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#navi(アオイツカイマ)
&setpagename(第6話)
ルイズの部屋に現れたアンリエッタ王女は、感極まった様子で、膝をつくルイズを抱きしめた。
「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」
「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて……」
ルイズはかしこまった声で言うが、それは王女のお気に召さなかったようだ。
なんでも、幼少の頃ルイズは王女の遊び相手を務めていたとのことで、王女からみたルイズは、昔馴染みのおともだちなのだそうだ。
楽しげにお転婆だった頃の話をする2人。ルイズは、時々恥ずかしそうに私に眼を向け、王女の方は私の存在に気づいてすらいないようす。
まあ、上流階級の人間にとって使用人は家具のようなものだと聞いたことがある。メイド服を着て、扉の前に立っている私の存在などないようなものなのだろう。
ひとしきり思い出話を花咲かせた後、王女は急に物憂げな表情になってベッドに腰掛けた。
「姫様?」
「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」
「なにをおっしゃいます。あなたはお姫様じゃない」
「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然。飼い主の機嫌一つであっちに行ったり、こっちに行ったり……」
後半部分は、私の現状に対する皮肉だろうか? そんなことを思ってしまったが、王女が私の事情など知るはずもないし、これは庶民の僻みかもしれない。
王女はルイズの手を取ると寂しそうに笑って言った。
「結婚するのよ。わたくし」
「……おめでとうございます」
王女の口調に、何かに気づいたのかルイズは沈んだ声を出したあと沈黙した。
何度目かの王女のため息に、痺れを切らしたルイズがついに口を開く。
「姫様、どうなさったんですか?」
「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……、いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるようなことじゃないのに……、わたくしってば……」
「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくってことは、なにかとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」
「……いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい。ルイズ」
そこまで言っておいて、話せないなどとルイズが納得するはずがないだろう。
私の予想にたがわず、ルイズはおともだちなら話してほしいと訴え、王女もそれで決心したのか頷いた。
「今から話すことは、誰にも話してはいけません」
言われたルイズは私に眼を向け、王女も今初めて私がいることに気がついたように私を見つめる。
「出てようか?」
「お願い」
ルイズの短い答えに、私は扉を開き、バタンッ! という音を聞いた。
そういえば、扉がいつもより重かったわね。と廊下を見るとひっくり返ったカエルのようなポーズで寝ている少年が1人。
「ギーシュ?」
「うん」
答えて立ち上がるカエルは、やはりギーシュだった。
「夜這いなら、謝ってからのほうがいいわよ。それ以前に、ここはモンモラシーの部屋じゃないけど」
「違うよ! 君はぼくをどういう目で見てるんだ!」
心外だ。と嘆いてみせるギーシュに、言ってあげたほうがいいのかしらと少し悩む。
「じゃあ、どうしてここに?」
「薔薇のように見目麗しい姫様のあとをつけてきてみればこんな所へ……、それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがえば……、急にドアが……」
なるほどストーカーか。納得したけど胸はって言うことじゃないわね。
「そんなことより姫殿下! なにやらお悩みのようですが、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンにお任せください」
「グラモン? あの、グラモン元帥の?」
「息子でございます。姫殿下」
きょとんとした顔の王女にギーシュは恭しく一礼した。
「あなたも、わたしくしの力になってくれるというの?」
「姫殿下の力になれるなら、これはもう、望外の幸せにございます」
話の内容も聞いてないのに、熱っぽく安請け合いするギーシュに王女は微笑む。
まあ、どうでもいいか。
「えーと、じゃあ私は出てるから」
と、開いた扉から出て行こうとしたところでギーシュに呼び止められる。
「何?」
「いや。どうせルイズの使い魔である君は、後で話を聞くことになるんだから、今出て行く必要はないと思うんだけど」
私もそう思うけど、別に今すぐに聞きたい理由もない。というか一生聞きたくない気がするのは何故かしら。
「使い魔?」
不思議そうに私を見る王女。
「メイドにしか見えませんが……」
「メイド……です。姫様」
言いにくそうなルイズに同情の念が芽生えそうになったけど、考えてみたら私にメイド服を買い与えたのはルイズだった。
「そうよね。はぁ、ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」
「好きであれを使い魔にしたわけじゃありません」
そうね。私も好きで使い魔になったわけじゃないけど。
「メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す理由がありませんね」
そう言って王女は語り始めた。
王女の結婚する相手というのは、他国ゲルマニアの皇帝であるそうだ。目的は同盟。
なんでもアルビオンという更に別の国では、今貴族の反乱で王室が倒れかかっていて、反乱軍が勝てば次はトリステインに侵攻してくる恐れがあるらしい。
それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶことになったので、王女がゲルマニア皇室に嫁ぐことになった。
しかし、トリステインとゲルマニアの同盟を望まないアルビオンの反乱軍は王女の婚姻をさまたげるための材料を探していて、それをアルビオン王家のウェールズ皇太子が持っているというのだ。
王女の頼みとは、皇太子が持つそれ、かつて王女が書いた手紙、を取り戻してくることであった。
ここで私は、アルビオンが何故トリステインを攻めてくるとわかるのかとギーシュに聞いてみたところ、反乱軍の目的はこの世界から王家というものを排斥することだと教えてくれた。
どうしたものか、私には王女の頼みの内容は理解できても、なぜそういう頼みをする結論に至ったのかの過程が理解できない。
そういう理由でアルビオンがトリステインを攻めるのなら、次はゲルマニアにも攻めるのだろう。
そう考えれば、同盟を組む必要があるのはゲルマニアも同様で、無理に婚姻という形で結ぶ必要はないのではないだろうか? 必要があっても手紙一通で婚姻を反故にするだろうか。
異世界人であり庶民に過ぎない私には分からない、いろいろな事情があるのかもしれないのだけれど。
それに、学生にすぎないルイズに戦地へ赴けというのも理解できない。他に心許せる友達がいないと言っていたが、それならば、なおさらこんな頼みをするべきではないと思うのだけど。
ぐるぐると思考を空回りさせている私をよそに、王女はベッドに倒れこみシーツを掴んで悲痛に叫ぶ。
「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ、反乱勢力に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのです! 同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!」
ああ、なるほど手紙って恋文なのね。今更気づく私は鈍いのだろうか。でも、恋文一通で滅ぶ国ってどうなのかしら。まともな外交能力があればなんとかなるような気がするのだけど。
「無理よ! やっぱり無理よルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」
「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向かいますわ!
姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません!」
一息に言い切り、ルイズは膝をついて恭しく頭を下げた。
なにこの寸劇?
「『土くれ』のフーケのゴーレムをも倒した、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」
フーケには逃げられたけどね。
「このわたくしの力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! 懐かしいおともだち!」
「もちろんですわ! 姫さま!」
ルイズが王女の手を握って、熱した口調でそういうと、王女の瞳から涙が溢れ出した。
「姫さま! このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、まったき理解者でございます! 永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」
「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です! 感動しました。わたくし、あなたの友情と忠誠を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ!」
熱に浮かされたような2人に、私は冷めた感情を面に出さないよう気をつけながら小さく拍手し、ギーシュは感動した面持ちで涙ぐんでいる。
大丈夫なの? この国。
アルビオンの王党派はもう追い詰められていて敗北は時間の問題と王女に教えられ、ルイズは明日の朝には出発すると宣言した。
実はこの時、他人事のように思って聞いていた私は、ギーシュが王女に差し出された左手にキスをして感動してたことも、
ルイズの筆記用具を借りて王女が皇太子に向けて書いた手紙を渡したときも、ルイズが王女の右手薬指にはまっていた指輪を受け取ったときも、どこか遠くの世界の出来事のように見ていて。
だから、自分も行くのだとルイズに聞かされて驚いてしまった。
だって、ありえないでしょ。この世界に来て学院の外にほとんど出た事もない、貴族との付き合いもわからないちょっと剣が使えるだけの小娘をそんな大事な任務に連れて行くなんて。
ルイズやギーシュが、世間知らずという点では私と同レベルだと知るのは後の話である。
朝もやの中、馬に鞍をつけているとギーシュがすまなそうに言ってきた。
「お願いがあるんだが……」
「なに?」
初めての作業に集中しているため、私の返事はそっけないものになる。
「ぼくの使い魔を連れていきたいんだ」
「好きにすれば?」
どんな使い魔か知らないけれど、邪魔にならないなら連れていってもいいのではないだろうか。そういえば、ギーシュの使い魔は見たことがないわね。
「ていうか、どこにいるのよ」
私たちの作業を退屈そうに見ていたルイズが口をはさむ。
「ここだよ」
ギーシュが、にやっと笑って足で地面を叩くと、地面が盛り上がり、小さなクマくらいの大きさの生き物が顔を出した。モグラ?
「ヴェルダンデ! ああ! ぼくの可愛いヴェルダンデ!」
可愛いと言うには大きすぎるそのモグラを、ギーシュは愛しそうに抱きしめる。
「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」
「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、きみはいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」
嬉しそうにモグラに頬ずりするギーシュは本当に、自分の使い魔を可愛がっているんだろうけど。
「ねえ、ギーシュ。ダメよ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう」
ルイズの言葉に、そんな生き物が馬の足についてこれるか疑問だと、私も同意する。
素早く地面を掘って進むと言われても、知らない間においていってしまうかもしれない。そうなったら可哀想ではないか。
そんな話をしていると、急にモグラが鼻をひくつかせ、ルイズに擦り寄った。
「な、なにっ! ちょ、ちょっと!」
ルイズにモグラの巨体を支える膂力があるはずもなく。押し倒される。
「や! ちょっとどこ触ってるのよ! ショウコ、助けてよ!」
モグラの鼻に、体中をつつきまわされ地面をのたうち回りながら助けを求めてくるけど、私にどうしろと?
クマのような巨体を私の腕力でどうにかできるはずもなく。だからといって、たんにじゃれついているだけにも見える人の使い魔を斬るわけにもいかない。
どうしたものかと見ていると、モグラはルイズの右手薬指の指輪に鼻を擦りつけはじめた。
このモグラは宝石が大好きでルイズを押し倒したのも、ルイズの指輪のルビーに反応したのだろうとはギーシュの弁。
私は納得したのだけど、王女に頂いた大事な指輪に鼻を擦りつけられたルイズが納得するはずもなく、無意味に暴れているとき、一陣の風が吹いてモグラを吹き飛ばした。
風の吹いた方向には、杖を構え羽根帽子をかぶった青年が1人。
「貴様、ぼくのヴェルダンデになにをするんだ!」
怒りに燃えるギーシュが薔薇の造花を掲げるが、次の瞬間には青年が杖をふるい、魔法の風が薔薇を吹き飛ばしていた。
「僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行することを命じられてね。きみたちだけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたってワケだ」
青年は、帽子を取って一礼すると、自分は女王の魔法衛視隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵であると名乗った。
文句を言おうとしたギーシュは、魔法衛視隊と聞いて言葉を飲み込んだのを見て首をふる。
「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見てみぬ振りはできなくてね」
青年、先日のルイズの夢にも出てきた子爵は、ひっくり返ったままのルイズに歩み寄り、抱え上げた。
2人は楽しげに語り合い、その合間に私とギーシュの紹介をルイズが済ませた。
「では諸君! 出撃だ!」
ワルドが口笛を吹くと、鷲の上半身と獅子の下半身のついた幻獣グリフォンが現れ、その背に跨ったワルドがルイズを抱きかかえてグリフォンを走らせた。
次いで、ギーシュと共に馬を走らせながら私は考えていた。
結局、放置した巨大モグラのことではない。
ワルド子爵が同行することの意味だ。
王女がルイズにこの任務を持ってきたのは、他に信用できる人間がいなかったからではなかっただろうか。
ワルド子爵にも話を持っていったというのなら、彼もルイズと同じように信用できる人間ということになるのだろうが、それならルイズに声をかける意味がない。
どう考えても、私たちは足手まといになるのだから
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