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#navi(虚無の魔術師と黒蟻の使い魔)
トリステイン王国王都トリスタニアの路地裏にある一軒の武器屋。
薄暗い店内。その天井近くを黒い一匹の虫がふらふらと飛んでいる。
客はいない。店主一人。
店主はその虫には気づかず、それ故に気づかない。次の瞬間、その虫が忽然と消えてしまったことに。
「消えた」という言葉は比喩ではない。文字通り存在していたはずのその虫が、次の瞬間には存在していなかった。
虫が入ってきたことも、忽然と消えてしまったことも知らない店主だが、次に入ってきたものには当然のように気がついた。
見落としようもない。人間。
だが、それも先ほどの虫が忽然と消えたことには比べられないが、異常なものだった。
「これはこれは貴族様。うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目を付けられるような事なんか、これっぽっちもありませんですぜ?」
それは貴族だった。
武器屋である以上、客は武器を使う平民がそのほぼ全てを占める。貴族の客などいない。
貴族が全く店を訪れないわけではない。しかしそれも客とは云えぬ者ばかり。
忌々しい徴税官が定期的に来るが、それは当然客ではない。
稀に、土メイジが己の魔法で作った武器を売りに来ることもあるが、それは客ではなく取引相手。仕入先。
そもそも店に直接売り込みに来るようなメイジは、まず貴族の位を持っていない。平民のメイジだ。
唯一店に訪れる貴族で客と言えるのは、彼が武器屋の店主として培った武器を売りに来た土メイジとの繋がり、コネクションを求めに来た者ぐらいだ。
それを踏まえて入って来た貴族を見る。
ピンクブロンドの美しい髪。背丈は150サント程度か。低い。背も低ければ顔も幼い。体型も幼い。
少女だ。
店主にとってはうろ覚えの記憶で確信が持てないが、マントの留め具に刻まれている紋章は魔法学院のものだったように思える。
見た目の特徴と併せて考えれば、魔法学院のものでほぼ間違いないだろうと店主は決めつける。
しかし、そう決めつけたところで店に来る理由は分からない。
徴税官ではない。
ならば学生が小遣い稼ぎに武器を売りに来たのか? それにしては手ぶらだ。
ならば土メイジを紹介しろと? そんなもの学校にいくらでもいるだろう。
いや、貴族でないメイジと繋ぎをとりたがるなんてのは、大抵が何らかの訳有りだ。見知った者には言えない事情があるのやも知れぬ。
いや、どんな事情が有るのかなど知ったことではない。
ただ、あまり考えなしの人間と関わり合いになるのは勘弁願いたい。
目の前の少女。いかにもだ。
しかし、その少女の口から出た言葉は店主のそんな想像からかけ離れたものだった。
「客よ。剣? 槍? なんでもいいから武器を買いにきたわ」
その少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは言った。
「なんでもいい、ですか?」
店主は思わず聞き返してしまう。武器を買う貴族もあり得ないが、武器屋に来て「なんでもいい」と言った客は初めてだ。
「そうね……。取っ手? 柄って言うの? とにかく手で持てるようになってて振り回したり出来るものなら何でもいいわ」
つづけて言うルイズの言葉に店主は吹き出しそうになる。
そんな物、店の中にある全てがあてはまる。用途として振るより突くためのもの、レイピアなどがあるが、振り回すことができないわけではない。
これで出した物が気に入らないとケチをつけられても堪らない。
武器のことなど何も知らない貴族の娘だからこその物言いなのだろう。自分が求めている物を正しく説明できていないのだ。
店主はそう判断し、何とかより詳細な情報を引っ張り出そうとしたところで思いつく。貴族が武器を求める理由。
「あれですかね。最近物騒ですから従者に武器を持たせるんですな。その従者の方の体格とか教えていただければ、適当なものを見つくろえるんですがね」
店主の言葉にルイズが小首を傾げる。
「物騒?」
その反応も店主の想像から外れている。
「最近『土くれ』のフーケなんて言う盗人が幅を利かせているじゃねぇですか。それで警備のために従者を武装させようってんでしょう? お客様。流石に貴族様自ら買いに来られたのはお客様が初めてですけど」
ルイズの反応に戸惑いながらも言う。
しかし、やはりルイズの反応は芳しくない。
「フーケ、ねぇ。確かに聞いたこともあるわ……。言われるまで忘れてたけど……。そんなのは関係ないわよ。私は寮住まいだし、警備のことなら学校は先生が、実家はお父様が考えてるわよ」
店主の考えは外れていたらしい。
ならば、何のために使うのか? 店主の頭からその答えを導き出すことは出来そうもない。
事実、次にルイズの口から放たれた言葉に店主は耳を疑った。そんな答えを導き出せるわけがない。
「使うのは私よ。体格は見ての通り。身長158サント。わかったら何か適当なもの持ってきなさい」
ルイズは当たり前のように身長を5サントほどサバを読んだ。
彼女自身が使うらしい。
そんな答えを導き出す武器屋などハルケギニア中探してもいないだろう。
店主が店の奥へとはいって行った。
それを見送るとルイズは一匹の蟻を出現させる。
ただ、その蟻は決闘の際に呼び出した物とは違う。その背に羽根が付いている。
羽蟻だ。
謹慎期間中に羽蟻を生み出すことに成功した。
モッカニアはこの蟻を偵察用として使っていた。
ルイズと黒蟻達は感覚を共有していない。黒蟻の見たものをルイズが見ることはできない。
ルイズに解るのは蟻達がどの辺りにいるか。そして生きているか否かぐらい。
しかし、この羽蟻と、今は呼び出していない女王蟻を使うことで簡単な偵察ぐらいはこなせる。
羽蟻と女王蟻の間では信号による情報のやり取りがある。
羽蟻を偵察対象の近くに潜ませ、女王蟻を手元に置くことで、女王蟻を経由して羽蟻周辺の様子を窺うことができる。
とはいえ女王蟻とも思考を共有しているわけでもなし、羽蟻の信号を受けた女王蟻の反応で察するしかない。せいぜい動きがあるか、異常があるかなしかが分かる程度。
偵察、探索はモッカニアにとってはおまけのような能力。本職の探索系の魔法の使い手、あの館長代行とは比べるべくもない。
ただ、モッカニアの場合は羽蟻と女王蟻のセットを他者に貸してやることができるのが、他の探索系の魔法と比べても優れている部分だ。
虚無の曜日ということで街へ出たルイズだったが、街を歩いている時間がもったいないと思い、歩きながら、新しく生み出せるようになったこの羽蟻の操作を練習していた。
しかし、平面の動きから立体の動きに変わったことで、自在に操るには今までよりはるかに難しい。
そのため羽蟻の精密操作をしながら大通りを歩くと人とぶつかりかねないと判断し、通りを一本折れた。
するとそこにあったのがこの武器屋。ルイズは思うところあり、入ってみた。
そして今に至る。
店主が店の奥から戻ってくる気配を感じ、ルイズは蟻を消した。
「お客様でしたらこれなんかいかがですかね?」
店主が持ってきたのは見事な装飾の入ったレイピアだった。
ルイズの体格から、扱えるとしてもせいぜいこのサイズだろうという判断。また、魔法衛士隊の軍人などはレイピア型の杖を使う者が多い。
そしてルイズは貴族であり、金は持っていそうだが武器の良し悪しなど判りそうもない。ならば、細かな装飾の入った、武器としての性能とは別の部分で高価なものを売りつけるのに丁度いい。
そういったことを踏まえて持ってきたのだが、
「駄目ね。軽い」
ルイズは一蹴した。
「か、軽い、ですか?」
言葉の通りルイズはレイピアを片手で持つとぶんぶんと振り回している。
そもそもレイピアは刺突剣ではあるのだが、そうでなかったとしても素人丸出しの振り方。
だが、幾ら細身の片手剣とはいえ、女の腕力であんな小枝を振るうかのように振れるものなのか。
店主は目を疑う。
「悪かったわね。言い忘れてたわ。私が探してるのは手で持って振り回せる『重いもの』よ」
ルイズはなんでもない風に言ってのける。
「重けりゃなんでもいいんですかい? 剣でも、槍でも」
「そうね……一応、剣に限定しておこうかしら。剣を使えるようになったらブレイドの魔法で応用が利きそうだし」
ブレイド。杖の周りに魔力をまとわせ、剣のように振るう近接戦闘用の魔法である。
ルイズは当然使えない。
「兎に角。一番重要なのは重さよ。重い剣はどれよ」
「き、貴族様。力自慢なのかもしれないですけど、力が強いからといってただ重い剣使えばいいってもんじゃないもんです。重いっつーことはでかいってことでもありますし、どうしても取り回しが難しくなる。悪いことは言わねえから先程のレイピアぐらいの方がいいですぜ」
店主は思わず、高いものを売りつけるといった目的も忘れ、真面目に忠告する。
しかし、ルイズはそんなことは知ったことではないとばかりに言い放つ。
「いいのよ、取り回しだとかは。兎に角重くないと筋トレにならないでしょ」
「き、筋トレ?」
思わず聞き返す店主。
「そうよ。腕力つけるんだったら重いもの振り回すのが良さそうじゃない。でもって剣の使い方も身につけば儲け物だけど、そっちは二の次よ。兎に角重さが重要なの」
ルイズの言葉に店主はぽかんと口を開ける。
「ケッ。何が筋トレだ。重りと武器の違いも解んねえお嬢ちゃんは武器屋に来るんじゃねえや」
突如、ルイズの背中に罵声が浴びせられた。
驚いてルイズは振り向くが、そこには誰もいない。確かに声がしたはずなのに、人の姿はどこにもない。ただ、壁際に武器が陳列されているだけである。
しかし、そんな誰もいない空間に向けて店主が叱責の声を飛ばす。
「こら! デル公! 貴族様に失礼なこと言うんじゃねぇ! 黙らねえと熔かしちまうぞ!」
それに対し、再び誰もいない空間から声が返る。
「やれるもんならやってみろってんだ! こちとら長いこと生き過ぎて、疾うの昔に飽きちまってんだよ」
店主の言葉に対し、誰もいないはずの空間から店主に食って掛かる言葉が発せられる。
そして、その声の裏側でカチャカチャと金属の音がするのをルイズの耳は捕らえた。
「インテリジェンスソード?」
古き時代のメイジが作った喋る剣。
人がいない。剣はある。そしてそこから声がする。
ならばインテリジェンスソード以外あり得まい。
「はい、インテリジェンスソードのデルフリンガーっちゅうんですけどね……」
店主がルイズの言葉を肯定する。
「ただ、どうしようもなく口が悪くて……」
「ふーん……」
ルイズは剣の並べられているところへと歩み寄る。
その中の一つ、一際大きい、ルイズの背丈ほどもある大剣。その鎬の部分が、まるで人の口のようにカチカチと動いているのを見つける。
「こいつね」
ルイズはその大剣を持ち上げる。
「こら! 小娘! 俺に触るんじゃ、って、ええっ!?」
「んなぁ!?」
ルイズがその大剣、デルフリンガーの柄を両手で握り振り上げると、デルフリンガーと店主が頓狂な声を上げる。
デルフリンガー程の大きさの大剣、ルイズのように鯖を読まなければ150サント程にもなる大剣となれば、女子供に扱えるようなものではない。
それをルイズは、軽々ととは行かないが、大上段に振り上げてしまったのである。
彼らが驚くのも無理はない。
「ん。これは、重いわね……」
ルイズは力みながら言うとデルフリンガーをゆっくりと床へおろす。
「ありえねぇ」
「おでれーた」
店主とデルフリンガーが驚きの声を洩らす。
抱き上げるような持ち方ならともかく、柄を握って振り上げれば手首にかかる重量は生半可ではない。身の丈ほどもある大剣を振り上げる。それは女としても小柄な体格のルイズができることではない。
店主は、目の前のルイズの体格とその手に持つデルフリンガーを見比べて、それが現実なのか、己の目を疑っている。
しかしデルフリンガーの驚きはそれとは違うものだった。
「お、お前っ! 使い手か!?」
「使い手?」
デルフリンガーの吐く耳慣れぬ単語にルイズは首を傾げる。
「いや、使い手じゃねぇか。うん、違うな、こりゃ」
「使い手って何よ?」
「でもなんか似てるんだよな、使い手に。なんだろな、こりゃ」
「だから使い手って何よ?」
「んー。似てるんだけどな。なんか違うんだよなぁ。つーか、これ、俺とあんま関係ないのか?」
「あーもーっ! さっきっから何ぐちぐち言ってんのよ! 聞いてるんだから早く答えなさい!」
ルイズは怒鳴った。
店主は思わず身をすくめているが、ルイズの目にはすでに店主は入っていない。
デルフリンガーはルイズの剣幕に少し驚いて、少しの沈黙の後、口を開いた。
「あー、使い手ってのはあれだ……忘れた」
店内に沈黙が流れる。
「ア、アンタ、私を馬鹿にしてるのね。け、剣に虚仮にされるなんて初めてだわ。お、重しつけて海に沈めてやろうかしら」
沈黙を破ったのはルイズだった。
「ち、ちがっ。本当だ。本当に忘れちまったんだよ! 何しろ随分と長いこと生きてきたもんでな」
デルフリンガーが慌てて取り繕うが、
「つまり、適当なことを言って私をおちょくろうってわけね。壁の中に塗りこんで、夜な夜な声の聞こえる呪いの壁にでもなってもらおうかしら」
それは逆効果だった。
ルイズは不意に店主を見る。
「アンタもこの何の役にも立たないお喋りくそ野郎の処分の仕方を考えなさい。こんなものを店先に置いておいても意味ないでしょう」
ルイズは引き攣った笑みを浮かべながら言う。
「それに何これ? 錆び錆びじゃない。こんなんじゃ剣としても使えないだろうし、口を開けば人をおちょくろうってんだから処分したほうが世のためよ」
ルイズは刀身を少し鞘から抜き、それがすっかり錆びているのを確認すると言った。
「いやいやいや! 待て待て待て! おちょくるつもりは無え。それに役立たずでもねえ。確かにいろいろと忘れちまって入るが、今解ることってのもあるんだぜ」
デルフリンガーは慌てる。
熔かしたければ熔かせと言っていたのがうそのように慌てる。
先程の言葉は口先だけだったのか、ルイズの微妙に陰湿な処分方法が嫌なのか、それとも気が変わったのか。
「お前さん。俺を振り上げたのはすげえと思ったけど、ありゃ、お前さんの腕力じゃねえだろ。何かよく解んねえ力で、腕力を水増ししてるだろ」
デルフリンガーが言う。
「…………」
その言葉にルイズは沈黙した。
「俺は俺をもったやつのことならある程度わかるんだ。お前さんの自前の腕力じゃあ、絶対にさっきみたいなことはできねえ。使い手が何だったが忘れちまったが、使い手もそういう筋力とは別の力で嵩を上げてた気がするんだよ」
デルフリンガーが更に捲し立てる。
「よく解ったわね」
ルイズはぼそりと呟いた。
「へえぇ。腕力を上げる魔法ってのもあるんですかい?」
そう言ったのは店主だった。
「えぇ」
ルイズが店主を見ずに答える。
「水の魔法の応用よ。病気や傷を治す要領で、健康な人間をより健康にしてるのよ」
ルイズは嘘を吐いた。
「…………」
今度はデルフリンガーが沈黙する。
そのデルフリンガーの様子を見て、ルイズは己の嘘がこの剣に通じていないことを悟る。
持ってる人間のある程度のことがわかると言ったが、それはどこまで分かるのか? 何もかも分かってしまうなら、これを放置しておくことはできない。
口振りから、何もかもということはないだろうが、それでもこの剣から己の異端の術がばれる可能性は無視できない。
ルイズはデルフリンガーを睨みつける。
「これ、おいくらかしら?」
「へ?」
ルイズの言葉に呆けたような声を返す店主。
「だから、これおいくら? 買うわ。重さは十分だし、喋るってのも何かの役に立つかもしれないし」
この剣を放置しておくわけにはいかない。どこまでこの剣が知ってしまったのかは解らないが、それを見極めるか、さもなくば問答無用で処分してしまうかだ。
何を知られているか解らないものを放置しておくという選択肢は無い。
それとは別に少し興味があるのも事実だ。
肉体強化に似ているという、その『使い手』というものに。
「へぇ。そいつでしたら100エキューで結構でさ」
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