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#navi(IDOLA have the immortal servant)
「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮殿があるわ」
ルイズは心なしか誇らしげにいった。
フロウウェンの目からみて、トリステインの城下町はまるでテーマパークで中世の街並みを再現したように見える。
異国情緒に加えて、タイムスリップでもしたような不可思議な感覚であった。
「スリが多いから気を付けてね。その……平民のスリなんかはフロウウェンなら大丈夫でしょうけど、身を窶したメイジのスリもいるから」
「確かに魔法を使われたら防ぎようがないな。せいぜい自然体で振舞うことにしよう」
あちこちを伺っていては自分から大金を持っていると喧伝して回っているようなものだ。
「なるほど。確かにそっちの方が賢いわね」
世間知らずのルイズはそんな事でさえ感心してくれる。しばしば感情的になりやすく、そうなると周りに目が行かなくなるという欠点はある。だが、平時ならこの通り。何故そうするかを逐一説明しなくても、察してくれる頭の回転の速さを持っていた。
ここ数日のルイズへの座学で、フロウウェンはルイズが秀才肌である事をよく理解していた。
それなのに原因不明の爆発で結果が伴わないというのは、ルイズにとって相当な苦痛だったのではないだろうか。努力には結果という正当な対価が支払われるからこそ、積み重ねる事に意義を見出せるのだ。
ルイズは努力に裏切られても、貴族であるという自負だけを胸に、四肢に力を込めて幾度も立ち上がったに違いない。だからこそ今日の飲み込みの速さがある。
テクニックを教えたのは、公に使えずとも正解だったと思う。ルイズにはまず、努力の報酬という当たり前の事を教えてやるべきだ。
「こっちよ」
ルイズの後に続いて、狭い路地に入っていく。
「これはまた……」
饐えたような臭いが漂い、ゴミと汚物が転がっている。その光景にフロウウェンは苦笑した。中世の町に衛生観念を期待していたわけではない。
魔法で栄えるハルケギニアにおいても市井の人々の生活や辿る歴史の過程というのは、そう大きくは変わらないらしい。
「だからあんまり来たくないのよ」
四辻に出てきょろきょろと辺りを見回すルイズ。剣の形をした看板を、目ざとく見つけたフロウウェンが言う。
「あれではないのか?」
「あ。そうよ。あれだわ」
ルイズは嬉しそうに言うと小走りになった。
「早く早く! ヒース!」
「慌てなくても店は逃げんよ」
そんなやり取りをしながら店の中に入っていった。
二人を物陰から見詰めていた、キュルケがぼそっと呟く。
「何か、仲のいい親子みたいだわ」
「…………」
タバサは小さく頷いた。ルイズ達に注視していたキュルケは気付かなかったが、いつもは無表情なタバサの瞳には、憧憬と悲しみの入り混じった感情が、微かに浮かんでいたのだった。
「うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるような事なんてこれっぽっちもありませんや」
店に入ってきたルイズをじろじろと見るなり、開口一番、ドスの効いた声で店主はそんな事を言った。
「客よ」
「こりゃおったまげた! 貴族が剣を! おったまげた!」
ルイズの言葉に店主が大仰に驚いてみせる。
「どうして?」
「いえ、若奥さま。坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになると相場は決まっておりますんで」
「兵隊は剣であるなら問題はなかろう。使うのはオレだ」
店内に視線を巡らしながら、フロウウェンが言う。
「へえ。旦那が剣を?」
店主はフロウウェンの爪先から頭のてっぺんまで、じろじろと不躾に眺めた。
随分と変わっているが、身体付きがよくわかる服装をしていた。鍛え込まれた無駄のない、しかも俊敏に動作するには邪魔にならないという、理想的な筋肉のつけ方をしている。年若い傭兵でもなかなか見ないだろう。
「わたしは武器の事なんてよくわからないんだけど……ヒースはどんなのがいいの?」
「できるだけ大きな大剣だな。刀身だけで最低でも大体1メートル以上……いや、こちらの世界では1メイルだったか。それぐらいは欲しい。昔使っていた大剣が両刃だったから同じく両刃なら言う事は無いが、別に片刃でも構わない」
「刀身だけで、ですかい? ずいぶんと自信がおありのようで」
店主は店の奥に消えていく。そして立派な大剣を油布で磨きながら戻ってくる。
「これなんかいかがです?」
1メイル50サントはある。柄や拵えに宝石が散りばめられ、鏡のように輝く刀身を持つ、立派な剣だった。
「店一番の業物でさ。貴族のお供なら見た目にも拘りたいものでしょう。最近じゃ貴族の間で下僕に帯剣させるのが流行ってるって話ですから、これならば他の連中に見劣りしやしませんぜ」
「貴族の間で流行っている?」
「へえ、何でも最近、このトリステインの城下町を盗賊が荒らしておりまして」
「盗賊?」
「そうでさ。何でも『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊が貴族のお宝を盗みまくってるって噂で。貴族の方々は恐れて下僕にまで剣を持たせる始末でして」
「ふうん」
盗賊の話に興味が無いルイズは、主人に話をさせながらも煌びやかな剣をじっと凝視していた。
その大剣を持ったフロウウェンを想像してみる。うん。意外に悪くないのではないか。
「少し拝見させてもらおう」
言って、フロウウェンは大剣を片手で軽々と持ち上げた。その光景に店主が目を丸くする。剣の重さなど知らないルイズは特に驚かなかった。
「こ、こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師、シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって両断できますぜ」
店主の太鼓判をバックに、フロウウェンは柄側から先端を見たり握りを確かめたりしていたが、
「駄目だな、これでは」
と言い切った。
「ど、どうしてですかい?」
「どうしても何も、これは装飾用だ。華美な装飾に凝る余り、柄頭も鍔も衝撃に弱そうだ。刃の部分も今ひとつしっくりこない」
「こ、これはあのシュペー卿の……」
「……もっと実戦向きのものがあるだろう。魔法が必要なら、元がしっかりした物に改めてかければいいだけの話だ」
「あっはっはっは! じーさん! あんたの眼鏡に適うような武器は、こんな店じゃ売っちゃいねーよ! 悪いこたぁ言わねえ。他を当たりな!」
唐突に主人のものでもフロウウェンのものでもない、男の声が響いた。
ルイズがぎょっとして店内を見回すが、他に人影は無い。乱雑に積み上げられた剣の方から、声が聞こえるばかりだった。
剣の山に近付いたフロウウェンがそれを目に留める。
「剣が言葉を話すとはな……」
「デル公! お客様に妙な事言うんじゃねえ!」
「うるせえや! 客が金持ちと見りゃ、みてくれだけのガラクタ売りつけてるってのはほんとのこった!」
「なっ、なんだとお!?」
店主が顔を真っ赤にした。
「イ、インテリジェンスソード?」
ルイズが当惑した声を上げる。
「そ、そうでさあ。このデル公はやたら口が悪いわ客への礼儀はなってないわで閉口してまして……やいデル公! あんまりうるせえと、貴族様に頼んで溶かしちまうからな!」
「おもしれえ! 上等だ! どうせもうこの世には飽き飽きしてたんだ! やってもらおうじゃねえか!」
売り言葉に買い言葉でヒートアップする二人を尻目に、フロウウェンはぽつりと呟く。
「デル公とはまた……」
何の因果かと思った。D型亜生命体群の一部に、デルセイバーやデルディー、デルデプスにデルバイツァ、デルリリーなどの名前を冠されたモノがいるのだ。デル何某というのはD型を象徴するような名前だった。
「デル公じゃねえ! デルフリンガーさまだ!」
その呟きが耳(?)に届いたのか、自分の名前を訂正するデルフリンガー。
「ますますそれらしい名前だな」
と苦笑する。半人半馬型のD型亜生命体高等種に、ダークブリンガーという名称の大物がいるのである。
何とはなしに、親近感のようなものを感じてデルフリンガーを手に取った。
片刃の大剣だが長さは申し分ない。刀身が細く薄い。表面に錆が浮き、全体的にくすんだ色をしていた。緩やかに曲線を描く刃はそれでも充分な切れ味を残しているようだ。
手に取られたデルフリンガーは言葉を止める。フロウウェンは己が剣に観察されているように感じた。
「……おでれーた。じーさん、『使い手』の仲間か。しかもおめーは……なんだ? よくわからねーが悪寒がするぞ」
「使い手?」
訝しむフロウウェンにデルフリンガーが答える。
「『使い手』ってぇのは……あー……えーっと。何だ。忘れちまった」
「何よそれ。全然ダメそうじゃない。壊れてるんじゃないの? このインテリジェンスソード」
「失礼だな、貴族の娘っ子。こう見えてもおれは6000年生きてるんだ。忘れる事の一つや二つだってあらあ」
「6000年って……胡散臭いわ」
ジト目で見やるルイズ。
「面白い。これにしよう」
とフロウウェンが言い出したので、ルイズは思わず眉を顰めた。
「そんなのでいいの? 両刃じゃないし、錆びてるじゃない」
「錆びてはいるが、実用的だ。インテリジェンスソードとやらなら、メイジとして研究用や資料的価値などの側面から実利主義を取ったのだと言い張る事もできるしな」
「剣の事はわからないけど……確かにインテリジェンスソードなら格好はつくわね」
「おい。おれ抜きで勝手に話を進めるんじゃねえ」
「持つのがオレでは不服か?」
「そうじゃねえ。そうじゃねえが、なーんか嫌な予感がするんだ」
その後暫くぶつぶつと言っていたが、
「……まあいいか。剣は使われてなんぼだからな」
やがて納得したのかデルフリンガーは静かになった。
「これ、おいくら?」
「普通そのサイズの大剣はどんなのでも二百はするんですが、そいつぁ百で結構でさ。ほとほとうんざりしてたとこなんで」
主人は代金を受け取ると剣を鞘に収めてフロウウェンに手渡す。
「毎度。煩いと思ったらこうやって鞘に収めれば大人しくなりまさあ」
そして二人で武器屋を出る。
それからフロウウェンは視界の端に何かを捉え。小さく溜息をつくと誰に言うとでもなく往来に向かって言った。
「さて。そろそろ姿を見せてくれても良いと思うが」
「え?」
ルイズが首を傾げて、フロウウェンの視線の先を追う。
ほんの少しの間を置いて、物陰からばつが悪そうにキュルケが顔を出した。隣にはキュルケと時々つるんでいる青い髪の少女、タバサがいた。
「キュルケ!? なななななんでこんなところにいるのよ!?」
「あ、あたしがどこで何をしてようと勝手じゃないの」
いつもは余裕のキュルケだったが少々焦りの色が見え隠れしていた。対するルイズは思い切り動揺していた。
「ミス・ツェルプストーだったかな。学院からつけてきたのだろう?」
数日前から誰かから視線を向けられている事には気付いていたが。
「あら。他人行儀なのは嫌ですわ。キュルケってお呼びになって。お・じ・さ・ま」
色気過剰の仕草でしなを作ったキュルケが言う。
「お、おじさまだと?」
珍しくフロウウェンが狼狽した。
「こっ! こぉの色ボケ! 誰の使い魔に色目使ってんのよ!?」
その一言だけでツェルプストー家への怨恨募るヴァリエール家の一員であるルイズは、正しくキュルケの目的と用件を察したらしい。フロウウェンを庇うように彼の前に立ち塞がる。
「大体あんた、二十年若ければなんて、失礼な事言ってたじゃない!!」
「それはあの時のあたし。今はあたしは新しいあたしなの。ダンディズムって素敵よね」
ぽっと顔を赤らめるキュルケ。
「なななな……」
キュルケに指を突きつけてわなわなと震えるルイズは爆発寸前だ。
「やーね。人を指差すなんて失礼だわ」
「☆Ф△£@~~!!?」
爆発した。そのまま二人は人目も憚らずにぎゃあぎゃあとやり合い始めた。
こうなってはルイズを宥める事はフロウウェンには出来ない。
事情を問おうにもキュルケはルイズにかかりっきりだし、しかもフロウウェンにとって彼女は未知のタイプだ。
だから消去法で、フロウウェンはタバサに問うた。
「あー。すまないが事情を説明してもらえないか」
「あなたに興味があった。だから後をつけた」
こちらの少女の言葉は簡潔だ。
だからルイズは誤解する。
「そっちのもか!」
ぎんっ、と瞳から燐光を放たんばかりのルイズが、タバサをキュルケの同類と判断して睨みつける。しかし若きシュヴァリエは修羅場には慣れたもので、それを平然と受け流していた。
「興味だと? オレの何にだ」
「主に、戦闘技術」
「あたし! あたしは違うわよ! おじさまのハートを射止める為に」
「待ちなさいキュルケ! まだ話は終わってないわよ!」
収集が付かなくなってきた。裏通りだから人通りは多くなかったが、ちらほらと野次馬が集まり始めている。
傍から見ればフロウウェンを巡って、ルイズとキュルケの痴話喧嘩に映るだろう。
さすがに思い留まったが、フロウウェンはこの場からリューカーでルイズの部屋まで逃げようかとすら思った。
どうしたものか、と思案にくれていると、「お昼」と、タバサが言った。
「何がだ」
「お昼だから食事を取りながら話し合う事を提案する」
「もう好きにするといい」
フロウウェンはこめかみに手をやって目を閉じると嘆息したのだった。
むっとした表情のルイズ。喜色満面の笑みを浮かべるキュルケ。無表情で黙々とサラダを食べるタバサ。
そんな三人とテーブルを囲んで、フロウウェンは少しずつキュルケとタバサの話を聞いて、要点をまとめていく。
「それで、あの決闘でオレに興味が湧いた、と。要するにそういう事だな。数日前から誰かに見られていたのは分かっていたが、それもか?」
「使い魔」
と、タバサ。ルイズは使い魔とその主人は視界の共有が可能だと言っていたか。
どうも二人に悪意は無さそうである。フロウウェンはまず、幾分かは組し易いと思われるタバサの方から話を振った。
「タバサ、だったか。オレに師事したいというのは何の為だ?」
「…………」
タバサは答えずにフロウウェンを見詰めた。話す気は無い、という事か。
しかし、瞳の奥に冷たい憎悪の欠片をフロウウェンは確かに見た。
どうもこちらは相当な訳有りのようだ。
だが、かなり危うい気がする。自分がその役割に相応しいとも思えないが、彼女には信頼のおける人間が周りにいなくてはならないだろう。でなければ―――この少女はきっと死に急ぐ。
「そっちについては、オレは構わないと思っている。ルイズさえ良ければの話だが」
分かっていて見捨てるのはフロウウェンの性分ではない。
「わ、わたし?」
急に判断を求められて、ルイズは戸惑う。
タバサの事は、良く知らない。いつも本を読んでいる勉強家、という印象だ。
ただ、彼女は自分を一度もゼロと揶揄した事がない。
でもキュルケの友達だ。
ツェルプストーは敵だ。
でもタバサは自分を馬鹿にしない。
葛藤していると、タバサがルイズに頭を下げた。
「う……」
「ルイズ。あたしからも頼むわ」
キュルケが言った。タバサが少しだけ驚いたような面持ちでキュルケの横顔を見上げる。
タバサは何も話してくれないが、彼女が何か問題を抱えている事を、キュルケは薄々ではあるが知っていた。
「あ、あんたは駄目よ!」
「勘違いしないで。タバサの事よ」
何時になく真面目なキュルケに、ルイズは気圧される。如何にも分が悪い。タバサには何の恨みもないし、ここで断ったら自分が悪者のようではないか。
「わっ、わかったわよ! いいわよっ!」
半ば自棄になってルイズは叫んだ。
「…………」
タバサは再度頭を下げた。
「ツェルプストーは駄目だからね!」
「それなんだけど、やっぱり自分の使い魔であたしがツェルプストーだから近付く事も許さないというのは、やっぱり変だわ」
先程の真剣なキュルケはどこに行ったのか。いつもの余裕を湛えた笑みで言う。
「どうしてよ!」
「だって、おじさまは使い魔である前に人間でしょう? そこに自由意志はないの?」
「そ、それは……っ」
正論で出られるとルイズは弱い。
それを否定するというのはフロウウェンの意思を尊重しないという事であって。
彼の意思を尊重しないという事は自分はコーラルの人間と同じ卑怯な輩という事だ。それは貴族ではない。
ルイズは困ってしまってフロウウェンを見る。難儀な性格だ、とフロウウェンはルイズに同情する。
正直な所、フロウウェンもキュルケの扱いに困っていた。
「オレはこの通りの老いぼれだ。今更恋愛沙汰もあるまいよ」
「あたしは歳の差なんて気にしませんわ。つれない殿方を振り向かせるのもまた恋愛の醍醐味ですもの。今すぐ愛に応えていただけなくとも、あたしの事を知り、思いを分かってもらう為の時間と機会ぐらいはいただきたいわ」
と、こうなのだ。流石にそれを駄目とは言えない。
それを横から見ていたタバサが言った。
「提案がある」
虚無の曜日であろうと当たり前のように陽は沈み、ハルケギニアを赤く染める。陽の光は山際の端に最後の輝きを残して、やがて完全にその身を隠した。
生徒達は一人二人と寮へ帰っていき、中庭の人気が無くなって行く。
そして誰もいなくなった頃、ようやく彼女の時間がやってきた。
トリステイン魔法学院本塔。二つの月明かりに煌々と照らされたそこに、昨今トリステインを騒がせている悪名高き大盗賊、『土くれ』のフーケの姿があった。
本塔五階。宝物庫の外壁に対して垂直に立って、足の裏で壁の厚さを測っているのだ。土のトライアングル・メイジであるフーケならではの芸当だった。
「物理衝撃が弱点ですって? あのコッパゲ……こんなに分厚い壁、どうしろっていうのよ!」
コルベールは何も悪くないのだが、絶望的な状況についつい毒づくフーケ。
強力な『固定化』の魔法が外壁に掛けられている為に、フーケの使う『錬金』はこの壁には通用しない。例え自分がスクウェアクラスだとしても、この『固定化』を破るのは無理だろう。
だから物理衝撃が弱点というコルベールの意見は概ね正しかった。しかし、自分のゴーレムが殴りつけてもこの分厚い壁を突破するのは至難の業だ。
まさに難攻不落、だった。
「かといってあれを諦めるわけにゃあ、いかないねぇ……」
セクハラに耐えながら聞き出した、トリステイン魔法学院の宝物庫で一番の目玉だろう。裏で売ればどれだけの値がつくか知れない。
腕組みして、外壁突破の手段を考えていると、人がやってくる気配がした。
軽く外壁を蹴って、フーケのしなやかな肢体が月夜に舞う。『レビテーション』を唱えて落下の勢いを殺すと、ふわりと音もなく地面に降り立ち、猫を思わせる俊敏さで近くの植え込みへと姿を隠した。
中庭に現れたのはフロウウェン、ルイズ、キュルケとタバサの四人だった。
タバサの魔法勝負という提案が全員一致(デルフリンガー除く)で了承されたのだ。
陽が落ちて、人気がなくなってからトリステインの中庭で執り行う事にも決まった。
タバサは風竜に跨ると、デルフリンガーにロープを括りつけ、それを本塔の高い所に吊るした。
そして屋上に立ったタバサが魔法でデルフリンガーを振り子のように揺らす。
「この扱いはひでーよ」
と、デルフリンガーがぼやくが無視された。器物の悲しさよ。
「準備はよろしくてヴァリエール? この線より外側に立って交互にロープに魔法を掛け、先にあのインテリジェンスソードを落とした方が勝ち」
と、地面に引かれた線と、デルフリンガーを交互に見やるキュルケ。
「わたしが勝ったらツェルプストーは今後わたしの使い魔にちょっかいを出さない」
「あたしが勝ったら、あたしの行動の自由を認める。いい条件ねぇ」
「確認するわ。使う魔法は自由よね」
「ええ。あたしは後攻で構わないわ。それくらいのハンデはあげないと勝負にならないもの」
余裕の笑みを浮かべるキュルケとは対照的に、ルイズの表情は固かった。
最早フロウウェンは成り行きを見ているしか出来ない。
キュルケは……どうもペースが乱されるので苦手だ。
だがそれとは別の所で、不倶戴天の敵と認めるルイズに、友人の為に頼み毎をする潔さがあるし、ルイズをからかうその態度には、他の生徒達のような陰湿さは感じられない。
だから、勝敗の行方はそこまで気にはならなかった。当人達が納得できるようにすれば良い。
「じゃあ、どうぞ」
ぶつぶつとぼやきながら振り子運動を続けるデルフリンガーと、それを吊るすロープを親の仇のような目でルイズは凝視する。
何の魔法を唱えるべきだろう。昨日のフロウウェンとの修行で、自分の魔法が失敗してしまう原因は分かった。だからその問題点が解決されない限り、成功は臨むべくも無い。
成功例といえばグランツなのだが、あの距離で動くロープを、正確に狙えるかどうか。
いや、それ以前にキュルケやタバサに見せていいものなのだろうか。
二人の口は恐らく軽くはないが、明らかに系統魔法ではないグランツを見せたら、追究は必至だ。
テクニックという概念に納得してくれたとしても、そもそも魔法ですらないのだから間違いなく反則扱いされる。せめてフォイエが使えたらと思うが、それでもフロウウェンの目からは反則だと丸分かりである。
筋を通そうとするフロウウェンには軽蔑されるから、それは本末転倒。どう考えてもテクニック使用の線は論外だった。
で、結局一回りして系統魔法に帰ってくるのだが、『土』と『水』の魔法は遠距離からの狙撃には向いていないので駄目。消去法で『火』か『風』という事になる。
「当たりさえすればいいの。当たりさえすれば……」
ルイズは杖を構えて深呼吸をすると詠唱を開始した。使う呪文は『ファイヤーボール』。
が、現時点ではどうしても爆発になる以上、『ファイヤーボール』であれ、『エア・ハンマー』であれ、気分の問題でしかないだろう。
どうせなら相手の得意とする分野で勝ってやる!そんな気概がルイズに『火』を選択させた。
詠唱の完成と同時に杖を振るえば―――
果たして杖の先から炎の弾は放出されなかった。代わりに本塔の外壁を直撃、というか爆発させる。 ロープは何ともなかったが、外壁にヒビが入っていた。
「ゼロ! ゼロのルイズ! ロープじゃなく壁を爆発させてどうするのよ!」
キュルケが腹を抱えて大笑いする。
「くっ……!」
悔しそうにルイズは膝をついた。フロウウェンに無様な所を見せてしまった。
フロウウェンは落ち込むルイズを見て苦笑した。正々堂々と戦ったルイズを無様だとは思わないが、彼女の気持ちは分かるのだ。
「さて、あたしの番ね」
キュルケは余裕の表情だ。狩人の目でロープを見据える。短くルーンを唱え、杖を突き出した。使う魔法は『ファイヤーボール』。キュルケの得意とする魔法だった。
杖の先からメロン大の火球が生まれ、デルフリンガーを吊るすロープ目掛けて飛ぶ。それは狙いたがわず命中し、ロープを燃やし尽くした。
屋上にいたタバサが杖を振ると、ふわり、と浮かんだデルフリンガーがフロウウェンの手元に戻る。
「やな予感が当たったじゃねーか」
「こういう事もある」
デルフリンガーを宥めながらフロウウェンは鞘に収めた。
「あたしの勝ちね! ヴァリエール!」
「ううっ」
いいもん。どうせキュルケなんかにフロウウェンは靡かないもん。
と、心の中で呟きながらも、すっかり落ち込んだルイズは中庭の草の毟り始めた。
フーケは植え込みの中から一部始終を見ていた。
ルイズの魔法で、外壁にヒビが入ったのを見届ける。
いったいあの魔法は何だったのだろう。唱えた呪文は『ファイヤーボール』だったが杖の先からは何も放たれず、突然外壁が爆発した。前代未聞だったが、今はその事よりも壁に入ったヒビの方が重要だった。
このチャンスを逃す手は無い。フーケは呪文の詠唱に入る。長い詠唱だった。
「残念ねえ。おじさまを独り占めできなくて」
高笑いするキュルケ。ルイズは言い返す気力もないのか。只管草を毟り続けていた。
キュルケが嬉々としてフロウウェンの元へ駆け寄ろうとしたその時である。
背後に異様な気配を感じて、振り返る。
「な、なにこれ!」
キュルケは我が目を疑った。
それは全長30メイルはあろうかという、巨大な土ゴーレムであった。それが真っ直ぐこちらへ歩いてくるではないか!
「きゃあああ!」
流石に度肝を抜かれたのか、思わず悲鳴を上げて逃げ出すキュルケ。
一方、突然現れたので驚いてはいたが、巨大ゴーレムをその動きから敵対的であると判断したフロウウェンは、ルイズの位置とその安全を確認する。
そしてデルフリンガーを引き抜き、身構え……ようとした。
「ぐっ!?」
急に呻いて胸を押さえ、膝をついてしまう。
「おい! じーさん! どうした! おい!」
目の前の展開についていけず、呆気に取られていたルイズだったが、デルフリンガーの声で我に返ったらしく、フロウウェンに駆け寄る。
「ヒ、ヒース!? どうしたの! ねえ!」
「来るな! 来るんじゃない!」
苦悶に顔を顰めながら、フロウウェンは怒鳴った。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! 早く逃げないと―――」
フロウウェンに肩を貸そうとする。早く逃げないと潰されてしまう。そう言おうとして振り向いて、ルイズは振り返った事を後悔した。
巨大な質量の物体がゆっくりと落ちてくる。それは土ゴーレムの足だ。
さあっと血の気が引いていくのが分かる。と―――
「きゃあっ!?」
ルイズはフロウウェンに突き飛ばされていた。思わず目を閉じ、そして開いた時。
巨大な質量のゴーレムの足が、フロウウェンのいた場所を地響きと共押し潰していた。
#navi(IDOLA have the immortal servant)
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「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮殿があるわ」
ルイズは心なしか誇らしげにいった。
フロウウェンの目からみて、トリステインの城下町はまるでテーマパークで中世の街並みを再現したように見える。
異国情緒に加えて、タイムスリップでもしたような不可思議な感覚であった。
「スリが多いから気を付けてね。その……平民のスリなんかはフロウウェンなら大丈夫でしょうけど、身を窶したメイジのスリもいるから」
「確かに魔法を使われたら防ぎようがないな。せいぜい自然体で振舞うことにしよう」
あちこちを伺っていては自分から大金を持っていると喧伝して回っているようなものだ。
「なるほど。確かにそっちの方が賢いわね」
世間知らずのルイズはそんな事でさえ感心してくれる。しばしば感情的になりやすく、そうなると周りに目が行かなくなるという欠点はある。だが、平時ならこの通り。何故そうするかを逐一説明しなくても、察してくれる頭の回転の速さを持っていた。
ここ数日のルイズへの座学で、フロウウェンはルイズが秀才肌である事をよく理解していた。
それなのに原因不明の爆発で結果が伴わないというのは、ルイズにとって相当な苦痛だったのではないだろうか。努力には結果という正当な対価が支払われるからこそ、積み重ねる事に意義を見出せるのだ。
ルイズは努力に裏切られても、貴族であるという自負だけを胸に、四肢に力を込めて幾度も立ち上がったに違いない。だからこそ今日の飲み込みの速さがある。
テクニックを教えたのは、公に使えずとも正解だったと思う。ルイズにはまず、努力の報酬という当たり前の事を教えてやるべきだ。
「こっちよ」
ルイズの後に続いて、狭い路地に入っていく。
「これはまた……」
饐えたような臭いが漂い、ゴミと汚物が転がっている。その光景にフロウウェンは苦笑した。中世の町に衛生観念を期待していたわけではない。
魔法で栄えるハルケギニアにおいても市井の人々の生活や辿る歴史の過程というのは、そう大きくは変わらないらしい。
「だからあんまり来たくないのよ」
四辻に出てきょろきょろと辺りを見回すルイズ。剣の形をした看板を、目ざとく見つけたフロウウェンが言う。
「あれではないのか?」
「あ。そうよ。あれだわ」
ルイズは嬉しそうに言うと小走りになった。
「早く早く! ヒース!」
「慌てなくても店は逃げんよ」
そんなやり取りをしながら店の中に入っていった。
二人を物陰から見詰めていた、キュルケがぼそっと呟く。
「何か、仲のいい親子みたいだわ」
「…………」
タバサは小さく頷いた。ルイズ達に注視していたキュルケは気付かなかったが、いつもは無表情なタバサの瞳には、憧憬と悲しみの入り混じった感情が、微かに浮かんでいたのだった。
「うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるような事なんてこれっぽっちもありませんや」
店に入ってきたルイズをじろじろと見るなり、開口一番、ドスの効いた声で店主はそんな事を言った。
「客よ」
「こりゃおったまげた! 貴族が剣を! おったまげた!」
ルイズの言葉に店主が大仰に驚いてみせる。
「どうして?」
「いえ、若奥さま。坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになると相場は決まっておりますんで」
「兵隊は剣であるなら問題はなかろう。使うのはオレだ」
店内に視線を巡らしながら、フロウウェンが言う。
「へえ。旦那が剣を?」
店主はフロウウェンの爪先から頭のてっぺんまで、じろじろと不躾に眺めた。
随分と変わっているが、身体付きがよくわかる服装をしていた。鍛え込まれた無駄のない、しかも俊敏に動作するには邪魔にならないという、理想的な筋肉のつけ方をしている。年若い傭兵でもなかなか見ないだろう。
「わたしは武器の事なんてよくわからないんだけど……ヒースはどんなのがいいの?」
「できるだけ大きな大剣だな。刀身だけで最低でも大体1メートル以上……いや、こちらの世界では1メイルだったか。それぐらいは欲しい。昔使っていた大剣が両刃だったから同じく両刃なら言う事は無いが、別に片刃でも構わない」
「刀身だけで、ですかい? ずいぶんと自信がおありのようで」
店主は店の奥に消えていく。そして立派な大剣を油布で磨きながら戻ってくる。
「これなんかいかがです?」
1メイル50サントはある。柄や拵えに宝石が散りばめられ、鏡のように輝く刀身を持つ、立派な剣だった。
「店一番の業物でさ。貴族のお供なら見た目にも拘りたいものでしょう。最近じゃ貴族の間で下僕に帯剣させるのが流行ってるって話ですから、これならば他の連中に見劣りしやしませんぜ」
「貴族の間で流行っている?」
「へえ、何でも最近、このトリステインの城下町を盗賊が荒らしておりまして」
「盗賊?」
「そうでさ。何でも『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊が貴族のお宝を盗みまくってるって噂で。貴族の方々は恐れて下僕にまで剣を持たせる始末でして」
「ふうん」
盗賊の話に興味が無いルイズは、主人に話をさせながらも煌びやかな剣をじっと凝視していた。
その大剣を持ったフロウウェンを想像してみる。うん。意外に悪くないのではないか。
「少し拝見させてもらおう」
言って、フロウウェンは大剣を片手で軽々と持ち上げた。その光景に店主が目を丸くする。剣の重さなど知らないルイズは特に驚かなかった。
「こ、こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師、シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって両断できますぜ」
店主の太鼓判をバックに、フロウウェンは柄側から先端を見たり握りを確かめたりしていたが、
「駄目だな、これでは」
と言い切った。
「ど、どうしてですかい?」
「どうしても何も、これは装飾用だ。華美な装飾に凝る余り、柄頭も鍔も衝撃に弱そうだ。刃の部分も今ひとつしっくりこない」
「こ、これはあのシュペー卿の……」
「……もっと実戦向きのものがあるだろう。魔法が必要なら、元がしっかりした物に改めてかければいいだけの話だ」
「あっはっはっは! じーさん! あんたの眼鏡に適うような武器は、こんな店じゃ売っちゃいねーよ! 悪いこたぁ言わねえ。他を当たりな!」
唐突に主人のものでもフロウウェンのものでもない、男の声が響いた。
ルイズがぎょっとして店内を見回すが、他に人影は無い。乱雑に積み上げられた剣の方から、声が聞こえるばかりだった。
剣の山に近付いたフロウウェンがそれを目に留める。
「剣が言葉を話すとはな……」
「デル公! お客様に妙な事言うんじゃねえ!」
「うるせえや! 客が金持ちと見りゃ、みてくれだけのガラクタ売りつけてるってのはほんとのこった!」
「なっ、なんだとお!?」
店主が顔を真っ赤にした。
「イ、インテリジェンスソード?」
ルイズが当惑した声を上げる。
「そ、そうでさあ。このデル公はやたら口が悪いわ客への礼儀はなってないわで閉口してまして……やいデル公! あんまりうるせえと、貴族様に頼んで溶かしちまうからな!」
「おもしれえ! 上等だ! どうせもうこの世には飽き飽きしてたんだ! やってもらおうじゃねえか!」
売り言葉に買い言葉でヒートアップする二人を尻目に、フロウウェンはぽつりと呟く。
「デル公とはまた……」
何の因果かと思った。D型亜生命体群の一部に、デルセイバーやデルディー、デルデプスにデルバイツァ、デルリリーなどの名前を冠されたモノがいるのだ。デル何某というのはD型を象徴するような名前だった。
「デル公じゃねえ! デルフリンガーさまだ!」
その呟きが耳(?)に届いたのか、自分の名前を訂正するデルフリンガー。
「ますますそれらしい名前だな」
と苦笑する。半人半馬型のD型亜生命体高等種に、ダークブリンガーという名称の大物がいるのである。
何とはなしに、親近感のようなものを感じてデルフリンガーを手に取った。
片刃の大剣だが長さは申し分ない。刀身が細く薄い。表面に錆が浮き、全体的にくすんだ色をしていた。緩やかに曲線を描く刃はそれでも充分な切れ味を残しているようだ。
手に取られたデルフリンガーは言葉を止める。フロウウェンは己が剣に観察されているように感じた。
「……おでれーた。じーさん、『使い手』の仲間か。しかもおめーは……なんだ? よくわからねーが悪寒がするぞ」
「使い手?」
訝しむフロウウェンにデルフリンガーが答える。
「『使い手』ってぇのは……あー……えーっと。何だ。忘れちまった」
「何よそれ。全然ダメそうじゃない。壊れてるんじゃないの? このインテリジェンスソード」
「失礼だな、貴族の娘っ子。こう見えてもおれは6000年生きてるんだ。忘れる事の一つや二つだってあらあ」
「6000年って……胡散臭いわ」
ジト目で見やるルイズ。
「面白い。これにしよう」
とフロウウェンが言い出したので、ルイズは思わず眉を顰めた。
「そんなのでいいの? 両刃じゃないし、錆びてるじゃない」
「錆びてはいるが、実用的だ。インテリジェンスソードとやらなら、メイジとして研究用や資料的価値などの側面から実利主義を取ったのだと言い張る事もできるしな」
「剣の事はわからないけど……確かにインテリジェンスソードなら格好はつくわね」
「おい。おれ抜きで勝手に話を進めるんじゃねえ」
「持つのがオレでは不服か?」
「そうじゃねえ。そうじゃねえが、なーんか嫌な予感がするんだ」
その後暫くぶつぶつと言っていたが、
「……まあいいか。剣は使われてなんぼだからな」
やがて納得したのかデルフリンガーは静かになった。
「これ、おいくら?」
「普通そのサイズの大剣はどんなのでも二百はするんですが、そいつぁ百で結構でさ。ほとほとうんざりしてたとこなんで」
主人は代金を受け取ると剣を鞘に収めてフロウウェンに手渡す。
「毎度。煩いと思ったらこうやって鞘に収めれば大人しくなりまさあ」
そして二人で武器屋を出る。
それからフロウウェンは視界の端に何かを捉え。小さく溜息をつくと誰に言うとでもなく往来に向かって言った。
「さて。そろそろ姿を見せてくれても良いと思うが」
「え?」
ルイズが首を傾げて、フロウウェンの視線の先を追う。
ほんの少しの間を置いて、物陰からばつが悪そうにキュルケが顔を出した。隣にはキュルケと時々つるんでいる青い髪の少女、タバサがいた。
「キュルケ!? なななななんでこんなところにいるのよ!?」
「あ、あたしがどこで何をしてようと勝手じゃないの」
いつもは余裕のキュルケだったが少々焦りの色が見え隠れしていた。対するルイズは思い切り動揺していた。
「ミス・ツェルプストーだったかな。学院からつけてきたのだろう?」
数日前から誰かから視線を向けられている事には気付いていたが。
「あら。他人行儀なのは嫌ですわ。キュルケってお呼びになって。お・じ・さ・ま」
色気過剰の仕草でしなを作ったキュルケが言う。
「お、おじさまだと?」
珍しくフロウウェンが狼狽した。
「こっ! こぉの色ボケ! 誰の使い魔に色目使ってんのよ!?」
その一言だけでツェルプストー家への怨恨募るヴァリエール家の一員であるルイズは、正しくキュルケの目的と用件を察したらしい。フロウウェンを庇うように彼の前に立ち塞がる。
「大体あんた、二十年若ければなんて、失礼な事言ってたじゃない!!」
「それはあの時のあたし。今はあたしは新しいあたしなの。ダンディズムって素敵よね」
ぽっと顔を赤らめるキュルケ。
「なななな……」
キュルケに指を突きつけてわなわなと震えるルイズは爆発寸前だ。
「やーね。人を指差すなんて失礼だわ」
「☆Ф△£@~~!!?」
爆発した。そのまま二人は人目も憚らずにぎゃあぎゃあとやり合い始めた。
こうなってはルイズを宥める事はフロウウェンには出来ない。
事情を問おうにもキュルケはルイズにかかりっきりだし、しかもフロウウェンにとって彼女は未知のタイプだ。
だから消去法で、フロウウェンはタバサに問うた。
「あー。すまないが事情を説明してもらえないか」
「あなたに興味があった。だから後をつけた」
こちらの少女の言葉は簡潔だ。
だからルイズは誤解する。
「そっちのもか!」
ぎんっ、と瞳から燐光を放たんばかりのルイズが、タバサをキュルケの同類と判断して睨みつける。しかし若きシュヴァリエは修羅場には慣れたもので、それを平然と受け流していた。
「興味だと? オレの何にだ」
「主に、戦闘技術」
「あたし! あたしは違うわよ! おじさまのハートを射止める為に」
「待ちなさいキュルケ! まだ話は終わってないわよ!」
収集が付かなくなってきた。裏通りだから人通りは多くなかったが、ちらほらと野次馬が集まり始めている。
傍から見ればフロウウェンを巡って、ルイズとキュルケの痴話喧嘩に映るだろう。
さすがに思い留まったが、フロウウェンはこの場からリューカーでルイズの部屋まで逃げようかとすら思った。
どうしたものか、と思案にくれていると、「お昼」と、タバサが言った。
「何がだ」
「お昼だから食事を取りながら話し合う事を提案する」
「もう好きにするといい」
フロウウェンはこめかみに手をやって目を閉じると嘆息したのだった。
むっとした表情のルイズ。喜色満面の笑みを浮かべるキュルケ。無表情で黙々とサラダを食べるタバサ。
そんな三人とテーブルを囲んで、フロウウェンは少しずつキュルケとタバサの話を聞いて、要点をまとめていく。
「それで、あの決闘でオレに興味が湧いた、と。要するにそういう事だな。数日前から誰かに見られていたのは分かっていたが、それもか?」
「使い魔」
と、タバサ。ルイズは使い魔とその主人は視界の共有が可能だと言っていたか。
どうも二人に悪意は無さそうである。フロウウェンはまず、幾分かは組し易いと思われるタバサの方から話を振った。
「タバサ、だったか。オレに師事したいというのは何の為だ?」
「…………」
タバサは答えずにフロウウェンを見詰めた。話す気は無い、という事か。
しかし、瞳の奥に冷たい憎悪の欠片をフロウウェンは確かに見た。
どうもこちらは相当な訳有りのようだ。
だが、かなり危うい気がする。自分がその役割に相応しいとも思えないが、彼女には信頼のおける人間が周りにいなくてはならないだろう。でなければ―――この少女はきっと死に急ぐ。
「そっちについては、オレは構わないと思っている。ルイズさえ良ければの話だが」
分かっていて見捨てるのはフロウウェンの性分ではない。
「わ、わたし?」
急に判断を求められて、ルイズは戸惑う。
タバサの事は、良く知らない。いつも本を読んでいる勉強家、という印象だ。
ただ、彼女は自分を一度もゼロと揶揄した事がない。
でもキュルケの友達だ。
ツェルプストーは敵だ。
でもタバサは自分を馬鹿にしない。
葛藤していると、タバサがルイズに頭を下げた。
「う……」
「ルイズ。あたしからも頼むわ」
キュルケが言った。タバサが少しだけ驚いたような面持ちでキュルケの横顔を見上げる。
タバサは何も話してくれないが、彼女が何か問題を抱えている事を、キュルケは薄々ではあるが知っていた。
「あ、あんたは駄目よ!」
「勘違いしないで。タバサの事よ」
何時になく真面目なキュルケに、ルイズは気圧される。如何にも分が悪い。タバサには何の恨みもないし、ここで断ったら自分が悪者のようではないか。
「わっ、わかったわよ! いいわよっ!」
半ば自棄になってルイズは叫んだ。
「…………」
タバサは再度頭を下げた。
「ツェルプストーは駄目だからね!」
「それなんだけど、やっぱり自分の使い魔であたしがツェルプストーだから近付く事も許さないというのは、やっぱり変だわ」
先程の真剣なキュルケはどこに行ったのか。いつもの余裕を湛えた笑みで言う。
「どうしてよ!」
「だって、おじさまは使い魔である前に人間でしょう? そこに自由意志はないの?」
「そ、それは……っ」
正論で出られるとルイズは弱い。
それを否定するというのはフロウウェンの意思を尊重しないという事であって。
彼の意思を尊重しないという事は自分はコーラルの人間と同じ卑怯な輩という事だ。それは貴族ではない。
ルイズは困ってしまってフロウウェンを見る。難儀な性格だ、とフロウウェンはルイズに同情する。
正直な所、フロウウェンもキュルケの扱いに困っていた。
「オレはこの通りの老いぼれだ。今更恋愛沙汰もあるまいよ」
「あたしは歳の差なんて気にしませんわ。つれない殿方を振り向かせるのもまた恋愛の醍醐味ですもの。今すぐ愛に応えていただけなくとも、あたしの事を知り、思いを分かってもらう為の時間と機会ぐらいはいただきたいわ」
と、こうなのだ。流石にそれを駄目とは言えない。
それを横から見ていたタバサが言った。
「提案がある」
虚無の曜日であろうと当たり前のように陽は沈み、ハルケギニアを赤く染める。陽の光は山際の端に最後の輝きを残して、やがて完全にその身を隠した。
生徒達は一人二人と寮へ帰っていき、中庭の人気が無くなって行く。
そして誰もいなくなった頃、ようやく彼女の時間がやってきた。
トリステイン魔法学院本塔。二つの月明かりに煌々と照らされたそこに、昨今トリステインを騒がせている悪名高き大盗賊、『土くれ』のフーケの姿があった。
本塔五階。宝物庫の外壁に対して垂直に立って、足の裏で壁の厚さを測っているのだ。土のトライアングル・メイジであるフーケならではの芸当だった。
「物理衝撃が弱点ですって? あのコッパゲ……こんなに分厚い壁、どうしろっていうのよ!」
コルベールは何も悪くないのだが、絶望的な状況についつい毒づくフーケ。
強力な『固定化』の魔法が外壁に掛けられている為に、フーケの使う『錬金』はこの壁には通用しない。例え自分がスクウェアクラスだとしても、この『固定化』を破るのは無理だろう。
だから物理衝撃が弱点というコルベールの意見は概ね正しかった。しかし、自分のゴーレムが殴りつけてもこの分厚い壁を突破するのは至難の業だ。
まさに難攻不落、だった。
「かといってあれを諦めるわけにゃあ、いかないねぇ……」
セクハラに耐えながら聞き出した、トリステイン魔法学院の宝物庫で一番の目玉だろう。裏で売ればどれだけの値がつくか知れない。
腕組みして、外壁突破の手段を考えていると、人がやってくる気配がした。
軽く外壁を蹴って、フーケのしなやかな肢体が月夜に舞う。『レビテーション』を唱えて落下の勢いを殺すと、ふわりと音もなく地面に降り立ち、猫を思わせる俊敏さで近くの植え込みへと姿を隠した。
中庭に現れたのはフロウウェン、ルイズ、キュルケとタバサの四人だった。
タバサの魔法勝負という提案が全員一致(デルフリンガー除く)で了承されたのだ。
陽が落ちて、人気がなくなってからトリステインの中庭で執り行う事にも決まった。
タバサは風竜に跨ると、デルフリンガーにロープを括りつけ、それを本塔の高い所に吊るした。
そして屋上に立ったタバサが魔法でデルフリンガーを振り子のように揺らす。
「この扱いはひでーよ」
と、デルフリンガーがぼやくが無視された。器物の悲しさよ。
「準備はよろしくてヴァリエール? この線より外側に立って交互にロープに魔法を掛け、先にあのインテリジェンスソードを落とした方が勝ち」
と、地面に引かれた線と、デルフリンガーを交互に見やるキュルケ。
「わたしが勝ったらツェルプストーは今後わたしの使い魔にちょっかいを出さない」
「あたしが勝ったら、あたしの行動の自由を認める。いい条件ねぇ」
「確認するわ。使う魔法は自由よね」
「ええ。あたしは後攻で構わないわ。それくらいのハンデはあげないと勝負にならないもの」
余裕の笑みを浮かべるキュルケとは対照的に、ルイズの表情は固かった。
最早フロウウェンは成り行きを見ているしか出来ない。
キュルケは……どうもペースが乱されるので苦手だ。
だがそれとは別の所で、不倶戴天の敵と認めるルイズに、友人の為に頼み毎をする潔さがあるし、ルイズをからかうその態度には、他の生徒達のような陰湿さは感じられない。
だから、勝敗の行方はそこまで気にはならなかった。当人達が納得できるようにすれば良い。
「じゃあ、どうぞ」
ぶつぶつとぼやきながら振り子運動を続けるデルフリンガーと、それを吊るすロープを親の仇のような目でルイズは凝視する。
何の魔法を唱えるべきだろう。昨日のフロウウェンとの修行で、自分の魔法が失敗してしまう原因は分かった。だからその問題点が解決されない限り、成功は臨むべくも無い。
成功例といえばグランツなのだが、あの距離で動くロープを、正確に狙えるかどうか。
いや、それ以前にキュルケやタバサに見せていいものなのだろうか。
二人の口は恐らく軽くはないが、明らかに系統魔法ではないグランツを見せたら、追究は必至だ。
テクニックという概念に納得してくれたとしても、そもそも魔法ですらないのだから間違いなく反則扱いされる。せめてフォイエが使えたらと思うが、それでもフロウウェンの目からは反則だと丸分かりである。
筋を通そうとするフロウウェンには軽蔑されるから、それは本末転倒。どう考えてもテクニック使用の線は論外だった。
で、結局一回りして系統魔法に帰ってくるのだが、『土』と『水』の魔法は遠距離からの狙撃には向いていないので駄目。消去法で『火』か『風』という事になる。
「当たりさえすればいいの。当たりさえすれば……」
ルイズは杖を構えて深呼吸をすると詠唱を開始した。使う呪文は『ファイヤーボール』。
が、現時点ではどうしても爆発になる以上、『ファイヤーボール』であれ、『エア・ハンマー』であれ、気分の問題でしかないだろう。
どうせなら相手の得意とする分野で勝ってやる!そんな気概がルイズに『火』を選択させた。
詠唱の完成と同時に杖を振るえば―――
果たして杖の先から炎の弾は放出されなかった。代わりに本塔の外壁を直撃、というか爆発させる。 ロープは何ともなかったが、外壁にヒビが入っていた。
「ゼロ! ゼロのルイズ! ロープじゃなく壁を爆発させてどうするのよ!」
キュルケが腹を抱えて大笑いする。
「くっ……!」
悔しそうにルイズは膝をついた。フロウウェンに無様な所を見せてしまった。
フロウウェンは落ち込むルイズを見て苦笑した。正々堂々と戦ったルイズを無様だとは思わないが、彼女の気持ちは分かるのだ。
「さて、あたしの番ね」
キュルケは余裕の表情だ。狩人の目でロープを見据える。短くルーンを唱え、杖を突き出した。使う魔法は『ファイヤーボール』。キュルケの得意とする魔法だった。
杖の先からメロン大の火球が生まれ、デルフリンガーを吊るすロープ目掛けて飛ぶ。それは狙いたがわず命中し、ロープを燃やし尽くした。
屋上にいたタバサが杖を振ると、ふわり、と浮かんだデルフリンガーがフロウウェンの手元に戻る。
「やな予感が当たったじゃねーか」
「こういう事もある」
デルフリンガーを宥めながらフロウウェンは鞘に収めた。
「あたしの勝ちね! ヴァリエール!」
「ううっ」
いいもん。どうせキュルケなんかにフロウウェンは靡かないもん。
と、心の中で呟きながらも、すっかり落ち込んだルイズは中庭の草の毟り始めた。
フーケは植え込みの中から一部始終を見ていた。
ルイズの魔法で、外壁にヒビが入ったのを見届ける。
いったいあの魔法は何だったのだろう。唱えた呪文は『ファイヤーボール』だったが杖の先からは何も放たれず、突然外壁が爆発した。前代未聞だったが、今はその事よりも壁に入ったヒビの方が重要だった。
このチャンスを逃す手は無い。フーケは呪文の詠唱に入る。長い詠唱だった。
「残念ねえ。おじさまを独り占めできなくて」
高笑いするキュルケ。ルイズは言い返す気力もないのか。只管草を毟り続けていた。
キュルケが嬉々としてフロウウェンの元へ駆け寄ろうとしたその時である。
背後に異様な気配を感じて、振り返る。
「な、なにこれ!」
キュルケは我が目を疑った。
それは全長30メイルはあろうかという、巨大な土ゴーレムであった。それが真っ直ぐこちらへ歩いてくるではないか!
「きゃあああ!」
流石に度肝を抜かれたのか、思わず悲鳴を上げて逃げ出すキュルケ。
一方、突然現れたので驚いてはいたが、巨大ゴーレムをその動きから敵対的であると判断したフロウウェンは、ルイズの位置とその安全を確認する。
そしてデルフリンガーを引き抜き、身構え……ようとした。
「ぐっ!?」
急に呻いて胸を押さえ、膝をついてしまう。
「おい! じーさん! どうした! おい!」
目の前の展開についていけず、呆気に取られていたルイズだったが、デルフリンガーの声で我に返ったらしく、フロウウェンに駆け寄る。
「ヒ、ヒース!? どうしたの! ねえ!」
「来るな! 来るんじゃない!」
苦悶に顔を顰めながら、フロウウェンは怒鳴った。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! 早く逃げないと―――」
フロウウェンに肩を貸そうとする。早く逃げないと潰されてしまう。そう言おうとして振り向いて、ルイズは振り返った事を後悔した。
巨大な質量の物体がゆっくりと落ちてくる。それは土ゴーレムの足だ。
さあっと血の気が引いていくのが分かる。と―――
「きゃあっ!?」
ルイズはフロウウェンに突き飛ばされていた。思わず目を閉じ、そして開いた時。
巨大な質量のゴーレムの足が、フロウウェンのいた場所を地響きと共に押し潰していた。
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