「鋼の使い魔-06」(2008/08/15 (金) 03:19:57) の最新版変更点
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#navi(鋼の使い魔)
#settitle(幕間 ギーシュの災難)
&setpagename(幕間 ギーシュの災難)
ギュスターヴとギーシュがヴェストリ広場で繰り広げた決闘から数刻。太陽は斜陽を向かえ、双月が虚空に姿を現し始めた逢魔が時。
決闘の敗者、ギーシュ・ド・グラモンは医療室で切断された小指を繋ぎ、学生寮女子棟に続く螺旋階段を上っていた。
学院内での怪我や病気に関する治療行為に掛かる費用は学生と学院で折半される。貴族の子女の教育を謳う学院としては、
学生達の自立性の尊重という名の元に経費の削減を行っていた。
繋がれた小指の感触を確かめながら、ギーシュは一段一段と上り、モンモランシーの部屋を目指していた。指の付け根には
うっすらと繋いだ傷が見える。切断面が鋭利だったこともあって治療自体は短時間に、かつお手軽な値段で済んだのだが、実家が決して
裕福とはいえないギーシュのポケットマネーは治療に使った秘薬の代金で綺麗さっぱり消し飛んだ。予備の杖は勿論用意してあったが、
切られた造花の杖の修理にかかる費用を考えると、ギーシュは気が滅入り始めていた。
(…いけない!頭を切り替えろギーシュ。モンモランシーに自分の不徳を謝りに行くんじゃないか。杖の代金は後で考えよう)
そう。少なくとも決闘騒ぎに絡まる三人の少女、ケティ・モンモランシー・シエスタの三人に頭を下げてから他の事はじっくり考えればいい。
これを反故にすることは出来ない。
1つに、ルイズと貴族の誓約として約束してしまったからであり、1つにそれを大勢の生徒達の前でしてしまったこと。そしてもう一つ。
(約束を守らなかったとすれば、もしかすればまた彼の怒りを呼び覚ますかもしれない……それはご免だ!)
ギーシュは決闘の結果、ギュスターヴに対し骨の髄まで恐怖した。序盤からの立ち回り、追い込まれてもうろたえぬ精神、
そして最後に見せた剣技と覇気は、ギーシュの延びきった鼻面を粉微塵にした。軍人の家系であるグラモンの末席として、
ドットメイジとはいえそれなりの自信があった。しかしそれは所詮井の中の蛙もいいところで、現実には屈強な平民に安々と破壊される脆弱さ、
それはすなわち自分の弱さ……。
ぐるぐると脳内を巡る自己否定的なスパイラルが続く中、ギーシュの足は一つのドアの前で止まった。既に何度も訪れた事のある、
女子寮の一室。
無意識に切られた指とは反対の手でドアを叩く。三回。緊張のためか間隔がやけに狭く聞こえる。数拍置いて遠くから声が聞こえた。
「どちらの方?」
枯れそうな声をギーシュはひりだした。
「モンモランシー。僕だ。ギーシュだ。昼間のことで許してくれないかもしれないが、どうか僕を中に入れてくれないだろうか」
もしここで返事がなければギーシュは朝までここで立っている気でいた。約束の手前もあるが、事実ギーシュは
『本命』のモンモランシーに申し開きをしないではいられない気持ちだったから。
再び流れる無言の時間。一秒が十秒に、三十秒が十分に思えてくる。
「入って」
耳に聞こえたモンモランシーの声、わずかに軋みをあげてドアが細く開かれた。
モンモランシーの部屋は、実はルイズの部屋と間取り自体は殆ど変わらない(寮であるのだから当然なのだが)。
しかし実家の経済力の差が、部屋を飾る文物の質に反映されている。
特に机の隣に置かれた棚には硝子で作られたさまざまな形の瓶や管が並び、それらのいくつかには
人工的に作られたに相違ない色の液体が注がれている。
ギーシュを招き入れたモンモランシーは、ギーシュを部屋に立たせたまま、自信は備え置きの椅子に座ってギーシュを見た。
その瞳は鋭くギーシュを刺す。
「何の御用かしら?ギーシュ。まさか逢い引きに来たなんて言うほど愚鈍でもないでしょう」
「昼間のケティとの関係の事について話にきたんだよ」
ギーシュの声は硬い。浮気な男というのはこういう時どこまでも無防備である。対して裁判官となる女はまさに神の掌を眺めるように
冷ややかだ。もっともハルケギニア風に言えば『始祖の掌』というべきか。
「あら、ケティならここに居るわよ」
「え?」
モンモランシーの予想外の言葉にギーシュは間抜けな声を上げる。
こっちにいらっしゃい、とモンモランシーが部屋の影に言う。陽が落ちかけて部屋全体が見通せないのだ。特に窓から遠く
物の影になるような所は。
ケティはそんな、光の届かぬ部屋影からすぅっと姿を現し、モンモランシーの隣に立った。まだ稚さが残る顔容のケティはしかし、
昼間食堂を飛び出していった時のように泣き崩れていたわけでも、モンモランシーのような冷たい目線も秘めていない。
目は開けているのに、どこかまどろんでいるような気がする。
「や、やぁケティ。ちょうどよかった。君にも話さなくちゃいけないんだ」
「はい……」
状況に対応できずどこか軽い口調になってしまったギーシュとは対照的に、ケティは纏う雰囲気に合わせたような緩やかな返事をした。
「そういえば、平民と決闘騒ぎになって負けたと聞いたわ。本当?ギーシュ」
一旦静かだったモンモランシーから降りかかった言葉に、ギーシュは一二もなく答える。
「ああ、負けたよ。貴族としての僕の面子は粉々さ」
無様な僕を笑ってくれ、と断ち切られた指の傷を見せた。モンモランシーは秘薬作りに長けたメイジだ。傷口を見ればそれが
秘薬で繋ぎ直したものだとすぐに分かるだろう。それは詰まる所、彼女に対して自分の屈辱の証を捧げた様なもの。
モンモランシーとギーシュ。二人の間に沈黙が横たわる。それを言葉なく見守るケティ。
ふ、と声が漏れたモンモランシーをギーシュは見た。先ほどまでの冷たい目線は消え、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「しょうがないわね。そこまでしたのなら私も怒る道理が無いわ」
「そ、そうかな?」
「ええ。浮気ごとはいつもの事とは思っても、今回は許さないつもりだったけど、いいわ。
なかったことにしてあげる」
暖かに笑いかけるモンモランシーに、ギーシュは慈愛の余りに涙が出そうだった。
感謝します始祖ブリミル!かのごとき試練の果てに彼女への愛をお認めになられたのですね!
沸き立つ身体を押さえて始祖へ精神の限りの感謝を捧げて、今度はその浮き立つ心身をぐっと引き締めた。
モンモランシーは納得してくれた。ではケティは一体どうだろう?このやりとりを全て見ていたはずのケティが、僕への恋情を
諦めてくれるのだろうか。
「……ケティ。見ていてくれただろう。僕との事は悪い夢だったと思って、忘れて欲しい。君を玩んだことは僕の不徳の極みだ。償えるものじゃないかも、しれないけど……」
ケティの心に届いて欲しい。そして納得して欲しい。そうでなければ僕はどうなってしまうかまるで想像もできない。
ギーシュの心配をまるで意に介していなかったかのように、一年生の少女は年相応な可憐さを振りまく眉をわずかにひそめ、首をかしげた。
「……あの、私は、別にいいんです」
「…いい、って?」
イエスともノーとも受け取れる曖昧な返事を返すケティにギーシュが言葉を促す。
「ギーシュ様がミス・モンモランシをお慕いなされるのも、その証に私をお捨てになることもかまいません」
自分の発言が『捨てる』と露骨な言葉になってギーシュに跳ね返ってくる。
「ミス・モンモランシとあれからずっとお話をしていたんです。ギーシュ様のこと」
「そ、そうだったのかい」
なんと、どうやら自分がくるまでもなく、二人の間では話し合いの結果でケティが身を引くことが了解されたらしい。
と、ギーシュは壮絶な勘違いをしていたことをそのすぐの後に二人によって突きつけられた。
汗交じりになって言葉を紡いでは自分やケティに一喜一憂するギーシュに、モンモランシーは耐え切れなくなって噴出してしまった。
「クスクスクス……ギーシュ。あのね。貴方があのばかげた決闘騒ぎを起こしている間に、たっぷりとケティを話す事ができたわ。私はね、
順序が大事だと思ってるの」
「順序?」
そうよ、とモンモランシーがケティを手招き、後からケティの肩に手を置く。
「つまりこうよ。私が一番、ケティが二番。私がギーシュにとって一番であることは、貴方自信認めてくれるわね?」
「勿論だよ。始祖と杖に誓う」
「嬉しいわ。でね?ケティには私からたくさん言い聞かせて自分が一番じゃないことを理解してもらったわ。でもケティはね、
別に一番でもかまわないって言うのよ」
「それってどういう……?」
「そうね、つまり……」
ケティの肩にかけられたモンモランシーの手が、ケティの襟を開いて首元をギーシュに晒す。年若い女性独特の肌理細やかな素肌が露になる。
そしてそのケティの首には、細いなめし革で出来ているベルトのようなものが巻かれている。装飾らしいものはほとんどなく、ベルトを締める金具に小さな鈴らしきものがついているだけ。
「私もケティが2番ならいいかな、って思って。似合うでしょ、これ」
「モ、モンモランシー……君は一体何を」
「なんでもないわよ。ねぇ、ケティ」
「はい、ミス・モンモランシ。いえ……お姉様」
ギーシュとモンモランシー、二者の視線に焼かれるように仄かに朱がさすケティ。
「そういうわけだから、ギーシュ。貴方は果報者よ。一度に二人に愛されるんだから」
ギーシュはこの部屋に来るときに想定していたものとは全く、180度考えていなかった別種の不安と恐怖を目の前の少女に感じ始めた。
二人がじわり、じわりと足を進めて棒立ちだった自分に近づいてくる。
ガタン、と後の音に振り向くとドアが『ロック』で閉められた。すぐさまギーシュが『アンロック』をかけるが、慣れない予備の杖であるせいか
開くことが出来ない。
「どこに行くつもりかしらギーシュ。話は終わったけど、今度は三人でお話しましょう?」
シャ、と今度は部屋のカーテンが閉められ、部屋に置かれた燭台のローソクに火が点く。
香水と同じ紫色の光がぼやりと部屋を包む。
「大丈夫。悪いようにはしないわ。私達の愛を受けなさい……」
「受け取ってください……」
その声はどこまでも優しい二人に、ギーシュは抗いがたい意思を感じる。徐々に部屋に置かれたベッドに追い込まれる。
「い、や、その、ちょっと待って。その手のものは……ひっ!ちょ…あ゛ぁぁぁ~~~……」
サイレントで消された悲鳴が何を意味するのか。それは誰にも伺い知ることは出来なかったが、その日から色素の薄くなったギーシュと、肌つやのよくなったケティとモンモランシーが数日ごとに見かけられるようになったという。
#navi(鋼の使い魔)
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ギュスターヴがここ、ハルケギニアはトリステイン魔法学院で『使い魔』として召喚されてから、既に7日目を迎えた。
朝食が終わり、部屋の掃除を済ませた後、ギュスターヴは学院にある巨大な図書館の出入り口の前に立っていた。
話はその前日、夕食の時間が終わり、ルイズの部屋で短剣の手入れをしていた時に戻る。
親指ほどの大きさの石を濡らし、短剣の刃を滑らせていく。硬いもの同士が擦れる独特の音が何度かして、その後乾いたぼろ布で拭いていく。ルイズの部屋は特殊なランプが火を灯され夜でも十分な明かりが取られていて、その明かりが刀身に映りこんでいる。
何度かそれを繰り返して、手入れに満足したギュスターヴは剣と手入れ道具を片付け、寝床にしている毛布の上を均して眠る準備を始めた。
ギーシュの決闘以後も、ギュスターヴの住環境は特に変化があったわけでもない。もっとも、ベッドの上じゃなきゃ眠れない、
などということも無いギュスターヴは、背中が痛くない程度に毛布が何枚かあれば十分眠れるのだった。
そんな使い魔を見咎めることもないルイズはルイズで、机の上に小型の燭台を載せて、一層の明かりを取りながら、本と紙を広げて
羽ペンを走らせていた。石研ぎの音がなくなると、今度は羽ペンが羊皮紙の上をなぞる音が部屋の中を包むようだ。
そんなルイズの姿をぼんやりと見ていたギュスターヴは、前々から考えていた案件をルイズに聞かせた。
「ルイズ。この学院を探検した時に大きな図書館を見つけたんだ」
「あらそう。ここの図書館は広いわよ。学生が使えない棚もあるけど。それがどうしたの」
「司書に聞いたら俺は入れないんだそうだ。だからルイズから俺が図書館に入れるように先生なりに伝えてくれないか?」
椅子から降りてんー、と背筋を伸ばすルイズ。机の上を片付けてベッドに腰掛けた。
「どうして図書館を使いたいのよ。本ならここにもあるわよ?あんまりいじくって欲しくないけど、まぁあんたなら汚したりもしないでしょうし」
「それでもいいんだが……俺は字を読めるようになりたいんだよ。だったらたくさん本のあるところのほうが俺でも
判るような本があるんじゃないかな、と思ってさ」
ギュスターヴの言葉に、ぽっかんと口をあけて呆然としたルイズは、次にびっくりしてまくし立てた。
「何よあんた、その年まで本を読んだことが無いわけ?いい年して字も読めないなんて呆れたわ!」
「そうは言っても、学院の角から角まで見渡しても、俺の読める字はひとつとしてなかったぞ。まるっきり影形がない」
ギュスターヴの反論は最もで、この数日は奉公のメイド等とも交流が続く中でそれがはっきりしてきたことでもある。彼女らの娯楽は
故郷からの手紙や、偶の休みにやってくる行商から買うことの出来る粗雑な装丁の大衆小説などで、それらを見せてもらっても
ギュスターヴはさっぱり理解できないのだ。これでは今後も色々と支障が出てくる。それにつけてもギュスターヴは日中暇を持て余しているのだ。
ルイズはギュスターヴの反応に何を考えたのか、一つの疑問を呈した。
「ねぇ、ギュスターヴ。あんたって、どこからきたの?最初の時になんだか変な事色々聞いたでしょ。まさか本当に月も見えないようなド田舎に棲んでたってわけでもないんでしょ」
ルイズの疑問に対し、ギュスターヴは色々と思うところがあったが、やがてゆっくりと話し始める。
「んー…。まず、俺が住んでいた場所は、サンダイルと呼ばれていて、ハルケギニアなんて言葉は聞いたことが無かった。
大きく三つの大陸で出来ていて、俺はその中の一つ、東大陸のグラン・タイユという地方にあった砦にいたんだ……」
ギュスターヴは徐々に語り始めた。自分がいた砦に何者かが引き連れたモンスターが襲来したこと。
部下を逃がすために少数の人間と砦に残った事。火の手が上がる砦の中で、朦朧とする意識の中、何かによってここにやってきたらしい事……
ルイズは話を聞いているうちに、ギュスターヴが遠い遠い顔をしているのを見つけた。
「…多分サンダイルとハルケギニアは、近いとか遠いとか、そういう話で収まらないほどかけ離れているんじゃないかな」
「何?それって世界をまたいで私があんたをサモン・サーヴァントで呼んだって言いたいの?」
「確証はないが、そうでもないと説明の出来ない事が多すぎる」
荷物から小さな袋を持ち出し、中をまさぐるギュスターヴ。中に入っていたのはルイズが見たことの無いデザインの硬貨だった。
何年にも渡って人の手を受けて、角の甘くなったコインが数枚。
それがサンダイル世界に普く流通するクラウン金貨である事をギュスターヴは知っている。個人でそれを使う機会が
それほどあったわけではないが、ギュスターヴ個人の財布としてそれを持ち歩いていたのだった。
「他にもこちらには魔法があるが、サンダイルにはアニマというものがあった。それを使ってさまざまなものから術を引き出して使うことが
当たり前とされていた」
「アニマって何よ?」
「……そうだな。この世のありとあらゆるものに宿っている力、みたいなものかな?石なら硬い、水なら冷たい。そういうイメージでアニマを
引き出すと、イメージを具現化した術が発揮される」
ギュスターヴは術不能者だが、だからこそ誰よりも術に精通しようとした。青年期においてはシルマールに師事し、後年は
その弟子ヴァンアーブルを側近に置いたのはそういった意味があった。
ルイズはまったく未知の世界の話に耳を傾けた。ルイズとて実技はともかく学科の成績は誰にも負けない優秀なもので、
だからこの話は知的刺激に満ちていた。
「ねぇ。そのサンダイルで、あんたは何をしていたの。砦に居たっていうことは、傭兵?」
「ん?」
ルイズの質問は最もで、彼女はギュスターヴの過去を知らないのだ。知らないものを知りたいと思うのはごく自然の発想だ。
しかしギュスターヴは口ごもらせて、遂に寝床に横になって顔を背けた。ルイズにしてみればあれだけ話しておいて
自分の事を話そうとしないギュスターヴにやきもきし出した。
「何よー。もったいぶらないで教えなさいよー。減るものじゃないでしょー」
バシバシと床を踏み鳴らすルイズが鬱陶しい。ギュスターヴは面倒くさそうに身体を起こしてルイズを見た。
「しょうがないな。……俺はな、ルイズ」
「うん」
ごくり、とつばを飲み込む。
「王様を、やっていたんだ」
嫌にはっきり言ってしまったなぁ、と脳裏で語散るギュスターヴを置いて、ルイズはぽかんと目を白黒させ、次に
深くため息をついてわなわなと震え始めた。
「人がせっかく真剣に話を聞いているのに……」
ベッドの上に置かれた杖を握って振り込む。
「真面目に答えなさいよこの中年使い魔がー!」
二人の間の空間が爆発して、胡坐で腰を曲げていたギュスターヴを弾き飛ばした。まったく油断していたギュスターヴは受身も取れず、
背中の方にある石壁に後頭部を強かに打ちつけて悶絶した。
「~~~!!!!」
ふん、と鼻を鳴らすルイズ
「主人を謀った罰よ。……図書館の件だけど、一応先生には話を通しておくわ。でも私はあんまり使ったことが無いから
教えられないかもしれないわよ」
打ち付けた部分を撫でて涙目のギュスターヴも、ルイズにあまり頼る気が元から無いらしく答えた。
「い……、いや、とりあえず使えるようにしてくれればいい。あとはコルベール先生とかに聞いてみるから」
時間は戻り翌日の昼間。ギュスターヴが図書館の中を歩き回って暫く経った。司書は入り込んできたギュスターヴを見やったが、特に何も言う事はなくそのまま通してくれた。
図書館は吹き抜けになっていて、吹き抜けから見下ろすと下の階の図書架まで見えるようだったが、棚と歩く人の縮尺がえらく小さい。
既に今日の授業が終わっているのか、幾人かの生徒らしき人影が増え始めたが、広い広い図書館は壁と棚を無尽の本で埋め尽くしていて、
どこから見ていいかまるで分からない。
(本の整理をしているような人ならどこにどんな本があるかわかるかな……)
あてどなく歩き回るギュスターヴ。本棚の林を抜けていくと、開けた場所に並べられた読書用の椅子とテーブルがあった。
そこに特徴的な趣味のシャツを着た少年が座っている。
決闘騒ぎ以来の再開になる。『青銅』のギーシュだ。
「よう」
「ああ…君は…ギュスターヴ……だったね」
「ギーシュ、だったな。……なんだか前に見たときより白いな」
ギーシュは乾ききった笑い声でギュスターヴの言葉を迎えた。力なく語る所によると、授業の後はケティとモンモランシーの追跡を避けるために
毎日ここに来ているのだという。
ギュスターヴは幸いと、ギーシュの手を引いて立ち上がらせる。
「ちょうどいい。暇なら本を選ぶのを手伝ってくれ」
ギーシュを引き連れて図書館を歩き回るギュスターヴ。歩きながら質問をギーシュにし、捜すものは児童書の棚。
比較的薄く、字が少ないものが望ましい。
「このあたりの棚が一応児童書とかになるよ」
「そうか。……これがいいかな」
小奇麗な装丁の一冊を棚から引き抜き、タイトルをギーシュに聞こうとした、丁度その時。本棚の彼方から走って近寄ってくる誰か。
一年生のマントが翻っている。
「見つけましたわ、ギーシュ様♪」
「ケ、ケティ!」
一年生、現在ギーシュの二番夫人と噂されるケティ。ケティはギーシュの隣にいたギュスターヴには目もくれず、
懐から杖ではなく錘のついたロープらしきものを取り出しギーシュに投げる。
ヒュン、と飛んでギーシュの体に巻き、きつくギーシュの体を締め付ける。
「ぐ、ぐおおぉぉ!」
「さぁギーシュ様、お姉様がお茶を用意して待ってますわ♪一緒に行きましょう?」
一緒に行きましょう?行きましょう?逝きましょう?……。
ギーシュの脳内を木霊するケティの声。かくん、とギーシュは脱力してギュスターヴに顔を向ける。
「そ、そういうわけだからギュスターヴ君。僕は失礼するよ……」
ケティに引き摺られてギーシュは図書館の出入り口に向かって歩いていった。その姿はさながら犯罪者を引き回す役人のようだ。
一方、唐突に置き去りにされてしまったギュスターヴ。手にはタイトルすらうかがい知れない本が一冊。
「どうしようかな……」
タバサはその時、いつものように定位置の椅子に座り本を広げていた。窓際の、日当たりのいい場所。
少しだけ窓を開けておくと風が吹いて、開いたページをめくって遊んでいく。読んでいる本にはハルケギニア語で『エンディミオン』と書かれていた。
不意に顔に掛かる陽が陰るのを感じる。視線を動かすと、隣の椅子に意丈夫の男が座ってこちらを覗きこんでいた。
「こんにちわ。……タバサ、だったな」
認識できるか出来ないかというほどタバサは小さく頷く。ギュスターヴは本を置き、静かにタバサの読書風景を眺めていた。
タバサは本来読書中は他の事に囚われたりしない。それよりも本と知識の中に没頭している事を好むから。しかしこの時タバサの脳裏に、
数日前に浮かんだ疑問が思い出され、この時をその解決に向かう事のできる好機と捉えた。
「あの時の剣。あれは何?」
「何って?」
開かれた本を閉じたタバサ。ギュスターヴに対し向き直し、目を見る。
「ただの剣がゴーレムを簡単に切れるはずが無い」
ギュスターヴは察した。彼女は決闘の時の自分について何か聞きたいらしいと。そしてどうやら、自分の剣には何か
秘密があると思っているらしいことも。
「あの剣の仕掛けが知りたい、と」
「そう」
戸棚の奥から誰かの足音が聞こえる。少し考え込む様子のギュスターヴを、今度はタバサが眺めている。
暫くして、ギュスターヴは手元に置いていた本をタバサに見せる。
「字を習いたいんだ。手伝って貰えるなら、話すよ」
タバサはやはりわずかに頷いてギュスターヴの手元の本を広げて見せた。児童書の名前は―――『イヴァールディの勇者』
正午も過ぎ、ギュスターヴはタバサをつれて外、アウストリの広場という所にいた。
そこはヴェストリ広場と概ね構成が同じであり、やはり何本かの樹木が植え込まれている。
その中の、最も太く大きく育った一本の影に座り込み、腰に挿していた短剣を抜いてタバサに見せた。
「持ってみる?」
うなずくタバサ。地面に置かれた短剣の柄を握って持ち上げるが、剣先が持ち上がらないでわずかに引き摺る。
「……重い」
さくりと剣先が地面に刺さり、笑いながらギュスターヴは剣を地面から抜いた。
「自分で作ったんだ。これは」
指先で剣についた土を撫で落とす。木漏れ日に当てると、刀身には木の年輪の如き文様が浮かんでいるのが分かった。
「私も詳しく聞きたいなぁ。ギュスターヴ?」
不意に声かけられたギュスターヴは周囲を見渡す。すると樹木の反対側からルイズが現れて二人の輪に入った。
「ルイズ。……なんでここに」
「あんたが図書館から出てくるのを待ってたのよ。そしたらそのちびっこと一緒に出てくるから後をつけたの」
自分もちびっ子だろう、とギュスターヴに、ふんと鼻息一つして、
「私はまだまだこれからよ」とルイズ。
「で、その剣のこと、私にも教えなさいよ。主人には教えられないでそこの子には教えるってどういう了見?」
最もな話だ。主人として至らないとはいえ、その辺の人と公平ではありたいのだ。
「ん……まぁ、いいか。かまわないかタバサ」
「かまわない」
正午をまわり緩やかな風が吹いた。
ギュスターヴは昨晩と同じように、自分の世界の事を語った。
さらに自分がその世界で『異端者』である術不能者であること、その世界で生き抜くために、鋼で武具を作ったことも。
「何度聞いても不思議よねぇ、あんたのいた所って。平民でも魔法が使えるなんて信じられないわ……」
私は使えないのに。と暗にルイズはいじけている。対してタバサは静かに、かつ興味を刺激されている。
「俺は使えないがな。俺だけじゃない。俺と同じように術が使えなくて社会の底に押しやられていた人間はたくさん居たんだ」
「それでなんで鉄の剣になるわけ?」
「アニマは金属を嫌う。正確には、金属製品はアニマを通し辛い。もっとも通さないのは鉛だな。
そこから錫、鋼、鉄、銅、青銅と徐々にアニマに触れやすくなる。白金、銀、金などはアニマを干渉する力がほとんどない」
「だからあんたの鎧って立派な割りに飾りっ気が無いのね」
無論ギュスターヴも鎧があれ一つというわけではなく、儀礼式典用のそれは装飾に貴金属を大量に使った豪華のものを用意させていた。
とはいえこちらに来た時の鎧は今はある程度分解してルイズの部屋に置かれていて、一見すれば金属の塊にしか見えない。
「私達の魔法も、嫌う?」
タバサの質問に、それはどうかな、と答える。
「こちらの魔法は金属も加工できるんだろう?しかもアニマに干渉しやすい金属の方が低い技量で扱える」
先日の決闘が思い出される。
「アニマにも石の術というのがあるが、金属に術をかけたりはできない。だから魔法とアニマは別のものなんだろう」
「ギーシュに勝ったのは実力?」
「そう受け取ってもらってくれれば」
どうよ、私の使い魔は!とルイズはない胸を張ってタバサに誇った。
この時ギュスターヴはワルキューレを切った時に感じた違和感を覚えていたが、話すまでも無いと思って口には出さなかった。
タバサは釈然としないながらもうなずいた。
「また図書館に来る?」
「そのつもりだが…何か?」
「まだ字を教え終えてない」
タバサの言葉に窺いこむ様子でギュスターヴは聞いた。
「いいのか」
「いい。約束は守ってもらった」
善意に付け込んで半分騙したようなものなんだがなぁ、とギュスターヴが内省していたのだが、この青髪の少女は
それでもギュスターヴに興味を抱いてくれたようだ。
「そうか。…構わないかルイズ」
「いいわよ。その方が手が掛からないし」
俺は犬猫かよ、肩を落とすギュスターヴ。それに、
「あんたに手が掛からないほうが、私が魔法の練習に専念できるでしょ」
ぴし、と指刺してルイズは言い切った。
それから2日後。
学院敷地内の一つ。学院長室のある塔が見える広場がある。
そこにルイズが立っていた。辺りに人はいない。杖を握り視線を伸ばす。視線の先にはこげ痕が生々しい杭が何本も打ち込まれている。
日が落ち始め夕日が差し込んでくる。誰も居ない広場、ルイズの身体に風が吹きつける。
目にゴミが入ってひるんだルイズに、とす、と背中が何かに当たる。ギュスターヴがそこに立っていた。
「ずっとここで練習してるのか」
広場の隅にはこげ痕や何やらでボロボロになった杭が山のように積まれていた。
「あんたこそ文字習うのはどうしたのよ」
「途中で用事ができたらしくてな。タバサが帰ったからお開きになった」
そう、とルイズ。視線を杭に戻し一呼吸置いて、杖を構えた。
「ファイアボール!」
振られた杖。火球が発生しない代わりに、声と同時に杭の長さ中ほどのところから爆発し、杭が砕け散った。
「ふぅ。また失敗ね」
ルイズの声が冷静すぎるように聞こえる。落ちかけた陽が、広場に立つ二人の影を伸ばしていく。
「どうして私は魔法が使えないのかしらね。ギュスターヴは考えた事がある?そういうこと」
決闘騒ぎ以来、ルイズは不貞腐れる事無く魔法の練習に打ち込むことに決めた。たとえ何回と失敗しようと、
自分が自分である証を探す為に、無心になって打ち込んだ。無論、いきなり今までから急激に成功できるわけでもなく、結果は爆発。
それが今日まで続いていたが、ルイズの心は腐らず立っている。
夕日の空を見上げるギュスターヴ。赤く染まる空に、皮兜を被った男が写るような気がした。
「……昔、ある男に言われたことがあるんだ。『貴方は空の瓶のような人だ』って」
視線を落とすと、ルイズがギュスターヴを見上げていた。
「それまでいろいろと高名な術師が持つグヴェルを触らせてもらったことがあったが、部下の術不能者が火を起こす事ができたものでも、
俺が持つとうんともすんとも言わない。それで周りが焦るんだ。まぁ偉い人っていうのは大変なものさ」
でもな、と。短剣を抜いて構える。
「空の瓶のようだ、と言われてからは、少しそういう気分も変わった。俺は空っぽなのかもしれない。でもそれは逆に、
何かを入れていくことが出来るってことなんじゃないかな、なんてな」
一人語りが過ぎた。頭をかいてごまかす。
「こんな話聞いてもつまらないよな」
「そ、そんなこと……ないわ…」
ぼうっと話を聞いていた自分が間抜けな気がして、ルイズは背中を向ける。
「うん…そんなことない……」
手に握った杖をじっくりと見る。その声はほんの少し、嬉しそうな色を帯びていた。
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