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&setpagename(第16話 王女 前編)
幸いにしてルイズ達は、フリッグの舞踏会にぎりぎりで間に合うことが出来た。
「ほら、なのは、急いで。このためにわざわざドレスも作ったんだから!」
「お、お気持ちはうれしいですけど、私、こちらのそういうマナーは」
「難しいこと考えなくてもいいの! 半分はそういうマナーを覚える場でもあるんだから」
私服を見繕うための外出時、ちゃっかりドレスも発注していたルイズ。
その時点ではとりあえず公爵家として恥にならないように、程度の気持ちでしかなかったが、お針子達が腕を振るってくれたこともあって、思わぬサプライズプレゼントになった。
元々素材は悪くないなのは。ただ普段は仕事の方に頭が向いていて、身だしなみもどうしても最小限になりがちなところがある。それをメイド達がよってたかって磨き上げたものだからちょっとした麗人に化けてしまった。
おかげでなのはは学院の教師陣にモテモテとなってしまった。前にも言ったが、この学院はその性質上、20代前半の女性の数が少ない。生徒達に誘いを掛けるわけには立場的にも年齢的にも行かない男性教師陣が、ミス・ロングビルとなのはに殺到したのである。
なのはが名前もよく知らない男性教師と拙い踊りをしている脇では、ミスタ・コルベールがミス・ロングビル相手に感極まっていたりする。
ルイズを誘う男も何人かおり、一応相手をしたものの、彼女の内心はくだらなさで一杯だった。
なんというか、歪んだ優越感が丸見えなのである。自分は魔法の使えない(と思われている)ゼロで、それでいて身分は王族に次ぐ公爵。見た目だって胸はないと思うけど悪くはないはず。
馬鹿な男が、そんな自分に対してどんな目を向けてくるかなど、丸わかりだ。
ルイズは自分のことをそう冷静に分析する。そしてふと思う。なのはが自分の使い魔になってくれなかったら、こんな冷静ではいられなかっただろうと。
自分を保ちきれず、今こうやって見苦しいとしか思えない誘いを掛ける男に対して、『光栄ですわ』などと言う空々しい笑みを浮かべて相手をするなんて出来なかったに違いない。
今のルイズには、こんな手合いは軽蔑することすら馬鹿馬鹿しいとしか思えない。
まだ召喚から一ヶ月も経たないうちに、ルイズのまわりにはいくつもの信じられない出来事があった。
平民かと思った使い魔は実は異国のメイジ(しかも凄腕)で。
自分の失敗魔法が実は単なる失敗とは別物だと看破して。
念話とか、魔力だとか、今までにないものの見方を教えてもらって。
その延長上で、タバサなんか魔法の複数同時使用が出来るようになっちゃって。
取り逃がしたとはいえ、『土くれのフーケ』を撃退し、
それどころかエルフにすら勝っちゃって。もっともよけいな敵を作っちゃったみたいだけど。
……ちょっと思い起こしただけでも無茶苦茶だ。
そしてそんな中、自分には余裕が出来た、とルイズは思う。
キュルケのことが嫌えなくなってきた。からかわれるのも喧嘩になるのも相変わらずだけど、もう滅ぼすべき宿敵には見えない。そう、あれは『ライバル』というものなんだって判ってしまった。
キュルケがツェルプストーとしてヴァリエールに勝ちたいというのは紛れもない本心だろう。だけれども、そのためには相手が強者じゃなきゃ意味がない。そのことが判るようになった。
自分が自分を誇れないようでは、ツェルプストーにとっては倒す価値すらない存在でしかない。それはルイズにしても同じ事。ただキュルケは最初からその価値がある存在だっただけ。
それに比べて、こうして自分を誘いに来る男達の低レベルな事といったらなんだ。
本当にまともに相手をすることすら馬鹿馬鹿しい。
こいつらは自分のことを、高嶺の花なのにそれでいて自分より劣るという、優越感をことのほか満たしてくれるアクセサリーとしか見ていない。
身分はおまえの方が上でも、貴族としては僕の方がより優れているぞと言う、ちっぽけすぎるプライドを満たすための道具としてしか。
敵と認識することすら憚られそうな小物だ。怒ることすらこいつらには勿体ない。
ルイズは本気でそう考える。今のルイズには理解できる。
相手に怒りを覚える理由は二つ。不倶戴天、どうしても抹殺しなければならない敵か、将来に期待すべき人物か、そのどちらかなのだと。
怒ること、そして叱ることの裏には、相手に対する期待があったのだと。
相手にする価値のない小物には、怒る気すら浮かばないのだと。
それが判ってしまったルイズには、世の中が全く別物に見えるようになってしまった。しまっていた。
そのことを今日、こうして舞踏会に出てみて、ルイズははっきりと自覚した。
なのはを使い魔と為し、駆け抜けるように生きてきたこの一月、ルイズの周りにいたのはほとんどが『判っている人物』だった。だから自分のものの見方が変わっていたことに、ルイズは気がついていなかった。
だがこうして、舞踏会という、今までの日常に近い場に接した時、その違いがまざまざとルイズの前に浮かび上がったのだ。
それはルイズが、わずかな時間のうちに、『本当のプライド』というものがどんなものかを、きちんと理解していた証であった。
エルフの敵対宣言は気になったものの、こうして学院に帰還して日常生活が始まると、そんなことはまるで夢だったかのように思えてくる。
ルイズ達は、再び昨日と変わらぬ今日を、そして明日を思う生活に没入していくかに思えた。
些細な違いはある。
夜の魔法練習もいつの間にか復活していた。ただ、その内容は大いに進化していた。
タバサが魔法に対して、ある種の『悟り』を得たのが大きかった。いまタバサは、なのはと空中戦の練習をしている。もちろん、空戦能力を会得したタバサといえども、十年近い蓄積を持つなのはに及ぶべくもない。
だがそれだけに、教わることは山ほどあった。
もっとも残念なことに、タバサの精神力が続かなかった。スクエアクラスの土メイジが黄金を練金しようとしても、月に一度、ごく微量しか練金出来ないといわれている。つまり、スクエアになったといえ、大きな魔法を連発していると回復が追いつかなくなる。
ましてやタバサの会得した自在空戦は、黄金の練金に比する高度なフライを使う。必要な精神力も半端ではない。
そのためタバサは普段は魔法の使用を極端に節約するようになった。授業などでも無駄な魔法は一切使用せず、移動も出来るだけ歩くようにしている。
気軽にフライで飛んでいるクラスメイトからは怪訝な目で見られるようになったが、いつしかその理由が、『ゼロのルイズにあわせている』になっていたのを知った時はさすがに苦笑していた。
「いらない迷惑を掛ける」
と頭を下げたタバサに対して、ルイズはむしろおもしろそうに笑っていた。
「それはいい理由ね。気にしなくていいわ。むしろ遠慮無く利用していいわよ」
そんなルイズとタバサの様子を見て、キュルケの顔もゆるむ。二人とも成長した、と年長者としての自分が喜びの声を上げる。
ルイズはほんの一月の間に本当に強くなった。焦りと自虐でずたずたになっていた精神が、見違えるようにたくましくなっている。
あれこそがツェルプストーにとっての宿敵、ヴァリエールなのだと、キュルケも心から思う。強く、魅力的だからこそ、勝ちたくなる。過去自分の先祖が、彼らの思い人を奪った気持ちが、キュルケにも理解出来た。
最初は、あんな軟弱には勿体ないから、だと思っていたのだ。だがそんな程度のことに何故先祖が情熱を燃やしたのかが、いまいちキュルケには判らなかった。
だがあれなら。あの見ているだけで眩しいヴァリエールなら。
その思い人もまた、それにふさわしい輝きを放っていたに違いない。
だからこそ奪いがいがある。自分がその上を行くことを示す証になる。
確かに情熱を持って立つツェルプストーの所行にふさわしい、とキュルケにも理解できた。
そしてタバサ。
友となっても、最後の壁を崩すには至っていなかった。時間さえあれば崩せた、ということはキュルケにも判る。
だが、それを自分より先に崩したのはなのはだった。
自分がなのはに負けたわけではない。むしろ偶然だろう。
タバサに必要だったのは、『圧倒的な力』だったのだ。
タバサを縛っていた壁を、自分は精神的なものだと思っていた。だが実際はむしろ物理的な要因だった。
彼女を取り巻く環境が、彼女に心を開くことを許していなかったのだ。
そしてなのはは、その圧倒的な力でタバサの壁を破砕した。力の名は『希望』。
『力が足りない』というタバサを押さえていた最後の壁を、彼女はその桁違いの力で粉々にしてしまった。
なのははエルフにすら勝ってしまう異界の魔導師である。その力そのものは求めても無意味だ。それは自分もタバサもきちんと理解している。だが問題はそこにあったのではない。
そういう力が存在していた。それこそが鍵であった。
力不足が悩みとなる時、最大の障害は『限界』である。
自分がこれ以上強くなることは出来ないのではないか。
相手にどうやっても勝てないのではないか。
そういう思いは、たやすく絶望という名の終局に変化する。タバサは九分九厘そこにはまり込んでいた。たとえキュルケでも、そこからタバサを引っ張り出すことは出来ない。
そこになのはが、『可能性』を提示した。まさに特効薬だった。
なのはに指導者としての才があったことも幸いして、見事にタバサはそこから抜け出し、今彼女は一段階上の領域にたどり着いた。
今の彼女には希望がある。自分の思っていた『限界』など、単なる思い込みに過ぎないことが判っている。
それがタバサの封印を解いた。ぶっきらぼうで無表情なのは相変わらずだ。でも、今のタバサは微笑む時がある。ふくれる時がある。すねる時がある。
友として最高に喜ばしいことだった。だが。
(私もたどり着かないとね)
キュルケは強く思う。タバサと友でいるためには、自分も彼女の領域にたどり着く必要がある、と。
友とは対等なものだ。それはキュルケにとって何より大切な信念。貴族としての誇り。
それ故今日もキュルケは、なのはに教えを請う。
自分たちとは違った見方の出来る、異界の魔導師に。
だが、現実というものは非情なものである。
きっかけは、ある意味些細で、ある意味とてつもなく重いものだった。このまま続くと思っていた日常は、たやすく破壊されることになった。
「最強の系統とは何か判るかね?」
前座を務めることになったのは、風の系統を担当する教師の不躾な言葉であった。
「虚無ですか?」
生徒達から上がった答えに、教壇に立っているミスタ・ギトーは不機嫌そうな返答をした。
「現実での話だ。そうだな--ミス・ツェルプストー」
ギトーはキュルケを指名した。
キュルケは自信を持って答える。
「そんなモノは存在していませんわ」
その答えにギトーは意外そうな顔をする。
「何故そう思うのかね」
「攻撃するだけなら最強なのは『火』でしょう」
優雅とも言える態度のまま、キュルケは答える。
「ですが火を以てしても燃やしきれない土もあれば、水によって消されることもあります。強さなど状況と個々の力量によっていかようにも変わるもの。単純に系統のみを比較する事など無意味ですわ」
「ほほう、中々うがったものの見方だな」
少し感心したようにギトーは答える。
「だがあえて訂正しよう。最強を選ぶとすれば、それは『風』に他ならない」
それを聞いてキュルケの眉がひそめられる。
「たいそうな自信ですわね。証明できますの?」
「出来るとも。試しに君の得意な魔法で私に掛かって来たまえ」
あくまでも自信満々なギトーの様子に、キュルケの目がついと細まる。
「判りました。これは決闘に準じると考えてよろしいでしょうか?」
つまり怪我をさせても不問とする、ということだとギトーは受け取った。それは彼にとっても予想の範囲内であった。
故に彼は答えた。
「かまわんよ。遠慮無く来たまえ」
その言葉を受けて、キュルケは立ち上がって席を立ち、他の生徒から離れたところで詠唱を開始した。
「あーあ、ギトー先生、かわいそうに」
ルイズが心底から哀れむようにつぶやく。
「勘違いしているのは明白」
タバサもぼそりとつぶやく。
「同感。まるで判ってない」
ギーシュが頷けば、
「私には判らないけど、そういうものなの?--あ、なのは、ごめんなさい」
モンモランシーが何故かこの場にいないなのはに謝っている。
そのなのはは使い魔達のたまり場で、マルチタスクの練習をロビンを通じてモンモランシーに教授している最中だったりする。ギーシュも授業と並行してレイジングハート相手にワルキューレの模擬戦中。タバサもシルフィード相手にマルチタスクをより確実なものにしている。
ちなみにまだ練習を始めたばかりのモンモランシーは思考を独立して保つのが難しく、つい混乱してしまう。
一方キュルケは生徒達が邪魔にならないように位置を取ると、巨大な火球を練り上げた。杖が振るわれると同時に、直径一メイル近くにもなる火球は、真っ正面からギトーに襲いかかっていった。
ギトーは慌てたそぶり一つ見せず、口中で詠唱すると同時に、真っ向から斬りつけるように杖を振るった。
そのとたん烈風が巻き起こる。烈風は火球をあっさりとかき消し、その向こうにいたキュルケを--
キュルケはその場で地に伏していた。同時にギトーの手に痛みと熱さが走る。
「うおっ!」
その時すでに起き上がっていたキュルケが走り込んでくる。痛みと熱で思わず取り落とした杖が、あっという間にキュルケの手に収まっていた。
その動きはギトーが杖を落とすことをあらかじめ読んでいなければ出来ない動きであった。
「確かに風の魔法は強いようですけど」
思わぬ事に顔を真っ赤にするギトーに対して、キュルケは優雅な表情のまま答える。
「目の前の囮に気を取られて、本命に気がつかなければいくら強くても無意味ですわ。決闘に準ずる以上、私の勝ちですわね」
キュルケは巨大火球を使ってギトーの視線を遮ると同時に、次の呪文を詠唱していた。火球の呪文は元々打ち出してしまえば維持する必要がない。
唱えたのは実験中の改良型の火球。なのはのディバインシューターを見て影響された、誘導が出来る火球。
元々火球の呪文はある程度誘導できる。その要素を強めたところ、かなり自在に誘導できるようになったものの、その間集中していなければならないことと、囮に使った巨大火球と同じ精神力を使って作れる火球が握り拳よりも小さいものでしかないのが問題だった。
だが要は使いようである。キュルケには馬鹿正直に真正面から火球をぶつければ、ギトーの実力なら風で蹴散らすことぐらい読めていた。伊達にタバサと喧嘩したわけではない。
今でもたまにタバサの訓練のために、なのはと共同で相手になっているのだ。実力ある風の使い手が火を吹き消せることくらい熟知している。
だから火球を囮にした。ギトークラスの実力者なら、この位置取りなら火球に対抗すると同時に自分に対しても風をぶつけてくるはず。それを見越してあらかじめ伏せると同時に、誘導火球で相手の手の甲を狙った。
火球がかき消された時、ギトーがこちらの意図に気づいていないのが見て取れた。タイミングを計り、彼の風が自分の上を通過するのを見計らって、相手の死角から誘導していた火球をぶつける。
その計は見事にはまった。自分でも会心の出来だ。すかさず立ち上がり、彼の落とした杖をその手に収めるまでいけた。
蹴飛ばして遠くにやる程度までしか考えていなかったのだが。
思わぬ不覚にギトーの顔が歪み、授業の雰囲気が悪くなりかけたが、そこに時の氏神が現れた。
カツラをはじめとして、まるで王宮に伺候するかの如く着飾ったコルベールが、突如教室に乱入してきたのだ。
「えー、皆さんに緊急のお知らせです」
そのおかげで、険悪な雰囲気があっさり消し飛んだ。
「先ほど前触れの連絡がありました。恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ妃殿下が、我らがトリステイン魔法学院に行幸なされます。そのため、これよりお出迎えの準備に取りかかりますので、授業はすべて中止となります」
教室内にざわめきが走った。
「これは皆さんがどれだけ成長したかを王家に見せる貴重な機会です。指示に従い、礼儀正しい貴族としての態度を取ることを期待します。追って連絡がありますが、それまできちんと杖を磨いていてください」
そういうとコルベールは、ギトーを引き連れて退出していった。
アンリエッタは憂鬱であった。
馬車の外には、たくさんの民衆が自分たちの乗った馬車を見つめている。
芳紀十七歳、薄いブルーの瞳とすっと通った鼻筋の美女は、そのかんばせに似合わない影を纏わせていた。
細い指が、水晶の付いた杖を所在なげにいじっている。誰が見ても、明らかに深い悩みを抱えているのがありありと判った。
「王族たるもの、あまりため息をつくものではござりませんぞ」
隣の座席に座るのは、髪も髭も白い、やせているというよりむしろ筋張ったという方がふさわしい、初老の男であった。
実は彼、まだ四十強で老人というには早い年齢である。だがその身に押し寄せる責務が、彼を明らかに十は老け込ませていた。
身なりは灰色のローブに司祭帽。明らかに僧形である。
名はマザリーニ。その姿の示すとおり、彼の身分は枢機卿であった。
かつては次期教皇ともいわれた彼が何故トリステインで政務を執っているのかについては割愛する。実際問題として、彼がいなければトリステインの政務が崩壊することは王妃も妃殿下も十分承知している。
だが、そのありがたさが感謝に直結するとは限らない。
アンリエッタは自分の身の上を考えて、またため息をついた。
自分は彼の進言によって、ゲルマニアに嫁がねばならない。
それがトリステインのために必要ならば、それを拒むことは出来ない。
マザリーニは語る。今隣国のアルビオンで起こっている『革命』は、このまま行けば始祖の時代からの王家であるテューダー王家を打ち倒すであろうと。
もしそうなれば、次に彼らが狙うのは間違いなくこのトリステインであること。そうなった時、トリステインには立ち向かう術がないことを彼は力説した。
そして出た結論が、アンリエッタとゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚姻である。
マザリーニ枢機卿は、有能でかつ現実家であった。ただ、少々現実が見えすぎていたのが彼の不幸であり、また民衆から人気がない原因でもあった。
あまりにも現実の見えすぎていた彼には、自分の施策がトリステインという国にどんな影響を与えるかを見誤っていたのである。
聖職者でありながら、始祖の持つ影響力を見損なっていたとも言える。
別の歴史では、思わぬ幸運からその負の面を免れた彼。だがそれはこちらでもそうなるとは限らないのであった。
「そういえばこれから行幸する魔法学院には、確か殿下の幼なじみが在籍しておりましたな」
「ええ。ラ・ヴァリエール公爵家の三女にあたります」
「今夜は魔法学院で一泊する予定です。旧交を温めるくらいはかまいませぬが、羽目は外さぬように」
「判っていますわ」
そういうとアンリエッタは、またため息をついた。
「殿下……まあよいでしょう。ただくれぐれもご用心を。噂ではありますが、アルビオンの貴族どもが同盟を邪魔すべく動いているという話も耳にしております。油断召されぬように」
「本当に噂なのですか?」
その言葉の響きには妙に深いものがあった。
「噂です」
マザリーニはあっさりと切って捨てる。
「繰り返しますがご用心を。つけ込まれる隙など作らぬように」
「……判って、おりますわ」
だが、その言葉はどうにも歯切れが悪かった。
「トリステイン王女、アンリエッタ妃殿下のおなーりー!」
出迎えのため整列した教師生徒達の間を、マザリーニ枢機卿に介添えされたアンリエッタが歩いていく。
列の後ろの方でそれを見ていたキュルケはその姿を見て言った。
「確かに美人ね。でも私とはタイプが違うわ」
「清楚さではあちらの圧勝、色気ではキュルケの勝ち」
タバサも珍しく王女を見ている。実際キュルケも気になって小声でタバサに聞いた。
「でもあなたがわざわざこういう席に出るなんて珍しいわね」
「一国の王族の顔は覚えておく必要がある」
返ってきたのは意外に冷徹な言葉であった。
「何でまた」
「なのははエルフに敵と見なされた」
また言葉が飛ぶ。
「エルフと関わった以上、その存在はいずれ王家を初めとした政治を巻き込むことになる」
そこまでいわれてさすがにキュルケにもピンと来た。
エルフがどう出るかは判らない。だがもしエルフが軍を率いてせめて来ようものなら、問題は王国規模になる。そうなった時、政府がどう出るかはなのはの生存にとって大きな問題となる。
敵になるか、味方になるのか。それを考えたら、タバサにとってその関係者は無視できる人物ではないのだろう。
「ルイズ、判ってるのかしら」
「判っていなければ判らせるだけ。それが友達」
「……言うようになったわね、タバサも」
キュルケはちょっと複雑な気持ちになった。
一方、ルイズは。
「……ご主人様?」
何故か妃殿下の周りにいる、近衛と思われる人物の方に視線が行っていた。なのはの声も耳に入っていない。
視線の先にいた人物は、鷲の頭に獅子の体を持つ動物--グリフォンに騎乗していた。立派な羽根飾りの付いた帽子の下に、まだ若いが整った口髭を生やしている、精悍な美男子の顔があった。
有能で立派に見える貴族だった。なのはが頭に思い描く貴族の典型を示したら、ちょうど彼のようになるだろう。まさに絵に描いたような貴族であった。
「あのお方は?」
思い切って聞いてみたところ、少々意外な言葉が返ってきた。
「彼はワルド子爵よ。しばらく会ってなかったけど……あたしの婚約者なの」
なのはは思わず絶句していた。
その日の夕刻、夕食も終わり、いつもならもう少し後に魔法の自主練習を始めている頃。
「ちょっと意外でした。ご主人様に婚約者がいたのは。年齢的にも身分的にもおかしいとは思いませんけど」
「そう思うのも無理ないわよね。ゼロの私はそういう人達から見れば平民同然ですもの」
なのははパソコンを立ち上げて、たまっていた報告書を打ち込んでいた。ルイズもなんだかんだで遅れてしまっていた座学の勉強中である。もっとも地道な努力を積んでいるルイズは、多少の遅れなどものともしない。基礎が出来ているので追いつくのも訳はないのだ。
「ワルド様はね、私がまだずっと小さい頃……十年くらい前に親しくしていただいていた方なの。領地も隣だったし、私もまだゼロなんて言われてなかったから。親同士の約束で決まった婚約よ」
「そうだったんですか」
「ま、でも今の私の噂を聞いていたら、たぶん破棄されると思うけど」
なのはは気がつかなかったが、以前のルイズからしたら考えられないような言葉だった。
なのはにとっては、今のルイズが当たり前なのだ。傲慢でヒステリックだったルイズは、なのはとの出会いによって急速に癒されてしまっている。なのでなのはは今のルイズが本来のルイズだと思っていた。
間違ってはいないが、他の人からすれば大きくずれている見方だった。
と、そこにノックの音がした。
こん、こん、こんこんこん。
長く二回、そして短く三回。ずいぶん変わったノックだ。
そのとたん、ルイズの顔が引き締まった。同時に少し驚きの表情が浮かんでいる。
すっと立ち上がると、自分からドアに手を掛ける。
なのはは少し驚いた。性格は穏やかになったとはいえ、ルイズは貴族である。貴族としての作法にはこだわる。
自分が同室していて、扉の開け閉めを自らするなどと言うのは、彼女のポリシーからしてあり得ない。必ず『なのは、開けて』と自分に命ずるはずである。
なのはがそう思っているうちに、いかにもわざとらしい怪しさに満ちた人物が室内に入ってきた。頭から大きな黒いフードを被り、マントで身を包んでいる。
その隙間から妙に立派な杖がのぞいていた。その人物は小声で呪文を詠唱する。ルイズはそれを止めようとしていない。
さっきの態度からしても、おそらくご主人様はこの人物を知っている。しかも対等か上位の身分。そう思ったなのはは、そのまま静観していた。
唱えていたのはディティクトマジック、魔法探知の呪文だったようだ。彼女は呪文を詠唱し終えたとたん、何故かなのはの方に注目していた。
フードを被ったまま、ルイズに小声で話しかける。
「この方は? それにその傍らの剣は……」
フードに隠れた視線が、なのはとベッド脇に置かれていたデルフリンガーの間を行ったり来たりしている。
ルイズは微笑みながら答えた。
「彼女は私の使い魔、なのはよ。脇の剣はデルフリンガー、自称六千年もののインテリジェンスソード」
「まあ、あなた、人を使い魔にしたの?」
驚きの声と共に、その人物はフードを取る。中から出てきたのは、ルイズには当然の、なのはにも予想が付いていた人物であった。
「妃殿下!」
「お久しぶりね、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ」
臣下の礼を取ろうとしたルイズを、そうする前にアンリエッタは抱きしめていた。
感極まったのか、その後しばらく、まるで芝居のような大げさな言い回して旧交を温めていたルイズとアンリエッタ。さすがのなのはも少し引いていた。
「ずいぶん大仰なのね……」
「そんなもんなんじゃねえのか?」
思わずデルフリンガーに愚痴をこぼすなのは。ただ、それでも聞くべく事は聞いていた。
「なんか妃殿下、宮廷内に味方いないみたいね、あの言い方からすると」
「まああの歳の娘っ子の言うことだ。話半分だとしても……味方、少なそうだな」
デルフも思わず同意する。
そんな中、話がちょっとうかつに聞いているわけには行かない領域に突入してきた。
「ルイズ……私、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったの」
「ゲルマニアに!」
ルイズにとっても、あまりにも意外な事であった。
「なんで姫様が」
「同盟を結ぶためなのですが……」
「同盟? 何でまたそんな?」
ルイズの疑問に、アンリエッタは昨今の政治事情を説明した。
「レコン・キスタ、ですか……」
「ええ。それに対抗するためには、かの国との同盟がどうしても必要なの」
「姫様……」
「いいのよルイズ、私だって王族です。自由な婚姻が結べる身ではありません」
「あの~」
と、そこに申し訳なさそうな横槍が入ってきた。
「ん? どうしたの、なのは」
「私は、そういう政治とかははっきり言って判らない方なんですけど……」
言いにくそうにしながらも、なのはは何かに気がついたような表情を浮かべていた。
なのはは自分で言うように、難しい政治的な取引とかは苦手な方である。これが得意だったのは親友二号にして元上司である。
それでも、今の話の中にある重大な問題に気がつくくらいの政治知識は持っていた。
学生と社会人の違いと言ってもよいかも知れない。なのはは20とはいえ、9才の頃から管理局がらみで社会に触れ、中学卒業後は本格的に社会に出ている。
いろいろ苦労していたタバサやキュルケならともかく、ルイズにはまだ気がつけという方が難しかったかも知れない。
「このお話、すごくまずいと思うんです」
いきなり爆弾発言がなのはの口から飛び出した。
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