笑しな所がないことを確認してから、紫のローブを身に纏い、着替えが完了した。
再びベッドに近寄って、ルイズを揺さぶる。
「ねえねえルイズさん、お散歩に行って来て良い?」
「う゛ん~? いってらっひゃい、きおひゅけちぇね」
布団の中からくぐもったルイズの声が聞こえてくる。
全く起きる気配のないルイズに、ジュディはため息を付いて
ジュディは寝癖の付いた髪を梳かす。それが終わると、荷物掛けから大きなとんがり帽子を手に取ってから、ドアノブに手を掛ける。
扉を開けて、穏やかな寝息が響く部屋から抜け出る。
廊下には、ポセイドンが昨日と同じ場所に鎮座していた。
廊下は静かなもので、どの部屋からも物音は聞こえてはこない。女子寮の中で起きているのは、ジュディだけのようだ。
「よしっ。いこっか、ポセイドン」
ジュディは、大きなとんがり帽子を被って胸を張る。
知らない場所を探検する事に、心が高鳴るのを抑えながら一歩を踏み出す。
廊下には、窓から差し込む透明な朝日が満ち満ちており、誰も知らない1日が始まるのだと、ジュディに予感させた。
◆◇◆
学院の中庭に、片手を胸元に当てて乱れた呼吸を整えている少女が居た。先ほど、ジュディが声を掛けた黒髪のメイドである。
「ああ、吃驚した。貴族の方から挨拶されるなんて、夢にも思わなかったわ……」
メイドというものは、奉仕する者であり、それが当り前のことだ。粗相があれば叱咤されるが、そうでないならば特に何も言われもしない。
何か言いつけるために呼び止められることはあっても、日常の他愛ない挨拶をされる事など皆無といってよい。
個人付きで、付き合いの長い主従ならばそういったことも有るだろうが、少女は学院全体の貴族に仕える立場であり、有象無象の1人でしかない。
で、あるからして、今朝のように丁寧に挨拶をされて、ましてや苦労を労われるなど初めての体験であった。
「ああ…… しまったわ。
思わず逃げるみたいになっちゃったけど、何か言いつけられるのだったのかも……
どうしよう、このことが原因で何か罰を受けたりしたら…… いえ、罰で済んだらいいけど、解雇されちゃったらどうしよう?」
先ほどの自分の態度を思い出し、今更ながら下手な対応をしてしまったと少女は頭を抱える。
少女の頭の中には、様々なシチュエーションが渦を巻いている。
「どうしよう、どうしよう。謝りに行った方がいいかしら? でも、案外なんとも思われてないかも?
でもでも、お仕置きされるのは嫌だし、潔く謝った方が…… でも、影腹を切れなんて言われたら…… ブツブツ」
少女の思考は悪い方向に加速していく。
貴族にとって、下働きの平民など取るに足らない存在である。些細なことが原因で、無体な仕打ちをされた例もあるのだと、少女は同僚から聞かされている。
そんな訳だから、平民の貴族への畏怖は強く、また、決して逆らえぬ存在である。
そんな風に想像が膨らんでいき、戦々恐々としている少女に、声が掛けられた。
「おーい、シエスタ。そんな所に蹲って、一体どうしたんだ?」
「きゃっ! い、いいえ、何でもない…です」
シエスタと呼ばれた少女は、不意に掛けられた声に仰天して、しどろもどろに応える。
声を掛けた少年は、そんなシエスタの様子を不思議に思い問い詰める。
「何でも無いって事はないだろう? 顔なんか真っ青じゃないか」
「そ、そんなに酷い顔してますか?」
「ああ。一体、何があったんだよ? 俺だったら何でも力になるから、何があったか言ってくれよ」
その言葉に力付けられて、シエスタはポツリ、ポツリと、何があったのか話し出した。
「う、うん。実は……」
話を聞き終えた少年は、腕を組んで難しい顔をする。だがその実、考え込んでいる振りをしているだけなのであるが、シエスタにはそんな事は分からない。
しばしの黙考の後に少年は、シエスタに笑い掛ける。そのなにも臆したところの見られない態度は、シエスタには頼もしく映った。
「大丈夫だって。あいつ等、気に食わない事があったら直ぐに怒鳴りつけて、杖を振り回すだろ?
そうしなかったって事は、別に何とも思っちゃいないって事だって。
何食わない顔してりゃ、別にどうってことないさ」
「そう……でしょうか?」
「そうだって。血眼になって追っかけてこないって事は、全然大丈夫だって。なっ?」
「そう、ですよね?」
少年の言い分も尤もだと思い、シエスタは気持ちが軽くなる。確かに、何も言って来ない所を見ると、大した問題では無いように思えてくる。
延々と、暗い想像を浮かべて悩んでいた事が馬鹿らしく思えてくる。やはり、この少年は頼りになるとシエスタは思い、頬が紅に染まるのを感じる。
「お貴族様の事で悩んだってムダムダ。
どうせ考えるならさぁ…… えっと、今度の休みだけどさぁ、よかったら俺と……」
少年は手をモジモジさせて、シエスタに話し掛けてくる。
どうやら少年は、シエスタをデートに誘っているらしかった。
まだ学院に来て間もない少年との仲は、満更でもない。抜けた所もあるが、何度か助けられる事もあったし、何より他人とは思えない雰囲気を感じていた。
そんな訳で、シエスタは特に抵抗感も無くデートの約束をする。少年は両手を胸の前で組んで感激し『生まれてきて良かった』などと言っている。
身持ちの固いシエスタだが、初デートという事態に、少年ほどではないが、心が湧き躍るのを感じる。
やはりここは、近場の森にでもピクニックに行こうか。そして、お弁当を作っていって家庭的なのをアピールするのも良い。
それよりも、思い切って城下町まで足を延ばそうか。お金なら、今まで貯めてきたへそくりがある、それで都会のデートを楽しむのも悪くない。
さて、どちらにしようか。と、考えたところで重要なことに気がつく。
「つい、話しこんじゃいましたけど、早く仕事に戻らないとマルトーさんに叱られませんか?」
「おっと、いけね。急いで戻らないと。
また後で! この話、忘れないでよ!」
そう言って少年は、踵を返して食堂の方へ走りだす。マルトーとは、学院の胃袋を握っているコック長のことだ。仕事には厳しいが、周りからの信頼は厚い人物である。
シエスタは、自分と同じ黒髪の少年の背中を見送ってから、自分の仕事へと戻る。
「さて、お洗濯しなくちゃ。うん、今日もいい天気!」
その言葉の通り、頭上には青空が広がり、陽光が燦々と降り注いでいる。
天高く純白の雲が流れ、薫風が吹き抜ける。今日も1日晴れのようだ。
◆◇◆
早朝、学院長秘書ロングビルは、学院の本塔の階段を登っていた。目指すのは最上階の学院長室。
何時もならば、こんなに朝早くから出勤したりはしない。
それにもかかわらず、階段を上っているのには理由がある。
「全くあのジジイと来たら、こんな朝早くから一体何の用だい?
おちおち寝てられやしない……
……はぁ。今日もセクハラされるんだろうねぇ、全く嫌になるよ。
さっさと目的を果たして、村に帰ろう。テファ達に会って心の洗濯をしないとやってられないよ。うん、それがいい。
……でも、安定した定期収入も魅力なんだよねぇ、ぶっちゃけ高給取りだし、セクハラさえなかったら本当に就職してもいいのに。
そうなったら、テファにも堂々と、どんな仕事をしてるかも言えるし…… でも、周りは貴族の馬鹿ガキばっかりだし…… 如何しようかねぇ?」
その理由は、ロングビルの口から駄々漏れであった。相当にストレスが溜っているらしく、不機嫌な足取りで階段を上っていく。
愚痴は主に仕事のことであり、ついでに先の人生設計なども考えているようだ。
文句は尽きることなく、口から衝いて出る。
「ココの教師ときたら、揃いも揃って変人だらけだし、一般人には付いて行けないよ、まったく。
それにしても、何でこんな高い所に学院長室を置くんだろうねぇ?
3,4階で良いじゃないか。その方が楽だし、利便性もあるだろうに…… 見栄って奴かい?
やっぱり、これが貴族のサガなのかねぇ?」
愚痴は、仕事のことに始まり、同僚のこと、はては学院の構造にまで波及する。
一通りの愚痴を零し終えて、最上階に辿り着く。身嗜みを整え、小さく息を吸い込んでから、扉をノックして入室する。
「オールド・オスマンお呼びでしょうか?」
「おお、ミス・ロングビル。待っておったよ」
部屋の奥からオスマンが返事をしてくる。流石に、朝っぱらからは水煙管を吸ってはおらず、朝の清涼な空気が部屋に満ちている。
先程までの不機嫌さなど、微塵も感じさせない表情でロングビルはオスマンに微笑む。
「こんなに朝早くから、一体何のご用でしょうか?」
「なに、大したことではない。朝食が済んだ後、ジュディちゃんに此処に連れて来てはくれんかね?」
『たったそれだけの用事で、朝早くから呼びつけたのかい? このクソジジイ』
ロングビルは、忌々しそうに毒づく。もちろん、口にも表情にも出さずに、だが。
「ミス?」
返事をしないロングビルに、オスマンは怪訝な顔で呼びかける。
ロングビルは、何でも無いと言うように微笑んでから、用件を承諾する。
「それならば、お安い御用です。お任せ下さい。
それで、お話はそれだけでしょうか?」
「あと1つ、出来るならば引き受けてほしいこともあるんじゃ。いいかの?」
「何でしょうか? 職務に差し支えない範囲でなら、お引き受けしましょう」
「うむ。
ジュディちゃんをこの学院の生徒にしたいと思っとるんじゃが、問題があるのに気が付いての。
それを何とかしてほしいんじゃ」
「問題……ですか? それはどんな?」
「読み書きじゃ。ジュディちゃんは、此方の文字の読み書きは出来んじゃろうから、それから教えんといかんのに気が付いてのう。
授業を見学する分なら何とかなるが、生徒として受けるのなら読み書きが出来んと問題があるじゃろう。
じゃから、ジュディちゃんに、読み書きを教えてやってはくれんかのう?」
オスマンの言い分は、ロングビルにも分かる。しかし、何か釈然としないものを感じて、ロングビルは疑問を口にする。
「それは確認したのですか? 言葉は通じていましたし、違う言語を使ってはいませんでしたよ?」
「昨日、ジュディちゃんから地図を貸してもらったじゃろう? そこに書いてある文字は、ワシには全く分からなんだ。
じゃからして、違う言語を使っていると考えられる」
「なら、どうして言葉が通じているのですか? 違う言語を使っているのなら、言葉が通じるのはおかしいでしょう?」
そうまくしたてるロングビルに、オスマンは片手を挙げて宥める。オスマンは泰然としたもので、こちらが慌てているのが滑稽に思えてくる。
「まあまあ、落ち着いて、深呼吸でもしなさい」
オスマンは、オホンと咳払いをしてから説明を始める。
「オホン。それは、サモン・サーヴァントの影響じゃろう。
使い魔となった動物は、人間の言葉が喋られるようになる場合がある。聞いたことがあるじゃろう?
そして、喋られるようになる動物は、犬猫などの、長い間、人間の傍にいたモノたちじゃ。
で、あるからして、人間を呼び出した場合、言葉が通じるようになるのは自明の理じゃ」
「けれど彼女は、使い魔ではありません。そうおっしゃったのはオールド・オスマン、貴方でしょう!」
「落ち着きなさい。ワシはサモン・サーヴァントの影響だと言ったじゃろう? 使い魔になった影響とは言っとらん」
「……サモン・サーヴァントの? 一体どういう事です?」
少し冷静さを取り戻したロングビルは、分からないといった顔で聞き返す。
1つ溜息をついてから、オスマンは話し始める。目はいつになく真剣だ。
「使い魔が言葉を話せるようになるメカニズムは、契約時に精神構造と声帯部分が変化するためじゃ。
そして、コントラクト・サーヴァントを行う事で声帯部分が変化している。どう言う事か分かるかね?」
「つまり、サモン・サーヴァントで呼び出された時点で、精神部分は変化している。と、いう事ですか?」
「そうじゃ。人間ならば声帯の変化は無用じゃからのう。精神部分が変化するだけで充分なのじゃ。
ジュディちゃんは向こうの言葉で話しているつもりでも、口にする時点でそれは此方の言葉に翻訳されているのじゃろう」
ロングビルは両手を眉間に当て、オスマンの言葉をかみ砕く。
何しろ人間が呼び出された例がないので、オスマンの言葉の真偽を確かめる術がない。しかし、特に矛盾も見当たらず、ロングビルは頷くしかなかった。
「それが本当かどうかは別にして、あの子に読み書きを教えることはお引き受けします。
しかし、本当に生徒にするつもりですか? 読み書きを教え終わる前に、帰る方法が見つかるかもしれませんよ?」
「別にいいじゃろうが。ここは学び舎じゃ、そしてワシらは教える立場なのじゃからな。
それに、無駄になる知識など無い。それをどう活かすかは、本人次第じゃ。
知識はいずれ、あの子の助けになっていく。きっとな」
ロングビルの言葉にオスマンは、教育者の顔で諭す。
初めて見るオスマンの真面目な顔に、ロングビルは眼を点にして驚く。
真面目な顔をしていても、何処か飄々とした態度を消さなかった老人が、ここまで真剣な顔をしているのを見るのは初めてだ。
腐っても教職に就くものか。と、ロングビルはオスマンに対する評価を改めねばと考える。
そんな風に少し感動しているロングビルに、紙袋が手渡される。
「これは?」
「それをジュディちゃんに渡しておいてくれ。制服が入っておる」
「制服? あの子に合うサイズの物があったのですか?」
「いんや。ワシが夜なべをして裾直しをした。サイズは合っとるはずじゃ」
オスマンが、さも当たり前のことのように言ってのける。
その言葉に、何か不穏なものを感じて、ロングビルは固い声で問いかける。
「……どうやってサイズを知ったのです?」
「なに。ワシのうっふんスカウターにかかれば、お茶の子さいさいよ!
自慢ではないが、的中率は8割を切っとる!」
オスマンは、得意満面といった様子で親指を立てて良い笑顔を浮かべる。そこには先ほどの真剣さなど欠片もありはしない。
それに対しロングビルは、沈痛な面持ちで懐から杖を取り出す。そして、明確な意思を込めてルーンを詠唱する。
「ん? 如何したんじゃ、ミス・ロングビル? なぜ杖を取り出すんじゃ?
えっ、あっ、ちょっ、待って。無言で杖を振らんでくれい! 怖いから!」
「……少しでも見直した私が馬鹿でした。
やはり、今日という今日は思い知って貰います!」
怒り心頭といった表情で、ロングビルは杖を振りかぶる。そして詠唱が完成すると、杖の先には岩塊が出現した。
杖を振り下ろすと、生まれ出た岩塊はオスマン目掛けてすっ飛んで行く。
ロングビルの暴挙にオスマンは、泡を食ったかのように逃げ惑う。何しろ人の頭ほどはある岩塊が飛んでくるのだ。中ればタダでは済まない。
必死になって避けるオスマンだが、ロングビルの詠唱は徐々に速くなっていく。
「この! このっ! 避けるな、このクソジジイ! 大人しく引導を渡されな!」
「ひっ、ひぃぃー!」
この騒動は、同じようにオスマンに呼ばれていたコルベールが、間に入るまで続いたのである。そのお陰で、オスマンは正座で説教にまで減刑さることになった。
ロングビルの魔法は、学院長室を滅茶苦茶に破壊し、その後始末はオスマン本人がする羽目になった。ロングビル曰く、自業自得だそうだ。
オスマンは、コルベールが時間通りに来てくれていたら、こんな事には成らなかった、と、後に語る。因みに、コルベールの遅刻の原因は、二日酔いであった。
ロングビルは、如何して朝っぱらからこんな事になるのだろうと、憂鬱に感じながら空を見上げる。
部屋の片づけをするオスマンを尻目に、今日もロクでもない1日に成るだろう、と、ボンヤリと思うのであった。
◆◇◆
春の陽気が風を伝って窓から流れ込み、部屋には暖められた空気が満ちている。既に多くの者が起き出しており、女子寮は少しざわついている。
気持の良い風にくすぐられて、ルイズは天蓋付きのベッドの中で爽やかに目を覚ました。
「オハヨウ、ルイズさん」
眼をしょぼしょぼさせるルイズに声が掛かる。
そちらを見やると、特徴的な紫のとんがり帽子が目に入った。
「んっ? ああ…… おはよう、ジュディ」
いまだ焦点の定まらない眼を擦って、朝の挨拶をしてきたジュディを見つめる。
やがて、ぼやけていた視界が定まってくると、目の前には、ジュディの帽子がひょこひょこと揺れている。そして、その紫のとんがり帽子の広いつばには、黄色くて黒い斑模様のある何かが鎮座している。
顔を近づけてよく見ると、それは毒々しい色彩を持つルイズの天敵であった。
「カエルッ! な、な、な、なんでそんなのを部屋に連れ込むのよ!?」
「?」
ルイズは、帽子を指差しながら一気にベッドの端まであとずさる。
ジュディは、何のことか分からない顔をして、帽子を脱ぐ。
「あっ、カエルさんだ。いったいドコから来たの?」
「ジュ、ジュディ! お願いだからどっかやって!」
「しょうがないなぁ」
両手で顔を隠しながら、ルイズはジュディにお願いをする。
すると、ジュディは残念そうに、カエルを優しく両手に乗せて部屋から出ていき、直ぐに帰ってくる。もうその手には、カエルは居なくなっていた。
「ルイズさん。カエルさんは外に出したから、もうダイジョウブだよ」
「そ、そう、ありがと。
で、でも、勘違いしないでね、驚いただけでカエルが苦手ってわけじゃないのだから」
今更な言い訳であったが、ジュディは特に何も言わずに微笑む。
ルイズは、プイと顔を背けてバツの悪い顔で話題を逸らす。
「じゃあ、着替えるから少し待っていて。そしたら、朝ごはんよ」
「はーい」
カエルが居なくなったことで、人心地ついたルイズは着替えを始める。
ベッドから起き上がり、フラフラと覚束ない足取りでクローゼットまで進む。
クローゼットの引き出しから替えの下着を取り出し、手早くシルクのネグリジェとレースがふんだんにあしらわれた下穿きを脱ぎすてる。
(省略されました・・全てを読むには&u(){ここ}を押してください)
「さて、行きましょうか」
「はーい」
着替えと身支度を終えたルイズが、そうジュディに呼びかける。
ジュディは、腰掛けていた椅子からぱっと飛び降りると、とんがり帽子を被ってルイズに駆け寄る。
「忘れ物はないわね?」
「うん。戸締りもバッチリよ」
「それじゃ行きましょ」
支度の確認をしてドアノブに手を掛ける。そして、深呼吸をしてから扉を開ける。すると、そこにはやはり、ポセイドンが大人しく鎮座していた。
表情の判らなオレンジ色の3つの眼が2人を映す。思わずルイズは、目を逸らして呟く。
「ううぅ…… 居ると分かっていてもこれは……」
流石に心の準備が出来ていれば叫んだりはしないが、ポセイドンほどの大きさともなれば、ただそこに居るだけでもかなりのプレッシャーを感じる。カエル嫌いのルイズならば尚更だ。
「あっ、さっきのカエルさんだ。どうしたの?」
「えっ?」
その声に振り向くと、ポセイドンの頭の上に先ほどの毒々しいカエルがちょこんと乗っていた。
ジュディは、カエルを手のひらに乗せて話しかけている。ルイズとは違い、ジュディにとってカエルは可愛いものであるようだ。
それを一歩引いた位置で眺めるルイズに、声が掛かる。
「おはよう、ヴァリエール」
声を掛けてきたのは、見事な金髪の巻き毛とソバカスをもつ少女だった。
学院制服に身を包み、マントは黒の物を纏っている。見事な金髪が透けるような白い肌に映え、ブルーの双眸は宝石のように澄んだ色をしている。
背はルイズよりも10サントほど高く、スレンダーな体型をしている。
「おはよう、モンモランシー。珍しい事もあるものね、朝っぱらから貴女と出会うなんてね?」
「ええそうね。きっと今日は、始祖ブリミルは御休みしていらっしゃるのね。
で、それがあなたの使い魔?」
お互い挨拶と憎まれ口を交わしあう。
モンモランシーと呼ばれた少女が、ポセイドンを指差す。
「そうよ」
「ふーん、なかなかやるじゃない。貴女、水属性なんじゃない?」
「なに? うらやましいの?」
ルイズは薄い胸を張って少し自慢げに問いかける。
しかし、そんなルイズの態度を、モンモランシーは鼻で笑って一蹴する。
「まさか。羨ましくなんてなんてないわよ。
わたしには、ロビンが居るからね」
そう言って、モンモランシーは手の平を突き出す。すると、ジュディの手に乗っていたカエルが飛び上り、モンモランシーが差し出した手に飛び乗る。
モンモランシーは、手の平に乗せたカエルの背を指で掻いてやりながら微笑む。そして、ルイズの方に差し出した。
「紹介するわ。この子が、わたしの使い魔の『ロビン』よ」
すると、ロビンは挨拶をするかのように、喉を膨らませて鳴き声を上げる。
何時ものルイズならば、眼前にカエルを突き出されたなら、腰が抜けるくらい怖がるのだが、ポセイドンを見たあとでは大して怖くないと感じる。
「あっそ。 随分毒々しい色をしてるけど大丈夫なの?」
「毒なんか持ってないわよ、失礼ね」
さも心外だというように、モンモランシーは憤慨する。そして、ロビンが来た方向、つまり、ジュディへと視線を投げかける。
「この子、昨日の?」
「ええ、そうよ。
ジュディ、紹介するわ。彼女は『洪水』のモンモランシーよ」
「はじめまして、モンモランシーさん。わたしジュディです。
ロビンもヨロシクね」
ルイズの紹介を受けて、ジュディは行儀よくモンモランシーとロビンに挨拶をする。
「ええヨロシク、ジュディ」
モンモランシーはジュディに挨拶を返した後、ルイズをキッと睨みつける。
「で、誰が『洪水』ですって? わたしは『香水』のモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ。
間違えても『洪水』ではないわ!」
「ふん。アンタなんか『洪水』で十分よ。知ってるんだからね、小さい頃に洪水みたいなオネショしたのを」
「キーッ! アンタなんて『ゼロ』じゃない。『ゼロ』のルイズ!」
ルイズとモンモランシーは、お互いに悪口の応酬を始める。
喧々諤々と、放っておいたら何時までも罵り合っていそうな勢いだ。
しかしそれは、扉が勢い良く開かれたことで一時中断となる。
開かれた扉から姿を現したのは、キュルケであった。その後ろからは、フレイムが頭だけを部屋から出している。
キュルケは、不機嫌を通り越した呆れ顔で2人を冷たく突き刺す。
「まったく…… 朝から騒々しいことね。喧嘩なら余所でやってもらえませんこと?
折角の清々しい朝が台無しですわ。
もう少しお淑やかに成ってもよろしいんじゃありません?」
「オハヨウございます、ツェルプストーさん。フレイムもオハヨウ」
「うふふ。朝から元気ね、ジュディ。そんな堅い呼び方しなくても、キュルケでいいのよ」
2人に対する態度とは打って変わって、元気よく挨拶するジュディには、にこやかに、それでいて色っぽく微笑む。
喧嘩をしていた2人は、水を差されて不機嫌な目でキュルケを見やる。ルイズの眼は、余計なのが増えたと言わんばかりだ。
キュルケは、その視線を物ともせずに嫣然と返す。その余裕ぶった態度がルイズの心を逆撫でする。
「ふん! アンタに慎ましさが如何とか言われたくないわね」
「それは同感ね」
ルイズの言葉にモンモランシーが同調する。
それを見てキュルケは、からかいを含んだ声色でおどける。
「あらあら、カエルを召喚した者同士、仲が良いのね?」
「それは関係ないでしょ。行き成り出てきて何なのよ!」
「仲が良い? 悪い冗談だわ」
また喧嘩を始めようとするルイズを、ジュディが窘める。
「ルイズさん、ケンカはダメだよ」
「う……むっ…… はぁ、わかったわ」
ルイズは言葉を詰まらせてから、しょうがなさそうに頷く。
ルイズからは先程の喧嘩腰な態度など、微塵もなく掻き消えていた。
そんなルイズとジュディのやり取りを、キュルケはニヤニヤして見ているが、モンモランシーは顎が外れんばかりに驚き固まっている。よっぽど、目の前の光景が信じられないらしい。
モンモランシーは、ぎこちなくキュルケに問いかける。
「ねえ、キュルケ。一体どうしちゃったのかしら? 信じられないわ、あのルイズが素直に言う事聞くなんて。
わたし、まだ寝ているのかしら?」
「さあ? 何があったのかは知らないけど、お姉さんぶりたいんじゃない?」
「まさかっ! ルイズに限ってそんな筈ないと思うけど?
それにしても、本当に始祖ブリミルは御休みのようね」
「なら『ゼロ』じゃなくなったから機嫌が良いんでしょ」
「ああ、なるほど。『ゼロ』は返上して、今は『ほぼゼロ』のルイズよね」
「そこっ! 五月蠅いわよ!」
顔を額がぶつかるほどに近づけて、ヒソヒソ話をしている2人をルイズが怒鳴りつける。しかし、2人は意にも介さず話し続ける。
ルイズとて、鬼ではないのだ。ジュディを召喚してしまった責は自分にあるし、昨夜の出来事を鑑みれば、なおさら強気にはなれない。しかし、そんな事は口が裂けてもいえないのがルイズである。
イライラと、剣呑な目で2人を睨むルイズだが、ふいにマントの裾が引っ張られ、そちらへと振り向く。
「ねえねえ、ルイズさん」
「ん? 何、ジュディ?」
振り向くと、ジュディが不思議そうな顔で見上げていた。そして無邪気な顔で聞いてくる。
「さっきから『香水』とか『ゼロ』って言ってるけど、なんなの?」
「えーと…… それはね、あだ名よ」
「あだ名?」
そう言って、ジュディは首を小さく傾げる。ルイズにとってその顔は、悪魔の如きものに見えた。
言いにくそうにしているルイズに代わって、モンモランシーが指を立てて説明する。
「メイジの特徴をあらわす二つ名の事よ。例えば、わたしは香水の調合が得意だから『香水』の二つ名を持っているわけよ。
でも、こんなのメイジなら常識よ。貴女、いったい何処から来たの?」
「ちなみに、あたしは『微熱』よ。意味は…… ジュディには、少し早いわね。うふふ」
「じゃあルイズさんは、何が『ゼロ』なの?」
「えーと、あー… それは……」
その質問に、ルイズは口ごもる。ジュディは悪気があって聞いた訳ではないし、負い目も感じていることもあり、怒鳴って誤魔化すという事も出来ない。
意味のないうめき声をあげて、言い訳を考えるルイズに、ジュディが再び問いかける。
「ねえ、どうして? 『ゼロ』ってどういう意味?」
「あー、うー た、大したことじゃないから」
「なにそれ? どうせすぐに分かることなんだから、教えてあげたら?」
「そうそう。みんな知ってるんだから、教えて上げなさいよ」
「うるさい、うるさーい! もうこの話題は終わり。
さっ、はやく食堂に行くわよ!」
結局ルイズは、大声で怒鳴って話を無理矢理終わらせ、ズンズンと大股で廊下を進んでいく。
その気迫に、廊下に居るものは端に寄り、ルイズの進んだ後に道ができていく。
「よかった。あれでこそ、何時ものルイズね」
「まあ、そう簡単に人は変わらないわよねぇ」
モンモランシーとキュルケは、心底安心したという具合に、互いに手を取り合って頷きあう。
「ポセイドン、いくよ。まって、ルイズさん」
ジュディはポセイドンを連れてルイズを早足で追いかる。その後を追って、モンモランシーとキュルケが歩いていく。
学院は、朝の喧騒に包まれて活気に溢れている。
窓からは、多くの生徒達がぞろぞろと、食堂を目指しているのが見える。そして、そこから空を見上げると、憎たらしいほどの青空が広がっている。
ルイズは忌々しく太陽を睨みつけ、最低な1日の始まりを恨むのであった。
・
・
・
次回予告
「チクショオオオオ! くらえワルキューレ! 失敗魔法!」
「さあ来いルイズゥゥ! オレは実は爆破されただけで死ぬぞぉぉ!」
チュ☆ド―ン
「グワァァァァ!」
「ワルキューレAがやられたようだな……」
「ククク…… 奴はワルキューレの中でも最弱……」
「ゼロごときに負けるとはワルキューレの面汚しよ……」
「くらえええ!」
ズギュ―――z___ン
「「「グワァァァ――!!」」」
「やった…… ついにワルキューレを倒したわ…… これでギーシュのいるヴェストリの広場に行ける!!」
「よく来たなゼロのルイズ…… 待っていたぞ」
ギィィィィィイ
「こ、ここがヴェストリの広場だったの……! 感じる…… ギーシュの魔力を……」
「ルイズよ…… 戦う前に一つ言っておくことがある。お前は僕を倒すのに『ガンダールヴ』が必要だと思っているようだが…… 別に居なくても倒せる」
「な、 何ですって!?」
「そして、彼女たちにはすでに謝っておいた。あとは僕を倒すだけだなクックック……」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「フ…… 上等だ…… 私も一つ言っておくことがある。この私に召喚した使い魔がいるような気がしていたけど、別にそんなことはなかったわ!」
「そうか」
「ウォォォ、いくぞぉぉぉ!」
「さあ来いルイズ!」
ルイズの魔法が世界を救うと信じて……!
・
・
・
今回の成長。
ルイズは、おしゃれL2のスキルパネルを手に入れました。
ジュディは、建造物の知識L2のスキルパネルを手に入れました。
第4話 -了-
#navi(未来の大魔女候補2人)
#navi(未来の大魔女候補2人)
#center(){未来の大魔女候補2人 ~Judy & Louise~
第4話『朝の魔女2人』
}
ジュディは、朝日が昇ったのに少し遅れて目を覚ました。
隣からはルイズの寝息が聞こえてくる。
「ふぁ~ぁ」
欠伸をしてから、極上の柔らかさを持つ布団から上半身を起こし、眼をしばたかせる。
「う~…ぅん」
大きな伸びをしてから、ベッドから降りて部屋の中を見回す。
ジュディの目に映るのは、見慣れた自分の部屋ではなく、自分の部屋が3つは収まる程に広く、見たことも無い位に豪華な部屋であった。ルイズの部屋である。
「そっか…… 夢じゃなかったんだ……」
ポツリとそう呟き、ガックリと項垂れる。
部屋の中は薄暗く、カーテンの隙間からは朝日が漏れている。耳を澄ますと外からは、小鳥の囀る声が聞こえてくる。
「ルイズさんが励ましてくれたのに、暗い顔してちゃだめだよね?
きっと帰れる。うん、きっとダイジョウブ。必ずみんなとは、また会えるから」
そう、自分に言い聞かせ、顔を上げる。
薄暗い部屋をゆっくりと横切り、窓の前に立つ。背伸びをして、片側のカーテンだけを開ける。すると、透明な朝日が部屋に溢れた。
窓を開けテラスに出ると、朝露で湿りを帯びた風が頬を撫で、温かい朝日がジュディを包み込む。
全身で朝を感じ、ジュディは大きく深呼吸をする。すると、体全体に1日分の活力が漲る。
太陽が昇ってそれ程時間が経っていないらしく、気温はまだ低い。
窓から下を見下ろすと、既に起きて仕事をしている人達が目に入った。その人達は一様に、黒地の質素な服に白のエプロンという格好をしている。
ジュディは昨日、この学院には『メイド』と呼ばれる雑用をしてくれている人達が居ると、ルイズから聞いた事を思い出した。
ジュディには見慣れない格好だが、あの白黒のいでたちは昨日見たメイドそのものであるので、間違いはないだろう。
大きく息を吸い込んで、ジュディは眼下に居るメイドに挨拶をする。
「メイドさん、おはよーございます!」
「きゃ! お、お早う御座います!」
いきなり頭上から呼びかけられた黒髪のメイドは、目を白黒させて驚いた様子である。
「朝早くから、ゴセイが出ますね」
「い、いいえ、滅相も御座いません!」
黒髪のメイドは、ジュディの言葉に委縮し、畏まってしまう。ジュディは、何故そんな風になるのかわからず首を捻る。
「し、失礼致します!」
そうこうしている内に、黒髪のメイドは一礼をしてから足早に去って行った。
ジュディは首を傾げながら部屋の中へ戻る。
ベッドに目を向けると、スヤスヤとルイズが気持ち良さそうよさそうに寝ていた。髪は乱れて四方八方に広がり、口元には涎が垂れている。
「ルイズさん、ルイズさん。朝だよ、早く起きて」
「ぅん~ なに~?」
「もう朝だよ」
「あと5分~」
「ダメだって。早起きは3クライスの得だよ?」
「ふぁ~ もう朝~?」
ルイズは目を擦りながら起き上り、ベッドの反対側にある壁に目を向ける。そこには、背の高い振子時計があり、カチコチと時間を刻んでいる。
「なによぉ~ まだ1時間ぐらい眠れるじゃない。おやしゅみーzzz」
「もうっ! しょうがないな~」
ルイズは再び布団に潜り込む。暫くもせぬ内に寝息が聞こえてくる。
その様子に、ジュディはあきれた声をあげて頬を膨らます。まるで兄を起こす時のようだ、と、ジュディは感じる。
ジュディはルイズを起こすことを断念して、着替えることにした。
鞄からソックスとシャツを取り出し、それに着替える。脱いだ寝巻きは、丁寧に畳んで鞄に仕舞う。
クローゼットを開け、何時ものスカートと魔道着を着る。そして、姿見の前に立ち、昨日の赤いネクタイではなく黒いリボンタイを締める。
姿見の前で一回りして、可笑しな所がないことを確認してから、紫のローブを身に纏い、着替えが完了した。
再びベッドに近寄って、ルイズを揺さぶる。
「ねえねえルイズさん、お散歩に行って来て良い?」
「う゛ん~? いってらっひゃい、きおひゅけちぇね」
布団の中からくぐもったルイズの声が聞こえてくる。
全く起きる気配のないルイズに、ジュディはため息を付いて
ジュディは寝癖の付いた髪を梳かす。それが終わると、荷物掛けから大きなとんがり帽子を手に取ってから、ドアノブに手を掛ける。
扉を開けて、穏やかな寝息が響く部屋から抜け出る。
廊下には、ポセイドンが昨日と同じ場所に鎮座していた。
廊下は静かなもので、どの部屋からも物音は聞こえてはこない。女子寮の中で起きているのは、ジュディだけのようだ。
「よしっ。いこっか、ポセイドン」
ジュディは、大きなとんがり帽子を被って胸を張る。
知らない場所を探検する事に、心が高鳴るのを抑えながら一歩を踏み出す。
廊下には、窓から差し込む透明な朝日が満ち満ちており、誰も知らない1日が始まるのだと、ジュディに予感させた。
◆◇◆
学院の中庭に、片手を胸元に当てて乱れた呼吸を整えている少女が居た。先ほど、ジュディが声を掛けた黒髪のメイドである。
「ああ、吃驚した。貴族の方から挨拶されるなんて、夢にも思わなかったわ……」
メイドというものは、奉仕する者であり、それが当り前のことだ。粗相があれば叱咤されるが、そうでないならば特に何も言われもしない。
何か言いつけるために呼び止められることはあっても、日常の他愛ない挨拶をされる事など皆無といってよい。
個人付きで、付き合いの長い主従ならばそういったことも有るだろうが、少女は学院全体の貴族に仕える立場であり、有象無象の1人でしかない。
で、あるからして、今朝のように丁寧に挨拶をされて、ましてや苦労を労われるなど初めての体験であった。
「ああ…… しまったわ。
思わず逃げるみたいになっちゃったけど、何か言いつけられるのだったのかも……
どうしよう、このことが原因で何か罰を受けたりしたら…… いえ、罰で済んだらいいけど、解雇されちゃったらどうしよう?」
先ほどの自分の態度を思い出し、今更ながら下手な対応をしてしまったと少女は頭を抱える。
少女の頭の中には、様々なシチュエーションが渦を巻いている。
「どうしよう、どうしよう。謝りに行った方がいいかしら? でも、案外なんとも思われてないかも?
でもでも、お仕置きされるのは嫌だし、潔く謝った方が…… でも、影腹を切れなんて言われたら…… ブツブツ」
少女の思考は悪い方向に加速していく。
貴族にとって、下働きの平民など取るに足らない存在である。些細なことが原因で、無体な仕打ちをされた例もあるのだと、少女は同僚から聞かされている。
そんな訳だから、平民の貴族への畏怖は強く、また、決して逆らえぬ存在である。
そんな風に想像が膨らんでいき、戦々恐々としている少女に、声が掛けられた。
「おーい、シエスタ。そんな所に蹲って、一体どうしたんだ?」
「きゃっ! い、いいえ、何でもない…です」
シエスタと呼ばれた少女は、不意に掛けられた声に仰天して、しどろもどろに応える。
声を掛けた少年は、そんなシエスタの様子を不思議に思い問い詰める。
「何でも無いって事はないだろう? 顔なんか真っ青じゃないか」
「そ、そんなに酷い顔してますか?」
「ああ。一体、何があったんだよ? 俺だったら何でも力になるから、何があったか言ってくれよ」
その言葉に力付けられて、シエスタはポツリ、ポツリと、何があったのか話し出した。
「う、うん。実は……」
話を聞き終えた少年は、腕を組んで難しい顔をする。だがその実、考え込んでいる振りをしているだけなのであるが、シエスタにはそんな事は分からない。
しばしの黙考の後に少年は、シエスタに笑い掛ける。そのなにも臆したところの見られない態度は、シエスタには頼もしく映った。
「大丈夫だって。あいつ等、気に食わない事があったら直ぐに怒鳴りつけて、杖を振り回すだろ?
そうしなかったって事は、別に何とも思っちゃいないって事だって。
何食わない顔してりゃ、別にどうってことないさ」
「そう……でしょうか?」
「そうだって。血眼になって追っかけてこないって事は、全然大丈夫だって。なっ?」
「そう、ですよね?」
少年の言い分も尤もだと思い、シエスタは気持ちが軽くなる。確かに、何も言って来ない所を見ると、大した問題では無いように思えてくる。
延々と、暗い想像を浮かべて悩んでいた事が馬鹿らしく思えてくる。やはり、この少年は頼りになるとシエスタは思い、頬が紅に染まるのを感じる。
「お貴族様の事で悩んだってムダムダ。
どうせ考えるならさぁ…… えっと、今度の休みだけどさぁ、よかったら俺と……」
少年は手をモジモジさせて、シエスタに話し掛けてくる。
どうやら少年は、シエスタをデートに誘っているらしかった。
まだ学院に来て間もない少年との仲は、満更でもない。抜けた所もあるが、何度か助けられる事もあったし、何より他人とは思えない雰囲気を感じていた。
そんな訳で、シエスタは特に抵抗感も無くデートの約束をする。少年は両手を胸の前で組んで感激し『生まれてきて良かった』などと言っている。
身持ちの固いシエスタだが、初デートという事態に、少年ほどではないが、心が湧き躍るのを感じる。
やはりここは、近場の森にでもピクニックに行こうか。そして、お弁当を作っていって家庭的なのをアピールするのも良い。
それよりも、思い切って城下町まで足を延ばそうか。お金なら、今まで貯めてきたへそくりがある、それで都会のデートを楽しむのも悪くない。
さて、どちらにしようか。と、考えたところで重要なことに気がつく。
「つい、話しこんじゃいましたけど、早く仕事に戻らないとマルトーさんに叱られませんか?」
「おっと、いけね。急いで戻らないと。
また後で! この話、忘れないでよ!」
そう言って少年は、踵を返して食堂の方へ走りだす。マルトーとは、学院の胃袋を握っているコック長のことだ。仕事には厳しいが、周りからの信頼は厚い人物である。
シエスタは、自分と同じ黒髪の少年の背中を見送ってから、自分の仕事へと戻る。
「さて、お洗濯しなくちゃ。うん、今日もいい天気!」
その言葉の通り、頭上には青空が広がり、陽光が燦々と降り注いでいる。
天高く純白の雲が流れ、薫風が吹き抜ける。今日も1日晴れのようだ。
◆◇◆
早朝、学院長秘書ロングビルは、学院の本塔の階段を登っていた。目指すのは最上階の学院長室。
何時もならば、こんなに朝早くから出勤したりはしない。
それにもかかわらず、階段を上っているのには理由がある。
「全くあのジジイと来たら、こんな朝早くから一体何の用だい?
おちおち寝てられやしない……
……はぁ。今日もセクハラされるんだろうねぇ、全く嫌になるよ。
さっさと目的を果たして、村に帰ろう。テファ達に会って心の洗濯をしないとやってられないよ。うん、それがいい。
……でも、安定した定期収入も魅力なんだよねぇ、ぶっちゃけ高給取りだし、セクハラさえなかったら本当に就職してもいいのに。
そうなったら、テファにも堂々と、どんな仕事をしてるかも言えるし…… でも、周りは貴族の馬鹿ガキばっかりだし…… 如何しようかねぇ?」
その理由は、ロングビルの口から駄々漏れであった。相当にストレスが溜っているらしく、不機嫌な足取りで階段を上っていく。
愚痴は主に仕事のことであり、ついでに先の人生設計なども考えているようだ。
文句は尽きることなく、口から衝いて出る。
「ココの教師ときたら、揃いも揃って変人だらけだし、一般人には付いて行けないよ、まったく。
それにしても、何でこんな高い所に学院長室を置くんだろうねぇ?
3,4階で良いじゃないか。その方が楽だし、利便性もあるだろうに…… 見栄って奴かい?
やっぱり、これが貴族のサガなのかねぇ?」
愚痴は、仕事のことに始まり、同僚のこと、はては学院の構造にまで波及する。
一通りの愚痴を零し終えて、最上階に辿り着く。身嗜みを整え、小さく息を吸い込んでから、扉をノックして入室する。
「オールド・オスマンお呼びでしょうか?」
「おお、ミス・ロングビル。待っておったよ」
部屋の奥からオスマンが返事をしてくる。流石に、朝っぱらからは水煙管を吸ってはおらず、朝の清涼な空気が部屋に満ちている。
先程までの不機嫌さなど、微塵も感じさせない表情でロングビルはオスマンに微笑む。
「こんなに朝早くから、一体何のご用でしょうか?」
「なに、大したことではない。朝食が済んだ後、ジュディちゃんに此処に連れて来てはくれんかね?」
『たったそれだけの用事で、朝早くから呼びつけたのかい? このクソジジイ』
ロングビルは、忌々しそうに毒づく。もちろん、口にも表情にも出さずに、だが。
「ミス?」
返事をしないロングビルに、オスマンは怪訝な顔で呼びかける。
ロングビルは、何でも無いと言うように微笑んでから、用件を承諾する。
「それならば、お安い御用です。お任せ下さい。
それで、お話はそれだけでしょうか?」
「あと1つ、出来るならば引き受けてほしいこともあるんじゃ。いいかの?」
「何でしょうか? 職務に差し支えない範囲でなら、お引き受けしましょう」
「うむ。
ジュディちゃんをこの学院の生徒にしたいと思っとるんじゃが、問題があるのに気が付いての。
それを何とかしてほしいんじゃ」
「問題……ですか? それはどんな?」
「読み書きじゃ。ジュディちゃんは、此方の文字の読み書きは出来んじゃろうから、それから教えんといかんのに気が付いてのう。
授業を見学する分なら何とかなるが、生徒として受けるのなら読み書きが出来んと問題があるじゃろう。
じゃから、ジュディちゃんに、読み書きを教えてやってはくれんかのう?」
オスマンの言い分は、ロングビルにも分かる。しかし、何か釈然としないものを感じて、ロングビルは疑問を口にする。
「それは確認したのですか? 言葉は通じていましたし、違う言語を使ってはいませんでしたよ?」
「昨日、ジュディちゃんから地図を貸してもらったじゃろう? そこに書いてある文字は、ワシには全く分からなんだ。
じゃからして、違う言語を使っていると考えられる」
「なら、どうして言葉が通じているのですか? 違う言語を使っているのなら、言葉が通じるのはおかしいでしょう?」
そうまくしたてるロングビルに、オスマンは片手を挙げて宥める。オスマンは泰然としたもので、こちらが慌てているのが滑稽に思えてくる。
「まあまあ、落ち着いて、深呼吸でもしなさい」
オスマンは、オホンと咳払いをしてから説明を始める。
「オホン。それは、サモン・サーヴァントの影響じゃろう。
使い魔となった動物は、人間の言葉が喋られるようになる場合がある。聞いたことがあるじゃろう?
そして、喋られるようになる動物は、犬猫などの、長い間、人間の傍にいたモノたちじゃ。
で、あるからして、人間を呼び出した場合、言葉が通じるようになるのは自明の理じゃ」
「けれど彼女は、使い魔ではありません。そうおっしゃったのはオールド・オスマン、貴方でしょう!」
「落ち着きなさい。ワシはサモン・サーヴァントの影響だと言ったじゃろう? 使い魔になった影響とは言っとらん」
「……サモン・サーヴァントの? 一体どういう事です?」
少し冷静さを取り戻したロングビルは、分からないといった顔で聞き返す。
1つ溜息をついてから、オスマンは話し始める。目はいつになく真剣だ。
「使い魔が言葉を話せるようになるメカニズムは、契約時に精神構造と声帯部分が変化するためじゃ。
そして、コントラクト・サーヴァントを行う事で声帯部分が変化している。どう言う事か分かるかね?」
「つまり、サモン・サーヴァントで呼び出された時点で、精神部分は変化している。と、いう事ですか?」
「そうじゃ。人間ならば声帯の変化は無用じゃからのう。精神部分が変化するだけで充分なのじゃ。
ジュディちゃんは向こうの言葉で話しているつもりでも、口にする時点でそれは此方の言葉に翻訳されているのじゃろう」
ロングビルは両手を眉間に当て、オスマンの言葉をかみ砕く。
何しろ人間が呼び出された例がないので、オスマンの言葉の真偽を確かめる術がない。しかし、特に矛盾も見当たらず、ロングビルは頷くしかなかった。
「それが本当かどうかは別にして、あの子に読み書きを教えることはお引き受けします。
しかし、本当に生徒にするつもりですか? 読み書きを教え終わる前に、帰る方法が見つかるかもしれませんよ?」
「別にいいじゃろうが。ここは学び舎じゃ、そしてワシらは教える立場なのじゃからな。
それに、無駄になる知識など無い。それをどう活かすかは、本人次第じゃ。
知識はいずれ、あの子の助けになっていく。きっとな」
ロングビルの言葉にオスマンは、教育者の顔で諭す。
初めて見るオスマンの真面目な顔に、ロングビルは眼を点にして驚く。
真面目な顔をしていても、何処か飄々とした態度を消さなかった老人が、ここまで真剣な顔をしているのを見るのは初めてだ。
腐っても教職に就くものか。と、ロングビルはオスマンに対する評価を改めねばと考える。
そんな風に少し感動しているロングビルに、紙袋が手渡される。
「これは?」
「それをジュディちゃんに渡しておいてくれ。制服が入っておる」
「制服? あの子に合うサイズの物があったのですか?」
「いんや。ワシが夜なべをして裾直しをした。サイズは合っとるはずじゃ」
オスマンが、さも当たり前のことのように言ってのける。
その言葉に、何か不穏なものを感じて、ロングビルは固い声で問いかける。
「……どうやってサイズを知ったのです?」
「なに。ワシのうっふんスカウターにかかれば、お茶の子さいさいよ!
自慢ではないが、的中率は8割を切っとる!」
オスマンは、得意満面といった様子で親指を立てて良い笑顔を浮かべる。そこには先ほどの真剣さなど欠片もありはしない。
それに対しロングビルは、沈痛な面持ちで懐から杖を取り出す。そして、明確な意思を込めてルーンを詠唱する。
「ん? 如何したんじゃ、ミス・ロングビル? なぜ杖を取り出すんじゃ?
えっ、あっ、ちょっ、待って。無言で杖を振らんでくれい! 怖いから!」
「……少しでも見直した私が馬鹿でした。
やはり、今日という今日は思い知って貰います!」
怒り心頭といった表情で、ロングビルは杖を振りかぶる。そして詠唱が完成すると、杖の先には岩塊が出現した。
杖を振り下ろすと、生まれ出た岩塊はオスマン目掛けてすっ飛んで行く。
ロングビルの暴挙にオスマンは、泡を食ったかのように逃げ惑う。何しろ人の頭ほどはある岩塊が飛んでくるのだ。中ればタダでは済まない。
必死になって避けるオスマンだが、ロングビルの詠唱は徐々に速くなっていく。
「この! このっ! 避けるな、このクソジジイ! 大人しく引導を渡されな!」
「ひっ、ひぃぃー!」
この騒動は、同じようにオスマンに呼ばれていたコルベールが、間に入るまで続いたのである。そのお陰で、オスマンは正座で説教にまで減刑さることになった。
ロングビルの魔法は、学院長室を滅茶苦茶に破壊し、その後始末はオスマン本人がする羽目になった。ロングビル曰く、自業自得だそうだ。
オスマンは、コルベールが時間通りに来てくれていたら、こんな事には成らなかった、と、後に語る。因みに、コルベールの遅刻の原因は、二日酔いであった。
ロングビルは、如何して朝っぱらからこんな事になるのだろうと、憂鬱に感じながら空を見上げる。
部屋の片づけをする2人を尻目に、今日もロクでもない1日に成るだろう、と、ボンヤリと思うのであった。
◆◇◆
春の陽気が風を伝って窓から流れ込み、部屋には暖められた空気が満ちている。既に多くの者が起き出しており、女子寮は少しざわついている。
気持の良い風にくすぐられて、ルイズは天蓋付きのベッドの中で爽やかに目を覚ました。
「オハヨウ、ルイズさん」
眼をしょぼしょぼさせるルイズに声が掛かる。
そちらを見やると、特徴的な紫のとんがり帽子が目に入った。
「んっ? ああ…… おはよう、ジュディ」
いまだ焦点の定まらない眼を擦って、朝の挨拶をしてきたジュディを見つめる。
やがて、ぼやけていた視界が定まってくると、目の前には、ジュディの帽子がひょこひょこと揺れている。そして、その紫のとんがり帽子の広いつばには、黄色くて黒い斑模様のある何かが鎮座している。
顔を近づけてよく見ると、それは毒々しい色彩を持つルイズの天敵であった。
「カエルッ! な、な、な、なんでそんなのを部屋に連れ込むのよ!?」
「?」
ルイズは、帽子を指差しながら一気にベッドの端まであとずさる。
ジュディは、何のことか分からない顔をして、帽子を脱ぐ。
「あっ、カエルさんだ。いったいドコから来たの?」
「ジュ、ジュディ! お願いだからどっかやって!」
「しょうがないなぁ」
両手で顔を隠しながら、ルイズはジュディにお願いをする。
すると、ジュディは残念そうに、カエルを優しく両手に乗せて部屋から出ていき、直ぐに帰ってくる。もうその手には、カエルは居なくなっていた。
「ルイズさん。カエルさんは外に出したから、もうダイジョウブだよ」
「そ、そう、ありがと。
で、でも、勘違いしないでね、驚いただけでカエルが苦手ってわけじゃないのだから」
今更な言い訳であったが、ジュディは特に何も言わずに微笑む。
ルイズは、プイと顔を背けてバツの悪い顔で話題を逸らす。
「じゃあ、着替えるから少し待っていて。そしたら、朝ごはんよ」
「はーい」
カエルが居なくなったことで、人心地ついたルイズは着替えを始める。
ベッドから起き上がり、フラフラと覚束ない足取りでクローゼットまで進む。
クローゼットの引き出しから替えの下着を取り出し、手早くシルクのネグリジェとレースがふんだんにあしらわれた下穿きを脱ぎすてた。
(省略されました・・全てを読むには&u(){ここ}を押してください)
「さて、行きましょうか」
「はーい」
着替えと身支度を終えたルイズが、そうジュディに呼びかける。
ジュディは、腰掛けていた椅子からぱっと飛び降りると、とんがり帽子を被ってルイズに駆け寄った。
「忘れ物はないわね?」
「うん。戸締りもバッチリよ」
「それじゃ行きましょ」
支度の確認をしてドアノブに手を掛ける。そして、深呼吸をしてから、ルイズは扉を開けた。すると、そこにはやはり、ポセイドンが鎮座していた。
表情の判らなオレンジ色の3つの眼が2人を映す。思わずルイズは、目を逸らして呟いた。
「ううぅ…… 居ると分かっていてもこれは……」
流石に心の準備が出来ていれば叫んだりはしないが、ポセイドンほどの大きさともなれば、ただそこに居るだけでもかなりのプレッシャーを感じる。カエル嫌いのルイズならば尚更だ。
「あっ、さっきのカエルさんだ。どうしたの?」
「えっ?」
その声に振り向くと、ポセイドンの頭の上に先ほどの毒々しいカエルが、ちょこんと乗っていた。
ジュディは、カエルを手のひらに乗せて話しかけている。ルイズとは違い、ジュディにとってカエルは可愛いものであるようだ。
それを一歩引いた位置で眺めるルイズに、声が掛かる。
「おはよう、ヴァリエール」
声を掛けてきたのは、見事な金髪の巻き毛とソバカスをもつ少女だった。
学院制服に身を包み、マントは黒の物を纏っている。見事な金髪が透けるような白い肌に映え、ブルーの双眸は宝石のように澄んだ色をしている。
背はルイズよりも10サントほど高く、スレンダーな体型をしている。
「おはよう、モンモランシー。珍しい事もあるものね、朝っぱらから貴女と出会うなんてね?」
「ええそうね。きっと今日は、始祖ブリミルは御休みしていらっしゃるのね。
で、それがあなたの使い魔?」
お互い挨拶と憎まれ口を交わしあう。
モンモランシーと呼ばれた少女が、ポセイドンを指差す。
「そうよ」
「ふーん、なかなかやるじゃない。貴女、水属性なんじゃない?」
「なに? 羨ましいの?」
ルイズは薄い胸を張って少し自慢げに問いかける。
しかし、そんなルイズの態度を、モンモランシーは鼻で笑って一蹴する。
「まさか。羨ましくなんてなんてないわよ。
わたしには、ロビンが居るからね」
そう言って、モンモランシーは手の平を突き出す。すると、ジュディの手に乗っていたカエルが飛び上り、モンモランシーが差し出した手に着地した。
モンモランシーは、手の平に乗せたカエルの背を指で掻いてやりながら微笑む。そして、ルイズの方に差し出す。
「紹介するわ。この子が、わたしの使い魔の『ロビン』よ」
ロビンは挨拶をするかのように、喉を膨らませて鳴き声を上げる。
何時ものルイズならば、眼前にカエルを突き出されたなら、腰が抜けるくらい怖がるのだが、ポセイドンを見たあとでは大して怖くないと感じる。
「あっそ。 随分毒々しい色をしてるけど、大丈夫なの?」
「毒なんか持ってないわよ、失礼ね」
さも心外だというように、モンモランシーは憤慨する。そして、ロビンが来た方向、つまり、ジュディへと視線を投げかける。
「この子、昨日の?」
「ええ、そうよ。
ジュディ、紹介するわ。彼女は『洪水』のモンモランシーよ」
「はじめまして、モンモランシーさん。わたしジュディです。
ロビンもヨロシクね」
ルイズの紹介を受けて、ジュディは行儀よくモンモランシーとロビンに挨拶をする。
「ええヨロシク、ジュディ」
モンモランシーはジュディに挨拶を返した後、ルイズをキッと睨みつける。
「で、誰が『洪水』ですって? わたしは『香水』のモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ。
間違えても『洪水』ではないわ!」
「ふん。アンタなんか『洪水』で十分よ。知ってるんだからね、小さい頃に洪水みたいなオネショしたのを」
「キーッ! アンタなんて『ゼロ』じゃない。
ゼロゼロゼロ! 『ゼロ』のルイズ!」
ルイズとモンモランシーは、お互いに悪口の応酬を始める。
喧々諤々と、放っておいたら何時までも罵り合っていそうな勢いだ。
しかしそれは、扉が勢い良く開かれたことで一時中断となる。
開かれた扉から姿を現したのは、キュルケであった。その後ろからは、フレイムが頭だけを部屋から出している。
キュルケは、不機嫌を通り越した呆れ顔で2人を冷たく突き刺す。
「まったく…… 朝から騒々しいことね。喧嘩なら余所でやってもらえませんこと?
折角の清々しい朝が台無しですわ。
もう少し、お淑やかに成ってもよろしいんじゃありません?」
「オハヨウございます、ツェルプストーさん。フレイムもオハヨウ」
「うふふ。朝から元気ね、ジュディ。そんな堅い呼び方しなくても、キュルケでいいのよ」
2人に対する態度とは打って変わって、元気よく挨拶するジュディには、にこやかに、それでいて色っぽく微笑む。
喧嘩をしていた2人は、水を差されて不機嫌な目でキュルケを見やる。ルイズの眼は、余計なのが増えたと言わんばかりだ。
キュルケは、その視線を物ともせずに嫣然と返す。その余裕ぶった態度がルイズの心を逆撫でするのだ。
「ふん! アンタに慎ましさが如何とか言われたくないわね」
「それは同感ね」
ルイズの言葉にモンモランシーが同調する。
それを見てキュルケは、からかいを含んだ声色でおどける。
「あらあら、カエルを召喚した者同士、仲が良いのね?」
「それは関係ないでしょ。行き成り出てきて何なのよ!」
「仲が良い? 悪い冗談だわ」
また喧嘩を始めようとするルイズを、ジュディが窘める。
「ルイズさん、ケンカはダメだよ」
「う……むっ…… はぁ、わかったわ」
ルイズは言葉を詰まらせてから、しょうがなさそうに頷く。
ルイズからは先程の喧嘩腰な態度など、微塵もなく掻き消えていた。
そんなルイズとジュディのやり取りを、キュルケはニヤニヤして見ているが、モンモランシーは顎が外れんばかりに驚き固まっている。よっぽど、目の前の光景が信じられないらしい。
モンモランシーは、ぎこちなくキュルケに問いかける。
「ねえ、キュルケ。一体どうしちゃったのかしら? 信じられないわ、あのルイズが素直に言う事聞くなんて。
わたし、まだ寝ているのかしら?」
「さあ? 何があったのかは知らないけど、お姉さんぶりたいんじゃない?」
「まさかっ! ルイズに限ってそんな筈ないと思うけど?
それにしても、本当に始祖ブリミルは御休みのようね」
「なら『ゼロ』じゃなくなったから機嫌が良いんでしょ」
「ああ、なるほど。『ゼロ』は返上して、今は『ほぼゼロ』のルイズよねー」
「そこっ! 五月蠅いわよ!」
顔を額がぶつかるほどに近づけて、ヒソヒソ話をしている2人をルイズが怒鳴りつけた。しかし、2人は意にも介さず話し続ける。
ルイズとて、鬼ではないのだ。ジュディを召喚してしまった責は自分にあるし、昨夜の出来事を鑑みれば、なおさら強気にはなれない。しかし、そんな事は口が裂けてもいえないのがルイズである。
イライラと、剣呑な目で2人を睨むルイズだが、ふいにマントの裾が引っ張られ、そちらへと振り向く。
「ねえねえ、ルイズさん」
「ん? 何、ジュディ?」
振り向くと、ジュディが不思議そうな顔で見上げていた。そして無邪気な顔で聞いてくる。
「さっきから『香水』とか『ゼロ』って言ってるけど、なんなの?」
「えーと…… それはね、あだ名よ」
「あだ名?」
そう言って、ジュディは首を小さく傾げる。ルイズにとってその顔は、悪魔の如きものに見えた。
言いにくそうにしているルイズに代わって、モンモランシーが指を立てて説明する。
「メイジの特徴をあらわす二つ名の事よ。例えば、わたしは香水の調合が得意だから『香水』の二つ名を持っているわけよ。
でも、こんなのメイジなら常識よ。貴女、いったい何処から来たの?」
「ちなみに、あたしは『微熱』よ。意味は…… ジュディには、少し早いわね。うふふ」
「じゃあルイズさんは、何が『ゼロ』なの?」
「えーと、あー… それは……」
その質問に、ルイズは口ごもる。ジュディは悪気があって聞いた訳ではないし、負い目も感じていることもあり、怒鳴って誤魔化すという事も出来ない。
意味のないうめき声をあげて、言い訳を考えるルイズに、ジュディが再び問いかける。
「ねえ、どうして? 『ゼロ』ってどういう意味?」
「あー、うー た、大したことじゃないから」
「なにそれ? どうせすぐに分かることなんだから、教えてあげたら?」
「そうそう。みんな知ってるんだから、教えて上げなさいよ」
「うるさい、うるさーい! もうこの話題は終わり。
さっ、はやく食堂に行くわよ!」
結局ルイズは、大声で怒鳴って話を無理矢理終わらせ、ズンズンと大股で廊下を進んでいく。
その気迫に、廊下に居るものは端に寄り、ルイズの進んだ後に道ができていく。
「よかった。あれでこそ、何時ものルイズね」
「まあ、そう簡単に人は変わらないわよねぇ」
モンモランシーとキュルケは、心底安心したという具合に、互いに手を取り合って頷きあう。
「ポセイドン、いくよ。まって、ルイズさん」
ジュディはポセイドンを連れてルイズを早足で追いかる。その後を追って、モンモランシーとキュルケが歩いていく。
学院は、朝の喧騒に包まれて活気に溢れている。
窓からは、多くの生徒達がぞろぞろと、食堂を目指しているのが見える。そして、そこから空を見上げると、憎たらしいほどの青空が広がっている。
ルイズは忌々しく太陽を睨みつけ、最低な1日の始まりを恨むのであった。
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次回予告
「チクショオオオオ! くらえワルキューレ! 失敗魔法!」
「さあ来いルイズゥゥ! オレは実は爆破されただけで死ぬぞぉぉ!」
チュ☆ド―ン
「グワァァァァ!」
「ワルキューレAがやられたようだな……」
「ククク…… 奴はワルキューレの中でも最弱……」
「ゼロごときに負けるとはワルキューレの面汚しよ……」
「くらえええ!」
ズギュ―――z___ン
「「「グワァァァ――!!」」」
「やった…… ついにワルキューレを倒したわ…… これでギーシュのいるヴェストリの広場に行ける!!」
「よく来たなゼロのルイズ…… 待っていたぞ」
ギィィィィィイ
「こ、ここがヴェストリの広場だったの……! 感じる…… ギーシュの魔力を……」
「ルイズよ…… 戦う前に一つ言っておくことがある。お前は僕を倒すのに『ガンダールヴ』が必要だと思っているようだが…… 別に居なくても倒せる」
「な、 何ですって!?」
「そして、彼女たちにはすでに謝っておいた。あとは僕を倒すだけだなクックック……」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「フ…… 上等だ…… 私も一つ言っておくことがある。この私に召喚した使い魔がいるような気がしていたけど、別にそんなことはなかったわ!」
「そうか」
「ウォォォ、いくぞぉぉぉ!」
「さあ来いルイズ!」
ルイズの魔法が世界を救うと信じて……!
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今回の成長。
ルイズは、おしゃれL2のスキルパネルを手に入れました。
ジュディは、建造物の知識L2のスキルパネルを手に入れました。
第4話 -了-
#navi(未来の大魔女候補2人)
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