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「ゼロのロリカード-12」(2010/07/16 (金) 22:36:24) の最新版変更点
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#navi(ゼロのロリカード)
◆
「ここは昔、よく貴族が決闘に使っていたのさ」
港町ラ・ロシェールかつての錬兵場、今となっては物置であるそこでワルドとアーカードは相対していた。
「ふむ」
アーカードはデルフリンガーを抜き放つ。
「ん・・・おっ、なんだ決闘か」
デルフリンガーの言葉をナチュラルに無視し、アーカードは構えを取る。
ワルドもレイピア型の杖を引き抜いて構えようとする、しかしそこで気付く。
・ ・
それは異な構えであった。アーカードの右手は猫科動物が爪を立てるが如く、人差し指と中指で柄の上部を掴んでいた。
そして刀身を挟む左手の存在、これも右手と同じく人差し指と中指で挟み込む形をとっていた。
右手のそれは斬撃と同時に、鍔元の縁から柄尻の頭まで横滑りすることで死の間合いを伸ばす。
左手のそれは溜めをつくることにより、放たれる斬撃を流星の如き神速へと変えるのだ。
水平よりやや上に構えられた剣、アーカードは正面からワルドを視界に捉える。
この手を見てワルドに死相が浮かんだ。
魔法衛士として戦闘術と魔法を極めた、その一人の戦士としての細胞が戦闘を拒否していた。
なるほどフーケが異常なまでに忌避した理由もわかるというもの。
とめどもなく体中から汗が出るのを感じる。『ガンダールヴ』だから強いのではない、この者だから強いのだ。
「何をしているの?」
突然ルイズが現れ声をかけた。ワルドが介添え人として呼んでいたのだである。
二人の様子を見てルイズはすぐに何をしようとしているのか察する。
「まったく、決闘の立会人として私を呼んだわけ?そんなバカなことしてる場合じゃないでしょ」
構えを解き、アーカードはルイズの方へと向く。
「喧嘩を売られたから買ったまでさ」
「彼女の・・・ガンダールヴの実力を少し試したくなってね」
殺気から解放され、ワルドは必死に平静を装う。
「やめなさいアーカード、これは命令よ」
「了解した」
アーカードは大人しくデルフリンガーを鞘へとしまう。
「・・・やけにあっさりやめるのだな」
内心助かったと思っていたワルドだが、いつの間にかそんな言葉を口にしていた。
「主の命令だし、そも決闘をするさしたる理由もないからな」
ワルドはそれ以上何も言わない。相対したことで実力が多少なりと測れたから良しとする。
そう、まともに闘り合えば危険過ぎる相手。
◆
ワルドはラ・ロシェールの時の事を思い出していた。
王党派扮する空賊に襲われた『マリー・ガラント』の上の時の事も思い出す。
真正面からの戦闘は断固回避すべきだ。
フーケが恐れたことといい、自身が実感したことといい、アーカードを相手にするには相応の策か搦め手が必要だ。
いやそれよりも、もっと簡単で確実な方法がある――。
「すまんね、朝早くに呼び出してしまって」
「あ~~~、少し眠いな」
ニューカッスルの城、決戦前夜から明けた朝にワルドはアーカードを呼び出した。
「・・・で、話したいこととはなんだ?」
「あぁ、これから僕はルイズと結婚する」
アーカードは片目だけを開き、寝ぼけ眼でワルドを見つめている。
「それでウェールズ皇太子に結婚の媒酌をお願いしてある」
「ふむ、ルイズは結婚の申し出を受けたのか?」
「いや、これからさ。求婚の時は二人きりになりたい、それも含めて君をここに呼び出したというわけだ」
「まだルイズが受けていないのに頼んだのか、大層な自信だの」
アーカードは大きく伸びをした。首を左右に回しコキコキッと小気味良い音を鳴らしている。
「そしてだ、君は結婚式に出席するかい?」
「ん~む、まだ主が受けると決まったわけではないからなんともな」
「・・・出席するならルイズ共々グリフォンで送ろう、欠席するなら『イーグル』号で先に帰るといい」
「主人に付き従うのが従僕だからの、先に帰るという選択肢はないな」
ワルドは息を吐いて一呼吸置いた後、予め想定していた計画へ移行するのを決心する。
可能性は低いものの、もしアーカードが先に帰ると言えば御の字。そして否であるならば――。
「わかった、では出席ということでよろしいね。僕はルイズと話をしてくるから暫しここで待っていてもらえるかな?」
コクコクとアーカードは頷き、その場に座り込んだ。
「そうそう、もう一つ言うことがあった」
「ん・・・?」
アーカードは下に向けていた頭をもたげた、その刹那であった。
『閃光』の名に恥じぬ、驚異的なスピードでワルドは魔法を唱える。
音もなく鋭利な風の刃がアーカードを切断した。頭と胴体が分かたれ首が無造作に転がる。
―――これで最大の障害は消えた、ワルドは笑みを浮かべて歩き出した。
◇
「殿下、お待たせしてしまって申し訳ない」
「ウェールズさま・・・?」
ワルドはまだ何も告げず、ルイズを連れて礼拝堂へと赴いた。
ワルドはルイズの手をひきウェールズの前まで進み出ると、ルイズを見つめる。
「ルイズ、今から結婚式を挙げよう」
「は・・・?」
「子爵・・・あなたはまだ伝えてなかったのか?」
ルイズは戸惑う、いきなり連れてこられて挙句ウェールズの目の前で求婚されるとは思っていなかった。
「え・・・いや・・・その、待ってワルド。話がよく見えないわ」
ワルドは嘆息をつく、ルイズの肩に手を置きその鳶色の瞳を見つめた。
「僕と君は許婚だ、ウェールズ皇太子の前で結婚式をあげようじゃないか」
「待って、突然言われても・・・。それに私はまだあなたに釣り合うようなメイジじゃないし、今すぐ結婚しようだなんて・・・・・・」
ルイズは俯き考える、偽らざる自分の気持ちを、心に問いかける。
「大丈夫、君は必ず偉大なメイジになる。それは僕が保証する」
「それにその・・・確かに昔は私あなたに憧れてた、それはもしかしたらきっと恋だったのかもしれない。でも今はなんとなく違うの」
少し言い澱む、立派になったワルドがここまで好意を寄せてくれるのは嬉しい。が、やはり嘘はつけない。
好きでもないのに結婚なんてそれこそ失礼に値する。
様子を見ていたウェールズは落ち着いた声でワルドに声をかける。
「子爵、残念だが・・・」
「ルイズ、突然だったことは謝ろう。ちょっと緊張してるだけなんだ、そうだろう?」
ワルドは片膝をついてルイズの肩に手を置き、その瞳をじっくりと見つめた。
ルイズは今一度自分の心に問いかける。ワルドのことは嫌いではないでもやはり違う。
それに今すぐ結婚というのも・・・、そしてなぜだかルイズの頭に使い魔の顔が浮かんだ。
見た目だけなら自分よりも幼いアーカード。強く信頼のおける自分の使い魔。
(いやいやいやいや、吸血鬼とはいえ女同士よ・・・うん。私はそんな趣味はないもの、アーカードは・・・もしかしたらどっちもイケるのかもしれないけど)
自分の中で必死に否定する、そういえばアーカードは一体どこに行ったのだろうか。
「本当にごめんなさいワルド、私はあなたからの結婚の申し出をお受けすることはできません。・・・少なくとも今は」
ワルドは俯き溜息を吐く、その体が震える、ルイズの肩に置いた手に力が入る。
「痛ッ・・・」
ルイズは痛みで顔を歪める、それに気付いたウェールズはワルドへと詰め寄る
「子爵!」
「あぁ・・・ごめんよルイズ」
そう言うとワルドはゆっくりと、幽鬼のように立ち上がった。
「こんなに頼んでも駄目かい?」
「・・・・・・ええ、ごめんなさい」
ワルドはそうか・・・と呟くと、杖を引き抜く。
その動作とただならぬ気配を感じたウェールズは一歩飛び退こうとするも、既に一手遅かった。
青白く光った杖はウェールズの胸を貫き、ワルドはそのままウェールズを突き飛ばす。
「がはっ・・・」
「・・・ッ!?ウェールズさま!」
地面に倒れウェールズは血を吐く、誰がどう見ても致命傷なのは明らかであった。
「ワルドあなた・・・」
「し・・・子爵・・貴様・・・まさか・・・・・・」
ワルドは虫けらを見るような瞳で、死に逝くウェールズを見下ろす。
「察しの通りだ、僕は貴族派『レコン・キスタ』の一員さ」
「に・・・逃げるんだ・・」
ウェールズは必死に声を振り絞った、ルイズはゆっくりと後じさる。
「逃げられると思うか?」
ワルドがルイズの方へと顔を向ける。ワルドはスクウェアクラスのメイジ、逃げたところで魔法で追撃されるだろう。
ルイズは覚悟を決めて、ワルドを見据えた。
「大人しくアンリエッタの手紙を渡すんだルイズ・・・」
「断るわ!見損なったわワルド!」
ワルドは再度溜息を吐く。
「ルイズ、君は昔から僕に手間をかけさせたね。そして最後までかけさせるとは・・・それじゃあ君を殺し、手紙を奪うとしよう」
ルイズは杖を構えるもワルドはすぐさまそれを叩き落とし、ルイズの首を掴む。
「どうする?今からでも僕と一緒にくるかい?」
「くっ・・・、アーカードッ・・助けて・・・・」
思わずルイズは使い魔に助けを求める、守ってやるって言ってたくせに一体どこでなにやってんのよ・・・。
「無駄だよルイズ、君の使い魔はこない」
はっとしてルイズはワルドを見る。
「彼女とまともに闘り合うのはゾっとしないからね。ここに来る前に、隙を突いて首を落としてやったよ」
下卑た笑いをワルドは浮かべる。しかしその直後に返ってきた言葉で困惑することとなる。
「首を落とした・・・?それだけ?」
「なに・・・?」
頭が原型を留めないくらいに吹き飛んでも何事もなく再生したアーカード。
はたしてそんな彼女が首を落とされたくらいで死ぬのか・・・。
その時だった、ワルドは顔面をかすめた黒い影に驚いて思わずルイズを掴んでいた手を離す。
黒い影は小さな蝙蝠。そしていつの間にか礼拝堂には無数の蝙蝠が飛び交っていた。
蝙蝠達はルイズとワルドの間に密集していき、形を成していく。
「ああ、そうか。背信者だったのか、ワルド」
人型を成した黒き蝙蝠の影は言葉を放つ。その声にルイズの顔が晴れやかになっていく。
そして、アーカードはルイズを庇う形でワルドと再び相対した。
「馬鹿な・・・確かに首を切り落とした!確実に死んだ筈だ!この手で殺した筈だ!」
「うるさいな、たかだか二十数年しか生きていない餓鬼が。お前が持ってる常識では測れないほど、世の中は広いんだよ。
この私をもってしても未だに新しい発見ばかりだというのに」
――なにがどうなっているのかはわからない。だがすぐに切り替えてワルドは無駄な思考を排除する。
しかし現実に「敵」が目の前にいる。ならばする事は一つ、排除だ。そこに余計な考えは必要ない。
アーカードは左手に持った抜き身のデルフリンガーをワルドへと向ける。
「ルイズ、下がっていろ」
戦いの邪魔にならぬようルイズはすぐに退避する。
「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・・・・」
風の偏在、ワルドが合計5体になる。
「器用だな・・・魔法はそんなことも出来るのか、面白い」
油断を見せているアーカードに向かい、分身体のワルド二人が『エア・ニードル』でアーカードを貫く。
アーカードは一切避けようともせずそれを受け、一体にデルフリンガーを突き刺し、一体の体を万力のような力で握った。
刺突からそのまま斬り上げられたワルドは消滅し、もう一体を力任せに床へ叩き付ける。その圧倒的なパワーによるダメージによりこれもすぐに消滅した。
二体目の消滅を確認すると、アーカードは本体であるワルドのいる方向へ走り出す。
しかしすぐさまそれはワルドの『ウィンド・ブレイク』により吹き飛ばされた。
ワルドは訝しんだ目でアーカードを睨みつけ、観察する。
「どういうカラクリだ・・・確実に我が偏在は貴様を貫いた筈・・・」
「はっはっは、丈夫なだけだ」
アーカードは風による吹き飛ばされつつも軽やかに受身を取り軽口を叩く、その時デルフリンガーが口を開いた。
「ごめん、相棒。今ちょっと思い出した」
その言葉と同時にデルフリンガーは光り輝き、錆びかけた刀身はよく研磨された刀身へと変わっていた。
「そうだ、このデルフリンガーさまは『ガンダールヴ』の左腕。使い手を守る盾だ!ちゃっちい魔法は全部吸い込んでやるぜ相棒!」
フッとアーカードは笑い、デルフリンガーを手元で回転させ構えを取る。
「それは便利だな」
その間にワルドは偏在を補充し再度5体になっていた。
魔法が飛び交い、それを吸収。偏在を倒し、それを補充。
その繰り返しが暫しの間続いた。
「しっかし相棒は心の奮えがねーよなあ、これじゃ『ガンダールヴ』としてはあまり力が発揮できんぜ」
「そんなものなのか」
「そんなものです」
攻防を繰り広げながらもアーカードとデルフリンガーは談笑している。
その一方、熾烈な戦いでワルドの精神力には少しずつ翳りが見えてきていた。
「クソッ」
呟くようにワルドは毒づく、持久戦は分が悪い。
どうにか決め手を探ろうとしているが、それも見つからない。
「ふぅ・・・」
と、ここでアーカードが闘いの手を止めた。
「楽しい、実に楽しい。いいぞ人間、強いぞ人間。人の身でありながらよく練られている」
ワルドも手を止め、頭を回転させていた。
闇雲に攻撃を続けてもジリ貧、相手がわざわざ攻撃の手を止めてくれたのだからそれを大いに利用する。
・ ・
「だがな、お前などただの裏切り者だ。ただの!!私は生まれてこのかた裏切り者は、一人だって許したことはありはしないんだ」
考える、考える、考える。どうやったら目の前の敵を屠れるか、どうすれば敵のカラクリを看破できるのか。
思考するワルドの事など当然知ったことではなく、アーカードは続ける。
・ ・ ・ ・ ・
「だがな、そろそろ飽きてきた。そもそも私がそんなものに行儀よく戦うのもな、だから少し本気を出そう。お前は雑作もなく死ぬ。それに、少し腹がへった」
ラ・ロシェールの時のソレよりも、『マリー・ガラント』号の時のソレよりも、遥かに禍々しいオーラがアーカードを包む。
「拘束制御術式、第3号、第2号、第1号、開放。
状況A、『クロムウェル』発動による承認認識。
眼前敵の完全沈黙までの間、能力使用限定解除開始」
黒く、黒くアーカードが染まる。
体中に無数の目が見開きワルドを捉える。
二匹の黒犬獣が咆哮する。
複数の黒き影の腕が顕現する。
それらは死を体現したかのような混沌。
「では教育してやろう、この世界とは別の・・・・・・本当の吸血鬼の闘争というものを」
その時礼拝堂の天井の一部が爆砕した。
響き渡る怒号と爆発音、既に貴族派の軍がそこまで迫っていた。
恐らくワルドによるウェールズ謀殺のタイミングを予め示し合わせていたのだろう。
・ ・
最早アーカードの原型すらなくなりつつあるそれは、最早周囲の状況など気にも留めずただ目の前の敵を粉砕する為に動く。
4本の巨大な黒き腕が偏在を正確に捉え、逃がさず、躊躇もなく一瞬で握り潰す。
バスカヴィルが低い唸りをあげ、ワルドを餌にすべくその牙を突きたてようとする。
分身が消滅し、我に返ったワルドはフライの呪文を唱え走狗の突進を避ける。
しかし二体目の犬がその動きに反応して中空にいるワルドに狙いをつける、回避が間に合わず左腕が犠牲となった。
「化物が・・・ッ!!」
ワルドは叫ぶ。表情は既にない、だが笑っているのだけは感じられた。
・ ・
「良く言われる。それと対峙したお前は何だ、人か、狗か、化物か」
アーカードが形を戻す、いまだ体は不定形だが少女の顔が見える。
「クク・・・さあどうした?まだ左腕が食われただけだぞ、かかってこい!!」
「なっ・・・」
「早く先程の分身を出せ!!もっともっと強力な魔法を使え!!さあお楽しみはこれからだ!!&ruby(ハリー){早く}!&ruby(ハリーハリー){早く早く}!!&ruby(ハリーハリーハリー){早く早く早く}!!!」
ワルドは心底恐怖する、少女の発する重圧、立ち上る畏怖、得体の知れないその光景。
完全に戦意の削がれたワルドは天井部に開いた穴から遁走を試みる。
「逃がすと・・・思うのか?」
邪悪な笑みを浮かべたアーカードは追撃を敢行しようとする、しかしルイズの声でそれは止められた。
「待ってアーカード!!ウェールズさまを!」
「ぬふぅ・・・」
アーカードは素へと戻る、本来ならば裏切り者を粛清したいところであったが、主人の命令ならば仕方ない。
ルイズは裏切り者への確実な処断よりも、ウェールズを助けることを選んだのだ。
致命傷であった、そして時間も経っている。しかしウェールズはまだ奇跡的に意識が残っていた。
「ウェールズさま!しっかりしてください!!」
ルイズは必死に呼びかける、アーカードは淡々と見つめていた。
案の定どうしようもない、ルイズとアーカードでは手の施しようがない。
「これを・・・アンリエッタに・・・・・・」
ウェールズは己の指に嵌めてあった風のルビーをはずしそれをルイズへと渡そうとする。
しかしそれが最後の気力だったのか途中で腕が落ち、瞼も閉じられた。
同時にルビーは地面を転がる。ルイズは顔を伏せ涙を零し、アーカードはルビーを拾い上げた。
「ルイズ、ちょっとどいてくれ」
ルイズは腕で涙を拭い、鼻をすする。一体何をするつもりなのかアーカードを見る。
アーカードの影が伸び、質量を帯び、ウェールズを包み込んだ。
影に侵食されるかのように、ウェールズの形は徐々に沈み、なくなり、最後にはアーカードの影も戻っていた。
「何をしたの?」
「亡骸をここに放置しておくわけにもいかんだろう、それに少し考えがある。だから・・・体ごと、血を吸った」
「・・・そう」
それだけでルイズは特に何も言わなかった。
ワルドの裏切り、そしてウェールズの死でかなり参っているようだった。
ポンッポンッとルイズの頭に手をやる。
「では、帰ろうか」
貴族派の怒号や砲弾、爆発の音が聞こえる。ワルドも既に逃走しただろう、長居は無用であった。
アーカードに頭を撫でられたせいか、安心感に包まれ緊張感が解け、疲労が一気に現れたのだろう。
やや体の力は抜け、半分目を閉じた空ろな顔をしている、心の折り合いをつけるにはまだ時間が必要と見えた。
「どうやって・・・?」
「飛ぶ」
ルイズは首を傾げた。
◇
引き絞られた弓矢の様に、飛んでいく、トリステインに向かって。雲間を縫い、空を駆ける。
ルイズをお姫様抱っこする形でアーカードは飛んでいた。
最初こそギャーギャー叫んでいたが、既にショックと疲れでルイズは気絶していた。
無垢な寝顔を晒すルイズを見てアーカードは微笑む。そして呟いた。
「・・・・・・さてと、完全に迷ったな。参った、トリステインの方角はどっちかのう」
陽が西に沈む黄昏時まで待つか、ルイズが起きるのが早いか、先の見えぬ行く先にアーカードは嘆息をついた。
#navi(ゼロのロリカード)
#navi(ゼロのロリカード)
◆
「ここは昔、よく貴族が決闘に使っていたのさ」
港町ラ・ロシェールかつての錬兵場、今となっては物置であるその場所でワルドとアーカードは相対していた。
ワルドはアーカードの実力を試すことにした。
イレギュラーを排す為に、ガンダールヴが障害足り得るかを見極めねばならない。
「ふむ」
アーカードはデルフリンガーを抜き放つ。
「ん・・・・・・おっ、なんだ決闘か」
デルフリンガーの言葉をナチュラルに無視し、アーカードは構えを取る。
ワルドもレイピア型の杖を引き抜いて構えようとする、しかしそこで気付いた。
&ruby(・・){それ}は異な構えであった。
アーカードの右手は猫科動物が爪を立てるが如く、人差し指と中指で柄の上部を掴んでいた。
そして・・・・・・刀身を挟む左手の存在、これも右手と同じく人差し指と中指で挟み込む形をとっている。
右手のそれは、斬撃と同時に鍔元の縁から柄尻の頭まで横滑りすることで、死の間合いを伸ばす。
左手のそれは、溜めをつくることにより、放たれる斬撃を流星の如き神速へと変える。
水平よりやや上に構えられた剣、アーカードは正面からワルドを視界に捉える。
この手を見てワルドに死相が浮かんだ。
魔法衛士として戦闘術と魔法を極めた、その一人の戦士としての細胞が戦闘を拒否していた。
傍から見ればなんと隙だらけに見えるだろう。今のところ威圧はおろか殺気らしい殺気も感じない。
だが頭のどこかで理解している。全身が総毛立つように震えている。
このまま白兵戦を挑めば間違いなく・・・・・・一瞬にして、己は両断される。
なるほどフーケが異常なまでに忌避した理由もわかるというもの。
とめどもなく、体中から汗が出るのを感じる。
『ガンダールヴ』だから強いのではない、この者だから強いのだ。
「何をしているの?」
突然ルイズが現れ声をかけた。ワルドが介添え人として呼んでいたのである。
二人の様子を見て、ルイズはすぐに何をしようとしているのか察する。
「まったく、決闘の立会人として私を呼んだわけ?そんなバカなことしてる場合じゃないでしょ」
構えを解くと、アーカードはルイズの方へと向く。
「喧嘩を売られたから買ったまでさ」
「彼女の実力を・・・・・・少し試したくなってね」
ワルドは必死に平静を装い答える。
「やめなさいアーカード、これは命令よ」
「了解した」
アーカードは大人しくデルフリンガーを鞘へとしまう。
「・・・・・・やけにあっさりやめるのだな」
内心助かったと思っていたワルドだが、いつの間にかそんな言葉を口にしていた。
自分には余裕があるように取り繕いつつ、意外とノリ気だったアーカードの態度が一変したのが疑問であった。
「やっ、主の命令だし」
さっくりとアーカードは答える。
元々はワルドの思いつきで始めたようとして受けたガキの喧嘩。
ワルドはなかなかに歯応えがありそうで、闘争は楽しそうではあった。
とはいえ手加減は難しく、殺してしまうやも知れない。
王国の魔法衛士を手に掛けるなど許される筈もなく、何よりも主人の命令だ。
アーカードにとって、名残惜しいものの無理に続ける必要性はなかった。
ワルドはそれ以上何も言わない。
相対したことで実力が多少なりと測れたから良しとする。
そう、まともに闘り合えば危険過ぎる相手。
あのまま続けていれば間違いなく試合ではなく、死合になっていた。
命を懸けて・・・・・・全力で戦ってなお勝てるかどうかわからない相手なのだ。
◆
――――――ワルドはラ・ロシェールの時の事を思い出していた。
王党派扮する空賊に襲われた時のことも思い出す。
そう・・・・・・真正面からの戦闘は断固回避すべき相手。
フーケが恐れたことといい、自身が実感したことといい・・・・・・。
あのガンダールヴたるアーカードを相手にするには、相応の策か搦め手が必要だ。
いやそれよりも、もっと簡単で確実な方法がある――――――。
「すまんね、朝早くに呼び出してしまって」
「あ~~~、少し眠いな」
ニューカッスルの城、決戦前夜から明けた朝にワルドはアーカードを呼び出した。
「・・・・・・で、話したいこととはなんだ?」
「あぁ、これから僕はルイズと結婚する」
アーカードは片目だけを開き、寝ぼけ眼でワルドを見つめている。
「それで・・・・・・ウェールズ皇太子に結婚の媒酌をお願いしてある」
「ふむ、ルイズは結婚の申し出を受けたのか?」
「いや、これからさ。求婚の時は二人きりになりたい、それも含めて君をここに呼び出したというわけだ」
「それにしてもまだルイズが受けていないのに、仲人頼んだのか、大層な自信だの」
アーカードは大きく伸びをした。首を左右に回しコキコキッと小気味良い音を鳴らしている。
「そしてだ、君は結婚式に出席するかい?」
「ん~む、まだ主が受けると決まったわけではないからなんともな」
「・・・・・・出席するなら結婚式後にルイズ共々グリフォンで送ろう、欠席するなら『イーグル』号で先に帰るといい」
「主人に付き従うのが従僕だからの、先に帰るという選択肢はないな」
ワルドは息を吐いて一呼吸置いた後、予め想定していた計画へ移行するのを決心する。
可能性は低いものの、もしアーカードが先に帰ると言えば御の字。
そして、否であるならば――――――。
「わかった、では出席ということでよろしいね。僕はルイズと話をしてくるから暫しここで待っていてもらえるかな?」
コクコクとアーカードは頷き、その場に座り込んだ。
「そうそう、もう一つ言うことがあった」
「うん・・・・・・?」
アーカードは下に向けていた頭をもたげた、その刹那であった。
『閃光』の二つ名に恥じぬ、驚異的なスピードでワルドは魔法を唱える。
音もなく鋭利な風の刃がアーカードを一太刀で切断した。頭と胴体が分かたれ首が無造作に転がる。
これで最大の障害は消えたと、ワルドは笑みを浮かべて歩き出した。
◇
「殿下、お待たせしてしまって申し訳ない」
「ウェールズさま・・・・・・?」
ワルドは結婚に関して何も告げぬまま、ルイズを連れて礼拝堂へと赴いた。
ルイズの手を引いてウェールズの前まで進み出ると、ルイズを見つめる。
「ルイズ、今から僕達の結婚式を挙げよう」
「は・・・・・・?」
「子爵・・・・・・あなたはまだ伝えてなかったのか?」
ルイズは戸惑う、いきなり連れてこられて挙句ウェールズの目の前で求婚されるとは思っていなかった。
「えっ・・・・・・いや、待ってワルド。話がよく見えないわ」
ワルドは嘆息をつく、ルイズの肩に手を置きその鳶色の瞳を見つめた。
「僕と君は許婚だ、ウェールズ皇太子の前で結婚式を挙げようじゃないか」
「待って、突然言われても・・・・・・。それに私はまだあなたに釣り合うようなメイジじゃないし、今すぐ結婚しようだなんて・・・・・・」
「大丈夫、君は必ず偉大なメイジになる。それは僕が保証する」
ルイズは俯き考える。偽らざる自分の気持ちを、心に問い掛けた。
「ワルド、はっきり言うわ。その・・・・・・確かに昔は私あなたに憧れてた、それはもしかしたらきっと恋だったのかも知れない。
でも、今はなんとなく違うのよ。あなたの気持ちは嬉しいけれど・・・・・・本当にごめんなさい。少なくとも今は結婚はお受け出来ません」
少し言い澱む、立派になったワルドがここまで好意を寄せてくれるのは素直に嬉しい。
が、やはり嘘はつけない。好きでもないのに結婚なんて、それこそ失礼に値する。
様子を見ていたウェールズは落ち着いた声でワルドに声をかける。
「子爵、残念だが・・・・・・」
「ルイズ、突然だったことは謝ろう。ちょっと緊張してるだけなんだ、そうだろう?」
ワルドは片膝をついてルイズの肩に手を置き、世界に二人だけしかいないかのようにその瞳をじっくりと見つめた。
ルイズはワルドの眼差しに、今一度だけ自分の心を確認する。
ワルドのことは嫌いではない、でもやはり違う。そして何故だかルイズの頭に使い魔の顔が浮かんだ。
見た目だけなら自分よりも幼いアーカード。強く信頼のおける自分の使い魔。
(いやいやいやいや、吸血鬼とはいえ女同士よ・・・・・・うん。私にはそんな趣味はないし。アーカードは・・・・・・もしかしたらどっちもイケるのかもしれないけど)
自分の中で必死に否定する、そういえばアーカードは一体どこに行ったのだろうか。
「自分の心に嘘はつけないわ」
ルイズははっきりと、拒絶の意思を込めてワルドを見つめ返した。
ワルドは俯くと溜息を吐く、するとその体が震えた。ルイズの肩に置いた手に力が入る。
「痛ッ・・・・・・」
ルイズは痛みで顔を歪める、それに気付いたウェールズはワルドへと詰め寄った。
「子爵!」
「あぁ・・・・・・ごめんよルイズ」
そう言うとワルドはゆっくりと、幽鬼のように立ち上がった。
「こんなに頼んでも駄目かい?」
「・・・・・・ええ、そもそも頼まれて結婚するものじゃないでしょ?」
ワルドは「そうか・・・・・・」と呟くと、突如としてレイピアを引き抜く。
その動作と、ただならぬ気配を感じたウェールズは一歩飛び退こうとするも、既に一手遅かった。
青白く光った杖はウェールズの胸を貫き、ワルドはそのままウェールズを突き飛ばす。
「がはっ・・・・・・」
「ッ!?ウェールズさま!」
地面に倒れウェールズは血を吐く、素人目に見ても致命傷なのは明らかであった。
「ワルド・・・・・・」
「し・・・・・・子爵、貴様まさか・・・・・・」
ワルドは虫けらを見るような瞳で、死に逝くウェールズを見下ろす。
「察しの通りだ、僕は貴族派『レコン・キスタ』の一員さ」
「に・・・・・・逃げるんだ!」
ウェールズは必死に声を振り絞った、その直後にまた大きく血を吐き出す。
ルイズは差し迫った命の危険に、ゆっくりと後じさる。
「逃げられると思うか?」
ワルドがルイズの方へと顔を向ける。それは今までの様相とはまるで違っていた。
やや虚ろ気で正気を失っているような瞳、それでいて激情をその身に秘めたような異質感。
かつて見た憧れの人物はもういない。ルイズは覚悟を決めて、ワルドを見据えた。
「大人しくアンリエッタの手紙を渡すんだルイズ・・・・・・」
「断るわ!見損なったわワルド!!」
ワルドは再度溜息を吐く。
「ルイズ、君は昔から僕に手間をかけさせたね。それも最後まで・・・・・・それじゃあ君を殺して手紙を奪うとしよう」
ルイズは杖を構えるもワルドはすぐさまそれを叩き落とし、ルイズの首を掴む。
「どうする?今からでも僕と一緒にくるかい?」
「くっ、アーカード・・・・・・」
思わずルイズは祈るように使い魔の名前を口にした。
守ってやるって言ってたくせに、一体どこで油を売っているのか・・・・・・。
「無駄だよルイズ、君の使い魔はこない」
はっとしてルイズはワルドを見る。
「彼女とまともに闘り合うのはゾっとしないからね。だからここに来る前に隙を突いてね、首を落としてくびり殺してやった」
下卑た笑いをワルドは浮かべる。
しかしその直後に返ってきたルイズの言葉で困惑することとなる。
「首を落とした?それだけ?」
「なに・・・・・・?」
フーケに撃たれて頭が原型を留めないくらいに吹き飛んでも、何事もなく再生したアーカード。
果たしてそんな彼女が、首を落とされたくらいで死ぬのか・・・・・・。
――――――その時だった。
ワルドは顔面をかすめた黒い影に驚いて、反射的にルイズを掴んでいた手を離す。
黒い影の正体は小さな蝙蝠。そしていつの間にか礼拝堂には、夥しい数の蝙蝠が飛び交っていた。
不気味な蝙蝠達はルイズとワルドの間に密集していき、形を成していく。
「ああ・・・・・・そうか。背信者だったのか、ワルド」
人型を成した黒き蝙蝠の影は言葉を放つ。その声にルイズの顔が柔らかくなる。
そして、アーカードはルイズを庇う形でワルドと再び相対した。
「全く・・・・・・少々遅れてしまったな」
ワルドが本気でルイズと挙式をあげようなどとは考えてなかった。
この状況下でしかも背信していたとなれば、油断させる為の方便でしかないと。
ルイズやウェールズをそれぞれ個別に狙うか、王党派への破壊工作をするものだと踏んでいた。
結果、後手に回ってしまった。途中でルイズの視覚がアーカードへと共有されて、何とか間に合ったというもの。
メイジと使い魔は種族によってはそれぞれ感覚を共有させることもあると、書物で調べて知ってはいた。
しかし既に視覚の共有は止まっている。ルイズが危急に陥ったことで、限定的に発現しただけなのかも知れない。
アーカードの現出にワルドが驚愕の顔で叫ぶ。
「馬鹿な・・・・・・確かに首を切り落とした!確実に死んだ筈だ!この手で殺した筈だ!」
「うるさい喃、たかだか二十数年しか生きていない餓鬼が。お前が持ってる常識では測れないほど、世の中は広いんだよ。
この私をして、未だに新しい発見ばかりだというのに。全く面白きものよ、この浮世は」
――――――何がどうなっているのかはわからない。
だがすぐに頭を切り替え、ワルドは無駄な思考を排除する。
現実に「敵」が目の前にいる。ならばする事は一つ、排除だ。
そこに余計な考えは必要ない。雑念があって倒せるような敵ではない。
アーカードは左手に持った抜き身のデルフリンガーをワルドへと向ける。
「ルイズ、下がっていろ」
戦いの邪魔にならぬようルイズは杖を拾いつつ、すぐに退避する。
「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・・・・」
ワルドは詠唱をする。風のスクウェアスペル。
風の『遍在』。魔法によって増殖したワルドが、合計5体になる。
「器用だな・・・・・・魔法はそんなことも出来るのか、面白い」
油断を見せているアーカードに向かい、分身体のワルド二人が『エア・ニードル』でアーカードを貫く。
アーカードは一切避けようともせずそれを受け、一体にデルフリンガーを突き刺し、一体の体を万力のような握力で握った。
刺突からそのまま斬り上げられたワルドは消滅し、もう一体を力任せに床へ叩き付ける。
その圧倒的なパワーによるダメージで、これもすぐに消滅した。
二体目の消滅を確認すると、アーカードは本体であるオリジナルのワルドのいる方向へ走り出す。
しかしすぐさまそれは、ワルドの『ウィンド・ブレイク』により吹き飛ばされた。
ワルドは訝しんだ目でアーカードを睨みつけ、観察する。
相手は『遍在』を使っているわけではない、だのに首を落とされても、突き刺しても殺せない。
「どういうカラクリだ・・・・・・」
「はっはっは、丈夫なだけだ」
アーカードは風圧によって吹き飛ばされつつも、軽やかに空中で体勢を変えて着地して軽口を叩く。
「それにしても、デルフ。お前は魔法を吸収する伝説の剣ではなかったのか」
「ごめん、相棒。そうなんだけど、たった今思い出した。俺が使われるのは後にも先にもガンダールヴ。
俺の真価を発揮出来ないつまらん連中に盥回されたくないから、てめえで姿を変えてたのを忘れてた」
その言葉の後に、突如としてデルフリンガーは光り輝く。
錆びかけた刀身は職人の手で研磨されたかのような刃へと変わっていた。
「これで大丈夫だ、相棒」
フッとアーカードは笑い、デルフリンガーを手元で回転させ構えを取る。
その間にワルドは遍在を補充し、再度五体になっていた。
「それじゃ改めて」
敢えてアーカードは剣のみで戦う。
トミーガンやカスール銃を使えば容易く片付くものの、それでは興醒めである。
タバサの任務で赴いたサビエラ村で、吸血鬼エルザがあまりに呆気なさ過ぎた。
折角の貴重な闘争だから楽しみたい。それに裏切り者をあっさり殺してしまうのはつまらない。
「そうそう、私を殺したければ心臓を刺すことだ」
アーカードはわざわざ弱点を教える、より楽しむ為に。
それが唯一、真正の吸血鬼を殺す方法。心臓以外をどれだけ切り刻もうが、刺し貫こうが意味はない。
(尤も・・・・・・私を&ruby(・・・・){殺し切る}には、何百万回と貫かねばならないがの)
アーカードは心の中でほくそ笑む。結末のわかりきった殺し合い。
その絶望感をワルドが知った時、どのような顔をするのか楽しみであった。
魔法が飛び交い、それを吸収。遍在を倒し、それを補充。その繰り返しが暫しの間続いた。
「しっかし相棒は心の奮えがねーよなあ、これじゃ『ガンダールヴ』としてはあまり力が発揮できんぜ」
「そんなものなのか」
「そんなものです」
攻防を繰り広げながらも、アーカードとデルフリンガーは談笑している。
その一方、熾烈な戦いでワルドの精神力には少しずつ翳りが見えてきていた。
「クソッ・・・・・・」
呟くようにワルドは毒づく、持久戦は分が悪い。
どうにか決め手を探ろうとしているが、それも見つからない。
元の基本性能が違うのは明らかで、さらに技量までも卓越している。
心臓を貫けば死ぬと言ってるが、それが本当のことかもわからない上に、心臓への攻撃だけは巧みに回避・防御していた。
「・・・・・・さて」
と、ここでアーカードが間合いを取ると、闘いの手を止めた。
「楽しい、実に楽しい。良いぞ人間、強いぞ人間。人の身でありながらよく練られている」
ワルドも手を止め、頭を回転させていた。闇雲に攻撃を続けてもジリ貧。
相手がわざわざ攻撃の手を止めてくれたのだから、それを大いに利用する。
「だがな、お前などただの裏切り者だ。&ruby(・・){ただ}の私は生まれてこのかた裏切り者は、一人だって許したことはありはしないんだ」
考える、考える、考える。どうやったら目の前の敵を屠れるか、どうすれば敵のカラクリを看破できるのか。
思考するワルドの事など当然知ったことではなく、アーカードは続ける。
「だがな、そろそろ飽きてきた。そもそも私が&ruby(・・・・・){そんなもの}に行儀よく戦うのもな。だから少し本気を出そう。お前は雑作もなく死ぬ。それに、少し腹がへった」
今までの圧し潰されるようなプレッシャーをさらに増し、禍々しいオーラがアーカードを包む。
「拘束制御術式、第3号、第2号、第1号、開放。
状況A、『クロムウェル』発動による承認認識。
眼前敵の完全沈黙までの間、能力使用限定解除開始」
黒く、黒くアーカードが染まる。
体中に無数の目が見開きワルドを捉える。
二匹の黒犬獣が咆哮する。
複数の黒き影の腕が顕現する。
それらは死を体現したかのような混沌。
「では教育してやろう、この世界とは別の・・・・・・本当の吸血鬼の闘争というものを」
その瞬間――――――礼拝堂の天井の一部が爆砕した。
響き渡る怒号と爆発音。貴族派の軍がそこまで迫っている証左であった。
恐らくワルドによるウェールズ謀殺のタイミングを、予め示し合わせていたのだろう。
アーカードの原型すらなくなりつつある&ruby(・・){それ}は・・・・・・。
もはや周囲の状況など気にも留めず、ただ目の前の敵を粉砕する為に動く。
4本の巨大な黒き腕が遍在を正確に捉え逃さず、躊躇もなく一瞬で握り潰す。
黒犬獣バスカヴィルが低い唸りをあげ、ワルドを餌にすべくその牙を突きたてようとする。
遍在が消滅し、我に返ったワルドは『&ruby(フライ){飛行}』呪文を唱え、走狗の突進を避ける。
しかし二体目の犬がその動きに反応して中空にいるワルドに狙いをつける、回避が間に合わず左腕が犠牲となった。
「化物め・・・・・・ッ!!」
喰われた左腕の衝撃を忘れるほどに、ワルドは心の奥底から叫ぶ。
化物に表情は既にない、だが笑っているのだけは感じられた。
「良く言われる。&ruby(・・){それ}と対峙したお前は何だ、人か、狗か、化物か」
アーカードが形を戻す、未だ体は不定形だが少女の顔が俄かに見える。
「ククッさあどうした?まだ左腕が食われただけだぞ、かかってこい!!」
「ッッ・・・・・・」
「早く先程の分身を出せ!!もっともっと強力な魔法を使え!!さあお楽しみはこれからだ!!&ruby(ハリー){早く}!&ruby(ハリー){早く}&ruby(ハリー){早く}!!&ruby(ハリー){早く}&ruby(ハリー){早く}&ruby(ハリー){早く}!!!」
ワルドは生まれて初めて、これ以上ないくらいの恐怖を体験する。
少女の発する重圧、立ち昇る畏怖、得体の知れないその光景。
完全に戦意の削がれたワルドは、天井部に開いた穴から遁走を試みる。
「逃がすと・・・・・・思うのか?」
邪悪な笑みを浮かべたアーカードは追撃を敢行しようとするも、ルイズの声でそれは止められた。
「待ってアーカード!!ウェールズさまを!」
「ぬふぅ・・・・・・」
アーカードは気が抜ける。
本来ならば裏切り者を粛清したいところであったが、主人の命令ならば仕方ない。
ルイズは裏切り者への確実な処断よりも、ウェールズを助けることを選んだのだ。
致命傷であった、そして時間も経っている。
しかしウェールズはまだ奇跡的に意識が残っていた。
「ウェールズさま!しっかりしてください!!」
ルイズは必死に呼びかける、アーカードは淡々と見つめていた。
ルイズにとって死とは非日常であり、アーカードにとって死とは日常である反応の差異。
どうしようもない、ルイズとアーカードでは手の施しようがない。
杖を持つ手を握りしめる。自分はなんて無力なんだろうと。
もしも自分に水魔法が使えれば、少しは痛みを和らげてあげられるのにと、ルイズは己の力不足を嘆く。
「これを・・・・・・アンリエッタに・・・・・・」
ウェールズは己の指に嵌めてあった風のルビーをはずし、それをルイズへと渡そうとする。
しかしそれが最後の気力だったのか・・・・・・途中で腕が落ち、瞼も閉じられた。
同時にルビーは地面を転がる。ルイズは顔を伏せ涙を零し、アーカードはルビーを拾い上げた。
「ルイズ、ちょっとどいてくれ」
ルイズは腕で涙を拭い、鼻をすする。一体何をするつもりなのかアーカードを見る。
するとアーカードの影が伸び、質量を帯びるとウェールズを包み込んだ。
影に侵食されるかのように、ウェールズの形は徐々に沈み、消滅し、最後にはアーカードの影も戻っていた。
「何をしたの?」
「端的に言えば喰った。亡骸をここに放置しておくわけにはいかないだろうしの」
輸血パックが無いハルケギニアでの貴重な食料。尤も、他にお節介な考えもあったが。
「・・・・・・そう」と、ルイズはそれだけで特に言及もせず・・・・・・それ以上、何も言わなかった。
ワルドの裏切り、そしてウェールズの死でかなり参っているようだった。
ポンッポンッとルイズの頭に手をやり、よしよしと撫でてやる。
「では、帰ろうか」
敵軍の怒号や砲弾、爆発の音が聞こえる。ワルドも既に逃走している、長居は無用であった。
アーカードに頭を撫でられたせいか、安心感に包まれ緊張感が解け、疲労が一気に現れたのだろう。
やや体の力が抜け、半分目を閉じた空ろな顔をしている、心の折り合いをつけるにはまだ時間が必要と見えた。
「どうやって・・・・・・帰るの?」
「飛ぶ」
ルイズは首を傾げた。
◇
引き絞られた弓矢の様に、飛んでいく、トリステインに向かって。雲間を縫い、空を駆ける。
ルイズをお姫様抱っこする形でアーカードは飛んでいた。
最初こそギャーギャー叫んでいたルイズであったが、既にショックと疲れで気絶していた。
無垢な寝顔を晒すルイズを見てアーカードは微笑む。そして呟いた。
「・・・・・・さてと、完全に迷ったな。参った、トリステインの方角はどっちか喃」
陽が西に沈む黄昏時まで待つか、ルイズが起きるのが早いか、先の見えぬ行く先にアーカードは嘆息をついた。
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