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「笑顔が好きだから-04」(2009/05/10 (日) 14:26:45) の最新版変更点
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#navi(笑顔が好きだから)
「ちょっと!あなた達、大丈夫!?」
正気を取り戻したわたしは、思わず目の前でひっくり返っていた3人の子供のところへ駆け寄った。
わたしの失敗魔法……爆発の威力は半端じゃない。
わたしの爆発は、どういうわけか人間を巻き込むことはまず無いのだけれど、酷いときには教室一つを一瞬でほとんど完璧に破壊する。こんな真似はトライアングルクラスの火メイジ、ツェルプストーにだって出来ない。教室を破壊することそのものは、グラモンみたいな土メイジがゴーレムを暴れさせれば出来るだろうけど、一瞬でっていうのは無理。
とにかく、その時わたしは焦っていた。
どう見たって10歳そこそこにしか見えない子供達を、そんな爆発に巻き込んでしまったのだから。一生残る怪我なんかさせたらどうしよう。それしか考えられなかった。
「怪我したりしてない?痛いところとか無い?」
わたしが一番近いところにいた黒いローブを着た男の子を抱き起こすと、その男の子はにっこりと笑った。
うっ! かわいい。天使みたいな笑顔って、こういうのをいうんじゃないかしら。
いやいや、だめだめ、今はそれどころじゃないんだから!
「心配してくれてありがとうございます」
男の子はそう言って、服に付いた草や埃、爆発のときについちゃったんだろう、煤をぱたぱたと払い落とした。
「でも、大丈夫ですよ。ぼく達、こういうのには慣れてますから……あっ!」
男の子の表情が急に変わる。なんか、酷く慌ててるみたい。
「チャチャさんは!?」
「チャチャ?」
「ええ、赤い頭巾をかぶったとっても可愛い女の子です」
男の子が慌てて振り返ると、ちょうどその赤い頭巾をかぶった女の子が起き上がるところだった。
「あいたたた。リーヤ、しいねちゃん、ごめーん」
「チャチャさーん!」
男の子が猛ダッシュで、てへへって笑う女の子のところへ走り出す。わたしもその後に続く。
「また、魔法失敗しちゃった。エアバッグ出なかったの」
「いいんですよ、そんなこと」
男の子は女の子を助け起こすと、にっこりと笑いながら、ポケットから取り出したハンカチで女の子の顔についた煤を拭ってあげた。
うわぁ、なんていうか、う~ん。見てるこっちが照れちゃうくらい、羨ましいくらいのナイトっぷり。
いいなぁ、わたしが魔法を失敗したって、心配してくれる男の子なんていないのに………。
って、そういう場合じゃない!!!
わたしは、男の子を押しのけて、女の子の肩をつかんで顔を覗き込んだ。
「あなた、大丈夫!?痛いところとか無い?女の子なんだから、顔に傷なんか付けたら大変なんだからね!」
「あ、えーと、その?」
わたしの剣幕に、女の子はちょっとびっくりしたんだろう。おどおどとしていた。
「返事は、はい、か、いいえ、で短くハッキリと!」
「はっ、はい!どこも痛くありません!」
女の子は、びくっと身体を震わせてそう答えた。
わたしは、女の子の顔をじーっと観察する。うん、ところどころ煤で汚れているけれど、擦り傷の一つもない。
宝石を埋め込んだような大きな瞳が、居心地悪そうに震える。
そりゃそうよね。いきなり爆発に巻き込まれて気が付いたと思ったら、見ず知らずの人間に顔をじろじろ見られたら、わたしだってなんか嫌だ。
けど、この場合はしょうがない。
「そう、良かった」
わたしがほっと胸をなでおろしたとき、後ろのほうで声がした。元気の良い、でも少し間延びした声。
「チャチャ~、大丈夫かぁ~」
振り返ると青みがかった灰色の髪。平民の男の子が着ている、頭から被って着る半袖のシャツと、帆布みたいな丈夫な布で作った半ズボンを穿いた男の子がふらふらと起き上がるところだった。
「あっ!リーヤ!」
女の子の表情がぱっと明るくなる。ころころと表情が良く変わる女の子だなぁ。
「大丈夫だったー!?」
女の子はするりとわたしの手の中から抜け出して、半袖の男の子に向かって駆けていく。
「おう、大丈夫だぞ」
半袖の男の子は煤だらけの顔をめくり上げたシャツの裾で拭きながら女の子に笑いかける。
「ぼく達がなんでもないのに、こいつがどうにかなるわけないじゃないですか」
そんな半袖の男の子の言葉に、黒髪の男の子が憎まれ口を叩く。
「ひどーい!しいねちゃん!」
「酷いのだ!ちょっとくらい心配してくれても罰はあたらないのだ!」
楽しそうだな。
そんな3人を見てて、わたしはそう思った。魔法学院に入学してから、あんなふうに楽しいことなんてなかったから。
「とりあえず」
気が付くと、いつのまにか我に返ったコルベール先生が隣にたっていた。
「“使い魔”の召喚成功おめでとうと言うべきなのでしょうか」
使い魔の召喚成功おめでとう?
わたしは、驚いて研究馬鹿のハゲ親父の顔を見上げた。
使い魔の召喚成功って、本気で言ってるんだろうか?
「コルベール先生?」
「おや、おや、そんな顔で睨まないでくださいよ。ミス・ヴァリエール」
ハゲ親父はいかにも善人そうな顔で苦笑いをする。
「あの子達は、見たところ平民の子供のようですね。貴女の使い魔に相応しい動物をハルケギニアのどこかから召喚するっていうサモン・サーヴァントの効果からは些か脱線している気もしますが、ミス・ヴァリエール、貴女があの子達をどこかから召喚したという事実には変わりないでしょう」
「ええ……」
と返事を言いかけた時、やっぱり我に返ったんだろう、同級生達のざわめき声が聞こえてきた。
でも、なんか変だ。
「あの子達、何かしら」
「何って、アレだろう。ヴァリエールが」
「そうよね、ヴァリエールが起こした爆発から出てきたんだモノね」
「子供……」
「さすがヴァリエールだな」
「ああ、俺達には出来ないな」
なんか変だ。いつもだったら、今は間違いなく罵声と嘲笑を浴びせかけられている筈の場面なのに。
なんていうか、こう、毒が足りないというか、なんというか。
「ですから、サモン・サーヴァントの魔法としては一応成功したと評価するべきところです。おめでとう。問題はこの後です」
は!
そうよ!問題はクラスの馬鹿達が大人しいとかそういうことじゃないんだった。
「先生!」
「はい。貴女が言いたいことは分かります。あの子達を親元に送り返して、サモン・サーヴァントのやり直しをしたいというのでしょう?」
うんうん。わたしは猛スピードで首を上下に振る。
「でも、多分、同じ結果になりますよ」
「はい?」
なんですって?
「ご存知でしょう?サモン・サーヴァントの魔法は、貴女にぴったりの使い魔を召喚する魔法です。あの子供達を動物扱いしたくないのは私も同感ですが、サモン・サーヴァントであの子供達が召喚された以上、ミス・ヴァリエール、貴女にぴったりな使い魔は、あの3人のうちの誰か、もしくはあの3人全員です。そして、あの3人の誰かが貴女にぴったりな使い魔である以上、あの子達を親元に送り返してから再びサモン・サーヴァントを行ったとしても、召喚されるのはあの3人のうち誰かなのですよ」
「うっ」
そうだった。忘れてた。
サモン・サーヴァントの魔法って、良く分からない魔法だったんだ。
サモン・サーヴァントはその魔法を使ったメイジにぴったりの使い魔を召喚する。これは常識だ。だけど、ぴったりな使い魔って、誰が決めるんだろう?
そういう謎な決め方で決めた使い魔をどこから連れてくるの?
そりゃ、宿敵ツェルプストーは火メイジだから火蜥蜴、その友達のタバサは風メイジだから風竜、水メイジのモンモランシはカエル、土メイジのグラモンはモグラを召喚してるんだから、サモン・サーヴァントの魔法で呼び出すのは自分にぴったりの使い魔なんだろう。
でも、じゃぁ、あの子達がぴったりなわたしって、いったいなんなの?
「いずれにしても」
コルベール先生が小さく咳払いをして、わたしは我に返った。
「あの子達を親元に送り返すにしても、あの子達と契約して使い魔」
わたしが睨みつける視線に気が付いたんだろう、ハゲは言い直した。
「ゴホン、小姓あるいは従者として召抱えるにしても、あの子達と話をしてからでしょう」
近づいていくわたしとコルベール先生に気が付いたのは黒髪の男の子だった。
「あの、すいません。ここはどこですか?なんか、学校みたいですけど。ぼく達はうらら学園に登校する途中だったんですけど、なんでここにいるんでしょうか?」
男の子がこの場にいる唯一の大人コルベール先生に話しかけたのは当然で、わたしもコルベール先生が答えるものだと思っていたのだけれど、コルベール先生はわたしの背中をちょんっと押した。
わたしの魔法の失敗で呼び出してしまった子供達相手に色々説明をするのは、わたしの仕事ってことか。
ま、しょうがないか。どっちにしても、暫くはわたしがこの子達の生活の面倒を見なければいけないのだし。
「そのことを説明する前に、まず名前を教えてくれるかな」
名前を知らないと話するの難いしからね。
「わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ここ、トリステイン魔法学院」
「魔法学院!?」
女の子と半袖の男の子の瞳がキラリンと光った。
「魔法学院って、魔法の勉強をする学校?」
「ええ、そうよ」
女の子の言葉に答えると、二人はいきなり盛り上がった。
「すごい!魔法の学校って本当にあったのだ!」
「すごいねぇ。はり・ぽたみたい!ねぇ、ねぇ、はりーはいる?はーまいおにーは?」
はりー?はーまいおにー?はりぽた?なんのこと?
「チャチャさん、リーヤ!今はこのお姉さんが話してるところですよ!」」
黒髪の男の子が二人の前に立つ。
「どーも、すいません。この間ちゅるやでDVD借りてハリー・ポッターの映画見たもんだから、二人ともちょっと盛り上がってるんですよ。気にしないで続きをお願いします」
男の子は苦笑いをしながらぺこりとお辞儀をした。なんか苦労人っぽいよ。
「え、あ、そう?」
DVDとか映画っていうのも気になるんだけど、まぁ、いいか。
「ともかく、ここはトリステイン魔法学院。わたしは1年生で、今、2年生になるための進級試験……使い魔召喚の儀式をやってるところよ」
進級試験っていうところで、それまで盛り上がっていた女の子と半袖シャツの男の子がピクって震えたのはなんなんだろう。
「あなたは?」
黒髪の男の子に話しかけると、男の子は右手を左胸、心臓の前に添えて、恭しくお辞儀をした。なんか動きの一つ一つが妙に板に着いてない?
「はじめまして。ルイズさん。ぼくはうりずり山の魔女どろしー様の下で魔法を学んでいる、しいねと申します。ぼくの事はしいねちゃんと呼んでください」
しいねちゃんがそう言って右手を出したのでわたしも右手を出して握手。
って、なんか今、すごく聞き流しちゃいけないことを言われたような気がするんだけど?
コルベール先生に目配せすると、コルベール先生はちいさく頷いた。話の腰を折るなってことだろうか。
「で、こちらはチャチャさん」
そう言われた女の子が元気良く挨拶する。
「はーい!わたしチャチャでーす!もちもち山の世界一の魔法使いセラビー先生に魔法を教わってまーす!ルイズちゃん、よろしくね!」
チャチャは、わたしの両手を持って力いっぱいブンブンと振った。っていうか、また出た。
魔法を学んでるって、この子達、メイジなの!?っていうことは、この子達、貴族の子供!?
まずい。
ここトリステインでは貴族は全員メイジだ。没落しちゃった元貴族で今は平民のメイジもいるからメイジが全員貴族ってわけではないけれど。
問題は、しいねちゃんとチャチャが、魔法の先生の名前に“うりずり山の”“もちもち山の”って地名をつけて呼んでいるっていう点。名前に地名が着くっていうことは、少なくともしいねちゃんとチャチャの魔法の先生は最低でも準男爵とか男爵の地方領主クラスの貴族だってこと。
そして、ここトリステインには没落して貴族じゃなくなったメイジの子供に魔法を教えようなんていう奇特な貴族はまずいない以上、しいねちゃんとチャチャは貴族の子供だってことになる。
この子達、しいねちゃんとチャチャの言うことが本当なら、これはすごくまずい。
貴族の子供を使い魔として召喚しちゃったなんて、ひっじょ~~~~~~~~に、まずい。
うりずり山やもちもち山なんて地名聞いたことないけど、トリステインの中だったら、ヴァリエール家の力でなんとかもみ消すことも出来るかもしれないけど、もちもち山もうりずり山も、そんな地名聞いたことないし、ガリアやゲルマニア、アルビオンの何処かの領主の子供とかいったら、確実に外交問題になっちゃう!
しいねちゃんは、そんなわたしの懊悩も知らないで最後の一人を紹介してくれる。
「で、これはリーヤ」
しいねちゃんは最後の一人、半袖シャツの男の子を指差した。
「これって、なんだよ。しいねちゃん!」
しいねちゃんに「これ」呼ばわりされた男の子が怒る。
「いいから早く挨拶しろよ」
けど、軽くかわされた。
半袖の男の子はぶつぶつ言っていたけど、こちらに振り返った瞬間、すっごくいい顔で笑った。
「おれ、リーヤだ。強い子良い子の狼男だぞ。ルイズ、よろしくな!」
狼男?狼男って、狼に変身する人間ってこと?それって、それって……。
にこにこと差し出された右手。だれがどこから見てもただの子供の手。どう見たってハルケギニア最強の亜人
“人狼”の手には見えない。わたしがその手をとると、リーヤはチャチャに負けないくらい元気良く手を振った。
それにしても。メイジの子供2人に人狼の子供って、わたしはいったい、何を召喚しちゃったっていうのよ!
わたしは多分、唖然というか呆然っていうか、そういう顔をしてたんだと思う。
「あ、信じてませんね?」
しいねちゃんが鼻の頭をぽりぽり掻きながら苦笑いをした。
「まぁ、こんな子供の言う事ですから、簡単に信じろって言っても無理ですよね……、と、そちらの方は?」
「これは失礼」
コルベール先生は、さっきしいねちゃんがそうしたように、右手を心臓の上にあててお辞儀をした。
「私はこのトリステイン魔法学院で教鞭を取っているコルベールと申します。よろしくお願いします」
コルベール先生がそう言って右手を差し出すと、しいねちゃん、チャチャ、リーヤは次々に握手をした。
「さてと。さっきの質問の答えだけれど」
わたしは気を取り直して、しいねちゃん、チャチャ、リーヤの3人の目を見ながら話し始める。
学院のカリキュラムの一つとはいえ、この3人を召喚してしまったのはわたしなんだから、可能な限りの責任を取る必要がわたしにはある。
しいねちゃん、チャチャ、リーヤはハルケギニアの人間であれば。
問題はいろいろあるけれど、ご両親の元へ返してあげることは可能だろう。その上で、もう一度サモン・サーヴァントの魔法を使って、しいねちゃん、チャチャ、リーヤのうちの誰かが、じゃなかったら3人が召喚されたとしたら、その時に、わたしの使い魔……人間なんだから小姓とか従者か……になってくれるかどうかを聞けばいい。
問題は、しいねちゃん、チャチャ、リーヤの3人が、ハルケギニア以外の場所から召喚されていた時。
もし3人がハルケギニア以外のどこか、例えばロバ・アル・カイリエみたいなサハラの遥か東の遠い国から召喚されてきてしまっていたら、この子達はもう2度とお父様やお母様に会えなくなってしまう……わたしのせいで。
それだけは避けたい。避けたいけれど、3人が目の前にいるのは変えられない事実。だったら、最善を尽くすためにまず必要なのはお互いについての情報だ。
わたしが知っていることは全て話す必要があるし、しいねちゃん達が知っていることでわたしに話せることは
全部教えてもらわなければいけない。
「ここは、ハルケギニアのトリステインっていう国の王都トリスタニアから馬車2時間くらいのところにあるトリステイン魔法学院の南に広がる草原よ」
しいねちゃんとチャチャがトリステインの貴族から魔法を教わっているとしたら、トリステイン、トリスタニアっていう地名は間違いなく知っているはずだ。
「今、出てきた地名に心当たりある?」
「うーん、ちょっと聞いたことありませんね」
しいねちゃんがこめかみに右手の人差し指をあてて頭を捻った。
「チャチャさんは?」
「うーん、知らないわ」
「リーヤは?狼男だけが知ってる地名とかある?」
「知らないのだ」
「だよな」
「じゃぁ、ねぇ。ゲルマニア、ガリア、アルビオン、ロマリアは?」
「あ、それなら聞いたことありますよ。えーと、確か……」
しいねちゃんは、背中に背負っていたしっかりした造りの革の鞄から、つるつる、ぴかぴかした本みたいな何かを取り出した。
「何、それ」
「あ、これですか。ぼく達が通っている学校、うらら学園で使ってる地理の副読本。世界地図帳でよす」
「世界地図帳?地図帳って、地図がいっぱいセットになってる本ってこと?」
「ええ」
「なんで、あなたみたいな子供が世界地図なんて持ってるの?」
地図は貴重品だ。軍事的にはもちろん、領地の経営にも不可欠だし、商人達だって正確な地図だったら咽喉から手が出るくらい欲しがって、モノによっては平民が10年くらい遊んで暮らせるだけの値段がついたりする。
そんなものを持ってる子供って。
わたしがそう聞くと、しいねちゃんは怪訝な顔をした。
「なんでって、普通、学校に通う歳の子供ならみんな地図帳って持ってませんか?リーヤ!」
しいねちゃんはそう言って、リーヤに声をかけた。
「リーヤの地図帳、ルイズさんに見せてやってくれない?」
「おう、いいぞ」
リーヤが肩にかけた布の鞄から落書きだらけの“地図帳”を取り出し、わたしに渡してくれる。
ぱらぱらと“地図帳”を捲ってみると、中身もやっぱり落書きだらけ……あ、これチャチャの似顔絵だ。
しいねちゃん達の国では、地図って貴重品じゃないの?。
わたしは考える。
わたし、もしかして、何かすごい勘違いしてない?
「あ、ありました。このページです」
しいねちゃんの弾んだ声に、わたしの思考は一時中断された。
「古代ローマ時代のヨーロッパのページ」
しいねちゃんが“世界地図”を開く。
そこにあったのは、少しいびつだけれど綺麗に色分けされたハルケギニアの地図に良く似た地図だった。それと、わたしには読めない文字で細かくぎっしりと、色々説明が書いてあるんだろう。
「なによ、これ。ハルケギニアの地図じゃない」
「違いますよ。ここに書いてあるでしょう?古代ローマ時代(紀元前100年~紀元0年頃)って。今から2000年くらい前のヨーロッパの地図ですよ。ここ、大陸からちょっと離れたところにあるのがアルビオン。今のイギリス王国ですね。それから、この辺がガリア。今のフランスとスイスのあたり。で、こっちがゲルマニアで、地中海に飛び出してるブーツみたいなのの、脛のあたり、ここがローマ……」
ん?ここに書いてあるでしょう?って、この子達、文字が読めるんだ。
「今から2000年前?ヨーロッパ?なによ、それ」
「なによ、それって……う~ん」
しいねちゃんは、いきなり考え込み始めてしまった。
丁度いい。わたしも少し頭の中を整理しよう。
まず
1)わたしはサモン・サーヴァントの魔法で平民の普通の子供を3人も召喚してしまったと思った。
2)コルベール先生もそう思った。
3)本人の言うことを信用するなら、しいねちゃんとチャチャは魔法を勉強している。
4)同じくリーヤは“狼男”の子供。
5)しいねちゃんはハルケギニアでは超貴重品である地図を持っている。
6)リーヤの地図帳を見る限り、しいねちゃん達の国では、地図は貴重品ではない。
今までの会話で分かった事実はこれだけだ。
これから想像できることっていうと。
1)しいねちゃんとチャチャは、貴族の子供である可能性が高いけど、口ぶりからするとやっぱり平民っぽい。
2)しいねちゃん、チャチャ、リーヤは同じ学校に通っているらしい。
つまり、メイジと狼男……それだけじゃない、平民かもしれない、貴族かもしれない男の子と女の子、亜人の男の子が同じ学校に通って、一緒に文字や地理、歴史なんかを勉強する国にしいねちゃん達は住んでる。
滅茶苦茶だ。
ハルケギニアではそんな国なんてありえない。
でも、楽しいだろうな。
ふと見ると、難しい顔で考え込んでいるしいねちゃんとわたしの顔を、チャチャとリーヤが心配そうに見ていた。
あー駄目、駄目。
普通じゃないかもしれないって言ったって、しいねちゃんもチャチャもリーヤも子供なんだから。
子供にこんな顔させちゃ駄目だ。
パンパンと、わたしは手を叩く。
チャチャとリーヤは目をパチクリとさせてわたしを見た。
しいねちゃんもびっくりした目でわたしを見る。
「とにかく、ここは、しいねちゃんやチャチャやリーヤが住んでる世界とは全然違う何処かの世界の、ハルケギニアのトリステインのトリステイン魔法学院の南に広がる草原よ。それでいい?」
わたしはそう言ってしいねちゃんをみた。
チャチャとリーヤは、わたしの顔としいねちゃんの顔を交互に眺めている。
しいねちゃんはというと、じっとわたしの顔を見て、なんだか居心地が悪くなるくらいじっとわたしの顔を見て、そして、
「そういうことですね」
って言って、にっこりと笑った。
#navi(笑顔が好きだから)
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#navi(笑顔が好きだから)
「ちょっと!あなた達、大丈夫!?」
正気を取り戻したわたしは、思わず目の前でひっくり返っていた3人の子供のところへ駆け寄った。
わたしの失敗魔法……爆発の威力は半端じゃない。
わたしの爆発は、どういうわけか人間を巻き込むことはまず無いのだけれど、酷いときには教室一つを一瞬でほとんど完璧に破壊する。こんな真似はトライアングルクラスの火メイジ、ツェルプストーにだって出来ない。教室を破壊することそのものは、グラモンみたいな土メイジがゴーレムを暴れさせれば出来るだろうけど、一瞬でっていうのは無理。
とにかく、その時わたしは焦っていた。
どう見たって10歳そこそこにしか見えない子供達を、そんな爆発に巻き込んでしまったのだから。一生残る怪我なんかさせたらどうしよう。それしか考えられなかった。
「怪我したりしてない?痛いところとか無い?」
わたしが一番近いところにいた黒いローブを着た男の子を抱き起こすと、その男の子はにっこりと笑った。
うっ! かわいい。天使みたいな笑顔って、こういうのをいうんじゃないかしら。
いやいや、だめだめ、今はそれどころじゃないんだから!
「心配してくれてありがとうございます」
男の子はそう言って、服に付いた草や埃、爆発のときについちゃったんだろう、煤をぱたぱたと払い落とした。
「でも、大丈夫ですよ。ぼく達、こういうのには慣れてますから……あっ!」
男の子の表情が急に変わる。なんか、酷く慌ててるみたい。
「チャチャさんは!?」
「チャチャ?」
「ええ、赤い頭巾をかぶったとっても可愛い女の子です」
男の子が慌てて振り返ると、ちょうどその赤い頭巾をかぶった女の子が起き上がるところだった。
「あいたたた。リーヤ、しいねちゃん、ごめーん」
「チャチャさーん!」
男の子が猛ダッシュで、てへへって笑う女の子のところへ走り出す。わたしもその後に続く。
「また、魔法失敗しちゃった。エアバッグ出なかったの」
「いいんですよ、そんなこと」
男の子は女の子を助け起こすと、にっこりと笑いながら、ポケットから取り出したハンカチで女の子の顔についた煤を拭ってあげた。
うわぁ、なんていうか、う~ん。見てるこっちが照れちゃうくらい、羨ましいくらいのナイトっぷり。
いいなぁ、わたしが魔法を失敗したって、心配してくれる男の子なんていないのに………。
って、そういう場合じゃない!!!
わたしは、男の子を押しのけて、女の子の肩をつかんで顔を覗き込んだ。
「あなた、大丈夫!?痛いところとか無い?女の子なんだから、顔に傷なんか付けたら大変なんだからね!」
「あ、えーと、その?」
わたしの剣幕に、女の子はちょっとびっくりしたんだろう。おどおどとしていた。
「返事は、はい、か、いいえ、で短くハッキリと!」
「はっ、はい!どこも痛くありません!」
女の子は、びくっと身体を震わせてそう答えた。
わたしは、女の子の顔をじーっと観察する。うん、ところどころ煤で汚れているけれど、擦り傷の一つもない。
宝石を埋め込んだような大きな瞳が、居心地悪そうに震える。
そりゃそうよね。いきなり爆発に巻き込まれて気が付いたと思ったら、見ず知らずの人間に顔をじろじろ見られたら、わたしだってなんか嫌だ。
けど、この場合はしょうがない。
「そう、良かった」
わたしがほっと胸をなでおろしたとき、後ろのほうで声がした。元気の良い、でも少し間延びした声。
「チャチャ~、大丈夫かぁ~」
振り返ると青みがかった灰色の髪。平民の男の子が着ている、頭から被って着る半袖のシャツと、帆布みたいな丈夫な布で作った半ズボンを穿いた男の子がふらふらと起き上がるところだった。
「あっ!リーヤ!」
女の子の表情がぱっと明るくなる。ころころと表情が良く変わる女の子だなぁ。
「大丈夫だったー!?」
女の子はするりとわたしの手の中から抜け出して、半袖の男の子に向かって駆けていく。
「おう、大丈夫だぞ」
半袖の男の子は煤だらけの顔をめくり上げたシャツの裾で拭きながら女の子に笑いかける。
「ぼく達がなんでもないのに、こいつがどうにかなるわけないじゃないですか」
そんな半袖の男の子の言葉に、黒髪の男の子が憎まれ口を叩く。
「ひどーい!しいねちゃん!」
「酷いのだ!ちょっとくらい心配してくれても罰はあたらないのだ!」
楽しそうだな。
そんな3人を見てて、わたしはそう思った。魔法学院に入学してから、あんなふうに楽しいことなんてなかったから。
「とりあえず」
気が付くと、いつのまにか我に返ったコルベール先生が隣に立っていた。
「“使い魔”の召喚成功おめでとうと言うべきなのでしょうか」
使い魔の召喚成功おめでとう?
わたしは、驚いて研究馬鹿のハゲ親父の顔を見上げた。
使い魔の召喚成功って、本気で言ってるんだろうか?
「コルベール先生?」
「おや、おや、そんな顔で睨まないでくださいよ。ミス・ヴァリエール」
ハゲ親父はいかにも善人そうな顔で苦笑いをする。
「あの子達は、見たところ平民の子供のようですね。貴女の使い魔に相応しい動物をハルケギニアのどこかから召喚するっていうサモン・サーヴァントの効果からは些か脱線している気もしますが、ミス・ヴァリエール、貴女があの子達をどこかから召喚したという事実には変わりないでしょう」
「ええ……」
と返事を言いかけた時、やっぱり我に返ったんだろう、同級生達のざわめき声が聞こえてきた。
でも、なんか変だ。
「あの子達、何かしら」
「何って、アレだろう。ヴァリエールが」
「そうよね、ヴァリエールが起こした爆発から出てきたんだモノね」
「子供……」
「さすがヴァリエールだな」
「ああ、俺達には出来ないな」
なんか変だ。いつもだったら、今は間違いなく罵声と嘲笑を浴びせかけられている筈の場面なのに。
なんていうか、こう、毒が足りないというか、なんというか。
「ですから、サモン・サーヴァントの魔法としては一応成功したと評価するべきところです。おめでとう。問題はこの後です」
は!
そうよ!問題はクラスの馬鹿達が大人しいとかそういうことじゃないんだった。
「先生!」
「はい。貴女が言いたいことは分かります。あの子達を親元に送り返して、サモン・サーヴァントのやり直しをしたいというのでしょう?」
うんうん。わたしは猛スピードで首を上下に振る。
「でも、多分、同じ結果になりますよ」
「はい?」
なんですって?
「ご存知でしょう?サモン・サーヴァントの魔法は、貴女にぴったりの使い魔を召喚する魔法です。あの子供達を動物扱いしたくないのは私も同感ですが、サモン・サーヴァントであの子供達が召喚された以上、ミス・ヴァリエール、貴女にぴったりな使い魔は、あの3人のうちの誰か、もしくはあの3人全員です。そして、あの3人の誰かが貴女にぴったりな使い魔である以上、あの子達を親元に送り返してから再びサモン・サーヴァントを行ったとしても、召喚されるのはあの3人のうち誰かなのですよ」
「うっ」
そうだった。忘れてた。
サモン・サーヴァントの魔法って、良く分からない魔法だったんだ。
サモン・サーヴァントはその魔法を使ったメイジにぴったりの使い魔を召喚する。これは常識だ。だけど、ぴったりな使い魔って、誰が決めるんだろう?
そういう謎な決め方で決めた使い魔をどこから連れてくるの?
そりゃ、宿敵ツェルプストーは火メイジだから火蜥蜴、その友達のタバサは風メイジだから風竜、水メイジのモンモランシはカエル、土メイジのグラモンはモグラを召喚してるんだから、サモン・サーヴァントの魔法で呼び出すのは自分にぴったりの使い魔なんだろう。
でも、じゃぁ、あの子達がぴったりなわたしって、いったいなんなの?
「いずれにしても」
コルベール先生が小さく咳払いをして、わたしは我に返った。
「あの子達を親元に送り返すにしても、あの子達と契約して使い魔」
わたしが睨みつける視線に気が付いたんだろう、ハゲは言い直した。
「ゴホン、小姓あるいは従者として召抱えるにしても、あの子達と話をしてからでしょう」
近づいていくわたしとコルベール先生に気が付いたのは黒髪の男の子だった。
「あの、すいません。ここはどこですか?なんか、学校みたいですけど。ぼく達はうらら学園に登校する途中だったんですけど、なんでここにいるんでしょうか?」
男の子がこの場にいる唯一の大人コルベール先生に話しかけたのは当然で、わたしもコルベール先生が答えるものだと思っていたのだけれど、コルベール先生はわたしの背中をちょんっと押した。
わたしの魔法の失敗で呼び出してしまった子供達相手に色々説明をするのは、わたしの仕事ってことか。
ま、しょうがないか。どっちにしても、暫くはわたしがこの子達の生活の面倒を見なければいけないのだし。
「そのことを説明する前に、まず名前を教えてくれるかな」
名前を知らないと話するの難いしからね。
「わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ここ、トリステイン魔法学院」
「魔法学院!?」
女の子と半袖の男の子の瞳がキラリンと光った。
「魔法学院って、魔法の勉強をする学校?」
「ええ、そうよ」
女の子の言葉に答えると、二人はいきなり盛り上がった。
「すごい!魔法の学校って本当にあったのだ!」
「すごいねぇ。はり・ぽたみたい!ねぇ、ねぇ、はりーはいる?はーまいおにーは?」
はりー?はーまいおにー?はりぽた?なんのこと?
「チャチャさん、リーヤ!今はこのお姉さんが話してるところですよ!」
黒髪の男の子が二人の前に立つ。
「どーも、すいません。この間ちゅるやでDVD借りてハリー・ポッターの映画見たもんだから、二人ともちょっと盛り上がってるんですよ。気にしないで続きをお願いします」
男の子は苦笑いをしながらぺこりとお辞儀をした。なんか苦労人っぽいよ。
「え、あ、そう?」
DVDとか映画っていうのも気になるんだけど、まぁ、いいか。
「ともかく、ここはトリステイン魔法学院。わたしは1年生で、今、2年生になるための進級試験……使い魔召喚の儀式をやってるところよ」
進級試験っていうところで、それまで盛り上がっていた女の子と半袖シャツの男の子がピクって震えたのはなんなんだろう。
「あなたは?」
黒髪の男の子に話しかけると、男の子は右手を左胸、心臓の前に添えて、恭しくお辞儀をした。なんか動きの一つ一つが妙に板に着いてない?
「はじめまして。ルイズさん。ぼくはうりずり山の魔女どろしー様の下で魔法を学んでいる、しいねと申します。ぼくの事はしいねちゃんと呼んでください」
しいねちゃんがそう言って右手を出したのでわたしも右手を出して握手。
って、なんか今、すごく聞き流しちゃいけないことを言われたような気がするんだけど?
コルベール先生に目配せすると、コルベール先生はちいさく頷いた。話の腰を折るなってことだろうか。
「で、こちらはチャチャさん」
そう言われた女の子が元気良く挨拶する。
「はーい!わたしチャチャでーす!もちもち山の世界一の魔法使いセラビー先生に魔法を教わってまーす!ルイズちゃん、よろしくね!」
チャチャは、わたしの両手を持って力いっぱいブンブンと振った。っていうか、また出た。
魔法を学んでるって、この子達、メイジなの!?っていうことは、この子達、貴族の子供!?
まずい。
ここトリステインでは貴族は全員メイジだ。没落しちゃった元貴族で今は平民のメイジもいるからメイジが全員貴族ってわけではないけれど。
問題は、しいねちゃんとチャチャが、魔法の先生の名前に“うりずり山の”“もちもち山の”って地名をつけて呼んでいるっていう点。名前に地名が着くっていうことは、少なくともしいねちゃんとチャチャの魔法の先生は最低でも準男爵とか男爵の地方領主クラスの貴族だってこと。
そして、ここトリステインには没落して貴族じゃなくなったメイジの子供に魔法を教えようなんていう奇特な貴族はまずいない以上、しいねちゃんとチャチャは貴族の子供だってことになる。
この子達、しいねちゃんとチャチャの言うことが本当なら、これはすごくまずい。
貴族の子供を使い魔として召喚しちゃったなんて、ひっじょ~~~~~~~~に、まずい。
うりずり山やもちもち山なんて地名聞いたことないけど、トリステインの中だったら、ヴァリエール家の力でなんとかもみ消すことも出来るかもしれないけど、もちもち山もうりずり山も、そんな地名聞いたことないし、ガリアやゲルマニア、アルビオンの何処かの領主の子供とかいったら、確実に外交問題になっちゃう!
しいねちゃんは、そんなわたしの懊悩も知らないで最後の一人を紹介してくれる。
「で、これはリーヤ」
しいねちゃんは最後の一人、半袖シャツの男の子を指差した。
「これって、なんだよ。しいねちゃん!」
しいねちゃんに「これ」呼ばわりされた男の子が怒る。
「いいから早く挨拶しろよ」
けど、軽くかわされた。
半袖の男の子はぶつぶつ言っていたけど、こちらに振り返った瞬間、すっごくいい顔で笑った。
「おれ、リーヤだ。強い子良い子の狼男だぞ。ルイズ、よろしくな!」
狼男?狼男って、狼に変身する人間ってこと?それって、それって……。
にこにこと差し出された右手。だれがどこから見てもただの子供の手。どう見たってハルケギニア最強の亜人
“人狼”の手には見えない。わたしがその手をとると、リーヤはチャチャに負けないくらい元気良く手を振った。
それにしても。メイジの子供2人に人狼の子供って、わたしはいったい、何を召喚しちゃったっていうのよ!
わたしは多分、唖然というか呆然っていうか、そういう顔をしてたんだと思う。
「あ、信じてませんね?」
しいねちゃんが鼻の頭をぽりぽり掻きながら苦笑いをした。
「まぁ、こんな子供の言う事ですから、簡単に信じろって言っても無理ですよね……、と、そちらの方は?」
「これは失礼」
コルベール先生は、さっきしいねちゃんがそうしたように、右手を心臓の上にあててお辞儀をした。
「私はこのトリステイン魔法学院で教鞭を取っているコルベールと申します。よろしくお願いします」
コルベール先生がそう言って右手を差し出すと、しいねちゃん、チャチャ、リーヤは次々に握手をした。
「さてと。さっきの質問の答えだけれど」
わたしは気を取り直して、しいねちゃん、チャチャ、リーヤの3人の目を見ながら話し始める。
学院のカリキュラムの一つとはいえ、この3人を召喚してしまったのはわたしなんだから、可能な限りの責任を取る必要がわたしにはある。
しいねちゃん、チャチャ、リーヤはハルケギニアの人間であれば。
問題はいろいろあるけれど、ご両親の元へ返してあげることは可能だろう。その上で、もう一度サモン・サーヴァントの魔法を使って、しいねちゃん、チャチャ、リーヤのうちの誰かが、じゃなかったら3人が召喚されたとしたら、その時に、わたしの使い魔……人間なんだから小姓とか従者か……になってくれるかどうかを聞けばいい。
問題は、しいねちゃん、チャチャ、リーヤの3人が、ハルケギニア以外の場所から召喚されていた時。
もし3人がハルケギニア以外のどこか、例えばロバ・アル・カリイエみたいなサハラの遥か東の遠い国から召喚されてきてしまっていたら、この子達はもう2度とお父様やお母様に会えなくなってしまう……わたしのせいで。
それだけは避けたい。避けたいけれど、3人が目の前にいるのは変えられない事実。だったら、最善を尽くすためにまず必要なのはお互いについての情報だ。
わたしが知っていることは全て話す必要があるし、しいねちゃん達が知っていることでわたしに話せることは
全部教えてもらわなければいけない。
「ここは、ハルケギニアのトリステインっていう国の王都トリスタニアから馬車2時間くらいのところにあるトリステイン魔法学院の南に広がる草原よ」
しいねちゃんとチャチャがトリステインの貴族から魔法を教わっているとしたら、トリステイン、トリスタニアっていう地名は間違いなく知っているはずだ。
「今、出てきた地名に心当たりある?」
「うーん、ちょっと聞いたことありませんね」
しいねちゃんがこめかみに右手の人差し指をあてて頭を捻った。
「チャチャさんは?」
「うーん、知らないわ」
「リーヤは?狼男だけが知ってる地名とかある?」
「知らないのだ」
「だよな」
「じゃぁ、ねぇ。ゲルマニア、ガリア、アルビオン、ロマリアは?」
「あ、それなら聞いたことありますよ。えーと、確か……」
しいねちゃんは、背中に背負っていたしっかりした造りの革の鞄から、つるつる、ぴかぴかした本みたいな何かを取り出した。
「何、それ」
「あ、これですか。ぼく達が通っている学校、うらら学園で使ってる地理の副読本。世界地図帳ですよ」
「世界地図帳?地図帳って、地図がいっぱいセットになってる本ってこと?」
「ええ」
「なんで、あなたみたいな子供が世界地図なんて持ってるの?」
地図は貴重品だ。軍事的にはもちろん、領地の経営にも不可欠だし、商人達だって正確な地図だったら咽喉から手が出るくらい欲しがって、モノによっては平民が10年くらい遊んで暮らせるだけの値段がついたりする。
そんなものを持ってる子供って。
わたしがそう聞くと、しいねちゃんは怪訝な顔をした。
「なんでって、普通、学校に通う歳の子供ならみんな地図帳って持ってませんか?リーヤ!」
しいねちゃんはそう言って、リーヤに声をかけた。
「リーヤの地図帳、ルイズさんに見せてやってくれない?」
「おう、いいぞ」
リーヤが肩にかけた布の鞄から落書きだらけの“地図帳”を取り出し、わたしに渡してくれる。
ぱらぱらと“地図帳”を捲ってみると、中身もやっぱり落書きだらけ……あ、これチャチャの似顔絵だ。
しいねちゃん達の国では、地図って貴重品じゃないの?。
わたしは考える。
わたし、もしかして、何かすごい勘違いしてない?
「あ、ありました。このページです」
しいねちゃんの弾んだ声に、わたしの思考は一時中断された。
「古代ローマ時代のヨーロッパのページ」
しいねちゃんが“世界地図”を開く。
そこにあったのは、少しいびつだけれど綺麗に色分けされたハルケギニアの地図に良く似た地図だった。それと、わたしには読めない文字で細かくぎっしりと、色々説明が書いてあるんだろう。
「なによ、これ。ハルケギニアの地図じゃない」
「違いますよ。ここに書いてあるでしょう?古代ローマ時代(紀元前100年~紀元0年頃)って。今から2000年くらい前のヨーロッパの地図ですよ。ここ、大陸からちょっと離れたところにあるのがアルビオン。今のイギリス王国ですね。それから、この辺がガリア。今のフランスとスイスのあたり。で、こっちがゲルマニアで、地中海に飛び出してるブーツみたいなのの、脛のあたり、ここがローマ……」
ん?ここに書いてあるでしょう?って、この子達、文字が読めるんだ。
「今から2000年前?ヨーロッパ?なによ、それ」
「なによ、それって……う~ん」
しいねちゃんは、いきなり考え込み始めてしまった。
丁度いい。わたしも少し頭の中を整理しよう。
まず
1)わたしはサモン・サーヴァントの魔法で平民の普通の子供を3人も召喚してしまったと思った。
2)コルベール先生もそう思った。
3)本人の言うことを信用するなら、しいねちゃんとチャチャは魔法を勉強している。
4)同じくリーヤは“狼男”の子供。
5)しいねちゃんはハルケギニアでは超貴重品である地図を持っている。
6)リーヤの地図帳を見る限り、しいねちゃん達の国では、地図は貴重品ではない。
今までの会話で分かった事実はこれだけだ。
これから想像できることっていうと。
1)しいねちゃんとチャチャは、貴族の子供である可能性が高いけど、口ぶりからするとやっぱり平民っぽい。
2)しいねちゃん、チャチャ、リーヤは同じ学校に通っているらしい。
つまり、メイジと狼男……それだけじゃない、平民かもしれない、貴族かもしれない男の子と女の子、亜人の男の子が同じ学校に通って、一緒に文字や地理、歴史なんかを勉強する国にしいねちゃん達は住んでる。
滅茶苦茶だ。
ハルケギニアではそんな国なんてありえない。
でも、楽しいだろうな。
ふと見ると、難しい顔で考え込んでいるしいねちゃんとわたしの顔を、チャチャとリーヤが心配そうに見ていた。
あー駄目、駄目。
普通じゃないかもしれないって言ったって、しいねちゃんもチャチャもリーヤも子供なんだから。
子供にこんな顔させちゃ駄目だ。
パンパンと、わたしは手を叩く。
チャチャとリーヤは目をパチクリとさせてわたしを見た。
しいねちゃんもびっくりした目でわたしを見る。
「とにかく、ここは、しいねちゃんやチャチャやリーヤが住んでる世界とは全然違う何処かの世界の、ハルケギニアのトリステインのトリステイン魔法学院の南に広がる草原よ。それでいい?」
わたしはそう言ってしいねちゃんをみた。
チャチャとリーヤは、わたしの顔としいねちゃんの顔を交互に眺めている。
しいねちゃんはというと、じっとわたしの顔を見て、なんだか居心地が悪くなるくらいじっとわたしの顔を見て、そして、
「そういうことですね」
って言って、にっこりと笑った。
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