「鋼の使い魔-07」(2008/08/15 (金) 03:20:54) の最新版変更点
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#navi(鋼の使い魔)
ギュスターヴがここ、ハルケギニアはトリステイン魔法学院で『使い魔』として召喚されてから、既に7日目を迎えた。
朝食が終わり、部屋の掃除を済ませた後、ギュスターヴは学院にある巨大な図書館の出入り口の前に立っていた。
話はその前日、夕食の時間が終わり、ルイズの部屋で短剣の手入れをしていた時に戻る。
親指ほどの大きさの石を濡らし、短剣の刃を滑らせていく。硬いもの同士が擦れる独特の音が何度かして、その後乾いたぼろ布で拭いていく。ルイズの部屋は特殊なランプが火を灯され夜でも十分な明かりが取られていて、その明かりが刀身に映りこんでいる。
何度かそれを繰り返して、手入れに満足したギュスターヴは剣と手入れ道具を片付け、寝床にしている毛布の上を均して眠る準備を始めた。
ギーシュの決闘以後も、ギュスターヴの住環境は特に変化があったわけでもない。もっとも、ベッドの上じゃなきゃ眠れない、
などということも無いギュスターヴは、背中が痛くない程度に毛布が何枚かあれば十分眠れるのだった。
そんな使い魔を見咎めることもないルイズはルイズで、机の上に小型の燭台を載せて、一層の明かりを取りながら、本と紙を広げて
羽ペンを走らせていた。石研ぎの音がなくなると、今度は羽ペンが羊皮紙の上をなぞる音が部屋の中を包むようだ。
そんなルイズの姿をぼんやりと見ていたギュスターヴは、前々から考えていた案件をルイズに聞かせた。
「ルイズ。この学院を探検した時に大きな図書館を見つけたんだ」
「あらそう。ここの図書館は広いわよ。学生が使えない棚もあるけど。それがどうしたの」
「司書に聞いたら俺は入れないんだそうだ。だからルイズから俺が図書館に入れるように先生なりに伝えてくれないか?」
椅子から降りてんー、と背筋を伸ばすルイズ。机の上を片付けてベッドに腰掛けた。
「どうして図書館を使いたいのよ。本ならここにもあるわよ?あんまりいじくって欲しくないけど、まぁあんたなら汚したりもしないでしょうし」
「それでもいいんだが……俺は字を読めるようになりたいんだよ。だったらたくさん本のあるところのほうが俺でも
判るような本があるんじゃないかな、と思ってさ」
ギュスターヴの言葉に、ぽっかんと口をあけて呆然としたルイズは、次にびっくりしてまくし立てた。
「何よあんた、その年まで本を読んだことが無いわけ?いい年して字も読めないなんて呆れたわ!」
「そうは言っても、学院の角から角まで見渡しても、俺の読める字はひとつとしてなかったぞ。まるっきり影形がない」
ギュスターヴの反論は最もで、この数日は奉公のメイド等とも交流が続く中でそれがはっきりしてきたことでもある。彼女らの娯楽は
故郷からの手紙や、偶の休みにやってくる行商から買うことの出来る粗雑な装丁の大衆小説などで、それらを見せてもらっても
ギュスターヴはさっぱり理解できないのだ。これでは今後も色々と支障が出てくる。それにつけてもギュスターヴは日中暇を持て余しているのだ。
ルイズはギュスターヴの反応に何を考えたのか、一つの疑問を呈した。
「ねぇ、ギュスターヴ。あんたって、どこからきたの?最初の時になんだか変な事色々聞いたでしょ。まさか本当に月も見えないようなド田舎に棲んでたってわけでもないんでしょ」
ルイズの疑問に対し、ギュスターヴは色々と思うところがあったが、やがてゆっくりと話し始める。
「んー…。まず、俺が住んでいた場所は、サンダイルと呼ばれていて、ハルケギニアなんて言葉は聞いたことが無かった。
大きく三つの大陸で出来ていて、俺はその中の一つ、東大陸のグラン・タイユという地方にあった砦にいたんだ……」
ギュスターヴは徐々に語り始めた。自分がいた砦に何者かが引き連れたモンスターが襲来したこと。
部下を逃がすために少数の人間と砦に残った事。火の手が上がる砦の中で、朦朧とする意識の中、何かによってここにやってきたらしい事……
ルイズは話を聞いているうちに、ギュスターヴが遠い遠い顔をしているのを見つけた。
「…多分サンダイルとハルケギニアは、近いとか遠いとか、そういう話で収まらないほどかけ離れているんじゃないかな」
「何?それって世界をまたいで私があんたをサモン・サーヴァントで呼んだって言いたいの?」
「確証はないが、そうでもないと説明の出来ない事が多すぎる」
荷物から小さな袋を持ち出し、中をまさぐるギュスターヴ。中に入っていたのはルイズが見たことの無いデザインの硬貨だった。
何年にも渡って人の手を受けて、角の甘くなったコインが数枚。
それがサンダイル世界に普く流通するクラウン金貨である事をギュスターヴは知っている。個人でそれを使う機会が
それほどあったわけではないが、ギュスターヴ個人の財布としてそれを持ち歩いていたのだった。
「他にもこちらには魔法があるが、サンダイルにはアニマというものがあった。それを使ってさまざまなものから術を引き出して使うことが
当たり前とされていた」
「アニマって何よ?」
「……そうだな。この世のありとあらゆるものに宿っている力、みたいなものかな?石なら硬い、水なら冷たい。そういうイメージでアニマを
引き出すと、イメージを具現化した術が発揮される」
ギュスターヴは術不能者だが、だからこそ誰よりも術に精通しようとした。青年期においてはシルマールに師事し、後年は
その弟子ヴァンアーブルを側近に置いたのはそういった意味があった。
ルイズはまったく未知の世界の話に耳を傾けた。ルイズとて実技はともかく学科の成績は誰にも負けない優秀なもので、
だからこの話は知的刺激に満ちていた。
「ねぇ。そのサンダイルで、あんたは何をしていたの。砦に居たっていうことは、傭兵?」
「ん?」
ルイズの質問は最もで、彼女はギュスターヴの過去を知らないのだ。知らないものを知りたいと思うのはごく自然の発想だ。
しかしギュスターヴは口ごもらせて、遂に寝床に横になって顔を背けた。ルイズにしてみればあれだけ話しておいて
自分の事を話そうとしないギュスターヴにやきもきし出した。
「何よー。もったいぶらないで教えなさいよー。減るものじゃないでしょー」
バシバシと床を踏み鳴らすルイズが鬱陶しい。ギュスターヴは面倒くさそうに身体を起こしてルイズを見た。
「しょうがないな。……俺はな、ルイズ」
「うん」
ごくり、とつばを飲み込む。
「王様を、やっていたんだ」
嫌にはっきり言ってしまったなぁ、と脳裏で語散るギュスターヴを置いて、ルイズはぽかんと目を白黒させ、次に
深くため息をついてわなわなと震え始めた。
「人がせっかく真剣に話を聞いているのに……」
ベッドの上に置かれた杖を握って振り込む。
「真面目に答えなさいよこの中年使い魔がー!」
二人の間の空間が爆発して、胡坐で腰を曲げていたギュスターヴを弾き飛ばした。まったく油断していたギュスターヴは受身も取れず、
背中の方にある石壁に後頭部を強かに打ちつけて悶絶した。
「~~~!!!!」
ふん、と鼻を鳴らすルイズ
「主人を謀った罰よ。……図書館の件だけど、一応先生には話を通しておくわ。でも私はあんまり使ったことが無いから
教えられないかもしれないわよ」
打ち付けた部分を撫でて涙目のギュスターヴも、ルイズにあまり頼る気が元から無いらしく答えた。
「い……、いや、とりあえず使えるようにしてくれればいい。あとはコルベール先生とかに聞いてみるから」
時間は戻り翌日の昼間。ギュスターヴが図書館の中を歩き回って暫く経った。司書は入り込んできたギュスターヴを見やったが、特に何も言う事はなくそのまま通してくれた。
図書館は吹き抜けになっていて、吹き抜けから見下ろすと下の階の図書架まで見えるようだったが、棚と歩く人の縮尺がえらく小さい。
既に今日の授業が終わっているのか、幾人かの生徒らしき人影が増え始めたが、広い広い図書館は壁と棚を無尽の本で埋め尽くしていて、
どこから見ていいかまるで分からない。
(本の整理をしているような人ならどこにどんな本があるかわかるかな……)
あてどなく歩き回るギュスターヴ。本棚の林を抜けていくと、開けた場所に並べられた読書用の椅子とテーブルがあった。
そこに特徴的な趣味のシャツを着た少年が座っている。
決闘騒ぎ以来の再開になる。『青銅』のギーシュだ。
「よう」
「ああ…君は…ギュスターヴ……だったね」
「ギーシュ、だったな。……なんだか前に見たときより白いな」
ギーシュは乾ききった笑い声でギュスターヴの言葉を迎えた。力なく語る所によると、授業の後はケティとモンモランシーの追跡を避けるために
毎日ここに来ているのだという。
ギュスターヴは幸いと、ギーシュの手を引いて立ち上がらせる。
「ちょうどいい。暇なら本を選ぶのを手伝ってくれ」
ギーシュを引き連れて図書館を歩き回るギュスターヴ。歩きながら質問をギーシュにし、捜すものは児童書の棚。
比較的薄く、字が少ないものが望ましい。
「このあたりの棚が一応児童書とかになるよ」
「そうか。……これがいいかな」
小奇麗な装丁の一冊を棚から引き抜き、タイトルをギーシュに聞こうとした、丁度その時。本棚の彼方から走って近寄ってくる誰か。
一年生のマントが翻っている。
「見つけましたわ、ギーシュ様♪」
「ケ、ケティ!」
一年生、現在ギーシュの二番夫人と噂されるケティ。ケティはギーシュの隣にいたギュスターヴには目もくれず、
懐から杖ではなく錘のついたロープらしきものを取り出しギーシュに投げる。
ヒュン、と飛んでギーシュの体に巻き、きつくギーシュの体を締め付ける。
「ぐ、ぐおおぉぉ!」
「さぁギーシュ様、お姉様がお茶を用意して待ってますわ♪一緒に行きましょう?」
一緒に行きましょう?行きましょう?逝きましょう?……。
ギーシュの脳内を木霊するケティの声。かくん、とギーシュは脱力してギュスターヴに顔を向ける。
「そ、そういうわけだからギュスターヴ君。僕は失礼するよ……」
ケティに引き摺られてギーシュは図書館の出入り口に向かって歩いていった。その姿はさながら犯罪者を引き回す役人のようだ。
一方、唐突に置き去りにされてしまったギュスターヴ。手にはタイトルすらうかがい知れない本が一冊。
「どうしようかな……」
タバサはその時、いつものように定位置の椅子に座り本を広げていた。窓際の、日当たりのいい場所。
少しだけ窓を開けておくと風が吹いて、開いたページをめくって遊んでいく。読んでいる本にはハルケギニア語で『エンディミオン』と書かれていた。
不意に顔に掛かる陽が陰るのを感じる。視線を動かすと、隣の椅子に意丈夫の男が座ってこちらを覗きこんでいた。
「こんにちわ。……タバサ、だったな」
認識できるか出来ないかというほどタバサは小さく頷く。ギュスターヴは本を置き、静かにタバサの読書風景を眺めていた。
タバサは本来読書中は他の事に囚われたりしない。それよりも本と知識の中に没頭している事を好むから。しかしこの時タバサの脳裏に、
数日前に浮かんだ疑問が思い出され、この時をその解決に向かう事のできる好機と捉えた。
「あの時の剣。あれは何?」
「何って?」
開かれた本を閉じたタバサ。ギュスターヴに対し向き直し、目を見る。
「ただの剣がゴーレムを簡単に切れるはずが無い」
ギュスターヴは察した。彼女は決闘の時の自分について何か聞きたいらしいと。そしてどうやら、自分の剣には何か
秘密があると思っているらしいことも。
「あの剣の仕掛けが知りたい、と」
「そう」
戸棚の奥から誰かの足音が聞こえる。少し考え込む様子のギュスターヴを、今度はタバサが眺めている。
暫くして、ギュスターヴは手元に置いていた本をタバサに見せる。
「字を習いたいんだ。手伝って貰えるなら、話すよ」
タバサはやはりわずかに頷いてギュスターヴの手元の本を広げて見せた。児童書の名前は―――『イヴァールディの勇者』
正午も過ぎ、ギュスターヴはタバサをつれて外、アウストリの広場という所にいた。
そこはヴェストリ広場と概ね構成が同じであり、やはり何本かの樹木が植え込まれている。
その中の、最も太く大きく育った一本の影に座り込み、腰に挿していた短剣を抜いてタバサに見せた。
「持ってみる?」
うなずくタバサ。地面に置かれた短剣の柄を握って持ち上げるが、剣先が持ち上がらないでわずかに引き摺る。
「……重い」
さくりと剣先が地面に刺さり、笑いながらギュスターヴは剣を地面から抜いた。
「自分で作ったんだ。これは」
指先で剣についた土を撫で落とす。木漏れ日に当てると、刀身には木の年輪の如き文様が浮かんでいるのが分かった。
「私も詳しく聞きたいなぁ。ギュスターヴ?」
不意に声かけられたギュスターヴは周囲を見渡す。すると樹木の反対側からルイズが現れて二人の輪に入った。
「ルイズ。……なんでここに」
「あんたが図書館から出てくるのを待ってたのよ。そしたらそのちびっこと一緒に出てくるから後をつけたの」
自分もちびっ子だろう、とギュスターヴに、ふんと鼻息一つして、
「私はまだまだこれからよ」とルイズ。
「で、その剣のこと、私にも教えなさいよ。主人には教えられないでそこの子には教えるってどういう了見?」
最もな話だ。主人として至らないとはいえ、その辺の人と公平ではありたいのだ。
「ん……まぁ、いいか。かまわないかタバサ」
「かまわない」
正午をまわり緩やかな風が吹いた。
ギュスターヴは昨晩と同じように、自分の世界の事を語った。
さらに自分がその世界で『異端者』である術不能者であること、その世界で生き抜くために、鋼で武具を作ったことも。
「何度聞いても不思議よねぇ、あんたのいた所って。平民でも魔法が使えるなんて信じられないわ……」
私は使えないのに。と暗にルイズはいじけている。対してタバサは静かに、かつ興味を刺激されている。
「俺は使えないがな。俺だけじゃない。俺と同じように術が使えなくて社会の底に押しやられていた人間はたくさん居たんだ」
「それでなんで鉄の剣になるわけ?」
「アニマは金属を嫌う。正確には、金属製品はアニマを通し辛い。もっとも通さないのは鉛だな。
そこから錫、鋼、鉄、銅、青銅と徐々にアニマに触れやすくなる。白金、銀、金などはアニマを干渉する力がほとんどない」
「だからあんたの鎧って立派な割りに飾りっ気が無いのね」
無論ギュスターヴも鎧があれ一つというわけではなく、儀礼式典用のそれは装飾に貴金属を大量に使った豪華のものを用意させていた。
とはいえこちらに来た時の鎧は今はある程度分解してルイズの部屋に置かれていて、一見すれば金属の塊にしか見えない。
「私達の魔法も、嫌う?」
タバサの質問に、それはどうかな、と答える。
「こちらの魔法は金属も加工できるんだろう?しかもアニマに干渉しやすい金属の方が低い技量で扱える」
先日の決闘が思い出される。
「アニマにも石の術というのがあるが、金属に術をかけたりはできない。だから魔法とアニマは別のものなんだろう」
「ギーシュに勝ったのは実力?」
「そう受け取ってもらってくれれば」
どうよ、私の使い魔は!とルイズはない胸を張ってタバサに誇った。
この時ギュスターヴはワルキューレを切った時に感じた違和感を覚えていたが、話すまでも無いと思って口には出さなかった。
タバサは釈然としないながらもうなずいた。
「また図書館に来る?」
「そのつもりだが…何か?」
「まだ字を教え終えてない」
タバサの言葉に窺いこむ様子でギュスターヴは聞いた。
「いいのか」
「いい。約束は守ってもらった」
善意に付け込んで半分騙したようなものなんだがなぁ、とギュスターヴが内省していたのだが、この青髪の少女は
それでもギュスターヴに興味を抱いてくれたようだ。
「そうか。…構わないかルイズ」
「いいわよ。その方が手が掛からないし」
俺は犬猫かよ、肩を落とすギュスターヴ。それに、
「あんたに手が掛からないほうが、私が魔法の練習に専念できるでしょ」
ぴし、と指刺してルイズは言い切った。
それから2日後。
学院敷地内の一つ。学院長室のある塔が見える広場がある。
そこにルイズが立っていた。辺りに人はいない。杖を握り視線を伸ばす。視線の先にはこげ痕が生々しい杭が何本も打ち込まれている。
日が落ち始め夕日が差し込んでくる。誰も居ない広場、ルイズの身体に風が吹きつける。
目にゴミが入ってひるんだルイズに、とす、と背中が何かに当たる。ギュスターヴがそこに立っていた。
「ずっとここで練習してるのか」
広場の隅にはこげ痕や何やらでボロボロになった杭が山のように積まれていた。
「あんたこそ文字習うのはどうしたのよ」
「途中で用事ができたらしくてな。タバサが帰ったからお開きになった」
そう、とルイズ。視線を杭に戻し一呼吸置いて、杖を構えた。
「ファイアボール!」
振られた杖。火球が発生しない代わりに、声と同時に杭の長さ中ほどのところから爆発し、杭が砕け散った。
「ふぅ。また失敗ね」
ルイズの声が冷静すぎるように聞こえる。落ちかけた陽が、広場に立つ二人の影を伸ばしていく。
「どうして私は魔法が使えないのかしらね。ギュスターヴは考えた事がある?そういうこと」
決闘騒ぎ以来、ルイズは不貞腐れる事無く魔法の練習に打ち込むことに決めた。たとえ何回と失敗しようと、
自分が自分である証を探す為に、無心になって打ち込んだ。無論、いきなり今までから急激に成功できるわけでもなく、結果は爆発。
それが今日まで続いていたが、ルイズの心は腐らず立っている。
夕日の空を見上げるギュスターヴ。赤く染まる空に、皮兜を被った男が写るような気がした。
「……昔、ある男に言われたことがあるんだ。『貴方は空の瓶のような人だ』って」
視線を落とすと、ルイズがギュスターヴを見上げていた。
「それまでいろいろと高名な術師が持つグヴェルを触らせてもらったことがあったが、部下の術不能者が火を起こす事ができたものでも、
俺が持つとうんともすんとも言わない。それで周りが焦るんだ。まぁ偉い人っていうのは大変なものさ」
でもな、と。短剣を抜いて構える。
「空の瓶のようだ、と言われてからは、少しそういう気分も変わった。俺は空っぽなのかもしれない。でもそれは逆に、
何かを入れていくことが出来るってことなんじゃないかな、なんてな」
一人語りが過ぎた。頭をかいてごまかす。
「こんな話聞いてもつまらないよな」
「そ、そんなこと……ないわ…」
ぼうっと話を聞いていた自分が間抜けな気がして、ルイズは背中を向ける。
「うん…そんなことない……」
手に握った杖をじっくりと見る。その声はほんの少し、嬉しそうな色を帯びていた。
#navi(鋼の使い魔)
#navi(鋼の使い魔)
その日、学院の校門前でやり取りをする男女が一組。
「なぁ、本当にこれに乗って行かなくちゃいけないのか?」
「当たり前でしょ。ぶつくさ言ってないでさっさと乗るの!」
話はその昨晩に戻る。部屋でルイズはギュスターヴに話した。
「明日は虚無の曜日よ。外出するわ」
「外出?」
「王都まで行って買い物するの。あんたも着いて来なさい」
つまり、ギュスターヴに荷物持ちをしろということだ。女性の買い物とはそういうものだと分かっているギュスターヴは、また一方で、
この世界の街というものを見たことが無いから興味を刺激された。
「それに……ホラ、決闘で勝ったご褒美、まだ、してないし……」
視線を泳がせて段々先細りの声でルイズが言う。ルイズはギュスターヴに何かを与えるつもりらしい。
ルイズの心遣いに素直に感謝するギュスターヴ。
「すまないな」
「……いいの!ちゅ、忠誠には酬いるところがあって当然よ!」
気恥ずかしかったのか、もう寝る!と言ってベッドにもぐりこむルイズだった。
翌日、早朝。学院校門前に立つギュスターヴ。
ルイズは学院付の厩番から二頭の馬を受け取り、校門で待つギュスターヴの前につれてきた。
ギュスターヴはルイズがつれてきた黒毛の馬をみて目を白黒させて驚いた。
「な、なんだ?!このでかくて黒い四本足の生き物は?」
「何って、馬じゃない。これに乗って行くのよ」
さも当然のように行って馬を宥めるルイズ。ギュスターヴは恐る恐る手を伸ばし、馬の腹を撫でてみた。ブルルル、と馬が鼻息を荒く吐く。
改めてここが異世界なのだと感心するギュスターヴなのだった。
「こんな動物がいるなんてな……やっぱりここはサンダイルとは違うんだな」
「馬に乗って3時間も行けば王都トリスタニアよ。早く出発しないと、夕方までに帰ってこれないわ」
同時刻、女子寮の自室でキュルケは目覚めた。魅惑的な肉体に心もとないほどの布を纏っている。
昨晩は激しかったわ。一度に4人も呼んじゃったけど、いつもと違った経験が出来て悪くなかったわ……。
眠りに着く前の時間を思い出して、口元が艶っぽく綻ぶ。
こういう気分がいいときは、隣部屋のルイズをたたき起こして遊んでやるのが一番楽しいと、キュルケは思っている。
早速着替えて隣の部屋に向かうのを、使い魔のフレイムが部屋の隅で見守っていた。
一応ノックしてみる。返事が無いのを確認すると、杖を握って『アンロック』をかける。
部屋の鍵が落ちる音がする。キュルケは当然のようにドアを開け、ルイズの部屋に入り込んだ。
しかし休日でのんびりと寝ているものと思われた部屋の主人とその使い魔は影も形もなく、ルイズの鞄もまた消えていた。
「どこに行ったのかしら……」
当ての外れたキュルケは、窓辺に近寄って外を見てみる。すると校門から先に二頭の馬がいて、学院から離れていくのが見えた。
馬の一方に乗っているらしき人物の姿は窺いきれないが、辛うじて分かるのは、特徴的なチェリーブロンドであること。
「あら、出かけるみたいね……」
キュルケに一つの考えが浮かんだ。そして階段を登って行く。
タバサの部屋の前に着くと、先ほどと同じようにノックする。返事が返ってこないと、再びノックする。ルイズの部屋とは扱い方が違う。
「タバサいる~?」
声をかけても返事が無い。仕方ないわ、と再び『アンロック』をかけてドアを開けた。
タバサはいた。机の上に積んだ本に埋もれるように本を読んでいた。不意の来訪者を見て、それから視線を本に戻した。
「タバサ。今日はいい天気だし、一緒にお出かけしない?」
「虚無の曜日」
手馴れた風情のタバサ。友人はタバサをよく気に掛けてくれるが、今日は少し面倒だと、タバサ自身の黙する空気が語っている。
「わかってるわ。あなたが休みの日は陽が落ちるまで本を読んでいたいって事くらい。でも、たまには外の空気を吸いに行かないと体に悪くてよ?」
ね、ね?とタバサの背中に張り付いてご機嫌を取ろうと肩をもみ始める。
タバサは引っ付かれるままに振り回されている。後頭部になにか柔らかいものが当たっている気がするが全力で無視した。
「別に今日でなくてもいい」
「またそんな事言って……。いいわ。あのね、ルイズと使い魔の彼が休みの朝早くから出かけているのよ。からかい甲斐もないし。
使い魔の彼のこともちょっと気になるかしら?悪くないわよね、こう大人の色気があって。そう思わない?」
「知らない」
つまり二人を追いかけるのに協力してくれということ。
タバサの脳裏に昨日のギュスターヴが浮かぶ。異界からやってきたという男。私の知らない知識の持ち主。
「あなたの使い魔じゃないと今からじゃ追いつけないのよ~。お願い、タバサ。協力してくれたら書店で本を贈ってあげるから」
ぴくり。タバサの気がキュルケの言葉に引かれる。
タバサは立ち上がると本を棚に戻し、窓を開けて口笛を吹いてから、窓から飛び降りる。
続くキュルケが飛び降りた時、窓の下には薄青い鱗の竜が翼を広げて、空中を静止していた。
「いつ見ても貴方の使い魔は素敵ね。愛してるわ、タバサ」
困った友人だな、とタバサが小さなため息をついてから、使い魔―――シルフィード―――の首を叩く。
「ここから出て行った馬二頭を追いかけて。食べちゃ駄目」
シルフィードはきゅいーっと一声鳴いて、二人を乗せて遠く空に向かって飛んでいく。
『剣と盗賊』
王都トリスタニアの城下町は、休みとあって人でごった返している。そんな通りをルイズとギュスターヴは歩いていた。
歩きながらギュスターヴは何度か腰を摩っている。
「慣れないものに乗って腰が……」
「これだから中年はいやねぇ」
ほーほほ、と優秀な使い魔から一本取れたと優越にルイズが笑った。
通りは5メイル程で、幅一杯に人が行きかう。通り沿いの店は幌を張って影を作り、軒下を露天商に貸し付けて場所代を取っている。
「思ったより狭いな…」
「狭いって、ここが一番大きな通りなんだけど」
「そうなのか…」
ギュスの目がいつもと少し違うのがルイズには分かった。それは王の目なのだが、ルイズには分からなかった。
(露天商の方が店を持つ商人より遥かに多い……経済市場はそれほど大きくないのかな。それにこの道幅だと出征などの変事の対応力はあんまりないのか。
……それほど大事のない平穏な国なのか……)
きょろきょろしながら歩くギュスターヴをルイズが窘めた。
「そんなに周りを見るものじゃないわよ。おのぼりさんに見えるじゃない。田舎者と思われるとスリとかが目をつけるわよ」
ルイズ曰く、食い詰めもののメイジが犯罪者になって、裕福なものから金を掏り取ったりするらしい。
どうやらメイジというメイジが貴族として生活しているわけではないらしいとギュスターヴは知った。
「……で、買い物をするんだろう。どうするんだ?」
「こっちよ。あんまり行きたい所じゃないんだけど」
ルイズにつられて路地に入る。そこは表の清潔さとは対照的にゴミが積まれて悪臭を放っている。その匂いに顔をしかめた二人。
匂いを我慢して歩くルイズについていくギュスターヴ。やがてある建物の前でルイズの足が止まった。
「……ピエモンの秘薬屋の近くなら、ここね」
そこは看板に盾と剣の掘り込まれた店だ。
「剣を買ってあげる。あんたの荷物に空の鞘があったし、本当はもっと大きな剣を使うんじゃないかな、と思って」
武器屋と思われる建物の中に入ったルイズとギュスターヴ。昼間だというのに店内は暗く、あちこちに蝋燭やランプが置かれていて灯りになっていたが、出来がよいもので
はないらしく、部屋のあちこちが陰になって薄暗い。
入ってきた二人が見えたらしい武器屋の主人は、カウンターの前で恭しげに頭を下げた。
「貴族の旦那。ここは全うな商売しかしておりませんぜ。お上の御用になるようなことは何も……」
「客よ。剣を見せて頂戴」
「おおこれはこれは。貴族様が下々の武器などご利用になるとは、驚きでさ」
「私じゃないわ。こいつに用立てるのよ」
ルイズは後のギュスを指す。立派な体格のギュスターヴに目を見張る主人。
「なんと!これは貴族様の護衛か何かで?」
「そんなところよ。良さそうなのを選んでやって頂戴」
へい、と主人が返事をし、ギュスターヴに駆け寄り腕の長さを巻尺で計り始めた。
一般に剣を扱う時は腕の延長として捉える。したがって使用する人間の腕の長さが一種の指針として使われるのだ。
店の奥に入って暫く時間が過ぎた。持ち無沙汰なルイズは飾られた武器を珍しそうに眺めていた。
主人が戻ってくると、布に包まれた一本の大剣をカウンターに置いて見せる。
「最近は貴族の方が下僕に剣を持たせるのが流りでございましてね。大抵は細いレイピアなんて御所望されるのですが、そちらの方では物足らぬでしょう」
「剣を持たせるのが流行って?」
「城下を荒らす盗賊が貴族様方を狙って出没するそうですよ。既に某の貴族様が家宝なりを盗まれて面目をなくされたらしく、他の貴族の方々が恐れてるあまり、奉公の下
僕らにも武器を持たせて歩く始末で、へぇ」
世話話に精を出しながら主人は出した剣を油布で丁寧に拭いている。
「こちらは高名なゲルマニアの錬金の大家とされるシュぺー卿の作。特殊な魔法が施されて鉄だろうがなんだろうが一刀両断でございます。もっとも安くはありませんが。如
何でございましょうか」
大剣は見事な装飾が鞘や柄や鍔に施されている。柄尻には玉のようなものまでついている。
「ふむ。いいわね。おいくら?」
「エキューで二千、新金貨で三千でございます」
「庭付きの屋敷が買えるじゃないの!」
ちなみに一般的な平民が一年暮らすのに120エキューほど掛かる。都会で部屋を借りて生活するとしても、大体四、五百エキューは住まいを借りるのに用立てなければな
らない。
ルイズは主人の提示した金額をうんうん唸りながらつぶやき、主人と剣を交互に見て、またうんうんと唸るのを繰り返している。
ギュスターヴはそんなやり取りをするルイズを見てため息をついた。
「ルイズ、ちょっといいか」
「何よ?」
耳を貸すように手招きしてルイズに耳打ちする。
「手持ちはいくらなんだ?」
「……エキューで100よ。これ以上は手持ちがないわ」
本当は財布の中身を知られるのは嬉しくないが、買い物が買い物だけにそうは言っていられない。そうか、と言って、ギュスターヴは主人に話しかけた。
「試しに握らせてくれないか」
「どうぞ」
シュぺーの剣を受け取りそれらしく構えてみせるギュスターヴ。ルイズはそれが様になっていて満足したが、ギュスターヴにとってそれは剣の出来を見るものだった。
(…鍛造が甘い。管理もあまり上手とはいえない。拵えは豪華だが、肝心の刀身も研がれているようでもないな。
魔法がかかってるとはいえ、値段に相応するようには見えない……)
「主人、本当にこれが二千かね?」
「……ええ。こちらの儲けと仕入れ値、あわせて二千。これほどの名剣はそうはありませんぜ。何であればこちらの証文にサインしていただければ
割賦にさせていただけますぜ」
証文は役所が発行している特殊な紙に書かれた一種の契約書である。これに書いたものを反故にすると貴族でも処罰される。
ギュスターヴは主人をじっと値踏む。こちらが貴族だと知って高い品を売りつけようとしているのは間違いないが、問題は値段に合ったものを買うことだ。
(……吹っかけてるな。これは)
ギュスターヴは見抜いた。シュぺーの剣を主人に返し、一拍置いて聞く。
「主人。一番安い剣はどれかね?」
その言葉に真っ先に反応したのは、お金を払うルイズであったのは当然の事だろう。
「ちょっと!私に安物買わせる気?!」
主人が貧乏だと思われたのではないか、とルイズはギュスターヴを見た。ギュスターヴの目は暖かいが、自分を見下げているわけではないらしい事はわかった。
まぁまぁ、と一応ルイズを宥めて武器屋主人の回答を待つ。主人は渋々とシュぺーの剣をしまい、何やらぶつぶつとつぶやきながら
カウンターから出て店の隅に積まれたものを指差した。そこには大きな樽が置かれていて、樽の中に雑多な武器が差し込んである。
「そこにあるのがうちで扱ってる一番安い剣だよ。一律値段じゃあないが、大体50から80エキューくらいのが入ってる。剣の流通相場が200エキューちょいだから、
ガラクタもいいところさ」
「ギュスターヴ~!わ、私にガラクタを買わせるつもり?!」
不安になって地団駄を踏み始めるルイズを再び落ち着かせて、ギュスターヴは樽の中を覗いた。
樽の中の剣はどれも使い古しのボロ剣ばかりだ。中には鞘もなく、折れ曲がっているものもあった。
ギュスターヴはめぼしい剣を一本一本引き抜いては丁寧に見て、樽に戻してを繰り返す。
その内、剣の中にきっちりと鞘に納められた片刃の長剣が一本、押し込まれているのを見つけ、それを樽から抜き出し主人に見せた。
「こいつも50?」
「あ、や、それは……」
なにやら答えに窮した主人。ギュスターヴは答えを待たずに鞘から抜いてみた。
「……やい!親父!よくもこの俺様をあんなぼろっちい剣の中につっこみやがったな!今日という今日は俺様もあったまきたぜ!」
とたんにギュスターヴの手元から何者かの怒鳴り声が発せられ、ルイズがびっくりしてたたらを踏む。ギュスターヴも驚いて剣を落としそうになるのをどうにかこらえた。
武器屋の主人はというと、頭を抱えてうつむいてしまった。
「インテリジェンス・ソード?」
ルイズが主人を起こして聞いてみる。
「へ、へぇ。誰が作ったか知りませんが、魔法で剣に意思を込めた魔剣、インテリジェンス・ソードでございまさ。あいつは特に口が悪くて客と口げんかばかりして
参ってるんですよ。鞘にきっちり入れておけばしゃべれなくなるんで、ああやってガラクタに紛れ置いてたんですが…」
ついに主人がルイズに対してなにやら愚痴を言い始めた。ルイズは聞く気がなかったがまくし立てられて二の句が告げられず困り始めている。
ギュスターヴはそんな二人のやり取りには参加せずこのしゃべり出す剣をじっくりと眺めた。
(拵えは最低限、鍔もある。片刃だと少し慣らしがいるな。砥ぎが大分落ちているが、よく鍛えられている……)
ぎゃあぎゃあと喚いていた剣が何かに気付いたように静かになり、ギュスターヴに話しかけた。。
「ぁん?なんだおめぇ。『使い手』じゃねえか。それにしては妙な雰囲気だけどよ」
「『使い手』?なんのことだ」
「お前さん、自分が何なのかもしらねえのかい。まぁいいや。おい、俺を買え」
愚痴が収まってギュスターヴと剣そのやり取りを見ていたルイズがちょっと引いている。
「剣が自分で売り込みやってる……」
ふむ、と一言言って、武器屋の主人の顔色を見たギュスターヴに、一つの面白い作戦が浮かんだ。
「主人、よっぽどこいつに迷惑をかけられたらしいな」
「そりゃあもう!口ばかり達者でとんでもねぇ剣でさ」
「け!あんな節穴親父に上手な商売ができるかっての!」
「あんだとこのボロ剣が!鋳潰して金床にされてぇのか!」
「まぁまぁ主人。……そこでだ。この剣、俺達が引き取ろうと思う」
えぇ!とルイズは露骨に嫌な顔をしている。
「達、って…、もっと綺麗な奴選びなさいよ~。何なら割賦で払ってあげるから」
「いや、これでいい。飾りものの剣は俺の趣味じゃないし」
そりゃ、そうでしょうけど、とルイズはどうしても納得がいかず、シュぺーの剣に後ろ髪引かれる思いをした。
「こいつはいくらだ?」
「70でさ」
ギュスターヴの口元がすこし歪むように笑う。
「高いな。50にしろ」
「ちょっと待ってくだせぇ」
「迷惑してるところを引き取ってやるんだ。それくらいはしてもらいたいな」
当然のように言い放つギュスターヴ。しゃべる剣を持ってカウンターをトントンと指で叩く。
「……68」
「55」
「65だ。これ以上は駄目だぜ」
「ふむ…。じゃ、一つ賭けをしよう」
ギュスターヴは腰の短剣を抜き、武器屋主人の前、カウンターに突き刺した。
「こいつに刃こぼれ一つでもつけることが出来たら、100であれを買う」
「ギュスターヴ!」
こんなボロ剣で全財産が飛んでしまうのではないかと気が気でないルイズに、あくまで余裕のギュスターヴ。
「大丈夫だ。……どうだ、主人。悪い話じゃないだろう?その代わり、出来なかったら」
「出来なかったら?」
「40であれを買う。それといくらかおまけしてもらうぞ」
正午を向かえ、お昼時とあって一層の繁盛を迎えようとするトリスタニア、ブリトンネ街。
その中で、中・上流向けの小綺麗なレストランで、ギュスターヴとルイズは昼食を取っていた。
「それにしても呆れたわ。本当に40エキューで買い物できちゃった」
瓶詰めの水をグラスに注ぎながら関心するルイズ。
あの後、結局武器屋はギュスターヴの短剣に刃こぼれどころかかすり傷ひとつつけられず降参し、しゃべる妙な剣とナイフ、あと手入れにつかう研ぎ石と油布などを
纏めて40エキューで売ってくれた。その後は、ルイズの欲しがっていた細々としたものを買いに回り、出費は予算内に見事に収まった。
「まぁ、年の功ってやつだな。あのままだと鈍らを買って借金しそうだったし」
「う……」
ギュスターヴは何故自分があんな事をしたのか丁寧に説明した。ルイズは一等、騙されていたことを激しく怒ったが、ギュスターヴ曰く『見抜ける眼力がないと思われたからそうされたに過ぎない』と言い含めた。
手前のスープに白パンを千切って浸し、口に放り込むギュスターヴ。学院の賄いとは違い、ハイソな趣の店内は、出す料理もそれに見合った上品なもので、
賄いに慣れたギュスターヴには少し物足りない気がした。
「でも本当によかったの?こんなボロ剣で」
「ボロ剣とはひでぇ扱いだな嬢ちゃん。俺様にはデルフリンガーっていう立派な名前があるんだぜ」
布に包まれたデルフリンガーと名乗る剣は、鍔口をカタカタ鳴らしてしゃべる。
「デルブリンガー?」
「デルフリンガーだよ!デルフって呼んでくれ」
そんなやりとりを食後の紅茶まじりにしていると、店内に新たな客が入ってきた。壺惑的な色気を振りまいている赤毛の女性と、その後ろをついてくる
背の低い青髪の少女、ともに杖と何かしらの荷物を持っている。
「ハァイ、ご機嫌いかがかしらお二人さん」
「キュルケ!なんでここに居るのよ」
「あら、どこにいようと私の勝手でしょ」
キュルケとタバサは二人を追いかけて王都に入った後、武器屋から出てくる二人を見てから、自分達も武器屋に入って買い物をした。
主人から二人が剣を買ったと聞くとキュルケも剣を所望し、主人から一振りの剣を買うことに成功した。その後タバサに約束の本を買ってあげたキュルケは、
昼食のためにこのレストランに入ったのだ。
キュルケの後にいるタバサに手を振るギュス。
キュルケはギュスターヴのそばに立てかけてあるデルフを見て鼻で笑った。
「ところで、剣を買ったみたいだけど、そんなボロ剣で済ますなんてヴァリエールもケチね」
「うっさいわね」
「そんなボロ剣より、こっちの方が素敵よ」
腕に抱えた包みを開くキュルケ。中から出てきたのは煌びやかな装飾の施されたレイピアだった。
「高名な錬金魔術師の名剣よ。割賦だけど新金貨で4000もするのよ。どう?この剣が欲しかったら、私のところに来ない?」
自信たっぷりにキュルケはウィンクして、ギュスターヴを誘う。剣を使うならより良い剣を贈った方が好印象のはず。
ギュスターヴの秘かに漂う高貴なオーラがレイピアに映えてすばらしい光景になるだろう、とキュルケは考えていた。願わくば褥に誘えれば、とも思っている。
しかしギュスターヴの反応はキュルケの予想したものとは大いに異なったものだ。喜んでいるというより、むしろ、呆れていた。
向かいに座るルイズは、キュルケの自信満々の素振りがおかしくてなにやらニヤニヤし始めている。
予想外の反応で困るキュルケ
「……あら?どうかした?」
キュルケは場の空気に困惑し始めた。こんな反応なんて考えていなかったから。
本当なら目を輝かせてくれるギュスターヴと、悔しげに歯噛みするルイズが見られると思ったのに。
しかし現実の二人はどこまでもキュルケの予想から遠い。ルイズに至っては紅茶に興味が移ってしまっているし、ギュスターヴも明後日の方向を向き始めている。
くいくい、とキュルケの袖をタバサが引いた。
「クーリングオフ不可」
その腕の中にはキュルケに買ってもらった本を抱えている。
タイトルは『落ち着かぬ赤毛』。書店での価格は96スゥであったという。
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